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惚れっぽい男とエロっぽい女

Nとは10日ほど前に出会って現在進行形だ。9月には、Sと1週間だけ毎日会った。でも男と女の仲に進まなかった。そして僕がコロナに感染して突然の終焉を迎えた。去年は、体の相性がバッチリだったヴィーナスと3か月間懇ろな関係になった。その前は・・・枚挙にいとまがない。

僕は一体何人の女と付き合えば気が済むというのだろうか。そして、いつもいつもキャディーの彼女との関係を修復している。今回もそうなるのだろうか?常にその懸念というか、可能性が目の前に立ちはだかる。Nと深く付き合えば、逆にキャディーの彼女への愛情を自覚してしまうかもしれない。僕にとってそれは悪いことではないが、それなら何故繰り返し新しい女を求めてしまうのか、自分でも分からなくなることがある。

もし僕が第三者だったら、今の僕に対してどう言うだろうか?「お前はけしからん奴だ」と怒鳴りつけるだろうか。それとも「人生いろいろ。好きにしな」と言って突き放すだろうか?

立派な作家で政治家でもあった石原慎太郎を引き合いに出して申し訳ないが、彼には「妻が生きている間は絶対に公開するなよ」と編集者に言って書き溜めていた自伝がある。その中で彼は「自分は好色な男だった」と告白している。彼は奥さんへの感謝の気持ちも書いている。献身的な奥さんがいたからこそ自分があると。でも沢山の女と付き合って婚外子も作った。

僕は「好色」と言えばそうだけれども、あくまでも一人の女を求めている。飽きるのではなく、目の前に新しい女が現れると、その女こそ自分の求めている女ではないかと思い込む癖がある。一種の依存症に近いかもしれない。俗な言い方をすれば「惚れっぽい」のだ。それを指摘したのは僕が40代の頃の上司だ。「キミは女に惚れっぽい男だね。惚れられるのも上手いけど・・・」と飲み屋で優しそうに目を細めて部下の僕を褒めてくれた(?)。少なくとも貶しているような口調ではなかった。

ここ数日、僕はキャディーの彼女の顔をしげしげと見つめることが多い。彼女はいつもリビングのソファーに陣取ってスマホをいじっている。僕は同じ部屋で、机に置いたパソコンに向かって何かをしながら、ときおりスマホを手に取って操作する。彼女は、また僕に新しい女ができたに違いないと感づくはずだ。パソコンが目の前にあるのにスマホをいじるのは、たいてい女とLINEをするためだからだ。だからと言って、それを覗きに来るような女ではない。

今日もNのことを書いておこう。

一昨日の夜、LINE上で険悪な事態になったことは既に書いた。ちょっとした言葉の行き違いからNは気分を害した。僕は短気を起こして「今夜はもう話すのをやめる」と突き放した。彼女は「はい」と返事したきり黙ってしまった。「これで終わりか」と思うと、急にキャディーの彼女への思いが自分の中に復活してきた。これでは完全にまたまた「いつか来た道」だ。

Nへの思いはあったので、「今夜はごめんなさい。愛してるよ」と最後に書いたが、これでもう終わりのつもりで寝た。ところが朝の5時過ぎにNからLINEが入ってきた。隣で寝ている女のことは無視して僕はスマホを手に取った。

「おはようございます」から始まって、「愛してるよ」という僕の言葉に「嬉しい」と反応してくれていた。さらに「私も、ごめんなさい」と書いてあった。その一言がすべての不信感を氷解させてしまった。夜中か早朝に僕の短いメッセージを見たのだろう。彼女からの返信メッセージで目の前が急に明るくなった。「この女はいい女だな。これならやっていけるかもしれない」

「ごめんなさい」という言葉の魔力だ。相手への疑いや怒りの感情が一瞬のうちに消えてしまう。何千語を費やして言い訳するよりも、この一言には恐ろしいほどの力が宿っている。大げさではない。過去にも経験がある。男と女の関係ではこれが真実なのだ。

そして昨夜はいつもの「I miss you」とは次元の違う言葉がNから飛んできた。

「知ってますか?私の心の中にはいつも貴男がいます」

これまで封印していたはずの“エロさ”もオマケとして付いてきた。

「そろそろシャワーを浴びて寝たいんだけど」と僕が言うと、「まだ行かせません」と言う。暫くやり取りがあって、「そろそろシャワーに行ってもいい?」と重ねると・・・

「だったら一緒にシャワーを浴びましょう。私が貴男の体を全部洗ってあげます」

「サービスいいんだね」

「(笑)」

「なんで笑うの?」

「貴男が私に奉仕しなければならないのよ!」

「どういうこと?」

「貴男のカラダがほしいわ。今すぐに」

もちろんLINE上のやり取りだから、ちょっと言葉遊びをしているだけだ。まさかオンライン・セックスをするつもりは彼女にはない。Nは35歳、女ざかりの年齢だ。「セックスは好きです」と言っていたのは本当かもしれない。これは大きな加点要素なのだ。

