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“日本語教室”盛況!

3月31日(土)

先週の土曜日から始める予定だった日本語教室が1週間遅れでスタートした。最初は彼女と友達の2人が生徒だと思っていたのに、今日蓋を開けてみたら5人になっていた。直前まで知らなかった。

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一番左は彼女、その右は友達と小学校2年の男の子、それからデザイナーの女性、学校の先生の5人だ。日本語の教科書は3冊しか用意してなかった。先生の僕はその日に授業する分だけコピーした。

20歳前後のときに、英語をアメリカ人女性から“個人授業”で2年間ほど習ったことがある。タイに移住する少し前はタイ語教室で学んだことがある。それ以外は外国語の“会話の授業”の経験はない。もちろん、日本語を教える方法について学んだことはない。

「適当にやる」ことはできない性格だから、一応は授業の大方針は立てた。今日の1回目の授業についても、用意した教科書にべったりくっついた授業ではなく、独自の内容を織り込んで進めることにした。

さて、結果は・・・

やっぱり外国語の適性がある人と、ない人の差が歴然としていた。僕の言う通り口真似してきちんと発音できるひと、その応用で質疑応答をきちんとこなせる人、ほとんどできない人・・・

そして飛び込みで入っていた小学校2年の男の子は、さすがに子供だ。まったく初めて接する日本語のはずだが、きちんと発音できる。一番“出来”の悪かった生徒は彼女。それだけは歴然としていた。

なぜかというと、照れるのだ。僕の発音する通りに声に出せと言っても、僕の顔を見て笑い出すのだ。質疑応答もダメ。向かい側に座っている友達に、たとえば「明日は忙しいですか?」と質問するように言っても、相手の方を見ないで僕の方ばかりを向いて笑い出すのだ。まったく困った生徒だ。友達の前で照れている。

とにかく、最初の授業の1時間半はあっという間に過ぎた。僕は日本語と言うより、タイ語をいっぱい喋ったので喉が疲れた。僕のタイ語を正しいタイ語に直してくれる生徒もいて、ある意味では有難かったが、できればタイ語を使わないで授業する方がいい。でも当分は無理そうだ。みんな簡単な挨拶くらいしか知らないのだから。

感心したのは、教科書にない例文を僕がアドリブで発すると、それをタイ文字を使って本やノートに書き込んで勉強する生徒が2人もいたこと。つまり、やる気十分だということが分かって嬉しかった。

1時間半の授業のあとは、全員が大好きなビールの時間となった。これが目的ではなさそうだが、時間で言えば、勉強よりも長くなったのは当然と言えば当然か。僕はいち早く切り上げて2階へあがり、今これをせっせと書き上げた。

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「独裁者とは取引できない」

3月30日(金)

我ながら珍しいタイトルを付けた。もちろん、北朝鮮の最近の動きを注視しているから出てきたタイトルだ。

昨日から「ウインストン・チャーチル~ヒトラーから世界を救った男~」(角川書店)という本を電子書籍で読んでいる。チャーチルについては、本人の自伝を含めて、これまでに夥しい数の書物が著わされている。今さらと思うのだけれど、たまにはこういうのも良かろうと思って読んでみた。

これまでのチャーチルに関する本と違うとすれば、当時のイギリス政府の要職を占めていた人物の日記から多数引用されていて、これまでのチャーチル像とは少々違うイメージが醸し出されていることだろうか。葉巻と大酒飲みのイメージは変わらないが。

チャーチルは1940年5月、ドイツのヒトラーがヨーロッパを蹂躙し始めた丁度その時に首相に就いている。それまで対ドイツ宥和政策に傾斜して、ナチスに騙され続けていた政権とは違って、ヒトラーの狙いを早くから看破して警戒していたチャーチルの政治家としての浮き沈みを克明に描いている。首相就任は65歳のときだ。

とても印象に残ったのはこれだ。

チャーチルは、「独裁者とは取引できないという固い信念をもっていた」というくだりだ。

もちろん、今の北朝鮮の指導者のことが頭に浮かんだから、この言葉が印象付けられたのだ。側近を容赦なく粛清し、兄も暗殺し、核兵器とICBMの開発を押し進め、日本・韓国・アメリカを威嚇し、東アジアのみならず世界の安全を脅かしてきた独裁者が、急に踵を返したからと言って信用するバカはいないだろう。

第二次世界大戦前のイギリスでも、まさかヒトラーが世界制覇の野望を持っているとは誰も信じていなかったし、自国の安全を脅かす存在になるとは、ほとんどの人が思っていなかった。でも、チャーチルは違った。少しの妥協もしてはならないと固く信じていた。そして、彼の思った通りの結果になった。たくさんの犠牲は払ったが、ヒトラーの野望を打ち砕いたのだ。

この本を読んでいて、支持率を回復したいとか、アメリカに後れをとってはいけないとか、そういうくだらない次元で独裁政権と取引しては絶対にいけないという思いを強くした。トランプもそうだが、わが政府は大丈夫だろうか?

政治的指導者の評価は過去の行為と言動がすべてだ。それ以外にあり得ない。金正恩のこれまでの言動とやってきた事を知っていれば、よもや騙されないとは思うが、最近の日本の政治家を見ていると、信念と先見性の両方について、懐疑的になるのは僕だけだろうか。マスコミのいい加減さも心配だ。金正恩はまぎれもない独裁者だ。安倍の比ではない。



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あまりの筋力低下に愕然とした

3月29日(木)

「少しは体を鍛え直しなさい!」と彼女が言ったわけではない。昨日急に思いたってエキスパンダーを買ってきた。

腕などの筋力を維持しようと、軽い2キロくらいの“おもり”を使って体操をしていたのは3年位前までのこと。エキスパンダーとなると、かれこれ10年以上使ったことがなかった。


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このエキスパンダーは鋼鉄製のコイルが5本装着されていた。とても横に引っ張るのは無理。1本減らして4本にし、もう1本外して3本にし、そして2本になった。

それでも、ちゃんと引っ張れない!さすがに1本だけにはしたくない。これが最後!

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モデルを買って出て説明すると、どうやっても、右手が伸ばせない。伸ばそうとすると、昔傷めたことのある右肩のあたりに痛みが走る。こういう運動の場合、絶対に痛みを感じてはいけない。だから無理できない。

ということで、左右に“弓を引く動作”と合わせて、こんな形の運動を取り入れることにした。


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足の先でエキスパンダーの取っ手の片方を押さえつけて、右の腕、左の腕、さらに両方の腕で上方に引っ張る。順手と逆手の両方で、それぞれ20回ずつ、都合120回引っ張ることになる。これなら痛みはまったくない。しかも、この方法だとゴルフのときに役立つ背中の筋肉の強化にもなると思う。

それにしても、60代半ばを過ぎて、こんなにも筋力が落ちているとは知らなかった。毎日少しづつでもエキスパンダーで運動を続ければ、少しは筋力が回復してくるのだろうか?それとも、筋力の維持には役立っても、強化は土台無理なんだろうか?

