日本側の入籍を決めた

5月26日(土)

前妻の一周忌(5月20日)が過ぎてから実行しようと考えていたことが2つあった。一つは彼女が子供と会うこと。もう一つは僕と彼女の婚姻届けだ。読者の中には、「あれっ、それはとっくに済ませたんじゃないの?」と思う人も多いだろう。3月の上旬に、かなり苦労した挙句に近所の役場で結婚の手続きをしたことを詳細に書いたからだ。

ご存じの方には説明するまでもないが、国際結婚は自分の国と相手方の国の双方で手続きしなければ成立しないことになっている。中には片方の国だけで婚姻届けを提出したまま、もう一つの国での手続きをしないカップルもいるらしい。でもそれでは、法的には国際結婚したことにならないわけだ。

国際結婚の話から逸れるが、タイでは法的な手続きを省略している夫婦はたくさんいるらしい。知り合いのカップルに「あなた方は婚姻登録をしてますか?」と聞いたことは一度もないので、どれくらいそういう夫婦がいるのか、その頻度のことはまったく知らない。しかしタイでは、「一緒に暮らしていれば夫婦として社会的にも認められる」ので、婚姻届けをしていない夫婦が多いという話はよく聞く。

うまく説明できないが、日本で言うところの「内縁関係」とは違うようだ。軍政になる前の首相だったインラック女史もその中の一人だという話を聞いたことがある。タイでは「相手の戸籍に入る」というのはあり得ない。そもそも日本式の「戸籍」というものは存在せず、「出生証明」と「住居登録」があるだけだ。その住居登録も、夫婦だからと言って同じところにあるとは限らない。


さて、タイ側での婚姻手続きを済ませてからもうすぐ3か月になる。日本総領事館の案内書によると、日本側の入籍手続きは、タイ側での手続きをした日の3か月以内に自分たちでしてくださいと書いてある。期限まであと10日くらいだ。

なぜこんなギリギリまで手続きをしなかったのか?戸籍謄本は2か月前に本籍のある市役所から国際郵便で取り寄せた。タイの婚姻登録証や彼女のタビアンバーン(住居登録証)の和文翻訳も自分で行った。日本総領事館へまだ出向いていない理由は、端的に言うと、最初に書いたように、彼女を自分の戸籍に入れるのは前妻の一周忌が終わってからがよかろうと何となく考えていたことがひとつ。そして、これは非常に狡い考えかもしれないが、それまでの3か月ほどの間に気が変われば、入籍をしないこともできるわけだから様子を見ていたということがある。

これもすでに書いたことだが、お金の問題や友達と飲みに行って深夜まで帰って来ないとか・・・いろいろと疑心暗鬼に取りつかれる事例があった。あまりに我慢ならないようだったら、先々夫婦としてうまくいかなくなる可能性もあるわけだから、それならばいっそのこと日本側の入籍は見送ろうかと思ったことも正直に言うと、少しある。

日本側での手続きをしなければ、戸籍上は僕に配偶者が存在しないことになる。僕一人にとっては入籍しないデメリットはほとんどない。逆に案外便利なこともあるかもしれない。もし別の女性が出てきて結婚しようと思えば、少なくとも日本側では重婚に該当しないのではないか?これはあくまでも法的な、形式上の話である。“人の道”の問題は全く別なことは言うまでもないと断っておく(笑)。

ずっと日本側の入籍をしないで同居する場合はどうなるか?日本の法律に照らせば夫婦ではない。内縁関係ということになりそうだ。それでも相手方に遺族年金などの受給権はあるだろう。扶養関係を証明できればの話だし、入籍している場合と比べれば遥かに手続きのハードルは高そうだけれど。


期限が迫ってきて、いよいよ日本側での婚姻手続きを片付けてしまおうと決めた理由は何だろうか?そもそも躊躇すること自体が変と言えば変だけれど、自分の気持ちを偽ってまで結婚するのも間違っていると思う。決め手は彼女が息子に会ったことだ。何回か二人の様子を見て初めて、言葉は少しおかしいが、彼女を僕の妻として迎え入れる決断ができた。

それにしても国際結婚というのは面倒なものだし、また片方の国だけで手続きをした場合の不可解さも気にはなる。さらに言うと、日本では結婚すると現在のところ夫婦別姓が法的には認められていないと思うから、少なくとも戸籍上は夫婦のどちらかの姓にどちらかが変えなければならないだろう。しかるに国際結婚の場合は、ほかの国のことは知らないが、タイ人との結婚の場合は、相手は姓を変えてもいいし変えなくてもいい。前妻も彼女もタイ側の結婚手続きで姓を変えなかった。それにタイ側では「ミス」か「ミセス」の呼称を選べるのだが、前妻も彼女も「ミス」のままを選択した。

日本とはだいぶ結婚についての考え方だけでなく、制度自体もかなり違うようだ。いずれにせよ、僕たちは来週中にでも日本側の入籍手続きを済ませる予定でいる。


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ひょんなことから彼女は息子に会った

5月24日(木)

6年続いた前のブログでは、長いお休みがちょくちょくあった。去年の9月から始めたこのブログでも、ついに本格的な長期“休筆”の始まりかと自覚していた。ところが今朝、多分初めての方だと思うが「心配してます」と言うコメントをいただいてしまった。そこで、心配事を書いておこうと思って、今書き始めている。

実は先週、僕にとっては画期的な出来事が起きた。彼女がはじめて前妻の連れ子の一人に会ったのだ。「あら、まだ会ってなかったんだ」と思う人も中にはいるだろう。彼女には、前妻の3人の連れ子のことを事あるごとに話した。しかも問題がいろいろとあるという事実を割と正確に伝えていた。それもあって、彼女は連れ子にはできれば会いたくないと思っていただろう。とくに長女については、彼女の嫌う「移り気」という性質を持った“問題児”と認識したに違いない。半年前に僕たちが急に同居するようになったのも、実は長女のせいだと言うのが最も真実に近い。

僕は彼女にこう言っていた。

「そうは言っても、いずれは会う機会が必ずあるよ。いや、会わないで済ますことは不可能だ。女の子は2人とも成人しているし、二番目の子は家族を持っている。2人の女の子と僕は日本でもタイでも親子関係が存在しない。でも高校生の男の子は、日本の僕の戸籍に入れているから、養父としての責任が僕にはあるんだよ」

僕と彼女の暗黙の了解事項は、「前妻の1周忌(5月20日)が終わるまでは子どもに会わない」ということだった。ところが、その1周忌の前に、彼女は男の子と会うことになった。ちょっと長くなるが、その経緯を説明しておこう。

高校2年の男の子は2年生を修了できなかった。3月に学年が終わった時点で欠席日数があまりに多かったのだ。それで、4月中旬のソンクラーンの休みを除く3週間の間、「サマー」と呼ばれている有料の補習が行われるのだが、その補習もサボってしまったのだ。

僕は「明日からサマー」という連絡を彼から受けて、「ちゃんと行けよ」とだけ返事して放っておいた。そうしたら何を考えたのか、彼はたった3日しか行かなかった。3週間のうちの3日だけ。しかも、その3日も完全な遅刻。それは後で分かったのだが・・・

