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吾輩はチビである(7)

4月30日(月)

(28日の第6話からの続き)

午前1時を過ぎてから、まるで泥棒が忍び込むように音もたてずに帰宅したお母さんは、案の定そのままソファーに寝そべったあとは少しも動かなくなった。これは夜遅くまで飲んだ時のお決まりの行動パターンで、すぐにシャワーを浴びて2階のベッドルームで眠るようなスマートな動きはできないのである。お父さんは寝室の窓からお母さんの帰宅を目撃したはずだが、敢えて不干渉を決め込んでいるものと見えて、いつまでたっても1階のお母さんのところには降りてこなかった。

今頃のチェンマイは真夏の盛りで、朝は6時には空が明るくなり、それより1時間も前には鶏の啼き声が其処かしこと聞こえてくるのが常である。いかに無視を装うお父さんも、1階のソファーに寝そべっている筈の愛人ならぬれっきとした妻の動静は気になるものとみえて、遠くに聞こえるコケコッコーの微かな音にも反応して目を覚ました。おそらく数時間しか眠っていないだろう。

一方のお母さんも、予定の時間を超えて帰宅したという負い目だけは自覚しているものと見えて、存外早くに起き出した。そして向かった先は2階の寝室だった。僕は少々遠慮気味にお母さんの後をつけて階段を上った。

「オトーサン!オトーサン!」

お母さんは寝室のドアの前に立って奇妙な猫撫で声を発した。その声はどうみても飲み過ぎのせいでハスキーな性質に変わっていて、未だにアルコール酔いの残ったような間抜けな音であった。

ここで一言注釈を加えておこう。お母さんがお父さんを呼ぶときは、まさに日本語の「オトーサン」がここ数か月の決まりとなっている。何故そうなったのかと言うと、以前お母さんが「前の奥さんの子どもたちはアナタのことを何て呼んでたの?」と聞いたことがあった。お父さんは事実の通りに「前の奥さんも含めて全員『おとうさん』と呼んでいた」と答えたのでお母さんもそれに倣っているのである。ただし、お母さんは前の奥さんの真似をしているのではなく、あくまでも3人の連れ子と歩調を合わせているにすぎない。年齢差を考慮すればそうするのが至当であろう。

さて、お父さんは既定の方針通りに、何らかの計略を腹蔵して寝室に現れたとしか思われないお母さんのアプローチを無視しようとした。それに構わずお母さんは、ベッドに仰向けで寝ているお父さんに突進して馬乗りになった。僕はその姿を目で見たのではない。あくまでもお得意の聞き耳を立て、音の変化によって寝室で起きている動きを把握したのであって、多少は勘違いも含まれるかもしれないことは断っておく。

お母さんはお父さんのパジャマのズボンを引きずり下ろしにかかった。目的はただひとつ。夫が毎晩のように使用し、昨夜は自分の帰宅が遅かったせいで使用できなかった一物を引っ張り出すことにあった。そのような直截的な行動は、これまでのお母さんには決して見られなかった積極的な愛撫の行為であったので、お父さんは最初は怯んだに違いない。

男とは実に扱い易いものであるらしい。もしその時、お母さんが何か言い訳したり、間違っても「どうして起きててくれなかったの?」などと自分の勘違いを口に出していたならば、僕の最も恐れる家庭内冷戦がすぐにでも勃発していたに違いない。ところが予想に反して若いお母さんは本能的にそれを回避する術をすでに身に着けており、そして絵に描いたようにお父さんはその術中に嵌ったのである。

これ以上のことについては、男の犬である僕にはあまりにも刺激が強すぎて敢えて語りたくないのであるが、飼い主の一人から“語り部”の役目を仰せつかった忠犬の義務を果たすために、もうすこし続けることにしよう。

お父さんは睡眠不足もあり、なおかつ昨夜の待ち疲れとお母さんに対する疑心暗鬼の病が再発したために、ご自慢の一物はお母さん曰く「ハハー、まるで親指ね」と笑ってしまうような、縮こまった形状を呈しているようであった。そもそもそのように短く細った姿を直に目にするのは初めてなのかもしれない。でもお母さんは笑っている場合ではなかった。和平工作あるいは対話路線とも言うべきこの作戦が失敗に終われば、間違いなく夫婦間の戦争が勃発するのだ。前回の経験から、お母さんはその危機感を失っていなかった。

一緒にシャワーを浴びる余裕はなかった。まさに一発勝負の胆力が必要であった。ところがうまい具合にお父さんは男の本能としてお母さんに協力する態勢を取り始めた。その機に乗じて一気に攻めに転じたお母さんは見事に第一関門を突破し、お父さんをまるで赤子をあしらうかの如くに手中に納めることに成功した。つまり・・・これまで見られなかったような絶妙な口技、舌技によって相手を陥落させたのである。あえて直接的な表現方法を採用するとすれば、いつでも挿入可能な、肥大化して硬直した一物を手にすることに成功した。

そのあと自分一人でシャワーを浴びてから出直す余裕を取戻したお母さんは、ベッドの上でゆうゆうと本格的な料理にとりかかった。そしてその手際はお父さんの予想を圧倒的に凌駕するものと見え、不思議にあらゆる憂いからお父さんの心まで解放してしまったのだ。恐るべきは女の肉体の能力である。いや、肉体だけではないだろう。その目的が何であれ、渾身の思いの籠った肉体攻撃に晒されては、男はただただ降参するより他に手がないのである。

僕は寝室で起こっている状況を目のあたりにはしなかったのであるが、明々白々な、二人の肉体のあまりに混然一体と展開する行為の数々に固唾を飲むというより、ドアの前に寝そべって聞き耳を立てている自分が馬鹿らしくなった。そして最後を聞き届けずに、1階に降りた。するとテレビ台の下に突っ込まれていた新しいトイレットペーパーが目に飛び込んできたので、そのビニールの袋を思いっきり噛んだ。そうしたら口慰みにはもってこいの真っ新のトイレットペーパーのロールが2個転がり落ちたので、夢中になってそれを齧(かじ)りまくった。するとリビングは、トイレットペーパーの白い細かな破片が散乱する奇観を呈した。それによって僕の溜まりに溜まっていたストレスを発散することができたのである。

それにしても、お母さんの男を料理する腕前は、このところ長足の進歩を遂げているように感じられる。つい先日は「一緒にシャワーを浴びましょう」であったし、今朝はベッドで寝ているふりをしていたお父さんの急所へ見事な奇襲口撃を仕掛けたのだ。そして、それらの性技を入り口にして完璧なまでのフィニッシュに導く手腕は、犬の僕でも感心せざるを得ない。男の身体と魂を鷲掴みにする魅力を備え始めているのである。それはすなわち、ここで言うのも憚られるのだが・・・男の持ち金を易々と鷲掴みにできることにも繋がるはずだ。

これで当分は冷戦の恐怖から解放されたと思われるだけでも、それはそれは幸運なことだ。このあとも僕は安んじで“語り部”としての責務を果たしていくことができる。それにしても、女は30にもなれば見事に進化していく。というより、化けていくと言った方が適切だろうか。一方の男は、犬も人間も相も変わらず単純な存在のままだ。それで世の中も家庭の中も平和になれば言うことはないのだが・・・


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なぜ犬のチビに語らせるのか?

4月29日(日)

1週間前から書き始めた「吾輩はチビである」は、言うまでもなく夏目漱石の「吾輩は猫である」のもじりである。たまたまこのブログのテンプレートのデザインに「しろいねこ」の画像を拝借していることもあって、急に思いついたのだ。その割には文中のチビが「吾輩は・・・と思う」という風には言わずに、「僕は・・・」と変化に出ているのは、真似であることを余りにもあからさまにするのを嫌ったからである。その辺は芸が細かい。

もじりだからと言って、漱石大先生の向こうを張って何か文芸路線に転向しようと画策しているわけではない。多少はその気配だけでも醸成できないかと、現代風な表現と近代文芸風の漢語を多用した文章をところどころに織り交ぜる工夫はしているつもりで、「はは~ん」と感づいた読者も少なからずいるに違いない。繰り返すが、もとより文芸作品とは無縁で、ただただ愛犬の目を通して日常を描くとどんな世界が映るかと実験しているのである。ご存じのように、人間の世界は「行為」と「言葉」が同列に置かれて評価される仕組みになっていて、言葉が変われば世界自体も変化するように出来ている。

ここまでは建前を格好つけて述べた。実際は「吾輩はチビである」の構想をある日突然思いつき、いざ文章を書き始めてみると己の文章能力の未熟さを厭というほど思い知らされることになった。書くのに時間がかかるわけではなく、むしろその逆で、普段のブログの数倍とも思われる驚異的なスピードで言葉が自然とあふれ出てくるのであるが、その味わいのなさと、美しい日本語からは程遠いリズム感の欠如は、読み返してみて唖然とするばかりである。

そんな中でも、このシリーズを書きはじめてから幾つかの発見があったこともまた事実である。この1か月ほど前から、昔に帰ったように読み漁ってきた永井荷風や谷崎潤一郎、そして遡っては夏目漱石といった日本の近代文学の巨匠たちの語彙力の凄さに今さらながら只々脱帽するよりほかなかった。決して真似ようというような大それた魂胆が萌芽したわけではないが、「漱石ならば、ここに漢語で構成された諺や警句(アフォリズム)を一句挿入するはず」だとか、「ここのところには、直接的な表現の前に、まずは譬えを用いるはず」等々、所謂「大和言葉」とはまた趣を異にする中国由来の言葉の奥深さを追求しようとはしてみた。そう意識はしてみるのだけれど、自分には如何せん語彙が足りない。巧く書きたいのだけれども適切な言葉が出てこない。このもどかしさに何度も頭を抱え込んだ。若い頃からきちんと書き言葉としての日本語の修行をしておけば良かったと後悔まで出てくる始末である。

