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朝食に異変が・・・

12月2日(日)

久しぶりに食事のことを書いておこう。

米の飯や麺類、パンなどの炭水化物を減らすことによって血圧が相当下がったことは既に書いた。それはそうとして、最近の朝食は今までのような「サラダ、ゆで卵(あるいは肉)、チーズ、果物ジュース」という取り合わせではなくなった。

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これが今朝の食事。彼女が作るフレッシュジュースは相変わらずで、今日はキウイとミカンだった。その横に並んでいる袋に入った2種類の総菜は、今朝早くに彼女の叔母さんが家で作って持ってきてくれたもの。ジュースの隣は野菜炒め。右端の袋はタイ語で「トムチュー」というスープ。今朝は開けずに、夕食にとっておいた。

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この野菜炒めは、日によって中身は少し変わるが野菜が7~9種類入っている。今朝は僕の大好きなカリフラワーも入っていた。緑と黄色のピーマンも入っている。味は塩分少なめの薄味で、野菜炒めと言っても油は少なく煮物のようだ。これを毎朝持ってきてくれる。僕は朝と夕方の2回に分けて食べる。一日の野菜はこれで十分だ。

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鶏のから揚げ。朝食べるにはちょっと多いのだけれど、彼女が6時ごろ仕事に出かけたあと、僕一人でこれを平らげた。ワンちゃんも少し手伝ってくれた。

どうして彼女の叔母さんが僕の食事を作ってくれるようになったのか・・・

「これ食べてみて。あなたの旦那さんの口に合うかどうか。日本人の人から日本風の味付けを聞いて作ってみたから・・・」

ある日、そう言ってビニール袋に入った野菜炒めを叔母さんが持ってきた。美味しい!いろんな種類の野菜が入っている!油は少なくて薄味だからヘルシー!「これなら毎日でも食べられるよ」と僕が言ったのが運のつき。次の日から毎日作って持って来てくれるようになったというわけだ。もう10日ほどになる。

本音を言うと、毎朝毎朝、同じ味の野菜炒めを食べさせられるのは少々・・・。でも、それだけでなくスープや肉料理も付いて来るようになったので嬉しい。だから朝はしっかり食べるようにして、昼はコーヒーとチーズだけにしている。夜は、ウイスキー(スピリッツ)のソーダ割を2~3杯と彼女が買ってくる豚肉か魚の総菜、それに冷蔵庫にある朝の野菜炒めの残りをまた食べる。

なぜそういう食事になったのか?彼女は毎朝4時に起きて家事を済ませ、6時には仕事に出て行く。ゆで卵とサラダとジュースばかりの朝食では僕が物足りないだろうと考えた。そこで、近くに住んでいる叔母さんの手料理が登場したというわけだ。

チェンマイには彼女の(父方の)叔母さんがたくさんいる。料理を作っているのが誰なのか僕は知らない。多分、まとめてたくさん作って家族も食べているのかもしれない。辛い料理を組み合わせれば、タイ人も辛くない野菜炒めや辛くないスープも食べる。そして材料費は彼女が渡している。だから叔母さんの利害と僕たちの利害が一致しているのだ。お店で買う総菜とは比べ物にならないくらいの量がある。

彼女の手料理が食べられなくなって少し寂しい気もする。でも僕の味覚や好みに合わせて料理を作ってくれる親戚がいるというのも悪くない。ただし、薄味の料理ばかり食べていると、“いかにもタイ料理”という辛めの料理も食べたくなるから不思議だ。僕の舌は辛いタイ料理にも馴染んでいるからだ。食事のバランスをとるのはなかなか微妙で難しいものだ。


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今夜の食卓

12月8日(土)

“今夜の食卓”は久々だ。2人の食卓にしては余りにボリュームがあったので、思わずカメラを取りに2階まで駆け上がった。

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こういう感じでポーズをとる彼女の写真も久しぶりだ。今日は摺りガラスの効果で暈かした“裸〇”ではなく、顔にだけ軽いモザイクをかけた。(意味が分かるかな?)

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これは買ってきた豚肉の揚げ物。2人じゃとても食べきれないから、半分は明日の朝だ。

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ここからの2品は珍しく彼女の作品。これも豚肉がたっぷりと入った“パクカナ”(パカナ)の炒め物。美味しかった。

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僕の大好物のカリフラワーの炒め物。ここにも豚の挽肉が少しだけど入っている。要するに今日は豚肉のオンパレードの夕食だった。

彼女は今朝も6時に家を出てゴルフ場へ行き、27ホールを回った。仕事が終わったのは午後1時半というから効率はいい。稼ぎは実働6時間で830バーツ也。これが毎日続くとすると、1か月でおよそ25,000バーツ?(8万円ほど)。お客さんの多いこれからの2か月間はそれが実際に可能だ。

「たったそれだけ?」と思う人もいるだろうが、チェンマイで月2万バーツ以上稼ぐタイ人は決して多くはない。1万バーツ以下の人が多い。家族みんなで働いて、かろうじで生活が成り立っている。わが家の場合は彼女一人の稼ぎで糊口をしのぎ、僕はゴルフや将棋で遊ばせてもらっている。というのは真っ赤なウソで、彼女の稼ぎは僕のところには回ってこない。

それはともかく、豚と野菜で満腹の今夜の食卓だった。あ~、明日の朝もまた豚か・・・


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1人ゴルフもまた楽しからずや

12月10日(月)

今日は久しぶりに一人でゴルフ場へ行った。先月の中旬から今月上旬にかけて、日本から知り合いの男性が連続してチェンマイに遊びに来られたので延べ10日余りをゴルフで過ごした。

