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彼女は“母”になりたくないのだろうか

3月1日(木)

今日は万仏節(マーカブーチャー)。タイでは祝日になっている。レストランなど公共の場では禁酒で、お店でも酒類を売らない日だ。だから昨日、新しい酒を買っておいた。

昨日、彼女が犬たちの“お母さん”になっていることを書いた。いつものように筆が滑って、僕の父と母が昔駆け落ちして一緒になったことまで書いた。とっくに亡くなっている母のことは、長いこと思い出すことすらなかった。でも少し書いたら、急にもっと書きたくなった。このブログがなかったら、永久に文章にすることはなかったと思う。

母は7人兄弟の末娘だった。母の父親(つまり僕の祖父)は農業技術者で、京都府のある田舎の町(僕が生まれる前年に「市」になった)で農園を開いた人だった。その後、衆議院議員を6期務めている。農林政務次官だったころに農林省で部下だった人物(母は「父の秘書だった」と言っていたが、多分違う)は、後に参議院議員から京都府知事になった。

母の父親は昭和32年に亡くなっている。僕が小学校に入る前のこと。葬式には総理大臣が東京から駆けつけて来る予定だったが日程調整ができず、僕の記憶では代理しか来なかった。ちなみに当時の総理大臣は、安倍首相の祖父にあたる岸信介だった。

母は歌が得意だった。歌と言っても歌謡曲ではなく本格的な声楽で、オペラ「蝶々夫人」のアリアや、「宵待ち草」「からたちの花」などの日本の古い歌曲をよく歌っていた。家で歌を歌い出すと、“遠く離れた”近所の人たちがよく聞きに来たそうだ。それが母の自慢だった。

学校は田舎の高等女学校しか出ていない。母は女学校の音楽教師の勧めもあって、上野の音楽学校(現在の東京芸術大学)へ入りたかったようだ。しかし、父親は娘が東京に出ていくことに猛反対して実現しなかった。もし東京へ行っていたら、僕の父とも出会わなかったし、まったく別の人生を送っていたはずだ。

母の影響かもしれないが、僕も実はオペラが大好きだ。20歳くらいの頃から自分で楽譜を買ってきて何曲も歌った。世界的なテノール歌手のフランコ・コレルリやデ・ステファーノなどのレコードを買ってきてイタリア語の発音も覚えた。でも当時も今も、近所の人は誰も聞きに来たことはない。

それどころか、今の彼女は僕がイタリア語で歌い始めると、耳を塞いで「あっちへ行って」という仕草をする。狭い家に声が響くからだ。ちなみに、お隣の家にイタリア人の男性が住んでいて、聞こえているかもしれない。でも、会ってもお互いに挨拶するだけで、その反応は今のところない。

話しが更に逸れるが、僕が20代の半ばに最初に結婚した相手は、東京芸術大学声楽科出身のソプラノだった。当時の僕は、今と違って女性と付き合うのが大の苦手だったので、お見合い結婚だった。その女性は僕の歌を聞いて、「東京芸大出身の“下手な”テノールより、よほど上手ですよ」と褒めて?くれたことを覚えている。今僕の歌を聞いたら、何と言うだろうか・・・

さて母のこと。僕は日本人の女性と二度も離婚しているが、母は一度目しか知らない。最初の離婚のとき、父や他の親戚は心配した、というより反対した。一方母だけは、「親戚中を見渡しても、これまで誰一人として離婚した人はいないよ。あなたは一体誰に似たのかしらね」と言いつつも、最終的には僕の離婚に賛成した。それは何故か・・・

相手は一部上場会社の社長の娘さんで、実家に帰っていた本人は別れるのを嫌がった。でも父親がものすごく怒った。会社の顧問弁護士が東京に居て、僕は日比谷の事務所に呼び出されて一人で行った。そうしたら偉い弁護士先生が2人も出てきて27歳の僕に説教した。

「離婚なんかすると、将来の出世に影響するぞ。証拠は全部押さえてある。あんたが一方的に悪いから、父親はカンカンだ。でも本人が別れたくないと言ってるから、やり直すつもりなら、何とかしてやる。どうするね、お若いの・・・」

母にだけは電話で話した。そうしたら、「社長か何だか知らないけど、弁護士を使って相手を脅す父親なんて大嫌いだ」と言って、「さっさと別れなさい」と僕を励ました。よく考えれば、それもどうかと思う。でも母は自分の息子が悪いとは決して思わない人だった。それに、社長という権力を使って息子を脅した形なので、自分は政治家の娘だというプライドが許さなかったのかも知れない。

いま母が生きていて、僕がタイ人の女性とタイに住んでいることを知ったらどう思うだろうか?さらに、近い将来、荒野のような(ちょっと大袈裟か)イサーンの大地で一生を終えるかもしれないことを知ったら何と言うだろうか?

「母」とは、何があっても子を守る存在だ。今一緒に暮らしている彼女が「母」になる姿を、一度は見てみたい気もする。



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虚業はつらいよ

3月2日(金)

今日はチェンマイ総領事館へ行って、在留証明書の申請をしてきた。毎年、誕生月になるとこの書類をもらって、年金機構やもうひとつの年金支給元へ送付しなければならない。僕の場合は60歳であっさりと仕事から退いてタイに移住したので、定期的な収入は年金以外にはない。

ところで昨夜は、彼女を伴って一度も会ったことのない日本人4人にお会いした。バンコクからゴルフ目的で遊びに来られていて、ちょっとした縁で、一緒にご飯を食べましょう、ということになった。

4人ともバンコクで仕事をしている。そのうちの1人は、5年ほど前まで、チェンマイ周辺にある日系企業の駐在員だった。年齢は僕と同じという人もいれば、3~4歳下の人、もっともっと若い人もいた。確か4人のうち2人はバンコク周辺の会社の社長さんだ。「数年前に日本の会社を定年でやめて、別の会社に“現地採用”されたので給料は微々たるもの」と謙遜する御仁もいた。その人が店の支払いを一手に引き受けていたのだが・・・

あまり仕事の話はしなかった。僕は完全リタイアだから、チェンマイの友人とも過去の仕事の話は99%しない。ところが昨日の4人はみんな現役だ。精密機器の品質管理に携わっていたり、営業でタイと日本を往復したり、タイで会社を立ち上げた人たちだった。

僕はタイに移住して初めて、自分の職業キャリアがまったくタイでは役立たないことを知った。言ってみれば「虚業」だったからだ。手に取れる「モノ」を生産する仕事ではなかった。モノを売る仕事でもなかった。目に見えるものを生産してはいたけれど、触ったりできないものだった。だから虚業の一種だ。

60歳で仕事をやめてタイに移住する少し前に、バンコクのさる教育機関から、「タイに住むんだったら、少し指導してくれないか」とタイ人から誘われたことはあった。でも少し畑違いだったのと、チェンマイに住むと分かった途端に、いつの間にか立ち消えになってしまった。それからもう6年が経った。

女の子と一緒に暮らして、ときどきゴルフをしたり、独りで面白がってブログを書いたりして、何一つ生産的なことをしたり世の中の役に立つことをしていない。最後は、周りに日本人の一人もいないようなイサーンの大地で、土に戻る道を選択するか・・・・(笑)。

でもタイで仕事している現役の日本人と会うのは、チェンマイではなかなか得られない刺激だった。何しろチェンマイはご承知のように、もう世の中では役立たずになった年金生活者で溢れている。僕は6年足らずだから、その中では、まだまだ“新参者”と言ったところかな?



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お金の管理を彼女に任せられるかな?

3月3日(土)

僕のブログは、かなり際どいことを書くことが多い(と自分では自覚している)。僕の天性の誠実さが災いして、まるっきりの嘘はあり得ないが、脚色して書くことはある。とくに会話文は、相手のタイ語がよくわからなかったり、自分が思った通りにタイ語を話せなかったりするので、ある程度は創作のこともある。つまり、“脳内の対話”が含まれている。

今日のテーマは本当に悩ましく思っていることなので、“脳内対話”を書いて面白がっている余裕はない。

タイ人の前妻には、毎月一定額を“月給”として銀行口座に振り込んであげていた。日本に居た頃は、すぐに使い切ってしまうので、月給ではなく“週給”にしていた。タイに来てからは、「今度はきちんとやりますから」という言葉を信用して月給にした。妻はタイ人らしく、月末までに使い切ることがほとんどだったが、とくに問題というほどでもなかった。

今の彼女は一緒に暮らすようになって、いきなり“月給制”を採用した。毎月の家賃や食費はもちろんのこと、光熱費やガソリン代、ケーブルテレビとインターネット、それに外食費まですべて含まれている。ただし、ゴルフ代や前妻の子どもたちにかかわるお金は別だ。

ところがである。正式の婚姻はまだ成立していないのに、昨日、突然彼女は言い出した。。

「いつになったら収入の全額をワタシに渡してくれるのかしらね?」

突然だったが、唐突ではなかった。もう何か月も前に、「一緒に暮らすようになったら、全額をキミに渡す」と言ったのは僕の方だったからだ。つい数か月前は、「自分にとっては“大金”なので、全部任されたら怖い」と言っていたのに・・・

話を分かりやすくするために、年金をベースとする僕の毎月の収入が10万円、年収が120万円として考えてみよう。彼女は紙に支出予定額を書き出して、いかに自分に金銭管理能力があるかを僕に示そうとした。ただし金額自体は、もちろんこれではない。

毎月の生活費(家賃、父親への援助含む) 5×12=60万円
医療保険代含む医療費、車の保険、高校生の学費 =20万円
旅行(バンコク、イサーン)   =5万円
イサーンの義理母への仕送り =5万円
僕の小遣い(ゴルフ代等、女遊び以外なら何に使ってもいいそうだ) =20万円

これらを合計すると110万円だ。このほか、彼女は忘れていたが、高校生の男の子の生活費がかかる。全体的には実態に即したリーズナブルな予算案になってるなあと、かなり感心した。僕が想定していなかったのは、「義母への仕送り」という項目があること。正直に書くのは、なかなかよろしい。ただ問題もある。

まず「貯金」がないこと。入ってきたお金は全部使い切るという、タイ人の面目躍如だ。彼女に問いただすと、出来る限り節約して(たとえば毎月の生活費)、残りを貯蓄に回すのだという。う~ん、貯蓄するなら、毎月の目標額を設定すべきだろう。僕の以前の原案では、僕の小遣いはもっともっと少なかったし、イサーンへの仕送りなどがあることも覚悟はしていたが、表に出さなかった。

仮に120万円の収入があったとしても、「100万しかない」という前提で予算を組み、残りを貯蓄や予定外の出費に備えて残す、というのが、僕の考え方だ。つまり、“隠し金”が必ずなければならない。120万円の収入で110万円の支出案だが、高校生の前妻の子の毎月の生活費を入れれば、きっと残りはゼロか赤字だ。

僕が自由に使えるお金が収入の17%を占めるというのも、全然嬉しくない。仮に毎月6万バーツの収入があるとすれば、小遣いはおよそ10,000バーツになる。週1のゴルフには十分だが、愛人を作るには少なすぎる(笑)。毎月3,000バーツくらいにして、女遊びもできないように締め上げるべきだ。そしてゴルフ代等はその都度、手渡すべきだ。そこまで徹底するのが賢い主婦のやり方だ。僕はイヤだけどね。

全額彼女に渡すというやり方自体は、彼女がすばらしい家計管理をやってくれるなら当然採用すべきだ。その方が僕が楽だ。彼女も、苦労するのではなく楽しいだろう。自分の裁量でお金を使えるのは、少ない金額の枠内とはいえ楽しいはずだ。

さて、どうするか・・・

「危ないあぶない!・・・絶対にそれはやめるべきだ」という、天の声が聞こえて来そうだ。信用するとか、しないとかの問題ではない。彼女に家計を管理する能力があるかどうかの問題だ。計画的にお金を使う資質が備わっているかどうかの問題。イサーンに家を作り始めている(どうやら改築のようだが)という話も聞いたから、やっぱりやめた方が無難かな。

でも、全額渡すと約束したのは僕だ。男が一旦口に出した以上、意地でも反故にはしたくないのだ(笑)。


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怪しい値段~ゴム製品の場合~

3月4日(日)

初めてイチゴ狩りに行ったのは、先月の17日のことだった。つい2週間ほど前のことだ。その帰りにゴム製品を買ったことも書いた。このイチゴの香りのするコンドーム、彼女は気に入った。

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値段は12個入りで299バーツだった。自慢じゃないけど2週間あまりでなくなった。それでもって昨日、またBIG-Cまで買いに行った。そうしたら奇妙なことを発見した。

中身は同じコンドームだけど、こちらは4個入り。値段は84バーツだった。あれ~?

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4個入りを3つ買うと12個だよね。でも値段は84×3=252バーツ。あれれ?大きい箱は同じ12個でも299バーツ。47バーツも高い。誰だって4個入りの小さい箱を3つ買うんじゃないかな。同じ棚にほとんど並んで置いてあった。タイ人は「マイペンライ」と言って、大きいのを買うのかな?

これはゴム製品に限らない。1個が16バーツで売ってる同じチョコレートが、3個入りだと54バーツという値段が付いていた。たくさん買う方が値段が高い。探せば他にもあると思う。タイって、そういうところが変だ。日本の常識が通用しないところがある。

ということで、小さい方を3つ買ってきた。

ところが・・・

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3つ並べてみて・・・???

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左の箱は3個入り。右の2つは4個入り。どちらも84バーツだった。

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4個入りのプロモーション品の中に、3個入りの古い商品が混じっていた。しまった・・・よく見て買うんだった。

この事実を、さきほど彼女に話したら・・・まったく興味を示さなかった。これがタイ人だ。


タイで買い物するときは、一つ一つ手に取って中身を確かめてから買いましょう。間違っても、「あっ、こっちが安い!」と喜んで3個を鷲掴みしてはいけない。たとえレジに可愛い女の子がいたとしても、自分の買う商品におかしい点はないか、よ~く目を凝らすことが肝要だ。

ちなみに損害は、お勤め1回・・・・(笑)



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女の子と昼まで寝てるなんて、それでも高校生か!

3月5日(月)

部屋の鍵を取り出して、カチャっと、ドアをそ~っと開けたら・・・

僕は亡くなった妻と住んでいたサラピーの家へは週に2回くらい帰っている。何をするためかというと、家の中の様子を点検することと、犬がちゃんと生きてるかどうか、それからもう一つは、荒れに荒れている庭の手入れだ。1回の滞在は1時間か2時間くらいだが、これを欠かすわけにはいかない。

とくに庭は、ゴミを平気で捨てたり、それを犬のラッキーが齧ってバラバラに散乱していたりする。それよりも何よりも、誰一人として芝生や木に水をやる人がいない。だから僕が行って水を撒かなければならない。

土地の権利は、ゆくゆくは3人の連れ子たちに行くんだけど、誰一人として庭を綺麗に保とうとはしない。家屋は僕のものだけど、ものすごく汚れている。この3か月で大荒れだ。


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今日はお昼の12時前に着いた。去年、車の代わりに息子に買い与えた250ccのホンダのバイクが、いかにも無造作に玄関前に止めてあった。だから家の中にドラ息子が居ることはわかった。

「どうして平日なのに家に居るんだ!学校はどうなってるんだ!」

僕は、そう怒鳴る用意をして家に入った。そして自分の部屋の鍵を取り出した。最近は、息子は夫婦の部屋を占領している。

鍵を開けて、一歩か二歩足を踏み入れた途端、ドラ息子がすっ飛んできた。僕を押し戻そうとするので、

「何だよ、それっ。何があるんだよ」

僕は、息子がクスリでもやってるんじゃないかと一瞬身構えた。そうしたら、

「女がいるんだよ」

「な~んだ、女か」

17歳の高校2年生が、部屋に女を引き入れて、昼まで寝てるってわけだ。クスリよりはマシだな。

そうと分かったら、一応は奥のベッドの方へ眼をやって確かめた。女の片足が見えている。足の裏が少し汚い。それくらいは、ま、いいか。男より女の方がまだマシか・・・。

「おいっ!お前、学校はどうしたんだ?」

女が寝ているからと言って、声を潜めるような僕ではない。

息子との会話はだいたいオール日本語だ。タイ語を使ってもいいが、息子は僕のタイ語が酷いと言ってバカにしたことがある。発音が悪いんじゃなくて、言葉使いが乱暴なんだそうだ。「ヤクザの言葉みたいだ」と言われたが、何のことだか意味がわからない。