事実をごく平易な言葉で淡々と綴ることは若い頃からそれなりの鍛錬を重ねてきた。その種の文章のお手本として学生時代に愛読したのは松本清張の小説であった。つまり1個1個のセンテンスはごく短くて、一つのセンテンスの中に複数の事柄を書き表すことはご法度なのである。若い頃は職場の先輩からも「ワンセンテンス、ワンミーニング」と言われてよく指導を受けたものだ。

日本語の会話にありがちな主語の明確ではない文章も論外。また同じ長さの文章を連ねるのも愚の骨頂で、ワン・ツー・スリー、ホップ・ステップ・ジャンプのような全体にリズム感があって、恰も甘美な音楽を聴くような心地よさを読み手に与えるのが理想的な文章と心得るようになった。それは清張先生の簡潔かつ明瞭な、言わばさらりとしたワインのような文章表現とも軌を一にする。ただし、漱石や谷崎といった、いわゆる文豪の比較的長文で濃厚な、嘗ての日本酒そのもののような味わい深い文章とは趣が異なるのは、これはやむを得ない。

さて、このような事をつらつら書き連ねていても、日本語や日本文学などには興味がなく、まさにタイに関心のある御諸兄には実にくだらない独り言としか映らないであろうからこの辺でやめておく。しかしながら、「吾輩はチビである」という発想自体は捨てがたく思われるので、前の6回をもって終わりにしないことにする。いつまで続くか分からないが、当面はこの路線で楽々日記を綴っていこうと思う。



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吾輩はチビである(6)

4月29日(日)

お母さんがキャディーさん達の飲み会に出かけて帰りが遅くなり、お父さんと一触即発の瀬戸際に立ったのは火曜日のことだった。ところがそれも束の間、昨日の夜、再びお母さんは飲みに出かけた。今度はキャディーさんではない。一旦はお父さんに日本語の教えを請うておきながら、まだ1回しか授業を受けに来ないズボラな女性2人が相手だった。一人は幼稚園の先生で、もう一人は何を描く人なのかは知らないが、肩書としてはデザイナーというらしい。

土曜日の夜に飲み会を計画していたことは、何日か前にお父さんに話しているのを聞いたので知っていた。「今度は、お父さんも一緒に行ってください」と熱心に勧誘したものだから、お父さんも仕様がないから出かけるかという気になりかけていたところだった。ところが、その返事の仕方がいかにも“不承不承”で、お母さんとしても不愉快だったのだろう。昨日の午後になって、急に「お父さんは行かなくていいですよ。晩ご飯を作って一緒に食べますから、夜は大人しく家で待っていてください」と、まるで踵を返すように誘いを取り下げてしまった。

僕はお父さんが今度こそブチ切れるのではないかと身構えたけれども、流石は年の功だけあって極めて冷静だった。というより、もう諦めたのかもしれない。どう考えても嫌味としか思われないセリフを吐いて、微笑を無理やりにでも作ってお母さんに返した。

「キミはどうやらお父さんよりも飲む方が好きみたいだね。どうせ俺と一緒に行っても楽しくないだろうから、友達2人と行っておいで」

今度は何時に帰るつもりなのかとお父さんが聞くと、前回のことで懲りたのか、十分に余裕を織り込み、しかも曖昧にするところは曖昧にする気の遣いようで返事した。

「早ければ夜11時半くらいでしょうか・・・店が閉まるのが12時なので、その前後には帰れるでしょう」

「その前後」という表現は、仮に午前1時を過ぎてもタイ式に言えば十分通用するように思われるから用意周到だ。前回のキャディーさんとの7時間に及ぶ飲み会の前科がある。お母さんの返事に対して、お父さんはテンション低く「ふん」と呟いただけだった。僕には男同士としてお父さんの気持ちを読む特技があるので、1週のうちに2回目ともなる飲み会について、内心ではどんな風に考えているか手に取るように分かるのだ。

10年も20年も夫婦をやっているならば、妻の方が女友達と夜遊びに出かけて深夜に帰ってきたとしても、それほど違和感はないだろう。女同士だけでなく、男が仮に混じっていたとしても、夫婦としての新鮮味はとうに消え失せているであろうから、それほど焼餅を焼く事案にはならないだろう。しかし、その場合でも毎週というのは果たしてどうなのか、ましてや2回目ともなると・・・弁証法で知られるヘーゲルだったと思うが、「量が質に転化する」という哲学史上有名な定理を残している。つまり平たく言うと、頻繁に飲み会に行き始めると、はじめのうちは飲むのが楽しみだったのが、やがて別の目的に変質するということになる。もっと端的に言えば、飲んだり食べたりするだけでは済まなくなって、もっと別の刺激を求めるようになるということだ。男なら非常に分かりやすいことだが、女だって同じだと考えてもそれほど不自然ではない。

確かにお父さん自身は友達と飲みに行くことは稀で年に数回あるかないかだから、結婚してまだ数か月もたたない若い妻が夫を抜きに頻繁に夜遊びするなんて、想像したこともなかっただろう。もちろん夜遊びと言っても若者の集まる店に女同士で飲みに行き、生演奏を長時間ひたすら聞いたり、たまに踊ったりするわけだから、男がイメージするような危ない夜遊びではないのかもしれない。でも、それすらも何らの保証はない。すでに若者とは言えないにせよ、30前後の女が3人だけで夜の街へ出て行けばどんな誘惑があるとも限らない。普通はそのように考えるものではないだろうか。

僕だったらどうするか・・・残念ながら犬の僕としてはお父さんのように60歳を過ぎてから35歳以上も若い女と一緒に暮らすという芸当はできそうにないので、この歳の差というものがどういう意味を持つものなのかよく理解できない。あえて言えば、あまりその差を気にせずに、若い方に合わせて一緒に飲みに行けばいいんじゃないか、一緒に踊ればいいんじゃないかと考えるのだが、どうだろうか。犬として青年期から壮年期に差し掛かりつつあって、体力気力ともに充実した僕だからこそ、そんな風に思うのだろうか。

チェンマイの歓楽街にある飲み屋は、日本人の中年男や年寄りなどが連れ立って訪れて若い女の接客サービスを受けるタイプの店と、中年以上の人間の姿はまったく見当たらない若者向けの店の2種類がある。その中間も存在するが、客の圧倒的多数は若者という店が数でも圧倒している。もちろん、お母さんの行くような店に年寄りの姿を求めるのは宝くじに当たるのと似て極めて低い確率だろう。だから、そういう若者の店に4時間も5時間もいること自体がお父さんにとっては大変な苦痛の種に違いないのだ。それは犬の僕にも容易に想像できる。


さて、予期した通り、というか心配した通り、お母さんは時計の針が午前0時を回っても帰って来なかった。そしてお父さんは午前1時になって玄関のカギをかけ、ご丁寧に1階の電気を階段以外は全部消してから2階へ上がり、シャワーを浴びて寝る支度を始めた。いつまでも寝ないで待っているのはますます若い女を増長させることになると、ついに判断したのだろうか。お父さんの感情は火曜日のように再び沸点に達してしまったのかもしれない。

それから15分ほどたったとき、お母さんの友達の運転する車がスーっと入ってきて玄関の前に止まった。きっとお父さんはその様子を2階の窓から見ていたに違いない。しかし、お母さんが自分で玄関のカギをあけて家に入ってきてもお父さんは降りてこなかったし、お母さんはお母さんで、いつまでたっても2階へ上がって行かなかった。我が家では、明日からまたお二人の神経戦が始まるのだろうか?もういい加減に勘弁してもらいたいというのが忠実な飼い犬としての、僕の偽らざる心境である。

お母さんには日本人の男に扶養されている妻として、なるべくなら時間を守ってもらいたいし、お酒を飲むのを少し控えめにしてほしい。そしてお父さんには、もっと年齢相応の寛大な心を涵養してほしいと望むのは、犬として出過ぎたことだろうか?


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吾輩はチビである(5)

4月28日(土)

かれこれ1か月くらいになるであろうか、毎朝のようにお父さんに連れられて住宅街の中を散歩する習慣が定着しつつある。もちろんチワワのレックレックも一緒で、だいたい20分から30分くらいの時間をかけて中を一周して帰ってくる。僕たちの目的はたくさん存在するコンクリート製の電信柱を中心に、犬独特の、とくに男の犬独特のやり方で用を足してスッキリすることであるが、お父さんは自分の健康のためだと心得て僕たちを文字通り道連れにしているのかもしれない。

僕たちの住んでいる住宅街は一応は守衛さんのいるゲートがあって、全体はコンクリートの塀で囲われているから、タイ語で言うところの「ムーバーン」である。標準的なムーバーンと違うところをいくつか列挙してみると、まず入り口のゲートがみすぼらしい。ふつうは見かけだけは立派な象などの装飾を施した門構えがあって、出入りする道のド真ん中に守衛さんのいるボックスが設置されている。そして其処にはたいがい赤白か白黒の2色に彩られた昇降式のバーが車の自由な進入を阻止している。なぜ白赤とか黒白と言わずに赤白、白黒と言うのか、そのあたりの日本語の不思議さは犬である僕には到底理解できない。

そういう面倒な議論は措(お)いておくとして、ふつうのムーバーンのゲートでは車がやってくるたびに守衛さんがボックスから顔を出し、そこの住人でない場合は免許証を預かったりすることは初心の旅行者でない限りは常識的に知っているであろう。もちろん僕たちの住むムーバーンでも、住人か出入り業者でない限りは身分を証するカードを取り上げるようであるが、残念ながら赤白か白黒のバーは存在せず、鉄で出来た、いかにも安物めいた衝立のようなものを守衛さんが人力で移動させるだけである。

もうひとつ、タイの一般的なムーバーンとの歴然とした違いを挙げるなら、中の道路がかなり狭いことである。出入り口のゲートから直線で伸びるメインの道路は、ふつうは幅が10メートル以上あるところ、僕たちのところは8メートルしかない。僅か2メートルの違いじゃないかと言う人がいるが、、それはタイでは8メートル道路がいかに見すぼらしいものであるかを呑み込んでいない人である。

