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覆水盆に返らず?

出会ってから5~6年たち、一緒に暮らすようになってから既に2年近く。正式に結婚してからも1年以上になる彼女とうまくいかなくなった理由は何だろうか?ここで自分なりに整理しておきたい。

一番の理由は既に書いた通り、彼女のお金への要求が目に余るようになってきたこと。

それは同居直後からのことで、「結婚するなら親に50万バーツ払ってくれ」と言ってみたり、「お店を開きたいので数十万バーツ貸してくれ」と申し込んできたりした。結局のところ、チェンマイの父親と、イサーンの母親には家の改築などの名目で都合数十万バーツあげた。それだけでなく、毎月の“月給”の中から、彼女は相当額を両方に仕送りしてきた。

借金の申し込みは同居当初だけでなく、去年の暮れからは使途を言わずに5万バーツの借金を繰り返している。どうも怪しいと思ったので、半年ほど前には借用証を彼女に書いてもらった。

「もし毎月の返済が滞ったら、私はあなたと離婚します。その場合は金銭的な要求は一切いたしません」と自筆で書いてある。そして、ここ数か月、返済は滞っている。証文を作って以降の借金の残高は6万バーツ程度だが・・・


二番目の理由は、日常生活の変化だ。以前は彼女が料理を作ってくれていたのに、今年に入ってからはほとんど市場で買ってくる惣菜ばかりで、中身もイサーンの人が好む辛いものがほとんど。僕も嫌いではないが、いつもそれでは参ってしまう。だから自分で食べたいものを買うようになるので二重出費になる。

掃除洗濯などの家事も、彼女に仕事のある日はほとんど僕がやってきた。彼女の稼ぎが僕たち2人の生活に充てられるのなら、それはそれでいい。仕事のないほうが家事をすればいい。しかし、彼女が稼いだお金が何に消えているのか、いまだにわからない。


三番目の理由は、コミュニケーションの問題。これは実はとても重要な要素だ。

彼女はタイ語しかできない。しかも、僕に分かるようにゆっくり話すことがほとんどできない。僕がタイ語が堪能だと勘違いしているフシがある。全然そうではない。僕のタイ語は日常会話に不自由しない程度のレベルで、複雑なことは聞いても理解できない。前妻は日本語とのバイリンガルだったので、意思疎通にまったく問題がなかった。でも今の彼女は、自分だけ通じているつもりでいるのだろう。実際は半分くらいしか通じていない。

もし彼女が英語をある程度使えるなら、おそらくコミュニケーションは数倍うまくいくと思う。最近付き合い始めた女性は英語が堪能だ。書くにしろ喋るにしろ、タイ語と英語を私がするように織りまぜてくれるので、ほぼ100%誤解なくコミュニケーションできる。言葉がきちんと通じることが、こんなにも重要だということを改めて思い知らせてくれた。

彼女は僕と別れたがっていない。その理由が“お金”だということは容易に理解できる。本当に僕への愛情があるなら、お金を一番気にするような態度はとらなかったはずだ。今のところ“月給”を一気に半分にしても耐えている。でも、そのうち再び要求がエスカレートしていくだろうと思う。「自分でがんばって稼ぎます。これからは、お金のことでアナタに迷惑はかけません。家ももういりません」と、彼女は殊勝に言うのだが・・・


今月になって知り合った女性は年齢は30代後半で、大学生の子供がひとりいる。本人も苦労して大学を卒業し、今はちょっとした商売を家族全員でやっている。50代の両親はそれなりの稼ぎがあるので、経済的にパートナーに頼るリスクは、将来は分からないが、そう大きくないだろう。

その女性は自分の子供をきちんと育てているし、僕の前妻の子供たちのことも心配してくれている。「縁があって一緒に暮らした子どもたちを、いくら大きくなったからと言っても見捨ててはダメですよ。とくにまだ18歳の男の子は、あなたしか頼れる人がいないのですよ。家は売らずに3人の子どもたちにあげてしまいなさい」と言っている。

食生活も彼女とはまったく好みが異なり、栄養のバランスを考えた健康的な食事をいつも心掛けている。綺麗好きで、掃除洗濯をきちんとする。犬も好き。日本の歌が好き。自分でも歌う。僕が好きなオペラを聞いても平気。運動とゴルフが大好き。お金に余裕ができれば、海外を含めてあちこち旅行したいという。一番行きたいところは、モルジブと日本。

彼女が悩んでいることは、僕に奥さんがいること。このままいけば、他人の男を横取りするようなことになるので、心が苦しい。それ以上に、僕が奥さんのいる家にいつも帰っていくことがものすごく辛いという。

知り合ってわずか1か月だ。ほとんど毎日会っているとはいえ、相手のことがまだまだ見えていないだろう。だから、僕としては性急にことを進めようとは思わない。新しい彼女は、「もし奥さんとやり直したいと思ったら、いつでもハッキリそう言ってください。私は辛いけど、身を引きますから・・・」

タイの社会は日本とは少し違うようだ。男に奥さん以外の女がいても、誰も批難しないのだそうだ。それが当たり前という価値観があるのだろう。ところが、女が妻のいる男と付き合うと、これは大いなる批難の対象になるのだという。それがバレると後ろ指を指される。外に女を作った男を批難できるのは妻だけ。不倫をする女を指弾するのは社会全体。タイはそういう社会なのだそうだ。まるで男性天国ではないか。だから、女はシッカリしていて、男はぐうたらなのが多いのかもしれない。僕はタイ人ではないが、ぐうたらな男の1人かもしれない。

(8月4日、12時)


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“お勤め”はどうなっているか

これを書かなければ「楽々日記」の名が廃るというものだろう。決して自慢話のつもりで書いているのではないことは、はじめにお断りしておく。行きがかり上、こうなってしまったのである。

新しい女性Tと初めて会ったのは7月はじめのことだった。海鮮料理のレストランで食事しながら、2時間ほど会話した。そのときは、すでに彼女と別れる決心をしていたので、別の女性と会うことに躊躇も、迷いもなかった。

僕もTも、自然と英語とタイ語の両方を使って会話した。しかも、Tのタイ語はスピードがゆっくりしている。しかも発音が明瞭なので、敢えて英語を使ってくれなくても90%は理解できた。ときどき分からないこともあるので聞き返すと、英語で意味を補足してくれた。まずは彼女の言語能力のスマートさに僕は惹かれてしまった。

2回目に会ったとき、Tが以前マッサージの学校に通ったことがあり、タイマッサージの正式の資格を持っていることがわかった。でも、これまでマッサージの仕事に就いたことは一度もないという。たまに母親にしてあげると、すごく気持ちいいと言ってくれるというので、「じゃあ、試しに僕にもお願いできますか?」とほとんど冗談で言ったら、OKしてくれた。

「マッサージとなると、どこでする?」という話になる。実は最初は僕に妻がいることは黙っていた。犬2匹と一緒に暮らしていると、ウソを言った。だから、彼女は「アナタの家に行ってもいいですよ。何なら家事も手伝ってあげてもいいですよ」と言い始めて、僕は困った。それで結局のところ、ラブホテルを利用することになった。

もちろん僕の方には50%くらいの下心があった。でも、Tにそのつもりがなかったので、ラブホの密室で1時間足らずのマッサージを受けた。オイルまで使って丁寧にマッサージしてくれたが、局部に触れるような行為は一切なかった。総じて、プロとしてはいまひとつの腕前だと思ったけれど、母親以外にするのは初めてだというので、一応合格点をあげた。

Tはラブホテルが本当は嫌いだった。せいぜい2時間くらい休憩してすぐバイバイとなるのは嫌だという。それでも行き場がないので、過去に利用したことのあるラブホを利用した。今度は、Tは最初からそのつもりでいた。僕としては、またマッサージをしてほしかったのだけれど、彼女が別の行為を欲していることがわかったので、自分と彼女の欲求の赴くままに行動した。そして、僕は後悔した。

Tは僕が犬と一緒に1人で暮らしていると信じていた。2年ほど前に前妻を亡くしていることや、その子どもたちのことは事実を話したが、そのあとTより若い女と結婚して同居していることは言わなかった。それを言うと、Tと付き合っていくことは無理だと思えたからだ。僕は悩んだ。

男女の一線を越えてしまうのであれば、まず事実を話すべきだという気持ちと、むしろそれは事後に話すべきだという相反する思いが、心の中で絶えず交錯していた。そして、結果として僕は後者を選んだ。

一度一線を越えてしまうと、Tと僕は会うたびに求め合った。Tはラブホが嫌いなので、昼間に普通のホテルを彼女が予約した。そして夕食の後、僕が家に帰っても、彼女は1人でそのホテルに滞在して翌朝帰ることを何度か繰り返した。

しばらくして彼女はアパートを一部屋借りてほしいと言い出した。それなら、いつでも好きなときに会うことができて、ホテルを利用するよりもお金がかからないだろうというのだ。確かにそうだが、あまりにも早すぎるのと、僕はまだ妻の存在を話していなかったので躊躇したのだが・・・

結局、僕は部屋を借りてあげた。建って間もない綺麗なワンルームのアパートで、彼女の実家も職場も、バイクで10分と掛からないチェンマイ市内の便利な場所にある。ただ、僕の家からは20キロほど離れている。それでもほぼ毎日通い始めた。そしてある日、これ以上黙っているのは卑怯だという思いが募ってきて、ついに僕は思い切って事実を彼女に打ち明けた。

「実は僕には妻がいる。しかもその妻は、亡くなった前妻が生きていたときから愛人として付き合っていて、かれこれもう6年越しになる」

Tは冷静に僕の話を聞いていた。そして自分の感情を抑えるかのように、わざと笑みを浮かべながら、こう言った。

「やっぱり何か変だとは思ってました。家の場所もはっきり言わないし、いつも家に帰りたがるし・・・。私は嘘をつかれるのは大嫌いです。もしまだ隠していることがあるのだったら、この際全部話してくださいね。小出しにするのは最低よ・・・」

