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Tは、ついに僕を追い出した

僕たちが離婚の日程を8月26日と決めたあとも、(Tではなく)妻はさらにそれを早めることを要求した。ところが、そんな離婚手続きのやり取りをしながらも、僕たちはお互いを愛しく思い合う言葉を交わし続けた。

そんな心の揺れを、勘の鋭いTはすべて読み取っていた。8月18日、日曜日の出来事だった。

その日の午後、Tと僕はアパートの部屋でくつろいでいた。僕のケータイには別居している妻から何通かのLINEがいつものように入ってきた。そして問題のLINE。

「ワタシは離婚なんかしたくありません!」

なぜ彼女がこう書いてきたのか、その理由は明らかだった。僕がついつい「キミのことは今でも愛しているよ」と書いて送ってしまったからだ。受動的に離婚に同意していた妻の心を、離婚を望んでいた僕自身が搔き乱してしまったのだ。

僕は、彼女に無理やり離婚を迫った後悔の念と、Tとのことはどうなってしまうのだろうか?という躊躇の念が入り混じった複雑な思いのまま、深くは考えず反射的に彼女に返信した。

「とにかく明日の朝、家に行くから、もう一度話し合おう」

Tは僕のすぐ傍にはいなかった。少し離れたベッドの上でケータイを見ながら休んでいた。僕は自分のケータイをオフにしてシャワーを浴びた。わずか3分くらいのことだった。バスルームから出てくると、Tは僕に唐突に質問した。

「明日はアナタ、何か予定がありますか?」

「いいや、特に予定はないんだけど・・・」

「朝、市場へ一緒に買い出しに行ってくれますか?」

「朝の早い時間だよね・・・だったら一緒に行くよ」

ちょっとした沈黙の時間があった。

「アナタ、無理しなくていいわよ。明日は家に行くんでしょう。奥さんに会いに行くんでしょう!」

僕は驚いた。さっきLINEで彼女に返信してから5分も経っていない。ベッドから離れたテーブルの上に置いてあった自分のケータイの方を思わず見遣った。ケータイ自体は画面をロックしていないが、LINEは暗証番号でロックしている。だから、Tがこっそり見たとは思えなかった。

Tと僕は、タイ語と英語の2つの言語が入り混じった独特のやりとりをする。タイ語だけ、英語だけ、ということはまずない。しかし、この時のTの言葉は、全てタイ語だった。しかも早口だった。

「アナタは明日、奥さんに会いに行くんですね」

「いや・・・まだ時間とか決めてないし・・・」

「いいんですよ。行ってらっしゃい。アナタは奥さんのことを愛してるんです。ワタシよりも愛しているんです。それくらい、ワタシは馬鹿じゃないからわかります」

「いや、そんなことはないんだけど・・・明日、一度家に帰ろうと思っていることは、その通りだけど。でも、どうしてそれが分かったの?」

「ワタシは犬の鼻を持ってるんです。ちょっとした臭いも嗅ぎつけられるんです。なぜアナタの考えていることが分かるのか、もしアナタと別れることになったら教えてあげます。そのテクニックを。でも、別れないかもしれないから、今は教えません。もし教えてしまったら、アナタもきっと馬鹿じゃないから警戒するでしょ・・・」

少し余裕を取り戻したTは自分の鼻を自慢した。

夕方になって、Tは夕食の準備をし始めたが、僕はそれを制して外に食べに行くことを提案した。憂鬱そうな顔つきのTにご飯を作ってもらうことが忍びなかったのだ。


僕たちが出かけたのはアパートから歩いて5分のところにある大きなレストランだった。レストランというよりも、ライブハウスと言った方が適当かもしれない。入り口でIDカードをチェックし、18歳以上であることを確認される。僕も免許証を取り出して見せたが、係員は見ようとはせず、ニッコリと笑って僕の左手首にスタンプを押してくれた。

Tは鍋料理と1リットルの生ビール、そしてウイスキーの小瓶を同時に注文した。

「今日はワタシも飲みますから。でも全部ワタシが払います」

Tはいつもはビールをコップに1杯か2杯しか飲まない。ウイスキーの水割りも少し舐める程度だ。でも、この日は料理をほとんど口にすることなく、ガンガン飲んだ。僕も同じくらい飲んだけれど、Tほど酔うことはなかった。

Tは生ビールとウイスキーがなくなると、ビールの大瓶を次から次へと頼んだ。正常な飲み方ではなかった。しかも料理はあまり食べなかった。ライブ演奏の音が大きい。Tの言葉が殆ど聞き取れない。僕はただ黙って演奏を聞いて飲んだ。そして食べた。

Tは1曲の演奏が終わるたびに、他のお客さんよりも遥かに大きな声を出してバンドに声援を送った。6時半に店に入ったとき、空席が多かったのに、9時ごろには若い人たちで満席になっていた。200人以上だろう。

Tは酔った。一つ前の席にいた見知らぬ女性客に抱き着いた。同じくらいの年齢に見えた。見知らぬ女性客は、はじめは躊躇していたが、やがて優しい手でTを抱きしめて背中をさすった。きっとTの心の哀しみを、言葉ではなく、その表情から理解したのだ。僕はその様子を、ただただ黙って後ろから見つめていた。

これで、僕たちの関係は終わってしまうのだろうか・・・明日家に帰ったら、妻とどんな話をすればいいんだろうか・・・

店を出たのは午前零時を過ぎていた。ライブ演奏が終わって客が帰り始め、Tは酔ったまま自分のクレジットカードを出して会計した。僕はコッソリとTの財布の中に1000バーツを入れたが、Tはそれに気づいて突き返してきた。今度はTがトイレに行っている間に、また1000バーツを入れた。今度はバレなかった。会計はあとで分かったのだが、1200バーツだった。


酔っている筈のTは足が速かった。しかも途中で僕を振り払うかのように走り出した。いや、実際振り払うつもりだったのだろう。だから、先に部屋に入ってカギをかけられてしまうのが怖かった。Tは知らないはずだが、たまたまこの時だけ部屋の合いカギを持ってこなかったのだ。

部屋に入るとTは号泣した。しかも水洗トイレの便座に顔を押し当てて泣き崩れているのが見えた。吐いているのかも知れなかったが、聞こえてくるのは慟哭だった。そしてトイレから出てきたTは叫んだ。

「いますぐに家に帰りなさい!アナタの愛している人のところに帰りなさい!!!」

「もしアナタが今ここに、このままいたら、とても大変なことが起こりそうで怖いわ。だから、いますぐ出て行って!!!」

「何言ってるんだよ。出て行くとしても明日の朝だよ。If you want to kill me, kill me right now.(もし、僕を殺したいなら、今すぐ殺しなさい)」

Tは泣きながらロッカーに入っていた僕の服を乱暴に取り出して、床に投げた。さらに部屋のドアを開けて、なぜか買ったばかりの掃除機と一緒にアパートの廊下に放り出した。夜も午前1時をとっくに過ぎていた。僕はとにかくアパートの他の住人に迷惑がかかることを恐れた。

取り乱しているTとまともに話すことなどできるわけがない。心を固めざるを得なかった。もう、これで終わりにするよりない。このままこの部屋で一緒に夜を過ごすことなどできるわけがないと悟った。一番恐れたのは持ち込んでいるパソコンを壊されることだった。そこには大事な情報が詰まっている。でも、Tはなぜかパソコンだけは放り投げることをせずに丁寧に扱った。僕はあわてて段ボール箱に入れて廊下に出した。そして、投げ出されていた服を急いで2つの鞄に詰めた。とにかく、部屋にあった僕のものを一つ残らず全て鞄に放り込んだ。

部屋を出る前に、ベッドの上でまだ泣き崩れていたTを一度だけ抱擁した。心のこもらない、形だけの抱擁のように自分では思われたので、すぐにTから離れて部屋を出た。

ハンドルを握っている自分は、いつしかすっかり酔いが醒めているような気がした。通いなれたいつもの道路は、深夜は車がいなかった。とくに、郊外にある自分の家に近づく頃は、道路は森閑としていて、ほとんど1台も車がいなかった。

