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ぼちぼち再開といきますか・・・

3月2日(土)

ブログは、まるまる1か月間のお休みをいただいた。この間は、チェンマイに嵌った日本人に対する至れり尽くせりのお世話やゴルフに明け暮れて、他のことを考える余裕もなかった。それくらい楽しい時間を過ごしていたとも言える。月末にはその御仁も帰国して、今日から再開となったわけだ。

さて、お決まりのネタは我が家の“夫婦喧嘩”と“仲直り”とだいたい相場が決まっている。先月は何かと気忙しかったので、彼女の行動にいちいち反応している暇(いとま)がなかった。いざ嵐が去ってみると、わが嫁の行状が気になりだした。

これは毎度のことなので、「またか・・・」と思われる読者も多いだろう。わが嫁は仕事を終えた後、昨夜も友達と飲みに行って、なかなか帰って来なかった。午後7時ごろ、「何時に帰るの?」といつものようにLINEで問い合わせると、判で押したように「もうすぐ帰ります。いま市場でおかずを買うところです」・・・

こういう返事が来ると、我慢の限度はだいたい1時間か1時間半だ。ややあって時計を見ると午後9時が迫っていた。昨夜は日本で行われていた将棋の「A級順位戦」の最終局がネットでナマ放送されていたので、朝からずっと見ていたのだが、さすがに夜も8時を過ぎるとお腹が空いてきた。再度のLINEに対して彼女からの返事がなかった。

しょうがないから近所のセブンイレブンまで車を走らせて弁当を買ってきて食べた。もう9時をとっくに過ぎていた。「もうすぐ帰ります」という返事が来てから2時間が経っている。ということで、用心のために玄関にカギをかけ、ついでに2階の寝室にも中からカギをかけて(これは普段はありえない)、佳境に入った将棋の中継に見入っていた。

「オトウサン!」という声とともに、寝室のドアをたたく音が響いたのは10時半ごろだった。彼女は部屋のカギを探し出して、いともたやすくドアを開けて入ってきた。「オトウサン!」とネコナデ声を出して抱きついてきたが、もう僕の心は氷のようになっていたので一切を拒否した。将棋は深夜になって28歳の豊島棋聖・王位が勝って、4月からの名人戦の挑戦者に決まった。

「キミは犬と一緒に下で寝なさい」

そう言われて引き下がるような女ではない。0時を過ぎて僕が寝入った頃に彼女はベッドに入ってきた。「オトウサン!オトウサン!」相変わらずのネコナデ声を出して抱きついてきたが完全無視を決め込んだ。彼女はすぐに諦めたのか、反対側を向いて寝たようだった。

と思っていたのだが、夜中にまた迫ってきた。いや夜中ではなく、明け方だった。今度は簡単に諦める様子はなく、意を決したように僕が穿いていたパジャマのズボンを脱がし、さらにパンツを脱がして一物に愛撫を開始した。こんなことはこれまでも数回あったが、今回は「相手にしないぞ」と固く決めていた。だけど・・・それは無理のようだった。こころを閉ざしていても、体はあえなく反応してしまうのだ。

僕はその部分以外は脱力したまま手出しを一切しなかった。彼女は上に乗っかって一人でお勤めを開始した。女性器と男性器が合体して女性が腰を動かしている状態にいつまでも手出しせずにいられるようには男は出来ていないらしい。ついつい、自分の意に反して手が出てしまう。自然と下から彼女を抱きかかえ、程よい大きさの乳房を手のひらで激しくもみしだく。そうなると、無理やりの一方的な性行為ではなく、双方合意の上の濃厚なセックスに変質していく。ねっとりとお互いの舌を絡ませ、下は下で、これでもか!と緩急自在につきまくる。

おそらく僕の記憶では最長記録だったのではないだろうか。僕をつなぎとめようとしている彼女の熱意に負けてしまった。彼女が亭主の食事もほったらかして帰って来ないので、「もうこれからは、あなたは僕の妻ではありません」とLINEに書いた一言に、相当反省したのかもしれない。「もう離婚!」となったらどうしようと怖くなったのかもしれない。何をどうすると言っても、もっとも効き目のあるのは肉体攻撃だということを彼女は知っているわけだ。

時計を見ていなかったのでよく分からないが、僕たちの性行為は結局のところ1時間半はたっぷりと費やしたのではなかろうか。途中から夜が明けて、外から明るい光がカーテンの隙間から差し込んできても、僕たちの結合はやまなかった。というより、いつまでたっても出るべきものが僕の体の中から出てこないので、手を変え品を変えて結合とピストン運動を続けていたのだった。

それもそのはず、考えてみれば3夜連続だった。それを知っていながら僕に迫ってきた彼女も彼女だし、結果的に応じた僕もさながらセックスマシーンになってしまった観はある。彼女の反応は、とろけるような女体の甘美さと激しさを同時に見せた。行為の途中から、「あなたはもう僕の妻ではありません」という思いはどこかへ消し飛んでしまった。

彼女はいつもより相当に遅い7時過ぎに起き出して、丁寧に家の中の掃除をした。洗濯も干すところまで僕の手を借りずに一人でやった。この数か月、毎日のように朝早くから仕事があるので、家事は手抜きするようになっていたが、今朝は違った。そして彼女は9時過ぎに、食事もせずに出かけていった。今朝は10時半の予約だったので、ゆっくりできたのだ。

実は彼女には魂胆があった。一昨日、お金を貸してほしいと言ってきたのだ。去年の10月に5万バーツ貸していた。ちょうど先月、僕への返済を終えたばかりだ。そうしたらすぐに「3万バーツ貸してくれ」ときたのだ。イサーンの実家の床に貼るタイルを買うお金がなくて困っているのだという。改築工事は去年あらかた終わっているが、リビングになった広い1階の床はコンクリートむき出しのままだという。

再度の借金の申し込みに対して僕は返事を保留していた。未明の肉体攻撃は、その3万バーツの借金を実現する目的があったことは今思えば容易に想像できる。そして、まんまと彼女はそれを手に入れた。


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いつもでなかったビザの更新

3月3日(日)

毎年3月はいろいろと忙しい。年度末だというのは関係ないが、誕生月が3月なので、年金受給を継続するための手続き(日本国内居住者は必要ないだろう)を怠ることはできないし、今年はタイの免許証の更新もしなければならない。そして重要なのはビザの更新である。

僕の場合は、7年前の3月に東京のタイ大使館で「OAビザ」の発給を受けてタイに入国したので、2年間はビザの更新の必要がなかった。その後は「リタイアメントビザ」に切り替わって毎年更新している。

リタイアメントビザは期限の1か月前から更新の申請ができるので、毎年おおむね2月中旬までにイミグレに出向いている。今回もそうした。最近のチェンマイのイミグレは早朝から窓口を開いているらしいし、90日リポートに関してはおそろしく処理が迅速化しているので、ビザの更新もスムーズにいくものと勘違いした。だから例年業者に頼んでいた“順番どり”を省略した。

その日は朝9時にイミグレに着いた。うまい具合に駐車場も1台分がすぐに空いた。正面の総合案内窓口へ行って書類を出したときに、係官はちょっと怪しげな反応を見せた。時計をちらっと見て「時間がかかるよ」と呟いたのだ。案の上、時間はおそろしくかかった。

リタイアメントビザの更新だけ番号がなかなか進まない。あれよあれよと言う間に時間が過ぎて、時計は12時になった。「ありゃ~、お昼休みに入っちゃう」・・・ところがどの窓口も係官は席を立たないではないか。今までなら、12時になると係官は一斉にいなくなり、午前中に受け付けてもらえなかった人は、仕方なく昼休み明けまで辛抱していたと思う。

結局、12時半に僕の順番が回ってきた。3時間半待ちだったわけだ。それまでの処理の様子を見ていたら、みんな随分と時間がかかっていたので、何か変だなとは感じていた。多くの人が書類の不備があったのか、コピーを取りに出て行ったり、預金通帳をもって出て行って30分くらい戻ってこない人もいた。