「お前の日本語よりはマシだ!」

と、僕は応酬するのが常だった。けれども、今は会った時は日本語しか使わない。LINEの文字の会話は、日本語、タイ語、英語が、お互いにその日の気分によって入り乱れている。

僕が庭に水を撒いていると、いつの間にか息子は女の子を連れて自分の小さい部屋に移っていた。女の子も、いつまでも僕と亡き妻の使っていた大きなベッドに寝ているのはマズイと思ったのだろう。というか、昼まで寝てるのを目撃されたから、バツが悪かったに違いない。

「お前、学校はどうした?」

「もう終わった。今日から休み」

タイの学校は、今頃から5月中旬まで長い夏休みだ。だからと言って、昼まで女と寝ているのはいただけないね。


家に帰ってから彼女に報告すると、

「あらま。女がいるから、いつも『お金頂戴』になるんじゃないの。あなたも17歳のころは、そんなだった?」

「あり得ないね。ガールフレンドもいなかった。それに女と寝たのは23歳のときが最初だった。」

「自分でお金を稼げないくせに、女と寝るなんておかしいわ・・・」

彼女も、随分と古風な考え方をするもんだなと思って聞いていた。「お前も息子と同じで、『お金頂戴』じゃないの?」と内心では思いながら・・・(笑)

息子は別れ際に、こう言った。

「背が伸びたから、着られる服が2着しかないんだけど・・・」

確かに伸びた。172~3センチくらいになっただろうか。17歳になったばかりだから、まだまだ“伸びしろ”はありそうだ。しょうがないから、服を買うお金くらい振り込んでやるとするか。とりあえず1着250バーツ、3着分でいいかな。


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昨夜の食卓と犬模様

3月6日(火)

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今日も“いきなり写真”から入ろう。昨夜は久しぶりに刺身を買ってきた。2人分としては多すぎたようだ。男女合わせて4人の友達が新年会で家に来た時とほぼ同じ量。

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彼女はいつものポーズ。お昼にたくさん食べたからと言って、ご飯は食べなかった。刺身はサーモンよりもマグロが美味しいと感じるようだ。でも切り方が問題で、「大きすぎる」といつも言う。僕は大きめが好きなので、大きいのと小さいのを混ぜたつもり。



さて犬模様といこう。

昨日、前に住んでいた家に帰ったときにラッキーの写真を撮ってきた。最近は放任されて外に出てることが多いので、体は汚れている。でも犬にとっては関係ない。前から仲の良かった近所のシベリアン・ハスキーの雄犬(名前は忘れた)といつも一緒にいる。

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この写真を見て、「あっ、思い出した」という人もいるに違いない。6年近く前、新居に引っ越してすぐの頃、近所の人から「生まれたばかりのゴールデンがいるよ」と言われて飼い始めた。

ところが、育ってくると耳が立ってきた。とてもゴールデンとは思えない姿に変わった。ラッキーはタダで貰ったのではなく、2500バーツ払ったのだ。その人に、

「どうもゴールデンじゃないみたいですよ」と妻が言ったら、

「おかしいですね。確かに耳が立ってますね。でも母親は、絶対に間違いなくゴールデンです。ひょっとして父親は、一緒に飼っていたシベリアン・ハスキーかもしれないですね」

こうやってシベリアン・ハスキーと仲良く夫婦でいるということは、その説明が正しかったのかもしれない。

ラッキーは一昨年避妊手術をしたので、雄犬と「お勤め」に励んでも、もう子犬を孕むことはない。2年3か月前に子犬8匹を産んだことがあって、2か月後にはすべて人に貰われて行った。ただし、そのうちの3匹(3頭)はすでに死んだと聞いている。3匹とも交通事故らしい。タイの犬の死因の上位は、車にはねられることだ。



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こちらは2年半前、理由があって生まれて数か月後に僕の家にタダで貰われてきた純正チワワの「レックレック(雄)」。今の新しい家では、お兄さん格の「チビ(雄)」とよく喧嘩する。いつも負けるくせに、チワワだから気だけは強い。負けることを忘れた頃に、また喧嘩する。

そうは言っても、負けたあとの数日は、チビの側には寄ってこないで外にいることが多い。そろそろ“身の程”を自覚し始めたのかもしれない。


そして最後に、一番甘えん坊のチビ。生まれがいつか分からないが、4歳以上であることは間違いない。犬種はよくわからない。マルチーズの雑種ではないかと言う人がいる。大きさも合っている。いずれにしても、レックレックのような血統のはっきりした犬ではない。


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チビは4年ほど前に、大きな野良犬に追われてわが家に逃げ込んできた。前の家では亡くなった妻に甘えていた。今の家では彼女にベタベタだ。これは先ほど彼女がシャワーを浴びているときに、部屋の前で待っていたので、ドアを急に開けてカメラを向けた写真だ。チビがびっくりして僕の方を向いたところだ。



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これは2013年12月、わが家にやって来たばかりの頃のチビと、ラッキー。

犬は可愛い。人間の子どもより、よほどマシだと思うこともある。せいぜい「散歩につれてって!」と、おねだりするくらいで、決して「お金頂戴!」とは言わない。



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チェンマイ市役所もダメだったが・・・

3月7日(水)

今日は「友引」だった。結婚届けを出すには、まずまず良い日だ。ただし、午前中がいいらしい。ということで、彼女の友達2人を車に乗せて、午前9時にチェンマイ市役所へ向かった。

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チェンマイ市役所はチェンマイ旧市街のど真ん中にある。それほど大きくはない。今日は空いていた。番号札を受け取って、わずか30秒で呼ばれた。いよいよ・・・

ところが若い係員は何と驚いたことに、僕のタイ語能力をテストし始めた。持参したタイ語の書類を「声に出して読め」と言うのだ。そんなバカな。タイ人と結婚するのにタイ語が出来ることが必須なのか?そんな話しは、65年以上も生きてきたけど聞いたことがない。

少しつかえながらタイ語を3行ほど読んだところで、「はい、結構です」と言ったあと、係りの女性はまた“聞きたくない言葉”を口にした。

「(僕の方を向いて)今日は決裁できる責任者がいないんです。別の(郡)役場へ行ってください。(彼女の方を向いて)あなたの住居登録はイサーンのシーサケットですね。シーサケットの役場でないと受け付けてくれないかもしれませんけど」

開いた口が塞がらないとは、このことだ。あり得ない。チェンマイ市役所なら簡単に受け付けてくれると思ったのが間違いだった。彼女の表情を見ると、明らかに落ち込んでいる。さてどうするか・・・

彼女は、先月2度もトライしたサラピーの役場へまた行くと言い出した。僕は「今日もダメに決まってるのに・・・」と思いながら運転した。そうしたら、その通りになった。また責任者がいない。しかも今日だけでなく、「今週はいません」と言われてしまった。

彼女は「あなたの書類の有効期限は3か月ありますよね」と言うので、「いや、あと2か月ちょっとしかないよ」と正確な有効期限を教えた。僕もだいぶイヤになってきて、「別に正式に結婚しなくてもいいや」という気持ちも少しだが湧いてきた。それで、彼女ではなく証人の2人の女性に対して、やや自嘲気味に言った。

「結婚しても僕には何の利益もないんですよ。この子にとっては大切だと思いますけどね」

2人は笑ってくれた。でも彼女は無言だった。

彼女は2人の友達と相談した。その結果、いよいよ今住んでいる地域にある郡役場へ行ってみることになった。何のことはない。先月「そこに行こうよ」と、僕が彼女に最初に提案した役場だ。なにしろ家から5分で行ける。彼女は、「そこはイヤです。人が多くて、ものすごく時間がかかるから」と断固として拒否したのだった。ところが、友達が「ダメもとで行ってみましょうよ」と言うと、彼女はあっさり同意した。


チェンマイ市役所(移動だけで家から30分)→サラピー郡役場(市役所から25分)→家の近所の郡役場(サラピーから25分)と、今朝はずいぶんと遠回りした。時計をみると、もうすぐ11時。直接行けば5分で行ける役場に都合2時間もかけて到着したのだった。


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で、どうなったかって?どうにもならなかったら、こんな回りくどく書くことはしない。彼女が行くのを拒否していた理由は何だったのか?待ち時間がかかる?そんなことは全然なかった。

番号札を取ったら、すぐに呼ばれた。そして係りの女性は、待ってましたとばかりに言った。

「ちょうどたった今、決裁できる責任者が出勤してきたところですから、できますよ」

タイの役所では、責任者はだいたいゆっくりと出勤するようだ。絶妙のタイミングだった。もし9時か10時に行っていたら、「今日は決裁できる人が来るかどうかわからないので、またの日にしてくださいね」なんて、どこかの役場のように冷たくあしらわれたかもしれない。ラッキー!チョークディー!さすが地元愛!(関係ないか)

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係りの女性は1枚の申請書を彼女に渡して、タイ語で全部記入するように言った。これが、恐ろしく時間がかかった。何と30分以上。たった1枚で。僕が持参したタイ語に翻訳された「結婚宣言書」を読んで、だいたいその通りに記入すれば済む話だった。

ところが彼女はいちいち僕に聞くからイライラしてきた。「そこに書いてあるじゃないか。その通りに書けばいいんだよ。お前、タイ語が読めないのか?」

正直言って、「この子、大丈夫だろうか?」と思った瞬間がある。「あなたがタイに入国してから何年になるの?」と彼女が聞くので、パスポートを開いて見せた。最後の入国スタンプは2013年12月だ。4年数か月だけど、大体5年でいい。彼女はケータイを電卓にして計算し始めた。覗き込むと・・・

「2561-2010=551」となっている。しかも2回も。彼女もおかしいとは思ったはずだ(笑)。おいおい、僕が入国してから551年も経ってるの?どうしてタイ暦と西暦をごちゃ混ぜにして計算してるの?2010年じゃなくて、パスポートにある2013年が見えないのだろうか?

僕はめったに声を荒げない男だと自分では思ってるけど、イライラしてくると別人のようになる悪い性癖があったのだ。

「お前なあ、2018-2013は?これくらいの引き算はできないのかよ~」

多分、彼女は記入する事項が多いので、少し慌てたのだろう。お昼休みの時間が近づいてきたのを意識したかもしれない(役所は時間が来ると、サッと仕事をやめるところもある)。それでごくごく簡単なことも手につかなかったのかもしれない。まさか役場でいろいろ書かされるとは考えてもいなかったのだろう。それにしても、今が2018年だという認識がないのだろうか?タイ人だから?

いや、客観的に見ると、僕が悪いのだ。「2013年に入国」なんて言わなければよかった。パスポートも見せる必要はなく、即座に「5年だよ」と言ってあげれば済むことだった。そんなこともあって、彼女は30分以上もかけて1枚の申請書を書き上げた。

全くの余談だが、書類には僕の1か月の「収入」を書く欄があって、単位は「バーツ」で記入しなければならない。ところが、日本のチェンマイ総領事館が発行した書類は「円」と「ドル」で「年収」が書いてあった。彼女は間違えて「円」で記入した。だから、僕はすごい金持ちになってしまった。しかもそこは年収ではなく、月収を書かなければならなかった。彼女は二重にミスしたのだ。僕はすぐに気づいたが、もう記入してしまったので、最後まで書き終えるまで待った。

彼女も最後は申請書作成に相当苦労したが、婚姻届けはあっさりと受理された。月収などの欄は係官が自分で訂正してくれた。アウトプットされた書類に証人の2人がサインして手続きは終わった。

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(サインする証人の一人)

決裁をする責任者は、手続きが完了するまで待ってくれていた。そして、僕に向かって微笑みながら言った。

「いい日本の苗字なのにね。どうして彼女は変えないのかしらね」

そう言って彼女に目をやった。彼女は照れくさそうな顔をして、

「とりあえず、すぐには変えないことにしました。でも、そんなにいい苗字なんですか?」

責任者の女性はただ微笑んでいるだけなので、僕が代わりに口を開いた。

「僕の苗字は、日本で一番いい苗字なのにね・・・」

すると彼女と証人の2人、そして決裁した女性管理職を含め、女性全員が声を出して笑った。


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これは俗に「結婚証明書」と言われている。タイ人は、正式名称ではないが「タビアン・ソムロット」と呼んでいる。次はこれを日本語に訳して、3か月以内に戸籍謄本と一緒に日本総領事館に提出すれば、それで国際結婚は成立する。それまでは、僕は今も日本の法律上は独身ということになる。

そのまま手続きしないで放っておくと、どうなるんだろうか・・・


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“婚姻成立”の余韻に浸ることもなく

3月8日(木)

昨日は家の近所の役場で「結婚証明書」(別名「婚姻登録証」)を作ってもらった後、そのままチェンマイ市内方面に再び車を走らせて、証人さん2人とイサーン料理のお店へ行った。女性はみんなイサーン出身だったのだ。



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(昨日、イサーン料理屋にて)

祝賀だから一度くらいは自分の姿を晒そう。しかし、ボカシを付けるとエロじじいに見えるから不思議だ。見えるだけでなく、実際、そうだって?特に反論はない。



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40年前の僕。髪はフサフサ。鼻筋は通ってるし、目も優しい。歯並びも割と綺麗。よくアイドル・タレントと間違われた。性格は今と同じで控えめだった。これであと5センチ身長が高かったら、別の世界で生きていたかもしれない(と、若いころは思っていた)。

ところが、女の子の扱い方を知らなかったので、この頃何人かとお見合いした。お見合いの時だけは、圧倒的にモテた。姿は変われど、今はお見合いでなくてもモテる。努力に努力を重ねて人生の年輪を刻んできた成果だ。
(注;勘のいい人は冗談だと分かるはず?!(笑))

彼女は(もう「妻」と書いてもいいが、「彼女」で通す)、今の僕の方がいいと、無理をして言ってくれる。彼女が気にする年収に関しては、この当時と今を比べると、どっこいどっこいだと思う。


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イサーン料理屋での祝賀会は4人で1050バーツだった。僕はほとんど水だけ飲んでいた。運転手は辛いよ、だ。


夕方も彼女は家で友達の一人とビールを飲んでいた。そうしたら、もう一人の女性から、「いま街で飲んでるから、みんなで来てよ」と電話がかかってきた。僕は長ったらしいブログを書いている最中だったが、適当に切り上げて車を出した。

飲み屋は空港のそばのセントラル・エアポートの近くで、街の中心部寄りにあった。あまり車が通ることのない裏通りに、いわゆるタイ式の飲み屋がたくさん並んでいた。

(タイ式の飲み屋とは、チャーン・ビールの箱が山と積まれ、店の中と外にテーブルと椅子が雑然と並んでいて、ときどき流しのバンドかソロが入り、(若い)女性の店員が居る飲み屋)

僕たちが入った飲み屋は、若い女性5~6人が忙しくたち働いている店で、午後8時までに入店すれば、チャーン・ビール大瓶4本が氷付きのセットになっていて、値段は199バーツと格安だった。税、サービス料なんて一切ない。

つまみは、飲み屋の向かい側に夜だけ店開きしている屋台がある。そこで各種串焼きやソムタム、焼き飯などを頼んで店に持ち込む。だから超格安だ。焼き鳥1本たったの5バーツ、焼き飯は35バーツ。友達が適当に見繕っていろいろ買ってきた。

お店の中はもちろん、周辺には外国人の姿が一人も見当たらなかった。タイの庶民にとっては欠かせない場所となっているようで、8時ごろには、どの店も満員になった。チェンマイの街中でタイ人だけの世界と言うのも案外珍しいかもしれない。



さて、その飲み屋で、証人になってくれた女性2人からプライベートについていろいろ聞くことができた。彼女たちが酔っていたこともあるだろう。今日は、いつものような会話のやり取りをやめて、聞き取った事実だけ書いておこう。

友達Aは33歳で7歳の男の子がいる。子どもの父親は彼女たちを捨てたので、一人で一生懸命働き、子育てしている。昨夜の飲み屋も、もちろん子どもを連れてきた。

Aには時々タイ人の男が近づいてくるが、気まぐれな男が多い。今も、よく夜になって彼女の家まで迎えに来る男が一人いる。でもAはその男を全く信用していない。男が淋しくなった時に、女を求めて遊びに来るだけだと知っている。できれば日本人男性と一緒に暮らせたらいいなと思っている。とくに僕と彼女が一緒に暮らし始めてからそう思うようになった。

そこでハタと僕は気が付いた。もし仮にAが日本人と付き合うようになったとして、彼女はタイ人の男の存在は絶対に言わないだろう。彼女と男の子をサポートしてくれる誠実な男性が現れれば、何があっても、嘘をついてでもチャンスをものにしようと行動するだろう。