昔から体重が変わってないと言いながら、ウエストだけは相当太くなった。30代のころの逆三角形の体形はもう望めない。でも、毎日のお勤めとゴルフのために、何とか頑張ってみようと思う。


上腕の筋肉がこれだけ落ちているのに、お勤めは目下3連投中。つまり、ほとんど腕や下半身の筋力は関係なくて、あそこに血液が滞留してくれるかどうかだけの問題のようだ。



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恐るべきタイ人のネットワーク

3月28日(水)

昨日の記事の続報。

くも膜下出血で東京医科歯科大付属病院に運ばれたタイ人女性は昨日脳外科手術を受けた。経過は順調で、バンコクからやってきたお姉さんの存在も認識できるようになったという報告を受けた。

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(左がお姉さん)

あとは合併症などが出なければ、1ヶ月くらいで退院できる可能性があるそうだ。後遺症が残るかどうかは、今のところはわからない。

さて、今回の緊急事態で強く印象づけられたのは、日本にいるタイ人のネットワークのことだ。

一昨日の夕方に女性は病院に搬送されたのだが、その医科大学には何人かのタイ人留学生がいた。そして彼らが素晴らしい活躍をしてくれたらしい。

まず、病院側が通訳を求めた時、すぐに留学生が東京にいる日本語の堪能なタイ人をFacebookを通じて探した。そうしたら数時間以内に5人もの人が名乗り出た。もちろんボランティアで 報酬がないにも関わらずだ。

そのおかげで、倒れた女性と一緒に東京に来ていたタイ人や、バンコクから駆けつけて来たお姉さんと病院側とのコミュニケーションがうまくいった。

そして初めての海外旅行となったお姉さんを空港に迎えに行ったり 宿泊先の確保をしてくれたのも、全部Facebookで知ったボランティアのタイ人たちだ。だからタイ人女性に付き添っている日本人の負担はその分少なくて済んだのだ。一番驚き、感謝しているのはその日本人だと思う。

その話を日本人の女性から聞いて、ちょっと調べてみたら、東京医科歯科大学とタイの医科大学や病院との連携が強固であることがわかった。そうした日頃の結びつきが、たくさんのタイ人ボランティアが駆けつけてくれた理由の根底にあると思う。

一方、東京にあるタイ大使館はほとんど何もしてくれていないらしい。やっぱり役所とはそういうものなのかもしれない。政治家や有力者の言うことは聞くが、一般の市民にはあまり親身になって対応してくれない傾向は否めない。

そう言えば、チェンマイの日本総領事館も似たようなものだったことを思い出した。

一昨年、僕の友達でもない近所の日本人男性が末期がんで余命幾ばくもない時に、日本に家族がいるなら、なんとか連絡をつけてあげることが出来ないかと領事館に相談に行った。在留届けから、それらしき日本の住所と電話番号が見つかった。

でも領事館の人は僕に電話してくれと言った。そればかりか男性の家族に連絡がついて、娘さん達がチェンマイに父を訪ねてやってくる時、僕に空港まで迎えに行ってくれと頼んだ。その後も、病身の妻と僕とで出来るだけのことはしたつもりだ。

僕も無報酬というだけでなく、時間と費用の持ち出しで協力したし、今の事態も東京のタイ人たちが、知り合いでもない同胞のために無報酬で活躍してくれている。

これは素晴らしいことだ。僕もジーンと感動している。タイ人のネットワークも捨てたもんじゃない。




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知り合いのタイ女性が日本で“くも膜下出血”

3月27日(火)

昨夜、日本人女性からLINEが入ってきた。日本へ観光旅行に出かけた知り合いのタイ人女性が突然倒れて意識不明となり、東京都内の国立病院へ救急搬送されたという内容だった。くも膜下出血の疑いが濃く、今検査中ということだった。

当事者のタイ人女性と、彼女が訪問した先の日本人女性については詳しく書かないことにするが、お二人とも僕が知っている人で、だからすぐに僕の所へ連絡が来たのだ。

倒れた女性と一緒に、タイ人の女友達とその娘さんが東京旅行に同行していた。友達がバンコクにいるお姉さんの連絡先を知っていたので、情報はすぐにタイの親戚に伝わった。(倒れた女性は以前日本人男性とチェンマイで暮らしていたが、その男性が亡くなった後は一人暮らしだった)

バンコクのお姉さんはパスポートを持っていなかった。すぐに(タイの)外務省に連絡して、緊急用のパスポートを発行してもらうことになり、今日日本に向かっているはずだ。そのお姉さんとも僕は会ったことがある。初めての海外なので、きっと大変だろう。

昨夜は、日本人女性とは何度かLINEで通話した。夜9時ごろの時点では“くも膜下出血”という診断がはっきりして、翌日中に手術となりそうだという話だった。

手術の承諾については、電話で病院側とバンコクのお姉さんがやり取りした。言葉が通じないので、日本に住んでいる日本語のある程度できるタイ人男性が助けてくれたらしい。病院側が日本語でその男性と電話で話し、その内容をタイ語でお姉さんに伝えるという、複雑なやり取りをしたようだ。

本来は電話での手術の承諾はできないのだが、緊急事態なので病院側もとりあえずはそれで手術の準備を進めた。本人は意識がなく、ICUの中だ。

日本人女性が困って僕に相談したのは、病院側が病院へ来てくれる通訳を要求したこと。バンコクからお姉さんが来ても、通訳がいないと、きちんとした話ができない。日本人の女性は「こんにちは」くらいのタイ語しかできない。でも僕には日本に知り合いの通訳はいない。

もし亡くなった妻が生きていれば、日本語のできるタイ人の知り合いに片っ端から連絡しただろうと思う。前妻は、こういう事態での対応はすばらしく速く、的確だった。しかも、倒れたタイ人女性とは友達だった。日本にいるバイリンガルレベルのタイ人をたくさん知っていたはずだから、すぐに病院へ行かせたと思う。もし元気だったら、すぐ日本へ飛ぶと言ったかもしれない。それくらい“人の面倒をみる習性”のある女だった。

それはともかく、僕では何の役にもたたない。ましてやチェンマイにいるから、なおさらだ。もし日本にいれば、病院まではすぐ駆けつけると思うけど、そのあとは何もできないだろう。それに比べれば、僕に連絡してきた日本人女性は仕事も放り投げて今日も病院に付きっきりだ。

多分、今日中に手術だろう。もう始まっているかもしれない。でも医者が言うには、もし一命をとりとめることができたとしても、後遺症は残る。それと医療費については、海外傷害保険に加入して日本へ行ったそうだが、病気が病気だけに、それでは足りないかもしれないそうだ。