僕は書類の不備などはないので、窓口では実にスムーズに進んだ。ところがおかしな光景を目にすることになった。係官はイミグレのパソコンを操作してたくさんの書類をプリントアウトした。その中にはパスポートの「OAビザ」、すなわち7年前に入国したときのページまで含まれていた。僕はそのページはコピーしていない。一体何のためにそうしているのかは全然分からなかったし、敢えて聞くこともしなかった。係官が勝手にしていることだから黙って見ているよりほかない。

去年までと変わったのはそれだけではない。5~6枚の英文の書類を渡され、それに1枚ずつサインしろと言う。それらが何の書類なのか、一切説明はない。何か誓約書のようなものなのか・・・?こっちは待ちくたびれて、早く終わらせたいわけだから、いちいち内容を確かめる余裕がない。前の人も、その前の人もファランだったが、全員内容を読まないでさっさとサインしていたので、自分もそれに倣ったまでだ。書類のタイトルくらいは読んでおくべきだった。

というわけで、去年までと処理の様子がすっかり変わっていたが、窓口でかかった時間は5分くらいだった点は変わらない。係官の手際は、ベテランの男性だったので速かった。しかも、にこやかな笑顔で対応してくれたので気持ちは良かった。ただし、終始無言だった。お互いに一言も言葉を交わさずじまいだった。そしておよそ10分後に若い女性職員からパスポートを受け取った。お互いにニコっと目を合わせて、「ありがとう」と僕は初めて言葉を発した。若い女には弱いのだ。イミグレに滞在した時間は、およそ4時間と、これまでの最長を記録した。

ところで、いろいろな情報によると、一昨日の3月1日からリタイアメントビザの更新に必要な「80万バーツの預金」に変更があるらしい。80万バーツは更新申請の前の2か月間キープされていることが必須なのは従前と変わらないが、更新後も3か月間は80万バーツが維持されていなくてはならないそうだ。さらに、その後も40万バーツの預金がないといけないそうだ。それをイミグレはどうやって確認するのか知らないが、とにかく今月からそのように運用されるらしい。

僕の場合は2年前から銀行預金で更新するのをやめて、手数料はかかるが1年間の年金額を総領事館に証明してもらって対応している。為替レートが異常に大きく変動すると将来的には80万バーツを割り込む可能性もゼロではないが、当面その心配はないと高をくくっている。足りなければ預金の証明を加えれば済む。

それよりも、今迷っているのはリタイアメントビザから家族ビザ(結婚ビザ)に切り替えるかどうかだ。知り合いでタイ人と結婚した人はほとんど結婚ビザに切り替えているので、そろそろ自分もそうしようかと思っている。手続きが面倒なので、今はやってないだけだ。ただし、結婚ビザにすると、年金額の証明ではダメで、最低40万バーツの預金が必要らしい。今ならそれくらいはあるので、来年の更新時には結婚ビザにしているかもしれない。それなりのメリットがあるらしいので。ただし、離婚していなければの話になる(笑)


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これも“浮気”ということかな?

3月4日(月)

今日は1週間ぶりにチェンマイ在住の知り合いとゴルフをした。僕はゴルフ場ごとに大体決まったキャディーを指名するようにしている。とは言っても、諸般の事情で指名を変えることもある。それはゴルファーの自由だし、変えたからと言ってキャディーから文句を言われる筋合いのものではないと思うのだが・・・

我が家の近所のゴルフ場へ行くときは、嫁の親友のMを指名することがほとんどだ。しばらく行かないと、Mの方から「今度はいつ?」と彼女を通して聞いてくることが多い。ところが今日はAをキャディーに指名した。これで2回目だ。Aも嫁の友達だし、MとAも友達同士だ。ところが先月、諸般の事情で初めてAを指名したとき、Mからこう言われた。

「今回だけはいいですけど、次もAを指名したら、彼女(僕の嫁)をバイクで送り迎えしたり、一緒に市場へ買い物に行ってあげたりしませんから、そのつもりで!」

実は嫁は車も運転できないしバイクも乗れない。驚くべきことに、キャディーなのにカートも運転できない。10年くらい前にバイク事故に遭い、その後遺症というのだろうか、運転恐怖症になっているのだ。だから、仕事場のゴルフ場へはほとんど毎日親友のMが家まで迎えに来て、帰りは市場などに立ち寄ってから家まで送ってくれている。もし僕が他のキャディーを指名するなら、もう送り迎えをやめると言うのだから、これは只事ではない。

なぜMが僕の指名にこだわるのか、本当のところは分からない。確かにMは優秀なキャディーで、仕事ぶりに何の不満もない。しかし、まるで脅迫するかのように言われると、逆にもうMを指名したくなくなるのも人情ではないだろうか・・・?

数日前、僕は今日のためにMではなくAを予約した。当然Mはそれをすぐに知ったはずだ。そして昨日の夕方、仕事帰りに嫁を家まで送ってきて、そのまま僕と3人で一緒にビールを飲み食事した。

嫁は突然こう切り出した。

「明日は、あなたはMと一緒に回ってくださいね。そしてAはあなたの友達と回るようにしてください」

僕がどのキャディーと回るかを、嫁に決められる筋合いはないはずだ。Aを僕のキャディーとして予約していることは、数日前に彼女も承知していたはずだ。さてはMが、「あなたの旦那がAを指名するなら、もうあなたの面倒をみないわよ」と、彼女まで脅したのだろうか・・・

と、ここまで書いてきて、事の真相が見えてきたような気がしてきた。

此処だけの話、僕がMからAに乗り換えようとしている理由は・・・そろそろ僕がMに飽きてきて、Aという最近知り合ったキャディーにある種の魅力を感じ始めているからだが、それを嫁に見透かされているのではないだろうか?嫁にしてみれば、同じ友達とはいえ、Mよりも若くて独身で車も持っているAよりも、旦那はいないが子持ちのMの方が安全だと感じているのではないだろうか。それにMとは毎日会っているから、何か異変があればすぐに気づくことができる。

これは嫁やMに確かめてみるわけにはいかない。そしてさらに気づいたのだが、もうひとつの可能性がある。

僕がAに“ある種の下心”を抱き始めたことに気づいたのは嫁ではなく、Mの方ではないだろうか。そして親友(僕の嫁)を守るために、僕をAから遠ざけようとしているのではないだろうか。もしそうであるならば、「またAを指名するなら、もうあなたの奥さんの面倒はみませんよ」という脅し文句を僕に言ってみたり、すでにAを予約しているにもかかわらず、自分がキャディーをやると言ってみたりすることも理解できるような気がする。

つまり、Mはあくまでも彼女の味方で、夫婦仲に亀裂が入るような事態になる前に、僕とAの関係が進展するのを未然に防ごうとしているのではないだろうか。そうであるならば、Mは嫁よりも勘の鋭い女で、しかも善意の人ということになる。よもやMが僕に惚れているということはないだろう。

さて、他人にはどうでもよい妄想のようなことを書き連ねるのが日記というものだから、ついでに書いておくと、今日のゴルフで僕のキャディーをしたAは、ラウンドの途中でこんなことを言い出した。

「今度車で一緒に遊びに行きましょうよ。川下りがいいわ。来月どうかしら。奥さんと私の妹と4人で・・・」

真意はわからない。ちなみにAの妹も美人で独身だ。単にみんなで遊びに行きたいだけだろうけれど、女の方から誘われて悪い気はしない。ただ、友達のMを除外しているところは意味深かもしれない。Aの車でも5人は乗れるのだから。


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実家に帰ったキャディーのM

3月5日(火)

昨日のキャディーのお話の続き。昨日、月曜日のラウンドで僕の指名がなかったMは急遽、子供を連れて実家のあるイサーンへ帰った。

こういう書き出しになると、僕に腹を立てたり失望したりして実家に帰ったようにも取れるが、そんなわけはない。僕が指名していれば、実家に帰るのを1日だけ遅らせるつもりだったらしい。それくらい僕の指名を重視してくれていたMだったのだ。結局、僕は最近知り合ったAを指名したので、あきらめて当初の予定通り帰郷したというわけだ。