帰りの車の中で、タイ人男性からAに電話がかかってきた。その男性も飲んでいるようだった。丸聞こえだった。Aは、自分に本気だったら毎日飲んだくれてないで、家に来て子どもと遊んだり一緒に食事したりしなさい、と強く釘を刺した。それはほとんど命令口調で、女の強さがにじみ出ていた。そして実際、その男は飲むのを直ちに切り上げてAの家に行ったらしい。飲むと女が欲しくなるのは万国共通のようだ。


もう一人の友達Bのこと。歳は僕の彼女と同じくらいで、日本人男性と暫く一緒に暮らしたことがあるそうだ。その男性は僕よりも年上で、夜の「お勤め」は殆どなかったようだ。

その男性はときどき日本に帰るので、向こうに家族がいるのではと思っていたそうだ。居てもいなくても、ちゃんと生活を支えてくれるのであれば関係ないというのがBの考え方で、それは多くのタイ人女性に当てはまるかもしれない。「結婚」は、そうなると当然意識の外になる。

ひとつ気になったのは、その男性がBに渡すお手当ての額だ。僕の聞き間違いでなければ、1か月に1万バーツくらいだったそうだ。大体Bの1か月の稼ぎと同じくらいだ。愛人に対する手当としては低いのではないかと思う。それが別れた原因かどうか、それは踏み込み過ぎなので聞かなかったことにしよう。

いずれにしても、「お勤め」が殆どなかったというのは、僕にとっては意外なことだった。20代の女なら不満に思うのが普通だと思い込んでいたからだ。要するに、Bは「お勤め」があろうがなかろうが、少額でも何でも、お金さえくれれば付き合うという事なのだろう。

余談だが、韓国人のお客さんで、Bにチップを渡すとき、ATMで暗証番号を押すときの真似をする人がいるそうだ。(服の上からだが)両方のおっぱい、次に下半身を触ってから財布を開けるらしい。僕は公の場所でそういうことをするのは品性下劣だと思う。相手が喜ぶとでも思ったら、とんでもない勘違いだ。


ところで僕の彼女は友達に日本人の男性を紹介しようとするとき、必ず「その人はまだセックスのできる人なの?」と僕に確かめる。普通はそんなことは聞かないはずだが、どうしても60歳以上の男性になるので、それが気になるようだ。

僕は男性がセックスできるかどうかを確かめるわけにはいかない。日ごろの行動や言動から想像して、「大丈夫」「あまり興味がなさそう」「本人がそっち方面はリタイアしたと言っている」の三択で答えるようにしている。


さて、最後に彼女の事。結婚してしまうと、彼女の最大の関心事は「お金」ということになるらしい。

恋人として、あるいは愛人として付き合っていた頃にはお首にも出さなかった「お金への強い関心」を最近は隠さなくなってきた。もう「レオテー(お好きなように)」とは言わなくなった。とくに結婚の手続きを開始してからの変化は顕著だ。ここ数日は毎日のように「2万バーツ頂戴」と繰り返し口に出す。こんなことは今まで一度もなかった。

何に使うのか聞いても、はっきりとは答えない。それで、今日お姉さんが来て一緒に昼ご飯を食べているときに2人の反応を見ようとした。

「この子は最近2万バーツくれ、2万バーツくれと何十回も言ってる。もし顔を整形したいのだったら、絶対にダメ。もしイサーンの(義理の)お母さんにあげるのだったら少しは考えるけど・・・」

すると、彼女は顔を赤らめて、

「そんなこと、お姉さんの前で言わないでよ」

お姉さんは笑いながら、

「顔を整形したいだけじゃないの。妹は前から、したいしたいと言ってましたよ」

やっぱりそうか・・・それは僕にも言ったことがあるので本当かもしれない。でも僕が認めなかったので、「整形」は取り下げたはずだ。彼女の顔はその必要がまったくないと思うから。とすると、2万バーツの真の使い道は何だろう?

結婚したのはいいけれど、彼女はこれからますます煩くなってきそうな予感がする。


今日も、昨日に引き続いて長くなってしまった。たっぷりと1時間半以上かかっている。「いやいや、いろんな意味でご苦労さん」と思ってくれる人はポチっとお願いします。


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医療保険をやめた理由

3月9日(金)

去年3月某日の誕生日を迎える直前に、僕はバンコクのシーロムにある保険会社の医療保険に加入した。ご存知の方が多いと思うが、65歳以上になると医療保険の加入は急に難しくなるか、有名な大手の保険会社・Buppaなどでは入れなくなる。

保険の掛け金は大体45,000バーツだった。加入条件にあった健康診断を、チェンマイの高級私立病院に6,000バーツ払って受けた。しめて50,000バーツ以上の出費だ。

ところがこの1年間、保険を一度も使ったことはない。今回の更新が迫っていることも、つい最近まで忘れていたくらいだ。

最近住所が変わったので、保険会社にも連絡しなければと気が付いて、日本人の営業担当者(その会社の社員ではない)にメールで連絡した。そうしたところ、保険の更新日の5日前になって、最新の保険料金表を添付して返信してくれた。そのあと、バンコクの会社からも、更新のための書類が今の住所に届いた。

もちろん、更新するつもりでいた。ところが・・・

日本人の営業担当者の作成した料金表と、本社から直接送ってきた料金見積もりに1万バーツくらいの差があった。本社の見積もりの方が高かったのだ。1万バーツの差はとてつもなく大きい。

2年目の今年は、ノー・クレームの10%割引が適用される。でも、年齢が65歳ではなく「66歳~70歳」のランクが適用されるので、相当高くなるのは仕方ないと思っていた。しかし、日本人の作った料金表との違いが不可解だったので、昨日電話で日本人と話した。

(日本人の営業担当者)

「あれっ、そうですか?金額が違いますか?すぐ調べてご連絡します」

その担当者は、去年加入するときも迅速に対応してくれた。すぐに電話がかかってきた。

「私の作った料金表が正しいことは確認しました。(声をひそめて)ところで〇○さんは、保険を全くお使いになってないのでしょうか?」

「もちろんです。保険に加入していることすら、ほとんど忘れかけてました」

「そうですか。健康でいらっしゃるんですね。じゃあ、もう少しお待ちいただけますか。すぐに連絡します」

そして、ものの1時間くらいでまた電話がきた。

「本社に掛け合ってみました。調べてみるという事でしたので、申し訳ありませんがもう少しお待ちください」

そして昨夜、彼女と2人でご飯を食べているときに再び電話がきた。

「去年の健康診断のとき、「高脂血症」という結果が出ていたそうで、それで去年も15%割高になっているそうなんです。私もそれで計算してみたら、去年も、今年の見積もりも、15%高くなってることを確認しましたが・・・」

「ちょっと今、食事中なので、終わったら、(契約の)書類を読み直してみて、ご連絡します」

僕は去年送られてきた契約書類の全体を精読はしていなかった。英語とタイ語で書かれた「保険適用の除外項目」だけを目を凝らして読んだ記憶がある。今朝になって書類を読んでみた。タイ語と英語だがもちろん急いでいるから英語しか目に入らない。

保険の適用除外として確かに「高脂血症の検査と治療」と書いてある。でも待てよ・・・

保険が使えないと書いてあるのに、保険料自体は、そのために15%もアップするの・・・?なんじゃこれは。これは大矛盾ではないのか。使えないんなら、15%アップの理由にならないだろうが。こんなことは中学生でも・・・(それは無理か)

せっかく普通に更新しようと思っていたのに、「〇○の場合は保険料が15%上乗せになる」というような記述すら、どこを探しても見当たらなかった。数ページを5分ほど見渡しただけだが、少なくとも僕の乏しい英語力では発見不可能だった。

ということで、丁重なお断りのメールをしたためて、日本人の営業担当者に送ったのは、つい先ほどの事だ。乱暴な言葉使いで文句を言うこともできるが、その日本人に悪意は全くなさそうなのでお礼も書いておいた。


さて、保険がなくてもいいのか・・・ってか?僕には矛盾としか思えない処理をする保険会社の保険に加入するほどバカではない。と言っても去年入ってしまったのだから、やっぱりバカだった。

これからの5年間は、一切保険を使わない場合でも毎年6万バーツくらい払わなければならない。70歳を過ぎれば、一挙に10万バーツを越えるはず。そして1日でも入院して保険を使えば、割引もなくなる。大病して、多くの支払いを受けた場合は、次の年の契約更新は会社の方からストップがかかる可能性が非常に高い。

いざというときは、高い私立病院ではなく、チェンマイ大学病院で検査や治療を受ければ、現金払いでも目の玉が飛び出るような高額になることはめったにない。僕は亡き妻のがんの治療経験や、交通事故で頭部に瀕死の重傷を負った青年の経験があるので、大体の治療費の見当がつく。だから、保険がなくてもそれほどは心配していない。ただし、ある程度の貯金を欠かしてはならない。

今朝は彼女にも、もしもの時は、超緊急の場合以外はチェンマイ大学病院に連れて行くように話した。随分先のことかもしれないけど、パートナーにはよく説明しておく必要がある。

ところで「高脂血症」ってどんな病気?と思った人もいるだろう。それは病気とは言えないようなもので、僕の場合も40歳くらいから、周りの人も含めて、会社の健康診断でよく引かかった診断名だ。ごく簡単に言うと、血液中の「善玉コレステロール」と「悪玉コレステロール」のうち、善玉が少ないか、悪玉が多い状態。つまり2つのバランスが崩れている状態。そのほかにもいろいろ説明があるけど、心疾患や脳血管障害を誘発しやすいとよく言われている。高血圧と似ているが、基本的には別物だ。

ただし、最近の医学研究では、善玉コレステロールだけでなく、悪玉コレステロールも、とても大切な役割をもっているということが分かってきて、従来の医学常識だけでは人体のことは計り知れない状況であることも確かだ。

これ以上書くのは、僕は医学の専門家でも何でもないのでやめておこう。

いずれにせよ、医療保険に入る時は、よくよく内容を確かめて、本当に納得してから入るべしというのが、僕の経験から学んだ教訓だ。「あと1週間で65歳になるから大急ぎで」などという考えはやめた方がいい。「慌てる何とかは貰いが少ない」と言うではないか。僕も自分自身を反省している。保険会社なんていうものは儲け主義そのものだよね!ご用心、ご用心!


今日も長いけど、一気に書き上げた。だからポチっと・・・


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涙は、女の最強の武器だった

3月10日(土)

「どうして『2万バーツちょうだい』としつこく言い続けるのか?一体何に使うのか?はっきり理由を言いなさい!」

昨夜の食事時に、ついに僕は彼女を本気で追及し始めた。2万バーツのことだけではない。実は2か月ほど前に、「お店の開店資金の一部」として10万バーツを貸してあった。ところが、一向にお店を開く気配がない。そのお金はどうなったのか?

“2万バーツ問題”よりも“10万バーツ問題”の方が額は遥かに大きいが、後者は貸したお金だ。しかも一応は使途がはっきりしている。だから僕にとっては、“2万バーツ問題”の方がより強いストレスになっていた。しかも、婚姻届けを提出する前後から、彼女の2万バーツへの執着が異常だ。

「2万バーツを整形のために使うことは絶対にない」「開店資金として借りた10万バーツはまだ使っていない」と彼女は答えた。10万バーツについては「借りたもの」という認識がはっきりしていた。その点は評価する。

“イサーンの実家の改築問題”についても問いただした。つまり、これまで資金援助をしたのかどうか、また改築にいくらかかるのか、その点も聞いた。

さらには、なぜ結婚しても僕のことを近所の父方の親戚に紹介しようとしないのか?これは喉に魚の小骨が引っかかっているような問題だった。僕はニコニコしながら話したのではない。刑事や検事の取り調べ程ではないにせよ、かなり強い口調だったと思う。

実家の改築については、僕から聞かれてすぐに彼女はイサーンの実家に電話した。義理のお母さんの返事は曖昧なもので、「20万バーツでは済まないだろう」と。彼女がその理由を聞くと、シーサケットの大工の労賃が想像以上に高いと答えたらしい。受注する仕事が少ないので、かえってチェンマイなどよりも割高になるというのだが・・・義母には悪いが、俄かには信じがたいことだ。

そのあと、改築の現状については、家の写真を撮って送ってくれることになった。それによって、実家がどんな感じなのかは分かるかもしれない。それに、改築資金を僕に援助してほしいとは言わなかった。言わずもがな、なのかもしれないが。

昨夜は、彼女は気丈に対応した。だが時折り、こんなことも口にした。

「ワタシのことが、もうイヤになったんですか?」

彼女の顔には明らかに「不安」が浮かんでいた。僕もこのまま金銭のことで問題が続くようなら、「2人はもたない」という思いも少しだけれども、確かにあった。だから彼女にはっきりと言った。

「お金の問題と言うのは面倒だ。それが原因で夫婦別れすることはどこにでもあることだ。それを防ぐには、とにかく正直に、本当のことを相手に話すことに尽きる。騙すのは最悪。何も言わないで黙っているのもいけない。プー・トントン!(正直に話せ)」

そして寝る時のこと。例によって“お勤め”に及ぼうとすると、「とてもそんな気にはなれません」と、一旦は拒否の姿勢を見せた。あくまでも“一旦は”だけれど。


今朝起きると、彼女の機嫌は直っているように見えた。僕は昨夜の夫婦喧嘩のようなやりとりがあって、かなり疲れていたのだろう。熟睡できなかったので、なかなかベッドから出られなかった。

そのうち彼女は僕のそばにやってきて、こう言った。

「昨日の話は、まだ終わってませんよ」

きっと彼女は作戦を練ったのだろう。長い話しが始まった。これまでにない早口。しかも強い口調。まるで怒っているようだった。話の中身の詳細はこの際省略するが、ひとつだけ書いておくと、2万バーツの使途は2つだと言った。

ひとつは、前にも言っていたことだが、イサーンの義母(53歳)の目が悪いので、評判のいい漢方薬を買って送りたいということ。「D-CONTACT」という薬だ。値段は結構高くて、4箱(120錠)で5000バーツほど。その薬の写真と価格表も初めて見せてくれた。

もうひとつは、これは少し驚いた。彼女は10数年前、高校生のときに政府系銀行から奨学資金を2万バーツ借りていた(証拠を見せた)。その返済が一昨年の9月を最後に滞っていて、残金は12,000バーツほどある(証拠を見せた)。彼女は、僕と結婚したのを機に、残金を一括返済したいのだと言った。高利貸ではないから取り立ては厳しくないが、ケジメとして、どうしても返したいらしい。

それにしても、どうして奨学金の返済のことを黙っていたのだろうか。それくらい、追及されるまで言えなかったのだろうか。

10万バーツのことも、親戚に会わせていないことも、ものすごい早口で説明を続けた。話しの途中から彼女は涙声になっていった。しばしティッシュペーパーで顔をぬぐうので、話は途切れた。でもさらに早口になった。つまり、僕は半分くらいしか理解できなかった。だから詳細が書けないということもある(笑)。

僕は思った。

彼女の説明は、きっと本当のこともあれば、ウソも混じっていると思う。とくに、開店資金の10万バーツは「父親に預けてある」というのだが、それはどう考えても変だ。でも、まあいいや。2万バーツくらいのことで彼女を追及したのは・・・・。それにしても、これまで涙を見せたことなど一度もなかったのに、昨夜も泣かなかったのに、今朝は一体どうしたのだろう・・・・

彼女はいつまでたっても説明をやめなかった。泣くのもやめなかった。イサーンの義母には改築資金の一部として3万バーツを1月に送金したと言った。去年の暮れに、生活費以外に“ボーナス”をあげたので、それを使ったと言った。僕が、「もういいよ、ごめんね」と言っても、話をやめなかった。「奨学金の返済も、義母の薬も全部出してあげるよ」と言っても、涙は消えなかった。

そして僕は思った。

この涙は、彼女の一世一代の大芝居かもしれない。昨夜の僕の追及ぶりを見て、「これは下手すると、そのうち『キミとは別れることにした』と言われるかもしれない」と、本気で思ったかもしれない。

「泣いたって、騙されないぞ」と言う事もできる。でも、待てよ・・・これだけ一生懸命考えに考え抜いて僕に話しているのだ。本当に僕を失うのが怖いのかもしれない。この際、騙されたふりをしようか。もし騙されてなければ、それはそれで、とてもいいことなのだから。

彼女は、まだベッドから抜け出せない僕の上にまたがってきて、僕の胸をわざとらしく軽く軽く、可愛らしくたたいた。まだ少し泣き顔のままだった。女は・・・・強いな。参った。


僕たちはお昼前にセントラル・エアポートというデパートに出かけた。2人でそこに行くのは何と4年ぶりだった。彼女との2回目のデートの時に行った場所だ。4年前は、そのあと初めてホテルに入ったのだった。彼女も僕も、その日のことを鮮明に覚えていた。


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彼女の実家はこんな家だった

3月11日(日)

今日は珍しく、彼女と僕はお昼前から離れ離れになった。。僕は日本人の友達3人とゴルフ。彼女は彼女で、前からの予定があって、友達とどこかへ遊びに行った。場所は分からない。帰ってくるのは午後10時を過ぎるそうだ。深夜帰宅は初めて。

今朝、彼女の母方の実家のあるシーサケットから家の写真を送ってきた。

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よく聞いてみると、まだ改築工事は始まっていないようだ。基本プランとしては、1階の吹き抜けの場所を壁で囲って、ちゃんとした床を設け、それらしいリビングスペースにしたいらしい。

この写真を見ると、確かに古めかしい。昔の日本の山間部にある小学校の校舎のミニチュアみたいだ。これを見たときは、「うわー、これなら改築じゃなくて、新しい家を建ててあげた方がいいんじゃないだろうか」と思った。イサーンなら、こんな家でも上等かもしれないが・・・

それで僕は彼女に聞いた。

「敷地が広いんだったら、改築じゃなくて新築した方がいいんじゃないの?僕の家が売れたら、100万バーツくらいなら出してあげてもいいよ」

そうすると彼女は、

「ちょっと待って。今、考えるから。」

イサーンのお母さん(すでに亡くなっている本当のお母さんの妹)のために100万バーツを投入するかどうか、彼女は思案中という訳だ。そして5分くらい考えてから結論を早くも出した。早すぎるけど。

「いいえ、新築しなくてもいいです。そのかわり、20~30万バーツ援助してくれますか?」

僕はすかさず聞いた。

「つまり、キミは将来イサーンに住むつもりはないということなの?もし僕がいなくなったらイサーンに帰るのなら、新築した方がいいかもしれないよ」

「いいえ。ワタシはチェンマイにずっと暮らします。イサーンに住むつもりはありません。ここの方がいいです。」

あれれ、ついこの間は、5年位でイサーンに帰りたいと言ったのを聞いたような気がする。僕の聞き違いだったのかな?