そして彼女は付け加えた。

「奥さんとは、別れるつもりはあるんですか?」

「あるんだけど、すぐには無理だと思う。時間がかかると思う。何しろ、僕は彼女のATMなんだから(笑)」

「仕方ないわね(笑)。ワタシ、あなたのことがもう本当に好きになってしまったのよ。たった2週間しか経ってないのに。でもね、半年も1年も待つことはできないと思います。長い時間待たされた挙句に、ハイさようなら・・・それが一番いやです。だから、もし奥さんとやり直したいと思ったら、ハッキリそう言ってください。ワタシは辛いけど、身を引きますから・・・」

「ワタシ、今まで男運がよくなかったの。学生の頃に子どもを産んだのも当時は大失敗したと思ったわ。今では子供を早く産んでおいてよかったと思ってますけど。そのあと付き合った男性に、ファランでいい人もいたけど、事情があって国に帰ってしまったの」

「そしてそのあと1年半前まで付き合っていた男性は、浮気性だったの。ワタシ、我慢できなくて・・・今度こそ、フィーリングとライフスタイルの合う人に出会えたと思ったら、今度は奥さんがいたなんて・・・」

僕がTと付き合い始めたことを妻が知ったのは、偶然のことだった。こんなことがあるのか?と思えるくらい、不思議な出来事がきっかけだった。それについては次回。

(8月5日、12時)

車内の会話が筒抜けだった

新しい女性のTにアパートの一室を借りてあげてから1週間くらい後の出来事だった。その日もTが手料理を作ってくれると言うので、夕方4時ごろ車で10分ほどのところにある大きな市場へ食材を買いに出た。

Tは彼女と違ってよく喋るし、声も大きい。そもそも体格が僕よりも少し大きい。毎日のように運動しているので筋肉質で、力もある。それはどうでもいいが、とにかくよく喋る女なのだ。だから僕の方もついつい喋ってしまう。

車の中での会話は、僕が全部覚えているわけないが、以前のマッサージのことも話題になった。あのとき、僕は「1時間300バーツあげるよ」と言ったのだが、Tはそれを覚えていて、「あのモーテルでのマッサージ代、まだ300バーツもらってませんよ」と冗談を言った。僕は「あれは1時間じゃなくて、厳密には40分くらいだから、300は無理だな。せいぜい200だな」というようなやりとりを確かにした。

妻のことも話題にした記憶がある。「彼女はほかの人に僕のことを話すとき、『彼』とか、『主人』とか言わずに、『おじさん(タイ語でクンルン)』って呼ぶんだよ。いくらなんでも妻に『おじさん』って言われて気分がいいわけないよね・・・」

するとTは、「ワタシたちは何て呼び合えばいいかしら?」と聞くので、「Tとか、〇〇(僕のニックネーム)とか、名前で呼ぶのが一番いいんじゃない」と答えた。するとTは「ティーラックでもいいかしら?」と言った。“ティーラック”とは夫婦や恋人どうしが呼び合う時に使う「愛する人」という意味だ。

車内での2人の会話は途切れることなく続き、やがて市場に着いたのだった。そしてその日の夜。アパートで食事して家に帰ったのが午後9時ごろ。ところが彼女はいつもと違って、僕を待ち構えていた。

その日までは、僕がどこへ出掛けようと、何時に帰ろうと、彼女はまったく関心がないようだった。そもそも、仕事の後、彼女も夕方友達と外で食事したり飲んだりして、帰りはだいたい8時を過ぎるのだから、いい勝負だったのだ。

「あなた、ちょっとここへきて座って頂戴!」

彼女の目が、ただならぬ気配を見せていた。血走っているようだった。

「あなたはTという名前の愛人を作ったんですね!全部わかってるんですよ。モーテルに行ってセックスしたでしょ!1回300バーツでしてるんでしょ!Tはあなたのことを“ティーラック”って呼んでるんでしょ・・・」

数時間前に車内でした会話を、彼女はオウム返しのように口に出した。はじめに一番驚いたのは、彼女がTの名前を知っていたことだ。モーテルでのマッサージをセックスと誤解していたけれど、それは大した間違いではない。

僕はしらばっくれた。なぜ会話の内容を知っているのか、不思議で仕方なかったが、とにかく全否定するしかない。彼女が何を考えているのか、分からない限りは容疑を認めるわけにはいかない。

「Tって、いったい誰のこと?」

「アナタ、どうして嘘つくんですか!!!本当のことを言ってください!!!全部聞いたんですよ、LINEで!」

彼女はカラクリを明確にした。彼女が言うには、午後4時ごろに僕にLINEの音声通話をかけた。いくらLINEで書いても返答が来ないので、「今日も晩御飯は外で食べてくるんですか?」と直接聞くつもりだったという。ところが僕の返事がなかったのに、男女の会話が明瞭に聞こえてきたのだという。

「アナタ、ケータイをどこに置いてたんですか?車の中でしょ?そして多分、鞄に入っていたでしょ。でも全部聞こえてたんです。とっさに録音しようかと思ったんですが、それはできませんでした。けど、ワタシ、全部覚えてます。だから、ウソを言わないで!!!」

彼女は完全に涙顔になっていた。僕はすぐケータイを鞄から取り出してLINEの着信履歴をチェックした。そうしたら、確かに4時頃に彼女から音声通話の着信があり、20分近く通話していた形跡が残っていた。僕は彼女からの着信にまったく気づかなかった。おそらく、車に乗るときの何かの弾みでLINEの着信を受けてしまったにちがいない。それを知らずに車を走らせ、Tと呑気に冗談交じりの会話をしていたというわけだ。

一つ疑問があるとすれば、Tとの会話は、その時もタイ語半分、英語半分だったはずだ。そうだとすると、2人の会話の半分は理解できなかったはずだ。その割には、肝心の部分を彼女が記憶しているような気がした。女の記憶力、女の勘はやはりすごいものがある。

「ワタシはアナタの妻です!妻には権利があります!Tにどんな権利があるんですか?ハッキリ言ってください。ワタシはアナタの妻なんですよ!!!」

「そんなに興奮しているなら、僕はアナタと今は話し合うことができないよ・・・」

暫くして彼女は、「もう大丈夫」と言って涙をぬぐい、今度は打って変わって、愛おしそうな目で僕を見つめた。

とにかくその日、彼女は僕に世間でいう“愛人”ができていて、その名前がTであることを知ってしまった。Tとはじめて会ってから3週間以上が経った、7月下旬の出来事だった。

(8月6日、11時50分)


クルマをめぐる一騒動

先月下旬、僕は車の自損事故を起こした。日本からやってきた知人を観光地へ案内したとき、駐車場にあった細い鉄柱が目に入らず、車の左ドア付近にぶつけてしまったのだ。ベテラン運転手としては、実にみっともない運転ミスだった。

事故から4~5日あと、修理を依頼するために、まず妻と一緒に近所の三菱ディーラーを訪ねた。この4月に、最上級の自動車保険をやめ、自損事故には対応しない経済的な保険に変更したばかりだった。修理代の見積もりは、およそ32,000バーツ。修理期間は最低でも2週間と言われた。

先月知り合ったばかりのTは、「別の三菱の店にも行って、合い見積もりさせたほうがいいわよ」と言うので、僕はその通りにしてみた。行ったのはチェンマイで最も大きな別系列の三菱ディーラーの店で、Tのアパートからは比較的近かった。

その店の見積もりは29,000バーツで、修理期間は1週間と言われた。当然、Tと一緒に行った後の方の店を選んだ。それでも1週間は車がなくなる。バイクに乗れない僕は途方に暮れることになる。車がなければゴルフもできないし、買い物もできない。もちろん20キロ離れたTのいるアパートに行くことも出来ない。

そこで修理期間中、妻のお姉さんが使っている車を借りることを考えた。お姉さん名義の車とは言っても、その車は僕のお金で買った車で、まだ3年ほど残っているローン代を毎月出してあげている。お姉さんは普段はバイクに乗っているのだから、当然すぐに貸してくれるものと思っていた。

ところが、2日たっても3日たっても、色よい返事が来なかった。妻を追及すると、「姉は仕事で車を使ってるみたいで、どこに行ったか知りません。連絡がつかないんです」と、変なことを言うのだ。いつもLINEで連絡をとり合っているお姉さんだ。何日も連絡がつかないというのは嘘だと思った。しかもバイクで行けば、たった5分のところに住んでいる。

さんざん催促したところ、4日目になってやっと車を貸してくれるという返事が来た。これで一安心。「明日からでいいから車を借りるよ」と言って、僕は自分の車を少し遠いところにある三菱のディーラーへ持ち込んだ。その日は車のない僕を、Tが親戚の車を運転して家の近くまで送ってくれた。

そして次の日、朝からお姉さんの車が来るのを待っていた。その日はとくに何処へ行く予定もなかったのだが、とりあえず車を傍に置いておきたかった。一日1回は、1人で近所で食事したり買い物することが多いので、とにかく車は必需品なのだ。

ところが車がなかなか来なかった。仕事のなかった妻は「姉はお昼になると言ってますので、少し待ってください」と言った。その日、家にはほとんど食べ物がなかった。僕は朝も昼も、食事抜きとなった。そして午後になって、バイクでどこかへ出かけていた妻が帰ってきて、こう言ったのだ。

「車のバッテリーを交換しなければならないそうです。2000バーツかかります」

またお金の話だ。小型車のバッテリーは2000バーツもしない。1200バーツあれば交換できることくらい僕でも知っている。だから1000バーツだけ彼女に渡した。そして更に3時間ほど待ったが、車は来なかった。バッテリーの交換だけなら15分で済む。

