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空港まで送って、バスターミナルでお迎え

今日のタイトルを見て何があったのか分かる人は、非常に想像力のある人だと思う。

誰かを空港まで送ったら、その数日後にバスで帰ってきたというなら、別にどうってことない。行きは飛行機、帰りはバス。チェンマイとバンコクの往復だったらよくあるケースだ。でも、これは昨日のこと。

昨日は朝4時に起床した。Tが飛行機でバンコク方面へ仕事(ツアーのアテンド)で出掛けるので、早起きしたのだ。フライトは6時30分。早めに空港に行って、スターバックスでチキンパイとコーヒーの軽い食事をとった。そのときTは紙切れを取り出して地図を書いてくれた。

「ナコンチャイエアーの場所をよく知らないんでしょ。迎えに行くときに車を停められる場所を教えてあげます・・・」

何の話かサッパリ分からないだろう。ナコンチャイエアーは航空会社ではない。チェンマイとイサーン地方などを結んでいる長距離バスの会社だ。チェンマイから妻の郷里であるシーサケット県を最も経済的に往復するためには、この会社のバスを利用する以外にない。ただし、時間は片道15時間以上かかる。

実は妻は1週間前にイサーンへ里帰りしていた。本当は3日前の金曜日に帰ってくる予定だったのだが、イサーン地方で大雨が降り、バスが運休した。チェンマイに帰ってくるのは昨日の日曜日の朝になった。そのため、Tが飛行機でバンコクへ行くのと、妻がチェンマイに帰ってくるのが数時間差で同じ日の朝となったわけだ。

僕が話してもいないのに、帰ってくる妻をバスターミナルに迎えに行こうとしていることをTは前日に知った。本当に、本当に勘の鋭い女だ。というのは少し大げさで、実は僕がネットでナコンチャイエアーのことを調べているのをチラッと、ほんの1秒か2秒だけ垣間見たらしい。パソコンでバスターミナルを調べていたら、ちょっと外出していた彼女が帰ってきた。ドアをノックしたので、慌ててネットの画面を消そうとしたのだが、タイミングが少しだけ遅れた。だからその画面がTの目にほんの僅かだけ触れたらしい。

ナコンチャイエアー=イサーン地方と往復している長距離バス=僕の妻。つまり、僕が里帰りしている妻を迎えにバスターミナルまで行くつもりになっている。瞬間的にTはそう理解した。さすがだ。正直僕はTの直観力、というか物事の洞察力に感心した。いつものことだ。

妻が里帰りしていることはTにも話していた。でも帰ってくるのは金曜日だと言っていたから、普通なら、もうとっくに帰ってきていると思うはずだ。ところが、イサーン地方の洪水でバスが遅延していることまでTは知っていたようだ。

ということで、早朝に空港までTを送り、そのあと一旦アパートに戻って少しだけ寝不足を解消してから、9時半に今度はバスターミナルに行った。ところがイサーンからのバスは、前日までの洪水の影響でチェンマイに着いたのは2時間遅れの11時半だった。

バスを降りて出てきた彼女は期待外れの態度をとった。もちろん僕がバスターミナルまで迎えに行くことは、前日からLINEで連絡を取り合っていたので知っていた。でも僕を2週間ぶりで見ても嬉しそうな顔ひとつせず、「お腹すいてる?」と聞いても、「ぜんぜん」と素っ気なかった。家までの道中の30分間、どちらも殆ど口を開かなかった。もともと妻は、とくに用事がない限りは喋らないタイプなので、とくに違和感はなかった。Tだったら逆に30分間、うんざりすほど喋り通すことだろう。

Tがチェンマイにいない10日間余りをどこで過ごすかについては、僕も迷っていた。アパートで一人で過ごすか、それとも思い切って家に帰って妻と過ごすか・・・。Tは僕が妻のいる家に帰るのを、内心はすごく嫌がっていたと思う。家に帰れば一緒に食事もするだろうし、一緒に寝るかもしれないし、そうなればセックスもするに違いない。当然そう思っただろう。10日間も女を抱かずに生きていられる男でないことは、Tはとっくに分かっている。とくに僕がバスターミナルまで妻を迎えに行こうとしていることを知ってからは、えらく落ち込んだ。

そんなTだったが、空港ではナコンチャイエアーのバスの着く場所(ほかの会社とは別の場所)を地図まで書いて教えてくれた。Tという女性に対する僕の考えを少し変えるには十分な行動だった。「嫉妬深すぎる。できることなら、近づかない方が安全な女」という烙印を押しかけていた僕の評価を、少し良くする効果は十分にあった。


昨日は家に着くと、車からパソコンと衣類の入ったカバンを取り出して持ち込むのを見た妻が少し驚いた表情になった。そのまま、またTのアパートに戻ると思っていたのだろう。驚いたというより、少しだけ困ったような表情に変化したようにも見えた。誰かは知らないが、早速ほかの男でも見つけたのだろうか・・・?

Tは昨日の朝、バンコクの空港で予約していたレンタカーにオーストラリアからやってきたばかりの韓国籍の若いプロゴルファーと、同伴している母親を乗せ、2時間くらいかけてゴルフ場に着いた。そしてこれから行動を共にする別の女子プロゴルファーも一緒にプレーした。自分のスコアは40と48だったと報告してきた。あわやホール・イン・ワンという写真もあった。ホテルの夕食の写真も送ってきた。

Tといると妻に会いたくなり、妻といるとTが恋しくなる。ここにいると、Tのいいところが思い出され、妻の欠点がまた見えてくる。あくまでも僕の我儘な評価だけれど。この2人は外見も性格もまったく似ていない。小柄だがプロポーションのよい妻。年齢よりもだいぶ若く見える。背が僕よりも少し高くて筋肉質でたくましいT。年齢相応に見える。寡黙で感情を外には出さない妻。その反対に、何でも思ったままを口にするT。

どちらかの女を選べと言われたら・・・今の僕にはできそうにない。どちらかが僕と別れたがってくれたら、それほど楽なことはない。困ったものだ。自分に対して・・・

(9月2日、11時)


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愛と錯乱

昨日は久しぶりで妻と一緒にゴルフをした。と言っても、彼女はキャディーのお勤めをしたということ。雨上がりの中、知り合いの先輩日本人と一緒に回った。水捌けのあまりよくないゴルフ場なので、カジュアルウォーターという水溜まりがあちこちに出来ていて、プレーは難航した。