こういうことは、タイ人の場合はよくあることだ。「前は、こう言ったじゃないか!」などと追及してみても全然意味がない。今言ってることがすべてなのだ。過去は過去、今は今。分かりやすいと言えば分かりやすいが、まわりの人間は振り回される。だから何でも、話半分に聞いた方が身のためだ。

要するに、イサーンの(義理の)お母さんの家は改築してあげたいけど、それは自分や僕が住むためではない。自分たちは、あくまでもチェンマイで最後まで暮らすつもりだということ。今日はそれがはっきりした。やれやれ、ひと安心だった。

でも待てよ。20~30万バーツ、まだ一度も会ったこともない親戚のために出せるかな・・・?


昨日の朝、彼女は泣きながらいろいろと僕に話をした。そのとき、ついに本音が出たのを僕はちゃんと聞いていた。

「アナタは前の奥さんのために、〇百万バーツもかけて、大きな家を建ててあげたでしょ。百〇〇万バーツの新車も現金で買ってあげたでしょ。奥さんの3人の連れ子のために、たくさんのお金を使ったでしょ。でも、アナタはワタシのために何をしてくれたの?」

「お姉さんが乗ってる車(名義は彼女)は、25万バーツの中古を月賦で買ってくれた。(お父さんの住んでる)実家の壊れたトイレを直してくれて、台所を新しく作ってくれて(しめて7万バーツ)、死んだお母さんの借金(5万バーツ)を返してくれて、私に全部で数千バーツの服を買ってくれて・・・それだけでしょ。結納金だって、あなたはまだ払ってないんでしょ。結納金って、普通はいくらですか?」

確かに言われてみればそうだ。あまりにも差があり過ぎる。前の奥さんにはたくさんのお金を使ったのに、彼女には少ししか使ってない。お金がある程度潤沢にあった6年前と、今では全く状況が違うこともある。でも、彼女の気持ちはよくわかる。彼女の本音だ。そのことを、僕はもう少し気にするべきだった。

昨日の朝彼女が言ったことは、思い出してみると非常にわかりやすいことだった。彼女にとってみれば、“自分の価値はそれだけなの?”となるわけだ。

彼女が出かけて家にいない今、一人で色々考えてみると、彼女は何一つ無理難題を吹っかけてきていないことがよく分かった。本当に愛してるというのなら、もう少し彼女の気持ちに寄り添ってあげなければならないと思う。



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新妻が酔っぱらって深夜帰り・・・

3月12日(月)

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今日も“いきなり写真”から。この顔にさせるために、一寸苦労した。あまり怒らせて噛まれてもイヤだから。

これは昨夜、帰りが遅い彼女にLINEで送った写真。「チビも怒ってますよ」というつもり。僕の老けた顔よりはいいだろう。でも彼女は見ていなかった。まだ友達と飲んでる最中だったに違いない。

友達の車で送られて帰ってきたのは午前0時のちょっと前。チビは怒るどころか大喜びだったが、どう見ても酔っぱらいだ。「何本飲んだの?」と聞いても答えなかった。

ソファーに沈んでしまった彼女にシャワーを浴びさせ、ベッドに行かせるまで小一時間はかかった。とっくに日付が変わってから寝たというのは、最近ではほとんど記憶にない。いつもは10時までにベッドに入る健康的な生活だ。

それでも彼女は、いつものように午前5時に起きた。チビがいつものように2階の寝室のドアの前に来て鳴いたからだ。二日酔いかどうかは知らないが、寝不足でも犬の世話はちゃんとやる。僕は、チビが2階に来ているのが分かっても、ベッドからは絶対に出ない。


彼女が僕以外の人間と夜遅くまで出かけていたのは昨日が初めてだった。僕自身は、彼女と一緒に暮らすようになってからは、彼女抜きで飲んだことは一度もない。昨夜は、彼女に先を越されてしまったことになる。

僕も嫉妬深い方で、「男友達と一緒だったんじゃないの?」と、今朝になってから一応は聞いてみた。

「女3人。友達は二人とも学校の先生よ。日本語を勉強したいから、今度アナタに教わりたいと言ってたわ」

「ほ~う・・・歳はいくつくらい?」

彼女は僕の顔を覗き込むようにしながらニヤッとして答えた。

「27か8くらい。ワタシより若いし綺麗よ。アナタが整形を認めてくれないから」

そんなこと言う訳ないか(笑)。綺麗かどうかは別として、20代であることは確かなようだ。学校が夏休みに入っている間に、わが家で日本語を教えてあげなければならないようだ。家も近い。ただし、彼女も一緒に勉強することが条件だ。彼女がそう言い出したのではなく、僕から提示した条件。彼女抜きで楽しい時間を過ごそうなどと、つゆほども思って・・・

ところで、外国人に日本語を教えたことが一度だけあるのを思い出した。15年位前に、亡くなった前妻の実家のあるカムペンペットを初めて訪れたときのこと。前妻が通っていたという小さな学校が実家の近くにあったので行ってみた。そうしたら小学生と中学生の子どもたちが20人くらい、先生も一緒に僕たちに寄ってきた。

先生が「日本語を少し教えてあげてくれますか?」というので、校庭の日陰で15分か20分くらい教えた。「おはよう」とか、「ありがとう」とか、「がんばって」とか・・・「愛してる」は、教えなかったと思う。いや、ひょっとして教えたかもしれない。

あのときの子どもたちの目の輝きを、今でも鮮明に覚えている。子どもは素直だから、僕をまねて元気よく日本語を発音した。僕はすごく嬉しかった。多分、彼らが日本人と接したのは初めてだったと思う。

今度日本語を教えるとすれば、相手は学校の先生、しかも若い女の先生。「おはよう」「ありがとう」で済むわけはないから、本屋へ行ってタイ語で書かれた日本語の学習本を用意した方がいいかもしれない。どの程度勉強したいのか、何の目的があるのか、それを聞いてからの方がいいと思うけど。


最後に、彼女が酔っぱらって、ほとんど“午前様”だったことは許すのかって?もちろん。わが家は“かかあ天下”を目指しているから、そんなことは、どうでもいいのだ。ただ、またチビが怒るかもしれないけど。



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加給年金はナシ、遺族年金は可能性アリ

3月13日(火)

いきなりだが、財務省の決裁文書書き換え(改ざん)問題。

財務省の往生際の悪さには呆れた。政権幹部の事態の読み違えもあったはず。動機などについて不明な点が多く、まだまだ決着しそうにない。次は麻生財務大臣の責任問題が焦点になるが、それで終わるかどうか、まだ見通せない。

昨日は偶然、この問題に関する「6野党合同PT」のヒアリングの様子をネット中継で見た。

連日、野党議員への説明の役割を背負わされているのは富山一成・理財局次長という人物。富山次長は平成9年から11年までの丸2年間、当時の民主党政権時代に大臣官房秘書官を務めている。つまり、民主党の財務大臣(藤井、菅、野田の3人)や副大臣とは日常的に接していたはずだ。

中継を見ていると、富山次長を問いただす側に、当時財務副大臣を勤めていた議員もいた。野党とはいえ、ときに切れ味鋭い質問もぶつけてくる議員たちを相手に、言ってみれば孤軍奮闘する富山次長の姿には一種の同情さえ覚えた。

僕は現役の最後のころ、仕事柄、いくつかの中央官庁の幹部たちともお付き合いがあった。官僚の発想や議論の仕方、事案の整理の仕方について、ある程度は想像がつく。

キャリア官僚は、上司に対して歯に衣着せずに意見具申することはあっても、政治権力に逆らって何かをすることは絶対に、絶対にありえない。自分たちもまさに権力構造の中の一部だ。だから、森友の事案(文書書き換え問題の事ではない)は財務省の役人にとっては非常に頭の痛い問題だったと思う。

「こんな価格で売却していいのだろうか」と個人として思ったとしても、仕事は仕事として割り切るしかない。「組織とはそういうものだ」と、みんな思い込んでいるから、その点では誰も疑問に思わないかもしれない。自分の属する組織に火の粉が降りかからないように巧妙に立ち回れるかどうかも出世の条件のひとつだ。

昨年はこの問題から「忖度」と言う言葉がはやった。これは何も官僚の世界だけの事ではない。民間会社を含むあらゆる日本の組織に浸透している“意思決定の文化”と言ってもいい。

忖度することが本当に「悪」だとして糾弾されれば、日本の社会が成り立たないくらいの問題だと僕は思う(忖度がいいと言っているのではない)。

しかし、このところのマスコミの報道ぶりを見ていると、テレビは昔からそうだとしても、新聞の多くも、立派に権力に忖度した書きぶりになっている。例えば、「書き換えは国会答弁に合わせるため」などと断定的に書くのは何故だろう。政権幹部と財務省がすり合わせたシナリオをそのまま書いている記事が多い。僕は正直言ってあきれた。

これも今の政権がマスコミの幹部や記者たちにタダ飯を食わせている成果だろうか。時の権力とお友達になりたがる記者は、いつの時代にもたくさんいる。


さて、本題。

昨日、僕は国際電話で年金機構に問い合わせをした。何故かと言うと、今月になってから、「現況届」というハガキがエアメールの封筒に入って送られてきた。現況届には加給年金にかかわる扶養家族の欄もある。ところが、亡くなった妻の名前がそのまま印字されていたのでビックリしたのだ。

年金機構への妻の死亡届は、もちろん去年のうちにしている。もう3月なのに、どうしてそれが処理されていないのか?ひょっとして、チェンマイから書留で郵送した書類が届いてなかったのではないか?

電話で問い合わせると、ずいぶん待たされたけど、「ちゃんと処理されている」と言う返事だった。けれども、年金機構というのは年度単位で仕事をすることが多いのか、4月以降にならないと妻の分の加給年金はなくならないらしい。もちろん、4月以降減額されたうえに、死亡した翌月分からの「払い過ぎた加給年金」は分割して差し引かれるそうだ。ちょっと複雑だな、これは。

死亡届を出したら、すぐに正しい金額に直して次の年金を支払ってくれる方がいい。だいぶ後になってから、思い出したように清算されるよりは気持ちの上ではスッキリする。ただ、払い過ぎの分を「分割して清算」というのは受給者の生活を考えての配慮だと思うから、リーズナブルではある。

ついでに、「もし再婚した場合、新たに配偶者の加給年金がもらえるか?」と聞いたら、それはできないそうだ。65歳に到達した時点で、年収850万円以下の配偶者がいる場合に支給され、離婚や死別でその後に新たな配偶者ができたとしても、それは対象にならないのだそうだ。僕はその制度の考え方が理解出来ないし納得できないが、とにかく、そうなっているのだそうだ。

さらに、「再婚して、将来私が先に死んだら、遺族年金は支給されるのか?」と聞いたら、「それは(何回目の結婚であろうと)支給されます」というのが答え。これは納得できる。相手が外国人であっても、内縁関係も対象になるそうだ。


森友の問題と年金は何の関係もない。ただ、基本的な事では共通点がある。


どちらも政治家と官僚が関与しているということ。そのどちらも関係していない事柄は、法治国家であればめったにない。

だから、法律を作る政治家も、法律に則って事案を処理する官僚も、「党利党略」や「省益」を脇に置いておいて、きちんと仕事をしてほしいものだ。「それは無理」と言ったら、日本はもうオシマイだよ。



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官邸は相当困ってるね

3月14日(水)

・・・・・首相の「私や妻が関係していたということになれば首相も国会議員も辞める」との国会答弁が問題の端緒との見方を示し、「首相の答弁に合わせないといけないということで改竄が始まったと私は見ている。(財務省が)忖度(そんたく)したんだよ」と持論を述べた・・・・・

これは昨夜遅くのデジタル版・産経新聞の記事からの引用。こう語ったのは、小泉純一郎氏だ。安倍さんが「・・・になれば首相も国会議員もやめる」と国会で言ったのは昨年2月17日。その後から文書の書き換え(改ざん)が始まったと言われているから、小泉さんの推理が当たっている可能性は相当にあると思う。

こういう記事が朝日か毎日ならどうってことないけど、読売と並ぶ自民党機関紙ともいうべき産経新聞だからね。これは自民党内で暗闘が始まっている気配を少々感じる。。(小泉元総理の発言自体はBSフジでの発言で、NHKもニュースで取り上げている)


そこで昨日、この「改ざん事件」について少し感想めいたことを書いたので、今日は僕も推理してみることにする。僕は、まず安倍さんの側に立って考えてみる。


<安倍さんの国会答弁の真意>

安倍さんはご存知のとおり、野党の質問中にすぐヤジを飛ばす癖がある。選挙応援の演説でも国民に向かって、「あんな人たちに負けるわけにはいかない」という感情的な言葉を吐く人物だ。とすると、「首相や国会議員をやめる」という答弁も、考えに考え抜いた答弁ではなく、野党の追及に対して咄嗟に口をついて出た言葉ではないかと僕は推測する。(議事録を確認してないが)

人間というものは、用意せずに咄嗟に発言した時は、ついつい本音が出やすいという性質がある。人間同士がちょっとしたキッカケで口論をはじめるのもこのためだ。抑えがきかなくなるからだ。

確かに安倍さんの奥さんは森友学園の(元)理事長夫妻と知り合いだったし、一時は名誉校長を引き受けていたわけだ。だから、改ざん前の決裁文書にもそれらしきことが「経緯」として書いてあったわけだ。安倍さん自身も籠池氏のことは当然名前くらいは知っていた。

しかし、奥さんとてストレートに「便宜を図ってやってくれ」と発言はしていないだろう。奥さんの官製秘書官(出世してヨーロッパにいる)が近畿財務局に問い合わせをしたのは事実だが、「問い合わせ」と、本来の意味での「口利き(何とかしてやってくれ)」は同じではない。境界線を引くのは難しいが、それは「事件性」があった場合の検事の判断だし、最終的には裁判官の判断になる。

だから、安倍さんは奥さんが「黒」だとはつゆほども思ってなかったし、今も当然思ってない。ましてや自分が口利きをするわけはないし、官邸の秘書官もどうやら全く関与してないようだ。もちろん信じられないような低い価格での売却契約はおかしいとは思っただろう。でも、奥さんは「白」だと思い込んでいるから、野党議員の追及に対して、ついつい感情的な答弁をしてしまった。

答弁はあとからでも修正は可能だ。でも、あれは言い過ぎだったと自己反省したとしても、「やっぱり、もしもの時のことを考えると、『首相や議員をやめる』と言ったのは撤回します」と言うわけにはいかないわな(笑)。