そしてメインの道路から脇道へ入ると、すべての道路は6メートル幅である。実はこれはごくごく標準的で、特に不満は感じない。やはり問題は、繰り返しになるがメインロードの貧弱さである。そして道路以外では、大概の住宅が小さいということである。小さいと言っても、男子として劣等感を抱くような短小の類ではなく、最低でも建物が100平米以上はあるから、お父さんの出身国の都会の平均からすれば決して文句の出る狭さではないだろう。それに、無駄な経費をできる限り削ぎ落した設計思想に歩調を合わせるかのように、僕たちのムーバーンの値段はすこぶるお安くなっている。だからお父さんでも此処に住める道理なのだ。

さて何の話をしようとしていたのか、すっかり忘れてしまいそうになったが、その見すぼらしいムーバーンの中を散歩するうちに、知らず知らずに決まったルートが確立するようになった。散歩のルートというものは、僕たち2人、いや2匹、いや2頭の自由になるものではなく、偏(ひとえ)にリードを携えているお父さんの意思にかかわるものである。従って、散歩のルートが決まっているということは、お父さんの好みに依っていることは間違いない。では、その好みとはどのようなものかという話をしよう。

僕たちのムーバーンは全体で120戸の住宅で構成される予定である。予定ということはまだ建設途上ということであり、現在人が住んでいる住宅は僅かに30戸に満たない。その多くはタイ人というよりもどうやらファランで占められている風であり、その相方の女性の多くがタイ人であるようだ。僕のお父さんとお母さんのように、日本人とタイ人のカップルは今のところに限る話ではあるが、見かけたことがない。

さて、散歩を始めて1週間目くらいのことである。ムーバーンには僕たちのような可愛くて性格の良い犬を住まわせている家が30戸のうちの半分はある。僕たちの家はムーバーンのゲートの近くだが、そこから一番遠く離れた奥の家に、掌に乗るくらい小さくて見るからに愛らしい、まるで玩具のような白い犬が飼われていることを発見した。たまたまその家の前でその子犬が遊んでいて、そばに年の頃が40前くらいのタイ人の女が付き添っていたのである。

僕たちは女の方ではなく子犬に気を取られていたのであるが、何とその女の方からお父さんにタイ語で声を掛けてきたのだった。

「こちらに住んでらっしゃるんですか?」

「はい、ゲートの近くに」

「ひょっとして日本人ですか?」

「ええ、一応」

「一応」という言葉はお父さんから出た言葉ではなかったかもしれないが、概略このような会話が交わされた。たったそれだけである。そしてご両人の会話はこの時のただ一度限りであった。ところが、その日以来というもの、お父さんは散歩のルートとして必ずその家の前を通るようになった。そしてそのたびに、例の40前くらいの女が家の中か、庭の中にいて、しばしばお父さんと目を合わせるのだった。僕たちは、やはり家の中か庭に出ている白くて小さくて愛らしい子犬と目を合わせ、また一緒に道路で遊びたい気持ちになるのだった。

あるときは、その女の人が家の中からわざわざ出てきてお父さんの方をじっと見つめていたことがある。そのときのお父さんは、たまたま女の人が朝起きてきたばかりのような、肝心の部分はもちろん隠してあったとは言え、かなり素肌を露出させた恰好であったからだろうか、すぐに目を逸らせて僕たちのリードを急いで引っ張ってその家の前から離れた。なぜそうするのか、僕たちにはまったく理解しがたい行動で、どうして挨拶のひとつぐらいしないのか、不思議でならなかった。お父さんが挨拶の言葉を交わしさえすれば、また僕たちにも白い子犬と遊ぶチャンスが生まれるのに、実に惜しいことだ。こういうお父さんのような性格を「奥ゆかしい」と形容する人がいるかもしれないし、あるいは「恥ずかしがり屋」とする人もいるだろうけど、僕に言わせれば、それはあまりに自意識過剰と言うべきではないかと考えるがどうだろうか。そのタイ人の女がその家に一人で暮らしているとは到底思えなかったが、いつそこを通っても出会うのはその女と可愛い小型犬の赤ちゃんだけであった。

ものはついでで、興味のある人もいるかもしれないのでその女の容貌に触れておくと、背格好はお父さんと同じくらいで、タイ人の女としてはかなり背の高いほうで、脚がスラリとしていて長い。肌の色はお母さんと同じように白く透き通るようで、太ってはいないが痩せてもいない。お母さんと違うところは、出るべきところがしっかりと出ている点だ。きっとお父さんもそのあたりは抜け目なく観察しているであろう。顔立ちは飛びきりの美人とはお世辞にも言えないが、一応“それなり美人”の範疇に入る点は、ひょっとしてお母さんと似たようなものかもしれない。違うのは年齢と、背の高さと、そして出ている部分のボリューム感である。

僕はお父さんの心を忖度することはできないが、毎朝の散歩の楽しみの一つが、その家の前を通過して女の姿を見ることではないかと思うようになったのは、つい10日ほど前のことである。それは何故かというと、その家の前に到達する直前は歩く速度がやけに速くなり、家の前に達するや否や今度はスピードが極端に遅くなるからである。それに加えて、お父さんの目は必ず家の中に向けられ、その女の存在を確認し、大概は目まで合わせてから再び歩行の速度を加速して立ち去っていくのである。このことの意味することは犬である僕でも容易に想像することができるのである。

ただ最後に、これでは将来的に問題が生じる惧れはないかと心を砕く読者がいるかもしれないので、今日の出来事を正直に書いておこう。

やはり今朝も7時半ごろに住宅街の中を散歩した。いつものルートを辿ってその一番奥の家に到達すると、我が家と同じくらいの小さな庭には犬の人形と言われてもそうかと思えるような小さな犬が遊んでいた。玄関は開けっ放しで、そこから丸見えのリビングに例の女がいたのであるが、庭の奥の方に目をやると、別の人間の存在を初めて認めためのである。ひと月近くもほぼ同じ時間帯に通っているのに、今日が初めてのことだった。

その別人の性別は明らかに男で、頭はつるっ禿、年の頃はファランなので割り引いて推測すると50代半ばといったところか。例によっていかにもファランらしい腹の出た太っちょで、図体のデカいことを別にすれば、全体的なカッコよさではとても僕のお父さんに太刀打ちできそうな器量は有していなかった。その女が、いつもお父さんに誤解を与えそうな色目を使っていたのも、さもありなんと想像するのは偏に僕の贔屓目の仕業だろうか。

しかし、よくよく考えてみれば、以前その女の方からお父さんに声を掛けたのは、僕とチワワのレックレックの2人、いや2匹、いや2頭を並べて連れていたという、只それだけの理由だということは、常識のある読者なら容易に理解するところであろう。その女がお父さんに対して色目を使っていたというのも、実は単なる誰かの妄想であることは明らかである。というより、お父さんのために真実を語っておくと、お父さんはそのタイ人の女ではなく、愛らしい白い子犬に格別の興味を持っているのかもしれぬ。

毎朝の散歩にせよ何にせよ、それを永続的に遂行するためには人間は何らかの動機づけを必要とする。散歩のルートに、妙齢と言うには少々トウがたっていても出るべきところの出ている美形の女が存在することは、高齢の域に達しているとはいえ未だ現役の男子への動機づけとしては格別なものである。もし仮にそうだとしても、それ自体を僕としてはとても批難する気にはならないのだが、道徳的に劣っているとは到底思えない読者諸兄は一体全体どのように思料されるであろうか?



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吾輩はチビである(4)

4月27日(金)

あの夜以来、お父さんとお母さんの関係は犬の僕にはとても理解できないくらい複雑になっているように見える。

深夜に帰宅したお父さんは、いつも寝ている寝室の反対側にある小さな部屋に入ってエアコンのスイッチを入れ、シャワーも浴びず服も脱がずにそのまま寝ようとしたらしい。ところがエアコンを使っても寝苦しさは解消されないばかりか、お母さんへの不信感がだんだん募ってきたらしく簡単には寝付けなかったようだ。なぜ眠れないことが僕に分かるのかと言うと、お父さんの鼾(いびき)は超一流で、たとえ2階と1階で離れていても僕の耳の鋭敏な鼓膜にかなりの振動を与えるはずなのに、エアコンの音以外は何もしなかったからだ。

お父さんの鼾は聞こえなかったけれども、そのうち2階の大きいほうの寝室のドアが静かに開く音がしたあと、小さいほうの寝室のドアをなお一層そろーりと開ける音が聞こえた。あっ、お母さんが起きてきたに違いないと思っていると、女の人の声が微かに聞こえてきて、そのすぐ後にお父さんの声が、こちらはハッキリと聞き取れるような、少し怒気を含んだような声で、「とにかく眠いんだから、放っておいてくれ」と言っているのが分かった。

僕はお父さんとお母さんの喧嘩が始まりはしないかと心配で聞き耳を立てた。でも、それっきり会話はなく、お母さんは大きいほうの寝室にすぐ戻っていき、それから暫くしてからお父さんの例の一流の鼾の音が1階に漏れてきた。

次の日の朝は、お母さんは食べるものをお父さんのためにいつものように用意していたけれども、二人の様子はいつもと全く違って、実によそよそしいものに感じられた。特にお父さんの方は、わざとお母さんの顔を見ないように、わざとなるべく言葉を交わさないようにしているように見えた。それもきっと何かの魂胆があってのことと僕には思われた。

それだけなら、昨夜が昨夜なだけに一種の冷戦状態が続いていてもそれほど不思議ではない。そのうち「犬も食わない」と世間で言われている夫婦独特の険悪な空気はやがて雲散霧消するはずだと決め込んでいた。ところが、お父さんの様子はどうも今までの不機嫌さとは根本的に違う何か根深い闇を抱えているように見えてきた。ときどきお父さんが独り言のように変な言葉を吐くので、そのたびにお母さんは訝しい表情になるのだった。