やっぱり僕は好色だから新しい女を求めるのか・・・単なる女好き・・・?そう言ってしまうと夢がない。自分にとってベストの連れ合いを探求しているうちに、いつの間にか人生が終わってしまうとすれば、それもちょっと寂しい。そろそろ決めてしまいたい。

それにしても、他にやることはないのかなぁ・・・・

(12月3日、6時15分)
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「私は怒りっぽい女です」

このセリフはメーカムポンで食事したときにNが発した言葉だ。タイ語で「ドゥ」と言ったので、「怒る」という意味。彼女の外見からはまったく想像できない。でも正直に自分の性格のひとつを教えてくれたのだろう。その翌日の水曜日、さっそく怒りっぽい女の姿を見せてくれた。「貴男をつけて行ったら女の人を見ましたよ」という、カマかけとは関係がない。

その日、Nは「バンコクで仕事するかもしれません」と突然言い出した。バンコクのレストランで働かないかと友達に誘われているのだという。出し抜けの話に驚いた。「お父さんの許可はもらったの?」と聞いたら、まだ話してないと言う。お母さんには少し相談しているらしい。ということは冗談ではないようだ。僕は不愉快になった。知り合ったばかりだが、近い将来深い関係になるかもしれない女がいきなりバンコクへ行ってしまう?正直僕は慌てた。

「来年僕たちは結婚するかもしれないんだよ。どうしてバンコクに行ってしまうの?」

前日同様にワインを飲みながら会話しているせいもあって理性を失い、だんだん本気モードになってしまった。

「結婚するかもしれないって、それ本当ですか?」

また「本当ですか?」攻撃が始まった。「結婚」という言葉を出したことが彼女を刺激したのかもしれない。

「僕は年が明けたらお父さんに話すつもりだったんだよ・・・」

その言葉を読んだ彼女は急にトーンが変わった。

「来年ですって?貴男は昨日、来週って言ったでしょう」

僕は「来週お父さんに話をする」なんて言った覚えがなかった。あとで確かめたら「一緒に食事をするときに、正式な交際をお父さんに申し込む」と書いた。正式な交際とは、すなわち“真剣な交際”、それはすなわち“結婚を前提にした交際”という意味になる。だから結婚という言葉を使わなくても、彼女は「この人は私と結婚の意思がある」と思っても不思議はない。

僕のその言葉に対して、前の日は彼女はとてもいい返事をくれた。

「そんなに慌てなくてもいいですよ。自分の気持ちをよく確かめてください。父に話すのはご自分で納得してからでいいです。時間はたっぷりありますから」

いい女だなあと僕は思った。ところが一日経つと、急にバンコクへ行くかもしれないとか言い出すから、話がややこしくなってきたのだ。確かに僕は「正式に交際」という言葉を使った。お父さんの許可をもらうのが来週なのか、それとも来年なのか、彼女にとっては全然ちがうのだろう。「来週」と僕は書いてない。「来年」となると非常に不確実な話になる。鬼が笑うとも言うくらいだから。だから彼女は怒ったのだろう。

僕はだんだん不愉快になってきた。来週お父さんに話すなんて言った覚えがまったくなかったのと、いちいち「本当ですか?」を繰り返すNに対して一種の嫌悪感のような感情が湧いてきた。こいつ僕をバカにしてるんじゃないだろうか・・・そう思うとブレーキがかからなくなった。

「僕を騙してるんじゃないの?もう今夜は貴女と話すのはやめにします」

怒りっぽいのは彼女というより僕の方かもしれない。彼女の答えは実に短いものだった。

「はい」

たった3回のデートでNとの関係は終わるんだな。お互いに気が短い者どうしのようだ。うまくいくわけがないな。僕は妙に納得したが、ちょっとだけ未練が残った。だから「今夜はごめんね。愛してるよ」とだけ書いた。でもその言葉はいつまでたっても「既読」にならなかった。それでよかった。ところがこの短いありふれたセリフがとんでもない力を持っていた。(つづく)

(12月2日、10時40分)

「本当ですか?」を連発する女

三度目のデートをした火曜日の夜、LINE上でNと長いやりとりをした。午後6時半から9時までの2時間半、豚串をかじり、赤ワインを飲みながら、休みなくタイ語の文章を読んだり書いたりした。もちろんGoogleの翻訳アプリを多用した。

僕はちょっと付き合っただけの女に対して「ラック(愛してる)」と書くことがある。面と向かっては滅多に言わないのだが、LINEだと簡単だ。そもそも「愛してる」とはどういう状態を言うのか、その定義は人それぞれだろう。挨拶代わりに軽く言う人もいれば、本気で付き合っている恋人や配偶者以外には絶対に使わない人もいる。僕は軽はずみな前者だし、Nは明らかに後者の慎重派だった。

いくら軽はずみと言っても、僕は心にもないことを口にすることはない。「ラック」と言ったり書いたりするときは、相手の女性を本当に愛おしく感じるときだけだ。つまり自分が恋の入り口に立っていると感じたら「ラック」と書いてしまう。Nに対してもそうだ。ただし、僕は同時に複数の女に「ラック」と言えない。Nに「ラック」の感情が湧いてくると、キャディーの彼女に対してはなかなか「ラック」を使えない。理由は分からないが妙なところが潔癖で、「ラック」は一人の相手に対してだけだ。言う相手はコロコロ変わるのだが・・・