<文書の書き換えは誰が指示したか>

多分、去年2月以降の文書の書き換え(改ざん)は、官邸からの指示ではないだろう。見事に悪代官の面構えをした麻生財務大臣が関与しているかどうか、それは分からない。しかし、悪代官は記者会見で執拗に執拗に「佐川のせいだ」「理財局の一部がやったことだ」と言い張っていた。普通は、そんなにムキにならない。

「真相は調査中だが、佐川前国税庁長官、当時の理財局長が部下にやらせたことだと<思う>」と言わなければならない。そうではなく、「あいつのせいだ。あいつのせいだ」と記者の前でガキみたいに繰り返し言うのは、麻生さんも相当に動転しているのだと思う。

これも僕の推測だけど、麻生さんは関与していないと思う。書き換えのあった当時、もし財務省の官房長から、

「森友の件で総理に迷惑がかかってはいけないので、決裁文書を書き換えることにしたい」

というような、とんでもない報告が麻生さんに上がってきたら、「よっしゃ、わかった。そうしてくれ」と、言う訳はないと思う。

「そんなことをしたら、いつかはバレるからやめておけ。放っておいても総理に火の粉が降りかかることにはならないよ」

と、言うはずだ。


一部のバカをのぞいて、政治家もそれ程のバカではない。麻生さんが某省の大臣だったころ、局長級の高級官僚から聞いた話しから判断すると、麻生さんはもちろんバカではない。安倍さんと同じく漢字があまり読めないだけだ(笑)。それに決断は速いし、官僚のようにグジャグジャと細かいことを言わない人だ。

もし麻生さんから書き換えの了解を取ろうとすると、その話は官邸に筒抜けになる恐れがある。それもいいことではないのだ。もし官邸に反対されたら、それで幹部の出世はナシになる可能性が大だ。この違法行為、あるいは違法すれすれの悪事を実行しようとすれば、計画を知っている人間は組織内にとどめる必要がある。政治家は、案外お喋りだから危ないのだ。

ということで、麻生さんの記者会見での発言は半分ホントで半分ウソだ。つまり、当時の佐川局長の独断でやったことではないだろう。官僚は、ましてや佐川氏のような局長にまで上ってきたキャリア官僚は、独断で危ない橋は渡らない。局長の上司(事務次官)の了解をとっているはずだ。だから、犯行は組織ぐるみとなる。となると、麻生さんは何も知らなかったとしても、アウトだ。財務省の最高責任者は事務次官ではなく、もちろん大臣だからだ。

麻生さんは、自分が責任をとれば、安倍さんにも火の粉が飛んで行くことくらい重々承知だ。今は、倒閣すべきときではないと麻生さんは考えている。だから、佐川氏一人の責任にして乗り切る方向を模索している。野党どもはともかく、そんなことでメディアや世間が見逃してくれるとは実は思ってないが、とりあえずはそのストーリーを試してみる価値はあると判断したのだろう。


以上が僕の「推測」だ。

安倍さんも麻生さんも、自分はまったく潔白だと信じ込んでいるだろう。安倍さんは、書き換え(改ざん)が明るみに出てはじめて、「家内も(考えてみれば)余計なことしてくれたな・・・」と心の底では思っているかもしれない。奥さんには何の権限もないから、法的に問題となるようなことは何もないのだが。

この推測が正しいとすれば、非常に大きな問題がある。

もし官邸と麻生さんで擦り合わせたストーリー、つまり「辞めさせた佐川と、一部の部下だけに責任を押し付ける」というストーリがもしも世間に通用したとしたら、これはとんでもない汚点を将来に残すことになるだろう。

財務省の官僚たちは(だぶん事務次官も知っていただろうと思う)、もう政権のために、ひいては国民のために自分を犠牲にしてでも働こうという意欲はこれっぽちも持てないだろう。部下にとって、上司から梯子を外されるほど惨めなことはない。やけ酒で済む話ではない。死人まで出ているのだから。

官僚出身の、ある評論家は「これから財務省の官邸に対する反撃がはじまる」と書いていた。もし、この「事件」がすべて財務省官僚が自分を守るためにやったことだとなったら・・・・それは何を意味するか。

「政権を守るために、必死の思いでやったことなのに、政権中枢は何という冷たい人たちか」となっても何ら不思議はないだろう。『権力の冷酷さ』は、高級官僚にとっても、自分がひどい仕打ちを受けてはじめて分かるのだろうと思う。

今日は、すべて推測で書いた。だれも信用しないように。もし佐川氏が証人喚問されたら、一体、それでも政権を守ろうとするのだろうか・・・きっと、そうだろうな。文部省の前の事務次官のような人間や、評論家になるようなごく一部の人間を除けば、死ぬまで権力に盾突けないだろう。そういう風に長い間生きてきたんだから。ご同情申し上げたい。



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いろいろと処理案件が多くて・・・

3月15日(木)

昨日から今日にかけて、銀行預金関係、年金関係、婚姻関係の手続きに集中した。思ったほど面倒ではなかったのもあるが、予想外に難航したのもあった。今日は「日記」というより、「どなたかの参考になればいいな」という、珍しく殊勝な気持ちになってこれを書き始めた。

昨日は彼女を伴って銀行へ行った。用件は二つ。満期を迎えている定期預金。もうひとつは、出入りの記録がいっぱいになり、もう印字できなくなっている普通預金通帳の更新。

リタイアメントビザの更新のために80万バーツ以上をキープしていた定期預金は、今回の満期で解約することにした。利息を含む全額を普通預金に移した。来年以降のビザの更新時には、年金収入の証明でいくことにした。足りない分は普通預金を併用できる。

タイの定期預金は日本とは大違いで、年1.5%くらいの利息が付く。5年くらい前はもっとよくて、僕の記憶では2.5%以上あった。でも、医療保険もやめたことだし、いつでも引き出せる普通預金にたくさんある方が、何かと安心だ。

さて、時間のかかったのは普通預金通帳の更新。なぜかというと、僕の普通預金は僕一人の名義の口座だけれど、引き出せるのは僕と亡くなった妻の2人にしていた。つまり、サインが2人登録されていた。それを僕一人のサインに変えるには、6年前に口座を開設した支店に行かなければならなかった。そのときの書類原本を書類庫から出してきて、いろいろと確認しなければならなかったようだ。だから他の支店ではできない。

担当した男性行員は、年に1~2回しか行かないのに、亡くなった妻のことをはっきりと覚えていた。何故か僕ではなく彼女に、「どうして亡くなったのですか?」と聞いた。「奥さんは乳癌でなくなりました」と彼女が答えた。

行員は、一緒に行った彼女のことを、最初は僕の娘だと思ったかもしれない。でも彼女が「母は・・・」と言わないで、「奥さんは・・・」と言ったので、娘ではないことが分かったはずだ。もちろん、「あなたはだ~れ?」と聞くわけはない。


次に年金の現況届。これは日本総領事館からもらった在留証明を現況届と一緒に封筒に入れて「書留のエアメール」で東京に発送した。以前はEMSを使って万全を期したが、タイからのEMSはあまりに高い(1通700バーツくらい)。書留はEMSと全く同様に今どこにあるかを追跡できるようになっていて、料金は1通たったの80バーツで済む。それが分かってからはEMSを使うのをやめた。


さて最後に一番難航した案件。それは「日本側での結婚届出」のためにチェンマイの総領事館に提出する戸籍謄本の取り寄せだ。昨年も必要だったので、知り合いに頼んで戸籍のある市役所までわざわざ足を運んでもらった。たまたまその人とバンコクで会うことになったので、迷惑とは知りながら頼んだのだ。快く引き受けていただいて嬉しかった。

でも、また同じ人に甘えるわけにはいかない。直接郵送してもらえないかと思って、チェンマイから日本の市役所に電話して聞いてみた。最初は戸籍の担当者もよく勝手が分からないようだったが、海外への郵送は可能だということになった。


1.自分の戸籍のある役所のHPを開く。「戸籍謄本の申請」などのページから、「郵送による戸籍謄本等の申請書」があれば、それをダウンロードして印刷し、必要事項を記入する。「海外用」はないと思う。国内用の「郵送による申請書」でかまわない。

もし申請書がダウンロードできない役場の場合は、他の大きな市役所の申請書の記入例等を参考にして、手書きでよいので申請書と同様の内容を書く。


2.そのほかの必要書類を念のため役所に電話で確認する。どの役所も同じだと思うが、免許証やパスポートなど、本人確認できる証明書のコピー、海外の住所を確認できる書類のコピーの2点が必要。

戸籍謄本は間違って他人に送られるといけないので、住所確認の書類を忘れると送ってくれない(ハズ)。

住所の証明は、電気代の請求書(領収書)や外国の免許証(裏側の住所も当然必要)のコピーでOK。電気代に自分の氏名がないときや、免許証の住所が英語表記でない場合(タイはそう)は使えない。翻訳証明を付けるってか?(笑)それはないだろう。

何もないときや、僕のように住所を変更して間もないときの手段は、大使館や領事館が発行してくれる「在留証明」を使う。そう古くないものであれば、年金機構などに提出した在留証明のコピーでかまわない。それすらも現住所と異なる場合は、住所変更届を大使館(領事館)に出して新しい証明をもらえばよい。在留届自体をしてないなら・・・直ちに届け出よ(笑)。


3.手数料(1通450円)と返送にかかる国際郵便代は「国際郵便為替(international postal money
order)」を海外の郵便局で買って、ほかの書類と一緒に入れる。海外の住所を記入した返信用の封筒も忘れずに。

返送にかかる国際郵便代は、「日本郵便」のホームページから調べることができる。EMSか、少なくとも国際書留でなければならない。タイの場合、戸籍謄本が1通だけなら、日本からタイへの書留のエアメールは地域によって差があるかもしれないが、関東の場合は500円で足りる。ただし、何通も申請するときや返信用封筒が特別に重たい場合などは別の話だ(笑)。


以上、海外から日本の役所に戸籍謄本を申請(ほんとうは「請求」が正しいと僕は思うけど?)するときのやり方を懇切丁寧に書いた。ところがタイには落とし穴があったのだ。


手数料と返送代の合計約1000円分の「国際郵便為替」なるものを求めて、今日、近所の郵便局へ行った。

「インターナショナル・ポスタル・マネー・オーダーを10ドル分ください」

窓口の担当者は少し考えた後、

「マネー・オーダーは、ここでは取り扱っていません」

「チェンマイの中央郵便局へ行けばいいですか?」

「いいや。タイ中の郵便局を探してもありません」


何だって、タイにはないの?僕は困った。知り合いの日本人の通訳に問い合わせのLINEを送信した後、ハッと思いついて総領事館に電話した。そしたらタイ人の館員が流ちょうな日本語で、

「そうなんですよ。タイの郵便局では国際郵便為替は扱ってません。ですから、考えられる方法は・・・」


それはともかく、ふと思いついて、家に帰って古い財布の中を覗いてみたら、1万円札が1枚と、千円札が2枚入っていた。

日本の千円札って、ほんとにこれだったかな?何か随分と古いお札を見たような気がした。もう僕はすっかりタイに馴染んでいて、日本のことを忘れかけているようだ。4年以上も帰ってないんだから。

そんなことを思いながら再度郵便局へ行ってきた。日本の市役所へ書留郵便を送るために。



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「ごめんなさい」と初めて言ってくれた

3月16日(金)

今朝7時半ごろ、いつものように寝室のPCでニュースを見ていたら、彼女が神妙な面持ちでやってきた。

「昨日はごめんなさい。怒ってるでしょ?」

「何のこと?」

「また酔ってしまったこと」

彼女もどうやら自覚しているようだ。昨日は外へ飲みに行ったのではなく、家でお昼過ぎから友達と飲み始めた。この前一緒に遊びに行った学校の先生と2人で飲んだのだ。僕は彼女たちの邪魔をしないように、ほとんど2階にいた。

2人はまずビールを3本、あっという間に空けた。すぐ友達の車で追加のビールを買いに行った。それも午後3時くらいにはなくなったので、今度は安物のウイスキーのソーダ割に切り替えたらしい。

僕は少しお腹が空いてきたので、夕方5時くらいに1階に降りて冷蔵庫をあさった。封を切っていないカニカマの大きな袋があったので、自分でワサビを練って、彼女たちのいるテーブルに醤油と一緒に持って行った。そのとき初めてビール瓶が3本ではなく6本空いてることと、ソーダ水の瓶が3本空いていることに気づいた。よく見ると、ウイスキーのボトルも相当減ってるではないか。

「もう十分に酔ってるから、そろそろやめなさい」と僕が彼女に言うと、

「ぜ~んぜ~ん、酔ってなんかいません。ま~だま~だ、飲めますよ」

顔は少しピンク色だし、挙動もかなり酔っぱらいだ。酔ってるから、「酔ってない」と言い張る。それは彼女の癖だ。というより、だいたい酔っぱらいは自分では酔ってるとは言わない。だから酔ってる証拠になる???

彼女の友達は全然酔ったふうではない。ということは・・・彼女の方が圧倒的に多く飲んだな。

午後8時ごろになって、友達は車を運転して帰った。ちゃんと運転できるかどうか心配だったので、僕は外に出てしばらく見ていた。全然大丈夫そうだった。それに、家まで5~6分だ。やっぱり、たくさん飲んだのは彼女だな・・・

考えてみると、誰も晩ご飯を食べてなかった。犬も食べてないようだった。彼女が「外へ食べに行こうか~」と最後の方で言ったけれど、友達は「酔っぱらいには付き合えないよ」とは言わなかったが、無視して帰ってしまった。人間も犬も、一食くらい抜いても死にはしない。それにつまみは結構食べてる。犬は何もつまんでないはずだから少し可哀想。

そのあと彼女はまたソファーに沈んでしまった。起こそうとするとすごく機嫌が悪くなるのが分かってる。だから昨日はもう放っておくことにした。コンタクトレンズをしているから少し気にはなったが、この際、そういうことも放っておくことに決めた。そして僕一人で2階へ上がった。

時計を見ると10時半。ようやく彼女は寝室に上がってきた。シャワーを浴びて、ベッドにもぐり込んできて、そのままバタンかなと思ったら・・・僕は全然、まったくその気がなかったのに。どうやら女も飲むと催すらしい。クスリも使わず3連投とあいなった。でも、放出する液体は最近とみに減ってきたような気がする。そろそろ“一斗樽”が底をついてきたのかもしれない。一斗樽じゃなくて、一升瓶だったかな?

今朝彼女が「ごめんなさい」と謝ったくれたときは、もちろんチューをして優しく抱きしめてあげた。

「そんなことはいいんだよ。愛してるよ」

今日で4連投の可能性もあったけど、彼女には“月のもの”がやってきた。これで暫くお休みできそうだ。待てよ、「ごめんなさい」はそのことか?



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振り込め詐欺とは手口が違うけど・・・

3月17日(土)

今朝、彼女と一緒に銀行へ行ってきた。お金を振り込むためだ。5万バーツまでだったらATMで振り込めるが、その2倍だから窓口へ行かなければならなかった。


昨夜、寝る前のこと。鼻水が出るのでアレルギーのクスリ(抗ヒスタミン剤)を飲んだから眠かった。にもかかわらず、彼女が話しかけてきた。生理中にもかかわらず(これは関係ないか)。

「イサーンのお母さんの家の改築のことですけど、お金はいつ、いただけるのかしら?」

「今日はすごく眠いんだよ。寝る前にややこしい話をするなよ。あした、あした。」


明日と言ったので、彼女は今朝忘れずに催促してきた。

「昨日の夜の話、覚えてますよね」

「何のこと?」

「も~お、イサーンの家のことですよ」

本当に忘れていた。朝っぱらからお金の話か、と思ったけれど、「あした、あした」と、寝ぼけないで言ったことは覚えていた。

「あした」というのは、「話は明日にしよう」という意味だ。でも、それはお金をあげる時期の問題だけだ。今日でも来月でも、僕にとっては同じことだ。それに、定期預金を解約したばかりなので、口座にいくらあるか、彼女も知ってる。多分、だいぶ前からこのタイミングを狙っていたと思う(笑)。

「わかったよ。そのかわり、絶対に家の改築のためだけに使うと約束できるか?」

「はい、もちろんです」

考えてみれば、いや、考えなくても、お金を使うのは彼女ではなくイサーンのお母さんだ。お金をあげたはいいが、新しいバイクを買ったり、エアコン買ったりしたらどうなるの?ろくに仕事もしないでゴロゴロしてる26歳の息子が遊びに使ったらどうなるの?そうなったら、また彼女に「お金頂戴」と言ってくるに決まってる。

そうだ、お母さんよりもその息子が危ない。

息子には2人の小さな子供がいるが、嫁はその旦那と子どもを捨ててバンコクに逃げてしまった。よくある“嫁と子どもを捨てて逃げるタイ人男性”の真逆だ。こんなこともあるんだね。日本でもたまにあるけど。

なぜそうなったのか、彼女も真相は分からないと言ってる。別の男と一緒に逃げたのかどうかも分からないそうだ。女に問題があることは確かだとは思うが、息子の方にも浮気癖とか、酒癖が悪いとか、博打にふけっているとか・・・問題はなかったのかな?