さて、日曜日に家に戻ってきてから今日で4日目になる。彼女とは、数か月前までと同じように一緒に暮らすことができる。しかし、彼女の心も僕の心も決して同じではありえない。彼女は何食わぬ顔をして、「またTのところに戻っていく人」というふうに僕のことを見ていた。決して「もう行かないで」とか、「以前のように生活の面倒をみてほしい」というようなことは一切口にしない。内心でも、そのような思いはないのではないかと思う。実に冷静で、淡々としている女だ。

一方のTは焦っている。というより、端的な表現を使えば“錯乱状態”に近いのではないかと思えるくらい精神が混乱している。

Tは日曜日から10日余りの予定でゴルフのアテンドの仕事をしながら、そして自分も一緒にプレーしながら、毎日頻繁にLINEを送ってくる。ゴルフ場やホテルでの食事の写真もあるが、ほとんどは僕と妻の状況を心配している言葉で埋め尽くされている。一言でいえば焼餅とか、嫉妬ということになるが、Tの書いてくることがコロコロと変わるので、受け取る僕の方も頭が混乱してくる。

「あなたにとって世界で一番ベストのキャディーと一緒にゴルフして、さぞ楽しかったでしょう」・・・皮肉にすぎないが、これくらいは特に問題ない。

「今日の晩御飯はひとりですか?それとも奥さんと一緒ですか?」・・・これも許容範囲だろう。しかし、

「奥さんとのセックスは、さぞ満足でしょう。あなたは自分からは私の体を触ってくれませんよね。いつも受け身ですよね。ということは、私を愛してないということでしょう。私には奥さんのような性的魅力を感じないんでしょ?そうでしょ?だから、奥さんのところに帰るんでしょう。幸せにセックスしなさい。お好きにどうぞ・・・」

こんなことを書いてくるとなると、Tは僕とは別れるつもりなのか?と思ったら、次の瞬間には・・・

「あなたが奥さんと一緒にいると思うと、もう胸が張り裂けそうです。自分で自分をコントロールできません。あなたを本当に愛してます。お願いですから、私を捨てないでください・・・気が狂いそうです。絶対に奥さんに触らないでください。ご飯も一緒に食べないでください。もう彼女とはセックスしないと約束してくれませんか?・・・」

こうなると、僕はもう返事のしようがない。Tは自分で「精神科医に見てもらった方がいいような気がします」と、支離滅裂な自分の感情を自分でも認識しているようだ。昨日のTは自分で書いているうちにドンドン過激な表現に変わっていった。

仕事の合間を縫って書いてくるTのLINEを読むうちに、ひょっとしてTの僕に対する愛情がほんものだからこそ錯乱しているのではないだろうかと思えてきた。だから、僕は再びTのアパートへ帰ろうかと思っていると、妻に自分の気持ちを正直に言った。そうしたら・・・

「Tは感情の激しい女でしょう?だから私は貴方のことが心配なのです。たった2か月でしょう、付き合い始めてから。それで何が分かるんですか。あとから後悔することはないですか。ほんとうにそれでいいんですか・・・あなたを独占したがるような女と、将来うまくやっていけるんですか?」

「あなたがTのところに戻る決心をしたのなら、もうこの家に来ない方がいいですよ。あっちへ行ったり、こっちに戻ってきたり・・・私だって女ですよ。どれだけ心を痛めているか、あなたには分からないのですか?平気でいるとでも思っているのですか?違います。あなたがいなくなってから、何日も1人で泣いてました。食べるものも喉を通りませんでした。ビールしか飲めませんでした。でも、そんなことあなたに一言も言いませんでしたよね。Tは、私とは全然タイプの違う女です。どうぞ好きにしてください。でも、それならこの家には来ない方がいいです。」

「でも、はっきり言っておきますけど、離婚はしませんよ。あなたがTとうまくやって行けるかどうかを見届けるまでは離婚しません。それが妻としての、せめてもの務めです。多分1年やそこらでは無理でしょう。2年か3年はかかるでしょう。私はずっと一人で犬の世話をしながらここで暮らします」

心変わりすると言えば、妻も気持ちが揺れているのがよくわかった。彼女の言う通り、僕が出たり入ったりするのは本当は耐え難いのだ。だから、日曜日に「10日ほどここに居るからね」と言ったときに、彼女は怪訝な表情に変わったのだ。ほかに男がいるからでないことは明らかだった。それは今朝のやり取りで分かった。

昨夜は僕も覚悟を決めた。妻と過ごす最後の夜になるかもしれない。きっと妻はもうひとつの寝室で寝るに違いない。僕が言わなくても、きっとお勤めを避けるだろう。そう思っていたら、彼女はシャワーを浴びた後、何のためらいもなく僕の横に入ってきた。ためらったのは僕の方だ。彼女が何を思っているのかまったく読めなかった。最後の晩だから、抱き合いたいのだろうか?

それは違った。彼女はプイと横を向いたまま、本当に寝る姿勢に入ってしまった。まったくその素振りを見せない決然とした意志を感じた僕は、そのまま彼女に触らずに眠りに入った。最後の晩くらい、何もしないで一緒に眠るのも悪くないかもしれない・・・そう思いながら。

男女の「お勤め」が、実は快楽なんてものではなく、とんでもない力を持っていることを発見したのは今朝の事だった。それについて、そして僕たちの出した結論と、それに対するTの反応は次回書くことにしよう。自分でもまったく想像もしていなかった結論を提案してきたのは妻だった。そして僕は、単なる錯覚かもしれないが、この女が並みの女ではないことを思い知らされることになったのだ。

(9月4日、12時)

目まぐるしい変遷

僕の体験小説、いや小説というには文学的な香りは著しく乏しい。それに細部までリアルすぎるかもしれない。だから、これを“体験ドキュメント”と命名しておこう。

ややこしい筋道を通っているTとの物語を、自分の記憶を整理する意味でも、また初めて記事を目にする読者にも分かるように、今日は、異常に長くなるが、ここまでのあらすじを書いておこうと思う。そして最後に現状に触れる。


1年半前に自分より40近く若い女と結婚した僕は、毎日のように“お勤め”の快楽に浸っていた。彼女は、前の妻が2年半前に乳癌で亡くなるまでの数年間、週一回の逢瀬を楽しんでいた愛人(キック)だった。あと2年もすれば70歳となる僕は、まるで自分だけは老いとは無関係であるかのように、青春時代に戻ったように錯覚しながら、2人の幸せな日々を死ぬまで過ごすはずだった。

しかし輝いた日々は長くは続かなかった。彼女からの度重なるお金の要求は決して止むことがなかった。はじめは彼女の手料理で埋め尽くされていた食卓は、いつの間にか市場で買う惣菜に取って変わった。そして彼女は夫よりも、友達と外で食べることを選ぶことが増え、僕は淋しい一人の食卓を囲む時間に沈みはじめた。こんなはずではなかった・・・