僕が「ラック」と書いても、今のところNがそれに応えてくれることはない。返事は最初から最後まで「本当ですか?」の繰り返しだった。僕が何回「ラック」と言っても、その都度「本当ですか?」と返されたら、はじめは「本当です」と答えていても、そのうちに何だか馬鹿にされているような気分にもなってくる。それでいて彼女は「キトゥン」という言葉は連発する。朝でも夜でも、いきなり「キトゥン」と書いてくる。「キトゥン」は英語だと「I miss you」だから、「ラック」とは比べ物にならないくらい軽い言葉だ。Nの僕に対する気持ちはまだその程度だということだ。

さて、年明けに泊りがけで旅行する件。Nは父親の許可が必要だと言い出したので、近いうちに本当に話をしてみようかという気にはなっている。でも、もし「ノー」と言われたら嫌なので、「お父さんはOKしてくれるかな?」と聞いた。すると「お父さんは優しいからきっと許してくれます」と答えた。な~んだ、それなら自分で言えばいいじゃないか・・・

そんなやり取りが続いていたのだが、ある瞬間から突然彼女が攻撃的になった。

「ところで貴男は何人の女の人と付き合ってるのですか?」

「貴男の家には奥さんがいるんじゃないんですか?」

「なんで急にそんなことを言い出すの?」

「実はね、今日貴男の後をつけて、貴男の家まで行ったんです。そしたら女の人がいました。私見たんです・・・」

一瞬、ドキッとした。でも僕の車の後を彼女のバイクで追跡できるわけがない。右側車線を相当のスピードで飛ばして、彼女の家から30キロの道のりを帰ったのだから。でも「嘘を言うなよ」と、たしなめるのは大人げない。かと言って、あからさまに嘘を言うのも嫌だ。だから誤魔化した。

「僕は独身だよ」

そしたら、また「本当ですか?」が返ってくる。いい加減にしてほしいが、あまりに「本当ですか?」を繰り返すのには理由があるような気もしてきた。後をつけて家まで来たというのは真っ赤な嘘で冗談だけれど、何か僕に違和感を覚えていることは十分に考えられる。妻を亡くしてから5年半、これまで何人かの女と付き合ってきたと告白した。それなら恋人の一人や二人いてもおかしくないはずだとNは思ったかもしれない。つまり僕がNのことを何人かの遊び相手の女の一人にしようと考えている、と読んでいる可能性はある。2回目のデートでラブホテルに誘ったことも影響しているだろう。

それにしても、何を言っても「本当ですか?」を繰り返してしまうのは問題がある。もしも、それが単なる口癖だとしたら、繰り返し繰り返し言われた相手の男はたまらない。あまりにしつこいと、相手を信用していないという意味になってしまう。それが理由で離婚に至ったのではないかと疑いたくもなってくるというものだ。

でもこの日の夜は、僕はさほどの違和感は感じなかった。むしろ彼女の可愛さの表れかもしれないと思ったくらいだ。彼女が連発する「本当ですか?」は、取りようによっては「そう言われて嬉しい」という意味かもしれないのだから。

この日、実は僕は具体的な提案をひとつしていた。近いうちにNの家族全員を日本食の店に招待したいと申し出た。Nと両親、そして同居しているNの姉とその子供の5人だ。自分を入れると6人となる。メーカムポンへのデートの後、Nを家まで送っていったとき、父親にこのことを申し出たらすごく喜んでくれた。近いうちにというのは、年内という意味だ。Nとの関係が今後どうなろうと約束は約束だ。Nの家族がどんな人たちなのか知りたかった。それほど深い意味がなくても、一緒に食事して楽しい時間を過ごせればと思ったのだ。

ところがちょっと勇み足があった。火曜日のNとの夜の会話の中で、踏み込み過ぎの発言をしてしまった。さっきLINEの記録を読み返してみて、「これは言いすぎだよな」という部分があった。ワインの飲み過ぎのせいかもしれない。

「こんど皆で食事するときに、僕はお父さんに正式に貴女との交際を申し入れようと思うのだけど・・・」と書いていた。それに対して彼女はまたまた「本当ですか?」と言った。もちろん「本当です」と答えた。すると今度は「信じます」と彼女は答えていたのだった。このやりとりの部分は僕の記憶から欠落していた。それが原因で、昨夜、二人の認識の違いからLINE上で険悪な空気になった。彼女は一切返事をしなくなっただけでなく、僕の書き込みを読まなくなってしまった。まだ恋人同士でもないのに、早くも喧嘩の勃発だ。(つづく)

(12月1日、10時20分)

三度目のデート

昨日メーカムポンという観光名所を訪ねた。チェンマイ市内の東にあって、1時間足らずで行ける山間の鄙びた場所だ。奥へ行くと突然小さなホテルやロッジが林立していて、タイ人やファランはもちろん、中国人をはじめアジア系の観光客がたくさんやって来る。細い山道を車で登っていくと最後に小さな滝があるくらいで、これといった見どころがあるわけではない。でも緑に囲まれた渓谷独特の澄んだ空気には癒される。