それはそうとして、女に逃げられた息子がいるからと言って、僕がお金をあげなければ、イサーンの家の改築はできない。永久にできないかもしれない。それに、その家はゆくゆくは彼女のものになるそうだ。イサーンは女系の相続だから。(義理のお母さんに女の子がいない)


ということで、今朝は銀行に行ってきた。しかし振り込んだのはお母さんの口座ではなく、彼女の別銀行の口座だった。

僕はそれは変だと思って聞いたら、イサーンのお母さんに自分の口座のATMカードを貸してあるそうだ。彼女の本当のお母さんが死んでから、もう2年以上そうしているというのだ。だから、彼女の口座に振り込んだお金を少しずつイサーンのATMで引き出して、まず改築の材料を買うのだそうだ。

本当に改築に使うかどうかは、家の写真を送ってもらえばすぐ分かることだ。でも、お金の催促はこれで2度目なのだった。


1回目は1月のこと。お姉さんと一緒に近所で商売をしたいのでお金を貸してくれと僕をせっついた。その一部として10万バーツを彼女の口座に振り込んであげた。その10万は、彼女の言葉が本当だとすると、現在チェンマイの実家のお父さんのところにある。

つまり、端的に言えば、商売に使うのではなく、(結果として)お父さんにあげたのだ。「お父さんはお金を使わない人だから、まだ手許にある」と彼女は言ってるけど、要するに、結果的には僕に嘘ついて10万バーツを振り込ませたようなものだ。

それは言い過ぎで、本当に商売を始めるつもりだったかもしれない。でも僕が追及するまで、お父さんにあげたことは黙っていた。今度はお父さんではなく、イサーンの義理のお母さんだ。かなり分かりやすい話になってきたなと言う気がする。金額はどちらも10万だし。

ひとつ違いがあるとすると、お父さんの手に渡った10万は彼女に貸したお金で、彼女自身もそう認識しているし、証文もある。イサーンの家の改築資金の一部になる10万は、貸したお金ではない。今朝彼女にあげたお金だ。


これらを振り込め詐欺に例えるのは酷い話だろう。犯罪行為と、自分の夫に甘える行為を一緒くたにされたら彼女も立つ瀬がない。でも、貸した方のお金をずっと返さなかったら、一種の詐欺だな、やっぱり(笑)。

しかし、タイ人の女と一緒に暮らすという事は、常にこういうお金に関する疑念に晒されながら生きるということだ。それにいちいち目くじらを立てるようだったら、タイ人の女と暮らすのはやめた方がいい。

僕はこうやってブログに書いて、ストレスを発散させてるわけだ(笑)。それを読んでくれる読者の皆さまは、僕にとってはとても有難い存在ということになるわけだ。


自分のストレスを和らげるためにブログを書くのは、「それもありだよ」と思う寛大な人、ポチっとお願いします。そんなことは断じてあってはならないと思う鬼のような人は・・・次から読まないでね(笑)。


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ワタシって、悪い女かしら・・・

3月18日(日)

今日は友達3人とゴルフに行ってきた。夕方家に帰ってきて、晩ご飯の支度をし始めた彼女がこう言った。

「ワタシって、悪い女かしら?」

何のことを指して言ってるのか、よく分からない。昨日だったら、例の10万バーツの件かなと思うけど、別のことかもしれない。

まったく同じセリフを聞いたことがある。

2年くらい前、彼女のお母さんが病気で亡くなって数か月くらいたったときのこと。お母さんが5万バーツの借金をしていたことが分かった。亡くなってからは彼女がその借金を毎月返済していて、額は1か月2000バーツほど。彼女の方から言い出したのではなく、僕の方から「キミは借金はないのかい?」と聞いて分かったことだった。

ご存知の方も多いと思うが、タイの高利貸しはべらぼうな利息を取る。彼女のお母さんの借金の場合、元本の5万バーツはほとんどそのままで、毎月利息だけを払わされていた。これでは永遠に返済が終わらない。

その話を聞いた瞬間、僕は車を銀行に向けて走らせ、5万バーツを引き出して彼女に手渡した。「これは僕の気持ちだから」とか、「借金、払ってあげるからね」とか、僕は一言も言わなかった。ただ黙ってお金を彼女の手に握らせた。

そのとき彼女の目から涙が零れ落ちて、口をついて出た言葉が「ワタシって悪い女かしら・・・」だった。

亡くなった妻が生きていて、彼女が僕の愛人だったころの話だ。想像だけど、まさか僕が借金を返済してくれるとは思っていなかったのだろう。僕から聞かれたので、借金のことを話した。僕は即断即決で5万バーツを出した。そういうことを僕にさせる自分は悪い女だと思ったのだろうか。それとも、5万の借金があるというのがウソだったのかな・・・(笑)。

彼女はお金のことで僕を煩わせていることを十分に自覚している。だから「ワタシって悪い女かしら」という言葉がまた出てきたのだろう。男からお金を引き出す行為(逆もあると思うけど)。それ自体はそんなに悪いことだとは僕は思っていない。いやならNOと言えばいいだけだ。

要は、お金をもらったら、それに見合う「お返しをしなきゃ」と思うかどうかだ。それも思わなくなって、ATMが底をつくまで出させようと思うようになったら、これはもうおしまいだ。今のところ、彼女のおねだりには、まだまだ可愛げがあるように僕には思える。



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いつもの朝の風景

3月19日(月)

朝は特別なことがない限り、いつも6時に起きる。目覚ましは6時半にセットしているが、それより大体30分前に目が覚める。

だったら目覚ましが不要ではないかというと、そうではない。「6時半という意識」があるから、それより前に目が覚めるのだと思う。人間の意識というものは不思議なものだ。

ゴルフの時もそうだ。「右のほうに池があるから、入らないように気を付けて打たなくては」という意識があると、たいていボールは池の方へ飛んでいく。これも不思議な意識の作用のひとつだ。よく覚えていないが、こうした意識の働きは科学的にも説明できるらしい。


彼女は毎朝5時に起きる。目覚ましはいらない。犬のチビがいつも決まったように5時に2階まで上がってきて、小さな声で鳴くのだ。ワンワンではなく、クンクンというような感じで。彼女はそれを合図にベッドから出ていく。遠くでは鶏も啼き始める。外は真っ暗だ。僕もたまに5時に起きてしまうことがある。


6時から8時くらいまでの2時間は、僕にとっては情報収集の時間であり、思索の時間でもある。大概はPCの前に座って色々な記事を読む。タイに関するブログを読むことは、ない。読むのはほとんど日本の新聞で、朝毎読に産経は欠かさない。その日、興味を持った記事を出発点に、新聞以外のさまざまな情報を探索する。メモを取ることも多い。

新聞ではなく、この時間に本を読むこともある。

僕は紀伊国屋の電子書籍を利用していて、毎月欠かさず読むのは昔から「文芸春秋」と決まっている。最近読んだ本は、立花隆さんの「知的ヒントの見つけ方」・・・これは立花さんが過去に雑誌などで書いた記事に加筆してまとめた本。話題が科学から政治、歴史など多岐にわたっているので、刺激を受ける。実は立花さんとは、現役の頃に何度か一緒に仕事をさせていただいたことがあるので、彼の著作はほとんど読んでいる。


さて、8時を過ぎるころ、そろそろお腹が空いて来るので1階に降りていくと、毎朝食事が必ず用意されている。

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今朝はチャーハンだった。どちらかというとタイ風だ。今日のは一寸ベタベタしてるのが難点だったが、味はまあまあ。フルーツジュースは今朝はオレンジ。リンゴが一番多いが、キウイだったりドラゴン・フルーツだったりもする。蜂蜜入りだ。チャーハンの向こうにあるのは小豆のあんこ入りのパイ。これは昨日スーパーで買ってきたもので、彼女の手作りではない。

僕は朝しっかり食べる。彼女はコーヒーだけだ。何も食べないで掃除や洗濯、それに犬の世話を含めて、家事は炊事をのぞいて午前中に全部やってしまう。

これが、僕が外出しない時のわが家の朝の風景だ。彼女は、前も書いたが、家にいるのが大好きで、一歩も外に出なくても全然ストレスを感じないタイプだ。買い物もほとんど僕が一人で済ませることが多い。前の奥さんとは、その点では正反対だ。



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何でも嬉しい誕生日プレゼント

3月20日(火)

今月は僕の誕生日があった。もうとっくに過ぎたのだけど、先日「プレゼントは結局ないわけだね」と不満を述べたら、昨日になって、お姉さんと一緒にシャツを買ってきてくれた。

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全部で4枚。どれも安いものだけど、きっと色や柄は考えて選んだに違いない。もし高いものを買ったら、僕が嫌がることも知っている。元々の出所は僕の財布だから。それとも、彼女のキャディーのアルバイトかな?

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似たような黄色のシャツは2枚持ってるが、1枚は着古したので、ちょうどいい。

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この2枚は、自分なら選ばないような色柄だ。僕が昔、ある人にネクタイを贈ったとき、「これは自分なら選ばない柄なので、とても嬉しい」と言われたことがある。つまり、男でも女でも、自分ではどうしても似たような色や柄を選んでしまう傾向がある。無難路線だ。でも他人は違う目を持っている。あとは、自分では選ばない色や柄のものを着用する勇気が本人にあるかどうかということになる。


そして、もうひとつはこれ。

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60代半ばを過ぎたマネキン。ちょっとだけ自慢すると、僕の体重と体形はこの30年以上ほとんど変わっていない。肌には老化の兆候が少しずつ出始めてきたけれど、まだまだ露出度の高いノースリーブのシャツを着ても大丈夫だ。全部露出すると、さすがに30年前と比べて胸の筋肉が落ちてきたのが分かるのだが・・・

それは脇に置いておくとして、このシャツは僕が持っているノースリーブの中では一番センスのいい柄だ。地味だけど、60代にはちょうど良い。昨日の午後、彼女の女友達が家に来たので、「どう?このシャツいいでしょ」と言ってみた。さすがに「僕、かっこいいでしょ」とは言えなかったね(笑)。



ところで、話の脈絡は全くないが、安倍晋三さんも相当に往生際の悪い男のようだ。昨日19日の国会での答弁だ。

「自分は指示したことはないし、妻もまったく関わっていない」と断言した。

安倍さん自身が関わっていたかどうかについては真相はわからないが、安倍夫人が関わっていたことは明々白々だ。法令違反があったかどうかという性質の問題ではない。

「まったく関わっていない」と言い張るのは、一体どういう神経の持ち主なんだろうか。安倍さんは「結果責任」という言葉も、その意味も知らないのだろうか。

僕は、こう答えるべきだったと思う。

「妻が誤解を招くような行動をとったことが事実とすれば、それは私の不徳の致すところであって、深く反省したい。ただ、法令違反等の不正行為があったとは思えず、妻のとった行動が財務省の決定に影響を与えたとは、まったく考えていない」


「まったく・・・ない」という、安倍首相と菅官房長官がいつも使う自己防衛のための常套句はもう聞き飽きた。長期政権の弊害、ここに極まれりだ。



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誰が嘘ついてるの?まったく!

3月21日(水)

亡くなった妻と暮らしていた家の電気代のことで、上の娘とまた喧嘩だ。

先月も、その娘が電話してきて、「オトウサン、電気代3000バーツ払って頂戴!」と言ってきたことがある。普段は1500バーツくらいなのに、冬の1月分の電気代が3000を超えるなんてあり得ないと思ったので、すぐに突っぱねた。

向こうの家の電気代に関しては、僕が半分以上を助けてあげてる。実の子どもでもなく、養子でもない成人した女性2人とその連れ合いの男が住んでいる家だ。でも、日本の僕の戸籍に入っている高校生の男の子も住んでいる。だから、僕が家を出て行ってからは、毎月1000バーツ補助している。

先月の3000バーツと言うのが本当だとすると、考えられないような高い料金だが、普段は1500~1700バーツだから(それでも高め)、1000バーツの補助で十分なはずだ。4人は仕事してるんだから。


そして今月も、昨日、高校生の男の子からLINEが入ってきた。

「電気代を払ってくれとT(長女)が言ってる」という文面だった。電気代はいくらか分からないが、1000バーツ払えということらしい。でも、ちと早すぎる。支払期限は4月の5~6日あたりのはずだ。一応、料金を確認する必要があるので、

「電気代の請求書の画像を送れ」と返事したところ、「誰かが持って行ったので、もうない」と書いてきた。何だか怪しい。

請求書も見せないで払ってくれと言われると、勝手にやってくれ!という気分にもなる。そうしたら先ほど、じゃじゃ馬のTがすごい剣幕で電話してきた。本人のケータイではなく、人から借りたケータイからで、しかもあまりに早口なので、相手が誰で、何を言ってるのか、さっぱり分からなかった。

そのうち、「カーファイ(電気代)」という言葉がかろうじで聞き取れたので、用件がわかった。それに声の主がTだということも。

「毎月の電気代は誰が払いに行ってるの?」と聞くと、

「ワタシが払いに行ってる」

「あれっ?N(妹の旦那)が払いに行ってるんじゃないの?」

「いいえ、ワタシ」

「僕は毎月1000バーツを彼にあげてるよ。」

「Nはオトウサンからお金をもらってないと言ってる」

Tのこの言葉にブチ切れた。

「おい、いい加減にしろ!1000バーツもらってないと言うのだったら、もう電気代を助けてあげないぞ!」

僕が怒ったら、電話が切れた。僕の声があまりに大きかったので、1階にいた彼女が飛んできたくらいだ(笑)。

でもおかしいよな。じゃじゃ馬のTだって、すぐにばれるウソをつくのも変だな。それで僕は全員に電話することにした。まずは男の子から。

「Tが自分で電気代を払ってると言ってるけど、それは本当か?」

「ボクは何にも知りません」

何にも知らないんだったら、お姉ちゃんの代わりに「払え」と言ってくるな。まったく、もう。次に、次女に電話した。

「僕は、あなたの旦那に毎月1000バーツあげてるんだけど、知ってるよね。ところがお姉ちゃんは、僕があげてないと言ってる。お姉ちゃんか旦那か、どっちかが嘘ついてるようだ。旦那は本当にもらってないと言ってるかい?」

「ワタシはわからないから、N(自分の旦那)に直接聞いてください。電話番号は・・・・」

ということで、最後はNに電話した。そうしたら、もちろん僕から1000バーツを毎月受け取ってることは間違いないし、電気代を払いに行ってるのは自分で、Tが払いに行くことはないとハッキリ断言した。

万が一にもNが、「お金は受け取ってません」とか言ったら、金輪際電気代の援助はやめるつもりだった。でもNは、毎月1000バーツでも助けてもらってることは有難いと言った。そう言うのが当たり前だ。そして、そう言われると援助をやめるわけにはいかない。

「わかった。今度の1000バーツは、今月中にあんたの職場に行って、また直接渡すからね。それでいいね」

「ありがとうございます。それで結構です」

参ったな。じゃじゃ馬はどうしていつも見え見えの嘘をつくのだろうか?ついでに僕はNに、じゃじゃ馬のことを聞いてみた。

「Tはちゃんと仕事してるのかな?」

「いいえ。失業中で、あちこち仕事を探しに行ってるみたいですけど、全部ダメなんです。だからほとんど毎日家にいます」

あらら、それは気の毒。それでこの前は部屋に籠っていたのか(先週、庭の手入れに帰ったが、Tは部屋から出てこなかった)。だからと言って、僕に電話で怒鳴り込んできたり、嘘をついたりするのはいただけないね。


面倒なことをタイ語でやりとりするのは、ほんと疲れるのだ。給料は安くても真面目に働いている2番目の娘夫婦以外は、どうしてこんなに変なんだろうか・・・



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そうか、異母姉妹だったのか

3月22日(木)

何となく霞がかかったように視界が良くなかった彼女のお姉さんとお父さんのこと。それに、彼女が「お母さん」と呼んでいるイサーンの叔母さんのことも、ようやく分かってきた。。

イサーンの「お母さん」(実のお母さんの妹)の実家を改築する資金について、昨夜ご飯を食べている時に少し詰めた話をした。最終的にいくらまで出せるかという話だ。

お金の話はおいておくとして、その話のついでに、これまでちゃんと聞いていなかったことを聞いてみた。まずはチェンマイの実家の土地と家のこと。

お父さんはチェンマイの人だから、そこにある家はお父さんの名義だと考えるのが普通だ。でも、その家はお父さんではなく、お母さんのもので、お母さんが亡くなった後、彼女のお姉さんが相続した。なぜそうなったのか、いろいろ聞いていくうちに、意外な事実が分かった。

まず、お姉さんと彼女はお父さんは同じだけど、お母さんは違うというのだ。つまり“腹違い”。お姉さんのお母さんは、お父さんの恋人(愛人)だったのだそうだ。

お父さんには、昔は僕なんかには到底真似のできそうにないくらい愛人がたくさんいて、そのうちの一人が子供を産んだ。それが3つ年上のお姉さんだという。

それくらいのことは、タイでなくてもよくあること。別にどおってことない。でもそれだけでは、どうしてお父さんが持っていた土地と家がイサーン出身の(彼女の)お母さんの名義になったのか。

お父さんは以前は実家の近くにたくさん土地を持っていた。でも女がいっぱいいるものだから、何かとお金が必要で、持っている土地を次から次へと少しずつ売り払って遊びの資金にしたらしい。

「遊び」と言うと悪いイメージだが、「女を養うため」と言えば何となくわかる気がする。そして残っていた土地家屋を、彼女のお母さんにあげたというわけだ。

では、なぜお母さんに家をあげたのか? これには僕が想像していなかった事実が隠されていたようだ。

彼女は、この話をするときに少し口ごもった。あまり積極的に僕に話すという感じではなかった。これはあくまでも僕の想像だけれど、彼女のお母さんは実は、お父さんの「妻」ではなく、たくさんいた愛人のひとりだったのではないかということだ。なぜそう推論するのか?