以前、チェンマイの若い女性がタイへ帰る直前に日本で心臓発作を起こし(虚血性心不全)、大手術を受けて一命をとりとめてタイに帰国したというニュースがあった。この人が搬送された病院と、今回の病院は同じだ。

ニュースに登場した女性の場合は、保険も何もなく、治療費は1800万円かかったそうだ。そのうちの半分くらいは在日タイ大使館が支払ったようだが、残りは、本人が一生かかっても返済すると言っている、ということだった。

実は今朝になって、病院に付き添っている日本人女性は東京のタイ大使館に連絡を取ろうとしたが、誰も電話に出なかったそうだ。そこで彼女はどうしたか・・・。すぐに霞が関の日本外務省に電話した。そしたら外務省はホットラインを使ってタイの大使館に連絡してくれた。「外務省ルート」と言った昨夜の僕のアドバイスがひょっとして役にたったのかもしれない。

懸案の通訳も、今日はタイ人の女性が病院に来てくれたそうだ。ノービザで日本に入国したタイ人女性も、もちろんこのまま入院していても不法滞在にはならないことを確認している。こういう経験はその日本人にとって初めてだと思うが、なかなかしっかりした人だ。いざというとき、だいたいは女性の方が落ち着いているものだと思う。

僕は今朝、彼女へのLINEにこう書いた。「この後のことはあまり考えず、今日のことだけを考えて、助けてあげてください」

あとは手術がうまくいって、なるべく後遺症が少ない形で退院できることを祈るだけだ。



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彼女と、夜のマーケットへ行ってきた

3月26日(月)

昨日は、彼女が泣き出しそうになった。

夕方、彼女は女友達2人とチェンマイ市内のナイトマーケットへ買い物に行って、帰ってくるのは10時ごろになると僕に言った。ということは、夕食は僕一人で家で食べろということ。しかもその友達とは、以前一緒に車で出かけて、帰宅が深夜になった2人。またビールをしこたま飲んで、酔っぱらって帰ってくるような気がした。

「僕はイヤだ。家で一人でご飯を食べるのはお断りだ。僕がどれだけ淋しい思いをするのか、キミは分かってるのか?」

前回、彼女のいない、犬しかいない家で、夜ひとりでご飯を食べてお酒を飲んで、本当に淋しかったので、そのとおりに、正直に言っただけだ。さらに・・・

「友達と行ってもいいよ。どうぞ。でも朝まで帰ってくるな。僕は僕で一人で街へ行くから、帰ってこなくていいよ」

そう言いながら、「年甲斐もなく、若い彼女になぜ駄々っ子のような口を利くのか」と、自分で自分に呆れたけれど、ちゃんと思ってることを言葉に出した方がいいような気もした。

彼女は一切口答えしなかった。でも顔から血の気が引いたような様子で、そのままベッドに倒れ込んで突っ伏してしまった。泣いているような感じもした。しばらく、そのままだったが、やおら起き上がって言ったのは・・・

「じゃあ、アナタも一緒に行きますか?」

「いや、一緒に行かない。分かったよ。友達と行っておいで」という答えを期待しているのかと一瞬思った。でも、彼女はそんな変化球を投げるような、ずるい女ではない。(野球の変化球は、ずるくないよ)

「もちろん、一緒に行くよ!」

自分の顔が見る見る緩んで嬉しそうになってるのが分かった。彼女も泣きそうだったのが明るい表情に一変した。な~んだ。最初からそう言えばいいじゃないか。言葉以上に、顔の表情の方が雄弁だ。これはなかなか嘘がつけない。

どうして誘わなかったのかと聞くと、(若い)女3人とショッピングなんて、僕が嫌がると思ったのだという。「年寄りと歩くのが恥ずかしいの?」と聞くと、そんなことはなくて、「ただ遠慮しただけ(クレンチャイ)」と答えた。

ということで、彼女の友達と、その女友達を含めて、4人で夜のマーケットへ出かけた。友達の車だったので、僕は彼女と一緒にリアシートで楽々。自分が運転しないと、車窓から見える左右の街の様子がこんなによく見えるのかと、驚いた。人の運転する車に乗ってどこかへ行くという経験が僕には殆どなかったのだ。




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「ナーモーマーケット」と呼ばれている。「モーショーチェンマイ(チェンマイ大学)」の前にあるマーケットと言う意味だ。きっと別の正式名称があるのだろう。相当に広い。客層は10代から20代がメインで、見た感じでは40代以上が少ない。外国人の数も非常に少ない。ナイトバザールやサンデーマーケットなど、有名な観光マーケットとはまったく客層が異なる。僕は初めてだった。

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食べるところも充実している。タイ料理だけでなく、日本食専門のだだっ広い食堂もあった。ただし、どこも人でいっぱいだ。


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彼女のお目当てはもちろん服。僕のシャツも、誕生日プレゼントに続いてまた1枚買ってくれたけど、彼女のは・・・4枚だったかな?

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安物のイヤリングや指輪にも興味津々。知らない間に39バーツの指輪を1個買っていた。


マーケットでの滞在時間は2時間足らず。帰りに4人で美味しいラーメンを食べた。1杯35バーツ也。6時過ぎに家を出て、家に帰ってきたのは10時ピッタリ。彼女たちは結局ビールは飲まなかった。僕がいたから遠慮したんだろうね。彼女が酔ったら困るから?

これで、次からも「ジジイ抜き」とはいかなくなるだろう。そして「ビール抜き」かな?それは僕の本意ではないんだけど・・・

そのあと僕と彼女は家でスピリッツのソーダ割を仲良く飲みながら、僕一人に食べさせるつもりで彼女が夕方買ってきていた魚料理(プラータプティム・ヌンマナオ)を温めて一緒に食べた。夜も12時を過ぎたので、珍しくお勤めを省略して眠りに就いたのだった。



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前の奥さんのことは、もう忘れられた?

3月25日(日)

妻が亡くなってから、あと2か月足らずで1年になろうとしている。でも、「もう忘れられた?」というような質問は誰もしない。

日本人もタイ人も、友達であれ、亡くなった妻の子どもであれ、誰一人として僕の目の前では話題にすることがない。敢えて避けているのかもしれないし、もうとっくに忘れたのかもしれない。高校生の男の子にお母さんの話をすると、「どうして死んだ人の話をするんだよ」と怒る。

僕自身は、彼女と一緒にいるときに思い出すことはまずない。でも、一人でいるときは別だ。とくに車を運転しているときは今でも頻繁に思い出す。楽しい思い出とは程遠くて、やはり胸が張り裂けるくらいに辛い思い出だ。