僕はこれまで2日続けてゴルフすることは何度もあったが、今回は3日連続を初めて経験した。日本からゴルフ目的で来る人で、よく2週間連続とか、中には30日連続でプレーするというツワモノがいらっしゃるが、僕はとても無理。3日も続けるとスイングが乱れてきて、ゴルフというよりはボール転がしのようになる。スコアはいとも容易く100を超える。情けないことに、110以上という日もあった。

不調なので、もう今年は打ち止めにしようかと思っていた矢先、土日の2日間休んだら、またまたゴルフがしたくなった。これは中毒のようなもの。それで近所のゴルフ場へ一人で出掛けたというわけだ。

18ホールのうち前半の9ホールは会ったことのないタイ人1人と、以前会ったことのある日本人1人の計3人で回った。昨日練習場へ行ってスイングを矯正したおかげで久々に調子が良く、パーが2つ取れ、バーディーも10日ぶりで取れた。

そのお二人がプレーを終えて、後半は僕一人で9ホールを回ろうとしていたら、キャディーが「前にいる二人は日本人だから一緒に回りましょう」と提案してきた。でも、僕の目には日本人とは思えない。耳を澄まして二人のやりとりを聞いてみたら、やっぱり日本語ではない。ひょっとして韓国語?でも違うような気もする。まあ何でもいいや。僕は国際人もどきだから、どこの外国人と一緒でもOKだ。そうして3人で回ることになった。

そのお二人は僕と大体同年輩か少し若い感じで、一人はゴルフのレベルが高かった。飛距離はドライバーが250ヤードを軽く超え、グリーン周りもうまい。もう一人は僕といい勝負。でも二人とも、ゴルフの腕前というよりもゴルフのマナーや同伴プレーヤーへの気遣い、キャディーへの気遣いがとても立派だった。

僕がミスショットすると、英語で「大丈夫、大丈夫、落ち着いてゆっくりやって!」と励ましてくれる。打球がショートしてグリーンの手前に落ちたら「行け、行け!」とボールに声を掛けてくれる。キャディーのうちの一人はかなりの年配だったので疲れた様子だった。そうしたら自分のバッグは自分で引いて歩く。自分のだけでなく、手が空いていたら同伴者のバッグも引いて歩く・・・僕のバックまで引いてくれる場面もあって、僕のキャディーが驚いていた。

きっと韓国人だろうなとは思っていたけれど、お二人ともお喋りではなく、プレーに関係ない会話はしない。いつもニコニコしてさっさと歩き、同伴者がいいプレーをすると「グッドショット!」とだけ声を出し、実に気持ちよく後半の9ホールをプレーできた。

最後に別れる時に「僕は日本人ですけど、あなたのお国はどこですか?」と聞いてみたら、やっぱり韓国だった。ゴルフのうまい方の男性はチェンマイに5年住んでいるとか。韓国人の言葉は大体聞けばわかるはずなのに、お二人の時折の会話が韓国語らしく聞こえなかったので確かめてみたのだ。

お二人は、そのゴルフ場に初めてやってきたんだそうで、キャディーもどこの国の人か分からなかったらしい。僕が「やっぱり韓国人だったよ」とキャディーに言うと、「韓国の人は大きい声でよく喋る人が多いけど、あの二人は無駄口をたたかず、さっさと歩き、キャディーにも親切ですごく気持ちが良かった」と、しきりに感心していた。まったく同感だった。

そのあと彼らが別のゴルフ場の会員であることがわかったので、電話番号を交換して別れた。僕はイギリスやスイス、デンマークなどのファランと一緒にプレーしたことはよくあったが、韓国の人と一緒に回るのは6年の間で今日が2度目だった。そう言えば、前の韓国人はチェンマイ在住のティーチング・プロで、下手な僕のゴルフに文句も言わずに一緒にプレーしてくれた。僕があまりに酷いショットを打つと、ちょっとしたアドバイスまで英語でしてくれた。でもそのプロは、心臓発作か何かで亡くなったと聞いた。

日本人同士でつるんでプレーするのも自然でいいけど、一人でふらっと出かけて行って、見知らぬ外国人と知り合うのもなかなかに楽しいものだ。日本にいてゴルフをしても、なかなかそういう機会はない。


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久しぶりに大病院へ行ってきた

12月11日(月)

今日は全然楽しくない話だ。国立のチェンマイ大学病院の中にある「私立シーパット病院」へ彼女と一緒に行ってきた。

3年前に、そこで胃と大腸の内視鏡検査を受けた。結果は大腸に確か2つ小さなポリープがあって検査中に摘出してくれた。担当の女医さんの「2年に1回は検査をする方がいいでしょう」という言葉を忘れたわけではなかったが、面倒で行かなかった。

この半年ほど便通に少し変なところがあるので、気になっていた。毎朝のことだが、すっきりと1回で済まなくて、1時間くらいの間に2回か3回も用を足さなくてはならなくなった。以前はこんなことはなかった。年齢的にも大腸や前立腺に異常をきたす確率が高くなるころだ。

チェンマイ大学病院は乳癌で亡くなった前妻とは毎月のように通っていた。もちろん前妻の治療のためだ。今の彼女と行くのは初めてで、今日はキャディーの予約をキャンセルして同行してくれた。医者への説明は彼女がやってくれた。もし僕一人なら、タイ語と英語を混ぜてくどくどと言うところを、彼女は早口で簡潔に説明してくれた。