僕の奥さんになった彼女は、日本で言うところの戸籍上は、実のお母さんの娘ではなかったのだ。今も住居登録証(タビアンバーン)はイサーンの「お母さん」(実のお母さんの妹)のところにある。

確かに産んだのは亡くなったお母さんだけど、お母さんが彼女を産んですぐに妹の子どもにしてしまったのだ。だから、彼女にとってはイサーンの叔母さんが「お母さん」なのだ。法律上は「お母さん」。僕が「義母」だと思っていたのが間違いだった。

しかも彼女はお父さんのいるチェンマイではなくイサーンで生まれ、高校を卒業してバンコクへ働きに出るまでずっとイサーンで「お母さん」に育てられたのだった。

しかも、生みの親ではない「お母さん」の持っているイサーンの土地などは、法律上は長女になる彼女に相続権があるのだ。

で、お父さんの土地と家がなぜ彼女の亡くなったお母さんの名義になったのかという問題だが・・・・

彼女を産んだお母さんは、お父さんの数ある恋人(愛人)の中のナンバーワンだったのだと思う。すでに別の恋人との間に娘(お姉さん)が生まれていたけれど、お父さんは彼女のお母さんの方をより愛した。だから、彼女が生まれた後、土地家屋はお姉さんのお母さんではなく、彼女のお母さんに与えたのだ。家をもらえなかった愛人は不満だったに違いない。

昨夜彼女と色々話をしていて、これまで何となく解せなかった彼女とお姉さんの関係がやっと解明できた。産みの親の妹にあたるイサーンの叔母さんが、実は法律上は「本当のお母さん」だったことは、もっと意外だった。そしてこれは、どうしても知っておく必要のあることだ。

それにしても、自分の出自にかかわる大事なことを、なぜもっと早く話さなかったのだろうか。

日本人の感覚からすれば、誰かと結婚するのであれば、このような話は自分からすべきだと思うだろう。ところが、タイ人は違うのだ。これは彼女に限った話ではない。

タイでは自分の産んだ子を、親戚の誰かの子にすることは、ごく当たり前のように行われている。前の妻の親戚もそうだった。養子に出す感覚とは全くの別物らしい。自分と血のつながった姉や妹の子にするのだから。自分の子どもの子ども、すなわち孫を自分の子にする人すらいる(日本でも皆無ではない)。

さらには、いわゆる正妻と愛人の境目があるのか、ないのか。あるとすれば、それは相続に関わる事だけなのか?また、正妻の子と愛人の子はほとんど同じなのか、違うとすれば何か?

タイは昔は一夫多妻の社会だったそうだ。日本ではとっくに消えてしまった一夫多妻の余韻がタイには色濃くまだ残っているような気がする。このタイ人の「結婚観」や「血縁」「相続」についての考え方をきちんと認識できないと、タイ社会のことを本当には理解できないのかもしれない。

僕ももう少し勉強しなくてはならないようだ。



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私たちに関係ないことをなぜ聞くの?

3月23日(金)

昨日書いた記事のことで、僕自身もこんがらがっていたので、今日もう一度彼女に聞いてみた。そうしたら、彼女は相当に不機嫌になった。

「お姉さんを産んだお母さん(お父さんの愛人)は今どこにいるの?」

「お姉さんを産んでから暫くして亡くなったと聞いてるわ」

「じゃあ誰がお姉さんを育てたの?」

「ワタシを産んだお母さんですよ」

「じゃあ、キミを産んだお母さんはずっとお父さんと一緒?」

「そうです。結婚届は出してないけど、結婚式をやってる。」

タイでは結婚届なんて、どうでもいいと言うと言い過ぎだけど、書類上のことを気にする人は少ないのは僕でも知っている。世の中は、結婚届を出してなくて夫婦として見てくれる。

「ということは、お母さんはお父さんの“愛人”ではなかったわけだ」

「当たり前でしょう」

そうだったんだ。

「じゃあ、どうしてキミをイサーンの妹の子どもにしてしまったの?」

「お母さんは貧乏で、一生懸命に働いていたの。そのころお父さんは道楽者で、女がたくさんいた。家庭を顧みない人だった。お母さんは仕事と育児で大変だった。だからワタシが生まれると、イサーンの妹の子どもにしたの。それがどうかしたの?」

お母さんは本当に苦労人だったようだ。お母さんが一生懸命に仕事して買った冷蔵庫を、チェンマイの家では18年も使ってた事実も聞いていた。

僕がいろいろ質問をするうちに、みるみる彼女の顔色が変わってきたのが分かった。怪訝そうな顔。一体この人は何を知りたいのかしら、と言う感じ。それで、僕は適当に切り上げていつものようにPCのある2階へ上がった。そうしたら、彼女が追いかけてきて・・・

「ほかに何か聞きたいことは?何回も何回も聞かれるのはイヤですから」

「じゃあ、ひとつ聞くよ。チェンマイの家はどうしてお姉さんが相続できたの?」

「だからもう言ったでしょ?お姉さんはお母さんが引き取って面倒をずっとみてきたの。だからお母さんが死んだら、お姉さんのものになったの。それがどうしたの?私たちに何か関係あるんですか?なぜそんなことを聞くんですか?」

「いや、ただ知りたかっただけだよ」

「あのね、もう1回言うけど、チェンマイの家のことは私たちには何の関係もないの。なんかおかしいですよ!」

あらあら、だんだん僕を詰問しはじめた。なぜそんなに不愉快になるのか、僕にはわからない。父親のことや、共通の父親をもつお姉さんのことを聞いてはいけないのだろうか・・・

「聞いてもいいんですけど、何回も聞くのはやめてください。第一どうでもいいことでしょ?ワタシとアナタは一緒にご飯食べて、一緒に寝て、ワタシはあなたの面倒を当然最後までみるし、あなたも生きてる限りはワタシの面倒を最後までみるんですよ。そうでしょ。他の人のことは関係ないでしょ!親戚だからって、私たちの幸せにはあまり関係ないでしょ。違いますか?」

う~ん、なるほど、そういう考え方か。とてもタイ人とは思えない割り切った考え方だ。だから、めったなことでは僕を親戚に会わせないのか・・・

「でも、僕たちは夫婦だろ。親戚のことを聞いちゃいけないのかい?」

「ダメとは言ってません。1回聞いたら、もうそれでいいでしょ?」

「だから、これまで聞かなかったことを今日聞いてるわけだよ」

「だから、アナタが他に聞きたいことは、もうないですね?」

「いや、まだあるんだけど、いっぺんに聞くと忘れるから」

「それは何ですか?」

「あなたのお母さんは何人きょうだいなの?」

・・・・・・

タイ語が未熟なのに、不思議と彼女とのやり取りを再現する能力が僕にはあるようだ。でも実際は、正確には理解できていないに違いない。そして、いつまでたっても、彼女が・・・

「他にまだありますか?」と、逆にしつこく聞くので、

「もういいよ。これで終わりにしよう。チョップレーオ!」

そう言いながらも、ついでにお父さんの名前と、イサーンのお母さんの名前を聞いておいた。何回聞いても忘れるから、聞かざるを得ないのだ。今日ははじめてノートにメモしておいた。お姉さんの名前は、ミッキーマウスの「ミック」だから、一度聞いたら忘れない。


「も~お、困った人ですね」という感じで彼女は1階に下りて行った。でも、すぐにLINEが来た。

「アナタのことを誰よりも愛してます! 御免なさい、また早口で喋って。親戚のことは、人にはめったに話さないのです。アナタの頭に入らなくても無理はありません。アナタを愛してます、ずっとずっとずっと・・・」

僕は日本でもタイでも、昔から親戚付き合いが大の苦手だから、ちょうどいい相手なのかもしれない。


それにしても、彼女はかなり例外的なタイ人ではないかな。普通は何かあるとすぐ親戚が来たり、連れて行ったりする。今のところ、僕たちの家の中まで入ったことのある親戚は、お姉さんだけだ。もうすぐ、イサーンの親戚の高校生の女の子が、夏休みだから一人でチェンマイに遊びに来ると言っているが・・・


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今日から日本語の勉強だ!

3月24日(土)

と言っても、僕じゃないよ。僕は先生だ。彼女と、彼女の友達(学校の先生)の2人が生徒だ。授業料は、もちろんタダ。タダより高いものはないと言うが、どうなるのかな?

昨日、本屋へ行って日本語の本を買ってきた。日本語会話の入門書だ。190バーツもした。これは僕からのプレゼント。

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中味はこんな感じ。

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250ページくらいで、主に単語と会話文から構成されているシンプルなのを選んだ。日本語の次にタイ文字による発音が書いてあって、3つ目にタイ語で意味が書いてある。

僕は日本語の発音をタイ文字で表記することに大反対なんだ。彼女たちが、発音はタイ文字で書いてあるのがいいというので、節を曲げた。女には勝てないから。僕が反対する理由は、タイ文字では、日本語の発音を正しく表記できない音が存在するからだ。英文字だと、だいたいOKだけど。

それより、自宅に帰って本をチェックしていたら、こんなのが・・・

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1か所だけならミスプリかと思うけど、ここにも。

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「むすめ」に見えなくて、「ぬすむ」に見えるのだ。そんなわけないか。

さらには、こんな表現も。

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「ワタシ ワ シロイガ スキデス」・・・これって、外国人が言いそうだよね。日本人なら「白が好きです」か「白い色が好きです」と言う人が、99%だと思う。「白いのが好きです」もありだね。

ついでに、その下の「むらさき」も、「むらさき すきです」は外国人っぽい日本語だよね。日本人は普通は「むらさき が すきです」と言うよね。助詞の使い方は外国人にはピンと来ないのだ。

でも待てよ。よ~く見ると、「わたし は が むらさきすきです」となってるね(笑)。タイ文字の方は「ワタシワムラサキガスキデス」と書いてあるけど。

ということで、「この本外国人作った本ある確定!」・・・おいおい、中国人かよ。真面目な話し、きっと日本人の誰かが監修したかもしれないと思うんだけど、適当にやったな。僕が監修してあげればよかった。

僕なら、「これはタイ人が学ぶ教材だから、『しろい が すきです』の方が、外国人らしくていいんですよ」と・・・・・言わない、絶対。


よく見ると、他にも小さな間違いがちらほらとあるけど、これもご愛敬か。昔から日本語は下手な僕が教えるんだから、この程度の教材で十分だ。ただし、「むすぬ」はダメだな。これは重大な間違いだ。「むすめはぬすむ」って言ってるみたいで、何か身につまされるね(笑)。



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前の奥さんのことは、もう忘れられた?

3月25日(日)

妻が亡くなってから、あと2か月足らずで1年になろうとしている。でも、「もう忘れられた?」というような質問は誰もしない。

日本人もタイ人も、友達であれ、亡くなった妻の子どもであれ、誰一人として僕の目の前では話題にすることがない。敢えて避けているのかもしれないし、もうとっくに忘れたのかもしれない。高校生の男の子にお母さんの話をすると、「どうして死んだ人の話をするんだよ」と怒る。

僕自身は、彼女と一緒にいるときに思い出すことはまずない。でも、一人でいるときは別だ。とくに車を運転しているときは今でも頻繁に思い出す。楽しい思い出とは程遠くて、やはり胸が張り裂けるくらいに辛い思い出だ。

家にいる時でも、彼女が1階にいて僕が2階にいる時は、やはり亡くなった妻のことを思うことがある。

「どうしてあんなに早く死んでしまったの」

「病気にならなくて、ずっと一緒にいられたら、どんなに幸せだったか」

・・・どうしても、そういう思いになる。



ところで昨日、彼女が珍しくこんなことを言った。

「どこか、近いところでいいので、外国へ旅行に行きましょうか」

「日本は?」

「まだまだ。ラオスあたりは?」

「ラオスだったら、タイのきれいな海のある所の方がいいんじゃない?」

彼女とそんなやり取りをしながら、前妻との果たせなかった約束をいやでも思い出していた。

亡くなった妻は日本以外の外国へ行ったことがなかった。亡くなる1年ちょっとくらい前、フランスあたりへ旅行しようか、と提案したことがある。僕は仕事で何度か行ったことがあったので、一度くらいは妻の見たことのない世界へ連れて行ってあげたいと思ったのだ。

でも、そうこうしているうち妻は「お金がいっぱいかかるから、もういいです」と言い出した。その代わりに、「タイの中でいいから、クラビかどこか、海のきれいなところへ連れてって」と口にするようになった。でも、だんだんと病状が悪化し、それすらも果たせなかった。

死を迎える3週間くらい前、「結局、海も連れてってくれなかったわね」と、恨めしそうに僕を見つめた妻の顔をはっきりと覚えている。目には涙をためていた。


そして今朝・・・

彼女はいつものように5時に起きて、亡くなった妻が誰よりも可愛がっていた犬のチビと一緒に1階に降りた。僕はいつものように6時に起きた。そして30分くらいベッドの中で亡くなった妻に思いを寄せていると、ハッと気が付いた。まるで目から鱗が落ちるように。

彼女は生きている!僕の中でずっと生き続けている!いつも何かあると、僕は彼女に話しかけているではないか。

「これはどうしたらいいの?」

「あなたはどう思うの?」

そうすると、亡くなった妻はいつも答えてくれるのだ。僕の心の中で。

僕は自分が死んだら妻を探しに行こうと思っていた。でも、それは全く違うことに気が付いた。死んだら、何もない。それは無の世界。自分もなければ、愛する人もない。何もない世界だ。いや、世界もない。無。永遠の無。

そして、探しに行かなくても彼女はいま僕の中にいる。いつでも会っているし、いつでも会話している。そのことがやっと分かったのだ。


「あなたは、どうかしてるんじゃない?」と思う人もいるだろう。どうもしていない。愛する人を亡くした経験のある人なら、僕の言ってることが少しは分かるんじゃないかな。


僕は亡くなった妻のことを敢えて忘れようとはしていない。思い出そうともしていない。でも、今も一緒にいるという感覚が僕の中にある。そしてその感覚は、ごくごく自然なことのように思われるのだ。

辛い思い出も、きっといつか甘美な思い出に変わるはずだ。亡くなった妻は僕の中に一緒にいるんだと気が付いたときから、それが始まっているのかもしれない。


これから先の人生も、亡くなった妻と彼女の二人の女を愛し続けることができるような気がしてきた。彼女には内緒だけど。



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彼女と、夜のマーケットへ行ってきた

3月26日(月)