家にいる時でも、彼女が1階にいて僕が2階にいる時は、やはり亡くなった妻のことを思うことがある。

「どうしてあんなに早く死んでしまったの」

「病気にならなくて、ずっと一緒にいられたら、どんなに幸せだったか」

・・・どうしても、そういう思いになる。



ところで昨日、彼女が珍しくこんなことを言った。

「どこか、近いところでいいので、外国へ旅行に行きましょうか」

「日本は?」

「まだまだ。ラオスあたりは?」

「ラオスだったら、タイのきれいな海のある所の方がいいんじゃない?」

彼女とそんなやり取りをしながら、前妻との果たせなかった約束をいやでも思い出していた。

亡くなった妻は日本以外の外国へ行ったことがなかった。亡くなる1年ちょっとくらい前、フランスあたりへ旅行しようか、と提案したことがある。僕は仕事で何度か行ったことがあったので、一度くらいは妻の見たことのない世界へ連れて行ってあげたいと思ったのだ。

でも、そうこうしているうち妻は「お金がいっぱいかかるから、もういいです」と言い出した。その代わりに、「タイの中でいいから、クラビかどこか、海のきれいなところへ連れてって」と口にするようになった。でも、だんだんと病状が悪化し、それすらも果たせなかった。

死を迎える3週間くらい前、「結局、海も連れてってくれなかったわね」と、恨めしそうに僕を見つめた妻の顔をはっきりと覚えている。目には涙をためていた。


そして今朝・・・

彼女はいつものように5時に起きて、亡くなった妻が誰よりも可愛がっていた犬のチビと一緒に1階に降りた。僕はいつものように6時に起きた。そして30分くらいベッドの中で亡くなった妻に思いを寄せていると、ハッと気が付いた。まるで目から鱗が落ちるように。

彼女は生きている!僕の中でずっと生き続けている!いつも何かあると、僕は彼女に話しかけているではないか。

「これはどうしたらいいの?」

「あなたはどう思うの?」

そうすると、亡くなった妻はいつも答えてくれるのだ。僕の心の中で。

僕は自分が死んだら妻を探しに行こうと思っていた。でも、それは全く違うことに気が付いた。死んだら、何もない。それは無の世界。自分もなければ、愛する人もない。何もない世界だ。いや、世界もない。無。永遠の無。

そして、探しに行かなくても彼女はいま僕の中にいる。いつでも会っているし、いつでも会話している。そのことがやっと分かったのだ。


「あなたは、どうかしてるんじゃない?」と思う人もいるだろう。どうもしていない。愛する人を亡くした経験のある人なら、僕の言ってることが少しは分かるんじゃないかな。


僕は亡くなった妻のことを敢えて忘れようとはしていない。思い出そうともしていない。でも、今も一緒にいるという感覚が僕の中にある。そしてその感覚は、ごくごく自然なことのように思われるのだ。

辛い思い出も、きっといつか甘美な思い出に変わるはずだ。亡くなった妻は僕の中に一緒にいるんだと気が付いたときから、それが始まっているのかもしれない。


これから先の人生も、亡くなった妻と彼女の二人の女を愛し続けることができるような気がしてきた。彼女には内緒だけど。



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今日から日本語の勉強だ!

3月24日(土)

と言っても、僕じゃないよ。僕は先生だ。彼女と、彼女の友達(学校の先生)の2人が生徒だ。授業料は、もちろんタダ。タダより高いものはないと言うが、どうなるのかな?

昨日、本屋へ行って日本語の本を買ってきた。日本語会話の入門書だ。190バーツもした。これは僕からのプレゼント。

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中味はこんな感じ。

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250ページくらいで、主に単語と会話文から構成されているシンプルなのを選んだ。日本語の次にタイ文字による発音が書いてあって、3つ目にタイ語で意味が書いてある。

僕は日本語の発音をタイ文字で表記することに大反対なんだ。彼女たちが、発音はタイ文字で書いてあるのがいいというので、節を曲げた。女には勝てないから。僕が反対する理由は、タイ文字では、日本語の発音を正しく表記できない音が存在するからだ。英文字だと、だいたいOKだけど。

それより、自宅に帰って本をチェックしていたら、こんなのが・・・

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1か所だけならミスプリかと思うけど、ここにも。

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「むすめ」に見えなくて、「ぬすむ」に見えるのだ。そんなわけないか。

さらには、こんな表現も。

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「ワタシ ワ シロイガ スキデス」・・・これって、外国人が言いそうだよね。日本人なら「白が好きです」か「白い色が好きです」と言う人が、99%だと思う。「白いのが好きです」もありだね。

ついでに、その下の「むらさき」も、「むらさき すきです」は外国人っぽい日本語だよね。日本人は普通は「むらさき が すきです」と言うよね。助詞の使い方は外国人にはピンと来ないのだ。

でも待てよ。よ~く見ると、「わたし は が むらさきすきです」となってるね(笑)。タイ文字の方は「ワタシワムラサキガスキデス」と書いてあるけど。

ということで、「この本外国人作った本ある確定!」・・・おいおい、中国人かよ。真面目な話し、きっと日本人の誰かが監修したかもしれないと思うんだけど、適当にやったな。僕が監修してあげればよかった。

僕なら、「これはタイ人が学ぶ教材だから、『しろい が すきです』の方が、外国人らしくていいんですよ」と・・・・・言わない、絶対。


よく見ると、他にも小さな間違いがちらほらとあるけど、これもご愛敬か。昔から日本語は下手な僕が教えるんだから、この程度の教材で十分だ。ただし、「むすぬ」はダメだな。これは重大な間違いだ。「むすめはぬすむ」って言ってるみたいで、何か身につまされるね(笑)。



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私たちに関係ないことをなぜ聞くの?

3月23日(金)

昨日書いた記事のことで、僕自身もこんがらがっていたので、今日もう一度彼女に聞いてみた。そうしたら、彼女は相当に不機嫌になった。

「お姉さんを産んだお母さん(お父さんの愛人)は今どこにいるの?」

「お姉さんを産んでから暫くして亡くなったと聞いてるわ」

「じゃあ誰がお姉さんを育てたの?」

「ワタシを産んだお母さんですよ」

「じゃあ、キミを産んだお母さんはずっとお父さんと一緒?」

「そうです。結婚届は出してないけど、結婚式をやってる。」

タイでは結婚届なんて、どうでもいいと言うと言い過ぎだけど、書類上のことを気にする人は少ないのは僕でも知っている。世の中は、結婚届を出してなくて夫婦として見てくれる。

「ということは、お母さんはお父さんの“愛人”ではなかったわけだ」

「当たり前でしょう」

そうだったんだ。

「じゃあ、どうしてキミをイサーンの妹の子どもにしてしまったの?」

「お母さんは貧乏で、一生懸命に働いていたの。そのころお父さんは道楽者で、女がたくさんいた。家庭を顧みない人だった。お母さんは仕事と育児で大変だった。だからワタシが生まれると、イサーンの妹の子どもにしたの。それがどうかしたの?」

お母さんは本当に苦労人だったようだ。お母さんが一生懸命に仕事して買った冷蔵庫を、チェンマイの家では18年も使ってた事実も聞いていた。

僕がいろいろ質問をするうちに、みるみる彼女の顔色が変わってきたのが分かった。怪訝そうな顔。一体この人は何を知りたいのかしら、と言う感じ。それで、僕は適当に切り上げていつものようにPCのある2階へ上がった。そうしたら、彼女が追いかけてきて・・・