内視鏡検査は完全予約制で、検査の前日には食事の制限がある。検査のための薬も前日の決められた時間に飲まなくてはならない。看護師さんはこうした注意事項を彼女に向ってテキパキと説明をした。彼女も病院の看護師の経験があるから大体のことは分かっているようで、聞き返すことは何もなかった。

3年前の検査のときは亡くなった前妻が一緒だったので、やはり僕は上の空で医者や看護師の説明を聞いていればよかった。違いがあるとすれば、前妻との会話はすべて日本語、今の彼女は日本語がまったくできないからタイ語になる。日常生活のことはタイ語で十分にコミュニケーションできるが、体や病気のことになると僕のタイ語では心もとない。でも看護師経験のある彼女だから、正しい単語を使わずに話しても大体理解してくれる。たとえば、大腸のことはタイ語で「ラムサイ」というが、それを知らなくても大丈夫だ。

今回、内視鏡検査を受けることになって失敗したなと思ったことがひとつある。それは医療保険のこと。今年の3月に、年5万バーツほどかかるので保険を解約してしまった。解約する前に検査を受けて、仮にポリープを1個でも摘出したとすれば、それは「検査」ではなく「治療」となって、保険会社が払ってくれるのだ。ポリープも何もなければ純然たる検査になって、もちろん全部自費になる。

この前HIVやB、C型肝炎の血液検査を受けたときもそうだったが、多分大丈夫だろうとは思っていても、病気の検査は嫌なものだ。「大腸がんができてます」と言われたら、その時どうするか。大金を用意してタイで手術を受けるか、日本に帰国して再度住民登録し、公的保険に入るか・・・大きな病気になったときはどうすればいいのか迷うだろう。こちらで保険に入っていないと心配になるものだ。

僕の知り合いで、日本に帰って健康診断を受けたら癌が見つかり、日本で手術した男性がいる。心臓に持病があって、治療のために毎年日本に帰っている人もいた。高齢の域に入ってきて海外移住する場合、やはり一番厄介なのは健康問題だ。もし大きな病気になるとすれば、コロッとあの世へ行けると煩わしさがなくていい。僕を含めてそう思っている人が多いかもしれないが、そうは問屋が下ろさないものだ。


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復調の兆し、ようやく80台

12月15日(土)

最近の彼女は僕がゴルフに行くのを嫌がるようになってきた。表向きは「お金の無駄遣い」と言っているが、本音は別のところにあるのかもしれない。いつも同じキャディーを指名して仲良くラウンドするので、焼餅を焼いているのかもしれない・・・???

ところが今日は彼女の反対を押し切って近所のゴルフ場に出かけた。一応は昨夜、「そんなこと言うなよ。ゴルフをとったら僕には何も残らないよ」と、いい加減なことを言って彼女を説き伏せた。

その甲斐あって、今日は最近にないスコアが出た。90を切ったのは、おそらく2年ぶりか3年ぶりではなかろうか。

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今日の目標はバーディー1個とパー5個に設定した。結果はバーディーなしだがパーは8個取れた。バーディーチャンスは何度かあったが1メートルのパットまで外したので結果はゼロ。それでも僕にとっては久々の好スコアで、とくに後半の40というスコアはベストタイ。記憶に間違いがなければ、これまで40は2回あったので、これで3回目。ちょっとレベルの低い喜びようだが、僕にとってはこれで十分だ。

何がよかったかというとドライバー。ミスは1回だけで、あとはすべて思った通りの方向へ飛んで行った。全盛期の飛距離も復活してきた。その理由は以前も書いたが、肘の使い方。左ひじ(僕は左利き)をきっちりと絞ってスイングしたので、きれいなドローボールが打てた。それ以外の理由としては、いったん池に入ったボールが2度も水から上がってきた。いわゆる“水切りショット”。たまにあるが、2度というのはめったにない。要するに、ツイていたということだ。たまにはこういう日もあるからゴルフはやめられない。

今日は彼女も朝早くからお仕事だった。途中一度だけ遠くに姿を見かけたが、多分彼女はこちらに気付いていなかったようだ。彼女は今日も27ホール仕事をして、チップを含めて800バーツくらい稼いできた。1000バーツ稼いだ日もあった。僕と病院へ行った日をのぞいて、今月はすでに2週間働き12000バーツくらい稼いだことになる。僕の方はこの1か月間、12回のゴルフで15000バーツくらい散財した。

彼女に今日のスコアカードを見せたら、「へえ、それがどういう意味があるの?1バーツにもならないじゃない」と一顧だにされなかった。何という冷たい嫁だ。きっとゴルフをやめたら彼女は喜ぶだろうな・・・


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緊張しまくった内視鏡検査

12月18日(火)

昨日の朝、大腸の内視鏡検査のためにシーパット病院へ行った。彼女はもちろん同行。お姉さんが行き帰りとも車を運転してくれた。

内視鏡検査は日本で2回、タイでは一度3年前に同じ病院で受けたことがあるので、慣れていると言えば慣れている。でも今回はこれまでと違ってえらく緊張した。半年ほど前から便通異常があったので、「ひょっとしたら」という不安があったのだが、それよりも何よりも、めちゃくちゃ寒かったのだ。

大腸の内視鏡検査は身に着けているものを全て脱ぎ、検査用のガウンに着替えるのだが、ベッドに寝かされ、点滴に繋がれ、血圧計を左腕に巻かれ、脈拍測定用のクリップを右親指に付けられ、まるで手術を受ける前のような感じになる。一応はタオルケットで体を覆ってくれるのだが、検査室の中は寒いのなんのって、そんな状態で先生が来るまで結構待たされたので、からだがガタガタ震え出した。