実家に帰ると決心したMは、日曜日の夜、家で飼っている子犬を1匹、我が家に連れてきた。

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メス犬で名前はボーナス。賞与のボーナスだ。お金に縁のある犬なのかどうかは分からない。まだ子犬のようだ。わが嫁は2匹の犬と喧嘩しないように、また家に上がりこんで阻喪をしないように外にある檻の中に入れていたが、それでは可哀そうなので、僕がいるときは庭に放すことにした。

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チワワのレックレックはやや遠巻きにボーナスと接している。いつもは年長のチビとじゃれ合って遊んでいるのに、ボーナスが来てからは不思議と大人しくしている。

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チビは初めは興味津々のようだったが、次第に警戒するようになった。これは想像だが、僕たちが子犬のボーナスを可愛がるのではないかと心配しているのかもしれない。案の上、昨日の夕方、原因は分からないがチビが庭でボーナスを前足で押さえ込み、激しく吠え続けていた。ボーナスの哀れな泣き声に気付いた僕は2階の部屋から一目散で駆けつけ、子犬を抱きかかえて救出した。チビは気が短いのだ。

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キャディーのMは今週末にはチェンマイに帰ってくるはずだ。それまでの数日間、僕はこの子犬の世話をすることになる。わが嫁は餌はやってくれるが、子犬と一緒に遊んだりはしない。それはもっぱら僕の役割だ。1週間も一緒にいると情が移ってしまい、Mの家に引き取られてからも、また会いたくなるかもしれない。実はそれがMの作戦だったりして・・・ちょっとした妄想かな?


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居住証明書が何と3週間待ち!

3月8日(金)

今日は朝から忙しかった。まずは9時ごろに日本総領事館へ。年金の受給を継続するための「在留証明書」を2通貰いに行った。2通というのは厚生年金と企業年金に使用するためだ。本当は3か所から年金を受け取っているのだが、ひとつは在留証明書の必要がなく届け出をするだけでよい。厚生年金と情報が共有されるようになってから不要になった。

証明書の受け取りは午後になるので、いったん総領事館を出て、チェンマイ・イミグレーションへ行った。総領事館の目と鼻の先だ。こちらは運転免許証の更新のために必要な「居住証明書」をもらうためだ。

タイの運転免許証の更新にはパスポートのコピーのほか、健康診断書と住所を証明する書類が必要だ。住所の証明は日本総領事館が作成してくれる英文の在留証明でもよいが、少し高くつくので(700バーツ足らず)、タイのイミグレーションの証明書の方を選んだ。こちらは聞くところによると無料らしい。

イミグレで「居住証明書」を作ってもらうために必要な書類は、申請書のほかにパスポートのコピー(顔写真のあるページ、最新の入国スタンプのページ、有効なビザのページ)、出国カードのコピー、TM30(外国人の居住者登録)のコピー。それに加えて住まいの賃貸契約書のコピーなども用意しておくとよい。それに4×6の写真2枚がいる。

※「居住証明書」と「TM30(居住者登録)」はまったくの別物

タイ人と結婚していて自宅があるなど、外国人用の黄色い表紙のタビアンバーンを持っていれば居住証明書は不要だ。僕の場合は前妻と住んでいた住所のタビアンバーンがあるが、今回の更新で免許証の住所を書き換えるので「居住証明書」があらたに必要になった。

居住証明書の申請はチェンマイ・イミグレでは右側の階段を上がった2階で受け付けてくれる。9時半ごろ行ってみると、20人くらいの外国人が何かの順番を待っていた。僕は番号札を受け取り、申請書を1枚もらって記入している間に呼ばれたので、待ち時間はなかった。

必要書類を一式差し出すと、担当官の女性は中身にはほとんど目もくれずに「引換証」のような小さな紙きれをくれた。「どれくらいかかるんですか?」と聞くと、何と3週間かかると言う。我が耳を疑った。いくらなんでも時間がかかりすぎる。以前は1時間くらい待てば作ってくれたのに、一体どうなってるんだろうか。

「僕の免許証は来週で期限が切れるんですよ。どうすればいいんです?」と、しらばっくれて質問したところ、「免許証は期限が切れても1年以内に更新すれば大丈夫だよ」と言われてしまった。期限切れでも更新できることは知っていたが、それが1か月以内だったか、3か月以内だったか、半年以内だったか、そのあたりがよく分からなかったのだ。「1年」というのはイミグレの担当官が言うのだから、間違いはないだろう。タイは大らかなもんだ。

ということで、午後にはまた出直して総領事館で在留証明を2通受け取ったが、居住証明の方は3週間後の受け取りとなった。聞くところによると、この「居住証明」はイミグレによっては即日発行できるらしいし、料金を取るところもあるらしい。ビザの発給と更新を含め、タイのイミグレは場所によって対応が微妙に異なるので、自分が行くイミグレの作法については前もって調べておく必要がありそうだ。居住証明くらいなら大したことはないが、リタイアメントビザや結婚ビザに関しては、制度や運用方法がこのところかなり変更されているので注意が必要だろう。


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チェンマイは今日も視界不良

3月14日(木)

3か月前と今日の比較。少しアングルがズレているが、色はまったく補正していない。

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12月25日に撮影した。冬のチェンマイの空はこのようなブルーだ。10数キロ先にあるドイステープという山がきれいに見えている。

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今日は山が全く見えない。数日前までは微かに見える日もあったが、今日は最悪だ。決して曇っているのではない。PM2.5の微粒子で太陽まで隠されているのだ。空だけではなく、芝の様子まで変化している。それもPM2.5のせいだとは思わないが、雨が降らないと緑も色褪せる。

このゴルフ場も今日は殆ど人がいなかった。つい10日ほど前までは日本や韓国からやってきたゴルファーたちで賑わっていたのがウソのようだ。

ところで、里帰りしていたキャディーのMは一昨日、イサーンの実家から戻ってきた。一緒に暮らしていた母親をイサーンに残してきたらしい。ゴルフシーズンが終わり、客足が少なくなると彼女たちの収入も激減する。チェンマイにいると家賃がかかるのと、8歳になる男の子の教育費も馬鹿にならない。そろそろイサーンの実家に引き揚げて、親戚どうしで支え合いながらつましく生きる道を選択するらしい。ちょっと淋しいが、愛人契約を結んでいるわけではないので、ゴルフ以外の場面で生活を援助してあげることはできない。

乾季はあと少しで終わる。そして雨が降ると視界は回復する。チェンマイに住んでいると、その日が待ち遠しくてしょうがない。それまでの辛抱だ。


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寿司パーティーのお後は・・・

3月15日(金)

昨日は誰かさんの誕生日だったので、自宅で寿司パーティーを開いた。はじめは我々夫婦と友人のM(それに8歳の子供)。遅くなって、ほとんど寿司がなくなった頃に、さらに女友だち2人がやってきた。

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写真に「色鉛筆」という画像効果を使ってみた。妙にデフォルメされるので、なかなか面白い。Mはまるで男に見える。でも寿司はそのままが美味しそうだ。

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よくよく考えてみれば、寿司を食べるのは半年ぶりくらいだった。彼女はそれほどでもないが、Mと子供は寿司が大好きだということが分かった。来月にはイサーンに帰って、当分チェンマイには戻って来ないそうだから、送別パーティーを開かなければ。今度は寿司に加えて、お好み焼きを作ろうと思う。

ちなみに昨夜飲んだビールは12本。パーティー費用の総額は1500バーツくらいだろうか。そのうち寿司は550バーツ。大人が5人いたので、一人当たり300バーツくらいということになる。料理を作らないまでも自宅で飲み食いすると、やはり安上がりだ。


(蛇足)

夜も更けて、10時ごろにお客さんが帰ったあと、当然このようになったのは言うまでもない。

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バカバカしい高血圧の基準

3月18日(月)

久しぶりに血圧のお話。いつも断っているが、僕は医者でもないし、専門的な知識があるわけでもない。でも、40代の半ばから「高血圧」と診断され、20年以上も「降圧剤」を服用してきた身としてはモノを言いたくなる。

来月から日本での高血圧基準が変更されるらしいという記事を読んだ。これまでの基準は「上が140、下が90」。新基準は、話がややこしくて、診断の基準値そのものは「140、90」で変えないが、血圧を下げる“目標値”として「130以下、80以下」とするらしい。