4月の下旬に「今日補習が終わったよ」という連絡を彼から受け取ったので、僕は「やれやれ」と思っていた。そして5月に入って久しぶりに会った彼は「高校を1年間休学にして仕事をしたい」と突然言い出した。理由を聞いてみると、「もっとお金が欲しいので自分で働いてみたい。仕事の目途もつけている」

そもそも高校を休学できるのかどうか、それに彼が考えている仕事と言うのもちょいと問題がありそうだった。そうこうしているうちにバイク事故が起こった。高校の新学期の始まりが迫っていた。本人はケガしたばかりで学校へ行くのも大儀だろうから、まず僕が学校へ行って聞いてみることにした。でも一人では不安があるので、彼女に一緒に行ってくれと頼んだら、案外快く引き受けてくれた。そうして先生と面談してはじめて彼が2年生を修了できていないことを知ったのだ。もう特別な補習を行うこともできない。

僕は迷った。もう一度高校2年をやり直すかどうか・・・でもそれは同級生が3年になっているのだから本人が辛いだろう。別の高校へ移って2年生からやり直すのはどうだろうか・・・なにしろ彼が通っていた高校はチェンマイでもピカ一の授業料を取る学校で、“ハイソ”の親の子どもが行く学校としてよく知られている。つまり金持ちの子弟の行く学校なのだ。

彼女も一緒に考えてくれた。彼女が受けた教育は幼稚園から高校、看護婦の専門学校まですべて公立だった。彼の通う高校の授業料の額を聞いて一種の反感を持っていたと思う。彼女の高校時代の授業料の何十倍だ。それはチェンマイの普通のタイ人の1年分の平均収入とあまり変わらないくらいの額だったのだ。それなのに、彼は自分の怠慢で1年分の授業料をパーにした。

本人と亡くなった前妻の希望で、僕もかなり無理して通わせていたのだ。彼女は学校を変えた方がいいと主張した。金持ちの行く学校に置いておいては「彼の将来のためにもならない」と言った。それに、「あなたはハイソなの?」と聞かれれば「ノー」と答えるよりほかない。休学して仕事することはもちろん却下。別の学校で勉学を続けるのが本人にとっても、お金を出す僕たちにとってもベストという結論になった。

彼女はチェンマイで先生をしている友達に相談してくれた。イサーンの親戚にも高校の先生をしている女性がいて、久しぶりに電話して意見を聞いてくれた。誰の意見も高校だけは卒業させなければ話にならないというものだった。もし休学して仕事でもしようものなら、絶対に復学なんてしないだろうという意見だった。それでいろいろ聞いてみると、もし大学に行く気がないのなら、この際、卒業後の就職に有利な職業専門高校がいいというのだ。ただし、そこは普通高校からの2年次編入はできない。

ということで、最後は本人の気持ちしだいとなった。そして2年もロスすることになるが、17歳の彼は職業専門高校の1年からやり直すことにした。そこで本人、僕、そして彼女の3人で、まず2年生を落第したハイソの高校へ行って退学の手続きをしたのが先週のことで、彼女と男の子の初めての出会いはその時だった。今週になって、職業専門高校の門を2回彼女も一緒にくぐった。

17歳の息子と彼女が会って会話し、一緒に食事をしたのが昨日で3回になった。お互いにどう思っているのかハッキリとは分からないが、タイ語で会話している2人の様子を見ていると、これからも問題なく付き合っていけそうに見える。とくに彼女の対応は想像以上に大人らしいもので、息子を上手に励ます言葉は、前妻のような実の親子の感情むき出しの会話とは別世界の観がある。

僕は義理の父親だが、彼とは2歳の時からの関係なので、まるで肉親のような感情がある。彼が14~5歳になったころからは、お互いに感情をぶつけ合うので、話しているとたいてい喧嘩のようになる。彼女は感情ではなく、たくさんの言葉を使って相手が分かるように話すので、彼も一々納得するようだ。亡くなった前妻は子供に対して言葉で納得させることが大変不得手で、女の子にもすぐに怒鳴りつけて手を出した。30歳の彼女は子供を持った経験がないので、母親が子に対して持つ独特の感情を知らないのだろう。それが却ってよい結果を生むこともあるのかもしれない。

きっと彼女にもいろいろな思惑があるのだろう。僕に断りもなく、彼にこう言っていたのを耳にした。「もしこの先、あの家を売って、小さくても新しい家を建てたら、あなたも一緒に住んでいいですよ」・・・これはいろいろに解釈できるのだが・・・彼女は、男の子が思っていたほどには性格の悪い子ではないことが分かったのではないだろうか。「この子となら、まあやっていけそうだ」と。


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バイク事故の顛末は・・・

5月15日(火)

昨日はバイク事故の当事者2人が警察に呼ばれていた。先週の金曜日の夕方、スーパーハイウエーと言われているチェンマイ市内の幹線道路で起きた事故で、70歳に近い相手の男性はバイク同士が接触して転んだ際、右肩を痛めたと言ってまだ入院している。骨折ではなく打撲のようだが。

事故の起きた日の夜、息子と息子の友達と僕の3人で病室を訪れた。男性はすぐにベッドから起き上がって、「肩の骨が折れている。これでは仕事ができない。1年間の生活費を保証しろ」と、事故の相手の高校生に迫った。僕は事故の状況が分からないので、何も言わなかったし、終始タイ語が話せないふりをした。それに、骨が折れていると主張する割には全然痛そうにしていないので訝しく思い、「事故のことは警察で話しましょう」とだけ日本語で言った。それを息子がタイ語で相手に伝えた。高校生の義理の息子は入院こそしなかったが、今も松葉杖がないと歩けない状態で、毎日病院へ通って手足の傷の洗浄をしてもらっている。


警察では、担当の警察官が双方の言い分を聞いた。ただ、相手の男性は質問に対して的外れな答えをすることが多く、ほとんどの時間は警察官と高校生のやりとりに費やされた。相手の男性は、とてもそうとは思えないような身なりをした年配の弁護士?を連れてきたけれど、警察官の尋問の間はほとんど口は出さなかった。警察官が言ったのは、基本的には後ろからぶつかった方が悪い。ただ、現場に監視カメラが設置されていないので判断がつかない、というものだった。

相手の男性は、「高校生のバイクが後ろからぶつかってきた」と主張したが、警察官はそれを採用しなかった。昨日警察が作成した「事故証明書」は、事故の日時や場所、当事者の名前など、事実関係が記されているだけで、詳しい状況や責任の所在については書いてなかった。ニュートラルな記述だった。「事故証明書」は、それがないとケガの治療に強制保険が使えないので、とても大切なものだ。昨日は双方が証明書を受け取って別れた。


そのあと相手の男性と偶然病院で再会した。傷の治療のために、車いすに乗って救急の部屋の前で待っていた息子の方に男性がやってきて、「君は、自分に全部責任があると現場で言ったじゃないか」と声をかけてきた。高校生の息子はハッキリとした口調で、「『大丈夫ですか?ごめんなさい』とは言いましたけれど、責任があるなんて言ってませんよ」と反論した。警官の前では口数の少なかった男性も、他所では強気のようだ。僕は息子に「何も言うな。こんなところで言い合いをしたって無意味だ」と日本語で諭した。