数か月前から彼女と決別したいと思うようになっていた僕は、すぐ行動に移した。出会ったのがTという、彼女よりも7歳年上の女だった。Tは、最初に会ったときから何故か僕に惚れ込んだ。僕も好印象を持った。そしてTと2人だけの生活を楽しむためのアパートを借りるまでに時間はあまり必要なかった。

Tは世話女房タイプの女だった。妻とは違ってスポーツの好きな活動的な女だった。でも男の浮気を許さない嫉妬深い性格でもあった。僕に妻のいる事実を知ったTは、自分を選ぶのか、それとも元の鞘に収まるのか、早く決断するよう毎日のように迫った。

僕がどこに行こうが何をしようがどこ吹く風だった妻は、ある日偶然にTの存在を知った。妻は珍しく取り乱した。話し合いをした。妻は自分の非を認めて僕と離婚することに同意した。そして離婚する日を設定して、“妻公認別居生活”を始めたのだったが、いざ離婚の日が迫ってくると、僕はなぜか妻への想いを断ちがたく感じ始めた。妻は妻で、ある日突然離婚したくないと翻意した。

僕の妻への未練を察知したTは悩んだ。苦しんだ。僕が既婚者であるがために、恋人として自分の友達に紹介することもできない。いまTが接しているソサイェティ(社会)は表向き不倫に対して寛容ではない。プライベートで付き合っているのは下層の庶民ではない。企業経営者であったり、一流企業に勤める男の妻であったり、中産階級以上の人たちだからだ。

ついにTのフラストレーションが限界に達する日が来た。いつもはほとんどアルコールを口にしないTだが、ある日の夜、浴びるほどに酒を飲んだ。そして感情を爆発させたTは僕をアパートから追い出した。妻とTの板挟みになっていた僕は、ようやくTと別れる心の整理がついて家に戻った。

ところが、一夜明けるとTは妻のいる家の近くまでやってきていた。そして長い長いLINEを書いてきて、Tはこれまでの考えを翻した。僕と妻との関係はそのままでいいという。どうしても僕と離れられないというのだ。その言葉に嘘はないと判断した僕は、Tとの関係を続けることを妻に話し、妻はあっさりと容認した。ただし離婚はしないと言い切った。そしてこれからの生活費はいらない代わりに一時金を払うことと、家の家賃だけは継続して払うことを求めた。僕は離婚しないにもかかわらず一時金の支払いになぜか同意した。

妻がいても別の女と一緒に暮らす。これは世間ではよくあるケースだ。つまりTは、僕の愛人というわけだ。しかし、そのような状態を甘受するようなTではなかった。すぐに心変わりした。Tか妻のどちらかを選ぶように再び迫るようになったのだ。それは男女関係についての、Tの元々の考え方からして無理からぬことだった。

そんな三角関係が進行する中、転機となる日がやってきた。Tが仕事で10日以上チェンマイを離れることになったのだ。留守の間に何が起こるのか不安を感じるTを無視するかのように、僕は妻と会う心を固めていた。そして9月1日の朝、バンコクへ飛び立つTを空港に送ったあと、故郷のイサーンに数日帰省していた妻を、今度はバスターミナルで出迎えた。

Tは、毎日毎日四六時中LINEを送ってきた。僕が妻とどういう関係になっているか、不安が頂点に達して錯乱しているかのようだった。そして実際、Tの不安は的中していた。妻と触れ合っているだけで、彼女への深い愛着が自分の中に湧き上がってくるのがはっきりと自覚された。いままでのお勤めの感覚とは違う。セックスの快楽とは別物の何かだ。動物の世界では“つがい”という言葉を使うことがあるが、僕と彼女はまさにそれだという感覚に近い。愛しているという言葉とも違う、何か本能的なものを彼女に対して感じた。セックスというより、長い時間肌を接しているだけで、このまま死んでもいいという思いに浸れるのだった。それはいいようのない幸福感だった。

2週間ぶりに家に帰ってきて4日目の出来事だった。9月4日の朝、僕たちは4度目のセックスをした。そしてそのあとも、長い時間一糸まとわぬ姿のまま、ベッドの上で抱き合っていた。そして彼女は突然言った。

「離婚しましょう。早い方がいいわ。今日でもいいし、明日でもいいわ。離婚しましょう」

僕は彼女の真意を理解できなかったが、その顔は実に嬉しそうだった。何を感じてそう言ったのかは分からない。僕はまるで彼女に吊られたように、すぐ同意した。そして昨日、9月5日に僕たちは証人2人を伴って役場へ行った。

行くまでにひと悶着があった。昨日の朝、彼女は再びお金を要求してきたのだ。

「この前いただいたお金では足りません。もう1か月分ください。でないと、私は生活に困ります。離婚したらすぐ家を出て、自分でアパートを借りて住みます。もうアナタとは会いません。アナタは完全にフリーです。」

「じゃあ、犬はどうする?」

お金の話を持ち出された途端、僕は感情的になった。

「またお金の話だ。だから僕はキミと一緒に暮らせないんだよ。」

「だって、アナタには外に女がいます。だからお金をちゃんと払ってください。」

「冗談じゃないよ。離婚の原因を作ったのはキミの方だろう。先月、ちゃんとキミも認めていたじゃないか」

「ワタシ、この先の生活に困るんです。可哀そうだと思ってくれないんですか。お願いです・・・」

「この前あげたお金はどうした?」

「イサーンのお母さんに全部あげました」

絶句。僕は心を鬼にしようと決めた。絶対にこれ以上のお金は払わない。つまり、お金がもっとほしいから、毎日のお勤めを受け入れていたのかと思うと、前の日に感じた愛着は、自分たちが“つがい”だと感じたあの感情は一体何だったのか。もうバカバカしい。というより、自分が恐ろしいくらいバカな男だった。所詮男なんてそんなものだろう。女の色香に迷ったら何でもしてしまう哀しい存在だ。自分も単にその一人にすぎない。こんな女より、僕を慕ってくれているTの方がよほどマシな女かもしれない・・・

一旦は鬼になってみたが、成り切れなかった。なぜなら、もうこんな女とは離婚した方が本当にいいに決まっていると思えてきたからだ。そして僕は泣いて2階の寝室に駆け込んでいた彼女を呼んだ。