「ほかに何か聞きたいことは?何回も何回も聞かれるのはイヤですから」

「じゃあ、ひとつ聞くよ。チェンマイの家はどうしてお姉さんが相続できたの?」

「だからもう言ったでしょ?お姉さんはお母さんが引き取って面倒をずっとみてきたの。だからお母さんが死んだら、お姉さんのものになったの。それがどうしたの?私たちに何か関係あるんですか?なぜそんなことを聞くんですか?」

「いや、ただ知りたかっただけだよ」

「あのね、もう1回言うけど、チェンマイの家のことは私たちには何の関係もないの。なんかおかしいですよ!」

あらあら、だんだん僕を詰問しはじめた。なぜそんなに不愉快になるのか、僕にはわからない。父親のことや、共通の父親をもつお姉さんのことを聞いてはいけないのだろうか・・・

「聞いてもいいんですけど、何回も聞くのはやめてください。第一どうでもいいことでしょ?ワタシとアナタは一緒にご飯食べて、一緒に寝て、ワタシはあなたの面倒を当然最後までみるし、あなたも生きてる限りはワタシの面倒を最後までみるんですよ。そうでしょ。他の人のことは関係ないでしょ!親戚だからって、私たちの幸せにはあまり関係ないでしょ。違いますか?」

う~ん、なるほど、そういう考え方か。とてもタイ人とは思えない割り切った考え方だ。だから、めったなことでは僕を親戚に会わせないのか・・・

「でも、僕たちは夫婦だろ。親戚のことを聞いちゃいけないのかい?」

「ダメとは言ってません。1回聞いたら、もうそれでいいでしょ?」

「だから、これまで聞かなかったことを今日聞いてるわけだよ」

「だから、アナタが他に聞きたいことは、もうないですね?」

「いや、まだあるんだけど、いっぺんに聞くと忘れるから」

「それは何ですか?」

「あなたのお母さんは何人きょうだいなの?」

・・・・・・

タイ語が未熟なのに、不思議と彼女とのやり取りを再現する能力が僕にはあるようだ。でも実際は、正確には理解できていないに違いない。そして、いつまでたっても、彼女が・・・

「他にまだありますか?」と、逆にしつこく聞くので、

「もういいよ。これで終わりにしよう。チョップレーオ!」

そう言いながらも、ついでにお父さんの名前と、イサーンのお母さんの名前を聞いておいた。何回聞いても忘れるから、聞かざるを得ないのだ。今日ははじめてノートにメモしておいた。お姉さんの名前は、ミッキーマウスの「ミック」だから、一度聞いたら忘れない。


「も~お、困った人ですね」という感じで彼女は1階に下りて行った。でも、すぐにLINEが来た。

「アナタのことを誰よりも愛してます! 御免なさい、また早口で喋って。親戚のことは、人にはめったに話さないのです。アナタの頭に入らなくても無理はありません。アナタを愛してます、ずっとずっとずっと・・・」

僕は日本でもタイでも、昔から親戚付き合いが大の苦手だから、ちょうどいい相手なのかもしれない。


それにしても、彼女はかなり例外的なタイ人ではないかな。普通は何かあるとすぐ親戚が来たり、連れて行ったりする。今のところ、僕たちの家の中まで入ったことのある親戚は、お姉さんだけだ。もうすぐ、イサーンの親戚の高校生の女の子が、夏休みだから一人でチェンマイに遊びに来ると言っているが・・・


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そうか、異母姉妹だったのか

3月22日(木)

何となく霞がかかったように視界が良くなかった彼女のお姉さんとお父さんのこと。それに、彼女が「お母さん」と呼んでいるイサーンの叔母さんのことも、ようやく分かってきた。。

イサーンの「お母さん」(実のお母さんの妹)の実家を改築する資金について、昨夜ご飯を食べている時に少し詰めた話をした。最終的にいくらまで出せるかという話だ。

お金の話はおいておくとして、その話のついでに、これまでちゃんと聞いていなかったことを聞いてみた。まずはチェンマイの実家の土地と家のこと。

お父さんはチェンマイの人だから、そこにある家はお父さんの名義だと考えるのが普通だ。でも、その家はお父さんではなく、お母さんのもので、お母さんが亡くなった後、彼女のお姉さんが相続した。なぜそうなったのか、いろいろ聞いていくうちに、意外な事実が分かった。

まず、お姉さんと彼女はお父さんは同じだけど、お母さんは違うというのだ。つまり“腹違い”。お姉さんのお母さんは、お父さんの恋人(愛人)だったのだそうだ。

お父さんには、昔は僕なんかには到底真似のできそうにないくらい愛人がたくさんいて、そのうちの一人が子供を産んだ。それが3つ年上のお姉さんだという。

それくらいのことは、タイでなくてもよくあること。別にどおってことない。でもそれだけでは、どうしてお父さんが持っていた土地と家がイサーン出身の(彼女の)お母さんの名義になったのか。

お父さんは以前は実家の近くにたくさん土地を持っていた。でも女がいっぱいいるものだから、何かとお金が必要で、持っている土地を次から次へと少しずつ売り払って遊びの資金にしたらしい。

「遊び」と言うと悪いイメージだが、「女を養うため」と言えば何となくわかる気がする。そして残っていた土地家屋を、彼女のお母さんにあげたというわけだ。

では、なぜお母さんに家をあげたのか? これには僕が想像していなかった事実が隠されていたようだ。

彼女は、この話をするときに少し口ごもった。あまり積極的に僕に話すという感じではなかった。これはあくまでも僕の想像だけれど、彼女のお母さんは実は、お父さんの「妻」ではなく、たくさんいた愛人のひとりだったのではないかということだ。なぜそう推論するのか?