この話をLINEを使ってTにした。Tはその日、タイ人の甥が家族ぐるみで日本からチェンマイに来ていたので、車を運転してあちこち連れまわっていた。前日に僕を送ってくれた車だ。Tは僕の様子を想像して、えらく心配した。

「朝からほとんど食べていないんでしょ。車のことも心配ですけど、そっちの方が問題です。今親戚の家族とあなたの家に近いグッドビュー・レストランで食事してます。夕方彼らを空港へ送るまで、まだだいぶ時間があります。今から迎えに行ってあげますから、一緒にここで食べませんか?甥の奥さんは日本人なんです。」

僕はお姉さんの車を待つことを優先した。でも来ない。朝から6時間以上。バッテリーを交換すると言ってからでも3時間以上経っていた。もう夕方になっている。するとTからまたLINEが来た。

「車はもう来ましたか?まだ来てないんだったら、今から家まで迎えに行きます。とにかく、アナタに何か食べさせなくてはいけません。車の話なんて、そのあとでいいですから・・・」

僕は返事を躊躇した。妻やお姉さんと、Tが・・・家の近くで鉢合わせになる恐れがあると思ったからだ。

それからおよそ30分、妻はバイクに乗ってまたどこかへ出掛けた。「今から車を取りに行きます」と言って出たのだが、彼女は車を運転できないし、バイクで取りに行ける訳もない。意味不明だった。そうこうしているうちに、親戚の家族を空港まで送り終えたTがムーバーンの近くに来てしまった。僕は犬2匹を残して家を出た。そしてその日、僕は家に帰らなかった。

Tは甥に僕のことを話したそうだ。ただし、話題にしたのは車のことだけだという。そうしたら、タイ人の甥はこのように言って憤慨したという。

「その人のタイ人の奥さん、かなりおかしいんじゃないか。旦那に買ってもらった車だろ。困っていたらすぐに貸して当たり前じゃないか。それを何日も返事しなかったり、何時間待っても持ってこなかったり・・・さらにバッテリー交換?絶対おかしいよ。バッテリーに問題があるんだったら、もっと前に言うはずだろ?その日になって急に言い出すなんて変だ。その人、奥さんやお姉さんに騙されてるんだよ。もう車の月賦代は出さないように忠告した方がいいよ・・・」

Tからの“また聞き”になるので、どこまで本当かは分からないが、その甥によると、車の事だけでなく、結婚そのものが女に騙されているに違いないというのだ。僕が彼女に騙され続けている・・・・?

Tはアパートに着いてから、こうも言った。

「甥が言うには、アナタの若い奥さん、きっと別のタイ人の男がいるんですよ。アナタからのお金は、きっとその男にも渡ってるんですよ。だから幾らあげても、もっと頂戴、もっと貸して頂戴ってなるんですよ。そんなこと、タイ人だったらすぐわかることです・・・アナタのような人のいい外国人は簡単に騙せるって・・・」

これがTの甥の見方なのか、それともT自身の意見なのか・・・おそらく、T自身の考えではないかと僕は思っている。

「アナタは今の若い奥さんに騙されてるんですよ。はやく目を覚ましなさい。一刻も早く、きれいさっぱり離婚してしまいなさい」

彼女に別のタイ人の男の存在があるということは絶対にないと僕は確信している。もしいるとすれば、本当に僕という男は間抜けということになる。一般論としてはあるとしても、彼女の場合、さすがにそれはないと確信しているのだが・・・言われてみると、少しずつ確信が揺らいできたりして(笑)。

それにしても、Tの本気度は日に日に増してきている。昨日もこう言ったのだ。

「そりゃ、アナタの奥さんはまだまだ若いし、ワタシとちがって綺麗なんでしょ。だから性的な魅力もあって、きっとセックスも上手なんじゃないの・・・でも、そんなものいつまでも続くものじゃありませんよ。気が付いたらお金を全部吸い取られてますよ。とくにイサーンの女性はそれが当たり前だと思っているんですから」

イサーンの女性への偏見には僕は同意しかねるが、Tの言っていることがあながち的外れでないことくらい、僕はとっくに知っている。

(8月8日、9時30分)


Tの家族に会った

一昨日の話だ。妻のお姉さんがいつまでたっても車を持ってこないので、僕というよりもTが、「それは酷すぎる」と怒ってしまった。夕方親戚の車を運転して僕を家の傍まで迎えにきた。僕はTのアパートで一夜を過ごすことになった。

翌朝、4時半に目覚ましが鳴った。2人は肌を寄せ合って寝ていたので、そのまま短めの“朝のお勤め”に突入した。終わるとTはシャワーを浴びて身支度を始めた。Tの家族は郊外にある専科大学の構内にお店を持っているのだ。

「これから市場に買い出しに行きますけど、一緒に行きますか?それとも、ここで寝てますか?」

もちろん僕は前者を選択した。前の日に買った美味しいクロワッサンとコーヒーで軽い朝食を摂った。

彼女の運転する車で向かった先は、市内中心部にある「ムアンマイ・マーケット」。深夜から朝にかけて開いている市場で、買いに来るのはほとんどが飲食店などを自分でやっている玄人だ。

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肉や魚、野菜や果物、菓子類など、どれもこれもスーパーマーケットで売っている値段とは比べ物にならないくらい安い。たとえばミニトマト。スーパーで買うと150グラムが40バーツくらいだが、ここで買うと1キロが60バーツだ。つまり4分の1以下。しかも、毎日深夜に山の人たちが卸しに来るので、野菜や果物はどれも新鮮そのものだ。


さて、市場で果物や菓子類を仕入れたTは、そのまお店のある大学に向かった。時間は7時を過ぎていた。いつもはもう少し早いらしい。お勤めの分だけ、出遅れたようだ。

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Tの両親は学内にある食堂にお店を持っている。授業のある日は毎朝3時に起きて準備をする。料理を作るのは主として父親の仕事で、母親はどちらかというと売る方に専念しているらしい。2人のほかに、家に住み込んでいる女性の従業員を1人雇っている。

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Tの店は、両親の店の隣にある。妹と2人でやっていて、売っているのはコーヒー、ジュース、グリーンティー、水などの飲み物と果物や菓子類、そして他のお店にはない「チーズ揚げ」という人気商品などだ。いわば薄利多売の商売で、菓子類は8バーツで仕入れたものを10バーツで売る、という感じだ。去年、試しに小さめの日本風お好み焼きを作って1枚20バーツで売ってみたら、バカ売れしたそうだ。

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これは午前11時半過ぎの食堂内の様子。大学の近くにお店は1軒もないので、ほとんどの学生は食堂に来るに違いない。食べ物商売にとって絶好の場所だ。それでも売り上げは、日によって大きな変動があるという。

Tはいつも午後1時過ぎにはお店を妹にまかせて、そのあとはジムで運動したり、ゴルフの練習にあてたりしている。


僕がこのお店に着いたとき、実は両親がここで働いているとは知らなかった。Tのお店の隣だったので、何となく目で2人に挨拶しただけだった。僕が何者なのか、Tがどこまで話しているのか分からない。しかし、父親も母親も、僕のことを認識しているような感じがした。なぜなら、仕事の合間にときどき僕に優しく話しかけてきたからだ。両親も妹も、文句なく勤勉に働く人たちだった。


Tの父親は午後になるとお店を離れ、家に帰る。今度は残った肉を加工して犬用の餌を手早く作り市場で売る。それが終わるとまた家に帰って、家族の食事を準備するのだそうだ。朝4時くらいから、夕方6時くらいまで毎日働いていることになる。

Tによると、父親はお酒もたばこもやらず、浮気したことも自分の知る限り一度もないそうだ。趣味は唯一アクション映画で、夕食が終わると毎日寝る時間までネットで見ているという。ネットの調子が悪くて見れないときだけ機嫌が悪いが、それ以外は難しいところのまったくない完璧な父親だという。

一方の母親は毎日大学に残って、お客さんがいる限りは夜の7時か8時頃まではお店にいる。お店の他にも、自宅の一部をアパートに改築して部屋を人に貸しているので、収入は父親よりも多いそうだ。両親は同年齢で、62歳だという。健康で毎日働けるのが何よりいい。

この日、大学3年になるTの息子以外の家族に偶然会うことになったわけだが、僕の印象では、両親も妹も文句なく勤勉で誠実そうな人たちだった。しかも、大学内のお店は両親と娘で会計を完全に分離している。Tと妹ですら一緒にしないで、商品によって売り上げを別々に管理している。家族が助け合いながらも、それぞれ責任をもって自分の仕事をこなして収入を得ている点はとてもいいと思った。

僕はこのような食の商売の裏側をまったく知らなかった。Tのお店で朝の1時間くらいだけ、仕入れてきたスイカやミニトマトなどを小分けしてビニール袋に詰める作業を手伝った。そして9時半くらいに、一時的にお客さんがほとんどいなくなったので、Tが車を運転し、妹さんと3人で美味しいお店へご飯を食べに行った。カオ・マンカイという鶏料理と、カオ・カームーという豚肉料理。その2品が大きなお皿に山盛りでてきて、3人で分けて食べた。そして会計は200バーツほどだったが、Tと妹さんの2人できっちり折半したのには驚いた。僕が財布に手をやるスキもなかった。

(8月9日、11時50分)


軟着陸

「軟着陸」とは、宇宙船などの飛行物体が減速しながら安全に着陸することだ。男女間の問題にこの言葉をあて嵌めるとすれば、大したもめ事にならずに、双方が納得して解決に向かうことを意味するだろう。