「俺は元々馬鹿だけど、昨日の夜からは馬鹿じゃなくて頭がおかしくなったんだよ・・・」

最初は変なタイ語を喋ってるな、くらいに思っていたけれども、同じようなことを繰り返し口にするのでだんだん心配になってきた。ひょっとして暑さのせいで本当にお父さんの頭がおかしくなってるのかもしれないという考えも浮かんだけれども、きっとそれは何かの魂胆があって演技しているに違いないと推量することにした。問題は、その魂胆だ。それが何なのか・・・犬の僕には余りに難解で、容易には正解を思いつくことが未だにできないでいる。

お母さんはお父さんの異変に戸惑っているのが僕にはよくわかった。そして、昨日の昼間のことだった・・・

急にお母さんがお父さんに「一緒にシャワーを浴びましょう」と言い出した。まったくの突然で、何の脈絡もなく言い出したので僕は驚いた。しかも、いつも使っている2階のシャワーではなく、1階にあるシャワーで、広さは2階のシャワーの2倍くらいあるけれども、お湯は出ない。この暑さならお湯は必要ないかもしれないけれど、どうして一緒にシャワーを浴びようと言い出したのか、僕には想像もつかなかった。というのも、この家に来てからというもの、これまでお父さんとお母さんが一緒にシャワーを浴びたことは一度もなかったからだ。

お母さんは一旦はシャワールームに入った後、慌てて玄関と台所のカギをかけに出てきた。その姿が今思い出しても滑稽なので瞼にしっかりと焼き付いている。とても言葉に出しては言えない。お父さんも、これまたほとんど何も身に着けない姿で急に2階に走って行ってバスタオルを取ってきた。そして暫くの間、二人で水浴びをしているようだった。僕は訳がわからないので「急に変な趣味を思い付いたのかな」くらいに考えていたけれども、ひょっとして二人とも暑さで頭が可笑しくなったのかもしれないと真剣に心配になってきた。

僕はシャワー室の前で待つのはいかにも聞き耳を立てているようで、あまりに失礼かもしれないと思ったので、リビングのソファーで昼寝しているふりをしていたら、ものの10分もしないうちに2人はバスタオルを腰には巻かずに片手でぶらぶらと下げたまま2階に急いで上がって行った。お母さんは、「たまには雰囲気を変えなきゃと思ったんだけど、ホテルじゃないから狭すぎるわね」とか何とか独り言のように呟きながら上がって行った。しかもいつもの寝室ではなく、お父さんが初めて寝た小さいほうの寝室へ2人で入っていき、そのあとすぐにエアコンの運転音がし始めたのだった。

冷房している機械の音以外にも、鋭さでは定評のある犬の僕の耳には、その部屋からお母さんの発する変な声、というより音と言った方がいいだろうか、それが聞こえて来ていた。その音を言葉に出して真似る勇気は僕にはさらさらない。いつも夜の10時前になるとお母さんがお父さんの待っている大きいほうの寝室に入ってシャワーを浴び、そのあと2人が何かをしているであろう音が聞こえてくるのだが、その日の昼間の音もそれとほとんど同じだったのが実に不思議である。

そんなことがあって、よくよく犬の頭で考えてみると、あれはお母さんが何かの魂胆があってしたことではないかということに気が付いた。魂胆でもなければ、何も真昼間から二人でシャワーを浴びましょうと誘う必要はないし、ましてや家中の戸にカギをかけてまでシャワーを浴びる理由が呑み込めない。

あの“シャワーの変”によってお父さんのご機嫌は少し良くなったように見えたのも事実である。人間の男というのは女と一緒にシャワーを浴びると憂いが吹き飛ぶのだろうか?というより、シャワーだけではどうもうまくいかなかったようで、慌てて2階の寝室に駆け込んで何かをしていたのは一体何だったんだろうか?

お互い動物と言えば動物なので、僕にはお母さんの魂胆が何となく理解できるような気がするのだけれども、お父さんがあの晩、いやに不機嫌になったのがどうしてだったのか、それがよく理解できないでいる。お母さんが夕方の6時になっても飲み会から帰って来なかったのは落ち度があるにせよ、だからと言って一人で家を出て行って夜中まで帰って来ないというのは、お父さんもまったく変である。こちらのほうはお互い動物とは言ってもまったく理解できないのだ。

もしお父さんがお母さんの帰りが遅いのでムシャクシャして、異常な暑さも手伝って、外で浮気でもしようかと言うなら、これは犬の僕としても少しは解せるのだが、一体全体どこで何をしていたのか、映画を見るでもなし酒を飲むでもなし、ましてや女と遊ぶでもなし、家の外で6時間も時間を潰したのがどんな魂胆によるものか、きちんと説明を聞いてみたいものである。


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吾輩はチビである(3)

4月26日(木)

その夜、お父さんが何処へ出掛けたのか僕には心当たりが全然なかった。前の家に住んでいたときでも、夜お父さんが一人で出て行くとすれば、近所のラーメン屋くらいしか考えられなかった。前のお母さんと一緒の時は、夜一人で出ること自体が只の一度もなかったし、昼間だとしても一人ならゴルフ以外の理由で外出することは皆目なかった。もっとも、ゴルフだと言って出掛けても、全然違うところで誰かと会うことがあったらしいけれど、僕は見てないから本当のところは分からない。

日が暮れてあたりが暗くなり、住宅街の照明灯が全部点いた。お母さんは昼間迎えに来た友達のバイクに乗って帰ってきた。飲み会だと言って家を出てから7時間も経っていたことになる。家の電気は全部消えていて、玄関のカギがかかっていることを知って、やっとお父さんが家にいないことが分かったらしい。どうやら夕方お父さんが送ったLINEをぜんぜん見ていなかったというのが真相のようだった。

僕とチワワのレックレックがお母さんにくっ付いて一緒に家の中に入ると、リビングの時計は7時半を少し回っていた。お母さんは少し酔っていた。すぐにケータイを取り出してお父さんから1時間半も前に送られていたメッセージを見つけて読んだ。僕はソファーにちょこんと座ってお母さんのケータイを覗き込んでいると、「今家に帰りましたよ」と書いた。暫くするとそのメッセージは「既読」になったけれども、お父さんから返事はなかった。

いつもなら、それくらいの時間はテレビで映画を見ていることが多いのだけれど、その日は酔ってるせいもあるし、居るはずのお父さんはいないので、いつもと違ってテレビも点けずにソワソワしていた。何回も何回もLINEでメッセージを書いたり、暫くするとLINEと電話の両方を使って、ダンマリを決め込んでいるに違いないお父さんと話そうとした。でも、何回かけても、お父さんは出なかった。お母さんは友達か誰かと通話して、今夜起きている事態を報告しているようだった。

きっとお父さんはLINEや電話の呼び出しを無視することによってお母さんに仕返しをしてるに違いないと僕は考えた。でもお母さんの方は、そういう風には思ってなくて、だんだん心配そうな、深刻な顔つきに変わっていった。お父さんが最後に書いた「バイバイ」という言葉が気になり始めたように見えた。

まさかお父さんが家出したとは僕には考えられなかった。だって僕やレックレックを放ったらかしたままいなくなることなんて、到底想像もできなかったからだ。お母さんも、そこまでは考えなかったと思うんだけど、10時を過ぎるとLINEと電話の二刀流の呼び出しをパタッと止めてしまった。最後に「心配ですよ。今日はもう帰ってこないんですね。」と書いたあと、玄関と台所のカギをかけてから階段以外の電気を消して、お母さんは2階へ上がってしまった。

お母さんは多分、酔いが回ってきて起きているのが辛くなったのかもしれない。僕と一緒にソファーに寝そべってお父さんの帰りを待つ方がよかったのに、なぜか2階でシャワーを浴びた後は下に降りてこなかった。きっとお父さんは、お母さんが心配して待っていると考えていただろうに、一人で寝てしまうというのはどうだっただろうか。

もし立場をクルリと逆にして、お父さんがお母さんの帰りを待っていたとすると、お父さんが先に寝てしまうことは絶対にあり得ないような気がする。前も、一度お母さんが友達と飲みに行って12時を過ぎる頃に帰ってきたことがあるが、お父さんは僕に文句を言いながらでも、リビングでテレビを見ながら待っていた。

僕はもう4年近くお父さんと一緒に暮らしているから、お父さんの性格をよく知っている。少なくともお母さんよりはよく知っているつもりだ。お父さんならきっと以下のように考えると思う。

もしお母さんが本当にお父さんのことを心配しているんだったら、一人で先に寝るなんてことはしないだろう。もしお母さんが本当にお父さんのことを愛しているなら、「今日は帰って来ないんですね」とは書かないだろう。きっと「早く帰ってきてください」と書くはずだ。日本語とタイ語の表現の仕方の微妙な違いはあるかもしれないけど、「今日は帰って来ないんですね」というのは、自分が先に寝るための言い訳のようにも取れないだろうか。もし「早く帰ってきてください」と書いたら、いつまでも寝ないで待ってるというふうに相手はとるだろうから、じゃあ帰るかなと思ってくれるかもしれないのだ。要するにお母さんは、お父さんが帰って来ても来なくても、どっちでもいいやと思っていたのかもしれない。

ちょっとお母さんを責めるような文言を並べてしまったけれども、何を隠そう、僕もレックレックも10時過ぎにはリビングで眠ってしまった。考えてみれば、お父さんは僕たちにご飯を作ってくれずに出て行ってしまったし、お母さんは犬のご飯のことはこれっぽっちも頭の中に存在しないようだった。実は僕もお父さんのことが気がかりで、お腹が空いていたことをすっかり忘れていたのだが、さすがに眠気には勝てなかった。