先生がやって来ると看護婦さんが麻酔薬を点滴に注入した。体を横向きにされ、肛門から管のようなものが差し込まれたり、看護婦さんがお腹をさすったりしているところまでは覚えているが、そのあとは全く記憶にない。

これまでの検査では麻酔はなかったような気がする。というのも、いつもモニター画面で腸内の様子を自分でも見ていた記憶があるからだ。今回は気がついたら終わっていた。自分の感覚としては僅か2~3分で終わった感じだ。実際は30分くらいかかったはず。

麻酔から完全に醒めるまで、終わってからも小一時間ほどリカバリー・ルームに寝かされた。そのうち先生と彼女がベッドサイドにやってきて、検査結果を簡単に説明してくれた。僕にと言うより、彼女への説明だ。タイ語を聞いて僕も分かったのは、2ミリほどの小さいポリープが1個あったので、それを摘出したということ。それ以外にも何か説明していたが、僕には理解できなかった。それで先生がいなくなってから「何か問題があったの?」と彼女に聞くと、「全然問題なし」

しかし・・・たった2ミリのポリープなんて、わざわざ取る必要があるのかな?しかも、組織検査をしておくので、年明けにもう一度来てくれと言われた。仮に2ミリのポリープが問題のある性質だったとしても、それがれっきとした癌に育つにはおそらく数年はかかるだろう。いや、もっと長い時間がかかるに違いない。きっと「ポリープはないか、ポリープ出てこい!」と言いながら、目を凝らして検査しているに違いない。それに、悪いモノかどうかも分からないのに一々取るなよ、と言いたいくらいだ。

と言うのは、2ミリのポリープを1個摘出したがために、料金は高いものにつく。大腸の内視鏡検査は、検査だけであれば約12000バーツなのだが、ポリープを1個でも取ると、それに5000バーツほどが加算される。2個取っても3個取っても料金は同じらしい。トータルでは日本円で6万円ほどかかったことになる。おそらく日本での内視鏡検査の料金と同じくらいではないだろうか。もちろんポリープを取れば、検査そのものにも健康保険が適用されるからほとんど費用は掛からないと思われる。

「今回も大きな問題がなくてよかった」と考えるよりも先に、ついついお金のことを考えてしまうのは、この6~7年の年金生活で身についたケチな習性だ。「そんなに節約したいなら、ゴルフをやめれば」と誰かさんに言われそうだ。


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今朝の食卓

12月19日(水)

早いもので今年も残すところあと2週間を切った。このところ朝は寒いくらいで、エアコンや扇風機が一切必要ない絶好の季節の只中に入っているチェンマイだ。

さて、今日はもっとも無難な、つまり危なげのない“今朝の食卓”だ。ただし少し毒を盛ることも忘れてはいない。

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右手のコップの中にあったのはキウイのジュース。すぐに飲み干してしまったので撮影に間に合わなかった。左手にいるのはチワワのレックレック。これは朝食には関係ないようで関係ある。

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まずはナムプリック・オーン。豚の挽肉に、摺り下ろしたトマト、玉葱、ニンニク、唐辛子などを加えた北タイの郷土料理。野菜と一緒に食べる。僕の好物料理のひとつで、これは彼女の叔母さんが作って、昨日の夕方に持ってきてくれた。それこそ山ほどあったのだが、今朝、大半を彼女が職場に持って行った。友達と分け合って食べるのだろう。

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鶏。脂っこい。ゆで卵と合わせて親子鶏セット。これは昨日の夕方お姉さんが買って持ってきてくれたものの残りだ。朝っぱらからボリュームがありすぎるので、犬2匹に少し手伝ってもらった。

さて、朝食の話はここまで。

彼女はゴルフ場での仕事が終わると、毎日というわけではないが、友達とビールを飲んで、帰りが6時を過ぎることが多い。だから、代わりにお姉さんが夕食の買い物をして持ってきてくれる。このパターンは僕の大嫌いなパターンで、昨日も彼女の帰りを待って居る間、またまた怒りが沸点に達するところだった。

彼女は家に帰ってきて犬に食事を与えたところまではよかった。でも、そのあとソファに寝転がってご飯も食べずに眠ってしまった。多分、食事も外で済ませてきたのだろう。僕はまたまた呆れて、彼女をほったらかして一人で寝るつもりだった。

ところが、10時近くになって彼女はゆっくりと2階へ上がってきた。それは正しくベッドで寝るためだからいいのだけれど、酔いが残っている勢いで、いきなり手を伸ばしてきて僕におねだりだ。こっちはいい加減に愛想をつかしていたので、一切構わないつもりだった。でも男というのは悲しい動物だ。その気がないのに反応してしまった。仕方ないから戯れ抜きの速攻で攻めあげた。

それにしても、どうしてあそこがこんなに元気なのだろうか。女盛りの域に入ろうとしている彼女というより、あと数年で本物のジジイの域に入る男がちょいと触られただけで反射的に臨戦態勢になってしまうから困ったものだ。いや、嫁相手だと困ることはないけれど、またHIVの検査を受けなければならない事態だけはご免蒙りたいものだ。

今朝は例によって、彼女はさっさと家事を済ませ、まだ暗い6時前に仕事に出かけた。ところが、珍しく出る直前に寝室に戻ってきた。そしてまだベッドの中にいた僕に馬乗りになってチューをした。何か気になることがあるのかもしれない。女の勘は鋭い。それとも、愛を自覚したか・・・?