「追加のお金は2回に分ける。1回目は今日、そして2回目は2人で日本の総領事館へ行ったあと。日本側にも離婚届を出さないといけない」

彼女は同意した。そして午後になって2人の証人の到着を待って役場へ行った。

去年の3月に婚姻届けを出したところだ。こんなことなら婚姻届けを出さなければよかったという思いもあったが、なぜかサバサバした気持ちだった。横に座っている彼女を見ると実に嬉しそうにしている。そればかりか、僕の手を握ってくる。一体、僕たちはどういう理由で離婚届を出しに来たのか、不思議な感情に襲われた。

証人の女性のひとりが僕に話しかけてきた。

「また結婚するんですか?」

「いいや、もう一生結婚しないつもりです。でも、この人とまた結婚することが絶対にないとは言えないですが」

「この人」とは隣にいる彼女のことだ。どうしてそんな言葉が自分の口をついて出てきたのか、自分でもよくわからない。お金をめぐって言い争いになった朝のことがウソのようだった。そして、何通かの書類にサインしている間も、僕も彼女も、まるで婚姻届けにサインしている幸せなカップルのように楽しそうに見えていたと思う。実際、すごく気分が良かったのだ。これで、ここ数か月のモヤモヤが全部吹っ飛んでいくような気がした。きっと彼女も同じような思いがしたのではないだろうか。

家に帰ってきて、彼女とビールを飲みながらご飯を食べた。彼女が買ってきたいつもの惣菜だったが、前よりも美味しく感じられた。そして目の前にいる彼女は結婚した1年半前のように生き生きとしていて、とても可愛らしかった。朝は、すぐに荷物をまとめて出て行くと言っていたのに、その気配は全くなかった。そして昨夜彼女はケジメをつけたかったのだろうか、小さい方の寝室で眠った。しかし、その前に僕たちがしたことは・・・いつものことだった。というか、いつもとは違う、“つがい”がするようなお勤めだった。

僕たちはもう夫婦ではない。お互いが自由の身になった。もう僕はお金のことでがんじがらめになることはない。彼女がお金を要求することはないだろうし、要求してきても断ればいいだけだ。

でも僕たちの離婚してからの関係は何と言えばいいのだろうか?もしこのまま何事もなく、もとのように彼女と暮らしていくようなことになれば、それは単に僕が彼女に大きなお金をあげただけという以外の何物でもない。まんまとしてやられたのかもしれない。でも、いつでも自分の意思でこの家を解約して引っ越すことができる。誰と付き合っても彼女に文句を言われる筋合いはない。そう、彼女は僕の愛人(キック)に戻ったのだ。その方が、彼女も居心地がいいのかもしれない。

(9月6日、12時)


“お金が動機”は許せないか?

僕と彼女は離婚したわけだが、そもそも彼女はなぜ僕と結婚し、そして離婚したのか、彼女の深層心理に迫ってみたい。

6年以上前に遡る。亡くなった妻も一緒にゴルフ場を回っていた頃、僕は彼女に出会った。当時は眼鏡をかけていて、単に小柄な若い女の子というイメージしか持たなかった。2回ほど指名したあと、別の年配のキャディーに切り替えた。

それから半年ほどして、偶然彼女と再び一緒に回る機会があった。彼女は眼鏡からコンタクトレンズに変えていたので、すぐには彼女だとは認識できないくらい雰囲気が変わっていた。よく見ると可愛い顔をしている。性格は大人しそうで、自己主張の少ない素直な女性という印象を受けた。それ以来、そのゴルフ場へ行くときは、必ず彼女を指名するようになった。

その半年くらいあとのこと。たまたま僕が一人のときに、プレーが終わって彼女を食事に誘った。前にも書いたことがあるが、彼女はお姉さんの運転するバイクに乗って待ち合わせ場所に現れた。

彼女はホテルに行ってもお金を求めることはなかった。でも、タダ乗りするのは男の恥とばかりに、僕は何回目かのデートの時に1000バーツを彼女に手渡した。そして1回1,000から1,500へ変わり、2,000バーツが暫く続いた後、「回数にかかわらず1か月1万バーツ」という新ルールを提案すると、彼女は喜んで受け入れた。彼女からの要求ではなかった。いつも彼女は「レオテー(お好きなように)」が口癖だった。

ほぼ週一のデートだったから、1回2,500バーツということになる。ほとんど一緒に食事をすることもなく、いつも決まったホテルに行って、することをするだけの付き合いだった。それが3年ほど続いた。別のゴルフ場にも贔屓にしていた(つまりホテルに行く)キャディーがいたが、ほどなくして彼女一人に絞った。愛人は一人で十分だと考えたからだ。

妻が亡くなって暫くしてから、彼女と僕は頻繁に会うようになった。やや逆説的だが、彼女の面倒をみることが、亡き妻のもうひとつの遺言のようにも思われた。その頃には月2万バーツのお手当てになった。僕の援助を当て込んで、彼女たちが中古車を月賦で一台買ってしまったこともベースアップの理由だった。それだけではなく、その年のうちに父親や姉と一緒に住んでいた家の拡張工事を援助したり、家族がかかえていた借金を全額一括返済してあげたりした。

このようにして彼女は僕からの金銭的な援助に徐々に徐々に慣れて行った。そしてついに同居して家計をひとつにするという一大イベントが発生した。正式に付き合いを申し込んだ時、僕の貯金と年収をほぼ正確に彼女に伝えたのは、考えて見れば浅はかな行為だった。それが“ミスターATM”となる一番の原因だったかもしれない。彼女からすれば、とんでもない大金に思えたことだろう。加えて、亡くなった前妻とその連れ子たちのために建てた大きな家も、売却して子どもたちと分け合えば、相当の大金が転がり込むであろうことも、彼女にとっては魅力だったに違いない。

ところで彼女は、僕と出会った頃は“男ズレ”していない、つまり男性経験の比較的少ない女性であった。バンコクで仕事をしていた5年の間に彼女は2人の男性と付き合った経験があるという。僕のような“老人”ではなく、どちらも20代の若い男だった。だからお金目当てに男と付き合う経験は一切なかったはずだ。

僕と付き合うようになった最初の動機もお金でなかったことは間違いない。何度か食事に誘われたので、一度行ってみようかという軽い気持ちだったに違いない。女に危険を感じさせない、穏やかな紳士にしか見えない僕の物腰や容貌もあったと思う。2回目の食事の後、思い切ってホテルに連れ込んだ時の彼女の驚きと抵抗は、金銭目当てでなかったことの一番の証拠だ。