分かりやすく言うと、上が130以上の人は「高血圧」と言う病名は付けないけれども、「130以下に下げなさい」と言っているに等しい。現在の基準の「140以上・・・」に当てはまる日本人は3人に1人。ところが「130以上・・・」となると、2人に1人が該当するのだという。つまり、日本人の半分は、「血圧を130以下に下げるために、何らかのことをしなさい」と言われることになるわけだ。

僕は厚生省だろうが学会だろうが、あるいは目の前の医者が何を言っても、そのまま盲目的に信じることはない。何事においても、自分が納得することが大切だと考えている。でも、多くの人は医者が言えばそのとおりにするのではないだろうか??そして「血圧が130以上だから薬を飲まなければならないのかな」と思う人がたくさん出てくる。しかも医者が処方箋を出しさえすれば、健康保険を使って極めて安価に薬が手に入る仕組みになっている。僕に言わせれば、一種の罠だ。

確かに常時170以上あるような人は、薬を使ってでもある程度下げた方がいいらしい。しかし、139はよくて、141がダメなんてことは全くない。129ならよくて、131ならダメということにはならない。血圧は日内変動が非常に大きくて、正確に自分の血圧を把握することはとても難しい。ましてや病院などに行って2回や3回測って決められるものではない。

僕の場合、炭水化物の摂取量を減らすことによって血圧は相当下げられた。一時はご飯やパンをまったく食べなかった時期もあるが、今はそのような極端なことはせず、ご飯かパン、もしくは麺類などの炭水化物は一日に1~2回は食べている。ただし、量は以前の半分くらいだろうか。

そうするとどうなるかというと体重が減ったまま増えない。脂肪分はたくさん取っているが増えない。以前より5キロくらい減ったまま維持できている。そして血圧は130前後が多い。激しい運動をすると170~180くらいに簡単に跳ね上がるが数分で下がる。下は大体常時70~80くらいの間を変動している。

僕の場合、本当に「高血圧症」だったのかどうか、かなり怪しいと思っているが、職場の健康診断や病院で測ると、だいたい170~190の数字が出るのが常だった。家で測るとそれよりは相当に低い数値だったが、それでも140~150の間が多かったような気がする。そして薬をやめた現在、上の血圧は115~140。ただし緊張したり、将棋を指したりすると150を超えることもある。飲酒すると一時的に110くらいに下がる。ゴルフの時は・・・それは上がっているのか下がっているのか見当がつかないが。

高血圧の基準値や目標値を決めるのは、医者が診断を付けて治療が必要かどうかをハッキリさせるためにあるわけだ。僕もそれ自体がいらないと思っているわけではない。しかしそのような基準に振り回される医者や国民にとってはいい迷惑かもしれない。喜んでいるのは製薬会社だけだろう。


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昨夜の食卓

3月19日(火)

久しぶりに我が家の食卓を公開しよう。これなら毎日更新しても良いのだが、写真を撮ることがめったにないので公開していなかっただけだ。

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画像はまたまた色鉛筆効果を使用してみよう。これだと顔つきが少し変わるので、モザイクの必要がない?

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彼女の手作りの野菜料理が二品。色はほとんど一緒だが野菜の種類が違う。これはかぼちゃの茎のようなものと、もう1種類何か入っている。

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こちらは卵なしでアスパラガスを炒めただけ。市場で買うと3束で50バーツくらいと安いらしい。昨夜出てきたのは、その半分。

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メインディッシュ。鶏肉を醤油(ナムプラー)で煮たもの。絶妙の味加減だ。これは彼女が作ったのではなく市場の総菜。1個25バーツのものを4個買ってきた。飛ぶように売れていたそうだ。僕はビールを飲みながら、あっという間に2個食べた。残りは朝食用だ。彼女はおいしい鶏を食べずに魚を食べた。

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これがその魚だけど、ちょっと味見してみたら、あまりにしょっぱいのでノー・サンキュー。見た目も・・・マイアウ(いらねえよ)だね。

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これは彼女の手作りのナムプリック。程よい辛さで美味しかった。

最後に、色鉛筆を使わない写真で締めよう。何が不満なのか、彼女は口を尖らせているのでモザイクをかけておこう。色鉛筆で描いた彼女の方が素敵だね。

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妻の里帰り

3月22日(金)

昨日の朝、彼女が家を出て行った。その前日、「明日からいませんから。犬の世話はお願いしますね」と言い残して急に出て行った。

その2日前に、またまた大きな夫婦喧嘩をした。でも例によって濃厚なお勤めで仲直りしているから痴話喧嘩は関係ない。日曜日にタイ全土でいよいよ総選挙があるので、住居登録のあるイサーンにお姉さんと2人で里帰りしたのだ。

帰ってくるのは26日の火曜日らしい。6日間も実家に帰っていることになる。当然その間は犬たちと一緒とはいえ、僕はひとりだ。いい骨休み(お勤めがお休みということ)だから、のんびりと過ごすか、それともこういうチャンスはそうそうないから、思いっきり羽を伸ばすか・・・思案しているうちに第一日目が過ぎた。

昨日は大気汚染の数値が相当に改善したので(今朝は酷い)、近所のゴルフ場でプレーした。駐車場にとまっている車はまばら。ゴルフ場全体がウソのように静かだった。キャディーはいつものMで、18ホールを2人きりで回った。

夜は久しぶりにチェンマイ市内に出掛けて食事しようかとも考えたが、面倒くさくなってMに総菜を買ってきてもらうことにした。

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「え~?奥さんのいない間に別の女性を家に入れて食事するの?そんなのありなの?」と思う人もいるかもしれない。ところがこれは妻公認なのだ。いや、一緒に食事することまで想定していたかどうかは分からないが、総菜を買ってきてもらったり、犬に餌をやることは承知している。もちろん小学生の子供同伴だ。

昨夜の夕食代は、実際はいくらだったか知らないが、今朝食べた総菜2種類も含めて200バーツ渡した。全然不満そうな顔はしなかった。親子がただで食べられて、しかもビール付きだから、自分の家で食べるよりはいいだろう。僕としても、一人で食事するよりはいい。

ただ、よく見るとMもいつもの普段着というよりは、少々おめかしして家にやって来たふうではあった。彼女がいるときは、決してこんな服を着てやってくることはない。そこはやはり女心というものだろうか。

食事の後は近所のカラオケへMと一緒に行こうかと一瞬思ったけれど、それも面倒くさくなってやめた。8時ごろに、「ご飯食べたよ。Mは家に帰ったよ」と彼女にLINEで報告しておいた。さすがに写真は送らなかった。


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最悪の空気の中でゴルフ

3月23日(土)

明日は総選挙だから、きっと今日あたりは空気が綺麗になるのではないかと期待していたが見事に裏切られた。

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これは今日の午後のPM25の計測数値。数字が集中しているところがチェンマイ中心部だ。500を超えている場所も複数ある。これは今年になって僕が見た中では最も悪い数値ではないかと思う。

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このように、茶色はズバリ「危険」であって、「すべての人が屋外活動を中止する必要がある」という最悪のレベルなのだ。

ではチェンマイ、というより、タイの周辺の大気汚染度が今日はどうだったかを見て見よう。

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数値は読めないと思うが、色分けを見れば歴然としている。地図のほぼ中央にあるチェンマイだけが茶色(危険)となっている。これまで大気汚染のワースト記録を持つ常連だったインドはオレンジか黄色、つまり空気の質は「並」か、それよりちょっとだけ良くないレベルにとどまっている。右の方の中国も、黄色(並)か緑(良い)の場所が目立つ。もちろん上海や北京はもう少し悪いと思うが、チェンマイに負けていることはないだろう。

さて、そんな最悪の空気の中で、今日は朝8時からゴルフをした。キャディーのMとスコア競争をする約束をしていたのだ。

競争と言うのは、18ホールの各ホールでスコアの低い方が相手からお金を取るという競争だ。ただし、1ホール当たり20バーツで、Mにはハンディキャップを与えることにした。僕がパーを取っても彼女がボギーなら引き分けとなる。

結果は、全体のスコアではもちろん僕が勝っていたのだが、ホールごとに見ると彼女の9勝3敗だった。ということで、彼女に120バーツあげた。ハンディキャップが効果的に作用したのだ。たとえば僕がスコアひとつ勝っていても「ドロー」になったホールがやはり6ホールあった。子供の菓子代にしかならない金額だけど、プレー代の200バーツは僕が出してあげたので、損はない。(そのゴルフ場のキャディーさんは、キャディーを付けずにプレー出来、18ホールたったの200バーツで回れる)

それにしても今日は町中が靄がかかったようになっている。それもゴルフをしているときは気が付かなかったのだが、さきほどスーパーへ買い物に行ったら、たくさんの人がマスクをしていた。効果のありそうな立派なマスクをかぶっている人もいたが、多くは安物の普通のマスク。それでは全然効果がないことを知っているのだろうか?