そうでなくて、双方が喧嘩腰になって争い、最終的には裁判になったり、刃傷沙汰になる場合は「激突」と表現されるだろう。結論から言うと、僕たち夫婦の場合は「軟着陸」することで話し合いがついた。こんなにあっさりと結論が出るとは予想外だったと言わなければならない。

土曜日から月曜日にかけての3日間はタイでは3連休だった。この間、僕は殆どの時間をアパートで過ごし、Tとはいろんなことを話し合った。でも肝心の妻とは深い話し合いをする機会がなかった。僕が家に居ない間に妻はいろいろなことに思いをめぐらせていたようだ。そして昨日、朝からTの家族のお店を手伝っていると、妻から長いLINEが届き始めた。

「アナタが夜遅くに車で出かけて行ったのを知っています。夜は目が見えにくいと言っていたので、車の運転が大丈夫かと、とても心配でした。もしアナタに何かあったら、と思うと、心配でよく眠れませんでした。どこにいるのか、その場所すら知らないのですから・・・」

「アナタが幸せを感じているなら、それでいいです。自分が居たいと思う場所にいるのなら、それが一番いいことです。家に帰って来なくてもいいですよ。帰ってきても、また出て行くのですから、それがワタシにとっては一番つらいです。でも、いろいろなことを話し合いたいです・・・」

「ワタシは2匹の犬の世話をします。だからこのままこの家に住み続けたいです。アナタは自分の行きたいところへ行けばいいのです。誰でも幸せになる権利がありますし、ワタシはそれを邪魔するつもりはありません。犬のことは心配しなくても大丈夫です・・・」

彼女からのLINEにはいろいろなことが書いてあった。「戻って来てほしい」とか、「あなたに捨てられたら私はどうしていいかわからない」というような言葉は一切なかった。一貫して「あなたは自分の幸せを求めて好きなようにしていい」と書いてあった。でも、その行間に、彼女の言い知れぬ悲哀が込められていることを、僕ははっきりと感じ取ることができた。

はじめは、彼女はこれからの経済的なことを心配しているのだろうと思っていた。けれども、長い長い彼女の言葉を、何度も何度も読み返していくうちに、そこに僕に対する偽らぬ愛情が込められていることを明確に感じとった。一昨年の夏、結婚する前だったけれど、別の女性と付き合い始めたときに見せた彼女の狼狽ぶりと比べれば、まったく別人のようだった。僕は直観的に、彼女の言葉に打算を感じなかった。

僕は家に戻って彼女と話合いをはじめた。2人が向かい合っているテーブルの下には、チビとレックレックの2匹の犬が嬉しそうに尻尾を振りながら侍っていた。

「2匹がこんなに喜んでいるのは、アナタが帰ってきたからですよ。ワタシには犬の気持ちがわかります。でも、もうアナタは決心がついているのですか?それとも迷っているのですか?」

「今は決心がついているよ」

「だったら、ワタシはこの2匹の犬と一緒にこの家に住み続けます。アナタは自由にしてください」

「でも家賃はキミにとっては安くないよ。どうするつもりなの?」

「もうアナタのお金に頼りません。昼間働いて、夜も働いて頑張ります。頑張れば、何とでもなります。責任をもって2匹の犬を守ります」

「じゃあ、チビはキミに懐いているから、キミと一緒に。でも、レックレックは僕の方が好きみたいだから、僕が引き取るよ」

「いいえ、それはダメです。この2匹は兄弟みたいに仲良しですから、引き離すことはできません。それは可哀そうです。」

他人がこの話し合いの光景を見たとすれば、実に滑稽に見えたことだろう。犬の事ばかり話しているのだから。でも僕には、そうすることで、彼女がこみあげてくる悲しみを必死に抑えているようにも思われた。


午後の3時過ぎに始まった2人の話し合いは、まず5時ごろに第一ラウンドが終わった。2人が別々に暮らすことで合意はしたのだが、いつ正式に離婚するのか、その場合に経済的な問題をどうするのか、話し合いの中身はかなり曖昧なままだった。そして、僕が2階へ上がってPCを触っていたら、暫くして彼女も上がってきて、第2ラウンドが始まった。

今度はさっきとは少し違って、彼女は僕への未練を見せた。

「ずっとアナタと会えなくてもかまいません。でも、離婚届を出さなくてもいいのではないですか?結婚したまま、別々の人生を送っている人もタイにはたくさんいますよ。別におかしいことではありません。」

僕はこれを聞いて少し身構えた。なぜなら、Tからいつも、このように言われていたからだった。

「もしアナタが本気なら、一刻も早く奥さんと離婚してください。それがアナタのワタシへの誠意です。そのあとワタシと暮らすかどうか、それはアナタが決めることです。一緒に暮らしても、もしアナタがいやなら結婚という形はとらなくてもいいです。もしこの先、仮にアナタが別の女の人を選ぶことになったとしても、それはそれでかまいません。アナタには自由があります。でも、アナタに奥さんのいる状態のままで、いつまでもお付き合いすることはできません。」

離婚のタイムリミットがいつなのか、僕は何度かTに訊ねた。しかしTもそれについては明確な答えを用意できないようだった。ただ、今借りているアパートの契約が7月中旬からの3か月なので、その間に何も答えが出ないようであれば、2人の関係にピリオドを打つかもしれないということをTは仄めかしていた。

「ワタシは、あと何年か経てば40歳になるんですよ。ずっと一緒に暮らせるかどうか分からない人と、いつまでもダラダラとお付き合いすることはできません。知り合ってからたったの1か月半ですから、アナタにとっては急ぎ過ぎと思えるんでしょうけど、ワタシにとっては、あまり時間を引き延ばす余裕はないんです。ワタシが求めているのは終生のパートナーです。愛人ではありません。だから曖昧にしたくありません。いくらワタシがアナタを好きになったと言っても、その点だけはハッキリ言っておきます」

Tはほとんどあらゆることに考え方が一貫している。時折“女心の揺れ”を見せることもあるが、自分の人生の基本方針を曲げてまで男と付き合っていくような女ではない。これまで何度か男で失敗していると自分で認めている。過去の教訓を忘れて目の前の男に溺れてしまうような女ではない。

話を妻に戻そう。

再び僕のところにやってきた彼女は、あくまでも落ち着いた表情のまま、自分が考えているこれからの生活のことを語り始めた。犬と一緒にこの家に居て、一生懸命仕事して、他の男とは付き合わず、40歳を過ぎたらイサーンの実家へ帰って家業の農業をするかもしれないこと・・・etc.

彼女の考えを聞いていた僕は、当面の経済的なことが心配になった。同時に、離婚しないまま別れてしまうという変則的な彼女の提案を受け入れることはできないということもハッキリと言った。

「離婚するなら一時金を払ってあげるけど、それをしないなら、お金は出せない。結婚していても、あなたは自分で仕事して収入があるのだから、自分の生活は自分のお金でしなければならない。でもあなたの収入でこの家に居続けることができるだろうか?」

僕は自分が一番言いたくないことを彼女に言っているような気がして、一種の自己嫌悪を覚えた。まるでお金で釣って、離婚を迫っているような図になっているからだ。しかも彼女はアッサリと僕の提案を呑んだ。

「アナタが離婚したいというなら、してあげます。それは単に紙切れの問題ですから。そして、もしお金をくれるというなら、それは喜んでいただきますけど、いくらでも構いません。アナタが決めればいいことです。」

僕は、それが本心なのかどうか、彼女の顔をしげしげと見つめた。彼女は微笑んでいるようにも見えた。思っていたような「お金、お金!」という強欲な女とはまるで違う、純真な女の素顔が僕の目の前にあった。

「ワタシはアナタに嘘をついたり、隠し事をしたことは本当にありません。でも、お金であなたに迷惑をかけていたことは事実ですし、アナタの世話をキチンとできませんでした。一緒にどこかへ遊びに行ったりしたこともめったになくて、最近はいつも友達とばかりご飯を食べていました。アナタはきっと淋しかったんですね。だから、全然いい奥さんではなかったというのは、自分でもわかります。でも本当にアナタを愛してます。だから、アナタには幸せになってほしいんです。それがワタシの本当の気持ちです。」

もし、この話し合いを今ではなく、1か月半前にしていたら・・・僕はTと会うこともなかっただろうし、離婚したいなどと思うこともなかっただろう。運命とは何と皮肉なものか。僕にTという女ができたばかりに、彼女は自分の妻としての非に気づいたのだ。そして僕に対する愛情にも気づいたのだろう。でも、それはもう遅すぎたのだ。

(8月14日、10時)

合意別居

夫婦が別居する理由は一つではない。だが一番多いのは、男性に別の女ができて家を出て行くというケースだろう。

僕は50歳になったばかりの時に、日本人の妻との別居を経験している。それは新しい女と暮らすためではなかった。夫婦関係を修復するのが不可能だと自分で判断して、妻の合意を得ずに一方的に実行したのだ。そしてそのあとに、亡くなったタイ人女性との運命的な出会いがあった。

日本人の妻から見れば、タイ人女性と一緒に暮らすために家を出たように思われたに違いない。だから離婚の協議は難航した。東京にあった一戸建ての自宅と、妻が管理していた預金をすべて妻にあげると言っても、彼女は離婚に応じようとはしなかった。最終的には、妻の側の女性弁護士と僕自身が直接会って合意文書を取り交わした。

妻の側が一番気にしたのは、当時高校2年と中学3年だった男女の子供2人の養育費だった。そして東京の自宅と、僕自身は額を正確には知らなかった銀行預金、年300万円の養育費を2人の子供たちが大学を卒業するまで支払うという条件で離婚の合意に至った。女性弁護士は、「こんな条件で離婚する男性は見たことがありません」と言って恐縮した。当然だが、僕は2人の子供が大学を卒業するまで、一度も欠かさずに養育費を支払った。