しかしデートのたびにお金を受け取るようになると、愛人としての自分の立場を自覚するようになる。そして受け取る金額が世間的に妥当なものかどうか気になり始めたようだ。1回1,500バーツに値上げして暫く経つと、彼女は一度だけ「2,000バーツが相場らしいですよ」と言ったことがあった。そして週に1回、たった2~3時間の拘束で、キャディーとしての収入を上回りそうな月1万バーツが転がり込む愛人契約となると、それが普段の仕事とは比べものにならないくらい美味しいことに気づいたはずだ。

結論として、愛人契約の延長線上に結婚があったというのが重要なポイントだ。もちろん彼女に愛情がなかったわけではない。愛情と金銭が不可分のものとして彼女の中に定着した。彼女の金銭要求は、僕の貯金や年収を知っている分だけ、いわば必然的にエスカレートしていったのだろう。だから「月5万バーツでも全然足りません」となったわけだ。タイで5万バーツというと、ステータスの高い上級公務員の給与水準だ。それで少なすぎるというのは、タイの一般庶民の感覚からすれば相当にずれている。

結婚前に自分の財政力を見せつけるという愚かな行為をしたのはあくまでも自分だから、彼女を責めるのは酷かもしれない。客観的に見れば、お金で愛情を買うようなことをしたわけだ。そして何だかんだと言いながらも、僕は彼女の月給以外の金銭要求にも応えてきた。

では、そんな彼女がなぜ離婚に同意したのか?

タイでも“妻の座”というのは軽いものではない。よく言われるような日本の遺族年金がどうしたこうしたという次元を度外視しても、妻であることのメリットは大きい。もし妻が失業しても、夫に収入があれば一種の扶養義務が生じるのはタイでも日本でも変わらない。(法的な)義務と言わないまでも、収入の多い方が少ない方の面倒をみるのは当たり前だ。とくに相手が外国人の場合は、よほど運が悪くない限り、経済生活の安全弁になる。それは自分だけでなく、まず親に恩恵をもたらす。それ以外の親族にも利益が配分されることが多い。彼女の場合、収入のあるお姉さんにも僕のお金の一部が行き渡っていたことが判明している。それで足りないと言われれば、たまったものではない。

彼女は離婚の理由を「アナタが自由になるため」と言っている。それを真に受ける男がいるとすれば、ちょっと人生の勉強をやり直した方がいいかもしれない(実は僕自身、その言葉を信じそうになった)。僕流に翻訳すれば、それは「もうアナタには愛情を感じていません」ということにしかならない。それが言い過ぎだとしても、「もうアナタのお金はいりません」という意味を持つはずだ。つまり、普通に解釈すれば、「ワタシには別の収入源がある。または、収入源ができそうだ」という意味になる。離婚すれば、別の男と愛人契約を結ぶことにためらいがなくなるだろう。

彼女には、金銭的な恩恵をもたらしてくれそうな、つまり彼女を愛人にしたがっている外国人が複数いるはずだ。証拠はないが、その気配は前から感じていた。もちろん、彼女はまだ踏み切ってはいないだろう。しかし、それを当てにしていることは間違いない。僕との関係でそれなりの経験を積んできた彼女は、今度こそうまくやろうと思っているだろう。そしてそれは、今度こそお金という動機が前面に出た行為になることだろう。

しかし世の中は甘くない。彼女はあまりにも考えが浅はかに過ぎたようだ。離婚すると言ってみたり、その次の日には離婚したくないと言ってみたり、考えに計画性も戦略もない。自分の生き方についての一貫した信念があれば、人間はそうコロコロと考えを変えるものではない。女心と言ってしまえばそれまでかもしれない。そして、この言葉はそのままブーメランとなって自分に返ってくることも承知している。そのうえで言えば、30歳を過ぎた彼女には、もっともっと利巧に振る舞える女になってほしい。そして、真心から男を愛する経験をしてほしい。離婚から一日が過ぎたいま、僕はそんなふうに思っている。

彼女は今夜も別の寝室で眠っている。明日は早朝の6時半に予約が入っているそうだ。寝る前に僕のところに来てキスをした。そして「また愛人になってくれますか?」と言った。本気かどうかは知らない。でも、これではこの先が思いやられる。いつまでも僕のところにいるのは、いいわけがない。

(9月7日、午前0時20分)

離婚してみて分かること

彼女はまだこの家に住んでいる。離婚届を出す日の朝、「明日になったら家を出て、アパートに移ります」と言っていた、あの決然とした彼女はどこにもない。「アパートが見つかるまでは、ここに居てもいいよ」とあの時、僕の方から言ったからかもしれない。

でもアパートを探す気が本当にあるのだろうか・・・

昨日、彼女は早朝からの仕事を終え、「親戚のところに行ってきます」と僕に声を掛けてから家を出た。「もう僕たちは別れたんだから、いちいち行き先を告げなくてもいいんだよ」と、やんわり反応した。

夕方、近所のスーパーでチキンカツとサラダ、それにビールを3本買ってきた。帰ってみると彼女がいた。何種類もの惣菜と、同じ銘柄のビール3本が冷蔵庫に入っていた。ご飯も炊いてあった。「分かってない奴だな」という思いがした。

でも彼女には何の悪意もないのだから、一緒にご飯を食べ、ビールを二人で2本飲んだ。ビールには名前が書いてないから、どちらが買ったビールかは分からない。自分の買ったものと、彼女が買ってきた惣菜の両方に手を付けた。どちらも、とくに会話はしなかった。テーブルの下にいる2匹の犬に声をかけていただけだった。

「チビ、レックレック。ワタシと一緒にいたいんでしょ?」

「違うよね。僕と一緒の方がいいに決まってるよね」

2匹の愛犬は、呼ばれるたびに呼んだ人間の方に向かおうとしながらも、そのうちどっちに行っていいか、まるで迷っているかのような仕草を見せた。案外、犬たちは僕たちの離婚を知っているのかもしれない。


夜、ウイスキーの水割りをチビチビ飲みながらパソコンに向かっていると、ノックもせずに彼女が寝室に入ってきて僕にキスをした。それだけなら別にどうってことない。彼女はシャワーを浴びた後、バスタオルを纏っただけの姿で僕のカラダのあちこちを触ってきた。男のカラダは正直だ。

今朝、目が覚めてベッドに寝転がったままケータイをいじっていると、もう一つの寝室から彼女が入ってきて、また僕の横に滑り込もうとした。僕は彼女の手を握りながら、自分に出来る限りの優しさを込めて話した。

「僕たちは離婚したんだよ。離婚したということは、他人になったんだよね。・・・・・僕たちは結婚した。夫婦になった。これは本当のことだよね?でも離婚した。これも本当だよね?・・・・・この借家は僕が借りてるんだよね?他人になったあなたには、本当は住む権利はないんだよ」