僕たちと一緒に警察署に行ってくれた知人(日本人女性とタイ人男性のご夫婦)は、ご主人の方が取り調べた警察官とは知り合いだったようで、親しそうに挨拶していた。警察官の取り調べは僕の見ている限りでは、できるだけ事故の状況を明らかにしようという公平な態度だったように感じた。ただ先ほど言ったように、監視カメラの映像がないという理由で黒白の判断をしなかった。

「相手は弁護士まで連れてきていたから、きっとお金を寄越せと、そのうち言ってきますよ」と日本人女性が言うと、夫のタイ人男性の方は「バイクの修理代だと言って数千バーツ渡して、奇麗サッパリ終わらせるのが一番いいですよ」と言った。女性は「いや~、もっともっと高いことを言うような気がする」と心配そうな表情だった。僕は2年半前、亡くなった妻の長女が巻き込まれた交通事故の顛末を思い出していた。

その事故とは・・・深夜に、長女は友達の女性の運転するバイクの後部座席に乗っていた。後ろから、かなりのスピードで走ってきた乗用車がゆっくり走っていたバイクにまともにぶつかった。車を運転していたのは、ある町の町長さんの息子だった。僕たちが現場の目撃者を割り出して聞いたところでは、その息子はかなり酒に酔って運転していた。けれども、警察はどちらが悪いとも判断せず、当事者同士で話し合ってくれと言うばかりであった。その点は今回と似ていなくもない。

バイクを運転していた女性はごく軽いケガで済んだが、長女の方は手足と顔にかなり酷い傷を負って入院した。警察での2度にわたる話し合いで、町長さんは長女の顔の傷の治療費と慰謝料として「お金は払うよ。ただしバイクを運転をしていた方と折半だな」と言った。ところが、バイクを運転していた女友達の母親は「車の方が悪いんだから、お金は一切出しません」と言ったので、話し合いは決裂した。少し誠意を見せかけた町長さんも、「あなたが出さないと言うなら、うちの方も出しません」となった。

亡くなった前妻は、「冗談じゃない」という感じで知り合いの弁護士に相談した。僕も裁判をやってでも町長の息子の責任を取らせたいと思った。けれども弁護士は「幸い命にかかわるような重大なケガではないので、取れたとしても雀の涙くらいなものです。費用と時間の無駄だから裁判はやらない方がいいでしょう」とアドバイスした。結局、形の上では泣き寝入りだ。その後、事故には全く無関係の町長さんの娘さんが交通事故で亡くなったと聞いたときは、何とも言えない複雑な気持ちになった。それも全部、前のブログに書いた。


今回の事故は息子が前方不注意なのかもしれないし、相手が悪いのかもしれない。警察官の言った通り、確たる証拠がない。息子が僕に説明したところによると、息子はスーパーハイウエーの分岐点を左に入ろうとして、道路のセンター付近から左のレーンへ入ろうとしていたようだ。相手の男性のバイクは、これがいまだに進路がはっきりしないが、右寄りに進路を取ろうとしていた可能性が高い。というのは、相手のバイクの右側と、息子のバイクの左側が接触しているからだ。2台のバイクの傷は一見ほとんどわからないくらい軽い。だから「衝突や追突」という言葉で表現すべき事故でなく、「接触」であることは間違いない。

警察官が最後に言った。「あのスーパーハイウエーの現場はトラックや車がかなりのスピードでたくさん走っている。2人が倒れて、車に轢かれる可能性は大きかった。でも奇跡的にそれがなかった。それだけでもラッキーだよ。」


タイでは中学生や高校生がバイクに乗る。息子のように免許を持っている学生はごく少数だ。たまに小学生も乗っている。警察は12~3歳くらいの子供がバイクに乗っていても何も言わない。今回の事故の相手の男性は立派な大人だけど無免許運転だ。免許がなくても警察はまったく問題にしていなかった。そういう点では日本とは大違いだ。


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またまた懲りない深夜帰り

5月13日(日)

飼い犬のチビが飼い主の気持ちを忖度して日記を書くのはそろそろ飽きてきた。というより、チビは自宅とその周辺に散歩に行く程度の行動範囲だから、いくら鼻と耳が人並み外れて鋭いとは言っても、得られる情報には限りがある。人間の言葉を、とくにタイ語を理解する能力と日本語をある程度書けることは認めるが、僕の書きたいことを書いてくれないので、しばしお休みさせることにした。今日からはまた自分で書く。そうしないと、見出しを見ても番号以外の中身が何も分からないので、備忘録にもなりやしない。

「懲りない深夜帰り」の主語は言わずと知れた彼女である。彼女とは、もちろんタイ人の妻のこと。ビールを飲むのが好きなことは、ここ数か月のブログを見てくれている人なら少しは記憶にあると思う。で、昨夜も女友達2人と飲みに行くと言い出して、結果は表題のとおりである。

彼女は前回、午前1時を過ぎてから帰ってきた“実績”がある。飲みに行くこと自体は、寛大な夫としては別に構わない。目くじらを立てるつもりはサラサラない。しかし日付が変わって帰宅するのは絶対に認めないと宣言したし、回数も月に1回だけと申し渡してある。自分で仕事して稼いだお金で飲むなら回数制限はどうかと思う。でも、大抵そうではない。あるいは僕も一緒に行くなら5回でも6回でもヨシとしよう。ところがいつも友達と出掛けて、下手をすると他所で浮気しかねないような元気な夫を置き去りにするのは問題ではないか・・・?

それに昨日は別の事情があった。だから「今晩飲みに行ってもいい?」と聞かれた時は、「おいおい、今日じゃなくていいだろう」と我が耳を疑った。それに去年の5月20日に亡くなった前妻の1周忌の準備も一人でやり始めているから、このところ気忙しいのだ。

別の事情とは、実は前妻の高校生の息子が前日バイク同士の事故で負傷し、救急車で病院に運び込まれた。ケガは、頭に異常はなく骨折もないが、手足の傷は方々にあって見た目は痛々しい。車の乗り降りも、包帯をぐるぐる巻きにした左足が曲げにくいので「痛い痛い」と言いながら一苦労の状態だ。その日のうちに松葉杖をついて病院から帰宅したが、昨日は事故の相手と話し合うために警察へ行く予定があったのだ。

彼女にとっては高校生の男の子は、夫である僕の実の子ではないし、単に亡くなった前妻の子どもとしか認識されないのだろう。しかも入院するほどの怪我でもないので気にならないのだろう。「面倒なことが起こったわね」くらいだろう。彼女は、すぐに人助けをしようとする性格の前妻とは正反対で、他人に一切干渉しない生き方だから、それはそれで責めるつもりはない。だが、そんなときに飲みに行くというのもかなり無神経な女だと思う。少なくとも僕の神経を逆なでしているが、それにも気づかないようだった。

それを直接言ってみたら、急に殊勝な態度になって僕の肩を揉んだりしながら、「お願い、前からの約束なの。11時半には帰りますから。それから絶対に酔いませんから」・・・彼女は僕と一緒に警察へ行くわけではないから、そんなに夜出かけたいなら好きにすればいい。でも「日付が変わるまでに帰宅しなかったら許さない」と言い渡したのであった。

タイ人の比較的若い女にそれが守れると思えるかって?さすがに今度は気にして、約束を守るのではないかと期待して待った。

時計は夜の11時半となった。いよいよ正念場だ。さてどうなるか・・・そう思ったのだが、やや馬鹿らしくなった。今日のうちに帰ろうが、それを少々超過して日付が変わったからと言って、目くじらを立てるのはいかにもケチくさいというか、人間が小さいというか、思いやりがないというか・・・

