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今日はイサーン料理屋で決定だ!

10月1日(日)

もう10月。歳とると時間の過ぎるのは速い。光陰矢の如しって、誰の言葉だっけ?光陰矢のごとくお勤めする、という言い方はない。それほどは速くない。でも最近1回のお勤めの時間は長くなる一方だ。そのうち彼女に嫌われるかも。どうしても、話がそっちに引っ張られる。いつも頭の中にそのことがあるからだろう。

昨日会ってないから今日は会う。これが僕らの合言葉。ではないんだけど、月曜日の約束を前倒しして今日会うことにした。彼女も一度くらい「今日はダメなの」と言ってみればいいのに、今まで一度もない。月に数日の、あの期間は別にして。

日本は総選挙で騒然としてきたようだ。ただし、騒然としているのは日本国民じゃなくて、新聞やテレビ。テレビは今は全然見ないから、本当はよく知らないけど。何たら劇場とか言って騒ぎを煽るバカ記者と頭空っぽのコメンテーターばっかりだろ。

郵政解散の小泉劇場が「劇場選挙」のはしりだった。その小泉純一郎は、あの頃は嫌いだった。だけど何故かあとから好きになった。

ジュニアは最初から好きだ。言ってる内容がマトモな奴だから。ちょっとマトモすぎるのが難点だ。僕も若いころは「キミは真面目すぎるよ」とか「正直すぎるよ」とか、よく上司に言われたもんだ。彼はなんで嫁さんもらわないのか?父親を鑑にしてるのかな?

安倍も小池も、僕は嫌いだ。どちらも言ってる内容よりも、政治のやり方が大嫌い。手法にオリジナリティのかけらもない。誰かの真似ばかりしてる。ヒトラーの真似をしたらと口にした爺さんも、今では見る影もない。みんな引退してマトモになったら好きになるかもしれないけど。くだらない話はこの辺でやめにしよう。

今日は一昨日行かなかったイサーン料理屋に決定だ。だいたい注文するものはいつも決まってる。メインは「プラー・タプティム・ヌン・マナオ」。知らない人のために説明すると、タプティムと言う名前の大きい淡水魚を特製スープで煮た料理。知らない人は、多分こんなブログ読まないとは思うけど・・・。

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この店のスープは、どろっとした緑色で、他の店とはだいぶ違う。マナオ(ライム)の酸味と唐辛子の辛みと、大好きなニンニクの香りが満ち満ちている。色の違いを別にすれば調味料はだいたい各店似たようなものと思うけど、その店の味は別格。格別というより、別格と言わなければならない。???。しかも値段は180バーツ!

煮魚はどこでもかなり時間がかかる。だからサーモンがたっぷり入った特製のソムタムも必ず注文する。

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ソムタムを知らない人がいても無視。ビールがあれば、だいたいこの2品で十分だ。肉料理は、その店ではまだ頼んだことがない。たまにご飯は頼むときもあれば、いらない時もある。これで大体350バーツくらい。たまに野菜炒めの盛り合わせ(パット・パク・ルアム)も食べる。これも7種類くらいの野菜が入っていてボリュームたっぷり。他の店より圧倒的にいい。

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ほんまもんの日記ではお店を紹介するなんてあり得ないけど、あまりにコストパフォーマンスに優れたお店なので名前だけ記しておく。「4N」。場所はガイドブログではないから書かない。その店ではこれまで日本人を見たことがない。それもあって、よく行く。


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お勤めの代償

10月2日(月)

僕は金儲けには興味がない。そういう人間はだいたい賭け事もきらい。実際に金儲けできるかどうかは別にして、よく金儲けのことを考える人は賭け事も好きみたいだ。

彼女はいつも金儲けのことで頭がいっぱいだ。お勤めの最中はさすがに考えてないように見えるけど、終わった途端に頭が切り替わるらしい。ぼーっとしてるように見えたので「どうしたの?くたびれちゃったの?」と聞いたら、「〇〇のこと考えてるの」。

〇〇は何のことかよくわからない。タイ語だからますます分からない。またお金のことだと言うことだけはすぐ分かった。彼女はいつものように僕に一生懸命説明しようとした。でも右手をあげて制した。長いお勤めの直後にややこしい話をされても頭がついていけるはずがない。こっちこそ、ぼーっとしてるんだから。

金儲けと言えば、彼女は宝くじが大好きだ。買ってるとこを見たことはないが、お姉さんがそう言ってた。「自分は全然興味がないのに、この子はいつも宝くじのことばかり気にしてる」って。少しあきれた表情で言ってたから、きっと相当の入れ込みように違いない。

昨日もそうだった。午後4時前、走行中の車の中でずっとスマホを見てるので、何見てるの?って聞いたら、やっぱり宝くじの結果を調べていた。タイの宝くじは毎月1日と16日が抽選日。この2日間は彼女に限らずタイの女性たちは午後から忙しい。友達や親戚と情報交換するのに忙しいのだ。

彼女が夢見ているのはもちろんこれだ。

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ちょうど3,000,000バーツある。タイの宝くじは2枚セットで売られてるから、もし1等が当たれば6,000,000バーツが手に入る。日本に比べると金額はめちゃ低い。それでも、金儲けに興味のない僕でも欲しいに決まってる。だからこの写真は大事にキープしてる。

彼女はそんな夢のようなことより、数千バーツでいいから一度当ててみたいと思ってる。毎月2回、2枚づつ買ってると本人は言ってるけど、これまで一度も当たったことがない。それくらいの枚数だったら、めったに当たらない。最低でも一回に20枚くらい(800バーツ)買ってれば、2000バーツが当たる確率は急上昇するはず。でも、大金が当たらない限り損するのは当たり前。たくさん買った人がみんな儲かったら、宝くじなんて成立しない。

昨日、密室で彼女が考えていたのはどうやら宝くじのことではなかった。

晩ご飯を食べてるとき、また彼女は僕に何やら説明し始めた。「今の仕事では全然将来が見通せないから、友達とでも手を組んで商売か何かしたいんだけど・・・・」そこまでは分かったが、そのあとはチンプンカンプン。彼女は僕と話すときも、タイ人と話すときのように早口で喋る。時々分かったふりをするのがよくないんだろうけど、さっぱり理解できないことも多い。昨日もそうだった。

僕自身は今は年金で食べてる。国家の一大事にでもならない限りは一生食べて行けると思ってる。それは本当は勘違いの一種だと言うことも分かってるけど、それしか方法がない。それか、一念発起して・・・待てよ、待てよ!そうか、彼女と一緒に商売するくらいの体力は残ってる。頭脳はとっくに使い果たしてるけど、単純作業なら体はまだまだ使える。あのお勤めができて、このお勤めができないはずはない!

そう気がついた僕は、今朝のLINEの時間にこう書いた。「僕が手伝えることがあったら、何でもしてあげるから遠慮なく言ってね。」
そしたら、すぐ返事が返ってきた。「言ってねって・・・?もう昨日あなたに言ったじゃない。でもありがとう!」

僕は未だよくわからないでやり取りしてる。ひょっとして彼女が昨日言ってたのは、何かにお金を出してほしいという事かもしれない。彼女が僕の奥さんになるとしても、やっぱりお勤めの代価は高くつくようだね。555

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恋人以上、夫婦未満。それは愛人?

10月3日(火)

あなたと彼女はどういう関係?そう聞かれたら即座に答える。男と女の関係だって。地球上のどこにでもある男と女の関係。それ以外の何モノでもない。それでは余りに素っ気ないので、「恋人以上、夫婦未満」と答えるかもしれない。

じゃあ恋人って何?そんなこと、生まれてから一度も考えたことない。自分で定義できないから、手っ取り早く辞書を引いてみた。ウイキペディアからの引用だけど。これが結構、味がある。誰が書いたか知らないが、国語辞典は大したものだ。

「特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、できるなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。」(新明解国語辞典 第5版)

これが第6版では大きく変わっている。

「特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔いないと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。」

最初は味があると思ったけど、こうやって引用してみると、すごく回りくどい日本語だね。さすが婉曲表現を得意とする日本語の辞書だけある。第6版は精神条項に傾き過ぎてるから割愛し、第5版を僕流に勝手にリライトしてみた。

「異性(今や異性だけではないが)に対して、抱きしめたい、キスしたい、できればセックスしたいという感情を抱き、なぜかそれだけでは相手に真意を見透かされると恐れて、精神的な一体感を持とうと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにセックスできたときは歓喜するが、終わると後悔することもある状態に身を置くこと。」

終わると後悔するというのは、恋人関係ではないんじゃない、という反論もありそうだ。これはごく個人的な経験を反映しすぎているんだけど、あんまり細部にこだわると恋人関係は成り立たないし、国語辞典も編纂できない。

第5版と第6版に共通してるのは、「愛情をいだき」という表現。僕なんか、この愛情というのがよく分からない。やっぱり、抱きしめたい、キスしたい、セックスしたいという風に表現したくなる。愛情がなければ、ただやりたいだけで、抱きしめたいと言う感情が湧くものではない。抱きたいと、抱きしめたいは全然違う。60年以上男として生きてきた経験上そうなる。

さて話を僕と彼女の関係に戻す。いつでも好きなときにセックスできる関係だから、国語辞典で言う「恋人」ではなさそうだ。自分の定義に即してみても、「精神的な一体感」はセックスの時に肉体的な一体感以上に感じるし、セックスして歓喜したり、終わると後悔することも全くない。

そこで、何か適当な単語はないかと考えていて、「愛人」と言う言葉に注目してみた。日本では、戦後まで今のように不倫相手を指す言葉ではなかったらしい。お隣の韓国や中国では、単に恋人のことだったり、夫または妻を指す言葉として使われるらしい。

でもやっぱり日本では愛人という言葉は、人目を憚って関係を取り結ぶ男女を指すことが多そうだ。彼女との関係は、人の目を気にすることはあっても、隠すほどでもないので、愛人関係ではなさそうだ。じゃあ何なのさ?

実はタイ語にはピッタリの単語が存在する。それは「ที่รัก(ティーラック)」。「愛する人」という意味だ。ただしこの言葉は、二人の関係を指すというより、相手に対して使う言葉だ。彼女も毎日何回もLINEに書く、そしてお勤めの最中も口に出して言う。夫婦はもちろん、愛人でも恋人でも使える便利な言葉だ。日本語では相手に対して「愛する人!」なんて言わないよね。

それはさておき、チェンマイで亡くなったテレサテンの「愛人」を思い出した。懐かしい歌だ。60代で知らない人はいない。聞き返してみると、テレサテンは歌がうまかった。当時感じたほどの美人ではないけれど。

愛人

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ビール好きの女

10月4日(水)

日曜日に「今度は水曜日に会おうね」って約束したのに、また一日前倒しして火曜日に会ってしまった。毎日会いたければ会えばいいんだけど、ご飯食べたり話するだけで終わらない。「間隔を少しは開けなきゃ体に毒だよね」と思ってはいる。

一日会わなかったらもう我慢できなくて、ついつい会ってしまう。本気で毒とは思ってないせいもある。一種の中毒症状だ。アルコール中毒、ニコチン中毒、薬物中毒・・・いろいろあるけど、正しくは「〇〇依存症」というらしい。依存症には性的な依存症ももちろんある。男も女も少なからずいると思う。

昨日は変化球を投じてみた。スーパーのBig-Cへ行った。ちょっとした買い物の用事があって一緒に行ったことはあるけど、二人でご飯を食べに行ったのは初めてだった。Big-Cの食堂には若くてきれいな女性たちが待ち構えていて生ビールを売っている。彼女はビールが好きなので、一度連れて行こうとは思ってた。

料理を3品注文した。れっきとしたイサーン料理だ。昨日は豚料理をメインにした。ナムトック・ムーとムーヤーン。それにソムタム。でも、彼女はソムタム以外はほとんど手を付けなかった。理由は豚肉が脂っこ過ぎたから。

確かにそうだった。僕たちのレパートリーにはイサーン料理屋が3軒あるが、ムーヤーンを頼んで脂っこい豚肉が出てくる店はない。Big-Cは安いけど、彼女の食欲を刺激しなかった。彼女はひたすらビールを飲んだ。

僕は車の運転があるから、いつものようにビールは控えめにした。そのかわり、脂っこい豚肉を二皿平らげた。残すのは趣味じゃない。彼女は、僕のジョッキに残っていたビールもきれいに飲みほした。

彼女はいつもお勤めの直前にビールを1本くらい飲む。その方がほろ酔い気分になって快感が増すのかなと思っていた。でも昨日の様子を見ていると、ビールとお勤めは関係がなさそうだった。なぜなら、彼女を迎えに行って車に乗せるなり、「今日はお休みだからね」と宣言していたから。

彼女はいつものように飲みっぷりがよかった。「いつごろからビールを飲むようになったの?」と聞くと、答えはちょっとだけ刺激的だった。「バンコクで看護婦をやめて会社勤めをしていたころ、仕事が終わると毎日のように飲みに行ってた。」「誰と飲みに行ったの?」「もちろん会社の人と一緒に。」

まるでひと頃の日本みたいだ。仕事が終わるとみんなで飲みに行く会社がタイにもあるんだ。それにしても、ほとんど毎日というのは驚きだった。道理で、1本と言わず2本くらい飲んでも彼女は平気なのだ。家でもビールを毎日のように飲んでるかもしれないなぁと思ったけど、彼女は否定した。

アルコールをたくさん飲む女はあまり好きじゃない。短時間でビールを3本くらい開ける女もよくいるけど、彼女には2本くらいにしてほしい。僕は量は知れてる。飲んでもあまり変わらないし、飲まなくても全然平気だ。でも量が過ぎると眠くなる。彼女は飲んでもほとんど変わらない。

前に少しだけ付き合ったことのある女で酒乱の女がいた。食事に誘うとビールをあっという間に3本開けた。そういう女に共通しているのは、あまり食べないで飲むことだ。

飲んでない時はいい女なんだけど、酒癖が悪かった。家まで送っていく車の中で僕の体に噛みついたり吸いついたりしてくるのだ。運転中にもかかわらず、腕だけじゃなくて首筋から胸元にまで噛みついてきたことがある。まるで吸血鬼だ。そこがアザになって、2~3週間消えなかった。いくら女好きの僕でもご遠慮願った。相当恨まれたけど身を守るためだ。これは仕方ない。

ところで昨日はお休みにするはずだった。だから最近出来たばかりのゴルフの打ちっ放しへ行って汗を流した。そしたら逆効果だった。なぜか調子が出てきてその気になってしまった。彼女はいつものように「レオテー(お好きにどうぞ)」と言うので、車はまた密室へ。「今日はやめましょう」とは決して言わなかった。男はもちろんだけど、女も大体そうだ。

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クスリは、使わない方がいい?!