ついに僕はTとは別れてしまった。そして再び家に帰ってきた。いつも寝ていた2階の寝室のドアを開けると、彼女が静かに寝ていた。いや、寝ているのではなく、僕が帰ってきたことに気づかないはずはない。ただ黙って僕をベッドに迎え入れた。

僕は、まさか朝になって再びドンデン返しがあるとは思いもよらずに、彼女の横で眠りについたのだった。

(8月21日、午前0時)

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予想外の展開の連続だった

「家のことが恋しいんじゃありませんか?気になるのは犬の事だけですか・・・?」

妻と話し合って正式に別居を始めたのは今月14日、水曜日のことだった。その日の夜、アパートで食事しているとき、ふとTが漏らした言葉がこれだった。「家のことが恋しい」とは、「妻が恋しい」という意味だ。いつも僕は犬のことを気にしているように見せながら、実は妻を恋しく思い始めているということをTは見抜いていたのだ。

その翌日、妻からLINEが入ってきた。

「ワタシたち、いつ離婚の手続きをしますか?」

離婚することに妻は合意していた。でも、妻の方から日程の相談があるとは考えていなかった。きっと、彼女はできるだけ引き延ばそうとするだろうと思っていた。でも、そうではなく、さらにその翌日には離婚の手続きを解説したタイ語の文書を送ってきた。

離婚に必要なものは婚姻登録証と、外国人の方はパスポート、タイ人の方はIDカードと住居登録証(タビアンバーン)が必要なのだが、そのほかに2人の証人にも役場へ同行してもらわなければならないと書いてあった。日本のように、離婚届に当事者2人のサインと証人2人のサインがあれば受理されるという簡単なものではなかった。

僕たちはLINEでやりとりして、離婚の日を8月26日と決めた。僕は9月か10月でもいいと考えていたが、彼女の方はそこまで待つつもりはないようだった。それどころか、日取りを決めた2日後に、彼女はこう書いてきた。

「26日までまだ日がありますね。ワタシは毎日苦しくて仕方ありません。もし可能であれば、来週早々に終わらせることはできませんか?証人はキャディーの友達2人に頼んだので、いつでもアナタの都合の良い日に仕事を休んで役場へ行ってくれますから・・・」

彼女の希望は離婚手続きの日程を1週間ほど早めてくれというものだった。彼女が積極的に離婚を選んだわけではなかったので意外だった。引き延ばすのとは逆に、一刻も早く終わらせたいというのだ。離婚の日を自分の心の中でカウントダウンしなければならないのが辛いという。なんとなく、その心理は僕にも理解できるものだった。

そんなやりとりをしながらでも、彼女は「会いたいです。愛してます」という言葉やステッカーを毎日のように送ってきた。LINEやメールでの、文字だけでのやり取りというものは、僕のこれまでの経験でも非常に危ういものがあることを知っていた。ついつい、こう返信した。

「僕も、あなたのことは今でも愛してます」

それは嘘ではなかった。Tが見抜いたように、離婚の日程を決めてからは、日に日に彼女への未練の思いが増してくるのを自覚していた。いや、未練と言うより、「まだやり直せる!」という思いに変わっていくのを自分で否定することができなかった。それと反比例するかのように、Tのちょっとした言動がえらく気になり始めた。それは「ワタシのことを愛してますか?」といつもいつも口癖のように聞いてくることだった。いつしか、Tの質問を無視しようとしている自分があることに気が付いた。

そして、彼女から僕の心にグサリと刺さる言葉が返ってきた。

「ワタシは離婚なんかしたくありません!アナタのこれからの幸せを考えたら離婚した方が良いと思ったのです。でも、本当はしたくありません!」

彼女の言葉は揺れ始めていた僕の心を反対側へ動かす力を持っていた。そして僕は大きなミスすら犯していた。そのミスとは、離婚の手続きを解説したタイ語の公式文書を彼女が送ってきたとき、そのLINEの画面をTに見せたことだ。だいたいのことは理解できたのだが、念のためにTに見せて、手続きの仕方を確認したのだった。

彼女がその文書を送ってきたということは、彼女が本気で離婚に応じようとしている証拠であった。それを見たTにとっては、安心材料のはずだった。ところがTは、LINEの画面を僕の知らない僅かのスキに、上にずらして見てしまった。「あなたのことは今でも愛してます」という、彼女に送った僕の言葉がTの目に入ってしまったのだった。

このあと、さらに予想外の展開となったのだった。


(8月20日、10時50分)


合意別居

夫婦が別居する理由は一つではない。だが一番多いのは、男性に別の女ができて家を出て行くというケースだろう。

僕は50歳になったばかりの時に、日本人の妻との別居を経験している。それは新しい女と暮らすためではなかった。夫婦関係を修復するのが不可能だと自分で判断して、妻の合意を得ずに一方的に実行したのだ。そしてそのあとに、亡くなったタイ人女性との運命的な出会いがあった。

日本人の妻から見れば、タイ人女性と一緒に暮らすために家を出たように思われたに違いない。だから離婚の協議は難航した。東京にあった一戸建ての自宅と、妻が管理していた預金をすべて妻にあげると言っても、彼女は離婚に応じようとはしなかった。最終的には、妻の側の女性弁護士と僕自身が直接会って合意文書を取り交わした。

妻の側が一番気にしたのは、当時高校2年と中学3年だった男女の子供2人の養育費だった。そして東京の自宅と、僕自身は額を正確には知らなかった銀行預金、年300万円の養育費を2人の子供たちが大学を卒業するまで支払うという条件で離婚の合意に至った。女性弁護士は、「こんな条件で離婚する男性は見たことがありません」と言って恐縮した。当然だが、僕は2人の子供が大学を卒業するまで、一度も欠かさずに養育費を支払った。


さて、話は現在進行形の事案だ。

日本人の妻との離婚協議とはまったく違って、数時間の話し合いで合意に至った。もちろん合意書もなければ立会人もいないので、彼女はすぐにでも前言を翻すことが可能だし、僕は僕で、「また2人で生きていこう。頑張って家を買って、2匹の犬と一緒に仲良く暮らしていこう。お勤めは毎日でもいいよね?」と再出発を誓うこともできる。そうすれば、きっと彼女も喜ぶだろう。

でも今のところその気配はない。なにしろ、別居を実行したのは昨日のことだ。

彼女は昨日も仕事があった。家を出る時、僕にこう言い残した。

「いま洗濯しているので、終わったら干しといてくださいね。アナタの服は全部持って行かなくてもいいですよ。残しておいても大丈夫ですから。それから、この家にはいつ来てもいいですよ。ときどき見に来てくれると、犬たちも喜びますから・・・」

そう言って彼女はバイクで家を出て行った。僕は「わかった」と返事してから、自分の衣類の一部を鞄に詰め、愛用のパソコンを取ってあった段ボール箱に入れた。まだ朝から何も食べていないことに気が付いて、先月友人からもらった日本製のラーメンを作って一人で食べた。


Tのいるアパートに着いたのは午後2時ごろだった。Tはお店の仕事があるので当然だがアパートにはいなかった。持ってきた服を片付け、パソコンを箱から出してセッティングし、一息ついていると、ノックの音がして部屋のドアが開いた。いつも以上に嬉しそうな顔をしたTが入ってきた。

そのあと2人で買い物に出掛けた。Tが大学のお店で売る食べ物と、アパートで僕たちが食べる食事の材料などを2か所のスーパーで買った。思えば別居した妻と一緒に買い物をしたことはめったになかった。1年に数回もあっただろうか・・・