さて、話は現在進行形の事案だ。

日本人の妻との離婚協議とはまったく違って、数時間の話し合いで合意に至った。もちろん合意書もなければ立会人もいないので、彼女はすぐにでも前言を翻すことが可能だし、僕は僕で、「また2人で生きていこう。頑張って家を買って、2匹の犬と一緒に仲良く暮らしていこう。お勤めは毎日でもいいよね?」と再出発を誓うこともできる。そうすれば、きっと彼女も喜ぶだろう。

でも今のところその気配はない。なにしろ、別居を実行したのは昨日のことだ。

彼女は昨日も仕事があった。家を出る時、僕にこう言い残した。

「いま洗濯しているので、終わったら干しといてくださいね。アナタの服は全部持って行かなくてもいいですよ。残しておいても大丈夫ですから。それから、この家にはいつ来てもいいですよ。ときどき見に来てくれると、犬たちも喜びますから・・・」

そう言って彼女はバイクで家を出て行った。僕は「わかった」と返事してから、自分の衣類の一部を鞄に詰め、愛用のパソコンを取ってあった段ボール箱に入れた。まだ朝から何も食べていないことに気が付いて、先月友人からもらった日本製のラーメンを作って一人で食べた。


Tのいるアパートに着いたのは午後2時ごろだった。Tはお店の仕事があるので当然だがアパートにはいなかった。持ってきた服を片付け、パソコンを箱から出してセッティングし、一息ついていると、ノックの音がして部屋のドアが開いた。いつも以上に嬉しそうな顔をしたTが入ってきた。

そのあと2人で買い物に出掛けた。Tが大学のお店で売る食べ物と、アパートで僕たちが食べる食事の材料などを2か所のスーパーで買った。思えば別居した妻と一緒に買い物をしたことはめったになかった。1年に数回もあっただろうか・・・

Tが丹念に食材を選び、僕が黙ってカートを押して付いて回る。それがいかにも普通の夫婦の行動のような気がした。同時に、妻とはそのような経験がほとんどなかったことが思い出されて奇妙な気分に襲われた。いま一緒にいるのはTなのに、自分の心は別居中の彼女にあった。

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Tの作る料理は、イサーン出身の妻が去年よく作っていたタイ料理とはまったく別物だった。

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これは牛肉のハンバーグの上のエビが乗った見たことのない料理だ。

「タイで牛肉をステーキで食べるとすると、高級な肉以外は硬すぎて食べにくいでしょ。それにマズイでしょ。でもハンバーグ用の牛肉なら安いし硬くない。だから、今日はこれにしたのよ。牛肉とエビの取り合わせはどうかしら?」

Tはそう言って僕に感想を求めた。スープも野菜炒めも、どれもこれも味が薄い。塩気が少ない。胡椒も控えめだ。僕は率直にそれを言った。

「塩を多くすれば確かに美味しくなります。でも、健康にはよくありません。アナタは血圧が少し高いんですから、塩分は少ない方がいいでしょ。ワタシも薄味が好きですから、ちょうどいいんです。化学調味料も一切使いません。」

別居中の妻が作ったり買ってきたりした総菜とはまったく別世界のような料理。Tは辛いタイ料理も食べるが、どちらかというと西洋料理や日本料理が好きなのだ。しかも自分で作るのが好きで、腕前も悪くない。

こうして、僕の別居生活は昨日から始まったわけだが、スーパーで買い物をしていた時の“違和感”は、Tと二人で食事をしているときも再び湧いてきた。

「目の前にいるこの女性が僕の伴侶になるのだろうか・・・本当に僕はそれを望んでいるのだろうか・・・」

Tは僕の顔を見て少し心配そうな表情を見せた。

「家のことが恋しいんじゃありませんか?気になるのは犬の事だけですか・・・?」

僕は少しだけ狼狽して、「2匹の犬がご飯を食べただろうか、と心配になっただけだよ」と胡麻化したが、Tはそんな僕の心の中を見透かしているようだった。だが、それ以上は僕を追及しないで話題を変えた。

(8月15日、11時45分)


予想外の展開の連続だった

「家のことが恋しいんじゃありませんか?気になるのは犬の事だけですか・・・?」

妻と話し合って正式に別居を始めたのは今月14日、水曜日のことだった。その日の夜、アパートで食事しているとき、ふとTが漏らした言葉がこれだった。「家のことが恋しい」とは、「妻が恋しい」という意味だ。いつも僕は犬のことを気にしているように見せながら、実は妻を恋しく思い始めているということをTは見抜いていたのだ。

その翌日、妻からLINEが入ってきた。

「ワタシたち、いつ離婚の手続きをしますか?」

離婚することに妻は合意していた。でも、妻の方から日程の相談があるとは考えていなかった。きっと、彼女はできるだけ引き延ばそうとするだろうと思っていた。でも、そうではなく、さらにその翌日には離婚の手続きを解説したタイ語の文書を送ってきた。

離婚に必要なものは婚姻登録証と、外国人の方はパスポート、タイ人の方はIDカードと住居登録証(タビアンバーン)が必要なのだが、そのほかに2人の証人にも役場へ同行してもらわなければならないと書いてあった。日本のように、離婚届に当事者2人のサインと証人2人のサインがあれば受理されるという簡単なものではなかった。

僕たちはLINEでやりとりして、離婚の日を8月26日と決めた。僕は9月か10月でもいいと考えていたが、彼女の方はそこまで待つつもりはないようだった。それどころか、日取りを決めた2日後に、彼女はこう書いてきた。

「26日までまだ日がありますね。ワタシは毎日苦しくて仕方ありません。もし可能であれば、来週早々に終わらせることはできませんか?証人はキャディーの友達2人に頼んだので、いつでもアナタの都合の良い日に仕事を休んで役場へ行ってくれますから・・・」

彼女の希望は離婚手続きの日程を1週間ほど早めてくれというものだった。彼女が積極的に離婚を選んだわけではなかったので意外だった。引き延ばすのとは逆に、一刻も早く終わらせたいというのだ。離婚の日を自分の心の中でカウントダウンしなければならないのが辛いという。なんとなく、その心理は僕にも理解できるものだった。

そんなやりとりをしながらでも、彼女は「会いたいです。愛してます」という言葉やステッカーを毎日のように送ってきた。LINEやメールでの、文字だけでのやり取りというものは、僕のこれまでの経験でも非常に危ういものがあることを知っていた。ついつい、こう返信した。

「僕も、あなたのことは今でも愛してます」

それは嘘ではなかった。Tが見抜いたように、離婚の日程を決めてからは、日に日に彼女への未練の思いが増してくるのを自覚していた。いや、未練と言うより、「まだやり直せる!」という思いに変わっていくのを自分で否定することができなかった。それと反比例するかのように、Tのちょっとした言動がえらく気になり始めた。それは「ワタシのことを愛してますか?」といつもいつも口癖のように聞いてくることだった。いつしか、Tの質問を無視しようとしている自分があることに気が付いた。

そして、彼女から僕の心にグサリと刺さる言葉が返ってきた。

「ワタシは離婚なんかしたくありません!アナタのこれからの幸せを考えたら離婚した方が良いと思ったのです。でも、本当はしたくありません!」

彼女の言葉は揺れ始めていた僕の心を反対側へ動かす力を持っていた。そして僕は大きなミスすら犯していた。そのミスとは、離婚の手続きを解説したタイ語の公式文書を彼女が送ってきたとき、そのLINEの画面をTに見せたことだ。だいたいのことは理解できたのだが、念のためにTに見せて、手続きの仕方を確認したのだった。

彼女がその文書を送ってきたということは、彼女が本気で離婚に応じようとしている証拠であった。それを見たTにとっては、安心材料のはずだった。ところがTは、LINEの画面を僕の知らない僅かのスキに、上にずらして見てしまった。「あなたのことは今でも愛してます」という、彼女に送った僕の言葉がTの目に入ってしまったのだった。

このあと、さらに予想外の展開となったのだった。


(8月20日、10時50分)


Tは、ついに僕を追い出した

僕たちが離婚の日程を8月26日と決めたあとも、(Tではなく)妻はさらにそれを早めることを要求した。ところが、そんな離婚手続きのやり取りをしながらも、僕たちはお互いを愛しく思い合う言葉を交わし続けた。

そんな心の揺れを、勘の鋭いTはすべて読み取っていた。8月18日、日曜日の出来事だった。

その日の午後、Tと僕はアパートの部屋でくつろいでいた。僕のケータイには別居している妻から何通かのLINEがいつものように入ってきた。そして問題のLINE。

「ワタシは離婚なんかしたくありません!」

なぜ彼女がこう書いてきたのか、その理由は明らかだった。僕がついつい「キミのことは今でも愛しているよ」と書いて送ってしまったからだ。受動的に離婚に同意していた妻の心を、離婚を望んでいた僕自身が搔き乱してしまったのだ。

僕は、彼女に無理やり離婚を迫った後悔の念と、Tとのことはどうなってしまうのだろうか?という躊躇の念が入り混じった複雑な思いのまま、深くは考えず反射的に彼女に返信した。

「とにかく明日の朝、家に行くから、もう一度話し合おう」

Tは僕のすぐ傍にはいなかった。少し離れたベッドの上でケータイを見ながら休んでいた。僕は自分のケータイをオフにしてシャワーを浴びた。わずか3分くらいのことだった。バスルームから出てくると、Tは僕に唐突に質問した。