明日から突然空気が綺麗になってくれることはないのだろうか。ひょっとして、選挙結果と連動したりして・・・


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Mという女

3月24日(日)

タイは大事な選挙の投票日を迎えた。投票は住民登録をしている場所以外ではできないから、たくさんのタイ人が実家に帰っているらしい。彼女も3日前からお姉さんと一緒にバスで14時間もかかる故郷に帰っている。

残念ながら選挙のことは情報を何も調べてないので書くことがない。それとはまったく関係ないが、今日は彼女の親友のMのことを少し詳しく書いておこう。

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妻が実家に帰ってからの3日間、Mとは毎日会っている。ゴルフ場で2回、夕食時は毎晩だ。昨夜は僕がイタリアン・スパゲティーを作ってMと子供に食べさせた。ビールも2人で相当量を飲んだ。

一昨日はMの友達の女がやっているカラオケ店へ行った。いつも行くゴルフ場の近くの店だった。カラオケというより、タイ風の「飲み屋」と言った方がいいのかもしれない。個室で3時間近く食べたり飲んだりしたが、Mは一人で歌を10数曲は歌った。声量たっぷりで、しかも結構うまかった。

小学生の男の子は鶏のから揚げやポテトフライをつまみながら、その間ずっとスマホで漫画を見ていた。その店には僕の妻も何度か一緒に行ったらしいが、カラオケは一度も歌ったことがないという。

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(この絵の中に、M以外にもう一人いるのがわかりますか?一匹はすぐわかりますよね)

昨夜は家で食事しているときに、里帰りしている彼女から着信した。僕のケータイでもMのケータイでもない。家に置いてある彼女のもう一台のケータイにかかってきたのだった。そして僕より先にMがそれを取った。

「あら、家に来てるのね。今日も総菜を買ってきてくれましたか?」

「今日は旦那さんがスパゲティーを作ってくれたのよ。子供も喜んで食べてますよ」

「あ、そう。えらくサービスがいいのね・・・」

どうして僕のケータイに掛けてこなかったのか?いろいろな解釈があるけれど、僕が家に居ることを確かめたかったのかもしれない。でも、Mが出るのは想定していなかったに違いない。


Mが僕のキャディーをするようになったのは、彼女(妻)とこの家で一緒に暮らすようになってからだ。昨年の3月に、結婚の手続きをしたときはMも保証人の一人になってくれた。

妻とMは歳の差が2つあるが、どちらもお互いを大切な友達だと思っている。キャディーをしている妻の送り迎えをしてくれるのは、ほとんどMだ。市場に一緒に総菜を買いに行ってくれるのもMだ。そして仕事の後、ときどき妻が飲み食いしている相手もMだ。その親友のMは来月、実家のあるイサーンに帰ってしまう。

昨夜はMといろいろな話をした。考えてみれば、きちんと話をしたのは昨夜が初めてだった。いつもは彼女が一緒にいるから、僕と会話することはゴルフ場以外ではあまりない。

Mは妻と違ってとても気さくな女だから、ゴルフ場でも人気がある。以前ファランの家の家政婦をしていたこともあるから英語が少しできる。だからファランのお客さんの指名を受けることが多い。昨日も僕とラウンドしてるとき数名のファランとすれ違ったが、みんなMに声を掛けていた。

昨夜、よほど聞きそうになってやめたのは「子供の父親は誰なの?」という質問だ。シングルマザーとして女手ひとつで10年近く男の子を育ててきた。家政婦をやめたあとは、昼間はゴルフ場でキャディーをやり、夕方から飲み屋で深夜まで働いたことがある。一昨日行ったカラオケ店のママはその頃の同僚だ。

Mは亡くなった前妻と同じで働き者だし、小さな男の子を連れて2人で暮らしているという点でも、16年前に日本で出会った前妻と似ているな、と思った。エネルギッシュで誰とでも仲良くなれる点でも似ている。男をうまく操縦できる点もしかりだ。

僕と食事している間も、ひっきりなしに男からLINEの通話が入ってきた。イヤホーンをすぐに付けるので相手が何を話しているのかは分からないが、Mの会話は当然丸聞こえだ。適当にあしらって、いかにも早く切り上げようとする相手もいれば、親しそうに会話する相手もいる。タイ人だけでなくファランもいたようだ。べらべらとタイ語で喋って「ワタシのタイ語、ちゃんとわかってるの?」と相手の男性に言ったので、きっとそうだろう。

親しげな相手には、「いま〇〇(僕の妻)の家で食事してるの」とはっきり言う。相手が「奥さんは一緒にいないの?」と聞くらしく、「今選挙のためにイサーンに帰ってるから犬以外は誰もいないのよ」と事実をストレートに話した。

Mは今バイクでたった2分の距離のところに住んでいる。3か月前に我が家の近くに引っ越してきたばかりだ。それなのに、来月には実家に帰ってしまう。理由を聞きたくなった。

「この子のために一生懸命働いてきたわ。この8年間、子供と一緒に寝なかった日は2日しかないのよ。本当よ。でもいくら働いて倹約してお金を貯めようとしてもできないの。家賃はかかるし、バイクの月賦も残ってるし、毎日ガソリン代もかかるし、学校の費用も増えてきたわ」

「それにキャディーの仕事はご存じでしょうけど、半年はお客さんが少なくて稼ぎにならないの。イサーンに帰れば家があるの。親戚がたくさんいて、みんなそれなりの仕事があるわ。稼ぎが少なくても生活に困ることはないの。学校の費用もこっちよりもずっと安いのよ」

「子供もイサーンの実家にいるときはすごく嬉しそうにしてるわ。ここにいると周りは女ばかりでしょ。向こうだと親戚の男がたくさんいるから、この子の将来のためにもいいことだと思うの」

「子供がもう少し大きくなって手がかからなくなったら、私もまたチェンマイに戻ってきて仕事するかもしれない。でも、いつのことか、まだ分からないわね・・・」

Mの話を聞いているうちに、いかに子供のことを考えている母親かということが分かってきた。それにMは感情的に子供を叱るような女ではない。だいたい子供の好きなようにさせておいて、問題があると思う場面では「何がよくないか、分かる?」と子供自身に考えさせ、答えさせる。感情的に叱り飛ばしてすぐに手を出す前妻とは、その点ではまったく違う。母親としてはMの方が優れていると僕は思う。

こうやって自分の妻と離れていて、その友達の女と毎晩食事して話をしていると妙な気分になることもある。「もし彼女ではなく、Mが最初から僕のキャディーだったとしたら、どうなっていただろうか・・・」

もしそうなら、一昨年前妻が亡くなった後、一緒に暮らしたのは子連れのMだったかもしれない。日本で、僕が亡くなった前妻に近づいたのも、小さな男の子を連れて働きながら暮らしていたその健気さに惹かれたことが大きかったと思うのだ。

そう思うと同時に、今イサーンに帰っている妻のことは、これまでとは違った見方ができるのではないかと思い始めた。

Mはシングルマザーとして苦労してきた。多分、男にも苦労してきたにちがいない。だから男心と言うものをよく理解し、手玉に取る術も知っている。それに対して、僕の彼女は性格も違えば男性経験も乏しいに違いない。こういう言い方も変だが、彼女は処女のような女に思えてきた。思い返せば随所に純粋無垢なところがある。良いも悪いも抜きにして、“手あかがついていない女”のような気がしてきた。