Tが丹念に食材を選び、僕が黙ってカートを押して付いて回る。それがいかにも普通の夫婦の行動のような気がした。同時に、妻とはそのような経験がほとんどなかったことが思い出されて奇妙な気分に襲われた。いま一緒にいるのはTなのに、自分の心は別居中の彼女にあった。

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Tの作る料理は、イサーン出身の妻が去年よく作っていたタイ料理とはまったく別物だった。

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これは牛肉のハンバーグの上のエビが乗った見たことのない料理だ。

「タイで牛肉をステーキで食べるとすると、高級な肉以外は硬すぎて食べにくいでしょ。それにマズイでしょ。でもハンバーグ用の牛肉なら安いし硬くない。だから、今日はこれにしたのよ。牛肉とエビの取り合わせはどうかしら?」

Tはそう言って僕に感想を求めた。スープも野菜炒めも、どれもこれも味が薄い。塩気が少ない。胡椒も控えめだ。僕は率直にそれを言った。

「塩を多くすれば確かに美味しくなります。でも、健康にはよくありません。アナタは血圧が少し高いんですから、塩分は少ない方がいいでしょ。ワタシも薄味が好きですから、ちょうどいいんです。化学調味料も一切使いません。」

別居中の妻が作ったり買ってきたりした総菜とはまったく別世界のような料理。Tは辛いタイ料理も食べるが、どちらかというと西洋料理や日本料理が好きなのだ。しかも自分で作るのが好きで、腕前も悪くない。

こうして、僕の別居生活は昨日から始まったわけだが、スーパーで買い物をしていた時の“違和感”は、Tと二人で食事をしているときも再び湧いてきた。

「目の前にいるこの女性が僕の伴侶になるのだろうか・・・本当に僕はそれを望んでいるのだろうか・・・」

Tは僕の顔を見て少し心配そうな表情を見せた。

「家のことが恋しいんじゃありませんか?気になるのは犬の事だけですか・・・?」

僕は少しだけ狼狽して、「2匹の犬がご飯を食べただろうか、と心配になっただけだよ」と胡麻化したが、Tはそんな僕の心の中を見透かしているようだった。だが、それ以上は僕を追及しないで話題を変えた。

(8月15日、11時45分)


軟着陸

「軟着陸」とは、宇宙船などの飛行物体が減速しながら安全に着陸することだ。男女間の問題にこの言葉をあて嵌めるとすれば、大したもめ事にならずに、双方が納得して解決に向かうことを意味するだろう。

そうでなくて、双方が喧嘩腰になって争い、最終的には裁判になったり、刃傷沙汰になる場合は「激突」と表現されるだろう。結論から言うと、僕たち夫婦の場合は「軟着陸」することで話し合いがついた。こんなにあっさりと結論が出るとは予想外だったと言わなければならない。

土曜日から月曜日にかけての3日間はタイでは3連休だった。この間、僕は殆どの時間をアパートで過ごし、Tとはいろんなことを話し合った。でも肝心の妻とは深い話し合いをする機会がなかった。僕が家に居ない間に妻はいろいろなことに思いをめぐらせていたようだ。そして昨日、朝からTの家族のお店を手伝っていると、妻から長いLINEが届き始めた。

「アナタが夜遅くに車で出かけて行ったのを知っています。夜は目が見えにくいと言っていたので、車の運転が大丈夫かと、とても心配でした。もしアナタに何かあったら、と思うと、心配でよく眠れませんでした。どこにいるのか、その場所すら知らないのですから・・・」

「アナタが幸せを感じているなら、それでいいです。自分が居たいと思う場所にいるのなら、それが一番いいことです。家に帰って来なくてもいいですよ。帰ってきても、また出て行くのですから、それがワタシにとっては一番つらいです。でも、いろいろなことを話し合いたいです・・・」

「ワタシは2匹の犬の世話をします。だからこのままこの家に住み続けたいです。アナタは自分の行きたいところへ行けばいいのです。誰でも幸せになる権利がありますし、ワタシはそれを邪魔するつもりはありません。犬のことは心配しなくても大丈夫です・・・」

彼女からのLINEにはいろいろなことが書いてあった。「戻って来てほしい」とか、「あなたに捨てられたら私はどうしていいかわからない」というような言葉は一切なかった。一貫して「あなたは自分の幸せを求めて好きなようにしていい」と書いてあった。でも、その行間に、彼女の言い知れぬ悲哀が込められていることを、僕ははっきりと感じ取ることができた。

はじめは、彼女はこれからの経済的なことを心配しているのだろうと思っていた。けれども、長い長い彼女の言葉を、何度も何度も読み返していくうちに、そこに僕に対する偽らぬ愛情が込められていることを明確に感じとった。一昨年の夏、結婚する前だったけれど、別の女性と付き合い始めたときに見せた彼女の狼狽ぶりと比べれば、まったく別人のようだった。僕は直観的に、彼女の言葉に打算を感じなかった。

僕は家に戻って彼女と話合いをはじめた。2人が向かい合っているテーブルの下には、チビとレックレックの2匹の犬が嬉しそうに尻尾を振りながら侍っていた。

「2匹がこんなに喜んでいるのは、アナタが帰ってきたからですよ。ワタシには犬の気持ちがわかります。でも、もうアナタは決心がついているのですか?それとも迷っているのですか?」

「今は決心がついているよ」

「だったら、ワタシはこの2匹の犬と一緒にこの家に住み続けます。アナタは自由にしてください」

「でも家賃はキミにとっては安くないよ。どうするつもりなの?」

「もうアナタのお金に頼りません。昼間働いて、夜も働いて頑張ります。頑張れば、何とでもなります。責任をもって2匹の犬を守ります」

「じゃあ、チビはキミに懐いているから、キミと一緒に。でも、レックレックは僕の方が好きみたいだから、僕が引き取るよ」

「いいえ、それはダメです。この2匹は兄弟みたいに仲良しですから、引き離すことはできません。それは可哀そうです。」

他人がこの話し合いの光景を見たとすれば、実に滑稽に見えたことだろう。犬の事ばかり話しているのだから。でも僕には、そうすることで、彼女がこみあげてくる悲しみを必死に抑えているようにも思われた。


午後の3時過ぎに始まった2人の話し合いは、まず5時ごろに第一ラウンドが終わった。2人が別々に暮らすことで合意はしたのだが、いつ正式に離婚するのか、その場合に経済的な問題をどうするのか、話し合いの中身はかなり曖昧なままだった。そして、僕が2階へ上がってPCを触っていたら、暫くして彼女も上がってきて、第2ラウンドが始まった。

今度はさっきとは少し違って、彼女は僕への未練を見せた。

「ずっとアナタと会えなくてもかまいません。でも、離婚届を出さなくてもいいのではないですか?結婚したまま、別々の人生を送っている人もタイにはたくさんいますよ。別におかしいことではありません。」

僕はこれを聞いて少し身構えた。なぜなら、Tからいつも、このように言われていたからだった。

「もしアナタが本気なら、一刻も早く奥さんと離婚してください。それがアナタのワタシへの誠意です。そのあとワタシと暮らすかどうか、それはアナタが決めることです。一緒に暮らしても、もしアナタがいやなら結婚という形はとらなくてもいいです。もしこの先、仮にアナタが別の女の人を選ぶことになったとしても、それはそれでかまいません。アナタには自由があります。でも、アナタに奥さんのいる状態のままで、いつまでもお付き合いすることはできません。」

離婚のタイムリミットがいつなのか、僕は何度かTに訊ねた。しかしTもそれについては明確な答えを用意できないようだった。ただ、今借りているアパートの契約が7月中旬からの3か月なので、その間に何も答えが出ないようであれば、2人の関係にピリオドを打つかもしれないということをTは仄めかしていた。

「ワタシは、あと何年か経てば40歳になるんですよ。ずっと一緒に暮らせるかどうか分からない人と、いつまでもダラダラとお付き合いすることはできません。知り合ってからたったの1か月半ですから、アナタにとっては急ぎ過ぎと思えるんでしょうけど、ワタシにとっては、あまり時間を引き延ばす余裕はないんです。ワタシが求めているのは終生のパートナーです。愛人ではありません。だから曖昧にしたくありません。いくらワタシがアナタを好きになったと言っても、その点だけはハッキリ言っておきます」

Tはほとんどあらゆることに考え方が一貫している。時折“女心の揺れ”を見せることもあるが、自分の人生の基本方針を曲げてまで男と付き合っていくような女ではない。これまで何度か男で失敗していると自分で認めている。過去の教訓を忘れて目の前の男に溺れてしまうような女ではない。

話を妻に戻そう。

再び僕のところにやってきた彼女は、あくまでも落ち着いた表情のまま、自分が考えているこれからの生活のことを語り始めた。犬と一緒にこの家に居て、一生懸命仕事して、他の男とは付き合わず、40歳を過ぎたらイサーンの実家へ帰って家業の農業をするかもしれないこと・・・etc.