10月5日(木)

今日もお勤めの話だ。昨日はお休みしたが今日はどうなるか・・・先が読み切れない日本の政界と同じで、男と女の性の世界も一寸先は闇だ。

最近はお勤めが二つできた。彼女とのお勤めと、彼女とのことを書くお勤めの二つ。いまのところ書くお勤めは毎日続いている。

彼女は「クスリは使わない方がいいよ」といつも言ってる。クスリとは、もちろん合法的な薬のことで、日本だと原則として医師の処方箋が必要なED治療薬のことだ。僕はEDじゃないけど、使ったことがある。というより、しばしば使う。

もう何年も前のこと。昨日日記に書いた酒癖の悪い女とホテルへ行ったことがある。その女はビールを3本飲んでいたけど、いざとなると何故かシャキッとした。ところが不覚にもこちらは態勢が調わない。焦った。「どうしてこうなるの?」と思い始めると、ますます焦った。惨めな事態だけはかろうじで避けられたんだけど、このとき初めて自分の衰えを自覚した。

それから数か月経って、今の彼女を食事に誘った。そして2回目のデートで計画的に密室へ。酒乱の女との苦い経験がトラウマになっていた僕は、はじめてクスリを使ってみた。もちろん内緒で。

使ったクスリの名前はシアリス。有効成分20mgの黄色い卵型をした錠剤だ。1箱4錠が1800バーツもした。1錠をカッターで半分に切って使った。もったいないからじゃない。自分はEDではないはずだから少量でいいと考えた。

暫くしてまたその薬局へ行ったら、シアリスがなかった。店の人はバイアグラならあるよ、と言って出してきた。その箱にはバイアグラじゃなくて、「シデグラ」という名称が印刷されていた。つまりバイアグラのタイ版ジェネリック。値段は50mg4錠入り1箱がたったの100バーツだった。

シデグラは安いのでしばしば使った。最初はカッターで半分にして使ってたけど、シアリスより効果が強く出る。出過ぎる。だから1錠を4分の1に切って使うようになった。そうまでして使うのは、途中で中折れするんじゃないかという不安があったからだ。1回分のコストを言えば、4錠100バーツの16分の1だから、たった6~7バーツとなる。ほとんどタダに近い。

あるとき、クスリを使っていることを彼女にバラした。そしたら驚いた様子もなく言った。「クスリは使わないほうがいいよ。それに、あなたは使わなくても大丈夫だよ。」

彼女がそう言うので、意を決してクスリを飲まないでお勤めに及んだことがあった。そしたら、ほとんど変わらなかった。やっぱり気休めだったかと納得した。多分、プラシーボと同じで、成分の全く入っていない錠剤を飲んでも効果が出るに違いないと思った。

男性は女性とは違う。言うまでもなく精神的なことに左右されることが多いのだ。鉄人は別だろうけど。

そうと分かってから、クスリを使う回数が減った。とくに彼女への思いが強い日は、クスリなんかまったく必要がない。それどころか、むしろ使わない方が感度が良くなる。時間が長くなりすぎるという弊害もなくなる。

密室での二人きりのひとときは、彼女にとっても僕にとっても、とても大切な時間だ。「愛情を確かめ合う」なんてよく言うけど、若いころは「そんなの男が女を騙す方便でしかない」と思ってた。最近感じるのは、そういう確かめ方もあるということ。肉体と精神は分離してるわけではない。

何しろ彼女はまだ20代のアラサーだ。いくらやっても飽きるということがない。相手をする僕にとっては、「お勤め」という言葉がぴったりしてる。

ごく最近、今後クスリは飲まないことに決心した。

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僕たちの合言葉

10月6日(金)

男と女の心が通い始めると、ひとつの言葉が二人にとって特別な意味をもつようになることがある。

愛し合ってる二人が「愛してるよ!」と言い合っても、面白くも何ともない。ところが、その言葉を発した途端、お互いに顔を見合わせて微笑んでしまう。そういう言葉があれば、二人の結びつきはどんどん海のように深くなっていく。

彼女の場合は付き合い始めて2~3か月目くらいから、ある言葉を頻繁に口にするようになった。それに釣られて、僕も知らず知らず使うようになった。それは・・・「แล้วแต่(レオテー)」

僕たちは初めは今ほどは頻繁に会ってなかった。1週間に一度くらいの割だった。それが2年以上続いた。会ってもすぐ車で密室へ向かい、やることを済ませたら寄り道しないで彼女を家まで送ることがほとんどだった。一緒に食事もめったにしなかった。つまり、平たく言えば週に一度のセックスパートナーだった。

彼女を家まで迎えに行き、車に乗せて走り出すと、僕は「今日はどこへ行く?」と必ず聞いた。本当はどこへ行きたいか、分かってるんだけど。何回も逢瀬を重ねるうちに、彼女にはお気に入りのホテルができた。しかも、そのホテルの中でも9番の部屋がお気に入りだった。

僕がそのホテルの名前を口に出して、わざとらしく「行く?」と聞くと、彼女は「レオテー」と答えるようになった。

タイ語の「レオテー」という単語は、「あなた次第」と訳す人もいるけど、僕は「お好きなように」と訳すのが感覚的にピッタリする。彼女にしてみれば、お気に入りのホテルに行くことが分かってるから「レオテー(お好きなように)」と言うようになったんだと思う。

彼女は、デートの行き先に関して「レオテー」と言うだけではない。ある時からお手当てをあげることにしたけど、その額についても「レオテー」だった。幾らほしいかと聞いても「レオテー」としか返ってこない。具体的な額を口にしたことがない。つまり彼女の「レオテー(お好きなように)」は相手に対する信頼をあらわす言葉になったのだ。

彼女が「レオテー」と言うだけでなく、そのうち僕も彼女に何か聞かれた時に「レオテー」と答えることが多くなった。口癖がうつったと言うより、お互いに「レオテー」と言い合うことが楽しくなったのだ。

「レオテー」は自分では主張しないで相手に下駄を預けることを意味する。自分の望んでいることは、言葉にしなくても相手は分かってくれている。そういう信頼感がなければ「レオテー」とは言えないような気がする。

ただし例外はある。たとえば、「今日は何食べる?イサーン料理?それとも寿司にする?」そう聞くとする。彼女から返ってくる言葉が「レオテー」だとすると、この場合は本当に「好きにして」という意味になる。要するにどちらでもいいのだ。もし寿司が食べたかったら、彼女はちゃんと「スシ」と言う。

もうひとつ例をあげる。密室での合体が終わったあと、僕が「第二ラウンドがしたい」と言うことがある。すると彼女は一瞬ギクッとした表情を見せるけど、すぐ落ち着きを取り戻して「レオテー」と答える。「いやだ」とか「無理じゃないの?」とか、間違ってもそんなことは口にしない。

彼女が「レオテー」と言うのは、文字通りには「第二ラウンドがしたければどうぞ」という意味だけど、本当は僕の言葉が冗談だと分かったときに使っていると思う。付き合い始めて最初の頃は、冗談じゃなくて、本当に2回戦となったことが時々あった。その頃はまだ「レオテー」とは言ってなかったような気がする。

僕たちの「レオテー(お好きなように)」は合言葉ようなものだ。お互いが「レオテー」という言葉を相手に投げて楽しんでる。キャッチボールをしているようなものだ。決定権を相手に渡すことによって、僕たちの心の結びつきが深まっていったような気がする。

ところが、つい2か月ほど前、彼女が「レオテー」なんて言ってられない「事件」が勃発した。

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真夏の情事(1)

10月7日(土)

7月中旬のある日のこと、僕はいつになく長い時間パソコンの前に座っていた。タイ人女性にタイ語や英語でメッセージを書いていたのだ。20人くらいの女性に書いただろうか。そして僕が書く数よりも、もっと多くの女性からメッセージが舞い込んできた。

その頃彼女とは1週間に2回くらい会っていた。お勤めも、これまでのように欠かさなかった。しかし僕の中で大きな地殻変動が起きていた。彼女はそれを知る由もなかった。

それより少し前、僕は彼女に提案していた。

「僕たちは3年も付き合ってきた。歳は離れてるけど、この際、一緒に暮らすことを考えたい。」

そして彼女に僕の資産や懐事情、そしてこれからの見通しを説明した。これはプロポーズ以外の何ものでもなかった。僕は当然のように彼女が「レオテー(お好きなように)」と言うのを期待した。

確かに僕たち2人を取り囲む周囲の状況は平らではなかった。はい分かりました。すぐ一緒に住みましょう、と二つ返事でOKできるほど簡単ではない。それは分かってる。しかし、彼女の答えは僕にとって意外なものだった。

「私たち、愛し合ってるからいつかは一緒に暮らしたいと私も思ってます。でも早すぎます。一緒に住む前に、まず小さくてもいいから家がほしいです。それが出来るまでは一緒に暮らせません。5年くらいあとでいいです。それまでは、このまま会ってるだけでいいです。あなたが望むなら、毎日会ってもいいですよ・・・」

早すぎると言われても、僕はすでに60代も半ばだ。もうそんなに先は長くない、と思い始める年ごろだ。彼女は十分に若い。5年も待ったら僕は70代に入ってる。いくらなんでも、それは酷い。彼女に何か裏があるんじゃないかと疑い出した。

考えてみればもう3年以上付き合ってる。お勤めの回数はとっくに100回を超えて200回に近づいてる。そんな回数のことはどうでもよくても、僕たちは愛し合っている。だから一緒に住むのが自然じゃないか。それを5年くらい我慢しろだと・・・

僕が求めているのはセックスだけじゃない。もしそうなら、いくらでも相手は見つかる。それだけなら彼女の言うとおりにしてもいい。でも違う。愛し合ってる男女の行きつく先は、普通に一緒に暮らすことだ。僕は特別なことを求めていない。

ある日、単刀直入に彼女に聞いた。

「僕と家と、どっちが大事なの?」

すると彼女は案の定、すぐに返事しなかった。5秒くらいの間隔を置いてから、

「あなたの方が大事です。」

と答えが返ってきた。家が大事に決まってるじゃない、と冗談を言ってくれた方がよほどよかった。あの5秒の間隔が気になった。今にして思えば、僕の質問の真意をはかりかねたのだと思う。ふつう、そんなこと聞くわけがないし、答えも決まってるわけだから。

僕の猜疑心はどんどん膨らんだ。猜疑心と言うより、彼女がこれほどまでも自分の家を持つことに拘ってるとは思っていなかった。何はさておき、「自分の家」なのだ。「私たちの家、僕たちの家」と言ってもいいけど、実際は彼女の「自分の家」だ。お父さんとお姉さんと一緒に住んでる立派な家があるのに、どうしてそんなに欲しがるのか・・・

僕は新しい提案をした。3年以内に家は建ててあげよう。でもすぐは無理だ。それまでの間、借家かアパートで一緒に住むのはどうか。彼女のお父さんはもう年なので、近くの場所でいい。365日ずっと一緒でなくてもいい。自由にしていい。でも僕はキミと早く暮らしたい。

僕が譲歩したのに彼女の返事はあまり変わらなかった。もう少し我慢せよというのだ。でも少しじゃない。彼女は5年を3年に変えてきたけど、僕にとっては大した違いはない。3年間は一緒に暮らさないということだから。もうやめるか・・・という気持ちが急に芽生えてきた。

3年目の浮気という言葉がある。でもこれはそうじゃない。僕たちは恋人以上かもしれないけど、お互いを拘束する何かがあるわけじゃない。一緒に住んでないし婚約をしてるわけでもない。僕は自由の身だ。そう考えると、彼女に固執している自分が滑稽にも思えてきた。

彼女は相性のいいセックスパートナーかもしれないけど、一緒に暮らして老後を迎えたとき、ほんとうによかったと思える女性だろうか?

そして7月中旬のある日、タイではよく知られたインターネットの出会い系サイトを覗いてみた。出会い系といっても、昔すこしだけ垣間見た日本の出会い系サイトとはだいぶ様相が違って見えた。まじめに伴侶を求めるタイ人女性がほとんどのようだった。

そういえば、僕はタイ人の女性とそれほど付き合ったことがない。日本に居た時を含めて、せいぜい数人だ。もっといろんな女性と付き合ってから決めてもいいのではないか。ほかの女性と付き合ってみれば、彼女が自分に合っているのかどうか、もっと冷静に判断できるかもしれない。彼女への猜疑心と一緒に、そういう狡猾な思いが芽生えてきた。

これは天の声か、それとも悪魔の囁きか・・・そんなことを思案するいとまもなく、僕は出会い系サイトの登録メンバーになってしまっていた。

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真夏の情事(2)

10月8日(日)

出会い系サイトに登録した次の日、数人のタイ人女性からメッセージが届いた。

一番最初の女性は39歳。写真で見ると相当の美人だった。タイ語で

「こんにちは。初めまして」

としか書いてなかった。僕もタイ語で返事を書いた。暫くして、その女性は外国人(ファラン)が経営する会社に勤めていて、英語ができることが分かった。

そのサイトは希望する相手の年齢や住んでいる地域を指定することができる。僕のプロフィールに興味を持ってくれる女性はバンコク近辺やイサーン地方の女性が多かった。

遠くの女性に返事しても単なる「文通」に終わるような気がしたので、相手はチェンマイ県の在住者とした。

希望年齢は25歳から45歳の幅にしてみた。しかしその後も、チェンマイ県以外のいろいろな地域の女性からメッセージが入ってきた。年齢は30代から60代まで、中心は40前後のアラフォーだった。20代の女性には自分からメッセージを送るのだが、ほとんど返事はなかった。

詳しくはわからないが、多くの女性が結婚歴があるようだ。子供のいる女性も20代を含めてかなりの割合を占めている。僕が3年間付き合ってきた彼女のように、純粋の独身者はごく少数のようだ。

僕がそういうサイトに登録したことは誰も知らない。もちろん彼女は想像すらしていない。少しだけ彼女に対して後ろめたい思いに駆られた。でも次から次へと舞い込むタイ人女性からのメッセージへの対応で忙しい数日が過ぎて行った。

意外と自分はもてるんだなぁと錯覚しそうだった。と言うより、実際に錯覚した。彼女と会ったり、LINEでやりとりする時間がほとんどなくなりそうだった。

登録した3日後、最初にメッセージをくれた39歳の女性が自分のLINEのIDを書いてきた。

「よろしかったら、こちらで話しませんか?」

やりとりがLINE上になった途端、一気に会話がしやすくなった。しかも英語でもやり取りできるので、会話のスピードが断然速い。3年越しの彼女とのタイ語でのやりとりの比ではなかった。しかも書いてくるタイ語はとても丁寧。お手本になるようなタイ語だった。英語も、まるで教科書のように正しい英語だった。