彼女は手を触れあったまま、黙って僕の話を聞いていた。

「僕にキスしても、抱き合っても、何をしても、一銭のお金にもならないんだよ。それは分かってるね?これから先のあなたのことは、心配してるけど・・・でも、あなたはお金をもらって離婚したんだよね。分かってるね?」

彼女は軽く頷いた。しかし、それまでの柔らかな表情が消えて、硬い無表情の彼女になった。そして沈黙が続いた。そして僕の手を離れてから、こう言った。

「ワタシ、悪い女でしたね・・・アナタはいい人を見つけて幸せになってください」

彼女は、ほとんど聞き取れないくらいの弱い声で、そう呟いた。

「あなたも、いい男を見つけなさい。でも、男もいろんなのがいるから、たとえ金持ちでも気を付けなさい。それから、食べ物は自分の分だけ買いなさい。僕は自分で買うから、かまわなくていいんだよ。ビールも、自分の飲む分だけ買いなさい」

「はい」

彼女は今日も仕事に出掛けて行った。離婚して、彼女は何を考えているのだろうか・・・それは僕には分からないし、聞くこともないだろう。

(9月8日、11時15分)

このやるせなさは何だろうか

10日前、Tが仕事でバンコクへ行った隙に妻のいる家に帰ってきた。そして彼女が言い出しっぺとなって突然の離婚。想定になかった速攻離婚だった。ところがどっこい、離婚したはずの彼女は今も一緒に暮らしている。


Tには離婚する前日に報告しておいた。知らせる義務はない。「明日突然離婚することになったよ」って、LINEに書いて送ったら、半信半疑だった。次の日、「離婚登録証はもう手にしましたか?」と何回もしつこく訊いてきた。証拠を写真に撮って送った。

Tは喜んだと思う。でも、ちょっとひねくれた喜び方だった点はいただけない。

「前にも言った通り、アナタが離婚したからと言って、ワタシと一緒にならなければならないということはありません。アナタは自由の身になったということです。だから他の女性を選んでもいいんですよ。でも、悪い奥さんと別れてよかったと思います。アナタの幸せのためには・・・」

とにかくTは彼女のことを良く言わない。すべては僕からの情報で判断しているわけだが、イサーンの女に偏見を持っているのかもしれない。外国人と結婚すると、自分だけでなく親や親戚のために相手の骨の髄までしゃぶり尽くそうとするのがイサーンの女のやり方だといって揶揄した。つまり金目的に決まっていると。彼女が必要以上にお金をせびるのは、きっとほかに男がいるからに違いないとも言った。


それにしても、Tの勘は相変わらず冴えていた。

「離婚しても、まだ彼女のことを想っているのではないですか?」

想っているだけならまだしも、まだ一緒に住んでいる。事実を知ったらTはどんな反応をするだろうか。とにかく今は黙っているよりない。だからここ数日は必然的に、こちらからはLINEをあまり書かない。逆にそれが藪蛇になって、Tは不審に思いはじめた。

「もうすぐチェンマイに帰るんですけど、夜、空港まで迎えに来てくれるんですか?無理しなくてもいいですよ。ワタシはタクシーを予約してアパートまで帰りますから。迎えに来ないのであれば、もうすこしバンコクに1人でいようかとも考えていますけど・・・」

心の乱れが読み取れる。本当は空港まで迎えに行きたくないんじゃないかと疑っている。

「アナタは離婚して自由になったんですよね。だから暫くはワタシとも会いたくないんじゃないんですか?それならそれでいいですよ。好きにしてください。空港まで来なくていいですよ。もしアナタがワタシに会いたくなったら、その時にアパートに来てください・・・」

英語の文面そのものは落ち着いているが、行間には焦りと不信が渦巻いているように思われた。僕は迎えに行かないとも何とも言っていない。なのに自分で勝手に書いてくる。Tは自分でどんどん先走りして考えてしまうタイプだ。しかも、男女関係ではネガティブな方向に考える癖がついている。当たっていることもあるけど、勘違いすることも同じように多い。僕は最初から空港まで迎えに行くつもりでいたし、その考えは変わっていない。

Tのご機嫌を取るつもりで、僕は一昨日こんなことを書いた。

「貴女も知ってる通り、11月の末に今の借家の契約が切れます。そのタイミングで引っ越ししようと考えています。家をさがすのを手伝ってくれませんか?犬がいるので庭付きの家です。狭くてもいいですが、なるべく新しい家がいいです・・・」

これは嘘ではない。今後Tと一緒に住むかどうかは明言を避けたつもりだったが、Tがそのつもりになったことは間違いない。

「実はアナタが心変わりした時を想定して別のことを考えていたのです。でも、一戸建てを探してみます」

Tの今住んでいるのは7月半ばから借りているアパートで、家賃は僕が払っている。やはり11月には契約を更新するか、それとも出て行かなければならない。離婚したあと心変わりして、Tとの付き合いをやめると僕の方から言い出すことも想定していたようだ。嫉妬深いのは一種愛情の裏返しでもあるから、それほどは気にならないけれど、ものごとをマイナス方向に先回りして考えてしまうのはどうかと思う。それがなければ、世話好きのとてもいい女なのに。

Tは明日の夜遅くに空港に着く。迎えに行くことは間違いないのだけれど、その後どうなるかは全く予想がつかない。離婚した彼女は今どうしている?と聞くだろうと思う。正直に言うか、それとも嘘をつくか・・・これはなかなかに難しい。

(9月10日、9時半)


別離の準備

アパートが見つかったらしい。本人ではなく、お姉さんが探してきた。いかにも彼女らしい。最近この家の掃除に来るのはお姉さんだし、もともとお父さんと住んでいた時も、家事は食事の支度も掃除もすべてお姉さんがやっていた。お金の管理も、いまだにお姉さんなのだ。

新しいアパートはこの家から遠くないらしい。職場のゴルフ場までは今より近い。家賃は3000バーツを少し切るくらい。この家に備え付けてあるベッドやテーブル以外の家具や、洗濯機、テレビ、掃除機などの家電製品を持っていけるのかどうかを彼女は気にし始めている。確かに、そういうものを新たに買いそろえるとなると結構な出費になる。持って行けるものは全部持って行きたいだろう。そうすると、こっちはどうなる?