でも、何事にもケジメというものは必要だし、子供を躾けるつもりで心を鬼にして約束を守らせなければならないという結論には達した。それで、今日約束を守らないなら果たしてどう出るのがいいか?いろいろ思案してみたが、極端から極端に思いが振れるばかりで名案が出ない。深夜に妻の帰りを待つ辛さをしのんで「愛してるよ」と抱擁し、何食わぬ顔で迎えるか、それともこの際、「もう離婚!」と冗談ではなく本気で切り出すか・・・

実際、もし彼女の深夜帰りが月に2~3度と言わず今後ますます頻繁になるなら、いずれは夫婦関係は破綻すると判じざるを得ない。自分の性格からすると結論はそうなるし、もしそうなら話は早いほうがいい。そうなると、僕は全然彼女を愛してなんかいないのではないかと思えてくるから、男女の愛なんてものは実に薄っぺらなものかもしれない。

思い出されるのは亡くなった妻である。こういう時にいつもするように、心の中にいる前妻に聞いてみた。どうするのがいいか・・・いつもなら、すぐに答えくれるのに、今回は反応がなかった。「もし今の彼女と別れれば、きっと喜んでくれるよね?」・・・返事はない。ひょっとして喜んでくれないのかな?いや、やっぱり嫉妬心もあるだろうから、この際別れたら喜んでくれそうでもある。そう考えてみても、明確な答えをくれなかった。

時計は11時59分。ちょうどそのとき、彼女からLINEが入ってきた。「今帰ります。お腹が空いたのでラーメンを食べたいんですけど、いいですか?」 そしてすぐに音声通話も着信して「いいですか?」と聞いてきた。

もう時計は午前0時を回った。僕は「今どこにいるの?」と聞いてみた。「まだ市内です」・・・これはアウトだ。市内からは30分くらいかかる。つまり午前0時までに帰るつもりがあるなら、11時半には切り上げていなければならない。そう考えるのがものすごくキチンとした日本人の考え方だ。まるで仕事モードだ。とてもタイ人やタイ在住者の感覚ではない(笑)。

ということで、僕は「家にカギかけとくから」と言ってLINEを一方的に切った。「こりゃダメだ」という気になった。結局約束は守れない。11時59分に連絡してきたのは大した進歩だが、遅れることには変わりない。これも日本にいる時の仕事モードの発想だな(笑)。自分はまだそのまんまだなと思ったけれど、やっぱり約束を守ってくれなかったのは痛かった。守ろうと努力してくれていることは理解する。でも、結果を伴わないのはよろしくないね・・・

彼女は途中でラーメンを食べて0時40分頃に家に帰ってきた。前回の1時10分より30分改善されている。

放っておいて寝ていたら、彼女はシャワーを浴びてベッドに入ってきて寝た。朝は6時に起きて、横で寝ている僕に抱きついてきた。これはまったく初めてのことだった。まるで亡くなった前妻の元気な時の行動パターンと同じだった。彼女はしばらく僕の胸に抱きついたあと、僕の一物が硬直しているのを手で確かめるなり、さっと起き出して1階へ降りて行った。犬の世話だ。前妻が「ちゃんと面倒みてあげてね」と笑っているような気がした。


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吾輩はチビである(16)

5月10日(木)

今日は犬の話をしよう。犬が犬の話をするということは、すべて真実が語られるということだ。だから最後まで読んで、ポチっとひと押ししてほしい。

僕とチワワのレックレックは男同士だ。しかも年齢差が2つあるから、僕が兄、レックレックが弟のようなものだ。仮にもう一人、女の犬が家に居たら僕たちは恋敵ということになるかもしれない。そうすると犬のことを知らない人は、兄弟で女をめぐって毎日歪みあって暮らすことになるだろうと思うかもしれない。でも実際は、年に2回ある生理期間を除けば、きっと平和に暮らせる。

じゃあ男だけで暮らしているとどうか。実は結構な頻度で喧嘩する。女をめぐって争っているとか、食べ物を争っているとか、さもありそうな理由で喧嘩することは僕たちの場合はない。僕は弟思いだから、食べ物もまず弟に優先権を譲る。散歩から帰ってきたときも、まず弟が水を飲み、それが終わってから僕が飲む。これは嘘だというならお父さんに聞いてもらえばわかる。

普段は僕は弟のレックレックに手出しすることはない。弟の方はとにかく遊ぶのが好きだから、興奮するとお父さんでもお母さんでも僕にでも、誰かれかまわずに飛びつく習性がある。そういうときは、いかにもお兄さんらしく弟のしたいようにさせる。ときどき顔にまで飛びついてくるから「あ、痛てっ!」という瞬間があるが、絶対に怒ったりはしない。僕は温厚で優しい性格の犬なのだ。

そうは言っても、どうしても許せないことが一つだけある。それが男の犬の秘密である。

犬が散歩に出ると、体内で不要になった水分を老廃物と一緒に外に出す。男の犬の排泄行為は少量ずつ出す。多い時では10回以上に分けて放出する特技を男の犬は持っている。女の犬はたいてい1回か2回で用を足す。だからその場所がビショビショになる。男の犬が女と決定的に違うのは、その行為がいわゆるマーキングと言われる目的でなされることだ。

マーキングとは、「ここは俺の縄張りだよ」と宣言するための動物特有の行為で、僕たちの場合はオシッコをかけて自分の臭いを残す。他人、いや他犬の臭いを消すために敢えて同じ場所にマーキングする習性があることも大概の人は知っているであろう。ただし、真実を言えば、このマーキングは野生動物の本能だから、僕らのような人間と共存している犬の場合はそれほど深刻な、真剣な行為ではない。野生だった大昔の名残にすぎない。

さて話を僕たち兄弟に戻そう。僕たち兄弟が喧嘩する原因は女でも食べ物でもない。実は縄張り争いなのだ。

僕たちは一緒の家に暮らしているから、一見すると縄張りなんてなさそうに見える。この場所は僕、ここはレックレック、というような明確な区分けは存在しない。それにもし仮にそのような場所割があったとしても、お互いが自分の縄張りを主張しさえしなければ争いは起きない。これは人間界の、国同士の縄張り争いと一緒で、「ここは俺のものだ!」と主張しなければ争いは起きない。もし主張したとしても、相手がそれを認めてしまえば争いにならないことは言を俟たない。

だいたいが領土争いが戦争の一番大きな原因であったことは人類の歴史が証明している。21世紀になってから、「大量破壊兵器を持っているから」というような理由で戦争が起きるから、僕らのような犬には理解しずらくなってきた。でも、昔からある中東でのイスラエル・アラブ世界の争いも、宗教上の問題とも言えなくもないが、本質的には領土、場所の問題である。エルサレムという場所の何千年も前の過去から未来にわたる歴史上の重要性を知っていれば、中東の争いがいかに根深いものであるかが理解できるはずだ。

犬の話から面倒な問題に踏み込んでしまいそうなので、また分かりやすい話に戻そう。

僕たち兄弟にも、実は人間には気づかない領土争いがある。僕自身は自分の領土を主張しなくても、弟のレックレックが「ここは俺の縄張りだ」と口に出すことがたまにある。それを放っておくことはできない。放置することは、それを認めることになるからだ。では、レックレックはどう言って自分の縄張りを主張するのか。それは低い唸り声である。