その女性はチェンマイ市内に住んでいた。しかも驚いたことにLINEを始めた翌日、僕に一度会いたいと書いてきた。僕が誘ったのではないので、ちょっと出来すぎていると思ったくらいだ。何しろ、そのサイトで僕にメッセージをくれた最初の女性だ。美人だ。年齢も39歳で、若くはないけど年でもない。日本語はできないが英語はできる。

7月中旬の月曜日の夕刻。こんな簡単に会えるのかな?と半信半疑で約束した場所へと向かった。

その日は夕方になって大雨に見舞われた。僕は期待と後悔が入り交ざった複雑な思いを抱きながら、MAYAショッピングモールへと急いだ。道路はひどく渋滞していた。

約束の6時を過ぎるころ、

「ほんとに来れますか?いま、どこですか?」と、女性から確認の電話が入った。

その女性は写真で見た通りの、そのままの美人だった。39歳だというのに30代の前半にしか見えなかった。

日本食が好きなのかどうかは分からなかったが、女性の希望で4階にある「YAYOI(やよい)」というレストランで食事をした。その女性はカツカレーを注文した。でも、カレーソースをトンカツにかけるという食べ方を知らなかった。

見るからに緊張している様子で、言葉数は極端に少なかった。ご飯も半分以上残した。食事中の女性の会話で覚えているのは、カツカレーの食べ方を聞いたのと、「残してもいいですか?」と小声で言った一言だけだ。

食事のあとは、その女性の誘導でMAYA5階のベンチに座って小一時間ほど話をした。今度は食事のときと違って話が弾んだ。

彫りの深い女性の横顔がとても素敵だった。とくに目が黒くて大きくて、吸い込まれそうになった。真っ白で調った歯並びも美しさを際立たせていた。

最後に僕から、

「また会ってくれますか?」

と聞くと、

「もちろんです!」と明るい声で答えが返ってきた。

そうなると、僕の眼中から彼女の姿が消えた。その39歳の女性と恋に落ちる予感がした。一目会ったその日から、その女性のことを思った。

夜はLINEのビデオ通話で毎晩話をした。タイ語だったり英語だったりと言葉は決まってないが、画面を通して目に入る初々しいとも思える女の姿は、その筋の女ではないことを明瞭に証明していた。

二度目のデートの前に、僕は立て続けに他の女性2人と会った。最初の女性がいくら魅力的な女だと言っても、決めてしまうのはあまりに早すぎると思ったからだ。

一人はチェンマイの大型スーパーに自分の小さなお店を持つシングルマザーの女だった。ちょっとセクシーで英語が堪能だった。どうりでイギリス人と付き合ったことがあると言った。男好きのするお茶目な印象の女だったけれど、食事をしながら飽きもせずに延々と喋り続けるのでウンザリした。

もう一人はイサーン地方のある町に子供2人を置いたままチェンマイに出稼ぎに来ている離婚歴のある女だった。写真で見ると美人だが、実際に会ってみるとまるで別人のような感じがした。

なぜか最初の女性を含めて、3人とも年齢は偶然39歳だった。でも3人目の女は生活に疲れているのか、とても30代には見えなかった。

LINEのIDを交換して会話を始めたチェンマイの女性は10数人いた。毎日頻繁にやりとりする女性も5~6人いた。やり過ぎは何事も疲れる。商売女も一人いた。

僕が「女たらし」なのかもしれないが、LINEの会話だけで僕に惚れた女性もいた。そうなると僕も怖いので会わなかった。LINEもブロックした。実際に会ったのは39歳の3人だけだ。

さて、最初の女性と二度目にデートしたのは、MAYAで会ってから5日後の土曜日だった。今度は夕方ではなく、午前中から会うことにした。

その女性はチェンマイ市内の女子寮に住んでいた。会社の寮ではなく、女性専用のアパートだ。タイに、そんな男子禁制のアパートが存在するとは知らなかった。

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真夏の情事(3)

10月9日(月)

その女性の住んでいる女子寮はターニン市場に近い細い路地の中にあった。アパ―トの場所にマークを付けたgoogleマップを前日にLINEで送ってくれていたが、それでも初めての場所は分かりにくかった。

この辺りのはずだけど・・・そう思って車を止めた途端、携帯が鳴った。

「もうちょっと前に来てください。左側に止めてください。」

どうして僕の車だと分かったのだろう。MAYAで会った時、車は見せていない。それに、どこからこっちを見ているのだろう・・・

不思議な気がしたけど、そのまま数十メートル車を前進させて止めた。すると笑顔の女性が助手席のドアを開けた。すごく綺麗だった。長い黒髪に大きな黒い目。この日は服も黒っぽかった。それが何ともセクシーに見えた。もちろん服ではなく、その女性のからだ全体からフェロモンを発散しているように思えた。時間は約束の11時ピッタリだった。

僕はうきうきしながら、車を前から知っている郊外のカフェへと走らせた。大事な話をするために、3年来付き合っているアラサーの彼女を一度だけ連れて行ったことのあるカフェだ。同じ場所を選んだのは、そのカフェが緑に囲まれていて格別に雰囲気がいいからだ。

僕たちは一番奥のこじんまりとした席を選び、向かい合って座った。すぐ外に見える木々の緑が生き生きとしていた。雨季の真っ最中だった。

「ここはスパゲティが美味しんだよ。」

僕はトマトソースのスパゲティ。女性はカルボナーラを注文した。もちろんコーヒーも一緒に頼んだ。女性はカプチノ、僕はいつものようにモカを選んだ。

女性は目の前のスパゲティ―にはほとんど興味が湧かないようだった。でもMAYAで会った時とは打って変わってよく喋った。僕も、自分が日本に居た頃のことや、前に愛し合って一緒に暮らした女のことも話した。辛かった過去の思い出を話すと、女性の眼から涙が零れ落ちるのがはっきり見えた。きっと情の厚い女にちがいない。僕はそう思った。

現在進行形で付き合っているアラサーの彼女のことは、もちろんお首にも出さなかった。それをすると、すべてがブチ壊しになることは容易に想像できた。

女性は自分の生い立ちを包み隠さず話してくれた。母方は祖母の代にミャンマーからやってきてチェンマイに住み着いたこと。ここで外国人の男と知り合い結婚し、自分が生まれたこと。でも国籍はタイだ。

「どうぞ、これ見てください。」

そう言ってIDカードを取り出して僕に手渡した。間違いなくタイの国民登録証だった。生年月日に目をやると、確かに39歳だった。

時間はあっという間に経っていた。たっぷりと2時間は語り合った。携帯に目をやると、午後の2時をとっくに過ぎていた。

「もうこんな時間ですね。次はどうします?」

女性は僕に次の行先も任せた。近くに滝があるのを思い出し、連れて行こうと思った。でも前日来の雨でそこは通行止めになっていた。

「映画でも見に行きますか?」

と、女性から提案があったが、乗り気がしなかった。

「今日は帰りますか。」

僕がそう言って車を走らせていると、女性は急に思い出したように言った。

「大きいスーパーか何かあったら止めてくれますか。狭い部屋に古い洋服がいっぱいあるので、誰かにあげようと思うんです。でもそれを入れるプラスチックのケースがないんです。」

すぐ先に量販店のMACROの看板が見えてきたので入った。二人一緒に洋服の入りそうなプラスチックケースを探した。

「これぐらいでどうかしら?」

「いや、もうちょっと大きめの方がいいよ。大は小を兼ねるって言うからね。」

「そうですね。じゃあ、これなんかどうかしら?」

恋人同士か夫婦の会話みたいになっている気がした。

僕たち、きっとうまくやれるカップルになるんじゃないかな・・・。早くも2回目のデートでそんな風に思った。

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真夏の情事(4)

10月10日(火)

黒髪のアラフォー美人と2回目のデートをしたその2日後、僕は3年来付き合っている29歳のアラサーの彼女と会った。いつもは1週間に2回は会っている。毎回食事をしてホテルへ行くのが決まりになっていた。ところが、もう10日も会っていなかった。

それだけではない。その2日後、彼女は、

「明日は一日中暇だよ~」

とLINEで知らせてきた。いつもなら喜んで会うはずなのに、

「用事があるからダメ。」

と僕はそっけない返事を返した。まさか別の女とのデートがあるから会えないと言えるわけがない。それに、黒髪の美人に魂を奪われつつあるときに、彼女と会うのがもう辛くなっていた。

アラフォーの黒髪美人とはLINEのビデオ通話で毎晩のように話していた。喋るのはタイ語だった。朝は朝で彼女が会社に出勤する前の30分ほど、英語とタイ語の混じった書き言葉でやりとりした。朝の時間帯はアラサーの彼女とのLINEも日課になっていた。やっている途中で相手を取り違えたら大変だから神経を使った。ほとんど同時に二人とやりとりすることもあったからだ。

アラサーの彼女と久しぶりに会った3日後の夜、黒髪美人と僕は再びMAYAにいた。3回目のデートだった。今度は同じ4階でも日本食のレストランではなく、カウンターで食べる大衆的なタイ料理の店へと彼女が誘導してくれた。そして食事のあとは、また5階のベンチに座ってこれからのことを語り合った。

「今は女子寮に住んでますけど、あそこは男の人は入れないし、それに狭すぎるんです。エアコンもないし、冷蔵庫もないんです」

そのアパートは家賃が2500バーツと格安だった。給料は外国人の経営する会社といっても、月1万バーツそこそこしかなかった。だから、安い女子寮から他のアパートへ移ることはそう簡単ではなかった。 

しかも彼女は給料から毎月2000バーツを実家に仕送りしていた。つまり家賃を除けば、毎月5000バーツほどで生活していることになる。そんな話を聞いて黙っている僕ではなかった。

「エアコンと冷蔵庫くらいは付いてるちゃんとしたアパートに住んだ方がいいよ。今度一緒に探してあげるよ。家賃くらいは何とかしてあげるから心配しなくていい。そうだな、予算は1か月1万バーツくらいにしよう。もし5000バーツのアパートだったら、残りの5000バーツは仕送りに回してもいいよ。」

付き合い始めてすぐにお金の話をするのはあまりよくない。それはとても危ないことくらいは知っていた。でも、タイ人女性との交際では一番大事なことでもある。曖昧にするのはもっと危険だ。僕はアラサーの彼女に毎月一定額を援助していたので、それがなくなると仮定すれば、1万バーツはお安い御用だった。十分すぎるほどお釣りがくる。

語らいのひと時が終わり、黒髪美人がバイクを止めている2階の駐輪場へと一緒に向かっていると、突然彼女の方から僕の手を握ってきた。小柄なアラサーの彼女の手より少し大きくて柔らかい感触だった。

「キスしたいけど、ここではできないね」

僕はそう言って、今度は彼女が休みの日曜日に会う約束をした。

次のデートを黒髪美人がどう組み立てようと考えていたか、今となっては知る由もない。僕にとってはとても重要なステップになるはずだった。そして実際にそうなった。しかし、ドンデン返しが待ち構えているとは、そのときは予想していなかった。


4回目のデート。それは市内から30分とかからないメーリムにある湖の中のレストランから始まった。僕は朝からいつになく緊張していた。あることを決行するかどうか、決行できるかどうか・・・それは黒髪美人を抱くことだった。

メーリムにある「ホワイ・トゥンタオ」はこれまでいろいろな人と訪れている。アラサーの彼女とも4回か5回行っている。湖(貯水池)の岸辺にたくさんの茅葺きの個室が並んでいて、魚料理や海老の踊り食い(クン・テン)などのタイ料理をゆったりとした雰囲気の中で食べることができる。値段もごく普通で、昼間食事しながら話をするのにうってつけの場所だ。友達どうしや家族連れも多いが、いつもカップルで賑わっているデートスポットのひとつだ。

黒髪美人はこの日初めてビールを口にした。そのせいかどうかは分からないが、これまで以上に饒舌だった。彼女は高校しか出ていない。けれども知識は豊富だった。タイ社会の問題点について語り合った。外国人の会社に勤めているので、上司や同僚ともよく話をするのだろう。大方の外国人が指摘する問題点に同感のようだった。彼女は、このままではタイはいつまでたっても先進国の仲間に入れないと言い切った。言わずと知れた公務員の袖の下だ。

ビールを飲んで社会のことを語り合う。今まで見えていなかった黒髪美人の一面だった。でも僕と同じで、朝から緊張していたのかもしれない。男と女が出会ってまだ2週間しか経っていない。でもお互いに気に入っていることは確かだ。キスこそしていないけれど、手は握り合った。その次のステップは社会問題を語り合うことではない。彼女と僕は職場や街で出会ったのではない。出会い系サイトで出会ったのだから・・・

食事が終わると、僕たち2人は寡黙になった。

「これから、どこへ行きますか?」

と聞いても返事が返ってこなかった。まさか黒髪美人が「レオテー(お好きなように)」と言うはずもなかった。何も答えがないのは、僕の抱いている計画にとって都合がいいのかどうかすら分からなかった。

人間というのは、男と女でなくても、二人の間の微妙な空気の変化を察知する能力を備えている。女は男の心の中が見えているのかもしれない。これからどうしたいとも何も言わないのは、僕の隠された計画の肯定なのか、それとも否定なのか・・・僕の緊張は最高度に達しつつあった。

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真夏の情事(5)

10月11日(水)

食事が終わると黒髪美人の顔から笑みが消えていた。急に無口になった。何かを警戒しているようにも見えたし、何かを期待して身構えているようにも見えた。僕は昨夜決心したことを実行することしか頭の中になかった。

車は行き先も決めずに走り出した。相変わらず彼女は無言だ。

「どうします?コーヒーでも飲みに行きますか?」

そう問いかけても返事がない。返事がないということは、コーヒーには全く興味がないことを意味していた。それに「コーヒでも・・・」という声に元気がなかった。きっと黒髪美人は、僕が本気で言っていないことを察したはずだ。

車が走り出してすぐだった。そうだ、はっきり言葉に出して確かめないといけないことが一つあった。それは今しかチャンスがないと思った。多分これから先は機会がないかもしれない。そう、もう明日はない。そう思うと、自分の心臓がバクバク鳴っているのが分かった。テーブルを挟んで向かい合っているときよりも、密室の車の中は言いやすかった。自分の声が少し震えているのがわかった。

「僕はあなたの・・・フェーンになりたい。いいですか?」

フェーンはタイ語で恋人、連れ合い、そして夫婦を意味する。僕の言葉に、黒髪美人はフロントガラスを向いたまま、表情をまったく変えずに低い声で即答した。

「ダイ カー」(いいですよ)