昨夜食事が終わってMとビールを飲んで話をしていると、彼女から、今度は僕のケータイにLINEが送られてきた。

「愛してますよ。火曜日には帰りますからね。今日から生理が始まったので、帰る頃にはできますよ」

「できるって、何が?」

「決まってるでしょ。セックス。ほかの女と絶対にしたらダメですよ」

僕が毎晩Mと食事してビールを飲んでいる危険性に、彼女もようやく気付いたのかもしれない。それまであまりにも鈍感すぎると言えば鈍感だけど、とても可愛く思えてくるから不思議だ。男女の仲はいくつになっても探求しきれないほど深遠なものかもしれない。


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やっぱり権力は強い

3月25日(月)

プラユット首相の続投が決定的になったようだ。いろいろなカラクリがあるので、「軍政」とは違う「民意による政権」が誕生するとは直ちには思えないが、もし議会がそれなりの役割を果たすなら、これまでとは異なる政治環境が生まれる可能性がゼロとは言えないと思う。しかし、どの国も同じだが「権力」を握っている者は恐ろしく強い。

各政党の地域別獲得議席を見て、あらためてタイという国は政治的には2分されているのだなあと思う。僕の住んでいる北部と東北部のイサーンはいまだにタクシン氏が影響力を保持している。パヤオなど例外的な県はあるのだが、「北部と東北部」と「それ以外」は政治的にはまったく別の勢力が牛耳っている。タクシン氏のバラマキ政策が骨の髄まで沁みついた地域だから、当たり前と言えば当たり前だが、それにしても今だにだ。


さて今日は、明日の朝に彼女がイサーンから戻ってくるので家の中の大掃除をした。溜まっていたビールの空き缶や飲料水のペットボトルは、Mが午前中に子供を連れてやってきて、キレイに片付けてくれた。アルミ缶やペットボトルをみんなで踏みつぶして大きなビニール袋に詰め込んだ。それを近所の廃棄物処理業者のところに持ち込むと幾ばくかのお金になる。


Mが帰った後、台所を自分で丁寧に掃除した。普段は彼女が掃除しない流し台に溜まった汚れをきれいに洗い流した。食器類を置く棚も全部外に出して洗った。もちろん家中いつも以上に丁寧に掃除機をかけ、モップで拭き掃除をした。大サービスだ。

ピカピカになった台所の写真をLINEで彼女に送ったら、すぐに反応があった。「まあ何て優しい人でしょう(直訳すると「可愛い人」となる)。嬉しいわ!」と書いてきて、ウサギと熊が抱き合ったりキスしている例のお決まりの画像をたくさん送ってきた。5日間も会っていないと、双方どういうわけか恋しくなるから、夫婦とはやっぱり不思議なものだ。


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やった~!ついに大雨?

3月26日(火)

今は夜の9時前だけど、先ほど雷鳴が轟いたと思ったら、ついに雨が降り始めた。それも半端じゃない。雨季の最盛期のような大雨だ。風も吹きまくっている。これでチェンマイの大気汚染も一気に静まるだろう。やれやれ、毎日PM2.5の数値をチェックする日々とも、ようやくオサラバだな、きっと。

ところで、今日の午後には彼女がチェンマイに帰ってくるはずだったのに、帰って来なかった。朝、「何時に着くの?」と聞いたら、何と何と「今バンコクにいます。夜にはバスに乗りますから、明日の朝には着きます」だって。

毎回これだから夫婦喧嘩が絶えないのだ。バンコクに行くなら行くで構わない。でもどうして「ちょっとバンコクに寄っていきますから、帰りは一日遅れます」と連絡できないのだろうか。タイ人の女って、相手のことが考えられないのだろうか。旦那が首を長くして帰りを待っていると想像できないのだろうか。できないんだね。きっと旦那よりも大切なものがあるから。

それより、もっと唖然としたのは帰りを延ばした理由だ。「チェンマイは煙害が酷いでしょう。だから今は帰りたくないの」・・・おいおい、これってどういうことなんだ。僕はずっとチェンマイにいるんだよ!これだからタイの女には気を付けた方がいいのだ。

いちいち腹を立てるのが面倒くさくなったところで、雨が降ってきたから、これで機嫌も直ってしまった。今年初めての大雨。いよいよ雨季が近づいてきたようで、めでたしめでたしだ。こんな心境、チェンマイに住んでいないと、なかなか理解できないだろうな。

ただ、雨もお勤めと同じで持続力が問題だ。激しくてもあっという間に終わるより、ゆったりと穏やかだけど、じわじわと持続して長~いのがいいと思うのだが。あれっ?もう終わり・・・?


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帰ってきた妻と出て行く愛人

3月27日(水)

昨夜の雨で小躍りして喜んだのも束の間、チェンマイの煙害はほんの少しだけ改善されたものの、30分程度の雨では焼け石に水だった。喜びの後に抱いた危惧が現実になった。相変わらず、家の窓からドイステープの山影がまったく見えない。

彼女は今朝早くにチェンマイに帰ってきた。ちょうど1週間家を空けていた。帰宅して彼女がしたことは、もう言うまでもないだろう。すぐにシャワーを浴びて・・・・。これからはあまり具体的に書くのは控えようかと思っている。いつも同じような描写をしているから、そろそろ読者も飽きただろう。

さて、お勤めのあと、彼女は急に切り出した。

「Mは明日イサーンに帰るのよ。今日は引っ越しの準備を手伝ってくれというので、これから行ってきますね」

あれっ?おかしいな。Mは4月上旬まではチェンマイにいると言っていたのに。それに、今週末はみんなで一緒にどこかへ遊びに行こうとMの方から誘っていたのに・・・女心というのは突然変わるものなんだな。

Mは僕には直接言わなかったけれど、彼女によると最近になって故郷のイサーンに新しい恋人ができたのだという。そう言えばMは3週間前、飼っている子犬を我が家に預けて1週間ほど故郷のイサーンに帰っていた。僕がM以外のキャディーを指名した直後だ。その時に恋人ができたのだろうか。それでチェンマイを引き払って、向こうへ帰る決心をしたのかもしれない。先日晩御飯を一緒に食べながら、「男の子には男の人の存在が必要」と言っていた意味がよくわかった。それにしても電光石火だ。いかにもタイ人の女らしいと言えばそうだ。

実は昨日も一昨日も、Mと晩御飯を一緒に食べようと思って誘いをかけたのだが、「今日は予定があって外で食べます」と、そっけない返事しか来なかった。理由はいろいろと想像できるが、チェンマイを引き上げる日程を急に早めることにしたのだろう。

Mはこの半年ほど、妻公認の「キック(タイ語で愛人)」ということになっていた。もちろん愛人といっても世間の愛人とは違って、逢瀬を楽しんでお手当てを渡すような関係ではない。彼女が面白がって言うので、Mも僕もお互いを「キック」と呼んでいただけだ。

冗談でそう言い合っていても、男女の仲というものは何時どこで何が起こるか分かったものではない。Mはまだまだ若いし、僕だって経験豊富な現役だ。今回、妻のいない最初の4日間、お互いに探りを入れるようなやりとりがなかったとは言えない。でもMは親友の旦那に手を出すような女ではないし、僕も、めったやたらに女と関係を持つような男ではない。何も起こらなかった。もし何かあったとすれば、それはお互いにとても気まずい思いになっていただろう。

Mに恋人ができたという話を聞いて、僕はやや本気で彼女に言った。

「愛人がいなくなるのはとても淋しいよ。新しい愛人を探さなくっちゃね・・・」

「(キャディーの)Aがいるじゃない。」

「Aはどんな性格なの?」

「さあ、Mみたいに親友として話をしてないから、よく分からないわ」

それにしても、妻と“愛人”について平気で話せるなんて、案外僕も幸せかもしれない。そして万が一本当に愛人ができたとして、彼女は今と同じようにケロッとしているかもしれないが、予想に反して僕は殺されているかもしれない。


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ささやかな送別会

3月28日(木)