彼女の考えを聞いていた僕は、当面の経済的なことが心配になった。同時に、離婚しないまま別れてしまうという変則的な彼女の提案を受け入れることはできないということもハッキリと言った。

「離婚するなら一時金を払ってあげるけど、それをしないなら、お金は出せない。結婚していても、あなたは自分で仕事して収入があるのだから、自分の生活は自分のお金でしなければならない。でもあなたの収入でこの家に居続けることができるだろうか?」

僕は自分が一番言いたくないことを彼女に言っているような気がして、一種の自己嫌悪を覚えた。まるでお金で釣って、離婚を迫っているような図になっているからだ。しかも彼女はアッサリと僕の提案を呑んだ。

「アナタが離婚したいというなら、してあげます。それは単に紙切れの問題ですから。そして、もしお金をくれるというなら、それは喜んでいただきますけど、いくらでも構いません。アナタが決めればいいことです。」

僕は、それが本心なのかどうか、彼女の顔をしげしげと見つめた。彼女は微笑んでいるようにも見えた。思っていたような「お金、お金!」という強欲な女とはまるで違う、純真な女の素顔が僕の目の前にあった。

「ワタシはアナタに嘘をついたり、隠し事をしたことは本当にありません。でも、お金であなたに迷惑をかけていたことは事実ですし、アナタの世話をキチンとできませんでした。一緒にどこかへ遊びに行ったりしたこともめったになくて、最近はいつも友達とばかりご飯を食べていました。アナタはきっと淋しかったんですね。だから、全然いい奥さんではなかったというのは、自分でもわかります。でも本当にアナタを愛してます。だから、アナタには幸せになってほしいんです。それがワタシの本当の気持ちです。」

もし、この話し合いを今ではなく、1か月半前にしていたら・・・僕はTと会うこともなかっただろうし、離婚したいなどと思うこともなかっただろう。運命とは何と皮肉なものか。僕にTという女ができたばかりに、彼女は自分の妻としての非に気づいたのだ。そして僕に対する愛情にも気づいたのだろう。でも、それはもう遅すぎたのだ。

(8月14日、10時)

Tの家族に会った

一昨日の話だ。妻のお姉さんがいつまでたっても車を持ってこないので、僕というよりもTが、「それは酷すぎる」と怒ってしまった。夕方親戚の車を運転して僕を家の傍まで迎えにきた。僕はTのアパートで一夜を過ごすことになった。

翌朝、4時半に目覚ましが鳴った。2人は肌を寄せ合って寝ていたので、そのまま短めの“朝のお勤め”に突入した。終わるとTはシャワーを浴びて身支度を始めた。Tの家族は郊外にある専科大学の構内にお店を持っているのだ。

「これから市場に買い出しに行きますけど、一緒に行きますか?それとも、ここで寝てますか?」

もちろん僕は前者を選択した。前の日に買った美味しいクロワッサンとコーヒーで軽い朝食を摂った。

彼女の運転する車で向かった先は、市内中心部にある「ムアンマイ・マーケット」。深夜から朝にかけて開いている市場で、買いに来るのはほとんどが飲食店などを自分でやっている玄人だ。

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肉や魚、野菜や果物、菓子類など、どれもこれもスーパーマーケットで売っている値段とは比べ物にならないくらい安い。たとえばミニトマト。スーパーで買うと150グラムが40バーツくらいだが、ここで買うと1キロが60バーツだ。つまり4分の1以下。しかも、毎日深夜に山の人たちが卸しに来るので、野菜や果物はどれも新鮮そのものだ。


さて、市場で果物や菓子類を仕入れたTは、そのまお店のある大学に向かった。時間は7時を過ぎていた。いつもはもう少し早いらしい。お勤めの分だけ、出遅れたようだ。

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Tの両親は学内にある食堂にお店を持っている。授業のある日は毎朝3時に起きて準備をする。料理を作るのは主として父親の仕事で、母親はどちらかというと売る方に専念しているらしい。2人のほかに、家に住み込んでいる女性の従業員を1人雇っている。

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Tの店は、両親の店の隣にある。妹と2人でやっていて、売っているのはコーヒー、ジュース、グリーンティー、水などの飲み物と果物や菓子類、そして他のお店にはない「チーズ揚げ」という人気商品などだ。いわば薄利多売の商売で、菓子類は8バーツで仕入れたものを10バーツで売る、という感じだ。去年、試しに小さめの日本風お好み焼きを作って1枚20バーツで売ってみたら、バカ売れしたそうだ。

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これは午前11時半過ぎの食堂内の様子。大学の近くにお店は1軒もないので、ほとんどの学生は食堂に来るに違いない。食べ物商売にとって絶好の場所だ。それでも売り上げは、日によって大きな変動があるという。

Tはいつも午後1時過ぎにはお店を妹にまかせて、そのあとはジムで運動したり、ゴルフの練習にあてたりしている。


僕がこのお店に着いたとき、実は両親がここで働いているとは知らなかった。Tのお店の隣だったので、何となく目で2人に挨拶しただけだった。僕が何者なのか、Tがどこまで話しているのか分からない。しかし、父親も母親も、僕のことを認識しているような感じがした。なぜなら、仕事の合間にときどき僕に優しく話しかけてきたからだ。両親も妹も、文句なく勤勉に働く人たちだった。


Tの父親は午後になるとお店を離れ、家に帰る。今度は残った肉を加工して犬用の餌を手早く作り市場で売る。それが終わるとまた家に帰って、家族の食事を準備するのだそうだ。朝4時くらいから、夕方6時くらいまで毎日働いていることになる。

Tによると、父親はお酒もたばこもやらず、浮気したことも自分の知る限り一度もないそうだ。趣味は唯一アクション映画で、夕食が終わると毎日寝る時間までネットで見ているという。ネットの調子が悪くて見れないときだけ機嫌が悪いが、それ以外は難しいところのまったくない完璧な父親だという。

一方の母親は毎日大学に残って、お客さんがいる限りは夜の7時か8時頃まではお店にいる。お店の他にも、自宅の一部をアパートに改築して部屋を人に貸しているので、収入は父親よりも多いそうだ。両親は同年齢で、62歳だという。健康で毎日働けるのが何よりいい。

この日、大学3年になるTの息子以外の家族に偶然会うことになったわけだが、僕の印象では、両親も妹も文句なく勤勉で誠実そうな人たちだった。しかも、大学内のお店は両親と娘で会計を完全に分離している。Tと妹ですら一緒にしないで、商品によって売り上げを別々に管理している。家族が助け合いながらも、それぞれ責任をもって自分の仕事をこなして収入を得ている点はとてもいいと思った。