僕はメーカムポンにはこれまで2度行った。最初は5年前でキャディーの彼女と。そして2回目はまだコロナ禍の去年7月、ヴィーナスと素敵なロッジに一泊した。その時初めて男女の関係を持った。今回はNとの三回目のデートの場所として選んだ。もちろんお泊りデートは許してくれない。

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滝を見た後、美しい庭園のあるレストランで食事した。ビール1本を二人で分けて、いろんな話をした。彼女はもう一本飲めるというので2本目を注文した。店で飼われているマルチーズが突然僕の足元に寄ってきた。すると彼女の表情が一変してその犬を抱き上げた。「この子、きっと愛情に飢えているんだわ」Nはそう言って可愛がった。確かにほったらかしにされて淋しいのかもしれない。彼女が犬好きな女だということがよく分かった。頬ずりしてキスしそうになったので、それは制止した。

「年が明けたら一緒に旅行に行きたい」と僕が言うと、彼女は意外なことを言い出した。

「泊りがけで行くなら、父親の許可をもらってください」

何だって?35歳、しかも離婚経験のある女が、男と旅行するのに親の了解が必要?僕の常識外のことだった。未婚の女子大生とかだったら十分に理解できる話だ。でもなあ、言っちゃなんだけど、出戻り娘だからなあ・・・

この子はいままで付き合ったタイ人とはちょっと違うようだ。確かにクリスチャンは仏教徒とはちがって男女関係にうるさい人も中にはいるけど、もう立派な大人だ。いくら親と同居しているとはいえ、許可が必要かなあ・・・特殊な家庭だなあ・・・そう思ってちょっと身を引きそうになった。もう何人ものタイ人と付き合ってホテルに行ったり、旅行に行ったりしたけど、こんなのははじめてだ。

やっぱり何事につけ楽なキャディーの彼女の方が僕には合ってるのかな・・・いろんな考えが瞬間的に頭の中を駆け巡った。でも、待てよ。本人の意向か親の躾かどうかは分からないが、自由奔放、勝手気ままな女よりはいいのかもしれない。それに父親とは毎回家の前で会って立ち話もしている。日本好きで人の良さそうな父親だ。「ダメ」と言いそうには思えない。ただ、一度結婚に失敗している娘のことだけに、相手の男をよく知ろうとするかもしれない。そして問題なのは、旅行の許可をもらっても、そのあと「ちゃんと結婚してやってくださいね」とか言われたらどうする?

メーカムポンから家に帰って、昨日の夜はキャディーの彼女が外で友達と会っていたので家の中には誰もいなかった。NとLINEで長い長いやり取りが始まった。2時間くらい話していただろうか。そのやり取りを通じてNの性格や考え方をよく知ることができたように思う。一緒に食事しながら話すのもいいが、LINEで文章のキャッチボールをすると、これまで見えなかったものがよく見えるようになることがある。男女の付き合いについて、結婚について、親について・・・いろんなことをお互いに自分をさらけ出して語り合うことができた。ただし、僕に犬以外の同居人がいるということについては・・・「これを言うとおしまい」に決まっているので、誤魔化すしかない。それにしても女のカンはおそろしく鋭い。Nももちろん例外ではなかった。(つづく)

(11月30日、9時30分)

「あの場所がダメなの」

なぜ僕は女との付き合いの詳細をいつもブログに書くのだろうか?もしも文章にして書き留めておかなかったら、やがて記憶の彼方に消えてしまうだろう。いや、相手のことは記憶に残る。でも何があったのか、どんな言葉を交わしたのか、その時自分はどう思ったのか・・・そのディテールは時間とともに霧消するはずだ。もし将来ボケてくれば尚更だ。だから書いて残しておく。

先週知り合ったばかりの彼女をNとしておこう。まだ2回しか会っていない。最初に会ったあと、朝LINEで「Good morning」の挨拶を交わすだけだったが、3日前からは「Good night」も追加された。それ以外では、直接会った時をのぞいて殆ど会話は交わさなかった。でも今朝はだいぶ違った。

いつもの挨拶のあと、Nが長めの文章を書いてきた。今の保育所の仕事がパートタイムなので、こんど女友達と一緒に別の仕事をしようと考えているという内容だった。まだ決めてはいないらしい。それはそれでいいのだが、そのあとがちょっと長くなった。

恐らく冗談だと思うが「あなたの近くで仕事を探したらダメかしら・・・」とも書いてきた。これはやばい。けれども「ダメ」と言うのも変なので、「いいよ、将来一緒に暮らすことになるかもしれないからね」と答えた。確かに絶対にないとは言えない。男女の仲は一寸先は闇だから、キャディーの彼女との関係がどうなるか、それも誰にも分からない。僕は今は一応は独身だ。

「将来一緒に・・・」と書いた僕は少し反省した。今の段階では深入りしすぎだ。たった2回しかデートしていないのに、将来云々もあったものではない。ところがNの反応は素早かった。