僕の奥さんになった彼女は、日本で言うところの戸籍上は、実のお母さんの娘ではなかったのだ。今も住居登録証(タビアンバーン)はイサーンの「お母さん」(実のお母さんの妹)のところにある。

確かに産んだのは亡くなったお母さんだけど、お母さんが彼女を産んですぐに妹の子どもにしてしまったのだ。だから、彼女にとってはイサーンの叔母さんが「お母さん」なのだ。法律上は「お母さん」。僕が「義母」だと思っていたのが間違いだった。

しかも彼女はお父さんのいるチェンマイではなくイサーンで生まれ、高校を卒業してバンコクへ働きに出るまでずっとイサーンで「お母さん」に育てられたのだった。

しかも、生みの親ではない「お母さん」の持っているイサーンの土地などは、法律上は長女になる彼女に相続権があるのだ。

で、お父さんの土地と家がなぜ彼女の亡くなったお母さんの名義になったのかという問題だが・・・・

彼女を産んだお母さんは、お父さんの数ある恋人(愛人)の中のナンバーワンだったのだと思う。すでに別の恋人との間に娘(お姉さん)が生まれていたけれど、お父さんは彼女のお母さんの方をより愛した。だから、彼女が生まれた後、土地家屋はお姉さんのお母さんではなく、彼女のお母さんに与えたのだ。家をもらえなかった愛人は不満だったに違いない。

昨夜彼女と色々話をしていて、これまで何となく解せなかった彼女とお姉さんの関係がやっと解明できた。産みの親の妹にあたるイサーンの叔母さんが、実は法律上は「本当のお母さん」だったことは、もっと意外だった。そしてこれは、どうしても知っておく必要のあることだ。

それにしても、自分の出自にかかわる大事なことを、なぜもっと早く話さなかったのだろうか。

日本人の感覚からすれば、誰かと結婚するのであれば、このような話は自分からすべきだと思うだろう。ところが、タイ人は違うのだ。これは彼女に限った話ではない。

タイでは自分の産んだ子を、親戚の誰かの子にすることは、ごく当たり前のように行われている。前の妻の親戚もそうだった。養子に出す感覚とは全くの別物らしい。自分と血のつながった姉や妹の子にするのだから。自分の子どもの子ども、すなわち孫を自分の子にする人すらいる(日本でも皆無ではない)。

さらには、いわゆる正妻と愛人の境目があるのか、ないのか。あるとすれば、それは相続に関わる事だけなのか?また、正妻の子と愛人の子はほとんど同じなのか、違うとすれば何か?

タイは昔は一夫多妻の社会だったそうだ。日本ではとっくに消えてしまった一夫多妻の余韻がタイには色濃くまだ残っているような気がする。このタイ人の「結婚観」や「血縁」「相続」についての考え方をきちんと認識できないと、タイ社会のことを本当には理解できないのかもしれない。

僕ももう少し勉強しなくてはならないようだ。



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誰が嘘ついてるの?まったく!

3月21日(水)

亡くなった妻と暮らしていた家の電気代のことで、上の娘とまた喧嘩だ。

先月も、その娘が電話してきて、「オトウサン、電気代3000バーツ払って頂戴!」と言ってきたことがある。普段は1500バーツくらいなのに、冬の1月分の電気代が3000を超えるなんてあり得ないと思ったので、すぐに突っぱねた。

向こうの家の電気代に関しては、僕が半分以上を助けてあげてる。実の子どもでもなく、養子でもない成人した女性2人とその連れ合いの男が住んでいる家だ。でも、日本の僕の戸籍に入っている高校生の男の子も住んでいる。だから、僕が家を出て行ってからは、毎月1000バーツ補助している。

先月の3000バーツと言うのが本当だとすると、考えられないような高い料金だが、普段は1500~1700バーツだから(それでも高め)、1000バーツの補助で十分なはずだ。4人は仕事してるんだから。


そして今月も、昨日、高校生の男の子からLINEが入ってきた。

「電気代を払ってくれとT(長女)が言ってる」という文面だった。電気代はいくらか分からないが、1000バーツ払えということらしい。でも、ちと早すぎる。支払期限は4月の5~6日あたりのはずだ。一応、料金を確認する必要があるので、

「電気代の請求書の画像を送れ」と返事したところ、「誰かが持って行ったので、もうない」と書いてきた。何だか怪しい。

請求書も見せないで払ってくれと言われると、勝手にやってくれ!という気分にもなる。そうしたら先ほど、じゃじゃ馬のTがすごい剣幕で電話してきた。本人のケータイではなく、人から借りたケータイからで、しかもあまりに早口なので、相手が誰で、何を言ってるのか、さっぱり分からなかった。

そのうち、「カーファイ(電気代)」という言葉がかろうじで聞き取れたので、用件がわかった。それに声の主がTだということも。

「毎月の電気代は誰が払いに行ってるの?」と聞くと、

「ワタシが払いに行ってる」

「あれっ?N(妹の旦那)が払いに行ってるんじゃないの?」

「いいえ、ワタシ」

「僕は毎月1000バーツを彼にあげてるよ。」

「Nはオトウサンからお金をもらってないと言ってる」

Tのこの言葉にブチ切れた。

「おい、いい加減にしろ!1000バーツもらってないと言うのだったら、もう電気代を助けてあげないぞ!」

僕が怒ったら、電話が切れた。僕の声があまりに大きかったので、1階にいた彼女が飛んできたくらいだ(笑)。

でもおかしいよな。じゃじゃ馬のTだって、すぐにばれるウソをつくのも変だな。それで僕は全員に電話することにした。まずは男の子から。

「Tが自分で電気代を払ってると言ってるけど、それは本当か?」

「ボクは何にも知りません」

何にも知らないんだったら、お姉ちゃんの代わりに「払え」と言ってくるな。まったく、もう。次に、次女に電話した。

「僕は、あなたの旦那に毎月1000バーツあげてるんだけど、知ってるよね。ところがお姉ちゃんは、僕があげてないと言ってる。お姉ちゃんか旦那か、どっちかが嘘ついてるようだ。旦那は本当にもらってないと言ってるかい?」

「ワタシはわからないから、N(自分の旦那)に直接聞いてください。電話番号は・・・・」

ということで、最後はNに電話した。そうしたら、もちろん僕から1000バーツを毎月受け取ってることは間違いないし、電気代を払いに行ってるのは自分で、Tが払いに行くことはないとハッキリ断言した。

万が一にもNが、「お金は受け取ってません」とか言ったら、金輪際電気代の援助はやめるつもりだった。でもNは、毎月1000バーツでも助けてもらってることは有難いと言った。そう言うのが当たり前だ。そして、そう言われると援助をやめるわけにはいかない。

「わかった。今度の1000バーツは、今月中にあんたの職場に行って、また直接渡すからね。それでいいね」

「ありがとうございます。それで結構です」

参ったな。じゃじゃ馬はどうしていつも見え見えの嘘をつくのだろうか?ついでに僕はNに、じゃじゃ馬のことを聞いてみた。

「Tはちゃんと仕事してるのかな?」

「いいえ。失業中で、あちこち仕事を探しに行ってるみたいですけど、全部ダメなんです。だからほとんど毎日家にいます」

あらら、それは気の毒。それでこの前は部屋に籠っていたのか(先週、庭の手入れに帰ったが、Tは部屋から出てこなかった)。だからと言って、僕に電話で怒鳴り込んできたり、嘘をついたりするのはいただけないね。


面倒なことをタイ語でやりとりするのは、ほんと疲れるのだ。給料は安くても真面目に働いている2番目の娘夫婦以外は、どうしてこんなに変なんだろうか・・・



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何でも嬉しい誕生日プレゼント

3月20日(火)

今月は僕の誕生日があった。もうとっくに過ぎたのだけど、先日「プレゼントは結局ないわけだね」と不満を述べたら、昨日になって、お姉さんと一緒にシャツを買ってきてくれた。

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全部で4枚。どれも安いものだけど、きっと色や柄は考えて選んだに違いない。もし高いものを買ったら、僕が嫌がることも知っている。元々の出所は僕の財布だから。それとも、彼女のキャディーのアルバイトかな?