僕はこのような食の商売の裏側をまったく知らなかった。Tのお店で朝の1時間くらいだけ、仕入れてきたスイカやミニトマトなどを小分けしてビニール袋に詰める作業を手伝った。そして9時半くらいに、一時的にお客さんがほとんどいなくなったので、Tが車を運転し、妹さんと3人で美味しいお店へご飯を食べに行った。カオ・マンカイという鶏料理と、カオ・カームーという豚肉料理。その2品が大きなお皿に山盛りでてきて、3人で分けて食べた。そして会計は200バーツほどだったが、Tと妹さんの2人できっちり折半したのには驚いた。僕が財布に手をやるスキもなかった。

(8月9日、11時50分)


クルマをめぐる一騒動

先月下旬、僕は車の自損事故を起こした。日本からやってきた知人を観光地へ案内したとき、駐車場にあった細い鉄柱が目に入らず、車の左ドア付近にぶつけてしまったのだ。ベテラン運転手としては、実にみっともない運転ミスだった。

事故から4~5日あと、修理を依頼するために、まず妻と一緒に近所の三菱ディーラーを訪ねた。この4月に、最上級の自動車保険をやめ、自損事故には対応しない経済的な保険に変更したばかりだった。修理代の見積もりは、およそ32,000バーツ。修理期間は最低でも2週間と言われた。

先月知り合ったばかりのTは、「別の三菱の店にも行って、合い見積もりさせたほうがいいわよ」と言うので、僕はその通りにしてみた。行ったのはチェンマイで最も大きな別系列の三菱ディーラーの店で、Tのアパートからは比較的近かった。

その店の見積もりは29,000バーツで、修理期間は1週間と言われた。当然、Tと一緒に行った後の方の店を選んだ。それでも1週間は車がなくなる。バイクに乗れない僕は途方に暮れることになる。車がなければゴルフもできないし、買い物もできない。もちろん20キロ離れたTのいるアパートに行くことも出来ない。

そこで修理期間中、妻のお姉さんが使っている車を借りることを考えた。お姉さん名義の車とは言っても、その車は僕のお金で買った車で、まだ3年ほど残っているローン代を毎月出してあげている。お姉さんは普段はバイクに乗っているのだから、当然すぐに貸してくれるものと思っていた。

ところが、2日たっても3日たっても、色よい返事が来なかった。妻を追及すると、「姉は仕事で車を使ってるみたいで、どこに行ったか知りません。連絡がつかないんです」と、変なことを言うのだ。いつもLINEで連絡をとり合っているお姉さんだ。何日も連絡がつかないというのは嘘だと思った。しかもバイクで行けば、たった5分のところに住んでいる。

さんざん催促したところ、4日目になってやっと車を貸してくれるという返事が来た。これで一安心。「明日からでいいから車を借りるよ」と言って、僕は自分の車を少し遠いところにある三菱のディーラーへ持ち込んだ。その日は車のない僕を、Tが親戚の車を運転して家の近くまで送ってくれた。

そして次の日、朝からお姉さんの車が来るのを待っていた。その日はとくに何処へ行く予定もなかったのだが、とりあえず車を傍に置いておきたかった。一日1回は、1人で近所で食事したり買い物することが多いので、とにかく車は必需品なのだ。

ところが車がなかなか来なかった。仕事のなかった妻は「姉はお昼になると言ってますので、少し待ってください」と言った。その日、家にはほとんど食べ物がなかった。僕は朝も昼も、食事抜きとなった。そして午後になって、バイクでどこかへ出かけていた妻が帰ってきて、こう言ったのだ。

「車のバッテリーを交換しなければならないそうです。2000バーツかかります」

またお金の話だ。小型車のバッテリーは2000バーツもしない。1200バーツあれば交換できることくらい僕でも知っている。だから1000バーツだけ彼女に渡した。そして更に3時間ほど待ったが、車は来なかった。バッテリーの交換だけなら15分で済む。

この話をLINEを使ってTにした。Tはその日、タイ人の甥が家族ぐるみで日本からチェンマイに来ていたので、車を運転してあちこち連れまわっていた。前日に僕を送ってくれた車だ。Tは僕の様子を想像して、えらく心配した。

「朝からほとんど食べていないんでしょ。車のことも心配ですけど、そっちの方が問題です。今親戚の家族とあなたの家に近いグッドビュー・レストランで食事してます。夕方彼らを空港へ送るまで、まだだいぶ時間があります。今から迎えに行ってあげますから、一緒にここで食べませんか?甥の奥さんは日本人なんです。」

僕はお姉さんの車を待つことを優先した。でも来ない。朝から6時間以上。バッテリーを交換すると言ってからでも3時間以上経っていた。もう夕方になっている。するとTからまたLINEが来た。

「車はもう来ましたか?まだ来てないんだったら、今から家まで迎えに行きます。とにかく、アナタに何か食べさせなくてはいけません。車の話なんて、そのあとでいいですから・・・」

僕は返事を躊躇した。妻やお姉さんと、Tが・・・家の近くで鉢合わせになる恐れがあると思ったからだ。

それからおよそ30分、妻はバイクに乗ってまたどこかへ出掛けた。「今から車を取りに行きます」と言って出たのだが、彼女は車を運転できないし、バイクで取りに行ける訳もない。意味不明だった。そうこうしているうちに、親戚の家族を空港まで送り終えたTがムーバーンの近くに来てしまった。僕は犬2匹を残して家を出た。そしてその日、僕は家に帰らなかった。

Tは甥に僕のことを話したそうだ。ただし、話題にしたのは車のことだけだという。そうしたら、タイ人の甥はこのように言って憤慨したという。

「その人のタイ人の奥さん、かなりおかしいんじゃないか。旦那に買ってもらった車だろ。困っていたらすぐに貸して当たり前じゃないか。それを何日も返事しなかったり、何時間待っても持ってこなかったり・・・さらにバッテリー交換?絶対おかしいよ。バッテリーに問題があるんだったら、もっと前に言うはずだろ?その日になって急に言い出すなんて変だ。その人、奥さんやお姉さんに騙されてるんだよ。もう車の月賦代は出さないように忠告した方がいいよ・・・」

Tからの“また聞き”になるので、どこまで本当かは分からないが、その甥によると、車の事だけでなく、結婚そのものが女に騙されているに違いないというのだ。僕が彼女に騙され続けている・・・・?

Tはアパートに着いてから、こうも言った。

「甥が言うには、アナタの若い奥さん、きっと別のタイ人の男がいるんですよ。アナタからのお金は、きっとその男にも渡ってるんですよ。だから幾らあげても、もっと頂戴、もっと貸して頂戴ってなるんですよ。そんなこと、タイ人だったらすぐわかることです・・・アナタのような人のいい外国人は簡単に騙せるって・・・」

これがTの甥の見方なのか、それともT自身の意見なのか・・・おそらく、T自身の考えではないかと僕は思っている。

「アナタは今の若い奥さんに騙されてるんですよ。はやく目を覚ましなさい。一刻も早く、きれいさっぱり離婚してしまいなさい」

彼女に別のタイ人の男の存在があるということは絶対にないと僕は確信している。もしいるとすれば、本当に僕という男は間抜けということになる。一般論としてはあるとしても、彼女の場合、さすがにそれはないと確信しているのだが・・・言われてみると、少しずつ確信が揺らいできたりして(笑)。

それにしても、Tの本気度は日に日に増してきている。昨日もこう言ったのだ。

「そりゃ、アナタの奥さんはまだまだ若いし、ワタシとちがって綺麗なんでしょ。だから性的な魅力もあって、きっとセックスも上手なんじゃないの・・・でも、そんなものいつまでも続くものじゃありませんよ。気が付いたらお金を全部吸い取られてますよ。とくにイサーンの女性はそれが当たり前だと思っているんですから」

イサーンの女性への偏見には僕は同意しかねるが、Tの言っていることがあながち的外れでないことくらい、僕はとっくに知っている。

(8月8日、9時30分)


車内の会話が筒抜けだった

新しい女性のTにアパートの一室を借りてあげてから1週間くらい後の出来事だった。その日もTが手料理を作ってくれると言うので、夕方4時ごろ車で10分ほどのところにある大きな市場へ食材を買いに出た。