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今夜の食卓

12月21日(金)

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今夜は彼女の手作り料理3種類。何と何と2時間もかけて作ってくれた。わが愛妻は、まだ台所で仕事していたので、この写真には写り込んでいない。

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まずは僕の大好きな野菜炒め。

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お次は、タイ料理の定番と言えるバイ・カパオ・ムー。ちょっと辛い料理と言えば、これが最もポピュラーだ。

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そしてこれは何と言う料理だろうか?野菜の煮物?ナスやキャベツなどが入っている。それほど辛くはなかった。

以上の3品に入っている野菜は僕がカウントしたところ12種類だった。これくらい色々な野菜が入っていると、僕が理想としている食事に近い。

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愛犬のチビは僕の方を向いている。何をおねだりしているかは明らか。肉の臭いに敏感に反応している。でも、唐辛子やニンニクの入っている料理なので、今晩は我慢してね。

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そして最後に登場するのは、これまた定番の彼女の姿。コメのご飯をしっかり食べるので、最近は少し太ってきたみたいだ。「お腹が少し出てきたけど、胸も大きくなってきたね」と言う人もいる。もちろん、触る特権を持っている夫の感想。妊娠しているわけではない。

一方、僕の以前の姿を知っている人は「随分と痩せたんじゃない」と言う。米や麺類をほとんど食べないせいだろう、体重は60キロをキープ、血圧も120~130を保っている。

ところで彼女は今日も朝早くから仕事に行き、600バーツを稼いできた。帰ってきたのは午後2時。例によって稼ぎは僕に回って来ないが、それでいいのだ。それに、昨日入れたガソリン代1500バーツも現金で返してくれた。よしよし。調教の成果が表れている。

お金のことで揉めなければ、お勤めがあろうとなかろうと、僕たちは徐々に仲の良い夫婦になっていく。お互いに間合いの取り方を喧嘩をしながらも学んでいるわけだ。色々と不満はあるけれど、僕は妻のことを愛している。彼女は僕のことをどう思っているか、本当のことは分からないが・・・


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新婚さんに大金が転がり込む

12月22日(土)

まずは一昨日、木曜日の話から。

午後からチェンマイに住んでいる2人の友人と家の近所でゴルフした。13ホールを終えたところで大雨に見舞われた。12月も下旬なのに、これは珍しい。プレーは走って切り上げた。

そのあと、夕方から市内の和食屋「つなみ」で忘年会。僕はちゃっかりと友人の車に便乗し、帰りは彼女とお姉さんが僕の車で店まで迎えに来てくれた。おかげでビールと焼酎を遠慮なくいただいた。病院への送迎以来、この“お姉さんハイヤー”の便利さに目覚めてしまった。

忘年会には、ごく最近結婚したばかりの友人の奥さんも同席した。とても性格の良さそうなタイ人女性だった。僕自身もまだ新婚と言えばそう言えなくもないが、ホンモノの、ほやほやの新婚さんを目の前にすると不思議と羨ましくなる。


さて昨日の話。

昨日は一歩も外へ出ず、朝から将棋の竜王戦最終局のナマ放送をパソコンで見た。竜王というのは、将棋のタイトルの中では名人と並ぶ最も格の高いタイトル。読売新聞社の主催で、優勝賞金は4,320万円と最高額だ(ちなみに朝日・毎日新聞社主催の名人戦は2000万円ほど)。

今年の竜王戦七番勝負を戦ったのは国民栄誉賞を受賞した羽生善治(竜王・永世七冠)と、31歳で指し盛りの強豪・広瀬章人八段。これまでの戦いは3勝3敗と五分だったので、最終局の昨日勝った方が4,320万円を手にすることになった。

僕のような貧乏人は賞金のことが気になるが、彼らのようなトッププロにとっては、お金もさることながら、タイトルを名乗れることの方が栄誉なことかもしれない。とくに羽生さんは今回竜王を防衛すれば、通算100期のタイトル獲得となり、将棋の歴史に大金字塔を打ち立てることになる。

僕は羽生さんのような超人はもちろん尊敬する。羽生さんの実績と人柄には敬意を表する。しかし、どちらかというと「世代交代」とか「若手の躍進」の方に期待するので、これまで凄すぎる実績を積み上げ、人気も抜群の羽生さん(48歳)よりも、まだまだ伸びしろのある広瀬さんに勝ってほしかった。

将棋の内容については素人がコメントしても意味がない。2日制の勝負は初日の一昨日から昨日の午後まで、ずっと互角に推移していた。僕の直観では広瀬八段が勝ちそうに見えた。彼は指し手に決断力がある。そして終盤がめっぽう強い。プロの解説陣は容易には勝負の見通しを言わなかった。というより、優劣の見えやすい簡単な将棋ではなかったのだ。

羽生さんは48歳にもなると、さすがに以前の切れ味は影を潜めてきたような気がする。「羽生マジック」と恐れられた驚くような妙手を指すことも、めったになくなってきた。それでも30年ほどの間、一度も途切れることなく名人や王座、棋聖、竜王など何らかのタイトルを保持してきたことはまさに前人未踏のことだ。七冠達成は凄いことだったし、次は「タイトル100期」という偉業を期待して、マスコミも大挙して最後の対局場となったフグの本場・山口県下関の旅館に殺到していた。