これで僕の緊張が一気に解けた、という訳ではなかった。答えは、前回会った時の彼女の態度で分かっていた。そうでなければ、自分から手を握ってくるはずがない。だが問題はこの次だった。僕の心臓はさらに高鳴った。清水の舞台から飛び降りるつもりで勇気を振り絞った。

「今日ホテルに行ってもいいですか?」

しばしの沈黙が彼女を包んだ。真剣交際をしようというのに、断りもせずにいきなりホテルに連れ込むわけにはいかない。彼女は、また僕の方を見ずに正面を見据えたまま、意を決したように言い放った。

「ホテルに行くのはかまいません。でも抱くのはダメです。」

今度は僕が沈黙した。これまでそんな風に言った女がいただろうか・・・。

抱くというのは、タイ語では「コート」と言う。「コート シャン マイダイ カ」・・・彼女ははっきりとそう言い切った。僕はこれまでの人生で女をホテルに誘ったことは何度もある。ほとんどは日本人だが、この日のように緊張したことはかつてなかった。3年前の、アラサーの彼女のときも全く緊張しなかった。多分、本気で付き合おうと思ってなかったからだ。つまり、遊び心だった。

ところが隣にいる黒髪美人とは、出会ったその日からその気になった。彼女も真剣勝負を挑んでいることがすぐに分かった。そう考えると僕は彼女の言葉が不思議ではなかった。納得した。この女は真面目な女なんだ。出会ってから3回目か4回目でセックスするような軽い女ではなかったんだ・・・・僕はそう考えようとした。でも、「抱くのはダメ」というのは彼女の本心なのだろうか・・・。僕は頭の中が真っ白になった。

湖から僕の知ってるホテルまでは10分くらいの距離だった。しばらく迷った。ホテルへ行って抱かないか、それとも抱けないのだったらホテルへ行かないか・・・・。正解がわからない。そう思いを巡らして運転していると、赤信号で停車を余儀なくされた。ふと我に返ると、その交差点を左折したすぐ先が、僕の知ってるホテルだった

タイの交差点は信号が赤でも大概は左折できる。少しの間で僕は決心した。今ハンドルを左に切らなければ、一生後悔することになるだろう。今日黒髪美人を抱けなかったら、もう永遠にそのチャンスはないだろう。抱くことができてもできなくても、左に行かなくてどうするんだ!もはや結果は僕の眼中になかった。とにかく行くしかなかった。

そのホテルは実はアラサーの彼女といつも行くホテルだった。しかも車は僕の意思にかかわらず、何故か彼女が一番気に入っている9番の部屋に入ってしまった。習慣というのは恐ろしい。ほかにもその種のホテルは何軒か知っているのに。そして、よりによって9番だ。なぜそんなことをするのか、自分でも分からなかった。

アラサーの彼女のことは、僕の脳裏から完全に消えていた。今この場面を彼女が目撃したらどうなるだろうか・・・そんなことは1ミリも思い浮かばなかった。

9番の部屋は、ドアを開けると左側にダブルベッドがある。そして正面にテレビあり、テレビの左に冷蔵庫がある。浴室は一番奥だ。薄暗い部屋に入ると、黒髪美人は奥のトイレで用をすませた。そして戻ってきてすぐテレビをつけた。それからベッドの隅に腰をおろしていた僕の左側に並んで座った。

アラサーの彼女と僕は部屋に入るとまずビールを1本注文する。それからビデオを視る。そのホテルはファラン、日本人、タイ人と3種類のビデオが用意されているが、僕たちはタイ人どうしのシーンを選ぶことが多かった。それが習慣になっていた。黒髪美人がつけたのはビデオではなく普通のテレビだった。でもどんな番組だったかは、まったく記憶にない。

僕は何も考えていなかった。ここで一体どうしたらいいのか、何もアイデアがなかった。すべての選択肢は、女の手に握られている。すぐ横にいる彼女と顔を合わせることもできない僕があった。一種の放心状態だったのかもしれない。すると彼女は僕の方を向いて突然こう言った。

「私を抱きたいですか?」

ビックリした。さっき「抱くのはダメ」と言ったばかりの同じ女が言うセリフとは思えなかった。そして彼女の顔を見た。すると黒い大きな瞳が潤んでいるのがはっきりとわかった。やっぱりそうだったのか・・・僕はやっと我に返った。この女も、オンナなのだ。そして僕はオトコだ。

「もちろん、抱きたい。」

僕が発したのはその一言だけだった。

すると、間をあけずに彼女は抱きついてきた。両手を僕の背中に回して密着してきたので柔らかい乳房の感触が僕の胸に伝ってくるように感じた。まるで飢えた動物のように激しく二人の唇が重なり合った。重なるだけでなく深く合わさった。しかし初めての口づけの甘さをかみしめる間もなく、彼女は自分の着ていた服をかなぐり捨てると、すぐに僕のシャツのボタンを外しにかかった。

黒髪美人は想像を裏切るほどセックスが好きだった。ほぼ完ぺきなまでに彼女のリードで事は進んでいった。これほど情熱的な女は久しぶりだった。いや、一番かもしれない。後で聞くと、彼女はその最中に4回も達していた。

ところが、僕はとり残されていた。先にシャワーを浴びていた黒髪美人の一糸纏わぬ姿にひかれて、僕は浴室をのぞいた。すると彼女は、僕がまだ鎮まっていないことに気づいて手招きした。そして一心不乱に彼女の口を使ってくれた。それでも終わらなかったので、とうとう浴槽に腰をかけて合体した。僕が出会ったタイ人女性は、例外なく男が果てるまでお勤めをやめることはなかった。黒髪美人は、そのなかでも一級の技をもっていた。その種の職業を経験したのではないかと思わせるくらい上手だった。

僕の計画は完遂した。多分、あの日の僕の計画は、後になって思えば彼女の計画と一致していたような気がする。食事が終わった頃、次に僕がどう出るか、彼女はじっと待っていたのだと思う。だから急に寡黙になった。何かを怖れたり期待したりするとき、人間は黙るか、それとも異常にお喋りになるかのどちらかだ。

「抱くのはダメ」と彼女が言ったのは、男の器量を試したのかもしれない。あきらめてホテルへ行くのをやめる男か、それとも無理やりでもやろうとする男か、それとも女に下駄を預けられる男か。そして僕は彼女のストライクゾーンに入ってしまった。僕は、彼女の予め思い描いていたとおりの行動をしたに違いない。黒髪美人はセックスが好きなだけの女ではなく、男を操る術を学んだ賢い女だった。

望んでいた通りの結果になっても、僕は喜んでいる場合ではなかった。翌日にアラサーの彼女との約束があったのだ。

僕の計画がもしも未遂に終わっていたら、悩むことなく彼女に会えただろう。そして何食わぬ顔でお勤めに励んだに違いない。しかし、こうなった以上は真実を彼女に告げなければならない。それぐらいの潔さは、僕はまだ持ち合わせていた。

夜は眠れなかった。そして、どう彼女に言うか決められないまま朝を迎えた。

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真夏の情事(6)

10月12日(木)

7月末の月曜日のお昼時。僕とアラサーの彼女はイサーン料理店のテーブルを挟んで向き合っていた。こじんまりとしたその店は屋内と外の両方にテーブルがあって、僕たちは外の、しかも一番奥のテーブルに座ることが多かった。この日もそうだった。

いつもと違うのは二人の間に会話がほとんどなかったことだ。僕は別れを切り出すつもりでいた。彼女はいつものように料理が運ばれてくるまで携帯をいじくっていたが、何かを警戒して寡黙だった。この日はビールを注文しなかった。

彼女は当然気づいていた。なぜなら、店に着くなり僕があり得ないことを口にしたからだ。

「今日はホテルに行かないけど、いいね?」

別れの言葉のつもりではもちろんなかった。でもこれが、僕の精いっぱいの別れの言葉だったのかもしれない。

彼女は明らかに作り笑いをしながら車を降り、

「いいですよ。また今度ね。」

と答えた。彼女が生理中でもないのに、僕が行かないということはない。「また今度ね」と言う彼女を見て、いたたまれない気持ちになった。何かを一生懸命堪えているのが手に取るように分かったからだ。もちろん、ホテルに行かないからではなかった。

ほとんど無言で男と女が食事する。それは長年連れ添った夫婦の場合はあるかもしれない。けれども、恋人以上夫婦未満のカップルでは普通はあり得ない。沈黙に耐えきれなくなった僕は、彼女が予想もしていない言葉を口にした。自分でも、それは予定になかった。それは別れの言葉とは相当にかけ離れていた。

「この前、携帯の調子が悪いって言ってたよね。今日、新しいの買ってあげるよ。」

どうしてそうなったのか、僕もよくわからない。彼女も意表を突かれたようだった。一瞬表情が緩んだように見えた。でも、すぐに固い表情に戻って

「まだ使えるからいいです。」

と言った。

「そんなこと言わないで。買ってあげるって決めたんだから。」

僕は食事が終わるとサイアム・ティービーという、おそらくチェンマイで一番大きな電器店へ彼女を連れて行った。

彼女は本当は新しい携帯がほしかった。だからお店に着くと上機嫌になった。これが女というものだなと思った。彼女の喜ぶ姿を見て少し嬉しくなった。新しい携帯を触っている彼女のあどけない横顔がものすごく可愛く思えた。

電器店を出てすぐに彼女に聞いた。

「どうする?もう家に帰っていいかい?」

すると彼女は明るい声で、

「レオテー(お好きなように)」

と答えた。いつも通りの返事だったけれど、ふと助手席の彼女に目をやると、顔は笑っているのに涙が溢れていた。その透明な涙が頬を伝わってポトリと落ちるのも見えた。新しい携帯を手にしたハッピーな女ではなく、愛する男が自分から離れていくことを悟った悲しい女がそこにいた。

急に彼女を抱きたくなった。僕はいつものホテルに車を走らせた。そして、いつもと違って激しく彼女を抱いた。どうして貪るように彼女を抱くのか、自分ではその理由がよく分かっていた。そしておそらく彼女も、本能的にそれが意味することを察したに違いない。別れが迫っていることを・・・。

同じ週、彼女と会った次の日も、そのまた次の日も、僕は黒髪美人と会った。そして同じホテルで抱いた。自分の中にそんなエネルギーがあったとは考えてもみなかった。別れを告げようとしてアクシデントで抱いてしまったアラサーの彼女の肌のぬくもりを、一刻も早く忘れたいかのように・・・。

僕は黒髪美人のためにアパートを毎日のように探した。彼女の職場に近いMAYAショッピングセンターの周りで物件を探した。予算を少しオーバーするがコンドミニアムも見に行った。3日かけて下見した中で一番気に入ったのは、少し彼女の職場から離れるが、チェンマイ大学に近い閑静な住宅街にある瀟洒なコンドミニアムだった。

そこは5階建ての5階でリビングが広かった。ガラス張りの広い開口部をもつリビングから見える夜景を想像した。きっと素晴らしいに違いないと思った。ところが僕のイメージの中で、その夜景を一緒に眺めているのは黒髪美人ではなかった。僕の横にはアラサーの彼女がいたのだ。ここで彼女と一緒に暮らせたらなぁ・・・そんな思いが急に湧いてきて、その突拍子もない想念を振り払おうとする自分があった。

黒髪美人と毎日交わすLINEの会話は、これから住むアパートのことに集中していた。僕が探してくるコンドミニアムは彼女の基準からすると贅沢過ぎた。でも僕にしてみれば、彼女が住むと言うよりも、僕たち二人の愛の巣を探しているつもりだった。彼女はなるべく安いアパートにして、浮いたお金を実家に送りたかったに違いない。

僕と彼女の折り合いの付くアパートを見つけるのに、それほど時間はかからなかった。彼女は自分の職場から近くて、バイクなら5分もかからない便利なところに新しいアパートができているのを発見した。しかし彼女には朝から仕事がある。その日は僕が下見をしてくることになった。ドンデン返しが刻々と近づいていた。

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真夏の情事(7)

10月13日(金)

8月に入り、黒髪美人と出会ってから3週間が経とうとしていた。彼女は1か月に一度週末に、バスで3時間ほどかかるチェンマイ県北部の実家に帰るのが常だった。そして8月最初の土曜日、母親に事の次第を報告していた。

「最近日本人の彼氏ができたんですよ。少し歳はとってますけど、見た目はまだまだ若くて、とても元気な人です。」

「それはよかったね。やっといい彼氏にめぐり会えたんだね。心配してたんだよ。もうすぐ40だものね。気候がよくなったら一度その人を連れておいで。」

そんな会話が母娘の間で交わされた。彼女はタイ人の男と5年ほど前に離婚していた。子供はいない。出会い系サイトに登録して真剣に相手を探していたが、これはという男にめぐり会えなかった。ファランとはデートしたことがあるが、みんな例外なく下腹の出た太っちょで、彼女の好みに合わなかった。

僕が黒髪美人の新しい住まい探しに奔走していた頃、アラサーの彼女からはいつになく頻繁にLINEが入ってくるようになった。彼女が変だと気付いたのは、「明日は暇だよ~」と会おうとしたのに、僕がそっけなく断ったときからだった。それまでは、都合が悪いときは必ず理由を具体的に言った。夜だったら、誰々さんと何処どこの店で飲む約束をしているとか、昼間だったら誰々さんと何処どこのゴルフ場に行ってくるとか・・・。そしてほとんど無言で食事した7月末の尋常でないデートは、彼女の不安を決定的なものにした。

8月6日、日曜日。この日は朝から晩まで断続的にLINEが入ってきた。黒髪美人の留守の間にアパート探しで飛びまわっていた僕は、最初はほとんど無視を決め込んだ。

夥しい数のLINEから、いくつかをピックアップするとこうなる。

「すごく愛してます。こんな風に隠れないで。心が傷みます。何かあるのなら、言ってください。ずっと待ってます。」

「ずっと不安です。気持ちが変ったんですか?とっても怖いです。」

「私を捨てるつもりなんですか? 愛する人、どうして私の心はこんなに辛いんでしょう。」

「ほかの女がいるのではないですか?本当のことを言ってください。ね、言って!私は何でも受け入れますから。」

朝の6時半に始まって、結局夜の9時過ぎまで続いた。何度も何度も彼女は切ない思いを伝えてきた。彼女の言葉を読むうちに、僕は心が揺さぶられていた。無視することができなくなっていた。それまで黙っていたのに、少しずつ返事をするようになった。