Tは彼女と違ってよく喋るし、声も大きい。そもそも体格が僕よりも少し大きい。毎日のように運動しているので筋肉質で、力もある。それはどうでもいいが、とにかくよく喋る女なのだ。だから僕の方もついつい喋ってしまう。

車の中での会話は、僕が全部覚えているわけないが、以前のマッサージのことも話題になった。あのとき、僕は「1時間300バーツあげるよ」と言ったのだが、Tはそれを覚えていて、「あのモーテルでのマッサージ代、まだ300バーツもらってませんよ」と冗談を言った。僕は「あれは1時間じゃなくて、厳密には40分くらいだから、300は無理だな。せいぜい200だな」というようなやりとりを確かにした。

妻のことも話題にした記憶がある。「彼女はほかの人に僕のことを話すとき、『彼』とか、『主人』とか言わずに、『おじさん(タイ語でクンルン)』って呼ぶんだよ。いくらなんでも妻に『おじさん』って言われて気分がいいわけないよね・・・」

するとTは、「ワタシたちは何て呼び合えばいいかしら?」と聞くので、「Tとか、〇〇(僕のニックネーム)とか、名前で呼ぶのが一番いいんじゃない」と答えた。するとTは「ティーラックでもいいかしら?」と言った。“ティーラック”とは夫婦や恋人どうしが呼び合う時に使う「愛する人」という意味だ。

車内での2人の会話は途切れることなく続き、やがて市場に着いたのだった。そしてその日の夜。アパートで食事して家に帰ったのが午後9時ごろ。ところが彼女はいつもと違って、僕を待ち構えていた。

その日までは、僕がどこへ出掛けようと、何時に帰ろうと、彼女はまったく関心がないようだった。そもそも、仕事の後、彼女も夕方友達と外で食事したり飲んだりして、帰りはだいたい8時を過ぎるのだから、いい勝負だったのだ。

「あなた、ちょっとここへきて座って頂戴!」

彼女の目が、ただならぬ気配を見せていた。血走っているようだった。

「あなたはTという名前の愛人を作ったんですね!全部わかってるんですよ。モーテルに行ってセックスしたでしょ!1回300バーツでしてるんでしょ!Tはあなたのことを“ティーラック”って呼んでるんでしょ・・・」

数時間前に車内でした会話を、彼女はオウム返しのように口に出した。はじめに一番驚いたのは、彼女がTの名前を知っていたことだ。モーテルでのマッサージをセックスと誤解していたけれど、それは大した間違いではない。

僕はしらばっくれた。なぜ会話の内容を知っているのか、不思議で仕方なかったが、とにかく全否定するしかない。彼女が何を考えているのか、分からない限りは容疑を認めるわけにはいかない。

「Tって、いったい誰のこと?」

「アナタ、どうして嘘つくんですか!!!本当のことを言ってください!!!全部聞いたんですよ、LINEで!」

彼女はカラクリを明確にした。彼女が言うには、午後4時ごろに僕にLINEの音声通話をかけた。いくらLINEで書いても返答が来ないので、「今日も晩御飯は外で食べてくるんですか?」と直接聞くつもりだったという。ところが僕の返事がなかったのに、男女の会話が明瞭に聞こえてきたのだという。

「アナタ、ケータイをどこに置いてたんですか?車の中でしょ?そして多分、鞄に入っていたでしょ。でも全部聞こえてたんです。とっさに録音しようかと思ったんですが、それはできませんでした。けど、ワタシ、全部覚えてます。だから、ウソを言わないで!!!」

彼女は完全に涙顔になっていた。僕はすぐケータイを鞄から取り出してLINEの着信履歴をチェックした。そうしたら、確かに4時頃に彼女から音声通話の着信があり、20分近く通話していた形跡が残っていた。僕は彼女からの着信にまったく気づかなかった。おそらく、車に乗るときの何かの弾みでLINEの着信を受けてしまったにちがいない。それを知らずに車を走らせ、Tと呑気に冗談交じりの会話をしていたというわけだ。

一つ疑問があるとすれば、Tとの会話は、その時もタイ語半分、英語半分だったはずだ。そうだとすると、2人の会話の半分は理解できなかったはずだ。その割には、肝心の部分を彼女が記憶しているような気がした。女の記憶力、女の勘はやはりすごいものがある。

「ワタシはアナタの妻です!妻には権利があります!Tにどんな権利があるんですか?ハッキリ言ってください。ワタシはアナタの妻なんですよ!!!」

「そんなに興奮しているなら、僕はアナタと今は話し合うことができないよ・・・」

暫くして彼女は、「もう大丈夫」と言って涙をぬぐい、今度は打って変わって、愛おしそうな目で僕を見つめた。

とにかくその日、彼女は僕に世間でいう“愛人”ができていて、その名前がTであることを知ってしまった。Tとはじめて会ってから3週間以上が経った、7月下旬の出来事だった。

(8月6日、11時50分)


“お勤め”はどうなっているか

これを書かなければ「楽々日記」の名が廃るというものだろう。決して自慢話のつもりで書いているのではないことは、はじめにお断りしておく。行きがかり上、こうなってしまったのである。

新しい女性Tと初めて会ったのは7月はじめのことだった。海鮮料理のレストランで食事しながら、2時間ほど会話した。そのときは、すでに彼女と別れる決心をしていたので、別の女性と会うことに躊躇も、迷いもなかった。

僕もTも、自然と英語とタイ語の両方を使って会話した。しかも、Tのタイ語はスピードがゆっくりしている。しかも発音が明瞭なので、敢えて英語を使ってくれなくても90%は理解できた。ときどき分からないこともあるので聞き返すと、英語で意味を補足してくれた。まずは彼女の言語能力のスマートさに僕は惹かれてしまった。

2回目に会ったとき、Tが以前マッサージの学校に通ったことがあり、タイマッサージの正式の資格を持っていることがわかった。でも、これまでマッサージの仕事に就いたことは一度もないという。たまに母親にしてあげると、すごく気持ちいいと言ってくれるというので、「じゃあ、試しに僕にもお願いできますか?」とほとんど冗談で言ったら、OKしてくれた。

「マッサージとなると、どこでする?」という話になる。実は最初は僕に妻がいることは黙っていた。犬2匹と一緒に暮らしていると、ウソを言った。だから、彼女は「アナタの家に行ってもいいですよ。何なら家事も手伝ってあげてもいいですよ」と言い始めて、僕は困った。それで結局のところ、ラブホテルを利用することになった。

もちろん僕の方には50%くらいの下心があった。でも、Tにそのつもりがなかったので、ラブホの密室で1時間足らずのマッサージを受けた。オイルまで使って丁寧にマッサージしてくれたが、局部に触れるような行為は一切なかった。総じて、プロとしてはいまひとつの腕前だと思ったけれど、母親以外にするのは初めてだというので、一応合格点をあげた。

Tはラブホテルが本当は嫌いだった。せいぜい2時間くらい休憩してすぐバイバイとなるのは嫌だという。それでも行き場がないので、過去に利用したことのあるラブホを利用した。今度は、Tは最初からそのつもりでいた。僕としては、またマッサージをしてほしかったのだけれど、彼女が別の行為を欲していることがわかったので、自分と彼女の欲求の赴くままに行動した。そして、僕は後悔した。

Tは僕が犬と一緒に1人で暮らしていると信じていた。2年ほど前に前妻を亡くしていることや、その子どもたちのことは事実を話したが、そのあとTより若い女と結婚して同居していることは言わなかった。それを言うと、Tと付き合っていくことは無理だと思えたからだ。僕は悩んだ。

男女の一線を越えてしまうのであれば、まず事実を話すべきだという気持ちと、むしろそれは事後に話すべきだという相反する思いが、心の中で絶えず交錯していた。そして、結果として僕は後者を選んだ。