実は唸り声にもいろいろな種類がある。この違いは人間には聞き分けが難しい。最近ようやくお父さんは危険な唸り声と、そうでない唸り声の差を認識し始めたらしく、僕たちが喧嘩を始めそうになると、お父さんは「チビ!」と大きな声で呼ぶことがある。喧嘩が始まるのを阻止しようとして僕を呼ぶのだろう。それは重々分かっているのだけれど、名前を呼ばれると本能的に「行け!」と、けしかけられているようにも思えてきて、ついつい行ってしまうのだ。お父さんも、名前を呼ぶのは逆効果だと経験上はわかっているはずなのに、これも人間の本能のようなもので、危ないと思ったら名前を呼んでしまうのだ。

「ウ~~~~」これが危険な唸り声だ。音が異常に低い。人間の耳には小さく聞こえる。そして長く連続している。読者もあるいは経験があるに違いない。どこか知らないの家の前を通り過ぎる時、門で閉じられた庭に寝そべっている大きな犬が自分を見て、そのままの姿勢で「ウ~~~」と低い唸り声を出したことはないだろうか。「ワンワン」と吠えられるのは、実は怖くもなんともない。もし道を歩いていて、野良犬か飼い犬か知らないが、数頭の犬が集団で追いかけてきて、頻りに「ワンワン」と吠えたてる。この場合は咬まれることはまずない。危険なのは、体を伏せている犬が低く唸り出したときだ。まちがって手でも出そうものなら、ガブっといかれることを請け合おう。

人間には聞き分けの難しい「ウ~~~」という音だが、耳の優れている犬にはそれが縄張りの主張か、単にご機嫌のよろしくないときの「う~」かを瞬間的に判別出来る。レックレックが低い音で「ウ~~~」をやるときは、「この場所は俺の場所だから手出しするなよ」と、僕に喧嘩を売っていることになるのだ。だから、僕はもう、これは本能だからどうしようもなくて、体がレックレックのいる所へ飛んでいく、そして僕の喉からも「ウ~~~」という低い唸り声が出てしまう。そうなると、もう止められないのだ。

僕はレックレックを咬んだことはない。むしろ体が小さいレックレックが僕を咬む。でも僕は痛くない。僕はただ前足を使ってレックレックの体を押さえ込むだけだ。レックレックが抵抗しなくなるまで押さえ込む。つまり「ウ~~~」という低い唸り声が消え去って、「ワンワンワン」という“哀れな泣き声”に変わるまで、僕は押さえ込みを続ける。僕が前足を離したあとも、レックレックは甲高い「ワンワン」という鳴き声をやめない。それはもはや縄張りを主張する低い強固な声ではなく、敗者の悲しい泣き声だ。僕はそれは放置して元居た場所に戻る。これが僕たちの喧嘩だ。もちろん、100回やっても、100回とも僕が勝つ。

中東のように、あるいはお父さんの国のすぐそばの半島がそうであったように、根が同じ民族や同じ国の中で兄弟同士が血を見る闘いをするような、醜い争いに発展することは、僕ら犬の場合はまずあり得ない。はじめはどちらかが怪我をするのではないかと心配して、お父さんは喧嘩が始まると僕とレックレックを無理やり引き離していた。最近この家に移ってからは、お母さんのアドバイスもあって、喧嘩になってもお父さんは手出ししない。そうすると、どちらが強いか判然とするから、喧嘩の頻度は確かに減った。

それでもチワワという、弱いくせに気だけはやたらと強い犬種の宿命で、相変わらずレックレックは「ウ~~~」と低く唸って自分の縄張りを主張することがある。どうやらチワワは学習能力が低いのか、それとも記憶力の問題で、自分が弱いことをすぐ忘れるのだろうか。可哀そうに、懲りない弟だ。

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吾輩はチビである(15)

5月9日(水)

今日は久しぶりにお母さんが仕事に行った。朝の4時半に起きて、家を出たのは7時半。お父さんと犬の僕たちの朝ご飯を用意してから出かけた。迎えに来たのは同じゴルフ場でキャディーをしている同い年の女だった。ときどき一緒に飲みに行って、夜遅くまで帰らないので、その点ではお父さんの不評を買っている女の一人だ。

仕事に行くときは、お父さんが「車で送って行こうか?」といつも聞く。でもお父さんの好意に甘えたことは一度もない。キャディーの友達かお姉さんを家まで迎えに寄越す。多分、お父さんと夫婦でいることはかなりのキャディーが知っていると思うけど、何となくアカラサマにするのを憚っているのだと思う。その点はお父さんからすれば、とても不満だ。歳の差があるので恥ずかしいのかな?と、あらぬ疑いをかけている。いや、其れはそうなのかもしれない。

お母さんが帰ってきたのは午後3時を過ぎていた。その間、お父さんは僕たちを散歩に連れ出した以外は外に出なかった。お昼ご飯はこの前買ってあった日本風のレトルトカレーを温めて食べていた。ご飯はあったけど、お父さんはそれには手を付けず、食パンを3枚、カレーに浸けて食べた。「うん、なかなかイケる」と言いながら、あっという間に平らげた。ついでにビールも1本飲んだ。

午後からは2階に上がってニコニコ動画で将棋の名人戦の生放送を決着がつくまでずっと見ていた。結果は、現在も将棋界の第一人者だが今回は挑戦者になっている羽生さんが勝った。若いと言っても30歳の名人の佐藤さんは今日はほとんどいいところがなく負けた。

お父さんは日本にいる時は毎週NHKで放送される早指し将棋を見ていたし、タイに来てからはインターネットで知らない人と対局することもあったが、直接人と相対して将棋を指すことは今はまずない。囲碁も割合好きで、過去にはこれも毎週のようにテレビで観戦していたことがあった。腕前の方は将棋はそこそこだが、それに比べて囲碁は初心者の域を出ていないようだ。そう思うならちゃんと勉強すればいいのに、それをしないから、いつまでたっても上達しない。

将棋や囲碁はゲームというより勝負事だ。お父さんも負けん気だけは強いから性には合っているのだろう。そして記憶力は昔から人並み以上にいいようだから、テレビやインターネットでプロの対局を見ると、将棋でも囲碁でも、初手から終局までを自分の記憶で再現することができる。今もできるかどうかはやってみないと分からないが、毎週1回でもそれをやると、確かに頭の老化を防ぐにはもってこいかもしれない。

夕方お母さんが晩御飯の支度をして、台所からお父さんを呼んだ。でもお父さんはまだネットで将棋の名人戦を見ていたのでなかなか2階から降りてこなかった。お母さんには将棋も囲碁も全くわからない。背の高くてハンサムな男性棋士と、若くて可愛らしいお父さん好みの女流棋士の2人による面白い解説にときどき笑いながらPC画面に釘付けになっているお父さんの姿を見て、2階に上がっていったお母さんは不思議そうな顔をしていた。



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吾輩はチビである(14)

5月8日(火)