結果は・・・期待通り、広瀬・新竜王が誕生した。勝負が決した後の羽生さんの態度は実に立派なものだった。これで羽生さんは全てのタイトルを失ったが、捲土重来を期して今度は挑戦者として若手に襲いかかっていくことだろう。将棋の世界は高校生の藤井七段の動静も目を離せないし、これからますます面白くなっていきそうで、僕のような将棋ファンはワクワクしている。

さて、4300万円のタイトル賞金は広瀬さんに転がり込んだわけだが、実は彼は今年結婚したばかりの新婚さんだ。勝利後の記者会見を聞いていると奥さんに関する質問もあった。それによると、どうやら奥さんは同じ北海道出身の同年輩で、もともと将棋ファンだったらしい。だから、広瀬さんが心おきなく将棋を指したり研究したりできる環境作りに精一杯努めてくれるので、とても感謝していると語っていた。

まあしかし、奥さんにとっては結婚した年に夫が大きなタイトルを獲得し、これまでとは比べ物にならない額の賞金が入ってくるなんて、実に頼もしい男性と結婚したものだと思っているに違いない。

野球やゴルフなどのプロスポーツでは、億単位の年棒を得ている選手もいる。しかし、将棋指しはスポーツ選手と比べれば随分と地味だが、色々なことをよく勉強している人も多く、話も面白いし、将棋のことに限らず本を書いて出版している人もいる。将棋は日本の伝統文化のひとつでもある。子供の教育にとっても、礼儀作法や論理的思考力を養う上で大いに役立つと思う。今後ますます盛んになってもらいたいと思う。

そのためには、羽生さんを踏み越えて、若手棋士がどんどん活躍してほしい。広瀬さんも既に30代だから、20代、10代のさらなる若手に踏み越えられて欲しい。そう思うと同時に、年齢をいくつ重ねてもベテランが踏みとどまって、若手とすばらしい将棋を戦って見せてほしい。


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今年最後のゴルフ

12月25日(火)

必ずしも締めくくりにふさわしい内容ではなかったけれど、とりあえず今年最後のつもりでプレーしてきた。

朝7時半過ぎに日本人の知人2人と一緒にラウンドし始めた。朝一番のティーショットを打つときは寒かった。打つ直前まで手袋をしていない片方の手をポケットに入れて温めていたくらいだ。それくらい今朝のチェンマイはヒンヤリとしていた。1番ホールは2打目をピン1メートル半の距離につけ、バーディーは逃したもののパーを奪って幸先はよかった。

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わが家の近所にあるこのゴルフ場は、カートを使わなければ18ホールを400バーツ足らずでプレーできるので、それなりに人気がある。日本人も多い。とくにこれから2月中旬までは一時滞在者で混み合う。

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安いゴルフ場にしては素晴らしい眺めのホールもある。とくに美しいのはこの8番ホール(パー3)で、東京の友人に言わせると、日本の名門コースに勝るとも劣らない景色だそうだ。僕はここにもう4~5年も来ているが、今年になってそう言われてみるまで景観の美しさを意識したことはなかった。

向こうに見えているのはチェンマイを象徴するドイ・ステープという山だ。有名なお寺が頂上にあって、チェンマイで最も知られた観光名所の一つになっている。富士山とは違って、そう言われなければ只の山にしか見えないが・・・


さてゴルフの方は、幸先のよかったはずの前半は不覚にも50を叩いてしまった。そして後半は、またパーからスタートし、次にバーディーを奪った。ところが残りのホールは再三のバーディーやパーのチャンスを逃してすべてボギーとなった。残念ながら目標としていた30台には3打届かなかった。

とは言え、1か月ほど前までの長いスランプからはどうやら脱しつつあるようで、随所に手ごたえを感じることができた。だからスコアの割にはそれほど不満はない。「ゴルフに“タラレバ”はない」とよく言われるが、パットさえ良ければハーフ30台も手の届くところに来ている感じではある。ゴルフに限らないが、何事も一生懸命練習すれば、それが全部無駄と言うことにはならなくて、それなりの報酬はあるようだ。

彼女は今日は仕事を休んだ。少し風邪気味だということもあるが、今日は月に一度の給料日ということで、僕からの〇万バーツの振り込みを楽しみにしていたようだ。もちろん意地悪せずに、いつもの額の“月給”を振り込んであげた。


この際、ついでに書いておくと、昨夜のクリスマス・イブはとくに何もなかった。プレゼントの交換やケーキも何もない。中一日のお勤めを除いて。ところが、途中まではいつもどおりに進行したが、いざフィニッシュに向かおうとして防具を装着した途端に萎えてしまった。仕方なく再度の“口撃”で締めくくったが、男性側の後味はいいものではない。

このような“中折れ”と称する失敗はこれまでも何度か経験している。来年あたりはいよいよ本格的にクスリに頼ってお勤めに臨むことが必要になるかもしれない。それも時の流れだから致し方ない。でも彼女がどう言うか・・・「お勤めはもう十分したので、いつやめてもいいですよ」と言うかもしれない。そのときはゴルフと将棋に専念だね。(ウソ)


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二つの忘年会

12月27日(木)

昨日は二つの忘年会があった。お昼過ぎから夕方までは、チェンマイに暮らすようになって以来、何かとアドバイスをいただいている先輩移住者の方との2人だけの“コーヒー忘年会”。夜は彼女と2人だけの“未来志向の忘年会”。

先輩移住者の方にもタイ人の奥さんがいて、前妻が生きている頃から、何度か一緒に食事をしたりコーヒーを飲んだりしながら、いろいろと生活の知恵を授けてもらってきた。僕のブログは「楽園づくり」の初期の頃から目を通されているので、わが家の家庭内のことは全てではないが、かなり精通しておられる。そのせいで、話題は家族に関することが多かった。