「本当ですか?もちろん冗談ですよね?」

「いいや、冗談ではないですよ。本当にそう思っているから言ったんです」

「嬉しいわ」

「貴女次第です」

「本当ですか?」

「もちろん本当です。嘘ではありません」

「貴男にはたくさん女がいるでしょう?」

「ははは・・・僕のことは、そのうち分ってくるよ」

僕は基本的には嘘が嫌いだ。先週Nに聞かれて本当の年齢をちゃんと言った。いや、70歳と言ってしまった。ひとつ違うけれど、単なる言い間違いだ。そのとき自分でも70のつもりだったので、わざわざ訂正はしてない。でも都合の悪い質問には答えないで笑って誤魔化す癖がある。Nは僕を追及するつもりはまったくなかったようだ。でも、そのあとに少々余計なことをついつい書いてしまった。

「僕は遊びで女性とホテルに行くようなタイプの男ではないです」

これも嘘ではない。一回のセックスを求めてラブホテルに行くことは、若い頃は別にして、今はありえない。ちゃんと付き合いたいと思っていて、体の相性を確かめるためにホテルに誘うことはある。Nはこう反応した。

「ホテルに行った土曜日は、とっても気分が悪くなりました」

「そうだったんだ。ごめんなさい」

「いいえ、貴男が悪いのではありません。あの場所が良くないのです」

やっぱり。タイの普通の女性にとって、ラブホテルは入るだけで気分が悪くなるような嫌な場所なのだ。去年3か月ほど付き合ったヴィーナスも、ラブホテルに行くことだけは頑と拒否した。それがタイの常識というものらしい。ホイホイとラブホに入っていけるのは相当に遊んでいる女か、プロの女ということだろう。そういえば、キャディーの彼女も最初はすごく嫌がった。

Nはラブホに入っても「気分が悪い」とは口にしなかった。きっと我慢したのだろう。それであんなに密着して抱きついてきたのかもしれない。ちょっと寒いので僕がエアコンのスイッチを切ろうとしたら、「切ったら私たち息ができなくなるんじゃないですか」と彼女は言った。ラブホの部屋には窓もなく密閉されているので、エアコンを切ると息ができない?きっとNはラブホに入った経験がなかったに違いない。

それにしてもNは見かけ通りの素直な性格の女かもしれない。30代半ばで、離婚歴もある女なのに純粋な心を持っているようだ。彼女からの今朝のLINEの最後の言葉は「貴男となら、もうどこへでも行けます」だった。またラブホに誘ったら、今度は気分が悪くならないのだろうか・・・いいや、もう二度とラブホには誘わない。あの日、彼女は普通のホテルだと勘違いして行くことをOKしたに違いない。だから、もし今度行くなら、どこか自然に囲まれた旅先のホテルにしよう。

(11月28日、10時15分)

また新しい女が・・・

この記事を書き始めたのは午後4時20分(タイ時間)。どんな内容を書くか決めないで始めるのはいつものことだけれども、今日は少し違う。というのは、普段は内容はともかくとして、少なくともタイトルだけは決めてから書き始める。でも今日は、それも決められないで書いている。

実はとても困った状況になった。いつもの癖で、また新しい女と交際を始めてしまった。35歳、離婚歴あり、子どもなし。両親と同居。近所の保育所にパートで勤めている。最初に会ったのは先週のことだ。会ってみたら30歳くらいに見える可愛い女だった。昔付き合っていた日本人の女ととても似ている。無口。性格は素朴、本当はどうかまだわからないが・・・

先週と昨日の二回会った。歩くときは手をつないでくれる。昨日の二回目のデートの時、食事の後思い切って車の中でキスしたら、彼女もキスがとても好きだった。唇がとても柔らかくて甘い。感触があまりにもよかったので、思い切ってホテルに誘ってみた。行く前に「ホテルに行きたい」と言ったら、「抱き合うだけならいいですけど、それ以上はダメです」と言われた。そしてホテルでいろいろと試みたけれど、彼女は一線を超えることは決してなかった。乳房を触ることも絶対に許してくれなかった。

「セックスは好き?」と聞くと「好きです」と答えた。でも、いくら粘ってもさせてくれなかった。ラブホテルに合意の上で入って、セックスしなかった女は初めてだった。屹立したイチモツの存在をズボンの上から少しだけ触ったので、70代でもまだまだ盛りを終わっていない男だということは分かったと思う。それはともかく、ベッドの上で抱き合って甘えるのが好きな女だった。

彼女の意志は固かった。どうやってもそれ以上に進めない。でもキスだけは思う存分お互いに味わった。彼女は密かに飴玉を自分の口に入れていて、それを僕の口に移した。さらにそれを彼女の口の中に戻せという。それを繰り返した。こんなことはもちろんぼくの人生に初めてのコトだった。でも、セックスはダメ。

可愛い女が偶然僕の目の前に現れた。でもとても悩ましい。僕はキャディーの彼女を愛しているのだから、「そんなことをしてはいけません」という声と、「もう人生の晩年なんだから、自由に、奔放に好きなように生きなさい」という二つの声が聞こえてくる。