「明日はアナタ、何か予定がありますか?」

「いいや、特に予定はないんだけど・・・」

「朝、市場へ一緒に買い出しに行ってくれますか?」

「朝の早い時間だよね・・・だったら一緒に行くよ」

ちょっとした沈黙の時間があった。

「アナタ、無理しなくていいわよ。明日は家に行くんでしょう。奥さんに会いに行くんでしょう!」

僕は驚いた。さっきLINEで彼女に返信してから5分も経っていない。ベッドから離れたテーブルの上に置いてあった自分のケータイの方を思わず見遣った。ケータイ自体は画面をロックしていないが、LINEは暗証番号でロックしている。だから、Tがこっそり見たとは思えなかった。

Tと僕は、タイ語と英語の2つの言語が入り混じった独特のやりとりをする。タイ語だけ、英語だけ、ということはまずない。しかし、この時のTの言葉は、全てタイ語だった。しかも早口だった。

「アナタは明日、奥さんに会いに行くんですね」

「いや・・・まだ時間とか決めてないし・・・」

「いいんですよ。行ってらっしゃい。アナタは奥さんのことを愛してるんです。ワタシよりも愛しているんです。それくらい、ワタシは馬鹿じゃないからわかります」

「いや、そんなことはないんだけど・・・明日、一度家に帰ろうと思っていることは、その通りだけど。でも、どうしてそれが分かったの?」

「ワタシは犬の鼻を持ってるんです。ちょっとした臭いも嗅ぎつけられるんです。なぜアナタの考えていることが分かるのか、もしアナタと別れることになったら教えてあげます。そのテクニックを。でも、別れないかもしれないから、今は教えません。もし教えてしまったら、アナタもきっと馬鹿じゃないから警戒するでしょ・・・」

少し余裕を取り戻したTは自分の鼻を自慢した。

夕方になって、Tは夕食の準備をし始めたが、僕はそれを制して外に食べに行くことを提案した。憂鬱そうな顔つきのTにご飯を作ってもらうことが忍びなかったのだ。


僕たちが出かけたのはアパートから歩いて5分のところにある大きなレストランだった。レストランというよりも、ライブハウスと言った方が適当かもしれない。入り口でIDカードをチェックし、18歳以上であることを確認される。僕も免許証を取り出して見せたが、係員は見ようとはせず、ニッコリと笑って僕の左手首にスタンプを押してくれた。

Tは鍋料理と1リットルの生ビール、そしてウイスキーの小瓶を同時に注文した。

「今日はワタシも飲みますから。でも全部ワタシが払います」

Tはいつもはビールをコップに1杯か2杯しか飲まない。ウイスキーの水割りも少し舐める程度だ。でも、この日は料理をほとんど口にすることなく、ガンガン飲んだ。僕も同じくらい飲んだけれど、Tほど酔うことはなかった。

Tは生ビールとウイスキーがなくなると、ビールの大瓶を次から次へと頼んだ。正常な飲み方ではなかった。しかも料理はあまり食べなかった。ライブ演奏の音が大きい。Tの言葉が殆ど聞き取れない。僕はただ黙って演奏を聞いて飲んだ。そして食べた。

Tは1曲の演奏が終わるたびに、他のお客さんよりも遥かに大きな声を出してバンドに声援を送った。6時半に店に入ったとき、空席が多かったのに、9時ごろには若い人たちで満席になっていた。200人以上だろう。

Tは酔った。一つ前の席にいた見知らぬ女性客に抱き着いた。同じくらいの年齢に見えた。見知らぬ女性客は、はじめは躊躇していたが、やがて優しい手でTを抱きしめて背中をさすった。きっとTの心の哀しみを、言葉ではなく、その表情から理解したのだ。僕はその様子を、ただただ黙って後ろから見つめていた。

これで、僕たちの関係は終わってしまうのだろうか・・・明日家に帰ったら、妻とどんな話をすればいいんだろうか・・・

店を出たのは午前零時を過ぎていた。ライブ演奏が終わって客が帰り始め、Tは酔ったまま自分のクレジットカードを出して会計した。僕はコッソリとTの財布の中に1000バーツを入れたが、Tはそれに気づいて突き返してきた。今度はTがトイレに行っている間に、また1000バーツを入れた。今度はバレなかった。会計はあとで分かったのだが、1200バーツだった。


酔っている筈のTは足が速かった。しかも途中で僕を振り払うかのように走り出した。いや、実際振り払うつもりだったのだろう。だから、先に部屋に入ってカギをかけられてしまうのが怖かった。Tは知らないはずだが、たまたまこの時だけ部屋の合いカギを持ってこなかったのだ。

部屋に入るとTは号泣した。しかも水洗トイレの便座に顔を押し当てて泣き崩れているのが見えた。吐いているのかも知れなかったが、聞こえてくるのは慟哭だった。そしてトイレから出てきたTは叫んだ。

「いますぐに家に帰りなさい!アナタの愛している人のところに帰りなさい!!!」

「もしアナタが今ここに、このままいたら、とても大変なことが起こりそうで怖いわ。だから、いますぐ出て行って!!!」

「何言ってるんだよ。出て行くとしても明日の朝だよ。If you want to kill me, kill me right now.(もし、僕を殺したいなら、今すぐ殺しなさい)」

Tは泣きながらロッカーに入っていた僕の服を乱暴に取り出して、床に投げた。さらに部屋のドアを開けて、なぜか買ったばかりの掃除機と一緒にアパートの廊下に放り出した。夜も午前1時をとっくに過ぎていた。僕はとにかくアパートの他の住人に迷惑がかかることを恐れた。

取り乱しているTとまともに話すことなどできるわけがない。心を固めざるを得なかった。もう、これで終わりにするよりない。このままこの部屋で一緒に夜を過ごすことなどできるわけがないと悟った。一番恐れたのは持ち込んでいるパソコンを壊されることだった。そこには大事な情報が詰まっている。でも、Tはなぜかパソコンだけは放り投げることをせずに丁寧に扱った。僕はあわてて段ボール箱に入れて廊下に出した。そして、投げ出されていた服を急いで2つの鞄に詰めた。とにかく、部屋にあった僕のものを一つ残らず全て鞄に放り込んだ。

部屋を出る前に、ベッドの上でまだ泣き崩れていたTを一度だけ抱擁した。心のこもらない、形だけの抱擁のように自分では思われたので、すぐにTから離れて部屋を出た。

ハンドルを握っている自分は、いつしかすっかり酔いが醒めているような気がした。通いなれたいつもの道路は、深夜は車がいなかった。とくに、郊外にある自分の家に近づく頃は、道路は森閑としていて、ほとんど1台も車がいなかった。

ついに僕はTとは別れてしまった。そして再び家に帰ってきた。いつも寝ていた2階の寝室のドアを開けると、彼女が静かに寝ていた。いや、寝ているのではなく、僕が帰ってきたことに気づかないはずはない。ただ黙って僕をベッドに迎え入れた。

僕は、まさか朝になって再びドンデン返しがあるとは思いもよらずに、彼女の横で眠りについたのだった。

(8月21日、午前0時)

お勤め中にかかってきた電話

「アナタが愛している奥さんのところに今すぐ帰りなさい!」

日曜日の夜、アパートのすぐ傍にあるライブハウスでアルコールを無茶飲みしたTは、哀しみに打ちひしがれて僕を追い出した。酔った勢いを借りた行動であることは言うまでもない。そして僕は短い同棲生活にピリオドを打つ決心をして家に帰ったのだった。

この半年ほど別々の部屋で寝ていた僕と彼女は、その夜、再び同じベッドで肌を寄せ合った。でも、2人は一言も口をきくことなく朝の5時前には目を覚ました。そして以前のように、あるいは以前よりも深い思いで抱き合った。

その真っ最中に、突然ケータイが振動した。電話の着信を知らせるバイブレーションだ。しかも2度や3度ではない。10秒以上も長く振動するときもあれば、すぐ切れるときもある。女の想いを託されたバイブレーションは執拗に鳴り続けた。僕には電話をかけてきた相手がすぐに想像できたが取り合わずに最後までお勤めに徹した。

久しぶりの交合が終わると、彼女は犬を外に出すために階下に降りて行った。僕はケータイの画面にはじめて目を遣った。確かにTからだった。着信履歴を見ると、15回もかかってきていたことが確かめられた。全部がお勤めの真っ最中の着信だった。

ふと、Tが家の傍まで来ているのではないかと思った。僕に会いたくて来ているのではないか・・・2階の寝室の窓を開けて外を見た。でも人影はなかった。時計を見るとすでに6時を回っていたので外は明るかった。

ケータイのLINEを見た。夥しい数の英語のメッセージが書き込まれていた。最初の書き込みは午前4時55分から始まっていた。

Good luck to you .Hope you have good future.
I am really bad. I am sorry. I really love you. Sorry for everything.
You are very sincere to me.
I don't know why you are different from other men.
My feeling is hurt, very hurt more than every broken love before.
・・・・・・・

そして、この書き込みのおよそ1時間後。

Can I meet you for a few minutes? I am waiting around your home now.
I really love you and want to take care of you.