離婚というのは手続きは簡単だけど、別々に暮らす準備には相当の費用と手間がかかる。だから、8月に最初に離婚に同意したとき、犬と一緒にこの家に住み続けようと考えたのだろう。それが叶わないと分かり、昨日アパートの目途もついたからだろうか、またまたお金の話を持ち出してきた。「一時金の残り、今日いただけますか?」

まだ払ってないのは全体の1割にすぎない。総領事館で日本側の手続きが終わったらあげると言ってある。簡単に済むと思っていたが、それは計算違いだった。戸籍謄本が必要だった。それを知らなかった。だから、日本の市役所から郵送してもらわなければならない。手はずは整えたが、もう少し時間がかかる。何しろ1週間前までは、離婚にそれほどの現実味がなかったというのが正直なところだから。残りのお金は当然だがまだ払えない。

今日は日付が変わる少し前に、空港でTを迎えることになっている。今はTのアパートに僕のものが何もないから、深夜にまたこの家に戻ってくるつもりでいる。あのアパートで前のように一緒に暮らすつもりはない。それに対してTがどう反応するか、それはまだ分からない。

今朝のチェンマイは、しとしとと雨が時折ぱらついている。お天気と同じで、うっとおしい気分だ。

(9月11日、7時45分)

放置

昨夜遅くに空港までTを迎えに行った。夕方早めに家を出て、Tに誘われて会員になったフィットネスクラブでヨガを受講した。時間がたっぷりあったので、デパートの中をぶらぶらしたり、食事をしていると、TからLINEがきた。出発の3時間前に、もうバンコクのスワンナプーム空港に入っていた。

「ぎりぎりまでアパートで休んでいてくださいね。迎えは11時50分でいいですよ。荷物を取らないといけませんから、時間が少しかかると思います。」

1週間以上前に僕がカギを部屋の中に残してアパートを出たことをTは知らない。それに、自分の荷物を全て跡形もなく片付け、部屋をきれいに掃除してから出たことも知らない。

そのときは、まだ妻は離婚しようとは言っていなかった。とにかく僕は一度すべてをリセットしたかった。Tと付き合っていくか、それとも妻とやり直すか・・・僕は意を決してアパートから自分の身の回りのものとパソコンを引き払った。カギを持って出るかどうかは最後まで迷った。カギを置いてきたということは、Tが帰るまでに、こっそりまた身の回りのものを持ち込むことができない。昨夜、空港へ行くまでの時間つぶしに休むことも、もちろんできない。アパートに手出しできない状態に自ら追い込んだのだ。

「カギがない」・・・そう返事したときのTの反応は予想通りだった。「忘れてきたんですか?」と訊かれたときに、「うっかり中に置いたまま出てしまったので、もう入れないんだよ」と惚けることはできたかもしれない。しかし、荷物が一切ないことはどう説明する?Tにしてみれば、それは「もう貴女とは会いませんよ」というシグナル以外の何ものでもない。そして実際、そういう思いが潜在意識の中にあったからこそ、そうしたわけだ。

飛行機に乗る前のTと険悪なやりとりが交わされた。またしても、「嫌なら空港まで来なくていいです。自分でタクシーで帰ります」と予想通りの言葉が送られてきたのを、僕の方から跳ね返した。迎えに行くと決めた以上はあとには引けない。それが僕の性格だ。でも、Tとずっと付き合うかどうか・・・それは全然次元の違う問題だと僕は考えた。

でもTは違った。僕が迎えに行くことは、すなわち僕がTを愛していて、これから二人で未来を一緒に築いていこうというサインだと考えていた。だから荷物をカートに積んでゲートから出てきたTが、僕の車を見つけたときの喜びようは並大抵のものではなかった。明るい表情のTは僕も大好きだ。

しかしアパートに着いて部屋に入った瞬間、Tは凍り付いた。言葉には出さなかったものの、驚きと失望が広がっていくのが後ろに立っていた僕にも分からないはずはなかった。

それでもTは、必死に耐えようとしていた。僕の荷物が跡形もなく消えていることには一言も触れず、「先にシャワーを浴びてくださっていいですよ」と冷静に声をかけてきた。「いや、フィットネスクラブでシャワーしたから、もういいんだよ・・・」

僕がアパートに泊まっていくものとTが考えたのは不自然なことではない。しかし「明日、一緒にご飯を食べて話しようね」という、僕の一言が起爆剤となった。以前、僕を追い出したような乱暴な仕草は少しもなかったが、Tの目からは大粒の涙がこぼれた。そしてまたいつもの言葉を口にした。

「アナタは離婚したと言っても、彼女のことを想っているでしょう?ワタシのことなんかより、彼女のことを愛しているんでしょう?」

「あのね、役場での離婚手続きが済んだからと言って、すべてが終わるものじゃないんだよ。家の中のものをどう分けるかもあるし、これから日本側の手続きもある。まだ半分しか離婚したことになってない。まだ話し合いをしなければならないことがあるんだよ・・・」

「彼女だって苦しいんだよ。これから狭いアパートで一人で暮らすことになる彼女のことを心配するのは前の夫として当たり前だろ。それくらいのこと、貴女には理解できないの?いったん結婚したら、簡単に『ハイ、さようなら』で済むものではないんだよ・・・」

深夜にもかかわらずTに食って掛かっている自分があった。「前の夫として当たり前」と、理屈に合わないことを口走った自分が可笑しくなったが、嫉妬に狂っているとしか思えないTの言葉に珍しく一々反論した。でも、僕も言い過ぎた。言いながら、その瞬間は自分がTを愛していないことが分かった。Tの言う通りだということが分かってきてしまった。はからずも、「分かってきてしまった」という表現がぴったりの、自分の心の動きだった。

それでもTは僕にベッドで休んで行ってほしかった。だから、いよいよ部屋を出ようというとき、僕はTを抱きしめた。しかしTの反応にまったく力がなかった。愛を込めて抱きしめていないのに、愛を感じるほど女は鈍感ではなかった。

深夜2時近くに家に帰ると、ピッタリのタイミングでLINEが入って来た。

「今日はありがとう。アナタがワタシのためにしてくれたことは感謝しています。おやすみなさい」

僕は安心して眠りに就いた。しかし朝起きると、夜中の3時過ぎに夥しい数のLINEが来ていたことを知った。Tは眠れなかったのだ。Tがバンコクへ行ってから僕がカギを置いて出たこと。自分の荷物を跡形残らず片付けてしまったこと。そして昨夜アパートに泊まって行かなかったこと。さまざまな恨みつらみが英語で書かれていた。

そして12日間、留守にしている間の自分の心の不安が書いてあった。ご丁寧にも、僕が送ったLINEの文章まで引用しながら、喜んだり落胆したり、まるでジェットコースターのように激しく揺れ動いた気持ちが書いてあった。妻と離婚したあと、不思議なことに急に僕が寡黙になったこと。「僕にはあなたが必要」という言葉を読んだ時の幸福感。でも妻と離婚することによって、逆に僕のTへの愛情が失われてしまったに違いないとも書かれていた。

「心がころころと変わっていくのはいつもアナタの方です。ワタシはずっとアナタを愛してましたし、今もそうです」

これに反論することもできるが、Tにしてみれば事実だろう。昨夜と違って僕は丁寧に自分の心のうちを書いた。外国語だから、これで微妙なニュアンスが通じるだろうかと不安に駆られながら書いた。Tといい勝負の長い文章になった。自分がどこかTと似たところがあるなと思えてくると、少し苦笑せざるを得なかった。ただ、ひとつだけ書かなかったことがある。それは、Tが嫉妬心をあらわにするたびに、僕の心が揺れ動いてきたことだ。それさえなければ、きっと今頃はTと楽しい時間を過ごしていることだろう。

結局のところ、すべて放置して、Tの心が落ち着くまで会わないことにした。

(9月12日、午後1時30分)

エンディングにはまだ早いのか?