時間はよく覚えていないが、たぶん夜中というべき時間になってから、つまり12時近くになってから、玄関の錠前がまるで押し殺したような音をたてて、そーっと開けられた。その直前に、明らかにお父さんの車と分かるエンジン音を、しかし意図的に最大限アクセルを控えめにした低い音を漏らしながら、家の前に滑り込んでくるのを僕の耳がしっかりと捉えていた。レックレックも、耳の性能の良さに関しては僕といい勝負だったので、すぐに目を覚ましていた。

お父さんが家に入ってくると、眠いこともお腹が空いていたことも忘れて飛びついた。レックレックも僕の真似をした。これはいつものことだ。お父さんはそれに構わず台所に入って行って冷蔵庫をまるで泥棒が開けるように音を出さないように開け、コップに氷を入れた。ソーダ水は冷蔵庫の中に見当たらなかったので、冷えてない瓶を1本取りだし、ウイスキーと一緒にテーブルの上に置いた。

どうやらお父さんはアルコールを飲んでいなかったか、飲んでいても数時間前の食事の時にビールを1本飲んだだけのようだった。つまり、全然それらしい臭いがなくて帰ってきたのだ。ついでに、お母さん以外の女の人の臭いがしないかどうかを老婆心ながらチェックしてみたけれども、何ら怪しい臭いは検出できなかった。それにかなり汗臭いところを見ると、シャワーを浴びたような形跡もなかった。

お父さんはウイスキーのソーダ割を2杯立て続けに口に流し込むように飲んだ後、扇風機を点けてからソファーに寝転がった。そこはいつも僕が寝ている場所だったが、僕は遠慮というものを知っているからあえてお父さんの傍を避け、台所の比較的冷たいタイルの上に寝そべることにした。

ところがその日は無茶苦茶に暑い夜だったので、お父さんは我慢ができなかったと見えて、小一時間くらいしてから扇風機を消して2階へ上がって行った。でも、お母さんの寝ている部屋ではなく、これまでまだ誰も寝たことのない小さいほうの寝室に入ったようだった。僕の耳は、その小さいほうの部屋のエアコンのスイッチが入って仕事をし始めた音をしっかりとキャッチした。

お母さんとお父さんが別々に寝たのはその夜が初めてだった。これからのことを心配しても犬の僕には如何する術もないことぐらいは知っているので、何もしないことに決めて、お父さんがいなくなったソファーに戻ってぐっすりと眠ったのだった。


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吾輩はチビである(2)

4月25日(水)

お母さんは昨日、「キャディーの飲み会がある」と言ってお昼ごろに出かけた。ときどきビールと焼き魚を持って家に遊びに来るキャディーのお姉さんがバイクで迎えに来た。

そのお姉さんは7歳の男の子をいつも連れていて、昨日もバイクの後ろにちょこんと乗っていた。ついでに言うと、そのお姉さんには決まった恋人がいないようで、うちへ来ると「誰かいい日本人を紹介してよ」とお母さんに頼んでいる。

お父さんの方を見ると、「また酔っ払って帰ってくるに違いない」と顔に描いてあった。でもそんなことは口に出さずに、

「何時に帰ってくるの?」
とだけ聞いた。

そしたらお母さんは
「3時か4時には帰ります。晩御飯は家で食べますから、あなたが豚のステーキを焼いてくださいね」
と答えた。

僕はそんなに早く帰ってくるとはほとんど信用できないと思った。そして、そう答えたことが大変な結果になってしまうことは、僕には実は予感があったのだ。

お父さんが一人になってすることと言えば、家でビールを飲むことぐらいしかない。昨日も日本人の友達から貰ったばかりの、日清のチキンラーメンよりは遥かに高級そうなインスタントラーメンを作って、それを肴にビールを1本開けた。テーブルは僕の目線よりも高いので、ラーメンの中身はよくは分からなかったけれど、ワカメとネギを入れたようだ。肉とか魚とか卵は入っていなかった。それは臭いでわかった。

お母さんが「3時か4時に帰ります」と、僕から見れば出まかせのように言ったものだから、糞まじめなお父さんはそれを信じていたのかもしれない。午後4時を少し過ぎたころ、お父さんは2階のパソコンの前に置いてあったケータイをテーブルに持ってきてLINEを始めた。どうやら、お母さんが何時に帰るのか聞いているようだった。さすがに鼻のいい僕でも何をやり取りしてるかわからないので、ちょっと失礼してテーブルの椅子にちょこんと乗ってケータイの画面をお父さんの横から覗き込んだ。

ケータイの画面を見ると、お母さんは「もうすぐ帰ります」と返事していた。「もうすぐ」という言葉はとても便利な言葉だけど、糞まじめなお父さんにこれを使うと悲劇が生まれることもあるんじゃないかと僕は心配になってきた。

「もうすぐ」は普通は5分でも、30分でも、1時間でも使える。きっとお父さんは1時間以内で帰ってくるという風に考えたんだと思う。日本人だったらそれでいいけど、タイ人の場合は2時間でも3時間でも「もうすぐ」に入ることは、人間じゃないけどタイで生まれ育った僕としては常識として理解している。それがタイの「文化」だということは犬の僕でもわかる。でもお父さんの場合は、きっと頭ではそのことを分かってるんだろうけど、感情が理性を凌駕してしまうことがよくあるようなのだ。昨日の場合も、きっと感情の方が暴走してしまったのに違いないと思う。

お父さんはよく我慢して6時まで大人しくして待っていた。お母さんが出かけてから大体5時間半が経っていたから、普通の飲み会なら、とっくにお開きになっているとお父さんは考えたようだ。つまり、この時間になっても帰ってこないのは、一次会ではすまなくて、ゴルフ場でのパーティーのあと、どこかお店へ移動したに違いないとお父さんは推測したはずだ。お母さんは家で晩御飯を食べると言っただけでなく、お父さんに豚のステーキを焼いてくれとまで言って出かけて行ったのだ。糞まじめなお父さんは6時を過ぎたから夕食の支度に取りかかる時間だと考えたに違いない。だから、またLINEを使った。

「もう6時を過ぎたけど、いつ帰ってくるの?晩御飯は家で食べるんでしょ?」

僕としては、お母さんが3時か4時に帰ると言って出かけたんだから、6時までおとなしく待っていたお父さんを責めるつもりはない。でも同時に、お母さんはタイ人だから、本当に4時に帰るつもりでいて、実際は6時を過ぎたとしても別段問題があるとは思わない。だって、ここはタイだし、お母さんはタイ人だし、しかもキャディー仲間の飲み会だということはどう考えても嘘ではないのだから、少し遅れたとしてもお母さんを責めるつもりはない。でも、お父さんの立場に立てば、お昼過ぎからずっと一人で待ってるんだから、「いつ帰ってくるの?」ともう一度聞かれたら、こんどこそ正直に「あと1時間以内に帰ります」とすぐに返事をすべきだったと思う。ついでに「愛してます」と書き添えるべきだと、犬の僕でも思うのだ。

ところが・・・お母さんからの返事がなかった。そりゃお父さんが更に1時間も待てばよかったのかもしれないが、お父さんの感情は沸点に達する寸前だったのだ。

「お父さんは遊びに行きますよ。それでもいいですか?」

「もう飽き飽きしてきたよ。それに一人でいて淋しいよ」

「お父さんは家にいないからね。バイバイ」

これだけのことをお父さんが書いたのに、お母さんからの返事はなかった。お父さんは僕とチワワのレックレックを庭に出してから、車に乗ってどこかへ出かけてしまった。どうせお母さんはしばらく帰ってこないだろうから、お父さんがどこか外でご飯を食べようとしてるんだろうなと考えた。僕たちのご飯をまだ用意してくれてなかったから、そんなに遅くならないに違いない。お父さんとお母さんのどちらが先に帰ってくるだろうかと思いながら、日が落ちてきてだんだん夕闇が迫ってくる空を眺めながら待つことにした。

でも、お父さんが最後に「バイバイ」という言葉を使ったことは、妙に気になっていた。


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吾輩はチビである

4月23日(月)

僕の飼い主は元々はタイ人の優しいお母さんだったんだけど、理由があって去年タイ人のお姉さんのところに貰われて来た。

僕には日本人のお父さんがいて、僕はそのお父さんに連れられて、5か月前に今の家に引っ越してきた。本当は、その日本人が僕の飼い主みたいなものだけど、タイ人のお姉さんは可愛いし、ちゃんと僕の面倒を見てくれるので「誰が飼い主なの?」と聞かれれば、今では「タイ人の若い女の人」と答えてしまうだろうな。

自己紹介しておくと、僕はチビという名前の犬で、種類は?と問われれば、いろいろの答え方があるのだが、端的に言うと雑種である。生まれはタイ王国チェンマイ県サンカムぺーン郡というところで、生まれて3か月くらいして親から引き離されて、タック県というところに貰われて行くはずだった。でも僕は遠い所へ行くのが厭だったから、途中で逃げ出した。その逃げ出した先がサラピー郡というところで、スーパーハイウエーというバンコクに通じている国道11号線の傍の小さな住宅街に迷い込んでしまった。

そこに「キー」という名前の色の黒い野良犬が、まるでボスのように、偉そうにのさばっていた。僕の姿を見つけるや否や「コラッ!お前はどこから来たっ!ここに勝手に入るのは許さない!」と叫んで僕を追いかけてきた。僕は犬に追いかけられた経験がなかったので、びっくりしてありったけの足の力で駆け出して逃げた。

たまたま200メートルくらい走ったところに門が開けっ放しになっている家があった。断る暇もなかったのでそのまま庭の中に逃げ込んだら、中学生くらいの男の子が庭でサッカーボールを1人で蹴っているところだった。その男の子は僕の姿を見つけると、「何しに来たの?」と何食わぬ顔で聞いた。