その先輩には失礼かもしれないが、ある意味で、僕の愚痴の聞き役になってもらってきたような気がしないでもない。去年、前妻が亡くなった後、今の彼女との付き合いを続けるか、それとも出会い系サイトで知り合った新しい女性に深入りするか迷った時も、その先輩には事実をありのまま話したことがある。ゴルフもしないし酒も飲まないのだが、コーヒー1杯で3時間も4時間も会話が続く貴重な話相手だ。


コーヒー忘年会が終わって家に帰ったのは5時頃だった。彼女はまだ仕事中だった。ふとテーブルの上にあるウイスキーの瓶を見ると、残りは僅かになっていたので、さっそくリクエストのLINEを送って彼女の帰宅を待った。

昨夜はビールとウイスキーを2人で飲みながらいろいろなことを話し合った。テーマは3つくらいあって、ひとつは前妻の男の子のこと。二つ目は家のこと。まだ売却できない前の家のことはさておき、僕たちの家をどうするか改めて話し合った。そして3つめは、将来僕に健康上の問題が発生したり、最悪いなくなったらどう対処するかと言う問題。

すでに18歳になっている男の子のことは相変わらず問題が多すぎて、彼女は「お金の無心しかしないのなら、もう構わないで放っておきなさい!」と言うことが多い。その割に「最近はどうしてるの?」と頭から離れないらしい。昨日も、「放っておけと突き放しているくせに、どうしてあの子のことを聞くの?」と言ったら、「だって心配だから」という答えが返ってきた。

双方アルコールの血中濃度が上がるにつれて口数も増え、だんだん声が大きくなって議論したのは将来の家のこと。いつまでも借家で暮らすことは僕自身も望んではいない。かと言って、今の手持ち資金で新居を建てることはとても無理。前の家が売却できれば何とかなりそうだが、女の子2人の反対でその目途はまったく立っていない。

土地だけでも先に買っておいてほしいと彼女が望んでいることは僕も分かっている。前の家のような広い土地は必要ない。狭い土地なら買えるかもしれない。でもそれをすると、貯金は風前の灯になりそうだ。僕は思い切って貯金の残高を初めて彼女に見せようとした。彼女はキッパリ「見たくありません」と言った。アルコールの勢いもあって、僕はスマホの画面で残高を見せた。彼女は目を背けずにしっかりと見た(笑)。

わが家の近くには彼女の父親とお姉さんが2人で住んでいる家がある。それは既に土地も含めてお姉さんの名義になっている。今73歳の父親が将来亡くなれば、お姉さんはどうするのだろうか?結婚するつもりのないお姉さんは一人暮らしをするのだろうか?いっそのこと、そうなったら古い家を処分して、僕の資金と合わせて新しい家を買い、一緒に住めばいいじゃないか。それまでは僕たちは借家でもいいじゃないか。もちろん父親が先に逝くとは決まっていないが、そう彼女に提案してみた。

「親から受け継いだ土地は、めったなことでは処分しないのがタイ人の考え方です」

彼女はそう答えた。つまり、お姉さんが将来一人になっても、僕たちと一緒に暮らすという選択はしないだろうということだ。

僕の心の中では土地だけでも彼女に買ってあげたいという気持ちが強い。僕にとっては多少のリスクはあるが、彼女にとっては万が一の時に僅かの土地でもあれば助けにはなる。僕にとってのリスクは2つあって、ひとつは彼女が僕を裏切る可能性。ゼロでないことは厳然たる事実だ。しかし、僅かな土地のためにそういう悪事を働くような女でないことも明らかだ。もうひとつは、僕が大きな病気になった場合のことだ。日本には帰る家もないし、親戚に頼るわけにもいかない。チェンマイで対処しようとすれば、それなりの現金が必要になる。

そのようなことを色々話し合っているうちに、夜は10時を過ぎてしまった。彼女は朝の6時半に予約が入っているから、いつもどおりの4時起きだ。何一つ結論が出ないまま、2人だけの忘年会はお開きになった。でも話の内容は、一応後ろ向きではなく“未来志向”だったので、気が滅入る時間ではなかった。

昨夜はそのあと朝が早い彼女を慮ってお勤めを省略した。というより、一昨日、中折れのリベンジをしっかりと果たしていたので、僕も欲求が溜まっていなかったせいもある。彼女はいつもと違って背を向けず、僕の手をしっかりと握ったまま眠りに就いた。「来年は土地だけでも買ってくれるかもしれない」と夢見ながら気持ちよく眠ったのかどうか・・・


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世代の違う夫婦の実感

12月30日(日)

いよいよ年の瀬。あと2日となった。日本に現役でいるときは、今頃大慌てで年賀状書きに精を出し、「また今度も正月三が日に着かないな。何故もっと前もってやっとかなかったんだろう・・・」と、手を動かしながら反省している頃だ。今は日本の親戚にすら年賀状は出さない。

さて、今年を振り返って反省してみても生産的ではない。とは言え、やはりこの年の最大イベントは彼女との結婚であることは間違いない。歳の差は37歳。世の中には上には上があるもので、お隣のチェンライ県には50年以上の歳の差がある日本人とタイ人のご夫婦がいる。しかも結婚されたのは男性が70を過ぎてからなのに、成人になった実の子供もいる。