昨日は、彼女が泣き出しそうになった。

夕方、彼女は女友達2人とチェンマイ市内のナイトマーケットへ買い物に行って、帰ってくるのは10時ごろになると僕に言った。ということは、夕食は僕一人で家で食べろということ。しかもその友達とは、以前一緒に車で出かけて、帰宅が深夜になった2人。またビールをしこたま飲んで、酔っぱらって帰ってくるような気がした。

「僕はイヤだ。家で一人でご飯を食べるのはお断りだ。僕がどれだけ淋しい思いをするのか、キミは分かってるのか?」

前回、彼女のいない、犬しかいない家で、夜ひとりでご飯を食べてお酒を飲んで、本当に淋しかったので、そのとおりに、正直に言っただけだ。さらに・・・

「友達と行ってもいいよ。どうぞ。でも朝まで帰ってくるな。僕は僕で一人で街へ行くから、帰ってこなくていいよ」

そう言いながら、「年甲斐もなく、若い彼女になぜ駄々っ子のような口を利くのか」と、自分で自分に呆れたけれど、ちゃんと思ってることを言葉に出した方がいいような気もした。

彼女は一切口答えしなかった。でも顔から血の気が引いたような様子で、そのままベッドに倒れ込んで突っ伏してしまった。泣いているような感じもした。しばらく、そのままだったが、やおら起き上がって言ったのは・・・

「じゃあ、アナタも一緒に行きますか?」

「いや、一緒に行かない。分かったよ。友達と行っておいで」という答えを期待しているのかと一瞬思った。でも、彼女はそんな変化球を投げるような、ずるい女ではない。(野球の変化球は、ずるくないよ)

「もちろん、一緒に行くよ!」

自分の顔が見る見る緩んで嬉しそうになってるのが分かった。彼女も泣きそうだったのが明るい表情に一変した。な~んだ。最初からそう言えばいいじゃないか。言葉以上に、顔の表情の方が雄弁だ。これはなかなか嘘がつけない。

どうして誘わなかったのかと聞くと、(若い)女3人とショッピングなんて、僕が嫌がると思ったのだという。「年寄りと歩くのが恥ずかしいの?」と聞くと、そんなことはなくて、「ただ遠慮しただけ(クレンチャイ)」と答えた。

ということで、彼女の友達と、その女友達を含めて、4人で夜のマーケットへ出かけた。友達の車だったので、僕は彼女と一緒にリアシートで楽々。自分が運転しないと、車窓から見える左右の街の様子がこんなによく見えるのかと、驚いた。人の運転する車に乗ってどこかへ行くという経験が僕には殆どなかったのだ。




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「ナーモーマーケット」と呼ばれている。「モーショーチェンマイ(チェンマイ大学)」の前にあるマーケットと言う意味だ。きっと別の正式名称があるのだろう。相当に広い。客層は10代から20代がメインで、見た感じでは40代以上が少ない。外国人の数も非常に少ない。ナイトバザールやサンデーマーケットなど、有名な観光マーケットとはまったく客層が異なる。僕は初めてだった。

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食べるところも充実している。タイ料理だけでなく、日本食専門のだだっ広い食堂もあった。ただし、どこも人でいっぱいだ。


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彼女のお目当てはもちろん服。僕のシャツも、誕生日プレゼントに続いてまた1枚買ってくれたけど、彼女のは・・・4枚だったかな?

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安物のイヤリングや指輪にも興味津々。知らない間に39バーツの指輪を1個買っていた。


マーケットでの滞在時間は2時間足らず。帰りに4人で美味しいラーメンを食べた。1杯35バーツ也。6時過ぎに家を出て、家に帰ってきたのは10時ピッタリ。彼女たちは結局ビールは飲まなかった。僕がいたから遠慮したんだろうね。彼女が酔ったら困るから?

これで、次からも「ジジイ抜き」とはいかなくなるだろう。そして「ビール抜き」かな?それは僕の本意ではないんだけど・・・

そのあと僕と彼女は家でスピリッツのソーダ割を仲良く飲みながら、僕一人に食べさせるつもりで彼女が夕方買ってきていた魚料理(プラータプティム・ヌンマナオ)を温めて一緒に食べた。夜も12時を過ぎたので、珍しくお勤めを省略して眠りに就いたのだった。



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知り合いのタイ女性が日本で“くも膜下出血”

3月27日(火)

昨夜、日本人女性からLINEが入ってきた。日本へ観光旅行に出かけた知り合いのタイ人女性が突然倒れて意識不明となり、東京都内の国立病院へ救急搬送されたという内容だった。くも膜下出血の疑いが濃く、今検査中ということだった。

当事者のタイ人女性と、彼女が訪問した先の日本人女性については詳しく書かないことにするが、お二人とも僕が知っている人で、だからすぐに僕の所へ連絡が来たのだ。

倒れた女性と一緒に、タイ人の女友達とその娘さんが東京旅行に同行していた。友達がバンコクにいるお姉さんの連絡先を知っていたので、情報はすぐにタイの親戚に伝わった。(倒れた女性は以前日本人男性とチェンマイで暮らしていたが、その男性が亡くなった後は一人暮らしだった)

バンコクのお姉さんはパスポートを持っていなかった。すぐに(タイの)外務省に連絡して、緊急用のパスポートを発行してもらうことになり、今日日本に向かっているはずだ。そのお姉さんとも僕は会ったことがある。初めての海外なので、きっと大変だろう。

昨夜は、日本人女性とは何度かLINEで通話した。夜9時ごろの時点では“くも膜下出血”という診断がはっきりして、翌日中に手術となりそうだという話だった。

手術の承諾については、電話で病院側とバンコクのお姉さんがやり取りした。言葉が通じないので、日本に住んでいる日本語のある程度できるタイ人男性が助けてくれたらしい。病院側が日本語でその男性と電話で話し、その内容をタイ語でお姉さんに伝えるという、複雑なやり取りをしたようだ。

本来は電話での手術の承諾はできないのだが、緊急事態なので病院側もとりあえずはそれで手術の準備を進めた。本人は意識がなく、ICUの中だ。

日本人女性が困って僕に相談したのは、病院側が病院へ来てくれる通訳を要求したこと。バンコクからお姉さんが来ても、通訳がいないと、きちんとした話ができない。日本人の女性は「こんにちは」くらいのタイ語しかできない。でも僕には日本に知り合いの通訳はいない。

もし亡くなった妻が生きていれば、日本語のできるタイ人の知り合いに片っ端から連絡しただろうと思う。前妻は、こういう事態での対応はすばらしく速く、的確だった。しかも、倒れたタイ人女性とは友達だった。日本にいるバイリンガルレベルのタイ人をたくさん知っていたはずだから、すぐに病院へ行かせたと思う。もし元気だったら、すぐ日本へ飛ぶと言ったかもしれない。それくらい“人の面倒をみる習性”のある女だった。

それはともかく、僕では何の役にもたたない。ましてやチェンマイにいるから、なおさらだ。もし日本にいれば、病院まではすぐ駆けつけると思うけど、そのあとは何もできないだろう。それに比べれば、僕に連絡してきた日本人女性は仕事も放り投げて今日も病院に付きっきりだ。

多分、今日中に手術だろう。もう始まっているかもしれない。でも医者が言うには、もし一命をとりとめることができたとしても、後遺症は残る。それと医療費については、海外傷害保険に加入して日本へ行ったそうだが、病気が病気だけに、それでは足りないかもしれないそうだ。

以前、チェンマイの若い女性がタイへ帰る直前に日本で心臓発作を起こし(虚血性心不全)、大手術を受けて一命をとりとめてタイに帰国したというニュースがあった。この人が搬送された病院と、今回の病院は同じだ。

ニュースに登場した女性の場合は、保険も何もなく、治療費は1800万円かかったそうだ。そのうちの半分くらいは在日タイ大使館が支払ったようだが、残りは、本人が一生かかっても返済すると言っている、ということだった。

実は今朝になって、病院に付き添っている日本人女性は東京のタイ大使館に連絡を取ろうとしたが、誰も電話に出なかったそうだ。そこで彼女はどうしたか・・・。すぐに霞が関の日本外務省に電話した。そしたら外務省はホットラインを使ってタイの大使館に連絡してくれた。「外務省ルート」と言った昨夜の僕のアドバイスがひょっとして役にたったのかもしれない。

懸案の通訳も、今日はタイ人の女性が病院に来てくれたそうだ。ノービザで日本に入国したタイ人女性も、もちろんこのまま入院していても不法滞在にはならないことを確認している。こういう経験はその日本人にとって初めてだと思うが、なかなかしっかりした人だ。いざというとき、だいたいは女性の方が落ち着いているものだと思う。

僕は今朝、彼女へのLINEにこう書いた。「この後のことはあまり考えず、今日のことだけを考えて、助けてあげてください」

あとは手術がうまくいって、なるべく後遺症が少ない形で退院できることを祈るだけだ。



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恐るべきタイ人のネットワーク

3月28日(水)

昨日の記事の続報。

くも膜下出血で東京医科歯科大付属病院に運ばれたタイ人女性は昨日脳外科手術を受けた。経過は順調で、バンコクからやってきたお姉さんの存在も認識できるようになったという報告を受けた。

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(左がお姉さん)

あとは合併症などが出なければ、1ヶ月くらいで退院できる可能性があるそうだ。後遺症が残るかどうかは、今のところはわからない。

さて、今回の緊急事態で強く印象づけられたのは、日本にいるタイ人のネットワークのことだ。

一昨日の夕方に女性は病院に搬送されたのだが、その医科大学には何人かのタイ人留学生がいた。そして彼らが素晴らしい活躍をしてくれたらしい。

まず、病院側が通訳を求めた時、すぐに留学生が東京にいる日本語の堪能なタイ人をFacebookを通じて探した。そうしたら数時間以内に5人もの人が名乗り出た。もちろんボランティアで 報酬がないにも関わらずだ。

そのおかげで、倒れた女性と一緒に東京に来ていたタイ人や、バンコクから駆けつけて来たお姉さんと病院側とのコミュニケーションがうまくいった。

そして初めての海外旅行となったお姉さんを空港に迎えに行ったり 宿泊先の確保をしてくれたのも、全部Facebookで知ったボランティアのタイ人たちだ。だからタイ人女性に付き添っている日本人の負担はその分少なくて済んだのだ。一番驚き、感謝しているのはその日本人だと思う。

その話を日本人の女性から聞いて、ちょっと調べてみたら、東京医科歯科大学とタイの医科大学や病院との連携が強固であることがわかった。そうした日頃の結びつきが、たくさんのタイ人ボランティアが駆けつけてくれた理由の根底にあると思う。

一方、東京にあるタイ大使館はほとんど何もしてくれていないらしい。やっぱり役所とはそういうものなのかもしれない。政治家や有力者の言うことは聞くが、一般の市民にはあまり親身になって対応してくれない傾向は否めない。

そう言えば、チェンマイの日本総領事館も似たようなものだったことを思い出した。

一昨年、僕の友達でもない近所の日本人男性が末期がんで余命幾ばくもない時に、日本に家族がいるなら、なんとか連絡をつけてあげることが出来ないかと領事館に相談に行った。在留届けから、それらしき日本の住所と電話番号が見つかった。

でも領事館の人は僕に電話してくれと言った。そればかりか男性の家族に連絡がついて、娘さん達がチェンマイに父を訪ねてやってくる時、僕に空港まで迎えに行ってくれと頼んだ。その後も、病身の妻と僕とで出来るだけのことはしたつもりだ。

僕も無報酬というだけでなく、時間と費用の持ち出しで協力したし、今の事態も東京のタイ人たちが、知り合いでもない同胞のために無報酬で活躍してくれている。

これは素晴らしいことだ。僕もジーンと感動している。タイ人のネットワークも捨てたもんじゃない。




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あまりの筋力低下に愕然とした

3月29日(木)

「少しは体を鍛え直しなさい!」と彼女が言ったわけではない。昨日急に思いたってエキスパンダーを買ってきた。

腕などの筋力を維持しようと、軽い2キロくらいの“おもり”を使って体操をしていたのは3年位前までのこと。エキスパンダーとなると、かれこれ10年以上使ったことがなかった。


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このエキスパンダーは鋼鉄製のコイルが5本装着されていた。とても横に引っ張るのは無理。1本減らして4本にし、もう1本外して3本にし、そして2本になった。

それでも、ちゃんと引っ張れない!さすがに1本だけにはしたくない。これが最後!

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モデルを買って出て説明すると、どうやっても、右手が伸ばせない。伸ばそうとすると、昔傷めたことのある右肩のあたりに痛みが走る。こういう運動の場合、絶対に痛みを感じてはいけない。だから無理できない。

ということで、左右に“弓を引く動作”と合わせて、こんな形の運動を取り入れることにした。


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足の先でエキスパンダーの取っ手の片方を押さえつけて、右の腕、左の腕、さらに両方の腕で上方に引っ張る。順手と逆手の両方で、それぞれ20回ずつ、都合120回引っ張ることになる。これなら痛みはまったくない。しかも、この方法だとゴルフのときに役立つ背中の筋肉の強化にもなると思う。

それにしても、60代半ばを過ぎて、こんなにも筋力が落ちているとは知らなかった。毎日少しづつでもエキスパンダーで運動を続ければ、少しは筋力が回復してくるのだろうか?それとも、筋力の維持には役立っても、強化は土台無理なんだろうか?

昔から体重が変わってないと言いながら、ウエストだけは相当太くなった。30代のころの逆三角形の体形はもう望めない。でも、毎日のお勤めとゴルフのために、何とか頑張ってみようと思う。


上腕の筋肉がこれだけ落ちているのに、お勤めは目下3連投中。つまり、ほとんど腕や下半身の筋力は関係なくて、あそこに血液が滞留してくれるかどうかだけの問題のようだ。



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「独裁者とは取引できない」

3月30日(金)

我ながら珍しいタイトルを付けた。もちろん、北朝鮮の最近の動きを注視しているから出てきたタイトルだ。

昨日から「ウインストン・チャーチル~ヒトラーから世界を救った男~」(角川書店)という本を電子書籍で読んでいる。チャーチルについては、本人の自伝を含めて、これまでに夥しい数の書物が著わされている。今さらと思うのだけれど、たまにはこういうのも良かろうと思って読んでみた。

これまでのチャーチルに関する本と違うとすれば、当時のイギリス政府の要職を占めていた人物の日記から多数引用されていて、これまでのチャーチル像とは少々違うイメージが醸し出されていることだろうか。葉巻と大酒飲みのイメージは変わらないが。

チャーチルは1940年5月、ドイツのヒトラーがヨーロッパを蹂躙し始めた丁度その時に首相に就いている。それまで対ドイツ宥和政策に傾斜して、ナチスに騙され続けていた政権とは違って、ヒトラーの狙いを早くから看破して警戒していたチャーチルの政治家としての浮き沈みを克明に描いている。首相就任は65歳のときだ。

とても印象に残ったのはこれだ。

チャーチルは、「独裁者とは取引できないという固い信念をもっていた」というくだりだ。

もちろん、今の北朝鮮の指導者のことが頭に浮かんだから、この言葉が印象付けられたのだ。側近を容赦なく粛清し、兄も暗殺し、核兵器とICBMの開発を押し進め、日本・韓国・アメリカを威嚇し、東アジアのみならず世界の安全を脅かしてきた独裁者が、急に踵を返したからと言って信用するバカはいないだろう。

第二次世界大戦前のイギリスでも、まさかヒトラーが世界制覇の野望を持っているとは誰も信じていなかったし、自国の安全を脅かす存在になるとは、ほとんどの人が思っていなかった。でも、チャーチルは違った。少しの妥協もしてはならないと固く信じていた。そして、彼の思った通りの結果になった。たくさんの犠牲は払ったが、ヒトラーの野望を打ち砕いたのだ。

この本を読んでいて、支持率を回復したいとか、アメリカに後れをとってはいけないとか、そういうくだらない次元で独裁政権と取引しては絶対にいけないという思いを強くした。トランプもそうだが、わが政府は大丈夫だろうか?

政治的指導者の評価は過去の行為と言動がすべてだ。それ以外にあり得ない。金正恩のこれまでの言動とやってきた事を知っていれば、よもや騙されないとは思うが、最近の日本の政治家を見ていると、信念と先見性の両方について、懐疑的になるのは僕だけだろうか。マスコミのいい加減さも心配だ。金正恩はまぎれもない独裁者だ。安倍の比ではない。



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プロフィール

Niyom

Author:Niyom
2012年、60歳でチェンマイへ移住。2017年にタイ人の妻を病気で亡くした後、愛人だった若いタイ人女性と再婚、前妻が可愛がっていた小さな犬2匹も一緒に暮らしている。

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