「怖い野良犬に追いかけられているので助けてちょうだい」と言いたかったんだけど、よく考えてみたら僕は犬なので人間の言葉が喋れないことを思い出した。ところが不思議なことに、その男の子は僕の気持ちが分かるみたいで、サッカーボールを放ったらかして僕を抱きあげてくれた。

「お前は迷子の犬みたいだな。この辺で見かけたことがないからな。」

「そうだよ、僕の生まれはサンカムぺーンだ。ちょっとだけでいいから匿ってくれないかな」

そう犬語で言ったら、その男の子はまるで犬の言葉が理解できるみたいで、すぐに家の中へ入れてくれたのさ。そして中にいたタイ人の女の人と日本人のおじさんに向かってこう言ったから、僕はびっくりした。

「この犬、キーに追いかけられて家に入ってきたんだ。僕が面倒見るから飼ってもいい?」

タイ人の女の人と日本人のおじさんはお互いに顔を見合わせて、どちらが先に口を開いたのか僕には判然としなかったけど、2人はほとんど同時に、

「かわいい犬だね。もちろん飼ってもいいよ」

そう言って、2人は奪い合うようにして僕を抱いてくれたんだ。きっと2人とも犬好きな人間に違いないと僕は確信して、「ラッキー!」と心の中で叫んでいた。後でわかったんだけど、その家には「ラッキー」という名前の大きな白い犬がいたのだった。しかも、ラッキーは僕があこがれている雌犬だったので、恋に落ちるのにさほど時間はかからなかったというわけさ。

それからその家ではいろんなことがあったんだけど、細かい話は全部省略して要点だけ言うと、僕を最初に見つけて抱き上げてくれた男の子は結局のところ僕の面倒はあまり見てくれなかった。そのかわり、その家のタイ人のお母さんと日本人のお父さんが僕を我が子のように可愛がってくれたので、僕はまるでどこかの王子様にでもなったような幸せな毎日を過ごしていたんだ。

途中で、チワワという種類の小さな白い犬がその家に貰われてきて、ときどき飼い主のお母さんとお父さんに甘えようとするので、いかに心の広い僕でも時々頭に来てチワワと喧嘩することもあった。でも、雌犬のラッキーは、その「レックレック」とかいう名前の小さなチワワよりも雑種の僕と仲良くしてくれたんだ。

残念ながらラッキーは背が高くて体が大きくて、僕はチワワのレックレックほどはチビではなかったけど、如何せん大きさが違いすぎるので、いくら本気で恋人になってもらいたくても、僕にはどうすることもできなかったんだ。

その家に入り込んで2年くらい経ったあるとき、ぼくの大好きなお母さんがどうやら重い病気だったらしくてずっと寝たきりになってしまったんだ。僕はいつものように可愛がってもらいたくて、お母さんの傍を離れないようにしていたんだけど、いろんな人が入れ代わり立ち代わり家にやってきて、僕とお母さんを引き離した。

お父さんだけは、お母さんと僕が一緒にいることを許してくれたんだけど、あるとき急にお母さんがいなくなってしまった。優しいお母さんがどこへ行ってしまったんだろうと思って、でもそのうち元気になって戻ってきてくれると信じて、毎日玄関の前でずっと待つことにしたんだ。

ところがいつまで待ってもお母さんは帰ってこなかった。それでも僕はお母さんがひょっこり帰ってくるような気がして、夜お父さんと一緒のベッドで寝ていても、途中で「ワンワン」と吠えて外に出してもらった。そしてやっぱり玄関の前でお母さんの帰りを待っていたんだ。

お母さんが家を出て行ってから何か月か経ったある日のこと、お父さんが僕とチワワのレックレックを珍しく車に乗せてどこかへ連れて行ってくれた。そして着いたのが今の家だった。

前の家と違って庭はずいぶんと狭かったし、家の中も前の家の半分くらいの広さしかなかったんだけど、中に階段というものがあって、上へあがって行くことができた。階段なんてこれまで見たことがなかったので、珍しくて面白くて何回も何回も上ったり下りたりして遊ぶのが好きになった。

新しい家にはお母さんはいなかったけど、若いタイ人の女の人がいて、いつも2階の部屋でお父さんと一緒に寝てるようだった。だから最初はお父さんに会いたくて明け方になると2階へ上がって行ったんだけど、そのうちお父さんではなくてお姉さんがドアを開けてくれるようになったので、だんだんお姉さんが好きになった。

そのお姉さんは毎日朝と夕方においしいご飯を作っれくれたし、僕が甘えてお姉さんの座っているソファーにちょこんと乗ると、いつも撫でてくれるようになった。そうしていると、お姉さんこそ新しいお母さんのように思えてきて、ますます好きになっていく気持ちを抑えられなくなっていった。

僕は前の家のお母さんのことを忘れることはできないけど、今の若いお母さんも優しくしてくれるので2人ともどっこいどっこいのような気がしてきた。もし今、前のお母さんが目の前に帰ってきたら、どっちに甘えたらいいのか分からない。うまい具合に2人に甘えることが許されるのなら、僕は絶対そうしようと思っている。そんなことを考えていたら、ある日突然「ただいま」と言って、前のお母さんが帰ってきてくれるような気がする。

一緒にいるチワワのレックレックはどんな気持ちでいるのだろうか?一度聞いてみたいような気もするけど、何だか前のお母さんのことは忘れてしまっているような感じにも見えるから、聞かない方がいいのかもしれない。

お父さんも相変わらず僕のことを可愛がってくれてるけど、前の家と違って、僕がベッドルームに入ろうとすると「ダメダメ」と大きな声で怒鳴って入れてくれない。その点だけは前と変わってしまったので、お父さんのことはそれなりに好きだけど、正直言うと、前ほどではなくなっている。その分、新しいお母さんが好きになって、いつもくっ付いていたいと思ってるんだということを、お父さんはちゃんと理解してるかな?

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恐怖の強風被害

4月18日(水)

昨日チェンマイは信じられないような強風に襲われた。日本の台風のように広範囲で吹き荒れる種類の風ではないと思われるが、そのエネルギーは強い台風に引けを取らない。

昨日は午前中から午後にかけて庭の芝刈りを業者に頼んだ。それが終わった直後、午後2時すぎから突然空がどす黒く変化し始めたと思ったら、あれよあれよという間に突風が吹き始めた。チェンマイで、これまで経験したことのない激しい風だ。

2階の屋根の上を越えて、30センチ以上ある鉄板の破片が我が家の庭に飛んできて、ブロック塀に激突し、ガシャーン!!!と凄まじい衝突音を出すのを僕は目撃した。度肝を抜かれた。その時まで彼女と僕と小さいほうの犬が外にいたが、大慌てで家の中に避難した。鉄板が直撃すれば、命はないだろう。


強風は2時間くらい吹き荒れ、我が家では洗濯物を干す大きな鉄製の物干し台が10メートルも飛ばされ、反対側の塀にぶつかってその下にあった植物をなぎ倒した。台所の外に置いてあったビールの空瓶などは、まるでペットボトルのように刈ったばかりの芝生の上を自在に転がっていった。


風が吹き始めるのが突然というのは日本の台風とはずいぶん違う。風のせいで、庭にまだ残っていた芝の刈りカスが奇麗さっぱりとどこかへ消えてしまった。それにしても、2階の屋根のあたりでは時折ガシャーンと何かがぶつかるような音がして、そのうち家が壊れるのではないかと本気で心配しなければならなかった。


そして今日・・・本当に壊れた家があった。

お昼前にゴルフの練習に出かけた。その帰り道、ゴルフ場のある住宅街を通り抜けようとしたら、何と大木がなぎ倒されていたのだ。

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そして、どう考えても信じられないような光景が・・・・

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住宅街のど真ん中にある3階建てのタウンハウス。お店が入っている。真ん中は散髪屋だ。人も住んでいる。ところが、3階の屋根がない!!!それに天井も吹っ飛んでる!!!

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3階はれっきとした住居スペースなのに、昨日の強風で屋根が消え失せたのだ。恐ろしいなんてもんじゃない。屋根の部材はトタンのような、何か軽いものだったのだろうか。近くの瓦屋根の一戸建ての家には全く被害が出ていなかった。瓦一枚飛ばされていなかったというのに・・・

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車を止めて、カメラを向けようとしたら、作業していた住宅会社?の人が、

「おい、写真を撮らせてもいいのか?」

と同僚に聞いている声が耳に入った。

「かまわねえよ」

といった男は僕の方を見てニヤニヤ笑っていた。笑い事じゃねえだろうが!!!!