これは想像にすぎないが、自分たちの子供がいると歳の差はあまり気にならないと思う。お父さん、お母さんとしての役割で生きることが主で、子供が独立していなくなるまでは、夫と妻として毎日向き合うことは普通はあまりないだろう。

前妻との結婚生活では実の子ではない3人の子供がいた。やっぱり生活は子供たちを中心に回転していた。いろいろと親を悩ます問題も日々起きた。世の中、大体がそういうものだと割り切れれば大抵の問題は乗り越えていけるものだ。

ところが今度は違う。相手の女性は初婚だし子供もいない。前と違って日本語も全然通じない。単に男と女として付き合っていた3年間はタイ語での会話に何の不都合も感じたことがなかったのに、いざ一緒に暮らしてみると、かなり複雑なことも相手に伝えなければならない。相手の言うことも分からないと困る。早口のタイ語には全然ついていけない。

実は言葉自体はあまり問題ではない。ところが歳の差があまりに開いていると、当然だがお互いの人生ステージにズレがある。そのズレの方が大きい。彼女はまだまだこれから人生が長い。その長い人生をどうやって生きていくかに最大の関心がある。結婚したとはいえ、まだ人生設計の途上にあるのだ。結婚相手が相当の年上だと、そうなって当たり前だ。

先日の2人きりの“未来志向の忘年会”の時の会話・・・

「僕はせいぜい長くてもあと20年かな。父は85歳で死んでるからね。だからキミが住宅ローンを組むとしても、10年か、長くても15年までの返済にすべきだな」

「あと20年?そしたらワタシは50歳ですよ。とても再婚なんかできませんよね・・・」

僕がローンの話をしているのに、彼女の口をついて出てきた言葉は“再婚”。これは何を意味しているかと言うと、僕がいなくなれば別の男を見つけなければという意識が少なくとも潜在的にはあるということ。それは当然と言えば当然なので、僕が気分を害することはまったくなかった。

それよりも、持ち家へのこだわり方に僕と彼女の意識の違いがはっきりと出ている。僕は27歳の時に最初の結婚をして1年ちょっとで離婚した。そのあと37歳で再婚して子供が2人できた。会社の寮にいつまでも住むことは考えず、当然のように自分の家を持とうと思った。30代の頃は仕事のことを別にすれば、子育てとマイホームが大きな関心事という平均的な男だった。

でも今は彼女と違って、自分の家を欲しいとは全然思わない。6年前にチェンマイにかなり大きめの家を一軒建てたけれど、それは自分のためというより、乳癌を患っていた妻が残りの人生を3人の子供たちと幸せに暮らせるようにするためだった。

さほど家が欲しいとは思わなくても、僕は食べ物には今だ大いに関心がある。その反対に、若い彼女は食べ物へのこだわりはあまりない。ご飯と辛いおかずさえあれば何でもいいらしい。これは世代間の差と言うよりは、彼女がイサーンの貧乏家庭の育ちだからかもしれない。お姉さんが何を買って来ようがどうでもいいようだ。僕は毎日同じものは御免蒙りたいし、コメのご飯をほとんど食べないので、辛いものばかりのときは食べる気がしない。

そして最後に・・・歳の差があっても、ほとんど問題にならないのはお勤めだろうか。

性生活というものは、女性は年齢による差はあまりないと僕は思っている。20歳でも40歳でもそれほどの違いはないというのが僕の実感だ。ただし女も50近くになってくると、個人差が歴然と出てくるものらしい。相変わらずセックスが好きでやりたいというタイプと、そんなものは馬鹿らしいと、関心をよそに移すタイプに分かれるようだ。子育てという要因も大きいだろう。

一方の男性は、他人様のことは実はよく分からないが、聞くところによると個人差が非常に大きいようだ。もともと僕は相当に好きな方だと思っているが、30代、40代はいくらやりたくてもそんな暇はあまりなかった。それに相手は子育てに忙しくてあまり相手をしてくれなかったということもある。月に一度くらい、酒の勢いで風俗で遊ぶ程度だった。

50代になって、日本人の妻との関係が破綻し別居していた時に、22歳若いタイ人女性と日本で出会った。お勤めのことなど関係がないくらい、深く愛し合う経験をした。「女と心が通うとはこういうことなんだ」という、人生で初めての、そしておそらく一度きりの経験をした。それが乳癌で亡くなった前妻だ。

ところが60代、ふとした遊び心から20代の女と付き合い始めてしまった。週一のお勤めが身についてしまった。そして前妻の亡くなった後、去年一緒に暮らすようになってからは、週一どころかこの1年で150回!若い女の肉体に惹かれる自分を制御しようもない。相手が彼女じゃなくても、体の相性が合う若い女なら、同じようにしていたと思う。男の自然な振る舞いと言えばそれまでだ。

今の彼女から僕の心が離れそうになると、僕の心の中に生きている前妻がはっきりと言うのだ。

「ダメだよあなた。彼女のことを最後まで大切にしてあげなさい。もう他の女のところへ行ってはダメだよ。いいわね」

そして僕はこう答える。

「はいはい。来年も彼女を大切にして生きていきますよ。子供たちのこと、ちゃんと面倒見れなくてごめんね。でも、お前の育て方が悪かったんだよ!」

やっぱり、僕を見守ってくれているのは亡くなった妻だな。そういう思いを消し去ることは、いつまでもないだろう。


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プロフィール

Niyom

Author:Niyom
2012年、60歳でチェンマイへ移住。2017年にタイ人の妻を病気で亡くした後、愛人だった若いタイ人女性と再婚、前妻が可愛がっていた小さな犬2匹も一緒に暮らしている。

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