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似たような黄色のシャツは2枚持ってるが、1枚は着古したので、ちょうどいい。

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この2枚は、自分なら選ばないような色柄だ。僕が昔、ある人にネクタイを贈ったとき、「これは自分なら選ばない柄なので、とても嬉しい」と言われたことがある。つまり、男でも女でも、自分ではどうしても似たような色や柄を選んでしまう傾向がある。無難路線だ。でも他人は違う目を持っている。あとは、自分では選ばない色や柄のものを着用する勇気が本人にあるかどうかということになる。


そして、もうひとつはこれ。

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60代半ばを過ぎたマネキン。ちょっとだけ自慢すると、僕の体重と体形はこの30年以上ほとんど変わっていない。肌には老化の兆候が少しずつ出始めてきたけれど、まだまだ露出度の高いノースリーブのシャツを着ても大丈夫だ。全部露出すると、さすがに30年前と比べて胸の筋肉が落ちてきたのが分かるのだが・・・

それは脇に置いておくとして、このシャツは僕が持っているノースリーブの中では一番センスのいい柄だ。地味だけど、60代にはちょうど良い。昨日の午後、彼女の女友達が家に来たので、「どう?このシャツいいでしょ」と言ってみた。さすがに「僕、かっこいいでしょ」とは言えなかったね(笑)。



ところで、話の脈絡は全くないが、安倍晋三さんも相当に往生際の悪い男のようだ。昨日19日の国会での答弁だ。

「自分は指示したことはないし、妻もまったく関わっていない」と断言した。

安倍さん自身が関わっていたかどうかについては真相はわからないが、安倍夫人が関わっていたことは明々白々だ。法令違反があったかどうかという性質の問題ではない。

「まったく関わっていない」と言い張るのは、一体どういう神経の持ち主なんだろうか。安倍さんは「結果責任」という言葉も、その意味も知らないのだろうか。

僕は、こう答えるべきだったと思う。

「妻が誤解を招くような行動をとったことが事実とすれば、それは私の不徳の致すところであって、深く反省したい。ただ、法令違反等の不正行為があったとは思えず、妻のとった行動が財務省の決定に影響を与えたとは、まったく考えていない」


「まったく・・・ない」という、安倍首相と菅官房長官がいつも使う自己防衛のための常套句はもう聞き飽きた。長期政権の弊害、ここに極まれりだ。



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いつもの朝の風景

3月19日(月)

朝は特別なことがない限り、いつも6時に起きる。目覚ましは6時半にセットしているが、それより大体30分前に目が覚める。

だったら目覚ましが不要ではないかというと、そうではない。「6時半という意識」があるから、それより前に目が覚めるのだと思う。人間の意識というものは不思議なものだ。

ゴルフの時もそうだ。「右のほうに池があるから、入らないように気を付けて打たなくては」という意識があると、たいていボールは池の方へ飛んでいく。これも不思議な意識の作用のひとつだ。よく覚えていないが、こうした意識の働きは科学的にも説明できるらしい。


彼女は毎朝5時に起きる。目覚ましはいらない。犬のチビがいつも決まったように5時に2階まで上がってきて、小さな声で鳴くのだ。ワンワンではなく、クンクンというような感じで。彼女はそれを合図にベッドから出ていく。遠くでは鶏も啼き始める。外は真っ暗だ。僕もたまに5時に起きてしまうことがある。


6時から8時くらいまでの2時間は、僕にとっては情報収集の時間であり、思索の時間でもある。大概はPCの前に座って色々な記事を読む。タイに関するブログを読むことは、ない。読むのはほとんど日本の新聞で、朝毎読に産経は欠かさない。その日、興味を持った記事を出発点に、新聞以外のさまざまな情報を探索する。メモを取ることも多い。

新聞ではなく、この時間に本を読むこともある。

僕は紀伊国屋の電子書籍を利用していて、毎月欠かさず読むのは昔から「文芸春秋」と決まっている。最近読んだ本は、立花隆さんの「知的ヒントの見つけ方」・・・これは立花さんが過去に雑誌などで書いた記事に加筆してまとめた本。話題が科学から政治、歴史など多岐にわたっているので、刺激を受ける。実は立花さんとは、現役の頃に何度か一緒に仕事をさせていただいたことがあるので、彼の著作はほとんど読んでいる。


さて、8時を過ぎるころ、そろそろお腹が空いて来るので1階に降りていくと、毎朝食事が必ず用意されている。

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今朝はチャーハンだった。どちらかというとタイ風だ。今日のは一寸ベタベタしてるのが難点だったが、味はまあまあ。フルーツジュースは今朝はオレンジ。リンゴが一番多いが、キウイだったりドラゴン・フルーツだったりもする。蜂蜜入りだ。チャーハンの向こうにあるのは小豆のあんこ入りのパイ。これは昨日スーパーで買ってきたもので、彼女の手作りではない。

僕は朝しっかり食べる。彼女はコーヒーだけだ。何も食べないで掃除や洗濯、それに犬の世話を含めて、家事は炊事をのぞいて午前中に全部やってしまう。

これが、僕が外出しない時のわが家の朝の風景だ。彼女は、前も書いたが、家にいるのが大好きで、一歩も外に出なくても全然ストレスを感じないタイプだ。買い物もほとんど僕が一人で済ませることが多い。前の奥さんとは、その点では正反対だ。



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ワタシって、悪い女かしら・・・

3月18日(日)

今日は友達3人とゴルフに行ってきた。夕方家に帰ってきて、晩ご飯の支度をし始めた彼女がこう言った。

「ワタシって、悪い女かしら?」

何のことを指して言ってるのか、よく分からない。昨日だったら、例の10万バーツの件かなと思うけど、別のことかもしれない。

まったく同じセリフを聞いたことがある。

2年くらい前、彼女のお母さんが病気で亡くなって数か月くらいたったときのこと。お母さんが5万バーツの借金をしていたことが分かった。亡くなってからは彼女がその借金を毎月返済していて、額は1か月2000バーツほど。彼女の方から言い出したのではなく、僕の方から「キミは借金はないのかい?」と聞いて分かったことだった。

ご存知の方も多いと思うが、タイの高利貸しはべらぼうな利息を取る。彼女のお母さんの借金の場合、元本の5万バーツはほとんどそのままで、毎月利息だけを払わされていた。これでは永遠に返済が終わらない。

その話を聞いた瞬間、僕は車を銀行に向けて走らせ、5万バーツを引き出して彼女に手渡した。「これは僕の気持ちだから」とか、「借金、払ってあげるからね」とか、僕は一言も言わなかった。ただ黙ってお金を彼女の手に握らせた。