Tは、僕が彼女とお勤めを始めた時刻に電話をかけ始めた。しかし応答がないのでLINEにメッセージを書き込んだ。そして6時過ぎには、20キロ以上も離れた僕の家の傍までバイクでやってきて、LINEの書き込みを再開したのだった。

そのあとは、僕は目と鼻の先に居るTの書き込みをリアルタイムで読むことになった。

「昨夜は本当にごめんなさい。アナタのことは諦めるよりほかありません。ワタシの馬鹿な行いによって、本当の愛を失ってしまいました。悲しいです。今、ちょっとだけでも会うことができませんか?」

来ている証拠として、Tは撮影したばかりの我が家の写真を添えた。僕は再び寝室の窓を開けて外を見た。けれどもTの姿は見えなかった。後から聞いたのだが、Tは斜め向かいの新築の空き家が開いていたので、そこに身を潜めて僕の家を見ていたのだという。そうしたら、家の戸が開いて妻と犬2匹が外に出てきたのが見えたという。僕も一緒に出てくるかもしれないと思って待ち構えていたが、出てこなかったので、きっとまだ寝室で寝ているのだろうと思ったという。

時刻は6時半を過ぎた。ここからは、Tはなぜか英語を一切使わず、タイ語で書き始めた。

「奥さんが(仕事に)出かけた後、少しだけ会うことはできますか?」

「もう離婚しなくていいです。奥さんを愛し続けていてもいいです。ただ、ワタシの愛を受け入れて、アナタの世話をさせてください。」

「もう絶対に昨夜のようなことはしませんし、今しているようなこともしません。約束します。何でもアナタの言う通りにします」

「本当にアナタを愛してるんです。昨夜、アナタがいなくなって、始めて分かったんです。アナタなしでは、ワタシはもう生きられない気がしたんです。息ができないくらい苦しかったんです」

「何人かの男性とこれまでお付き合いしましたが、こんな経験は今までありません。本当です。お願いですから、アナタの世話をさせてください。100%ワタシを愛してくれなくてもいいです。ただワタシの愛を受け入れてください。もう一度だけチャンスをください・・・」

次から次へとリアルタイムで書いてくるTのタイ語を読みながら、いつしか僕の心に再びTへの愛着が湧いてくるのを覚えた。そして何よりも、「離婚しなくていいです。奥さんを愛し続けていてもいいです」という言葉は驚きだった。

リアルタイムの書き込みは8時ごろまで続いた。僕はTの言葉に対して一言も返事をしなかった。そして・・・

「ごめんなさい。一方的に書きまくって。こんなことをするのは始めてです。(建築)作業員の人がワタシを怪しんでジロジロ見るので、そろそろアパートに帰ります。あそこでアナタを待つことにします。もしワタシの想いを受け入れてくれないのでしたら、最後の思い出を作らせてください。決して昨夜のような悪いことはしません・・・」

その40分後、寂し気なアパートの部屋の写真が送られてきた。アパートに帰ったという証拠なのだろう。それを見て僕は一言だけ返信した。

「僕はアナタを100%愛せなくてごめんなさい。でも今も愛してますよ。そして、あなたが僕を愛してくれていることは分かってます」

すると彼女はまた英語に戻って書き始めた。

「アナタが奥さんを愛していても、もう文句は言いません。アナタは何でも好きなようにして構いません。ただ、ワタシを抱きしめてください。キスしてください。そしていっぱいセックスしてください」

「ここのベッドはワタシ1人には大きすぎます。アナタが必要です。ここにきて休んでくれるだけでいいです。寝てくれるだけでいいです」

I accept all your decisions(あなたの決めたことは何でも受け入れます)」


この日、妻は仕事を休んでいた。僕は部屋に入ってきた彼女をベッドに座らせて話を始めた。さっき読んだばかりのTからのメッセージを、ほぼそのまま正直に伝え始めた。もうTの名前を伏せることなく、まるでお互いの知り合いについて話すような感じで話し始めた。彼女も、何のためらいも感情の起伏もなく、いつもの自然体で話し合いに応じたのだった。

(8月22日、11時)



Tと、その家族

少しだけ時間を巻き戻して話を進めよう。

Tは妻への想いを断ち切れない男に苛立ち、苦しみ、傷つき、ついに自制できなくなってアパートから僕を追い出した。その前夜、僕は初めてTの家族と一緒に食卓を囲んでいた。

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この家はTがまだ小さい頃にできたというから、30年は経っている。62歳になる父母はもちろん、Tの妹やそのほかの親戚も一緒に住んでいる。隣近所に叔父さんや叔母さんの家族も住んでいる。タイではよくあるパターンだ。

親戚の女性の多くは、チェンマイ市内の大きな病院で正規の看護師や准看護師の仕事をしている。Tも准看護師の資格を持っている。その点は、全くの偶然だが妻と同じだ。


この日はTの妹が食材を用意してくれた。豚肉のほかに、新鮮なサバを焼いてくれた。妹はまだ結婚したことがなく、Tとは違って子供もいない。今は仕事一筋だ。よく働く。商売のセンスがあるように見える。

「毎日、早朝から準備して、夕方まで売るわけですから仕事は疲れます。でもお金が入ってくるのが面白くて、疲れも吹き飛んでしまいます」

僕は商売の経験がない。でも何となく妹の言葉が理解できる。モノを売ること自体が楽しいというより、売れれば売れるだけ儲かることが面白い。当たり前だ。特に現金商売はそうだと思う。どんなものがよく売れるか、それを見極めるセンスと経験も必要だろう。

一方のTは、妹とは違って朝から晩まで働くことはしない。旅行とスポーツが好きで、できるだけそのための時間をとりたがる。外で美味しいものを食べることにも目がない。チェンマイ市内の主だったレストランは、和食を含めてほとんど知っている。安い庶民の食堂からデパートの中の高級店まで、美味しい店であれば、どこへでも行く。スポーツ好きで、いろいろな人といろいろな所へ食べに行くから、Tには友達がたくさんいる。チェンマイ市内の何処へ行っても、不思議なくらいTは友達に会ってしまう。

40近い独身女性の多くがそうであるように、Tには男性遍歴がある。18歳で子供を産むことになったタイ人との恋愛。タイに住むことが出来なくて国に帰ってしまったオーストラリア人。高齢のアメリカ人は身体障害者で、その男とは付き合ってから一度もセックスしたことはなかったという。それでもTは献身的に男の世話をした。

今もときどき身体障害者の世話をしている。男性が雇っている介護人がよくサボるので、そういう時にTが食べものを買って届け、入浴の介助もしてあげる。僕も一緒に行ったことがある。イギリスのオックスフォード大学で経済学を学んだ秀才だ。かろうじでパソコンのキーボードを打つことができるので、文章を書いて収入を得ているという。数年前、医療ミスが原因で両手が不自由になった。家族と離れてアパートで一人暮らしをしている30代のタイ人だった。


Tには実は姉が1人いた。つまり3姉妹だったわけだ。ところが姉は20代のとき、失恋の痛手が原因で自殺してしまった。Tは「自分は姉のような弱い心は持っていない」と言う。確かに、いろいろな恋を経験しているから滅多なことではメゲないだろう。でもTはデリケートな心の持ち主に見える。スポーツで鍛えた強い肉体とは裏腹に、そして困っている人の世話をする優しさの裏側に、とても繊細な神経を宿しているのが、僕には手に取るように分かるのだ。亡くなった前妻に性格が似ている。

Tの家族は父親も母親も、妹も叔母さんも、なぜか僕のことを気に入ってくれているらしい。お店で仕事中であっても、いろいろな食べ物を持ってきて食べさせてくれる。夜家へ行くと、父親が中から出てきて蚊に弱い僕のために蚊取り線香をいくつも用意してくれた。まだよく得体の知れない外国人にも親しくしてくれる家族に出会うと、「タイの家族は、やっぱりいいものだな」と思えてしまう。

Tは、僕に妻がいることを妹だけには話しているという。妹から両親にも事情が伝わっているかもしれない。でも僕がどんな人間で、どんな境遇にあるか、それについては誰も一言も聞いたりはしない。Tの家族に限らず、タイの人たちはあまり他人のプライバシーには深入りしない。西欧とは少し違う意味で個人主義的なのだ。だからタイ人の家族の中に急に飛び込んでも、僕のような外国人でもいつも気を楽にして過ごすことができるのだ。

(8月23日、11時50分)


昨日は離婚しているはずの日だった

先週の月曜日、アパートから僕を追い出したTが妻のいる家にやってきた。自分で追い出しておいて、「もう離婚しなくていいです。奥さんを愛し続けていてもいいです。ただ、ワタシの愛を受け入れて、アナタの世話をさせてください。」と、未練がましくLINEで言った。考えてみれば、僕が身勝手というなら、Tも結構身勝手な女だと思う。

さて、その日の朝の妻との話し合いを振り返っておこう。

僕が家に戻ってきたのを妻は喜んでいるに違いないと思った。でも彼女の方から何か話しかけてくることはなかったし、その素振りすら見せなかった。まだ夜が明けやらぬうちに久々のお勤めを済ませた彼女は、いつものように犬の世話をしたあと2階でシャワーを浴びた。スリムな体に見慣れたバスタオルを巻きつけて出てきた彼女の姿を見た僕は、手招きしてベッドに座らせた。もう一戦交えようというわけではない。

「Tが昨日の夜、お酒を飲んでね。出て行けというので戻ってきたんだよ」

「それでアナタは、またTのところに行くんですか?」

Tという女の名前を僕は何の躊躇もなく口にした。彼女も、Tがまるで2人の知り合いであるかのように、当たり前に名前を言った。僕と車内で会話するTの声を聴いたことがあるのだから、違和感はなかったのだろう。

「Tとはもう会わないつもりだったけど、実はさっきまで家の近くに来てたんだよ」

「アナタに会いに来たの?」

「LINEで話したんだけど、僕がキミのことを愛していてもいいから、付き合いをやめたくないって言ってる」

「ワタシは何でもアナタの希望を受け入れます。アナタが幸せなら、Tのところに行っても構いません。でも・・・」

「でも・・・なに?」

「でも、アナタと離婚したくありません」

その数日前に、8月26日に離婚すると決めたばかりだった。何が彼女の心を変えさせたのか、それはよく分からない。もともと離婚したくなかったのは確かだ。離婚を拒否すると、無一文で放り出されるかもしれないと恐れた可能性はある。開き直って、「離婚するなら相当の慰謝料をもらいます」と言い出すような女ではない。それに自分の方に原因があると認めているから、なおさらお金のことを切り出しにくいのかもしれなかった。