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1人だと健康不安が顔を出す

4月17日(火)

彼女が戻ってきて2日目の朝を迎えた。

帰ってきた夜は、「きょうは眠いから」と言ってイヤそうな素振りを見せる彼女に構わずに、1週間ぶりのお勤めに及んだ。この場合は「及んだ」という日本語がぴったりするような雰囲気だった。夫婦だから、まさか「犯した」と表現するのも変だろう。

そして昨夜は双方示し合わせたように、どちらからともなく自然体で行為に没入し、「もう~、またですか」という感じは全然しなかった。

ただ、事を終えた直後は、いつものことだが彼女の方は急に我に返ったようにキッと目を見開いて、言葉に出すわけではないけれども、「もう、しょうがない人ね!」という顔つきに変わるのだった。


実は彼女がいない5日間、僕はちょっとした不安を抱えて、「どうしてこんなときに彼女がそばに居てくれないのだろう」と恨めしい心持ちに陥っていた。それは何かというと、夜になると心臓の鼓動に異変が起きていることに気づいたのだ。

「不整脈」というのは何種類かあって、放っておいて何ら問題のないものと、なるべく早く専門医に相談して、場合によってはすぐに治療しなければならないものに分けられる。僕の場合はほとんど“脈が飛ぶ”ように自分でも感じられるタイプの心拍の乱れで、偶にというよりは、夜寝る前などには1分間に1回くらいの割合でそれが自覚されるのだった。

さらに悪いことに、頻脈に類する不整脈を自覚することも皆無ではなかった。こちらの方は脈が飛ぶように感じる“徐脈”よりはタチの悪い場合が多く、専門的に言うと「心室細動」の場合は放っておくわけにはいかない。こちらは危険な場合がある。

心臓の鼓動に異変を感じる時は、精神も不安になるものだ。彼女のいない5日間にもし何かが起きたらどうしようと考え出すと、さらに不安は増大した。ただ、「これは心配ない。加齢のせいだから仕方がない」と自分を納得させる事実も思い出していた。

脈が飛ぶような感覚は今に始まったことではなく、もうかれこれ10年以上も前から時々あった。いつも自覚するのではないけれど、ふと気が付くと脈が飛んでいることはしばしばだった。そればかりでなく、1分間に120回以上も脈を打つ、よりタチの悪そうな頻脈現象も、やはりかれこれ10年位、こちらはごく稀にだけれども、経験ずみなのであった。

一番ひどい頻脈が起きたのは、今から7年前の2011年5月のことで、その日のことはハッキリと覚えている。亡くなった妻と一緒に、家を新築するために建築業者の人と某ホテルのロビーで打ち合わせを済ませた帰りだった。

駐車場に停めてあったレンタカーに乗ろうとしてゆっくり歩いている途中、急に心臓に微かな電気振動が起きたような感覚が走り、しかもそれが10秒以上、もしかするともっと長く続いたのだ。当然気持ちも悪くなり、その場に立ち止まって自分の脈をとった。すると拍動は120どころではなく、トットットットットットッというように、まさしく「細動」というにふさわしく、実に弱々しく、しかも1分間に180回以上と思われる速さで打っていた。それまでも脈が飛ぶ徐脈だけでなく頻脈を経験したこともあったが、せいぜいそれは3~4秒のことで、特に気にも留めていなかった。

あれからも何度か健康診断を受けているけれども、心電図をとっても心臓に問題があるという指摘を受けたことは幸いに一度もない。だから普段は忘れているのであるが、今回のようにたった一人でいると、脈が飛ぶ方の“徐脈”はときどき起こる。

不思議なもので、彼女がイサーンから帰ってきた夜から昨日まで、それまで頻繁に感じていた“脈が飛ぶ感じ”はお勤めに励んでいるときはもちろんのこと、随分と収まってきたところをみると、やはり心拍の異常というものは相当部分は精神的なものであるようだ。

とはいっても、加齢とともに心拍の異常は増えてきているようにも感じられるので、そろそろまた健康診断を受けろというサインかもしれない。若い彼女のために一番いいことは、僕ができるだけ長く、できるだけ元気なまま生きて、彼女の暮らしを支えてやることだと思う。

彼女も、「お勤めは、それがずっと毎晩のように続くと、女はあそこに負担がかかるけど、その歳になると何もできない男の人もいることだから、それに比べたら遥かに自分は幸せだ」と先ほど言ってくれた。それならいっそのこと、いつか腹上死できれば男として本望かもしれないという思いが僅かに頭を掠めたが、まだ早い気がしてそれは諦めた。


全くの余談だが、最近は谷崎潤一郎のような“近代小説”を読み過ぎるせいかどうか、自分の書く文章の文体まで影響を受けているような気がしてきた。リズムの良い短文の積み重ねを信条としてきた自分本来の文体を取り戻さなくては・・・


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田舎で何をやってたのかな?

4月16日(月)

昨日はサラピーの家へ久しぶりに行って、じゃじゃ馬やドラ息子に会ってきた。じゃじゃ馬は前の恋人と別れて、おそらく年下と思われる新しい男と同棲していた。相変わらずの早業だ。真昼間に部屋に籠って寝そべっている男なんて、どうせまともな奴でないだろう。度し難いというか何というか、いつまで同じパターンを続けるつもりなのか・・・

高校生の男の子は女を1人含む友達3人と一緒で、庭の掃除をさせたら、そのあとソンクラーンの水遊びに行くと言って出て行った。2番目の娘も旦那がちょうど外から帰ってきて、3歳のガキも連れてどこかへ遊びに出て行った。うまい具合に、昨日は珍しく全員に会えたわけだ。

犬のラッキーの餌がなくなっていたので、スーパーBig-Cまで行って20キロ入りの大きな袋を買ってきた。重いものを担ぐと腰にくるので車を玄関先につけ、じゃじゃ馬を呼んだらすぐ出てきた。娘はひょいと20キロを肩に担ぎ上げて裏庭の納屋まで実に軽い足取りで運んだ。もうすぐ22歳で、以前はそれなりにあった色気が早くも失われつつある観はあるが、力はずいぶんとあるようだ。


ところで僕の奥さんの彼女の方は昨夜の9時過ぎに予定よりもだいぶ早くイサーンから帰ってきた。予想通りチビは大喜びで、しばらくは興奮状態が続いた。お土産も何もなくて、ショルダーバックから缶ビールを2本取り出してきたので2人で5日ぶりに乾杯した。

イサーンの田舎では、(本当の親ではない)母親と父親は田んぼの仕事が忙しくてほとんど家にいなかったらしい。彼女は久しぶりに旧友たちと会えたので、連日街まで遊びに行ったようだ。

「どうせ毎晩ビールを浴びていたんだろうな」

「いいえ、ちょっとだけですよ。何しろ昼間は40度を超える毎日でしたから、どこへも遊びに行けなかったの。だから、せめて夜だけでも息抜きにちょっと・・・」

彼女は生まれもイサーンだし、高校を卒業して看護婦になるためにバンコクへ出て行くまで其処で過ごした。だから友達がたくさんいる。頻繁にはイサーンには帰らないのだから、貴重な時間を友達と過ごしたことは問題なかろう。

ただひとつ気になることがある。

イサーンには26歳の(義理の)弟がいて親と同居している。真面目に仕事せずに毎晩外で飲んでいるらしい。前に一度書いたが、幼い子どもを残して女房に逃げられた男だ。こういう手合いは家族に迷惑をかけるだけで何ら生産的なことはしない。全員がそうではないけれど、タイの男にはこういう厄介者が相当の割合でいる。きっと彼女に飲み代の無心をしたに違いない。そして彼女はケチではないから、相当のお金を与えたのではないだろうか。

そういう男は癖になって、お金に困ったら彼女に言ってくるだろう。彼女は僕と一緒に暮らすまではお金があまりなかったから、イサーンの家族にはせいぜい月に2000バーツくらいしか助けられなかったわけだが、今は自分たちの生活を切り詰めれば飲み代くらいは出してやることができるだろう。でもそれをやってると、お金なんてすぐに消えてしまう。

一度彼女に渡したお金については使い道をいちいち確かめないことにしている。そのかわり、足りなくなったからと言って継ぎ足しはしないことになっている。今月も半ばを過ぎたところだが、果たして我が家の財政状況はどうなっているだろうか・・・

これも“疑心暗鬼”という厄介なもののひとつだ。


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独身5日目、何事もなく終わりそうだけど・・・

4月15日(日)

お祭りに興味がないと、この期間は全然つまらない。一昨年までは亡くなった妻の親戚がたくさんカムペンペットから遊びに来たりしたので、水かけの盛んな「チェンマイ・ランプーン街道(ゴムの大木の並んでいる道)」などへ車を2台連ねて遊びに出かけたりした。

昨年の今頃は、妻の病状がいよいよ末期がん独特の重篤な症状があらわれ始めてきたので遊びどころではなかった。彼女と会うことも、彼女からの申し入れで、そのだいぶ前から控えていた。そして今年は彼女が自分の田舎のイサーンへ5日間の里帰りをしているので、チェンマイに移住してから初めて一人身の状態でソンクラーンの期間を過ごしている。

彼女が家を出る前日に、「ゴルフでもするか、友達と遊びに行きなさい」と言っていたけれど、結局それも何もなくて、家に籠りっきりのソンクラーンになっている。彼女は今頃はイサーンのシーサケットからバスに乗っていて、今日の深夜、正確には明日の朝未明に戻ってくる予定になっている。

今日は、そう言えばサラピーの家へ10日ばかり行っていないことを思い出したので、庭の様子でも見に行こうかと思っている。最近は妻の連れ子たちにかなり冷たくしているので、亡くなった妻が不満に思っている感じがして、少しお小遣いでもあげて仲よくしてこようかと、いつになく殊勝な気持ちが芽生えてきたのだ。

でも高校生の男の子は、3~4日前にLINEで「ソンクラーンの水遊びに着るために、この服がほしい」と写真付きでおねだりをしてきた。それを見ると、値段が1,990バーツもする。冗談もほどほどにしろと思ったので、全く相手にしなかった。つまり返事もしなかった。僕の着ているものはだいたい150~250バーツなのに、高校生が1枚2,000バーツもする服を遊び用に買うなんて、とんでもないことだ。身の程知らずとは、こういうことを言うのだろう。

それでも昨日の土曜日は、いつものように1週間に一度男の子に食費を送金する日だったので、いつもよりも300バーツだけ余計に送った。あと娘が二人いるので、たまには顔を見に行って、家にいれば「美味しいものでも食べなさい」と一人500バーツずつくらいあげようというわけだ。

ふだんなら、「お金お金」としか言わない長女の顔なんか見たくもないのだけれど、こうやって一人でいると、たまには優しくしてやらないと亡くなった妻が悲しむような気がしてきた。それに一緒に暮らしている彼女にも、もう少し優しく接する必要があるように思われてくるから不思議だ。心の中をリフレッシュするために、たまには一人になってみることも良いことなのかもしれない。


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彼女の帰りを待ち焦がれるのは・・・

4月14日(土)