一度一線を越えてしまうと、Tと僕は会うたびに求め合った。Tはラブホが嫌いなので、昼間に普通のホテルを彼女が予約した。そして夕食の後、僕が家に帰っても、彼女は1人でそのホテルに滞在して翌朝帰ることを何度か繰り返した。

しばらくして彼女はアパートを一部屋借りてほしいと言い出した。それなら、いつでも好きなときに会うことができて、ホテルを利用するよりもお金がかからないだろうというのだ。確かにそうだが、あまりにも早すぎるのと、僕はまだ妻の存在を話していなかったので躊躇したのだが・・・

結局、僕は部屋を借りてあげた。建って間もない綺麗なワンルームのアパートで、彼女の実家も職場も、バイクで10分と掛からないチェンマイ市内の便利な場所にある。ただ、僕の家からは20キロほど離れている。それでもほぼ毎日通い始めた。そしてある日、これ以上黙っているのは卑怯だという思いが募ってきて、ついに僕は思い切って事実を彼女に打ち明けた。

「実は僕には妻がいる。しかもその妻は、亡くなった前妻が生きていたときから愛人として付き合っていて、かれこれもう6年越しになる」

Tは冷静に僕の話を聞いていた。そして自分の感情を抑えるかのように、わざと笑みを浮かべながら、こう言った。

「やっぱり何か変だとは思ってました。家の場所もはっきり言わないし、いつも家に帰りたがるし・・・。私は嘘をつかれるのは大嫌いです。もしまだ隠していることがあるのだったら、この際全部話してくださいね。小出しにするのは最低よ・・・」

そして彼女は付け加えた。

「奥さんとは、別れるつもりはあるんですか?」

「あるんだけど、すぐには無理だと思う。時間がかかると思う。何しろ、僕は彼女のATMなんだから(笑)」

「仕方ないわね(笑)。ワタシ、あなたのことがもう本当に好きになってしまったのよ。たった2週間しか経ってないのに。でもね、半年も1年も待つことはできないと思います。長い時間待たされた挙句に、ハイさようなら・・・それが一番いやです。だから、もし奥さんとやり直したいと思ったら、ハッキリそう言ってください。ワタシは辛いけど、身を引きますから・・・」

「ワタシ、今まで男運がよくなかったの。学生の頃に子どもを産んだのも当時は大失敗したと思ったわ。今では子供を早く産んでおいてよかったと思ってますけど。そのあと付き合った男性に、ファランでいい人もいたけど、事情があって国に帰ってしまったの」

「そしてそのあと1年半前まで付き合っていた男性は、浮気性だったの。ワタシ、我慢できなくて・・・今度こそ、フィーリングとライフスタイルの合う人に出会えたと思ったら、今度は奥さんがいたなんて・・・」

僕がTと付き合い始めたことを妻が知ったのは、偶然のことだった。こんなことがあるのか?と思えるくらい、不思議な出来事がきっかけだった。それについては次回。

(8月5日、12時)

覆水盆に返らず?

出会ってから5~6年たち、一緒に暮らすようになってから既に2年近く。正式に結婚してからも1年以上になる彼女とうまくいかなくなった理由は何だろうか?ここで自分なりに整理しておきたい。

一番の理由は既に書いた通り、彼女のお金への要求が目に余るようになってきたこと。

それは同居直後からのことで、「結婚するなら親に50万バーツ払ってくれ」と言ってみたり、「お店を開きたいので数十万バーツ貸してくれ」と申し込んできたりした。結局のところ、チェンマイの父親と、イサーンの母親には家の改築などの名目で都合数十万バーツあげた。それだけでなく、毎月の“月給”の中から、彼女は相当額を両方に仕送りしてきた。

借金の申し込みは同居当初だけでなく、去年の暮れからは使途を言わずに5万バーツの借金を繰り返している。どうも怪しいと思ったので、半年ほど前には借用証を彼女に書いてもらった。

「もし毎月の返済が滞ったら、私はあなたと離婚します。その場合は金銭的な要求は一切いたしません」と自筆で書いてある。そして、ここ数か月、返済は滞っている。証文を作って以降の借金の残高は6万バーツ程度だが・・・


二番目の理由は、日常生活の変化だ。以前は彼女が料理を作ってくれていたのに、今年に入ってからはほとんど市場で買ってくる惣菜ばかりで、中身もイサーンの人が好む辛いものがほとんど。僕も嫌いではないが、いつもそれでは参ってしまう。だから自分で食べたいものを買うようになるので二重出費になる。

掃除洗濯などの家事も、彼女に仕事のある日はほとんど僕がやってきた。彼女の稼ぎが僕たち2人の生活に充てられるのなら、それはそれでいい。仕事のないほうが家事をすればいい。しかし、彼女が稼いだお金が何に消えているのか、いまだにわからない。


三番目の理由は、コミュニケーションの問題。これは実はとても重要な要素だ。

彼女はタイ語しかできない。しかも、僕に分かるようにゆっくり話すことがほとんどできない。僕がタイ語が堪能だと勘違いしているフシがある。全然そうではない。僕のタイ語は日常会話に不自由しない程度のレベルで、複雑なことは聞いても理解できない。前妻は日本語とのバイリンガルだったので、意思疎通にまったく問題がなかった。でも今の彼女は、自分だけ通じているつもりでいるのだろう。実際は半分くらいしか通じていない。

もし彼女が英語をある程度使えるなら、おそらくコミュニケーションは数倍うまくいくと思う。最近付き合い始めた女性は英語が堪能だ。書くにしろ喋るにしろ、タイ語と英語を私がするように織りまぜてくれるので、ほぼ100%誤解なくコミュニケーションできる。言葉がきちんと通じることが、こんなにも重要だということを改めて思い知らせてくれた。

彼女は僕と別れたがっていない。その理由が“お金”だということは容易に理解できる。本当に僕への愛情があるなら、お金を一番気にするような態度はとらなかったはずだ。今のところ“月給”を一気に半分にしても耐えている。でも、そのうち再び要求がエスカレートしていくだろうと思う。「自分でがんばって稼ぎます。これからは、お金のことでアナタに迷惑はかけません。家ももういりません」と、彼女は殊勝に言うのだが・・・


今月になって知り合った女性は年齢は30代後半で、大学生の子供がひとりいる。本人も苦労して大学を卒業し、今はちょっとした商売を家族全員でやっている。50代の両親はそれなりの稼ぎがあるので、経済的にパートナーに頼るリスクは、将来は分からないが、そう大きくないだろう。

その女性は自分の子供をきちんと育てているし、僕の前妻の子供たちのことも心配してくれている。「縁があって一緒に暮らした子どもたちを、いくら大きくなったからと言っても見捨ててはダメですよ。とくにまだ18歳の男の子は、あなたしか頼れる人がいないのですよ。家は売らずに3人の子どもたちにあげてしまいなさい」と言っている。

食生活も彼女とはまったく好みが異なり、栄養のバランスを考えた健康的な食事をいつも心掛けている。綺麗好きで、掃除洗濯をきちんとする。犬も好き。日本の歌が好き。自分でも歌う。僕が好きなオペラを聞いても平気。運動とゴルフが大好き。お金に余裕ができれば、海外を含めてあちこち旅行したいという。一番行きたいところは、モルジブと日本。

彼女が悩んでいることは、僕に奥さんがいること。このままいけば、他人の男を横取りするようなことになるので、心が苦しい。それ以上に、僕が奥さんのいる家にいつも帰っていくことがものすごく辛いという。

知り合ってわずか1か月だ。ほとんど毎日会っているとはいえ、相手のことがまだまだ見えていないだろう。だから、僕としては性急にことを進めようとは思わない。新しい彼女は、「もし奥さんとやり直したいと思ったら、いつでもハッキリそう言ってください。私は辛いけど、身を引きますから・・・」