今日はまたまたお金にまつわる話である。お父さんはお母さんの金銭感覚に腹を立てているとは思われない。むしろ結構面白がっているのかもしれない。

前に話したと思うけど、お母さんは今月またお姉さんと一緒にイサーンに里帰りするつもりだった。それでもってお金が足りないからお父さんに無心した。最初は渋っていたお父さんも数日ののちにOKして、少しお金をあげることにした。幾らあげたのか僕はよく知らないけど、僕よりも耳敏いレックレックの話によると、1万バーツあげると言っておいて、実際は5000バーツあげたらしい。イサーンへの2人分のバス代が往復で3000バーツくらいだから、まあ妥当なところだろう。

一旦お父さんからお母さんに渡ったお金はどう使われようとお母さんの勝手なのかどうか?それは考え方が2つに分かれるだろう。毎月の生活費のように、家賃から食費までさまざまな使途に支出されることを前提にしているお金なら、どう使おうとお母さんの裁量でどうとでもできる。でも、今回のように、里帰りのお金が足りないからという理由で頂戴したものは、ほかの使い方はできないのではないだろうか?それが常識的な考え方というものだ。

一方、貰ったお金はすでに自分のものになったのだから、何に使っても構わない、という考え方もある。実際、お母さんはイサーンには帰らずに、その5000バーツを他の目的に使い始めたのだ。もっとも、イサーンに行かないと決めたことは一応はお父さんに報告した。「だったら、あげたお金は返すのが普通だろ?」と、お父さんも一応は言ってみたけれど、本当に返してもらうつもりはないようだ。そのあたりはお父さんの優しさでもあり、生ぬるさでもあると思う。

ではお母さんは何に使ったのか?犬の僕は文句をいう立場にないが、その使い方はちょっと違うんじゃないのと思う。5000バーツというのは結構大きなお金だから、もしイサーンに帰らないとしても、美味しい牛肉のステーキを買って僕たちに食べさせるとか、いろいろ有効な使い道が考えられる。ところが、お母さんときたら、自分のものばかり買っているのだ。

まず一昨日のことだけど、ヘアーサロンに行った。時々100バーツくらい払って洗髪に行くことはこれ迄もよくある。ところが今回は帰ってきたお母さんの髪を見ても何をしてきたのか僕にはよく分からない。それで料金は700バーツもしたそうだ。それだけあれば十分に美味しいステーキ肉が買える。近所の犬に大盤振る舞いしてもまだ余りそうだ。

次にお母さんは自分の服を買った。何着あってもありすぎるということはないみたいだ。今回は5着買った。100バーツくらいの、いつもの超安物ばかりだけど、相変わらずタンクトップのような肌を露出するものばかりだ。帰ってくるなり、一人だけのファッションショーよろしく鏡の前に立って、とっかえひっかえの試着が始まった。着替えるたびに、お父さんはブラジャーを取ろうとチョッカイを出す。「それならブラジャーをつけないのが普通だよ。ただし、家の中での話だけど」とかなんとか言って、結構嬉しそうに見ているのだ。見ているだけでなく手出しをする。本当に人間の男って、女の人のおっぱいが好きなんだから呆れる。犬はそんなところには全然興味がない。まったく赤ちゃんと同レベルだ。

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家事をする今朝のお母さん

こう言っちゃなんだけど、最近はかなり所帯じみてきたお母さんが髪にお金をかけたり、胸の谷間が見えるような服を着たり、化粧品をいろいろ買い込んだりするのは、偏(ひとえ)にお父さんのためとしか思えないのだが、本人は自己満足でやっているつもりらしい。案外ナルシストかもしれない。だって、外出もしないのに化粧に20分も30分もかけることがあるんだから。


さて5000バーツの使い道、3つ目は外食だ。これはお父さんも一緒だから文句は言えないだろうけど、いつも僕たちは家でお留守番だ。ちょっとも楽しくないし、お土産ももらったことがない。昨日の夕方、お母さんは「面倒くさいから外に食べに行きましょう」と言って近所のイサーン料理屋へ出掛けた。これも大体700バーツくらいだったらしい。つまり、髪の毛の手入れと服と外食であっという間に2000バーツ近くが消えた。もしお母さんがイサーンに帰る予定がなかったならば、多分使わなかったはずのお金とも言える。

お金はあればあるだけ使う。これはみんなが口を揃えて言っているタイ人の、とくに女の習性だ。犬にはそのようなことができないから羨ましい限りだ。お父さんが考えていることは僕にはよくわかる。何しろ4年も生活を共にしているのだから。お父さんは5000バーツを惜しいとは思ってなくて、「よかった。1万バーツあげなくてよかった」と胸を撫でおろしているに違いない。もし1万バーツあげていたら、お母さんはイサーンに帰っただろうか?僕は、それでもやっぱり帰省をとりやめて、他に欲しいものはいくらでも思いつくから、臨時収入の1万バーツを心ゆくまで楽しんだだろうと思う。

そういうお母さんの我儘を許すお父さんもお父さんだ。5000バーツあったら、僕なら絶対に可愛いメスの子犬を買ってもらうんだけどな・・・

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毎朝、「散歩へ連れていけ」と犬語でお父さんにおねだりしている僕たち


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吾輩はチビである(13)

5月7日(月)

今日は、最近お父さんが凝り始めた「音」の話をしよう。

お父さんは元来がクラシック音楽一辺倒で、お母さんがいつも聞いているタイのポップス音楽にはほとんど関心を示さない。人間の声ではオペラ歌手の朗々として輝きと伸びのある声を聞くのが大好きだし、自分でもその真似をして歌う。歌詞がイタリア語なので僕は意味がわからないので興味がない。お母さんは歌詞が理解できないからではなく、あの独特の大きな声には辟易している。

最近お父さんはオペラではなく、もっともっと古来からある、ある音に興味を持ち始めた。それは「シンギングボウル」の音である。

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これは誰でも知っているというほどには知られていないと思う。金属製のお椀だが、れっきとした楽器である。もっぱら音を出すために作られている。起源は3000年前のチベットだと言われていて、ラマ教の僧侶が儀式を行うときに使った道具だ。

このお椀をバチのようなもので叩いても音が出るが、シンギングボウルの使い方としてよく知られているのは、特殊な棒を使ってお椀の外側のへりを擦る。そうすると徐々に徐々にプ~ンという音が出てくる。仏教的な音である。お寺の鐘をついたときに出るボワ~ンという音のミニチュアの感じだが、それとは性質が異なる。周波数はそれより遥かに高い。この音は、今頃タイの山に行くとある種類のセミがいて、その鳴き声とよく似ている。多分周波数が近いのと、日本のミンミンゼミのように起伏のある音ではなく、いたってフラットだ。シンギングボールの音も変化がなくフラットだからいい。

この金属楽器から発せられる音は波動となって空気を伝わり、人間の体の中の水分と共鳴するので、“乱れた気”を浄化するとされている。その音には、基本となる音の周波数の整数倍になる「倍音」が多く含まれていて、その倍音が人間に心地よさを与える。科学的に説明すると、倍音が脳波に作用して「シータ波」を生じさせるのだという。それ以上の詳しいことは犬の僕にはわからない。

ところで「倍音」は、お父さんの好きなオペラ歌手、とくにバリトン歌手の声に多く含まれているらしい。バリトン歌手の中音、低音の声は「胸声」と呼ばれる体幹部にも響かせる声が特徴で、それが聞く人に快感を与える。もちろん歌っている本人はもっと快感を覚えている。一番音域の低いバスはオペラ歌手の中では希少価値があって、その声もバリトンと似ているから倍音の宝庫だが、余りの低音はお父さんの説によると人に快感は与えない。バリトンくらいがちょうどよいらしい。