これまで7年間連れ添った男は結婚後はほとんどかまってくれず、彼女を一度も旅行に連れて行ったりしてくれなかったのだと言う。1年ほど前に離婚した後、旦那以外の男と一緒に食事したのは僕が初めてなのだそうだ。新年には一緒にどこか遊びに行きたいらしい。彼女の話が全部本当かどうかは別にして、かまってくれる相手を欲していることは間違いない。でも自分からどこに行きたいとかは言わない“あなた任せ”の女だ。まだ本性をあらわしていないだけかもしれないが。

彼女は家族そろってクリスチャンで、毎週日曜日に教会に行っているそうだ。「僕も若い頃は教会に行っていたんだよ」と言ったら、「今度一緒に行きましょう」と誘ってくれた。果たして縁があるのかどうか、そしてキャディーの彼女とはどうなるのか、今のところ全く自分でも分からない。困ったものだ。

(11月27日、17時)

断糖を始めてみた

「断糖」という言葉はないかもしれない。「断食」からの類推で僕が勝手に考えた。糖分を摂らないということ。糖分をやめる理由は太らないためではない。僕のBMIは22だから、とくに肥満を心配することはない。

何年か前に「ケトン体」に関する本を読んでから、炭水化物をできるだけ摂らない食事を心がけたことがある。炭水化物は体の中で糖分に変わる。エネルギー源にはなるが、血糖値を上げるので、あまりたくさん摂らないほうがいいらしい。高血圧気味だったことも理由の一つだ。

ところが1年ほどしてから元に戻ってしまった。今も米のご飯はできるだけ少なめにはしているが、ほぼ毎日食べている。ただしパンは、米と違って急激に血糖値を上げるのと塩分が多いので、なるべく食べないようにはしている。一番の問題はズバリ砂糖をふんだんに使った菓子類だ。

「糖質中毒」という言葉がある。例えば甘いお菓子を毎日のように食べているとそれが癖になって、糖分を摂らないと気が済まなくなる。糖分はちょっと麻薬に似ていて、脳に快感を与える。僕自身、実は甘いものが大好きで、数日前も4個買ってきた大福もちを食べ始めたら止まらなくなって一遍に全部食べてしまった。小さい大福だったのでそれでも満足できず、彼女が買ったカリントウも7、8個食べてしまった。これはいかんと反省したが、後の祭り。血糖値は爆上がりだっただろう。

砂糖を摂りすぎると血糖値が上がるのは常識だ。問題は少し時間が経つと今度は血糖値が下がることだという。血糖値の急激な上がり下がりが大の問題で、それが習慣化されると血糖値を下げるために分泌されるインスリンが出にくくなってくる。そしてついには糖尿病になってしまうのだそうだ。

そんなわけで、なるべく砂糖を体に入れないようにしようと決めた。とはいえ、砂糖はいろんなものに潜んでいるので、完全に断つことはできない。トンカツを食べるときのソースにも、サラダにかけるドレッシングにも、かなりふんだんに砂糖は入っている。甘い清涼飲料水でなくても、たとえばヨーグルト飲料などにも当然砂糖が含まれている。さらには果物に含まれる果糖も体の中に入ってしまえば砂糖と同じだ。カリウムなどのミネラルが豊富なバナナが体にいいからといって、何本も続けて食べると血糖値は爆上がりだ。

僕は将棋が好きなのでネットでプロ棋士の対局をよく見る。チョコレートなどの甘いものを好んで口にする棋士が多い。檜舞台のタイトル戦などでは、見るからに甘くて美味しそうなケーキ類をおやつの時間に対局者が注文する。甘いものは脳の働きがよくなって、いい手が指せると思っているのかもしれない。確かに食べた当座は頭が冴えて妙手が浮かぶかもしれない。ところが暫くすると血糖値が急激に下がって脳の働きにブレーキがかかる。そうすると、妙手の逆の悪手や、とんでもない見落としが起きる可能性だってある。「糖分は脳にいい」というのは一種の神話にすぎない。

ということで砂糖を断ち、炭水化物の量をなるべく減らし、そのかわりに肉や卵、納豆や豆腐、アーモンドなどのナッツ類など、良質のたんぱく質を多く摂るように心掛けている。コーヒーにも、スプーン半分の砂糖を入れていたのもやめた。いつまで続くか分からないが、一説によると、数週間「断糖」するだけで、体調は見違えるようによくなり、見た目も若返るのだそうだ。

もっとも僕の場合は、先月コロナに罹っていた数日をのぞけば、概ね体調は良好だし、見た目も年齢よりは10歳くらい若く見られる。だからあえて砂糖をやめてみる必要はないのかもしれない。とはいえ、何事も挑戦してみることに意味がある。もし長続きしなければ、また美味しい大福を頬張ればいいだけさ。

(11月22日、10時15分)

感謝の気持ち

今月5日にパタヤ旅行から帰ってきてから、同居している彼女と急接近している。不思議なもので、逆にお勤めの回数は少し減った。そのかわりお勤めをしないときでも彼女は僕にくっついて寝るようになった。抱き合って寝るなんて、僕たちのこれまでの行動様式にはなかったことだ。(朝までずっとくっ付いているのでないことは言うまでもない)