「起きてしまったことは仕方ないです。で私たち、これからも付き合えますか?私はできますよ。」

これに対して、

「今度話すから、待ってて。」

と書くのが精いっぱいだった。

「それはいいことですか、それとも悪いことですか?」

と聞いてくると、

「あなたにとっては、よくないことだよ。」

と正直に返事した。

彼女は辛い心のうちをぶつけてきた。女心をそのまま訴えかけてきた。

「やっぱり私たちのことですね。それなら受け入れられません。終わりにするんですか?私は終わりにできません。」

「私は心が折れそうです。私を捨てないで!お願いだから!もう私に会いたくないんですか?」

「可哀想とは思いませんか?私には誰もいないの。何でも受け入れますけど、捨てられるのだけは嫌です。お願いですから待ってください!」


彼女はバンコクで看護婦をしていた20代の前半は恋どころではなかった。大病院の救急で働いていたのでそんな時間は全くなかった。疲れ果てて普通の会社に移ってから同年代の男に出会った。はじめて恋に落ちた。でも例によって男の浮気が原因でそれは長く続かなかった。彼女は少しだけ心を痛めたけれど、すぐに忘れることができた。3年も付き合ったのは僕が初めてだった。

「こんな思いをするなら死んだ方がましです。ものすごく心が痛いんですよ。こんなに心を痛めているんですよ。こんな風になったことは、29年生きてきて一度もありません。」

「これまでご飯を一緒に食べて、いろんなことを話し合って、もう3年も付き合ってきたのに、それが全部なくなるんですか?家を買って一緒に暮らすことも、全部なくなるんですか?」

そして彼女は思いもしなかった言葉を書いてきた。

「毎日じゃなくてもいいです。時々でも会ってくれませんか?愛人でもいいです。私と会ってください!」

愛人でもいいという言葉に僕はドキッとした。僕が別の女と暮らしていてもかまわないということか。僕はこの言葉でハッと我に返った。もしかしたら、僕は彼女を今も愛しているのではないか?別れようとしたって、別れられないのではないか?そんな感情が湧いてきて、こう返事した。

「僕はまだキミを愛してるよ。会うことはできるよ。ご飯も一緒に食べられるよ。」

すると彼女は急に明るさを取り戻した。

「じゃあ、一緒に寝ることはできますか?ははははは・・・」

彼女はそれまでウサギさんが涙を流して泣いているスタンプを言葉の後ろに付けていたのに、この日はじめて笑い顔のスタンプを添えてきた。僕は思わず、「僕には新しい恋人がいるんだよ」と、ついに本当のことを書いた。でも彼女は間髪を入れずに返事した。

「恋人が何人いたって、関係ないわ。」


こんなやりとりが延々と続いた。本当に延々と。彼女の姿は見えなくても、LINEをしながら微笑んでいるように思われた。夜も9時を過ぎるころ、僕は「仕事、頑張ってね」と励ました。すると彼女は、

「仕事が終わったら一緒にご飯を食べに行きましょうね」

と書いてきた。

「で、ご飯のあとはどこへ行く?」

と僕。彼女の答えは・・・

「さあ、どこかしらね・・・レオテー!(お好きなように)」

ついに彼女から僕たちの合言葉の「レオテー」が出た。僕がまだ彼女を愛していることもはっきりした。けれども、その感情を自分の中で一生懸命押さえつけようとした。それは黒髪美人への当然の誠意でもあった。しかし、あまりに水圧が高まれば、どんな堤防でも決壊する。それは単に時間の問題だった。


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真夏の情事(8)最終回

10月14日(土)

黒髪美人は日曜日の夜に実家から戻ってきた。翌朝はいつも通り会社に出勤した。女子寮から職場に向かう途中、彼女は綺麗な新しいアパートを見つけた。看板を見ると、家賃は5000バーツからとなっていた。部屋を見る時間がなかった彼女は、自分が仕事をしている間、僕に下見してくるよう頼んだ。

この日も、前日に引き続いてアラサーの彼女から頻繁にLINEが入ってきていた。でも見なかった。僕はアパートのことで無我夢中だったのだ。そのことだけに心を奪われていた。

昼を少し過ぎた頃、僕は黒髪美人が見つけたアパートにいた。路地の一番奥にある、間口の狭い地味な茶色のアパートだった。玄関から入ると、可愛らしい縫いぐるみの人形を置いた小さなロビーがあった。応対してくれた管理人の女性はオーナーの娘で、若かった。アラサーの彼女と少し似ている気がした。彼女は普通の部屋と、少し広めの部屋を見せてくれた。中はどちらも綺麗で、とくに広い方はシャワールームに十分なゆとりがあった。家賃は1か月6,500バーツだった。僕は広い方の部屋が気に入ったので彼女にLINEで報告した。

そのあと、ちょっとしたアクシデントが起きた。すぐ近くのもう1軒のアパートも見ておこうと思って車を出そうとした。車を切り返すためにバックした瞬間、ドーンという大きな音とともに衝撃が走った。何にぶつけたのか分からなかった。駐車場にコンクリートの柱が1本あったが僕はその存在を認識していた。それに、車にはバックセンサーが付いているのに全く鳴らなかった。ぶつかって出来た後部の凹みは、そのセンサーのすぐ横だった。僕は45年以上車に乗っているけれど、自分から何かにぶつけたことなど一度もなかった。キツネにつままれた気分だった。

実はこの日、もうひとつアクシデントが起きていた。銀行のキャッシュカードを失くしたのだ。これも初めてのことだった。朝、アパートの手付金を用意しようとATMで少し現金をおろした。どうやらその時にカードを取り忘れたらしい。数日後に、アラサーの彼女と一緒にいるときに初めて気がついた。そして二人ですぐ銀行に行って再発行してもらった。

同じ日に起きた二つのアクシデント。アラサーの彼女は言った。

「あの頃のあなたはどうかしてたのよ。普通じゃなかったのよ。自分を見失っていたから、そういうことが起きたのよ。」

それを否定するつもりは全くない。僕は出会い系サイトに登録してからの三週間、自分を見失っていたのかもしれない。

さて話を月曜日に戻そう。夕方の4時、僕は黒髪美人と待ち合わせして再びアパートに向かった。そして彼女に部屋を見せた。彼女も気に入ったのですぐに契約した。入居日はその週の土曜日にした。そして手付金として2000バーツを払った。彼女は女子寮の8月分の家賃2,500バーツを払っていたから月末に引っ越しするつもりでいた。

「そんなことは気にしなくていい」と僕が言うと、彼女は一瞬怪訝そうな表情を見せたが、結局同意した。

そのあと黒髪美人と僕は軽く食事をしてからまたホテルに行った。会うと必ずホテルに行くのは、アラサーの彼女のときと同じだった。黒髪美人もそうするのが好きだった。

床上手の黒髪美人とのひとときは、楽しいはずだった。この日も確かに2回のお勤めをこなしてはいたが、原因不明の違和感を覚えた。

事が終わって、二人は一糸纏わぬ姿のままベッドの上に横たわっていた。僕は彼女の背中を左腕で抱いていた。目の前にはスレンダーな美女の乳房があった。そのとき、なぜか僕は妙な気分になった。

「どうして僕はここでこうしているんだろう?僕はこの女性を愛しているのだろうか?」

アラサーの彼女と比較したのではなかった。そのときは彼女のことは全く忘れていた。それにもかかわらず、僕はこれが最後に違いないと直感した。

いつものように黒髪美人を車で女子寮まで送り届けた。そして自分の家に戻るとすぐにLINEを見た。この日も朝からアラサーの彼女はたくさん書いてきていた。前の日と同じようなことがたくさん書いてあった。


「どうして私はあなたをこんなにまで愛してしまったのでしょう。」

「死んだ方がましです。あなたなしでは生きられません。」

「どうして返事をくれないんですか?会いたいです」

・・・

しかし僕がちょうど家に入った頃だった。いつものような普通のLINEが入ってきていた。

「ご飯は食べましたか?もう家に帰ってますか?私の愛する人。」

「もう家に帰ってきてるよ。ご飯は食べたよ。少しお酒飲んでもいい?」

そう返事すると、

「飲んでいいですよ。でも2杯までにしなさいね。」

これもいつもの彼女だった。そして、

「今度一緒にビール飲むのはいつ?」

と聞いてきたので、僕は躊躇なく答えた。

「もちろん明日に決まってるじゃないか。」


8月8日、火曜日。次に黒髪美人と会う日まで待てなかった。直接会って話すのも怖かった。それで朝、LINEで彼女に告げた。

「今日は大事な用件であなたに言わなければならないことがあります。ものすごく言いにくいことですけど・・・」

僕の書いた言葉は英語だったが歯切れが悪かった。まわりくどく切り出した。彼女はすぐに反応した。

「なんだか悪い予感がしてきたわ。怖いわ・・・聞きたくないわ。」

僕は続けた。

「僕には実は3年付き合ってきた女がいます。その女は僕のことを忘れられないと言ってきました。」

すると彼女は、

「その人は何処の人ですか?いくつの人ですか?」

と畳みかけるように聞いた。

「チェンマイです。30歳くらいです。」


きっと彼女は凍りついたに違いない。でも落ち着き払ったように続けた。

「結論だけ簡潔に言ってください。あなたはその人を今も愛してるんですか?」

「はい。いま彼女を愛しています。」

黒髪美人との会話はそこで止まった。そして、真夏の情事は終わった。(完)


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真夏の情事・余話

10月15日(日)

8日連続でエントリーした「真夏の情事」は、実は3日足らずで書き上げた記事だった。おかげでこの1週間ほどは日記を休むことができた(笑)。

裏を明かせば、最初は小説でも書くつもりでいた。膨らます材料は僕の頭の中にいろいろと揃っていた。結果として部分的には小説っぽくはなったが、あくまでも日記だ。99.5%は事実を書いた。妄想ではない。「事実は小説よりも奇なり」とは昔からある言葉だ。実際にあったことと、僕の思ったこと感じたことを書いただけだ。0.5%を除いて。

ところで、今も腑に落ちないことがある。どうしてあんなに簡単に美人と出会えて、あんなに早く意気投合して、そして素早く肉体関係を結ぶことになったのか。彼女は出会い系サイトに登録している数ある女性の中で、僕に最初にメッセージをくれた女性だ。そのせいもあって、1回会っただけで僕は「運命の出会い」だと確信してしまった。その思い込み(勘違い)が、前のめりに突き進んでいく原動力になった。

アラサーの彼女の反応は、僕の予想とはまったく異なるものだった。彼女にしてみれば僕の「浮気」だから、とても許せないと言って怒り狂うか、あきれて僕のところから去っていくか、そのどちらかだと思っていた。タイの女は怖い。ところがそういう性質の女ではなかった。

あの出来事以来、彼女は変った。僕も変わった。何が変わったかというと、彼女は僕に浮気癖があるのが分かったので、目を離せないと思うようになった。だから一緒に住むのはなるべく早い方がいいと彼女も思うようになった。最近は住む家(とりあえず借家)を探したりしている。僕は3年や5年も待つ必要がなくなった。おかげで、老後の面倒を看てもらうには、何とか間に合いそうだ(笑)。

彼女はよく言う。「あれがあったから、私たちは深く愛し合えるようになったのよ。私はあのとき心の底からあなたを愛していると実感したの。だけどね、胸が張り裂けそうに苦しかったのよ!ほんと~に死にたいと思ったのよ!」

彼女の言葉の裏を返せば、8月までは、それほど僕を愛していなかったということになる?そしてもうひとつ。「私はあなたと出会って3年以上よ。その人はたったの3週間でしょ。(フン!)」・・・そんな女に負けるはずはない、と確信していた?

彼女にそこまで愛されて、僕も満更ではないんだけど、彼女が心配したのはお金のこともあったはず。人間というのは、毎月使えるお金がいったん増えて、ある日突然それがなくなると大変だ。生活水準を元に戻せばいいんだけど、それがなかなか難しい。だから彼女も、「この人がいなくなったら困っちゃう」と、戦々恐々だったに違いない。

そして最後に黒髪美人のこと。僕のことを怒っただろうか。それとも呆れ果てて苦笑いでもしただろうか。それはまったく分からない。彼女は、見てくれも性格もいい女だった。知性もあった。そしてお勤めぶりは並じゃなかった。なぜいい相手が見つからなかったのか、今でも不思議なくらい魅力のある女だった。

LINEの最後のやり取りの中で、それこそ最後に、僕は謝罪の言葉を書いた。でもそれに対する返事はなかった。彼女にしてみれば、不本意な相手と出会ってしまったに違いない。

それとも、謎めいた書き方をするけど、アラサーの女さえいなければ計画がうまくいったのにと思ったかもしれない。僕の想像にすぎないから、これ以上は彼女の名誉のために書かないでおくけど、その計画とは、タイではよくある“外国人のお金目当ての結婚”のことだ。タイでなくても日本でも(「外国人の」を除けば)よくあるから、目くじらを立てるほどのことじゃない。そして、もし彼女が純粋に僕のことを好きになってくれたのだとすれば、ちょっと未練が残るんだよな、これが(笑)。

蛇足だけど、「真夏の情事(最終回)」のエンディングを、さっきちょっと変えてみた。そしたら、それだけで少し「作品」っぽくなったような気がする。中味は何でもいいけど、ストーリーを構成するのは面白い。生き物だ。だから書くのがやめられない。老後の楽しみにとっておくものじゃない。

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ガネーシャ博物館に行ってきた

10月16日(月)

今日は信心深いお話だ。ドンデン返しは一応あるけど。

朝から彼女とメーワーンというところにある「ピピッタパン プラピカネット」へ行ってきた。日本語に訳すと「ガネーシャ博物館」とでも言えばいいのだろうか。

ガネーシャと言われても僕はわからない。ましてや彼女からタイ語で「プラピカネット」なんて言われた日には、何のことかさっぱり分からなかった。


僕は昨日の夜に彼女と会った時、「一緒にお寺に行きたい」とリクエストした。そして今日その場所に着くまでお寺に行くんだと思っていた。

期待は裏切られたけど、まあいいか・・・。

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メーワーン郡にあるこの博物館はチェンマイの中心部からだと1時間くらいかかるだろう。僕たちは市内ではなく、南西部に住んでいるので30分くらいで行けた。

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仏閣もあって、お寺らしい雰囲気もなくはない。でも、ここは博物館。入場は無料。駐車場が狭いところを見ると、そんなに人は来ないのだろう。穴場か?

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ガネーシャは、象の頭をもつ神様で、インドのヒンドゥー教が起源なんだそうだ。日本のお寺にもある。タイにはたくさんある。そう言えば、大抵のお寺に象人間みたいなのがあった。

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こんなのも面白いけど、いくらなんでも裸はちょっと・・・。と思ったが写真を見直すと、どうもそうじゃない気もしてきた。いや、おへそが見えてるから、やっぱ裸か・・・(どっちでもいい)


ウィキペディアによると、ガネーシャは現世の利益を求める人に信仰されていて、とくに商業の神様、学問の神様なのだそうだ。要は金儲けに興味のある人が興味を持つ神様らしい。

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彼女もガネーシャの写真を撮っていた。めったに写真を撮らない女だから、やっぱりお金儲けに興味があるんだ。僕が興味があるのは女だけ?