キャディーのMは先ほど故郷のイサーンに向けて出発した。昨日は引っ越し業者がやってきて家の中の荷物をトラックに積み込んだ。お昼ごろ僕もビールとKFCのフライドチキンを持って覗きに行くと、Mの新しい恋人が自分の車で来ていた。見ると、ほとんど新車に見えるフォードのピックアップトラックだ。

チェンマイからMの故郷、イサーン地方のガラシン県までは車で13~14時間かかる。引っ越し料金も決して安くはなく、トラック1台で13,000バーツだそうだ。業者はチェンライから来ていて、「ガラシン県のどこに届ければいいの?」と聞かれたMは「〇〇の辺り」と簡単に答えた。それで大体分かったようだ。いかにもタイらしい。正確な住所を言ったところで通じないのだろう。

夜は僕たち夫婦とM、子供、それに恋人の男性の5人で近所のレストランで食事した。わが家から車でたった3分のところだが、これまで行ったことがなかった。Mが男性の車を運転して迎えに来てくれた。

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恋人の男性の年齢は42歳。僕の歳を聞かれたので「68歳」と正確に答えるとビックリしていた。とてもそんな歳に見えないからか、それとも妻との年齢差に驚いたのか、それはわからない。そして歳のことが話題になると、Mが勢い込んで発言した。

「68歳だって言ってるけど、お勤めはほとんど毎晩だそうですよ。あなたも見習ったらどうですか」

どうしてMが僕たちのお勤めのことを知ってるのだろうか。さては彼女がMに話をしているに違いない。「もう毎晩のようにやるから困っちゃう」と言ってるのか、それとも嬉しそうに言うのか、それは追及しないでおこう。

ところでタイ人の女性の使う言葉はたいてい「お勤め」であって、決して「セックス」ではない。タイ語の単語は「カンバーン」。「お勤め」というより「宿題」というのが元々の意味だが、大人が使うと、夫婦か恋人同士のセックスを意味する。男が遊びで女とするのは「お勤め」とは決して言わない。僕がブログに書くのはあくまでも「お勤め」であって、混同されるといい迷惑だ(笑)。

Mの発言を聞いた42歳の男性は僕に向かって質問した。

「何か秘訣があるんですか?とてもそんなにできません。何かいい薬とかあるんだったら教えてください」

秘訣と言われても、僕も答えようがない。素質の問題かもしれないし、習慣の問題かもしれない。クスリはバイアグラとかいろいろあるけれど、僕は「お勤め」にはめったに使わない。代わりに常用しているアルギニンLのサプリを教えてあげた。アルギニンLは筋力アップのトレーニングのときに飲むサプリだけど、男性機能の維持にも効果があると信じられている。


食事が終わるころ、Mがカラオケに行きたいと言い出した。正直言うと、カラオケに行ってもM一人がエンドレスに歌うだけだから、あまり面白くない。僕の彼女は自分では歌わないが踊るのが好きだ。行きたくないから話題を逸らそうと、男性に質問した。

「イサーンのガラシンにはカラオケがありますか?」

「はい、ありますよ」

すると、隣に座っている彼女がおもむろに口を挟んだ。

「ありますけど、カラオケの女はみんなラオスですよ。こっちはミャンマーですけど、あっちはラオス。気を付けないと」

「はい、そうですね。ラオスの女ばかりですね・・・・あっ、僕は興味がありませんよ(と強く否定)。女はこのM一人だけです」

嘘つけ!「女遊びは好きだ」と顔に描いてある。そういうと自分にブーメランが返ってきそうだけど、40そこそこのタイ人男性で女遊びをしないわけがないだろう。どうせ「チョイチョイ」のくちだと思うけど、恋人の前で他の女の話はできないだろう。僕のように、妻に対して“愛人談義”のできる心臓に毛が生えたような男は例外だ。

そうこうしているうちに、カラオケへ行く話は立ち消えになり、ささやかな送別の宴はお開きになった。お会計はウイスキーをMが持ち込んだせいもあり、大台には乗らなかった。Mが払おうとしたので、それを制した。

ところが僕の財布には600バーツしか入っていなかった。そこから500バーツをMに渡すと、それでもMはとても嬉しそうな顔をしてくれた。送別会が割り勘なんて日本人的にはとても変だけど、誰も変な顔をしなかった。ひょっとしてタイは逆なのかもしれない。誕生日でも、誕生日の人が勘定をもつタイだから。

42歳の男性は「ボクは12バーツしかない」と甘えたようにポケットから本当に12バーツを出して見せた。お金に関しては全部恋人に任せてあるなら、それはとてもいいことだ。自分の車を使って商売している男だから、それほど貧乏ではないだろう。

Mが運転する帰りの車の中で、男性は「男は女の言う通りにしていればいいんです」と何回も繰り返した。少し酔いが回っているようだった。僕は「男が決めて、女が従うのがいいんだよ」とさりげなく言うと、僕の妻が口を出した。

「いいえ。女が決めて、男が従うのが一番いいんです」・・・そうかもしれないねと、本当は僕も思っているが、言わないだけだ。


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この胸の痛みは何だろう

3月29日(金)

昨日キャディーのMは新しい恋人と一緒に故郷に旅立っていった。夕方に出発すると聞いていたので、お昼前になって「何時に出発するの?」とLINEで訊いた。最後のお見送りをしようと思ったからだ。ところが意外な返事が返ってきた。

「もう出発しました。朝、お宅へ立ち寄って、彼女には挨拶しました。オトウサンが家にいることは知ってましたが、どうしても声を掛けられませんでした」

僕はお決まりの「チョーク・ディー・ナ(頑張ってね)」というタイ語を返した。そして「キトゥン(淋しい、会いたい)」を付け加えた。すると、こう返事してきた。

「ワタシも同じです。会いたくなったら電話してきてください。ずっとずっと、これからもアナタとはお話しできます」

淋しいのは僕ではなく、僕の奥さんのはずだ。一番の親友が遠くへ行ってしまった。毎日仕事場のゴルフ場へ送ってくれたり、市場へ一緒に行ってくれる人がいなくなった。何でも話せる飲み友達だった。本心は分からないが、その割には彼女は淋しそうにしていない。何か、胸が締め付けられるように感じているのは僕の方だ。Mと出会ってからの一コマ一コマが思い出されてきた。

この家に住み始めた一昨年の暮れ。Mを呼んで彼女と3人でビールを飲んだ。すると12本入りの箱が一晩でほとんど空いた。Mが6本飲み干した。恐ろしい女だと思った。外でも飲みっぷりは大したもので、飲むほどに陽気になってよく喋る。こんな女に近づいたら大変だなと感じたこともあったが、アケスケの性格だから好感をもった。

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僕の作るお好み焼きが好きだったM

ゴルフ場では僕のキャディーを1年以上やってくれた。よきパートナーだった。動きが素早くて、グリーン上のラインの読みも的確だった。はじめは300バーツだったチップは400になり、今年になってからは500にしてあげた。それに値する働きだったからだ。

そのうち妻はMのことを「あなたのキック(愛人)」というようになった。するとMは僕のことを「オトウサン」と、彼女の真似をして日本語で呼ぶようになった。ごく最近は平気で「ティーラック(夫婦か恋人に使う言葉)」とお互いを呼ぶこともあった。ただし妻の前では、この呼び方はさすがに封印した。

Mに恋人がいるかどうか本人に何度も確かめた。答えはいつも「いません。誰かいい日本人はいませんか」と言うので、何人かの男性と引き合わせた。でも、Mをいいキャディーだと認めても、女として気に入る日本人は結局現れなかった。30歳そこそこだけど、子持ちの女というのがネックだったかもしれない。

今年になって、キャディーとしてではなくゴルファーとして何度か一緒にプレーした。ゴルフを始めてから1年足らずだというのに立派なプレーぶりだった。誰に教わったわけでもないのに、自然なスイングで飛距離も十分、パットもうまかった。さすが上級者のゴルフも見ているキャディーだけあった。

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Mは昨日の朝、自分の使っていたゴルフクラブをバックごと全部我が家に置いていった。誰かから貰った古いクラブだが、まだまだ使える。皮の手袋も年季が入っている。彼女に、これを使ってゴルフを始めろというつもりだろうか。それとも、またチェンマイにゴルフをしに来るから預かっておいてほしいということだろうか?