「じゃあ、離婚しないまま、僕がTのところに行ってもいいの?」

「アナタさえそれでよければ。でも、ワタシはここに居ます。ずっとアナタを待ちます。ここで犬の世話をしながら。」

「毎月の生活費はどうするの?」

「家賃だけ払ってくださればいいです。月給はいりません。自分で仕事します。でも、一時金はください」

「いくら?」

「アナタが決めてください」

離婚はしないのに、一時金はもらいたい。額は毎月渡していた“月給”の3か月分を提示したところ、彼女は「ありがとう」と言った。

「少し心配なことがあります」

「なに?」

「Tはお酒を飲む人なんでしょ?飲み過ぎて酔って、今回のようなことがまたあるかもしれないでしょ。アナタのことが心配です。」

「それはないと思うよ」

「それならいいんですけど・・・ひとつお願いがあります。Tをこの家には絶対に入れないでください。それだけは困ります。ゴルフ場にも一緒に来ないでください。ワタシはTに会いたくありません!」

30分ほどの話し合いの中で、「Tに会いたくない」というところだけ、彼女はわずかに感情を顔に出した。それ以外はずっと冷静に、まるで他人事のように事務的なやりとりに終始した。いや、そのように自分の感情を抑えて僕と向き合っていたのだろう。


その日の午後、僕はまたTのいるアパートに戻った。

部屋のドアを、自分の持っている合鍵で開けて中にはいると、Tはベッドから起き上がって抱きついてきた。Tは、前日とはまるで別人のように嬉しそうだった。その目の輝きは、僕を心底愛していることに疑いを差し挟むことを拒絶するほど澄んでいた。

そしてこの1週間、妻は毎日毎日欠かさずにLINEを送ってくる。愛していること。いつも会いたいと思っていること。犬の世話をちゃんとしていること。書いてくることはほとんど変わらない。どこまで思いを込めて書いているのか、文面からでは分からない。

妻と離婚しないまま付き合うことに一旦は同意したT。しかし、日に日に妻の存在がまた気になり出した。「愛してる?」と聞くのが口癖だったT。今度は「ワタシのことを一番愛してる?」に変わった。「奥さんのことを一番愛してるんでしょ」と言っては、ときどき機嫌を損ねるTが僕の傍にいる。

「奥さんに会いたいんでしょう?会いたいんだったら行っていいですよ。ワタシにはあなたの心がわかるんです」

「でもよく考えてみてよ。アナタがもっと年老いて、病気がちになったとき、誰がアナタの世話をしてくれるんですか?そのときアナタがまだ彼女と形だけでも夫婦でいるなら、ワタシはアナタを彼女のところに送り返しますよ。だって夫婦なんですから。でも、もしアナタが彼女と離婚しているなら、ワタシは絶対にアナタを守ります。たとえワタシたちが結婚していなくても。」

Tは“愛人”という立場を今は容認している。でも、それがいつまで続くか、僕はもちろんのこと、本人にもわからない。

妻に渡す毎月の生活費が大幅に減った分だけ、そのままTにお金が流れるようになった。2人の生活にかかる費用のすべてをTが管理する仕組みにしたからだ。そしてTは、毎日の出費を一つ残らず、たとえ20バーツであってもノートに書き始めた。家計簿だ。妻に渡していたお金が親戚に流れていたことや、使途不明のお金が多かったことをTに話したことがある。Tは、2人の生活以外の目的に僕のお金を使わないということを家計簿によって証明したいのだ。

でも、お金をたくさん渡している女の方を、それだけ多く愛しているかと問われれば、どうだろうか・・・?僕は「それは違うんじゃないかな」と答えるだろう。「家賃以外の生活費はいりません」と、妻はあの日キッパリと言い切った。僕のことをATMとしか見ていないと思っていたのは、あるいは誤解だったかもしれない。そして皮肉なことに、Tも結局は、ATMとしての僕を愛しているのかもしれない。

愛とは・・・限りなく疑いつづけることなのか(笑)

(8月27日、12時)

最近のルーティーン

三角関係に陥ってからもうすぐ2か月になる。陥ったというよりも、自ら選択したと言うべきかもしれない。

今のところ、生活の基盤はTのいるアパートだ。平日はTに仕事があるので、だいたい5時くらいには起きる。というより起こされる。「アナタ、仕事に行くから早く起きて頂戴」というわけではない。「アナタ、早く抱いてよ」と迫ってくる。ベッドの上で抱きしめてあげるだけなら容易いものだが、それだけでは済まない。朝のお勤め1回が日課になっている。朝をパスすれば、Tは夜に必ず求めてくる。

その話をするつもりはなかったのだが、ついつい癖で書いてしまった。お勤めも、単なる癖のようなもので、正直言うと、たまにする方がよい。最近は、江戸時代の儒学者で医者でもあった貝原益軒先生に倣い、「接して漏らさず」を実行している。Tが70歳近くになる男に惚れてしまったのは、ひとつはこの類まれな“お勤め”の能力と、もうひとつは僕が手ごろなATMだからだろうと思う。妻が離婚したがらない理由も全く同じではないかと想像している。

さてここまではイントロ。

平日であれば早朝にチェンマイ市内の市場に出かける。大学のお店で売る食べ物を仕入れるためだ。買うのは果物と菓子類と決まっている。僕と出会うまでのTはバイクを使っていたが、今は運転手付きの車があるので買い出しはとても楽になった。市場から大学に向かう途中、Tは「今日もありがとう」と心からの感謝を言ってくれる。

7時半ごろ看護大学に着くと、両親や妹はとっくに働いている。学生たちは、朝ご飯も大学で食べる子が多いので、食堂の中はごった返している。Tは急いでエプロンを付けて、仕入れたばかりの果物を手際よく切り始める。そして僕と手分けしてプラスティックの袋に詰める。日によって果物の種類は変化するが、たいていスイカ、パパイヤ、マンゴー、ぶどうなどで、どれも一袋10バーツで売る。街で売っている果物よりも安いと思う。果物は氷で冷やして売る。

見ていると、ぶどうの売れ行きが一番いい。一袋100グラムとすると、1キロ50バーツくらいで仕入れているから、計算上は一袋あたり5バーツの利益がある。ぶどう以外の果物を含め、一日100袋くらい売れる。そのほか菓子類も2割ほどの利益が出るから、一日当たりの儲けは平均すれば700バーツくらいだろうか。車のガソリン代や手伝ってくれる男の手間賃は払う必要がないから、Tにとっては有難い助っ人を得たことになる。

袋詰め以外に、僕は菓子類に値段を書いて一つ一つ貼ったり、妹さんが売っている飲み物の販売を手伝う。コーヒー、ココア、グリーンティー、ジュース類など全部で7種類ほどの飲み物がある。お客さんの注文を聞いてからプラスチックのコップに氷を山盛り詰め、手際よく飲み物を注いで学生に手渡す。そして1杯あたり10バーツを受け取るわけだが、お釣りの必要なお客さんも多いので、これまた素早く手渡さなければならない。ペットボトルの水も飛ぶように売れる。朝とお昼の食事時だけでなく、それ以外の時間でもお客さんは結構多く、お店は忙しい。Tも妹さんも汗だくになることもある。

飲み物の販売は最初はモタモタしていたが、最近はお客さんの注文も1人で聞き分けられるようになってきた。お客さんは大部分は18歳~22歳の女性なので、接客していて気分はいい(笑)。プラスティックのコップに飲み物を注ぐスピードは、Tや妹さんに比べれば亀のように遅い。それでもお店にとってはそれなりの戦力と見られているようだ。Tの母親が「見ていると、あの人は良く働いてくれるね~」と感心しているそうだ。そう言われて悪い気はしない。でも、何時いなくなるか知れたものではないので、気が引ける。

Tは午後1時を過ぎると店を妹に任せて仕事を止める。僕はそれよりもだいぶ早くにアパートに戻る。ブログを書いたり、たまに妻のいる家に(Tには内緒で)戻って、2匹の犬の様子などを見る。そして1時すぎに、Tを迎えに再び大学に行くのが日課になっている。

午後は外で食事を済ませ、アパートで一休みしてから、今度はTが日課にしているフィットネス・クラブへ行く。毎日ではないが、週に4日くらいだろうか。

会員制のクラブでは、Tは自転車漕ぎやウエート・トレーニングに2~3時間を費やす。ゴルフ以外では体を動かすことがあまりなかった僕は、Tと出会ってからマシーンを使ったトレーニングや自転車漕ぎ、ヨガなどをするようになった。年齢が年齢だけに、とにかく無理をしないように心掛けている。そのクラブのいい点は指導員の数が多いことで、マシーンの使い方ひとつでも、懇切丁寧に教えてくれる。ヨガの先生も若くて綺麗で・・・でも、実はTの友達の1人だった。

今日は、その美人のヨガの先生と一緒に晩御飯を食べることになっている。もちろん、Tも一緒だ。

ところで、そのフィットネスクラブに入会したとき、最初に全身スキャンによって筋肉と脂肪の付き具合を調べてもらった。そうしたら、両足の筋肉が少なく、脂肪の比率が多いということが分かり、トレーニングは下半身重視のメニューとなった。そして全体として、身体年齢は65歳という結果が出た。お勤めの能力とは関係がないようで、実年齢よりも僅かに3歳だけ若いということだ。一生懸命トレーニングに励むと、身体的にもっともっと若返るのだろうか・・・?

(8月29日、12時)



プロフィール

Niyom

Author:Niyom
2012年、60歳でチェンマイへ移住。2017年にタイ人の妻を病気で亡くした後、愛人だった若いタイ人女性と再婚、前妻が可愛がっていた小さな犬2匹も一緒に暮らしている。

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