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これはガネーシャの結婚式と書いてあった。結婚式なのに花婿だけいて、花嫁の姿が見えなかったけど、どうなってるんだろう?

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美女がガネーシャにマッサージを施してるところ。何か魂胆でもあるのかな?


さて、順番が逆だけど、博物館に入ってすぐのところにこんなのがあった。

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これは双身の歓喜天。「かんぎてん」というらしい。僕は知らなかった。信心深くないもんで・・・
で、これは男と女の神様が抱き合っているところで、頭に飾りがあるのが女。つるつるなのが男。

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で、解説があった。なにしろタイ語なもんで、その場で読むには時間がかかる。だから家に帰ってから写真を拡大して読んでみた。だいたい分かったような気がしたけど、辞書を引くのが面倒になった。だから、やっぱりわからなかった。


空海のことが書いてある。空海が大陸にわたって日本にインド起源の密教をもたらしたことは知ってる。でも、タイと関係あるのかな・・・?それはこの際、どちらでもいいことにしよう。


この「歓喜天」とは何か?

諸説が存在するらしい。男の神様が荒れ狂って悪いことをするので、別の神様(観音菩薩)がそれを鎮めようと、美女の姿になって男の神様に近づいた。

すると男は女を抱きたいと思った。どうしても抱きたーい!僕も神様じゃないけど、女を抱きたい!

それはおいといて、女は男に言ったそうな。

「あなたの願望(欲望=性欲)を満たしてあげるから、これからは暴れるのはやめてください。おとなしく、いい子になってください。そして仏の教えを守ってください。」

そしたら、男の神様は女を抱きたいからその通りにしたのだそうだ。

なんじゃこれ。男って、だいたいそういうもんじゃがね。神様でもそうだから、人間の男はほとんどみんなそうだよね。ね。僕も女を抱きたいから女の言うことをずっと聞いてきた。

ということで、博物館のあとは市内に戻って密室でお勤めに励んだのである。



言い忘れたけど、博物館からの景色もなかなかのものだった。

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出来たばかりの新しい建物の2階に上がると、眼下にはラムジャイ畑が広がっていた。


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まだ雨季が終わらない

10月17日(火)

今朝、少し雨が降ってた。その後晴れた。そろそろ終わりになるかな・・・と期待が膨らんだ。でも、夜になって土砂降りになっちゃった。

今さら言うのも何だけど、タイの雨季は一応は11月までらしい。12月から乾季だ。でも、実際は10月の終わりごろにはほとんど雨が降らなくなる。

できれば今週末から乾季に入ってほしい。というのは、週末彼女と旅行するから。しかも雨が降りやすい山へ行くから。それにもうすぐ王様の葬儀が始まる。雨季は明日か、明後日くらいで終わりにしてほしい。

今日は彼女と申し合わせをして会わないことにした。やっぱり彼女と会わない日は何かが変だ。何かが足りない。

とくに書くことがなくても、無理にでも書くのが日記?ほんとに今日は、な~んにもない。


ウイスキーのソーダ割はいま4杯目。彼女が知ったら怒るかな・・・?いやいや、必ず「レオテー(お好きにどうぞ)」と言うに決まってる。

話しが飛ぶけど、一人寝にはもう慣れてる。でも、やっぱり寂しい。ときどき天井裏のネズミが騒ぐから、急に思い出した。

いろんな歌手が歌ったけど、美空ひばりにかなう歌手は、これからも出てこないだろう。

ひとり寝の子守唄


「ひとり寝の子守唄」  作詞・作曲 加藤登紀子

ひとりで寝る時にはヨー
ひざっ小僧が寒かろう
おなごを抱くように
あたためておやりよ

ひとりで寝る時にはヨー
天井のねずみが
歌ってくれるだろう
いっしょに歌えるよ

ひとりで寝る時にはヨー
もみがら枕を
想い出がぬらすだろう
人恋しさに

ひとりで寝る時にはヨー
浮気な夜風が
トントン戸をたたき
お前を呼ぶだろう

ひとりで寝る時にはヨー
夜明けの青さが
教えてくれるだろう
一人者もいいもんだと

ひとりで寝る時にはヨー
ララララ・・・・・・

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精力剤を買ってきた

10月18日(水)

昨日、書くことがな~んにもないと書いたけど、ひとつ忘れてた。夕方、セントラルエアポートの地下で山盛りのサラダを一人で食べた後、急に思い立って精力剤を買った。

主成分は、アミノ酸のLアルギニン。それに冬虫夏草、クラチャイダム、朝鮮人参、牡蠣の抽出物など9種類の成分が配合されている。1箱4カプセル入って470バーツした。

薬局の店員さんは20代前半くらいの可愛い女性だった。いきなり「精力剤、ありますか?」と聞くのは憚られたので、スマホの翻訳機能を使って「精力剤」に該当するタイ語の単語をその店員さんに見せた。

店員さんはニコッとほほ笑んでくれて、すぐに黒い小さな箱を出してきた。それがアルギニンを主成分にした精力剤だった。

「実はバイアグラをたまに使ってたんですけど、彼女がやめなさいと言うので、自然のクスリを探してるんです。これは自然ですか?」・・・店員さんはパッケージの裏側の小さいタイ語を読んでから、「はい、間違いないです。自然の成分です」と答えた。

「飲み方は?」と聞くと、「寝る1時間くらい前に、1カプセル飲んでください。」・・・そう言われたので、僕は完全に勘違いした。

「寝る前って…何ですか・・・する前ですか?」

瞳の大きな若い店員さんは、

「はい、バイアグラだったら30分か1時間前ですよね。これは寝る1時間前です」と答えた。

僕はますます勘違いしてしまった。「寝る」というのはタイ語で「ノーン」だし、英語では「スリープ」だ。タイ語でも英語でも、そして日本語でも、本当に「寝る」と言う意味と、もうひとつセックスするという意味があるのは、大人なら誰でも知っている。

店員さんはバイアグラや精力剤の使い方をきちんと分かっていないのかもしれない。どうも怪しいなと思いながらも、とりあえず1箱だけ買ってみることにした。

家に帰ってきてから、裏側を写真に撮って彼女にLINEで見せた。

「薬局でこれ買ってきたんだよ。どう、これなら大丈夫?」

「はい。これはいいですよ。」

「毎日寝る前に飲むんだから、高くつくよね。これは女も飲んでいいんだよ。」

「ははは。まだ年じゃないから遠慮しておきます。」

こんなやりとりをしていると、彼女は、

「あなたは70過ぎてからでいいんじゃない?こういう薬は体の若さを維持するにはいいと思いますけど、飲み出したら一生やめられなくなりますよ。」

僕の調べた範囲では、とくに飲みすぎなければ毎日飲んでも大丈夫そうだった。バイアグラなどのセックスの前に飲む即効性のあるED治療薬とはまったく違うと認識している。

その後僕たちは、男と女のきわどい言葉のやり取りを楽しんだ。これはよくあること。でも昨日は彼女が嬉しいことを言ってくれた。

「どの辺が気持ちよくなるの?」と聞くと、

「言わない方がいいわよ。ははは。恥ずかしいから・・・」

「正直言うけどね、キミのどこが気持ちいいのか、僕は分からないんだよ。だから知りたいんだ。」

そうウソを言ったら、僕が一番言ってほしかったことを彼女は書いてきた。

「あそこも感じることは感じるんですけど、もっと強く感じるのは、あなたと居て最高に幸せだということです。」

さらに、

「セックスは、その幸せ感の一部にすぎません。欠かせないものだけど、むしろ、一緒に気持ちよく寝ているときの方が幸せを感じます。何のストレスも、心配もなくなります。」

僕もまったく100%同感だ。

彼女と一緒にホントに寝るのは、今のところ旅行に行った時しかない。それは1か月にひと晩だけ。今月はこの週末に山へ行くことになっている。

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彼女とデパートへ行ってきた

10月19日(木)

2人でデパートへ行くなんて、めったにない。スーパーなら時々あるけど、デパートとなると僕の記憶にあるのは3年以上も前だ。

2回目にデートに誘ったときのこと。初めてホテルへ行く前に、セントラル・エアポートで1000バーツの服を買ってあげた。なぜか知らないが、その服を彼女が着ているのを見たことがない。

そのことはもう忘れるとして、今日は彼女に何かを買ってあげるのが目的じゃなかった。10年も使ってる僕の眼鏡のコーティングがだいぶ剥がれてきたので、新しいのを物色するためだ。

彼女はセントラル・フェスティバルは初めてだった。家からだいぶ離れているし、彼女自身はバイクしか運転できない。そもそも自分ではデパートや大型スーパーにはめったに行かない。タイの真性の庶民は大体そうだけど、彼女も市場(タラート)で買い物するのが常だ。服は100バーツから200バーツのものを着てる。最近使ってるハンドバックも、隣り町の週一の市場で買った250バーツの安物だ。

僕は買い物が大好きだ。ただし、買うというよりも見るのが好きだ。ときどき不要なものを買ってしまう癖が出るので、用心しながら見て歩く。今日は一人ではなかったので、その悪い癖は封印された。

で、眼鏡のこと。タイの眼鏡屋さんの力量を知る良い機会だった。結論を言うと、問題なし。何しろ視力の測定などには最新式の機器を使ってた。担当した女性の店員も、十分すぎるくらいの時間をかけて、僕の納得のいく度数のレンズを決めてくれた。

価格は僕の予想と同じくらい。フレームにレンズが付いて2000~5000バーツ。僕が買ったのは3500バーツだった。日本で調製してコーティングが剥がれてきた眼鏡はセイコーのレンズ+ニコンのフレームで総額10万円もした。遠近両用だったのと、耐熱コーティングだったので高かったのだ。

今回はどんなレンズか知らないが、もう何も気にしないで買った。レンズは安物なので、同じ度数でも高級なレンズと比べると見え方が多少違うかもしれない。熱にも弱いだろう。でもここはタイ。マイペンライ。ただし、フレームは、彼女がジジ臭いのを選んでくれた。

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セイジ向きの話

10月20日(金)

あさっては衆議院議員選挙の投票日。日本では以前に比べると期日前投票がぐんと増えているそうだ。公報などで「今度の日曜日は投票所へ」なんて言ってた昔がウソのようだ。

僕たちの世代の若いころは自民党と社会党の、ちょっと差はありすぎたけれども、一応は二大政党制だった。共産党はあったけど公明党はなかった。選挙権を持つようになってから、しばらくは若者らしく社会党に投票していたと思う。自民党が強すぎたこともその理由のひとつ。そして「革新」という言葉が魅力的だった。だから今の60代は、その名残で他の年代よりも自民党へ投票する率が低いはずだ。

今はとっくに「保守」対「革新」という構図は消え去った。僕が不思議に思っているのは、政治家もマスコミも揃いもそろって「右」だの「左」だのと、もう数十年も前に擦り切れてしまった言葉を使っていること。政治もマスコミも金属疲労を起こしていることの証左だと、僕には思われる。

「保守」と「リベラル」という選択肢にしたって、よく分からない。安倍さんは真の保守ではないという説もある。単に戦後の日本人の多くが抱いてきた価値観を否定しようとしているだけのようにも思えるからだろう。それは保守の定義による。

日本という国は、江戸時代のある時期を除いては革新的だったと僕は思っている。だから明治維新があったし、戦後の価値観の転換と経済成長が可能だった。今は現状さえ維持できればいいという若者が増えてきたので、革新的な国ではなくなりつつある。

リベラルに至っては何のことやらさっぱり分からない。政治家もマスコミも、外国語を使って語る悪い癖はやめた方がいい。小池さんは外国語の単語を乱発するのをやめて、日本語をきちんと使わない限り今後の躍進はないと断言したい。あえて逆説を付け加えるなら、「排除」と言う言葉も、どうせなら外国語を使っていたら、ここまで人気が失墜することはなかったかもしれない。

いつも「りっしんべん」のセイジ向きの話をしているので、今日は別のセイジについて書いてみた。それにしても、今の若者は・・・。僕らの若いころは未来に希望があった(笑)。

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ドイ・インタノンは寒かった

10月22日(日)

日本は大荒れの天気だと言うのに、ここチェンマイは昨日から雨季が終わったような好天が続いている。本当に終わったのかもしれない。誰かさんの日ごろの行いがいいから。

で、僕たちは予定通り昨日から今日にかけて、毎月1回の1泊旅行に出かけた。行先はタイの最高峰、ドイ・インタノン。かなり近いけれど、彼女はドイ・インタノンがはじめてだった。

土曜日は滝めぐりをした。正確には知らないがドイ・インタノンには5つほどの有名な滝があるらしい。その中でも一番よく知られているのがワチラターンの滝。水しぶきを浴びながら傾斜地をよじ登っていくと迫力のある滝がまじかに迫ってくる。

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次に行ったのは、かなり奥まで登ったところにあるシリプームの滝。黄色い→が滝のある場所。

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このあたりは少数山岳民族の村で、かの有名な王様が作ったロイヤルプロジェクトがある。つまり貧しい彼らに商品価値のある農作物を作らせて生活を援助するという仕組みができた。


滝の近くは有料の公園になっていて、本来は高山植物の宝庫だ。でもこの時期はわずかしか花が咲いていなかった。彼女も僕にとっては花のような存在なので、それで我慢するとしよう。


さて、土曜日の宿はドイ・インタノンの裾野にあるリゾートにした。家からそんなに遠くはないから日帰りで十分だけど、泊まって一緒に寝ることが僕たちの旅行の第一目的だ。でも、今回は宿自体は外れだった。

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部屋はコテージで、管理棟から相当離れているのに電話がついていない。栓抜きがほしいとか、氷がほしいとか、用事があるとわざわざ車に乗って行かなければならない。

それはまだいいとして、トイレ・洗面・シャワーの水が最初は黒くて、10分くらい流しっぱなしにして初めて透明になった。それもいいとして、今度は午前5時に起きたら、水が全然出ない!プスッと空気が出ただけだ。これには困った。

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実は早朝のお勤めが僕の趣味なんだけど、シャワーが使えないから彼女がその気にならなかった。結局6時半に水は出たけど、これがまたしばらく濁っていて使い物にならなかった。こんな宿は生まれて初めてだった。名前に星(スター)が付いているリゾートだ。