タイの社会は日本とは少し違うようだ。男に奥さん以外の女がいても、誰も批難しないのだそうだ。それが当たり前という価値観があるのだろう。ところが、女が妻のいる男と付き合うと、これは大いなる批難の対象になるのだという。それがバレると後ろ指を指される。外に女を作った男を批難できるのは妻だけ。不倫をする女を指弾するのは社会全体。タイはそういう社会なのだそうだ。まるで男性天国ではないか。だから、女はシッカリしていて、男はぐうたらなのが多いのかもしれない。僕はタイ人ではないが、ぐうたらな男の1人かもしれない。

(8月4日、12時)


“月給”は何に使われていたのか

最近は、僕と彼女は別々の部屋で寝ている。朝早く仕事に出掛ける彼女が僕の睡眠を妨げないようにとの配慮から、はじめは彼女自身の意思で別々にした。それでも、彼女が5時とか6時にシャワーを浴びていると、その気配で僕も目を覚ますことが多い。

今朝は早朝から雨だった。でも彼女にはお客さんからの予約が入っていた。この雨の中をバイクでゴルフ場に行かなければならない彼女が可哀そうに思えたので、僕はパジャマ姿のまま車を運転してゴルフ場まで送った。実は、僕の車で彼女が出勤したのは、今日がはじめてのことだった。これはどういう事かというと、僕たちの関係は決定的に破綻したわけではないことを表している。

さて、お話は昨日の続き。

主として金銭問題で僕たちは大きな岐路に立っている。1年8か月前に一緒に暮らし始めてから、毎月決まった日に、欠かさず一定額を“月給”として彼女の口座に振り込んできた。月給には僕たちの家賃や食費、光熱費、生活用品代のほか、お姉さんが使っている乗用車や彼女の新しいバイクの月賦代、ガソリン代や薬代などが一切含まれている。

ところが、洗剤やトイレットペーパーなどの日常生活用品はいつも僕が買っているのに、ガソリン代や薬代などを含め、ここ数か月は、必要なお金を彼女は月給から出さなくなった。だから最近は、その分をきちんと記録して月給から差し引くようにした。当然だ。

そして昨日書いたように、家賃は滞納寸前、電気代も期限までに支払われなくなった。さらに彼女は、今年になってからだけでも、都合10万バーツほど僕から借金した。これまでに返済されたのは4万バーツで、まだ6万バーツ未返済だ。それなのに、先月さらに10万バーツ貸してほしいと言ってきて、僕の堪忍袋の緒は切れた。

お金の使途について、彼女がどこまで真実を述べているか、それは僕にもわからない。でも、これまでの曖昧な説明とは少しちがう、ある程度は信ぴょう性のありそうな話を今月に入ってから出してきた。

まず親戚への援助。イサーンの母親に毎月1万バーツ。チェンマイの父親に5000バーツ前後。父親と一緒に住んでいるお姉さんに3000バーツ。つまり月給の中から2万バーツ近くが親戚への援助に使われている。これは亡くなった前妻が毎月実家に仕送りしていた額の3倍以上になる。

そして、最も僕が疑っていた使い道。それは(地下の)宝くじの購入と、「シェア」と彼女たちが呼んでいる投資だ。それらの額は変動するので明確には言えないようだが、毎月5000バーツから7000バーツくらいと彼女は言う。どこまで信用できるか、それはわからない。もっと使っている可能性は大いにある。

とくに「シェア」という投資は、その正体が僕には今だにわからないが、賭博の一種と考えた方がよさそうだ。なぜなら、投資した額が安全とは言えず、損をすることもあるらしいからだ。宝くじは当然、すべて損をしていると思われる。

これらの話から判断すると、僕が彼女に渡している“月給”の半分以上は、僕たちの生活のためではなく、彼女の親戚の生活や彼女の趣味のために使われているということになる。しかも最近は家賃や電気代までもがそれらの目的のために消えているようだ。

彼女が夕食のために市場で買ってくる総菜は、せいぜい1日100バーツか150バーツくらい。1か月5000バーツ以下であることは間違いない。彼女が浪費している宝くじ代より少ないかもしれない。しかも、彼女は夕方友達と一緒にご飯を食べたりビールを飲んだりしてから市場に寄って家に帰ってくることが多い。だから、晩御飯は僕一人きりという日も多いのだ。

こんな生活状況にどこまで耐えられるか、それは僕の忍耐力にもよるけれど、もう限界だと言うことは率直に彼女に告げた。当然、「離婚」という言葉も2か月以上前から使っている。

反省点はある。それは月給がはじめから多すぎたのだ。だから、宝くじをたくさん買ったり、博打のようなものに手を出したり、これまで毎月2000バーツしか仕送りしていなかったイサーンの母親に、その5倍にあたる1万バーツを仕送りするようになった。きっとイサーンの実家の勤労意欲は相当に下がったに違いない。もっと早くに知っていれば、すぐにやめさせたはずだ。ごく最近まで彼女は秘密主義を通した。お金に関して前妻がガラス張りだったのと好対照と言うべきだろう。

彼女はお金の浪費をすぐやめると言い出した。今の仕事をやめてもっと安定した仕事を探すとも言いだした。必要ならバンコクに行って職を探してもいいと言い出した。外国に出稼ぎに行くことも考えていると言い始めた。どれもこれも口先だけかもしれない。もし離婚しなければ、結局は僕からのお金を頼るつもりなのだろう。

日本もそうだが、タイでも“妻の座”は結構強い。法律的には保護されている。浮気でもしていれば別の話だが、離婚したくても、本人が同意しなければなかなか難しい。2人の間に子供がいないのは幸いだが、そもそも結婚したことが間違いだったのかもしれない。一緒に住むだけにしておけばよかったと思う。しかも彼女自身は僕に結婚することを要求したわけではなかった。僕が彼女を説得してやったことだから、自業自得ではある。

当面の対策として、8月分として彼女に振り込んだ月給は、これまでの半分にした。彼女は同意したわけではないが、反対してもどうしようもない。その代わり、毎月の家賃は僕が直接払うことにした。だから、賭博性の高い趣味にお金を使ったり、親に過剰に仕送りしなければ、十分にやっていける額だと思う。それに彼女自身働いているから、多くはないがそれなりの収入はあるのだから。

で、離婚の話を進めるかどうか・・・・?先日その話を切り出した時、彼女はまたまた金銭の話を持ち出してきた。もし離婚するなら、まとまったお金が欲しいのだと(笑)。僕はテーブルを思いっきり叩いて怒った。何が原因でこうなっているのか、あまり自覚していないようだ。

甘いようだが、少し様子を見てみようとは思っている。本当にお金の浪費をやめるのかどうか。というより、月給が少なくなれば、その効果で無駄遣いは減るだろう。そして、主婦としての役割を半分くらいは果たそうとするのかどうか・・・犬の世話を前のようにきちんとやってくれるのかどうか・・・おそらくは無理だろう。すぐ元に戻るだろう。9割以上、僕はあきらめている。僕の老後の世話なんて、彼女はできないだろう。というより、彼女に世話される老後を想像することができなくなった。

僕もそれほど馬鹿ではない。次の人生の一歩をすでに踏み出そうとしている。その点はぬかりない。彼女も気づいている。それでも僕はまだ彼女に対する愛情が残っているし、彼女も離れたがっていない。どういう形で決着するのがいいか決まらないまま、しばらくは不安定な状態が続くだろう。それもまた、色々な女性に囲まれて生きてきた僕の人生の一コマだ。

亡くなった前妻は、天国できっと大笑いしていることだろう。

(7月31日、12時30分)

プロフィール

Niyom

Author:Niyom
2012年、60歳でチェンマイへ移住。2017年にタイ人の妻を病気で亡くした後、愛人だった若いタイ人女性と再婚、前妻が可愛がっていた小さな犬2匹も一緒に暮らしている。

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