彼女が家を出て行ってから早くも3日が過ぎた。その間、このブログを書く気もなくなり、何をやっていたかというと毎朝徹底的な家の掃除。初日を除けば、三食とも自炊。犬の世話はもちろん、庭の手入れから車の洗車も含めて、何から何まで一人でやっている。

初日(11日)の昼間、数時間だけ街まで出かけたが、あとは近所のスーパーで少し買い物をするだけで、それ以外は外出しない。午前中に家事を終えると時間の大部分を読書にあてているので一時代前の長編小説を2冊も読めた。そして、なぜか読書に身が入っている日はブログを書く気にならないという“法則”を発見した。

そして、彼女と関係のあるもう一つの“法則”も発見した。

一緒にいる時でも、夜寝る前までは1階でテレビを見たり音楽を聴いている彼女と、2階でシャワーを浴びてまさにベッドに入ろうとする僕との会話はLINEで行う習慣がある。「もうそうそろ2階へ上がっておいで」と僕の方から彼女を誘うのだ。いつも大体9時半から10時の間のことで、LINEを送るとすぐに「今行きます」という返事が返ってきて、それから大体10分後くらいには彼女も2階へ上がってくる。

今回のように彼女が遠出しているときは、決して頻繁ではないがやはりLINEを使ってテキスト(文字)で会話する。そうすると、一緒に暮らす前に頻繁にLINEで会話していた頃のことが思い出されて、えらく懐かしくまた彼女が愛らしく思えてくるから不思議だ。

一緒にいると相手の欠点が目につくばかりでなく、同居して5か月目になるので一種のマンネリ感もあって、寝る直前のお勤めのひと時以外はそれほど相手を愛おしいとは思われない。ところが離れ離れになってしまうと、そういう問題がすべて隠されて、たまらなく会いたくなる。これならいっそのこと別居して、たまに会う方がよほどお互いのためかなとも思われてくる。

それに引き換え、犬のチビは態度が一貫している。彼女が出て行った日の晩から、夜はずっと玄関から外ばかり見ている。

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これは一昨日12日の夜。いつもなら彼女はソファーに座ってテレビを見たりしているので、その横にぴったりと寄り添うように寝そべっているはずだ。ところが彼女がいなくなってからというもの、一度もソファーに上がらないのだ。

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そして昨夜。2時間くらいこのようにしている。どう考えても彼女の帰りを待っているとしか思えない。チビにとっては彼女が新しいお母さんなのだろう。それとも、オスのチビにとってはお母さんでなくて恋人かもしれない。

チビが待ち焦がれている彼女は明後日中にはお姉さんと一緒に帰ってくるだろう。僕は待ち焦がれてはいないけれども、家事にも飽きてきたのでそろそろ帰ってきてほしいなとは思っている。



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騙し合いと疑心暗鬼

4月10日(火)

毎日タダの電子書籍を読んでいる。

朝起きて最初にすることは、ケータイをオンにしてKindle(電子本を読むためのamazonのアプリ)を起動すること。今朝は、昨日から読み始めた谷崎潤一郎の「卍(まんじ)」を残り1時間余りで読み終えた。

谷崎潤一郎に関しては、若いころに「細雪(ささめゆき)」という、それほど刺激的ではない長編小説を読んだ記憶があるが、それ以外はなかった。一昨日、谷崎の代表作のひとつである「春琴抄」を一気に読んでみたところ、あまりにも面白かったので、続けざまに「卍」をダウンロードした。

この小説は主人公の「園子」が正体不明の「先生」に語り掛けるという会話のスタイルで書かれている。しかし、隅から隅まですべて関西弁なので独特の言い回しがほとんど。関西の言葉に慣れない人には非常に読みづらいと思う。僕は関西弁を23歳まで日常的に使っていたので、読み進むうちに会話の調子を思い出して慣れた。

ここで読書感想文を書くつもりはないけれども、Wikipediaに書いてある“あらすじ”が信じられないくらいつまらないので、知らない人のためにちょっとだけ筋を書いておこう。


園子は弁護士を夫にもつ若い主婦だが、絵画などの習い事を学ぶために女学校に通っていた。そこで知り合った色白で妖艶な光子という自分より少し歳の若い独身女性に恋心を抱き始める。

園子は自分が学校で描いた絵を完成させるため、光子を自宅の寝室に呼びモデルにさせ、そのまぶしいばかりの裸体を目にする。それ以来、園子は寝室を共にしながらも性的な関係が希薄になった夫を騙しながら、自分を「姉さん」と呼ぶ光子と深い仲に嵌っていく(嵌められていく)。

ところが、独身の光子には園子に隠していた男が一人いた。その男が光子に結婚を迫っていることなど園子が知る由もなかったのだが、ある日、光子がその男と密会していた宿で衣服を盗まれ、困った光子は園子の自宅に電話して助けを求めてきた。それがキッカケとなり、2人の女と男との奇妙な三角関係となり、やがては園子の夫をも巻き込んで、相手を疑い出せばキリのない無間地獄のような騙し合いの修羅場が展開する。

最後は、園子、光子、そして園子の夫の3人が心中を図るのだが、園子だけが生き残って、その間の事情を「先生」に長々と語りかけるという寸法だ。

wikipediaに書いてあるような、「同性愛と異性愛」がテーマだとは僕には到底思えない。ずばり、表題に書いたように、女と女、男と女の「騙し合いと疑心暗鬼」を描いた小説だと思う。読むうちに、タイ人の女と日本人の男の恋愛や結婚に当てはめてもいいような、奥の深い騙しの技巧や、相手を疑い出した時の深い闇をイヤでも感じざるを得ない。

相手を信じたかと思ったら、次の日には疑ったり・・・人間心理の描写が実に心憎い作品だ。それにしても徹頭徹尾、大阪弁の会話で貫かれていることが、この作品に妙なリアリティを与えているような気がする。


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また、今夜の食卓

4月9日(月)

いよいよソンクラーンの週を迎えた。何が待っているかというと、彼女のイサーンへの里帰り。水曜日から5日間ほど、お姉さんと二人でお母さんの故郷であるシーサケットへ帰る。その間は独身だ。

といっても、2匹の犬の世話を一人でしなければならないので、何にもおいしい話はない。チェンマイはお祭りムードに包まれるというのに、そういった騒ぎとも無縁だろう。

さて、今夜の食卓には一波乱があった。

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夕方、僕一人でBigCへ行って、昨夜のうちにほとんど空になってしまったウイスキーと、買い置きが底をついたソーダ水のほかに、「スパイシー・スープ」という総菜をひとつ買ってきた。いろんな野菜と豚肉が入っていて、とても美味しそうに見えたので衝動買いしたのだ。

ところが、彼女が小鍋に移して温めてみると、なんと腐りかけているというのだ。どれどれとスプーンで一掬いして舌にのせてみると、確かに少し酸っぱい感じはした。でも、「スパイシー・スープ」だから酸味もきいているんだろうと僕は思った。でも彼女は腐りかけだからお腹を壊すよと言って譲らなかった。

アテが外れて困ったなと思っていたら、彼女はたったの15分くらいで別のスープを拵えた。

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魚の缶詰を上手に使っている。辛さは例によってちょうどよい。ネギや玉葱のほかに薬草のようなものが数種類入っている。冷蔵庫に眠っていたのだろうか。

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こちらは彼女がよく作る卵料理で赤と緑の唐辛子とニンニクが入っている。彼女はパサパサした卵料理が好きなようだ。僕がよく作るのはその正反対で、トロっとした卵料理だ。味も和風とタイ風で交わるところがない。共通項は卵料理というだけ。でも、彼女の卵料理にもだいぶ慣れてきたので、僕の作る方が美味しいと主張するつもりはない。


さて最後にお勤めのこと。昨夜も一波乱があった。これまでほとんど記憶にないような事態が発生した。本当に初めてではないかと思う。

僕がいつものように先にシャワーを浴びてベッドの中で待っていると、彼女もシャワーを終えて、いつものようにパジャマを身に着けてベッドに入ってきた。そしてケータイでニュースか何かの動画を見ていた。僕はいつものように彼女の方へ身を寄せて、彼女の決して豊満とは程遠いが小さくまとまって形のよい体を触り始めた。

彼女は何食わぬ顔でずっとケータイの画面を見ている。ここまではいつもと変わりはなかった。ところが・・・

僕の手が胸から下腹部に伸びて、そのままゆっくりと花芯の周辺にパジャマの上から刺激を与え続けたのに、なぜか彼女の手は僕の手を遠ざけようとする。あれっ?おかしいな。普段は知らん顔して僕の手の動くがままに任せているはずなのに・・・

それから10分くらいそうしていただろうか。彼女はやっぱり僕の手が邪魔そうな仕草をしてこう言うのだ。

「今日はダメ。明日にしましょう」

「明日にしましょう」というセリフはこれまでも聞いたことがあるが、それはベッドの中で発せられる言葉ではなかった。ベッドに入って、たとえそのつもりが双方にない時でも、いざ僕の手が動き出してしまえば彼女はいつもその気に傾いていったのに、昨夜はそうはならなかったのだ。

そして今朝、僕がPCで本を読んでいると2階に上がってきて言った。

「ごめんね、アレが始まったみたいです」

アレとは女性特有の月のもののことだ。彼女は昨夜、それが分かっていたのか、分からなかったのか・・・これで、彼女がイサーンから帰ってくる15日の夜までは、手出しができないことになるようだ。土曜日から数えて8日間はお休みということだ。これはある意味画期的なことだ。

「キミがいない間、女遊びしてもいい?」と、一応聞いてみたところ、案の定「どうぞお好きに」という答えは返ってこなかった。それで僕も安心したというわけだ。


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プロフィール

Niyom

Author:Niyom
身を削って過ごした30余年のサラリーマン生活にピリオド。ここチェンマイに移り住んでからも、楽しいこと辛いこと、いろいろとありました。でも、それは全部過去のこと。人生、どこまでリセットできるものなのか、自ら実験台になって生きています。

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