さて今朝はドイ・インタノンの頂上まで行った。僕たち2人だけじゃなくて、山の裾野にあるメーチェムという町から彼女の友達のカップルがやってきて一緒に登った。気温は13度と表示されていた。半袖では寒い。タイ人は当然のようにジャンバーを羽織っている人がほとんどだった。さすがに海抜2000数百メートルともなると、下界は晴れていてもここは別世界。霧雨が舞っていた。

この写真は頂上付近の駐車場で友達を待っている彼女。

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友達は中国製の250ccのバイクで知る人ぞ知る急こう配を登ってきた。写真は撮り忘れたが、黄色と黒のツートーンの綺麗なバイクだった。なんと値段は65,000バーツ!なんだそうだ。もちろん新車で。ドイ・インタノンの頂上まで登れるんだから、エンジン系統に欠陥はなさそうだった。音もよかった。

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駐車場からは徒歩で頂上まで行く。海抜2,565メートルの一番高い地点のすぐそばを歩く彼女。

とにかく今日のドイ・インタノンは人が特別多かった。そのせいで、来週埋葬されるプミポン前国王と、王妃を記念する2つの仏塔が頂上の近くにあるが、車が一杯で入ることができなかった。バイクの友達のカップルはスイスイと入っていった。こういう時はバイクが便利だ。

彼女の感想は、宿の印象が悪すぎたようで、また来たいとは言わなかった。カーブ続きの長い坂道をかなり飛ばして運転したので怖かったのかもしれない。来月はロイクラトンに合わせてチェンマイ市内のホテルに泊まる。そして12月はバンコクに長めに滞在する予定になっている。

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下からの風

10月23日(月)

タイに住んでいても日本の総選挙の結果は大いに気になる。昨夜は遅くまで、ネットであちこちの放送局、新聞社の選挙報道に目を凝らした。全体の結果は大体想像できても、党派にかかわらず気持ちの中で応援している議員がいるから、その動向に無関心ではいられないのだ。

というより、もっと興味があるのは党首やそれ以外のキーパーソンがどんな発言をするか。それによって、その人物の器の大きさやものの捉え方が透けて見えるからだ。選挙の前や最中は、なかなか本音を言わない。結果が判明した昨夜こそ、それを知るチャンスだ。いつの選挙でもそうだ。

いちいち誰がどう言ったか、それは書いてもしょうがない。あえて印象に残った人物をあげれば、小泉ジュニアと枝野だ。

前にも書いたかもしれないけど、小泉ジュニアの人気は本物だと僕は思う。親の七光りではない。安倍自民党がこれだけ圧勝したのに、あえて「安倍はもう国民から飽きられ始めている」と率直に語れるのは、ただものではない。それが戦略なのか本音なのか、それは詮索無用。おそらく各地を回って感じたことを口にしたのだろう。「出る杭は打たれる」という日本の悪しき方の伝統を打破する革新の旗手として精進してもらいたい。そしてあえて外国語を使うけど、日本をリセットではなく、サバイブする原動力になってほしい。

枝野さんは、法律論を振りかざす弁護士出身というところは気にくわないが、原発事故時の官房長官としての姿は立派だった。わけのわからない総理大臣をよく支えていたと思う。今回は福耳を自慢しているようだけど、あの顔は大方の人に安心感を与える。憲法のことも含めて信念があって、言ってることはまっとうだ。僕なんかは何の違和感もない。だから、若者をのぞく無党派層、とくに高齢層の多くが今回支持した。左とか右とか、そういうくだらない次元の話ではない。言ってみれば、下からの風が相当に吹いた。

小池さんは策に溺れた。そのことは聡明なご本人が一番よくご存知だろう。国民は決して気まぐれではないと僕は思う。人物をよく見ている。ふつう選挙の風は一度しか吹かないものなのに、都知事選と都議会選の二度も吹いた。そして三度目はなかった。それだけの話だ。「排除します」と言って、高みから人を見下すような傲慢さを見せつけられては希望などあるわけがない。自分で墓穴を掘った。再起は・・・難しいだろうね。器が小さいことを晒したのは致命的だ。ま、知事の任期を全うしなさい。

安倍さんは国会での感情的な答弁を見ている限りでは、この人も器は相当小さい。街頭でも、ちょっとでも批判されたら「こんな人たちに負けるわけにはいかない!」とムキになるような小男だ。今回は、ヨイショする人間だけを演説会に仕込んで悦に入っていたらしい。そこまでしたら、普通はもうお終いだ。しかし、やたらと運だけは強いようだ。賞味期限はとっくに切れているのに、よくやるもんだ。この際は倒れるまで頑張ってほしい。僕もナニは小さいけど、倒れるまで彼女とのお勤めに励むからね。

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タイの精力剤は効くか?

10月24日(火)

今日は、昨日のセイジの話とは打って変わって、またまた“りっしんべん”のセイジの話だ。先日、バイアグラをやめた代わりに自然の素材でできた精力剤をデパートの薬局で買ったけど、それがどれくらい効いたのか、それとも効かなかったのか?

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これは4カプセル入りで470バーツした(1500円くらい)。成分はL-アルギニンのほかに冬虫夏草、クラチャイダム、朝鮮人参、牡蠣のエキスなど9種類も入っている。これを夜寝る1時間前に1カプセル飲むわけだ。

僕は彼女と旅行する前の4日間、続けて1カプセルずつ飲んだ。すると最初に飲んだ次の朝、さっそく効果が現れた。いくらなんでも早すぎると思ったけれど、事実は事実だから仕方ない。めったに朝立ちすることがなくなっていたけど、しっかりと立った。次の日も、次の日も。

そして4日目に満を持して彼女と1泊の旅行に行ったわけだけど、結論を言うと、バイアグラ(タイ・ジェネリックのシデグラ50mg錠を4分の1にカットして使用)とほとんど変わらなかった。自然の成分でできているという安心感だけが違う点だった。

コストは全然違う。シデグラは1錠25バーツだから、4分の1にすると6バーツくらい。今回試してみた精力剤は1カプセルが120バーツくらい。つまり、精力剤の方が20倍も高いということ。これではバカバカしくて、いくら自然のクスリだと言っても有難味が感じられない。

そこで僕は考えた。彼女がバイアグラはやめなさいと言っている以上、やめるという基本方針は変えないで、何とかコストを抑える方法はないか?まず考えられるのは何もクスリを飲まないということ。何も飲まなくても大丈夫なんだけど、心のどこかにやはり不安は残る。もし・・・ならどうしよう、という不安が完全には払しょくしきれない。やはり安心してお勤めに臨みたい。

ということで、コストの安いタイのサプリを試してみることにした。薬局で買ってきたのはこの2種類。なぜ2種類なのかというと、一つだけでは明らかに足りないから。

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まず左側はクラチャイダムのカプセル。クラチャイダムはタイ特産と言ってもいい黒ショウガだけど、これにはアルギニンをはじめとするアミノ酸がたくさん詰まっている。アルギニンは年をとると体の中で合成されにくくなるから当然精力も衰える。だから、このアルギニンは精力増強に不可欠というわけだ。

クラチャイダムは昔からタイの男性の一部が若さを保つために、そして精力を高める目的で愛用してきたものだ。近年は日本のサプリメーカーも注目して法外な値段で売っているらしい。僕は90カプセル入りを280バーツで買った。毎日1カプセル飲むように書いてあるから、一日分は3バーツくらい。つまり10円くらい。ただみたいなものだ。

そして右側は亜鉛のサプリ。亜鉛は体内でたんぱく質を合成するために必要な触媒のようなもので、これが不足すると男性のモノが役に立たなくなるらしい。亜鉛を含む食品としてよく知られているのは牡蠣。そのほか赤身の魚、赤身の肉類などに亜鉛は含まれているが、どれも微量なので、よくよく食生活に気を付けていないと不足しがちになる。

亜鉛のサプリは実にいろいろなメーカーの製品があって、僕の買ったのは亜鉛以外にマグネシウムやビタミン類が一緒に入っている。値段はクラチャイダムより高くて、90錠で380バーツだった。つまり一日分が4バーツちょっと。クラチャイダムと合わせると、1日分が7バーツちょい。日本円で25円くらい。最初に買った精力剤と比べると価格面では15分の1くらいだ。毎日飲むなら、断然サプリの方が経済的ということ。

さて、問題は効果があるかどうかだ。実はクラチャイダムのカプセルだけ昨日の夜1カプセル飲んでみた。でも・・・・高い精力剤と違って、今朝は何の変化も見られなかった。特に精力剤としての用法が書いてあるわけではないので、その目的に特化するのであれば、もう少し多めに飲んだ方がいいのかもしれない。そして亜鉛をあわせれば、どんな効果があるのか・・・それはあと1週間くらい経たないと結論は出ないだろう。

バイアグラにしろ、精力剤にしろ、はたまたそれに近いサプリメントにしろ、そこまでして頑張らなくてもいいじゃない、という考えもある。でも、60代で若い彼女を相手にするのであれば、素手で役に立てばいいけれど、それなりの武装をするのも相手に対する思いやりの一つだと僕は思っている。

女性は、カラダの満足 ≦ 心の満足。つまり、心が満たされなければ幸せは感じない。男性に思いやりがなければ、いくら精力剤を飲んだって、相手を幸せにできないだろう。

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怖いクスリの話

10月25日(水)

明日26日は去年の10月13日に亡くなった前国王の葬儀がクライマックスを迎える。そのため、午後2時から殆どのデパートやスーパーは閉まってしまう。セブンイレブンも同様だ。テレビのチャンネルは今日からどこも葬儀の中継一色になっている。

今日はいつものように彼女と会い、いつものコースでお勤めと食事を済ませた後、彼女の家からそう遠くないクリニックへ行った。

医者に診てもらったのは僕の方で、かれこれ2か月以上も前から左足のかかとが痛くてスムーズに歩けない。これ以上放置するのはよくないと思ったので、昨日彼女に「どこかへ連れてってくれ」と頼んだのだ。

タイのクリニックは眼科とか皮膚科とか、専門のクリニックもあるけど、一人の医者が何でも診てくれるところも多い。今日行ったクリニックもそうだった。

大抵のクリニックは夕方から診療を始める。昼間は医者は病院にいるからだ。そこも午後5時からの診療となっていたが、たまたま病院で重病の患者が亡くなったので、先生は1時間遅刻してきた。

先生は僕の足を触りもしないし、見もしなかった。そして、「クスリを飲むだけにしますか?それとも注射もしますか?」と聞いてきた。どうするか迷ったので元看護婦の彼女の方を見た。「注射もしてもらいなさい。」

患部の足に注射するのかと思ったら、お尻だった。鎮痛消炎剤の注射だろう。もし整形外科医だったら、直接患部に注射するはずだ。

痛みは注射してから30分も経たないうちに軽減した。歩いてもほとんど痛くなくなった。それはいい。そして朝と晩の食後に飲む3種類のクスリをもらっていた。

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僕は医者からクスリをもらったときは必ずどんな薬かネットで調べることにしている。

今日も家に帰ってから調べてみた。そしたら、写真の真ん中のクスリは日本はもちろん、多くの先進国で禁止されてる鎮痛消炎剤だった。ウイキペディアによると、肝毒性があると記述されていた。とくに15日以上飲むとよくないらしい(処方されたのは10日分)。

僕はビビった。胃腸に良くない薬はたくさん知ってるけど、はっきり肝臓によくないことが分かってる薬に出くわしたのは初めてだ。ただし相当に効き目は優れているらしい。でも飲むのをやめた。そんなリスクを冒してまで飲む必要はないと自己判断したわけだ。

一番左のクスリは、最もポピュラーな鎮痛解熱剤・パラセタモル(アセトアミノフェン)にオルフェナドリンという消炎剤を加えたもので、安全性にとくに問題はなさそうだ。だから、これは食後に飲んでいる。

一番右の白い錠剤は、もらったときに何の説明もなかったし、錠剤にも20という数字が刻まれているだけで、何の薬か皆目見当がつかない。ちゃんと聞けばよかったんだろうけど、これも飲まないことにした。

とにかくタイでは医者も患者もクスリが大好きだ。日本もそうかもしれないけど、高齢者は薬漬けになってしまう恐れがある。とくに消炎鎮痛剤と抗生物質の使い方はかなり酷いのではなかろうか。

いざという時のために、クスリはなるべく控えた方がいい。君子危うきに近寄らずだ。まだバイアグラでも飲んでいる方がよほどマシかもしれない。


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新しい辞書で頑張るぞ!

10月26日(木)

今日は言わずと知れた前・国王の葬儀の本番。約1か月ぶりで部屋のテレビをつけた。これを見届けなければタイに住んでいる意味がないとすら思えたからだ。バンコクの天気が心配だったけど、少なくとも午前中は青空が見えてよかった。

彼女とは今日は会わないことにした。さすがにお勤めは控えることにした。禁止令などは出てないんだけど。

そうは言っても、今日も彼女のことを書いてしまう。少し大げさに言えば、現在の僕の日常の半分は彼女で占められている。そして心の大部分は彼女のことでいっぱいだ。“真夏の情事”のあと、それが揺らいだことは一度もない・・・。

さて、一昨日のこと。一人でセントラルフェスティバルに行った。新しい眼鏡のフレームを調整してもらうためだったが、ふらっと本屋に立ち寄った。

大部分がタイ語の本。もし買っても、読まないで埃をかぶるのが関の山。そう思って30分くらいで出ようとしたけど、外国語の学習本のところで立ち止まってしまった。そしてこの辞書を衝動買いした。199バーツと安かったから。

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実は15年前に同じ出版社の日タイのポケット辞書を買ったことがある。今度買ったのは日本語とタイ語の双方向。値段は、古い方は何と2500円(+税)もした。しかも収載されている語彙の数は、新しい方が2倍か3倍はありそうだ。それなのに200バーツ以下、700円くらい。隔世の感がある。(日本で買えば高そうだけど)

ほかにも「音で引くタイ語検索ブック」とか「日タイ実用辞典」とか、長年愛用してきた辞書は数種類ある。でも今度買ったのは、1冊で2役こなせる。

何ページか読んでみたけど、新しい(どれくらい新しいか知らないけど)のは、訳語もとてもよさそうだ。難点はタイ文字が小さすぎて、老眼の進んできた僕には見えにくい。


僕の彼女は書くのも話すのも、タイ語しかダメ。英語は(日本の)普通の高卒レベルと一緒で、会話は到底無理。

日本語は、
「おはよう」「ありがとう」「あいしてる」「あぶないよ」「おいしいね」くらいしか知らない。だから僕がタイ語をもう少し勉強しようと思ってる。

二人が対等に?会話するには、僕の知ってる単語が少なすぎる。多分500語くらいしか知らないと思う。もっと少ないかもしれない。

書けるかどうかとなると、それよりはるかに少ない。せめて1,000語くらい頭に入ってないと、スムーズに会話したりテレビを気楽に視たりできないのではないかな?