それと関係があるわけではないだろうが、これまでは彼女に対して抱かなかった思いを持つようになった。それは何かというと、彼女に対して「感謝する」という気持ちだ。これまではむしろ逆で、「彼女を助けてやっている」という気持ちが強かった。「もし僕がいなければ、彼女は困窮して惨めな暮らしになるだろう」と思っていた。でも、今は「もし彼女がいなければ、僕はとても淋しい毎日を送っているに違いない」に変わってきた。

どうして僕の中に“感謝の気持ち”が芽生えてきたのだろうか。

5年半前に妻が癌で亡くなった。そのあと、キャディーの彼女を別にして6人の女とお付き合いした。そのうちの一人はこの夏に出会ったSだが、彼女とは男女の関係に深入りしなかったので除外すると5人だ。一緒に食事するだけの友達のような女や、単に一度だけ肉体関係を持ったような女は含まれない。つまり、この5年間、毎年一人の新しい女と付き合っている計算になる。

当然比較する。人間は男でも女でも、容姿、性格、境遇・・・そのどれをとっても同じということはないし、人間性も一長一短だ。だから人間に序列をつけるのは難しい。けれども相性のようなものを加味すれば、だれが自分に一番合っているかというのは何となくわかるものだ。

キャディーの彼女とは、もう8年くらいの長い付き合いだ。性格は悪くはないが、面倒見の良い女ではない。感情は落ち着いているが思慮の浅いところがあって、30代半ばにしては子供っぽい。容姿は悪くはないが、かといって美人ではない。問題は、金銭的なことで僕にストレスを与えてきた存在であったことだ。

ほんの些細といえば些細な金額であっても、僕の軽い財布をあてにする癖が抜けない。たった100バーツか200バーツのものを買うときでもそうだから、「お前な、自分で仕事してんだし、毎月自由に使えるお金もあげてんだから、それで買えよな」となる。要するに、お互いにケチなのだ。

彼女とは、4年前に結婚して3年前に離婚している。そのあともくっ付いたり離れたりを繰り返してきた。今は成り行きで一緒にいるが、できることならもっと面倒見のよい別の女と一緒に暮らしたいという思いがとても強かった。つい最近までそうだった。ところが、彼女のいい点にも目が行くようになってきた。そうすると、「よくもまあ、僕のような性格の男、しかも高齢の男に愛想をつかすこともなく一緒にいてくれるんだな」と思えてくるから不思議だ。

彼女のいい点とは・・・いつもお勤めに応じてくれるというようなことではない。何があっても、ほとんど気持ちがブレないという、僕とはほぼ正反対の性格を持っている点だ。

僕たちはよく喧嘩する。些細な生活上のことで意見が合わないことがあるからだ。でも彼女は僕に嫌気がさしている様子が全くない。別の女と付き合っても、それは当然嫌だろうけれど、それでも僕から離れようとはしない。もし僕と別れると経済的に困るからだろうと考えていたが、そうでもないのかもしれない。僕がいなくても、彼女はそれなりに自分でやっていけるだろうし、別の男を見つけることも、彼女ならそれほど難しくはないだろう。そう思うと、彼女はとても忍耐強い女に見えてくる。

彼女の欠点を見ていた自分が、彼女の良い点に目が行くようになったとたん、「一緒に居てくれてありがとう」という気持ちが自然に芽生えてきたわけだ。彼女にしてみれば、紆余曲折があっても、なぜかもう8年以上も付き合ってきたわけだし、別の選択肢が目に入らないのかもしれない。僕としても、もう別の選択肢を放棄したほうが幸せな老後が待っているのかもしれない。

そう思いたいところだが・・・感謝の気持ちが本当でも、一人の女にだけ寄り添うのは僕にはとっても難しそうだ。そのときは人生の終焉かな?

(11月20日、7時15分)

大連立はあるのか???

昨日の記事はあくまでも「SAMEJIMA TIMES」で語られていた情報をベースに若干の私見を加えたものだ。大事なことを書き落とした。それは藤井裕久という、自民党と民主党の両方の幹事長クラスの重鎮だった元大蔵官僚の政治家の存在だ。そして調べてみたら、藤井裕久は安部晋三が亡くなった2日後の今年7月10日にこの世を去っている。

藤井裕久の人脈は旧民主党の政治家とのかかわりが非常に深い。とくに藤井が財務大臣だったころの副大臣の野田佳彦。そして現在立憲民主党の幹事長に返り咲いた岡田克也。藤井は、財務省寄りでハト派の自民党宏池会とも良好な関係を保っていた。

安倍晋三が亡くなり安倍派が一気に求心力を失った。それに続いて財務省の代弁者としてかつて政界で実力を振るった藤井が亡くなった。そういう時に何が起きるか。安倍の清和会を煙たく思っていた宏池会と、藤井を媒介にして自民党とつながっていた野田、岡田、安住(この人も財務大臣経験者だ)などの立憲の面々が急接近しても何の不思議もない。とくに岡田は元自民党だ。泉健太も明らかに自民党寄りであることは言うまでもない。確かに鮫島氏の言うように、安倍が欠けた自民党なら、立憲と表でも手を結ぶ可能性はある。