そのとき彼女の目から涙が零れ落ちて、口をついて出た言葉が「ワタシって悪い女かしら・・・」だった。

亡くなった妻が生きていて、彼女が僕の愛人だったころの話だ。想像だけど、まさか僕が借金を返済してくれるとは思っていなかったのだろう。僕から聞かれたので、借金のことを話した。僕は即断即決で5万バーツを出した。そういうことを僕にさせる自分は悪い女だと思ったのだろうか。それとも、5万の借金があるというのがウソだったのかな・・・(笑)。

彼女はお金のことで僕を煩わせていることを十分に自覚している。だから「ワタシって悪い女かしら」という言葉がまた出てきたのだろう。男からお金を引き出す行為(逆もあると思うけど)。それ自体はそんなに悪いことだとは僕は思っていない。いやならNOと言えばいいだけだ。

要は、お金をもらったら、それに見合う「お返しをしなきゃ」と思うかどうかだ。それも思わなくなって、ATMが底をつくまで出させようと思うようになったら、これはもうおしまいだ。今のところ、彼女のおねだりには、まだまだ可愛げがあるように僕には思える。



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振り込め詐欺とは手口が違うけど・・・

3月17日(土)

今朝、彼女と一緒に銀行へ行ってきた。お金を振り込むためだ。5万バーツまでだったらATMで振り込めるが、その2倍だから窓口へ行かなければならなかった。


昨夜、寝る前のこと。鼻水が出るのでアレルギーのクスリ(抗ヒスタミン剤)を飲んだから眠かった。にもかかわらず、彼女が話しかけてきた。生理中にもかかわらず(これは関係ないか)。

「イサーンのお母さんの家の改築のことですけど、お金はいつ、いただけるのかしら?」

「今日はすごく眠いんだよ。寝る前にややこしい話をするなよ。あした、あした。」


明日と言ったので、彼女は今朝忘れずに催促してきた。

「昨日の夜の話、覚えてますよね」

「何のこと?」

「も~お、イサーンの家のことですよ」

本当に忘れていた。朝っぱらからお金の話か、と思ったけれど、「あした、あした」と、寝ぼけないで言ったことは覚えていた。

「あした」というのは、「話は明日にしよう」という意味だ。でも、それはお金をあげる時期の問題だけだ。今日でも来月でも、僕にとっては同じことだ。それに、定期預金を解約したばかりなので、口座にいくらあるか、彼女も知ってる。多分、だいぶ前からこのタイミングを狙っていたと思う(笑)。

「わかったよ。そのかわり、絶対に家の改築のためだけに使うと約束できるか?」

「はい、もちろんです」

考えてみれば、いや、考えなくても、お金を使うのは彼女ではなくイサーンのお母さんだ。お金をあげたはいいが、新しいバイクを買ったり、エアコン買ったりしたらどうなるの?ろくに仕事もしないでゴロゴロしてる26歳の息子が遊びに使ったらどうなるの?そうなったら、また彼女に「お金頂戴」と言ってくるに決まってる。

そうだ、お母さんよりもその息子が危ない。

息子には2人の小さな子供がいるが、嫁はその旦那と子どもを捨ててバンコクに逃げてしまった。よくある“嫁と子どもを捨てて逃げるタイ人男性”の真逆だ。こんなこともあるんだね。日本でもたまにあるけど。

なぜそうなったのか、彼女も真相は分からないと言ってる。別の男と一緒に逃げたのかどうかも分からないそうだ。女に問題があることは確かだとは思うが、息子の方にも浮気癖とか、酒癖が悪いとか、博打にふけっているとか・・・問題はなかったのかな?

それはそうとして、女に逃げられた息子がいるからと言って、僕がお金をあげなければ、イサーンの家の改築はできない。永久にできないかもしれない。それに、その家はゆくゆくは彼女のものになるそうだ。イサーンは女系の相続だから。(義理のお母さんに女の子がいない)


ということで、今朝は銀行に行ってきた。しかし振り込んだのはお母さんの口座ではなく、彼女の別銀行の口座だった。

僕はそれは変だと思って聞いたら、イサーンのお母さんに自分の口座のATMカードを貸してあるそうだ。彼女の本当のお母さんが死んでから、もう2年以上そうしているというのだ。だから、彼女の口座に振り込んだお金を少しずつイサーンのATMで引き出して、まず改築の材料を買うのだそうだ。

本当に改築に使うかどうかは、家の写真を送ってもらえばすぐ分かることだ。でも、お金の催促はこれで2度目なのだった。


1回目は1月のこと。お姉さんと一緒に近所で商売をしたいのでお金を貸してくれと僕をせっついた。その一部として10万バーツを彼女の口座に振り込んであげた。その10万は、彼女の言葉が本当だとすると、現在チェンマイの実家のお父さんのところにある。

つまり、端的に言えば、商売に使うのではなく、(結果として)お父さんにあげたのだ。「お父さんはお金を使わない人だから、まだ手許にある」と彼女は言ってるけど、要するに、結果的には僕に嘘ついて10万バーツを振り込ませたようなものだ。

それは言い過ぎで、本当に商売を始めるつもりだったかもしれない。でも僕が追及するまで、お父さんにあげたことは黙っていた。今度はお父さんではなく、イサーンの義理のお母さんだ。かなり分かりやすい話になってきたなと言う気がする。金額はどちらも10万だし。

ひとつ違いがあるとすると、お父さんの手に渡った10万は彼女に貸したお金で、彼女自身もそう認識しているし、証文もある。イサーンの家の改築資金の一部になる10万は、貸したお金ではない。今朝彼女にあげたお金だ。


これらを振り込め詐欺に例えるのは酷い話だろう。犯罪行為と、自分の夫に甘える行為を一緒くたにされたら彼女も立つ瀬がない。でも、貸した方のお金をずっと返さなかったら、一種の詐欺だな、やっぱり(笑)。

しかし、タイ人の女と一緒に暮らすという事は、常にこういうお金に関する疑念に晒されながら生きるということだ。それにいちいち目くじらを立てるようだったら、タイ人の女と暮らすのはやめた方がいい。

僕はこうやってブログに書いて、ストレスを発散させてるわけだ(笑)。それを読んでくれる読者の皆さまは、僕にとってはとても有難い存在ということになるわけだ。


自分のストレスを和らげるためにブログを書くのは、「それもありだよ」と思う寛大な人、ポチっとお願いします。そんなことは断じてあってはならないと思う鬼のような人は・・・次から読まないでね(笑)。


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プロフィール

Niyom

Author:Niyom
身を削って過ごした30余年のサラリーマン生活にピリオド。ここチェンマイに移り住んでからも、楽しいこと辛いこと、いろいろとありました。でも、それは全部過去のこと。人生、どこまでリセットできるものなのか、自ら実験台になって生きています。

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