彼女はMのことを口にしない。でも心なしか、昨日から元気がないようにも見える。仕事に行く気もないようだ。真性の“Mロス”に襲われるのは僕ではなく、やはり彼女かもしれない。


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誰がウソを言ってるのかな?

3月30日(土)

昨日は午前中にイミグレに行って、3週間ほど前に申請していた「住居証明書」を受け取った。無料だった。運転免許証の更新のために必要な書類だ。その他にも健康診断書が必要だから、彼女と一緒に病院へ行こうと思ったのだが、家に帰ってくると彼女がいない。

また何処に行ったんだろうかとLINEすると・・・突然奇妙なことを言い出した。

「いま友達と一緒ですけど・・・ところでアナタ、Mとどんな話をしたんですか?」

「え~?どんな話って?」

「Mを故郷に帰らせないっていう話のこと。あなたに責任がありますよ。友達はあなたとMの話題でもちきりですよ!」

そのあと、ウサギが熊に向かってカンカンに怒っている画像を送ってきた。でも、そんなこと言われたって、僕には何のことか分からない。

「アナタ、Mに言ったんでしょう、帰らせないって。嘘ついてもバレてますよ」

彼女がいないときにMと一緒に食事をしながらいろいろな話をしたのは、ブログにも書いた通り事実である。しかし、「故郷に帰らせない」とか、「帰っちゃダメ」とか、「帰ったらイヤだ」とか、その種の言葉を口にしたことはない。それに、そのように思ったこともない。だから僕は驚いた。

そのうち彼女が家に帰ってきて、また僕への追及を再開した。要するに僕がMに「行かないでくれ」と要請したと、複数の友達が信じ込んでいるらしい。適当に受け流せばいいものを、彼女もそれを真に受けたようだ。なぜなら、そのように言う友達は、直接Mから聞いたというのだから信じるのも無理はない。

彼女が普段とはちがって取り乱したように追及してくるので、僕も平常心を失ってしまった。大人の対応をすればよかったと、ちょっと後悔したけれど、もう遅かった。僕の手はスマホのボタンを押してしまい、MとLINE通話をし始めてしまった。しかも彼女に聞こえるようにボリュームを最大にして。

「こんにちは、今何してるの?」

「はい、子供と一緒に市場で買い物です」

「ところで、僕があなたに『故郷に帰らせない(マイ・ハイ・クラップ・バーン)』と言ったと、そんなふうに彼女が友達から聞いてきたんだけど、僕はそんなことアナタに言いましたか?」

「いいえ、『妻がいないと淋しい(キトゥン)けど、あなたも子供もいなくなると、さみしいね(キトゥン)』と言いました。」

「もう一度聞きますけど、『あなたを帰らせない』って僕が言いましたか?」

「いいえ・・・」

何かに気付いたのか、Mは自分からLINEを切ってしまった。その瞬間、僕も「しまった」と思った。僕こそ彼女の追及を適当に受け流せばよかった。わざわざMに証言させて、いったい何になるというのだろうか。Mが何か不審に思ってもおかしくない。


Mは友達にこう話したかもしれない。「『あなたがいなくなると淋しくなる』とあの日本人が言った」と。それだったら僕も否定しないのだが、「帰らせない」となると、とても強い意味をもつ。ひょっとして友達がMの言葉を拡大解釈しているのかもしれない。それとも、面白がってウソを言っているのかもしれない。

裁判でもないから事実を明らかにする必要はないのだが、彼女の友達は僕がMに(あるいはMが僕に)特別な感情を寄せている、あるいは特別な感情以上の関係があるとでも言いたいのだろう。それを聞いた彼女が取り乱すのは当然と言えば当然だ。

震源地になっている可能性のあるMも、自分が友達に言ったことがおおげさに伝わり、回りまわって僕のところに届いてしまうことは考えてもいなかっただろう。だから僕に「帰らせないって言いましたか?」と聞かれたときはすぐさま否定したものの、何か思い当たるフシがあったのかもしれない。

彼女はその後も追及をやめなかった。Mに新しい恋人ができたことを、Mが僕に直接言わなかったことを問題にした。僕には無関係なのに。何故だか知らないが、Mがそのことを僕に隠していたのは事実だ。というより、僕に報告しなければならないような事柄ではない。聞いたのはMが旅立つ前日で、しかも本人ではなく彼女からだった。要するに、彼女は世話になっていたMを非難したいのだろうか?

「Mがいなくなると淋しい」・・・それはその通りだ。今でも淋しい。とくに今日は空気が最悪なのにもかかわらず、ゴルフをしてきたから、Mロスを感じた。彼女とMの共通の友達のキャディーと回ったが、楽しくなかった。


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初めて彼女と行ったタラート(市場)

3月31日(日)

昨日は朝早くからゴルフに行った。帰ってくると彼女は家にいた。昼過ぎに、彼女は迎えに来た女友達と一緒に近所の小さなお店へソムタムを食べに出た。その友達はMとは違ってビールを飲まないので1時間くらいで素面のまま帰ってきた。僕はBIG-Cで買ってきた安いフライドチキン2本とビール1本で済ませた。

さて夕飯はどうなったか。最近の彼女はあまり料理を作らない。総菜を買ってきて済ませている。いつもなら、Mと一緒に近所にある大きな市場で買ってくるのだが、そうはいかない。彼女はバイクがない。

「今日の晩御飯はどうなるの?」

「さあ、どうしましょう?」

一昨日は近所のレストランのタイ料理+ビールだったが、毎日それでは家計が赤字になりかねない。

「いつもキミがMと行っていた市場へ買いに行こう」

そう提案すると、彼女はあっさりと同意した。

その市場は我が家から車で5分。とても大きな市場だが、夕方6時頃になると食料品や雑貨類を売っているお店は店じまいを始め、入れ替わるように道路に面したスペースには食べ物の屋台がたくさん出る。ラーメン、各種揚げもの、焼き魚、寿司、甘いもの・・・そして一番人が集まるのは「アーハン・タム・サング(注文料理)」という屋台だ。

いつも彼女がMと行く店は人気店らしく、昨日もたくさんの人が6つか7つあるテーブルを占拠して食べていた。40歳くらいの精悍な男性とその奥さんと思われる女性が大忙しで注文の料理を作っている。その手さばきを見ていると見事だ。速い。無駄な動きがない。奥さんの方は、どの客が何を食べたかをちゃんと覚えていて、食べ終わって「いくら?」と聞く客に、すぐさま「35バーツ」「40バーツ」・・・と正確に料金を請求している姿はさすがと思った。

僕たちは魚料理(プラー・パッポン・カリー)などの総菜を3品注文した。客がひっきりなしに来るものだから、ご主人と奥さんの手が休まる暇はまったくない。30分くらい飽きずにジッと見ていたが、やっと僕たちの番が回ってきて、あっという間に3品が出来上がった。とにかく強力な火力で作る料理は速い。ボーッと燃え上がるあの焔の大きさは、とても家庭で真似できるものではない。3メートルくらい離れたところにいても熱い空気が一瞬のうちに伝わってくる。

夜の帳が降り、裸電球が煌々と照らし出す明かりの中で、たくさんの人が屋台で食事している風景はいかにもタイらしい。ああ、自分がタイにいるんだなあ、という実感が久しぶりに湧いてきた。

あの屋台の雑踏と臭いが僕は結構好きだ。これからは、総菜を持ち帰らずに、あそこで2人で食べてもいいなと思った。でも、ビールは自分で持ち込まなければならないから面倒かな。それにしても、市場で食事するようなタイの庶民は、アルコールなど一切飲まずに食事している。食べる時は食べる、飲む時は飲む、どうやらそれがタイ流らしい。


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プロフィール

Niyom

Author:Niyom
2012年、60歳でチェンマイへ移住。2017年にタイ人の妻を病気で亡くした後、愛人だった若いタイ人女性と再婚、前妻が可愛がっていた小さな犬2匹も一緒に暮らしていたが・・・

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