僕がわからないのは、「維新」と「公明」が大連立に同意するのかどうか。また自民党の安倍派の多くや立憲の左派を排除して大連立を組むのかどうか・・・もし鮫島氏の解説に近い筋書きで物事が進みつつあるとすれば、それはやがて戦後最大の政界再編につながっていくであろう。「共産」や「れいわ」などの政党を排除した「大政翼賛会的」な内閣が成立するとすれば、それは今の危機的な日本にとって吉なのか凶なのか、それも僕にはわからない。少なくとも、今の自民党(+公明党)政権よりはマシかな?でも増税確定だ。

いずれにしても、日本経済も政界も、そして庶民の生活も、世の中全体が大きな揺れの中に入っていることは確かだ。外国に居ても、その余波を受けないわけがない。いよいよ面白くなってきたぞ。

(12日、7時40分)

岸田さん、腹くくってるとは思えないけど・・・

最近ちょっと面白いyoutubeチャンネルを見た。僕がよく見るのはゴルフか健康ものか、そうでなければ「一月万冊」くらい。「一月万冊」は本来は読書チャンネルとして始まったらしいが、いつの間にか自民党や維新をやり玉にあげる政治チャンネルになっていて面白い。維新はともかく、権力の座にある自民党を徹底的に批判するところがいい。時代についていけない集団と化している自民党の提灯持ちなんかやってる連中の気が知れないからね。

面白かったというのは「一月万冊」ではなく、政治情報チャンネルの「SAMEJIMA TIMES(鮫島タイムズ)」。政治家を取材してきた新聞記者がアホな経営陣に嫌気がさして途中退職して始めたチャンネルだ。アホな経営陣と言えば、これは朝日というのが常識だ。

さて何が面白かったかというと、岸田内閣がそろそろもたないというのは日本の常識になりつつあるが、「SAMEJIMA TIME」では、もうすぐ「自民」「公明」「維新」「立憲」の4党による連立政権が誕生するであろうというのだ。なるほど、安倍さんが亡くなって「立憲」と「維新」が急接近し始めたあたりから、政界の地殻変動の気配は感じていた。ところが、それに自民党の一部が深くかかわっているというのだ。

なるほど、なるほど、さすが政治情報に強い鮫島氏ならではの解説だ。自民党の一部とは宏池会のこと。つまり岸田さんの派閥。そもそも宏池会は古くは池田勇人、そして宮澤喜一などの総理を輩出しているが、根本的なDNAは大蔵官僚と結託して政策を進めるところにある。もちろん岸田さんも財務官僚に逆らうような玉ではない。このところ財務省の言いなりに増税路線を隠そうともしていないから、それは本当だろう。

驚いたのはその程度のことではない。何と来るべき大連立の首班になるのは岸田さんではなく、立憲の野田佳彦なのだという。野田氏と言えば民主党政権時代に財務副大臣から財務大臣に抜擢され、菅直人のあとに首相になったおっさんだ。先日、国会で安倍さんの追悼演説をやって自民党からも拍手喝采を浴びたのは記憶に新しい。まさに財務省べったりの政治家だ。

野田氏本人も、大連立が成就したときは自分が総理大臣に返り咲くことを強く意識して追悼演説を引き受けたとまで鮫島氏は断定した。そうかもな。僕が書いたように、全く批判精神のかけらもないヨイショ演説だったから。皇居での総理引継ぎセレモニーの控室で、安倍さんは「あなたにもまたチャンスがありますよ」と野田氏に声をかけて慰めてくれたと演説で言っていた。「自分にまたお鉢が回って来る」と思っていたとすれば、よくもまあ言ったものだ。

真偽のほどは今はよくわからない。でも政界では十分にあり得る話だというのは僕でもわかる。とにかく財務省は増税したい。安倍政権でさんざん痛めつけられた無念を晴らしたい。もう岸田さんには増税する余力はない。もうヘロヘロで、野党だけでなく自民党からも三下り半をいつ突き付けられてもおかしくない。うまい具合に安倍派は、もうまとまりそうもないほど混乱状態にある。日本が危機の時の大連立は事の是非はともかく、確かにそうやって一時しのぎをするしかないのかもしれない。

それにしても国民に負担増以外の何のビジョンも示せないだけでなく、すべて後手後手の岸田さんの体たらく。そして野田氏の再登板だと・・・あ~あ、こんな時代遅れのことをやっていてどうするんだ、本当に。次は疑惑の説明ができない寺田総務大臣の首をいつ切るかという談合でもしているのだろうか。いずれにせよ、岸田さんは稀にみるノーテンキで胆力のない総理大臣として記憶されることは確かだろう。人々の記憶に残ればの話だが・・・

(11月11日、18時50分)
プロフィール

Niyom

Author:Niyom
2012年、60歳でチェンマイへ移住。2017年にタイ人の妻を病気で亡くした後、愛人だった若いタイ人女性と再婚、前妻が可愛がっていた小さな犬2匹も一緒に暮らしていたが・・・

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