オペラの花形であるテノール歌手の高音は、女性のソプラノと似て上顎部から前頭部にかけての空洞を中心に響かせる声なので、それも一種の快感ではあるが、どちらかというと人に興奮を与える性質の声だ。よく言われるように、理知的なバリトンに対して、テノールは役柄も声自体もかなり能天気である。お父さんがよく歌うのもテノールのアリアだから、お母さんにとっては快感よリも苛立ちを覚えるのだろう。能天気なところもテノール歌手にだいぶ似ている。だから不愉快になるのだろう。

話を「シンギングボウル」に戻そう。

なぜお父さんがシンギングボウルの音に凝り始めたかというと、必ずしも瞑想を始めたいと思ったからではない。動機はだいたい決まっている。シンギングボウルの音をバックグラウンドに流しながらマッサージを施したり、さらにはセックスをしたりすると、女の人の快感が増すという説を唱えている記述を発見したからだ。いかにもお父さんらしい。

実際お父さんはお母さんに毎日のようにマッサージを施している。お母さんではなく、お父さんがやってあげているのだ。セックスはもうご存知のように、毎日とは言わなくても1か月に15回平均くらいやっている。最近はお母さんの快感を増す方法を熱心に研究しているようだから、このシンギングボウルもそれに役立つなら使ってみようと考えたとしても不思議はない。

シンギングボウルの音はYoutubeで簡単に聞ける。たくさんあるので迷うところだが、お父さんは1時間以上の長さのあるいくつかの音を聴き比べた結果、画像を載せている「Meditative Mind Style」という音が一番自分に合っていると判断したようだ。これにはシンギングボウルだけではなく、小川のせせらぎのような水の流れる音と、秋の夜長に聞こえてきそうな虫の鳴き声をほどよくミックスさせている。長さは3時間もある。瞑想にもってこいだし、睡眠導入にもぴったりだ。

ところが、大きな問題が発生した。問題というより、誤算だ。

昨夜、お父さんは寝る時にこの音をお母さんにも聞かせた。珍しくお母さんはケータイをすぐに消してこの音を暫く聞いていたのは良かった。ところがお父さんの目論見通りにいかずに、お母さんは「今日はその気にならないわ」と言い出して、2日ぶりのお勤めに入ることができなかった。

お父さんは睡眠導入のためにシンギングボウルの音を止めなかった。そしてその効果は覿面で、お父さんは間もなく寝入ってしまった。ところが・・・

お母さんはこの音のために寝付かれなかったのだ。シンギングボウルの音は延々3時間もある。1時間くらいしたところでお母さんは寝ているお父さんを揺り起こしたのである。

「お父さん!ワタシ寝られないの。この音消してください!」

「え、なんだって?この音のせいで寝られない?お前、どうかしてるんじゃないか。これを聞いて寝られないなんて・・・」

ブツブツ言いながらも、仕方ないからお父さんは音を消した。せっかく気持ちよく寝入っていたのに突然起こされて気分がいいわけはない。どうやらシンギングボウルの玄妙な波動と倍音は、お母さんにとってはお父さんのテノールの歌声と同様にとても不愉快に聞こえるらしい。これではセックスのときにこの音を流したってお母さんの快感を増すどころか、お勤め拒否になるばかりだ。

「こんな音を聞いて寝たいんだったら、どうぞもう一つの寝室で一人で寝て下さい。」

どうやらお母さんはスピリチュアルな人間ではないらしい。お父さんにとっては“うるさい”としか思えないポップスの方が落ち着くみたいだ。ちなみに僕は・・・シンギングボウルの音を聞いてもぜんぜん快く感じないし、できることなら耳を塞いでいたいと思うくらいだ。犬の耳は人間の数十倍の感度があるから、倍音が脳に効きすぎるのだ。猫にはとてもいいと思うけど・・・



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吾輩はチビである(12)

5月6日(日)

今日は色の話をしよう。けっして色っぽい話ではないので、読み飛ばしてもいいだろう。

日本のゴールデンウイークという黄金色に輝く週間も今日が最後らしい。お父さんはずっと連休が続いていて、ゴルフや毎晩のお勤めに没頭するばかりで、何か仕事をしたり世の中に役立ちそうな事をする気はないらしい。その分、僕たちの世話に一生懸命になってほしいのだが、それは全部お母さんに任せると決め込んでいるようだ。それでも、僕たちを連れての毎朝の散歩だけは、おそらく自分自身のために欠かさない。

5月は日本で言えば新緑の候だ。チェンマイも、ソンクラーンが終わる頃から木々の葉っぱや、そこいらの草の勢いが目に見えて増してきた。ひと月くらい前までは枯れ芝が半分くらいを占めていた我が家の狭い庭も、あっという間に全体が芝本来の緑色で埋め尽くされた。緑は緊張感を和らげ、疲労回復を促進する作用がある。流れている水にも同様の効果があるらしいが、やはり緑を見ていると心地よい。

人間だけではない。僕たち犬にも同じ効果があるに違いない。庭を走り回るのが大好きなチワワのレックレックのスピードが今までよりも明らかに速い。もし芝生の色が日本の秋の紅葉のように黄色や赤だったら、それはそれなりに美しいと思うけれど、緑ほどは元気を与えてくれないだろう。

自然の色は正直だ。勢いを増しているときは緑を誇り、衰えを感じ始めると緑は色褪せていく。僕たちは緑、お母さんも緑。ただ一人お父さんだけは紅葉の季節に入っていると言ったら、「僕の生まれたのは水曜日だから、その色は緑。子供のころから好きな色も緑。そして小学3年の時の仲良しの女の子は緑ちゃんだった」と訳の分からないことを言う。

緑というのは暖色でも寒色でもない中間色だ。中間というのはどっち付かずでもあるし、バランスが取れているともいえる。緑の好きな人は、調和が取れていて、客観的に自分の心の中も見ることのできる人らしい。お父さんもその点では当たっているかもしれない。

ちなみに赤の好きな人はエネルギッシュで欲張りの人。性格は個性的で目立ちたがり屋なのだそうだ。黄色の好きな人は明るく話し上手で社交的な人に多い。性格は天真爛漫だ。青の好きな人は冷静で理性的な人だ。しかしやや内向的で保守的な人が多いらしい。

ところで、色の話になったついでに犬の色彩認知能力について触れておこう。よく犬はモノクロームの世界に生きていると昔は言われていた。最近の研究でそれは誤りだということは分かっている。ただし人間とは違って色を感じる細胞(錐状体)が少ないので、青と黄色、それにその中間色にしか反応しないとされている。緑や赤はうまく識別できないと言われているのだ。だから緑は、人間の見る緑色ではなく、はるかに黄色っぽく見えるのだ、というのが今の定説になっている。

果たして本当にそうだろうか?そう断定するには、犬の目についてだけではなく、犬の脳についてもう少し研究を深めなければならないと僕は考えている。なぜなら、庭の芝生を走り回るレックレックの走りっぷりが、枯れているときと緑一面のときで明らかに違うからだ。僕はハッキリ言うけど、芝生の緑を認識している。ただし、人間の見ている緑と同じ色かどうか、それは両方の動物を生きてみることができないから分からない。