でも待てよ。僕はもう60代の半ば、彼女はアラサー。とすると、彼女が日本語を勉強した方が速いかもしれない。そう思って昨日、寿司を食べてるときに、いきなり日本語で話しかけてみた。いきなり。

「どう・・もっと食べる?」

「・・・・・」

「サーモンとマグロとどっちが好き?」

「・・・・・」


彼女はニコニコして僕を見つめている。どうやら、日本語だということだけは分かったみたいだ。


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注射だけは効いたようだ

10月27日(金)

一昨日クリニックへ行って、お尻に注射1本と、飲み薬3種類をもらった。ところが、左足のかかとの痛みが治まっていたのはたったの24時間だけだった。

もらったクスリのうち、先進国で使用禁止となってる消炎剤は引き出しの奥にしまってある。あとの2種類は朝夕飲んでいる。でも、効かないようだ。なぜなら、注射の効果がなくなってきた途端に、元の木阿弥だから。

肝毒性があるとして日本を含む先進国では使えないその薬は、タイでは普通に使われているらしい。というのは、元看護婦の彼女もよく知っていた。

その薬のことで、今朝すこし彼女とLINEで議論になってしまった。

「この3種類のクスリのうちNilideというのは日本では使用禁止になっている。だから僕は飲まないことにした。」

「タイではよく出しているクスリですよ。大丈夫ですよ。3種類とも飲んだ方がいいですよ。」

「いやなものは、いやだ。だって肝臓に害があるかもしれないというから、怖い。」

「心配しなくてもいいんですよ。タイ人は飲んでますけど、それで死んだという話は聞きませんよ。それに、薬なんて、どれもみんな毒なんですよ。」

「死ななくたって、肝臓がやられたら中々回復しないから、怖いんだよ。だって、日本だって、ヨーロッパだって、アメリカだって、みんな使用禁止なんだぜ。」

「そんなに嫌なら、レオテー(お好きなように)。」


朝、そんなやりとりがあって、夕方ご飯を一緒に食べるために彼女に会った。(今日もご飯だけじゃなかったけど。)

彼女は、またもや「ちゃんと飲みなさいよ。飲まないから、また痛くなったんでしょ!」と僕を責めた。責めるつもりはなかったんだろうけど、僕のことを「ドゥー」と決めつけた。タイ語では「やんちゃ坊主」や「頑固者」のことを「ドゥー」と言う。ふつうは子供に対して使う言葉だ。

僕は笑って受け流した。彼女は心底その薬に危険はないと信じているようだった。

昨日は注射のおかげで一日中痛みを感じなかったけど、今日は朝から痛みが出た。最もポピュラーな鎮痛剤のパラセタモルではどうやら埒があかないようだ。

彼女の言うとおりにするかどうか、ちょっぴり迷い始めた今日この頃である。郷に入りては郷に従えと言うんだけど・・・どうかな?

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毎日会わない協定

10月28日(土)

僕と彼女が会うと、ほとんど必ず密室へ行ってお勤めに励む。多分10回会えば9回はそうしている。彼女はまだ若いから、それでいいのかもしれないけど、僕は60代も半ばだから、それはやり過ぎだ。そう自覚してる。でも、なかなかやめられない。

昨日別れる時に、「1週間会わないでおこうか」と僕の方から提案した。彼女も、それでオーケーしてくれた。

今日は一人でセントラルフェスティバルへ行った。とくに買い物の予定もなかったので、いつものように4階のフードコートでお昼を食べた。だいたい50~60バーツで済むので経済的だ。

そのあと、同じテーブルで1時間ほどタイ語の勉強をした。それも飽きてきたので彼女にLINE。

「今日は仕事、何時ごろ終わるの?」 

「4時には終わると思います。」

「じゃあ、4時半ごろ迎えに行こうか」

そう書きかけて、昨日の協定を思い出した。毎日会ってはいけないのだった。

会ってコーヒーを飲んだり、食事するのは構わないが、それで済まないから協定を結んだのだ。

ちょっと古いデータだけど、2015年に相模ゴムというコンドームを作っている会社が、20代から60代の男女14,000人に、セックスの回数を聞いている。お相手と1か月に何回するかという調査だ。

それによると、男女の平均の数字では、

20代  4.11回 
30代  2.68回 
40代  1.77回 
50代  1.38回
60代  0.97回

となっている。見事に年齢に反比例している。最近はセックスレスの夫婦が増えていると言うから、とくに40代以降は平均をとると1か月に2回もしていない。僕の40代の頃もそうだったと記憶している。もっぱら仕事と、仕事のあとの酒だった。女に興味があっても、セックスする機会はめったになかった。

ところが最近の僕は、1か月平均で言うと、だいたい10回くらいだろうか。ひょっとして、“真夏の情事”以降の2か月だけ見れば、もっと多いような気がする。つまり、日本人の20代の平均を軽く2倍以上も上回っていることになる。

彼女はよく言う。

「一緒に住むようになれば、きっとあまりしなくなるんでしょ。だから今のうちですよね。」

それは正しい。この調査でも、交際相手と結婚相手では大きな違いがある。

全年齢層の平均だけど、交際相手とは4.1回なのに対して、結婚相手とは1.7回。つまり、結婚すると回数はそれまでの半分以下になるようだ。あくまで平均値だから、本当はそんなに単純なことではないだろうけど。

僕も当然そうなると思っている。それはごくごく自然なことだから。多分1か月に5~6回に減ると思う(笑)。

それにしても、60代と言えば人生の円熟期。女にうつつを抜かしている時間じゃないことは確かだ。でも、人生いろいろあっていいだろう。

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タイの女は電話魔が多い

10月29日(日)

ちょうど一週間前、僕と彼女はドイ・インタノンへ一泊旅行した。あのとき、よほど日記に書きかけてやめたことが一つある。それは彼女の長電話のこと。

先週の土曜日の夜、リゾートホテルのレストランで食事をして部屋に戻ってきたのが7時半ごろ。そのあと寝るまでの約3時間、彼女はず~っと電話していた。相手は、次の日に山の頂上で会うことになっていた女友達。これは1時間半くらい。僕の悪口ではなさそうだったので、聞き耳は立てなかった。

それが終わったと思ったら、たて続けにもう一人。今度は彼女の出身地のイサーンの親戚。これもたっぷりと1時間半。

2人とのお喋りが終わったのは10時半だった。いつもならとっくに寝ているはずの時間だ。というのは、普段は夜9時を過ぎると、彼女は「もう眠い眠い眠い。寝ますよ~」とLINEで書いてきて、その日の僕たちのコミュニケーションが終わる。

そこでひとつの疑問が湧いてきた。普段は9時過ぎには寝る、というのは嘘ではないか?本当は僕とのやりとりが終わってから、いろんな人と電話したり、LINEで話してるのではないかな?

もしそうだとしても、別に構わないんだけど、最近やけに僕と一緒にいる時も電話で長話をするようになってきた。

実は今日は、「一週間会わないでおこうね」という一昨日の約束をどちらからともなく破ってしまった。さすがに食事→ホテルという、いつものコースは避けようと思ったので、ゴルフの練習場へ行った。僕がボールを打っている約1時間半、彼女がしていたことは電話。ず~っと電話。切れ目は全くなし。

僕が「ちょっと休憩」と言って席に戻っても、彼女はず~っと電話。

つい1か月くらい前までは、僕と一緒にいるときに彼女が長電話することは全くなかった。3年以上付き合っているけど、まるで電話魔のように喋くりまくる姿は最近まで見たことがなかった。

日本でも昔から「井戸端会議」なんて言葉があるくらいだから、女同士はお喋りに花が咲く。多分これは万国共通なのかもしれない。

そこで僕は考えた。彼女が最近になって僕の目の前で長電話するようになったワケを。まず好意的に解釈してみよう。僕に対する安心感が湧いてきた。だから、憚ることなく電話で長話ができるようになった。

悪意に解釈すると、それは僕が舐められているということ。ゴルフの練習だって、僕の球筋を見て「ナイスショット!」とか、ウソでもいいから言ってほしいと思う時だってある。ときどき彼女の方を振り返ると、彼女の目は僕の方を向いてない。電話に集中している。

タイ人だからなのか、女だからなのか、それは僕にも分からない。いずれにせよ、よくもまあ2時間も3時間も喋っていられるなあと、呆れている今日この頃だ。

ところで今日は、ゴルフ練習場のあとはやっぱり密室へ直行となった。そしてそのあと寿司屋。よくもまあ懲りないもんだと、自分でも呆れている。さすがに密室では、彼女も電話をしなかった。

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42キロのスピード違反

10月30日(月)

数日前にスピード違反の通知が来た。名誉なことではないけど、記録しておこう。最初に断っておくけど、運転してたのは僕じゃない。天地神明に誓って(笑)。でも、タイでは車の持ち主に責任がある。

10月3日、制限速度が90キロ区間のチェンマイ市内のスーパー・ハイウエーを132キロで走っていたという法令違反だ。一体誰だ。華奢な車で130キロ以上も出す奴は・・・。

罰金は42キロもオーバーしているのに、500バーツと書いてある。支払期限は11月7日となっている。あと1週間ちょっと。

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期限までに支払わないと相当面倒なことになるらしい。書類の裏側に罰金の払い方が書いてあって、その次に「警告」という欄がある。タイ語と英語で書いてある。

1.違反者が罰金を払えば、事件はそれでおしまいとなる。

2.もし払わなければ、(さらに)1000バーツ以下の罰金となり、車の税金を納めた証明となるラベルがもらえない。

3.違反者の免許は60日以内で一時停止となることがある。そして1年に2回違反したものは、講習とテストを受けなければならないことがある。トータルの違反ポイントが警察の定める上限を超えた場合は、90日以内で免許が一時停止になることがある。

と、こういう風に書いてある。

これは、最近改定された交通法規による厳しい措置なのだ。以前だったら、違反の通知が来ても、無視し続ければ何のお咎めもなかったはず。それはあまりにも正直者が馬鹿を見るという状態だったらしい。

ただし、現在でも期限までに罰金を払ってしまいさえすれば、面倒なことは何もないらしい。

ちょっと僕も分からないのは、1項目の「罰金を払えば事件はおしまいとなる」というくだりだ。原文のタイ語も英訳のとおりで、「事件がおわる」、あるいは「ないものとなる」とも読める。英語では、「the case will be dismissed」と書いてある。

日本だと交通違反は罰金を払えば「ないものとなる」、なんてことはない。ポイントが一定期間は消えないはずだ。

でもこのタイの法律は、罰金を払わなかった場合はポイントが蓄積されるけど、期限内に払いさえすれば前科が消えるのかもしれない。

それに、払わなかった場合の免許の一時停止や講習にしても、英語ではすべて「may...」と表現されていて、必ずそうなると断定的には書いてない。いかにもタイらしい慈悲に溢れる書きぶりだ。

なお罰金の払い方は、通知を出した警察署(取り締まりをした警察署)に出向いて払ったり、ATMやインターネットのほか郵送もできる。でも後者は書類にサインして警察に送らなければならないから面倒。

一番簡単な方法は、スーパーやデパートにある「クルンタイ銀行(KTB)」の窓口で支払うこと。手数料が20バーツかかるが、警察のシステムと繋がっていて、払った後は何もしなくてよい。

もちろん彼女に通知書を見せたら、「クルンタイ銀行に行って払いなさい」と言ったので、その通りにしたまでだ。

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KTBの領収書

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酒と女は二合(号)まで

10月31日(火)

これは彼女には内緒にしておかないとヤバイ話だ。単なる戯言に過ぎないんだけど・・・。

正直に告白するけど、僕は30代くらいまでの若い頃を除いて、同時に複数の女と付き合っていたことが結構ある。一緒に暮らしている女が居て、さらに2人以上の女と付き合っていたこともある。不倫だ何だのと、他人のことには目くじらを立てる衆生が最近増えているらしいが、僕には関係ない。

若い頃は女と縁がなかった(ホントのホント)。その反動からか、中年になると何故か女が寄ってくるようになった(ウソみたいなホント)。

でも付き合う女が多いと何かと厄介で、いつも「酒と女は2合(号)まで」という格言を思い出しては、2人までにしようと努力した(少しウソ)。できれば、1人だけが一番いいのは言うまでもない(ホントのホント)。

最近では2年半くらい前のこと。今の彼女と、もう一人の女を両天秤にかけたことがある。結果的に別れることになった女は、今の彼女より一回り年上だったけど、いい女だった。彼女と同じで、その女とも会うたびに食事をしてから密室へ直行する間柄となった。

その間、もちろん今の彼女とも付き合っていたので、愛人が2人いたわけだ。どっちにしようか・・・。会うたびに迷った。

今の彼女は(当時は)うぶな女だった。もう一人の女は「真夏の情事」で書いた39歳の黒髪美人ほどではなかったけれど、溺れてしまいそうになるくらい床上手だった。

男というのはつくづく思うけど身勝手なものだ。男を知り尽くしたような女と居るのは心地よい。でも、うぶな女の方を選ぶのだ。なぜなら、女が変っていくのが手にとるように分かるから。もちろん自分のせいで変わっていくのだから、これほど惹きつけられることはない。

多分、それは下半身の事だけではない。人間どうしの、もっと根源的な何かだ。

仕事でも、自分の存在によって相手が変化していくことを見るのはとてもエキサイティングなことだ。サラリーマンなら、上司や部下が自分次第で右に行ったり左に行ったりするとワクワクするはずだ。僕も、多少はそんな経験をしたことがある。

男と女の場合は、相手が変ることによって同時に自分も変わっていく。そしてどんどん深みに嵌っていく。もしそうでなければ、人類はとっくに消滅していたはずだ。僕もそのDNAを受け継いでいると考えれば、これまでの行動に納得がいくというものだ(笑)。

人間は安定を求めるが、それとは裏腹に、常に変化を欲する存在でもある。男と女。いくつになっても不可解だ。

女に無関心を装っている同世代の男がたまにいるけれど、とても信じられない。若い世代の男でも、女に興味がないという変わり者が増えているという。とても同じ人間とは思えない。それとも僕がおかしいのだろうか?

「酒と女は二合まで」の格言は、完ぺきではないが、60代になってようやく実践できるようになってきた。そして何れは、たった一人の女を愛する老境に入るのだろう・・・???戯言、戯言。


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プロフィール

Niyom

Author:Niyom
2012年、60歳でチェンマイへ移住。2017年にタイ人の妻を病気で亡くした後、愛人だった若いタイ人女性と再婚、前妻が可愛がっていた小さな犬2匹も一緒に暮らしている。

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