人間は科学的な研究成果と称していろいろなことについて、さも断定するかのように言いふらしている。ところが、時が経つと前の説を訂正しなければならない歴史の積み重ねなのだ。犬が人間の言葉を理解するわけがないと言ってみたり、緑を認識できないと言ってみたり、どれもこれもこのブログを読めば間違いだということがお分かりいただけると思うが、どうだろうか・・・・


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吾輩はチビである(11)

5月5日(土)

今週、お母さんとお父さんは一触即発の危機的な状況にあった。そうなる理由は二つしかない。ひとつはお母さんの飲酒。これについては1週間くらい前にややドラマティックに描いたので、常連の読者の方はよくご存じだと思う。もうひとつは、お父さん自身がこれまで何回も書いてきたように、お金にまつわる問題である。そして今回の危機は、お金である。

お金のことでは、二人はどうみても対等な関係にあるとは思われない。常にお金はお父さんからお母さんに流れていく。これは自然の摂理だ。水と同じで高いところから低いほうに流れる。お父さんもそのことはよく理解している。しかし、お母さんの要求に対して厳しく臨むか、それとも手加減を加えて甘くするか、それはお父さんの心持ち次第だ。


先月のソンクラーンの期間にお母さんは生まれ故郷のイサーンに帰った。まだ3週間にしかならない。ところが、今月またイサーンに行くと言い出した。そのためのお金が欲しいと言った。先月の里帰りのときは全然要求しなかった。毎月貰っている生活費の中からやりくりして里帰りしたようだ。お姉さんと2人分だ。今回もまたお姉さんと2人で行くらしいが、お金が足りないと言い出したのだ。お金をくれなければ、イサーンへ帰るのを止めるとまで言って駄々をこねた。

お父さんは変だと思ったらしい。5月分の生活費はとっくに渡してあるから、そこからやり繰りして、もしあとで足りなくなれば要求するのは理解できる。でも、5月分がまだ十分残っている筈なのに、お金が足りないとはどういうことだろう。それがお父さんの不審に思っている点である。

そしてもう一つ根源的な疑問がある。この前イサーンに帰ったばかりなのに、どうしてまた帰るのかという点である。先月帰ったときは、両親が田んぼの仕事で忙しく、ろくに話もできなかった。懸案になっている家の改築については何も決められなかった。だから今月また出直してきちんと話をしたいのだという。

お父さんは、今回イサーンに帰ることに関しては何も疑っていない。そうではなくて、先月ソンクラーンの時に本当にイサーンに行ったのかどうか、それを怪しいと思っているらしい。なぜなら、「イサーンに帰ったら、向こうのお父さんとお母さんとキミの3人の写真を撮って、僕に見せてくれ」と頼んでいたのだ。ところが写真はなかった。いくら田んぼの仕事が忙しいと言っても、3日も4日もいれば、一枚くらい一緒に写真を撮る時間はあるはずだ。それがない。つまりイサーンに帰ったという証拠が存在しない。

そこまで疑うのはお父さんも常軌を逸しているかもしれない。でも、何か割り切れないものを直観的に感じている風なのだ。そしてお父さんはその疑問をそのままお母さんにぶっつけた。それでお母さんの機嫌が悪くなったのだ。

僕はお母さんにとくに疑問を抱いてはいないけれど、お父さんが疑心暗鬼になるのも少しは理解できなくもない。何故頼まれた写真を撮ることができなかったのか、ちゃんと説明しないからだ。かわりに、いつ撮ったかわからないような、53歳の母親一人だけの写真をお父さんに見せたものだから、尚更お父さんは怪しんだ。

そういう理由でお父さんは今月の里帰りの費用を出すのを渋った。でも、僕がちょっとだけ犬語を使ってお父さんにアドバイスしたことから、事態は一気に解決に向かった。それは昨日のことだ。

僕は「幸せの法則」というのを教えてあげた。それはどこかの宗教とちょっと似ているけど、「信じる者は救われる」という人生の真理だ。人の言うことを盲目的に信じればそれでいいというのとは全然違う。相手の言うことに疑問があったとして、それを追及するとすれば、それは何のためかとよく考えてみるといい。それは自分が一番大切で自分の身を守るためなのか、それとも正義を振りかざして相手を矯正するためなのか、それとも、自分が完全に納得できないものは受け入れないという、単にそれだけの理由なのか・・・

お母さんは今度イサーンに帰ったら、少しは親戚の子どもたちにもお小遣いをあげたい。両親にも何か買ってあげたい。でもそのお金が足りない。だから助けてほしいと言っただけだ。幾らくらい欲しいとは言わなかった。それがそんなに許せないことなのだろうか。僕はお父さんの耳許で「相手はお父さんの奥さんなんだよ」と囁いてみた。そうしたら、すぐに悟ったようだった。

ないものは出せない。でも少しくらいあるのだったら、少しくらいあげればいい。お母さんは無理難題を言ってるわけじゃない。自分が欲しいものがあれば、少々高くても後先を考えずに衝動的に買ったりするのに、、どうして自分の奥さんのちょっとした要求には高いハードルを設けて吟味しようするのか。それは自分自身の心を疑心暗鬼で暗くし、同時に相手の心もやるせなくさせている。

冷静になって反省したお父さんは昨日、「一体いくら欲しいんだい?」と単刀直入に質問した。金額を尋ねられたということは、お母さんにとっては一歩前進だ。そうしたら、お母さんも聞かれて嬉しかったのか、「いっぱい、いっぱい」と、ついつい欲張り根性を口に出してしまった。そりゃあお金はたくさんあった方がいいに決まってる。でも、お母さんのどんなところをお父さんが気に入って一緒になったのか、その原点を忘れているようだ。

そのキーワードはタイ語の「レオテー(お好きなように)」だった。「いくら欲しい?」と聞かれたら、「レオテー」と答える。その控えめで相手を信頼する心根のつましさにお父さんは惚れたといっても過言ではないのだ。それをお母さんは、もう忘れてる。

お母さんが「レオテー」を忘れているものだから、お父さんは「何か忘れてないか?」と言った。お母さんは一瞬怪訝そうな顔をした。お父さんは「ほらほら、あれだよ、あれ。」とニコニコ笑顔でお母さんを見つめた。そしたらお母さんはハッと気が付いたのだった。「レオテー!」

お父さんは、やっぱり優しい人だった。いつまでもお互いが不機嫌でいるのが耐えられなくなったということもあると思うけど、お金をケチるよりも自分の好きな人の嬉しそうな顔を見る方が、よほど幸せだということに気づいたのだと思う。二人が仲直りして、僕もすごく嬉しかった。二人の間に険悪な空気が流れていると、犬の僕たちも幸せな気分になれないのだ。

機嫌が戻ったお母さんは昨夜大サービスに努めたらしいけど、さて今晩はどうだろうか・・・?


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プロフィール

Niyom

Author:Niyom
身を削って過ごした30余年のサラリーマン生活にピリオド。ここチェンマイに移り住んでからも、楽しいこと辛いこと、いろいろとありました。でも、それは全部過去のこと。人生、どこまでリセットできるものなのか、自ら実験台になって生きています。

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