物語にはイントロダクションと本編、そして最後にエンディングがある。イントロは、僕が彼女に対して不満を持ち始めたことだ。お金の要求が度を超している。友達とばかり付き合って、僕と一緒に食事をすることも少なくなってきた。家事の手を抜くようになってきた。つまり、彼女が夫との生活を顧みなくなってきた。結婚生活の先行きに悲観的になった理由はこの3つだった。

この際、思い切って別の女性と交際してみようと思った。これまで経験したことのある“偶発的な浮気”とは全く別物だった。そして短い物語の本編がスタートした。

いくら彼女が妻として、あるいは主婦として至らなくても、別れる前から他の女と関係を持つのはルール違反だろう、というのが常識的な考えだ。そもそも僕が常識人なら、同じ職場で知り合った一回り違う日本人の妻と離婚してまで、オーバーステイ歴のある、しかも出会ったときは3人の子持ちだったタイ人女性と一緒になることはなかっただろう。

そもそも常識人なら4回も結婚することは考えにくい。仮に浮気したとしても離婚を避けようとする。ところが僕は常識人でないことに、誇りはないが恥もない。自分の考えや感情に対して忠実に生きてきたらこうなっただけだ。その分、相手に対する思いやりに欠けるのは如何ともしがたいが。

物語はいよいよクライマックスに達した。僕自身は2人の愛すべきタイ人女性との関係を続けたいと思っていた。自分の経済力と精力の許す限り女は2人いてもよいと思った。しかし、そこに落とし穴があった。

人間の愛には、男も女も独占欲が付きものだ。だから女は自分の愛する男が複数の女と付き合うのを許さない。男も、妻や恋人が自分以外の男と付き合うことを黙って認めることはない。昔は別として、それがほとんどの社会のルールになっている。しかし人間の場合、自然がそうさせているのだろうか?社会がそうさせているにすぎないのではないだろうか?だから男も女も浮気は絶えない。不倫がなくなるわけがない。それは人間の文化だと言った有名人もいた。

Tは、僕に妻がいることを正直に打ち明けたときに関係を断ち切るチャンスがあった。止められなかったのは、僕に格別の魅力があったからだとは思えない。彼女の錯覚がそうさせたと思っている。初めて会った時から、僕こそ自分にぴったりのパートナーだと思い込んだのだ。彼女自身が昨日のLINEにそう書いている。だから、妻が居ることを知っても後に引けなくなった。それに、あの時Tは「奥さんと離婚する気はありますか?」と僕の気持ちをきちんと確認している。

Tは恋に落ちたのだ。僕は恋ではなかった。食生活が僕と合っているかどうか、老後になっても生活の面倒をみてくれそうな女かどうか、まだまだ現役が続きそうなセックスの相性はどうだろうか・・・僕は夢の中にいたのではなく、現実的にTを見た。そして一番気になっていた生活の課題は難なくクリアーした。

しかし、もうひとつの大きな課題が残っていた。それは彼女の性格の問題だった。Tが妻の存在を知るまでの期間、それは非常に短い時間だったが、Tに何ら問題はなかった。しかし彼女の中に眠っていた嫉妬心、独占欲が鎌首をもたげるようになった。僕にとっては、それが日増しに気になり出した。そしてついに将来の生活への恐怖へと繋がっていった。

Tは、他の女への無害なちょっとした関心すらも許さないにちがいない。離婚した妻と将来LINEで会話しただけでも、おそらく大騒動になるのではないか・・・そういう恐れを感じさせるようになっていった。「嫉妬は愛の裏返し」と言葉では言ってみても、事件に繋がる可能性があることは、人類の歴史が証明している。とくにタイの女は、その点での評判は周知のとおりだ。

一方の(元)妻はどうか。Tとは真逆の性格をもった女のように見えた。嫉妬心と独占欲はあったのかもしれないが、普段それを見せることはあまりなかった。それを愛情が薄いと見るか、それとも性格の温厚さと見るかで評価はまったく違ってくる。僕は、もともと愛情が彼女になかったから、他の女の存在を知ってもそれほど感情に出さなかったと勝手に考えた。でも、結果的にそれは間違いだったようだ。

さて、物語はいよいよエンディングに近づいてきた。昨日僕は彼女に確かめてみた。本当はどうして離婚しようと思ったのか。そうすると彼女は何のためらいもなくこう言った。

「もしワタシに付き合っている他の男がいたら、アナタはどう思いますか?それでも平気ですか?・・・そうですよね。そんなこと不愉快を通り越して許せませんよね。苦しみますよね。それと同じです」

「アナタが自由になるように離婚してあげます」という彼女の言葉は嘘だった。そんな綺麗ごとが世の中に存在するはずはなかったのだ。あるいは、そう自分で自分に信じ込ませることによって苦しい気持ちを紛らわせようとしたのかもしれない。

僕は昨日、彼女にはっきりと言ってしまった。もうアパートへ引っ越す必要はない、と。彼女はTとの関係がこれまでどおり続いていると考えていた。一昨日の晩、Tと久しぶりに会ったことも彼女は知っていた。たいていの女は、男の行動に対して鋭いアンテナを持っている。僕はTの今の気持ちをそのまま彼女に伝えた。どちらの女を選ぶのか、はっきりさせろと思っていること。そして僕の目の前にいる彼女を、僕が愛し続けていると思っていることを。

彼女の表情はみるみる明るくなった。

「アパートも結構高いので、本当は困っていたの。もしこの家にこのまま居るとしたら、また月給はくれるんですか?」

これだ。またお金の話だ。しかし、僕は少しもイヤにならなかったのが不思議だった。

「それはないね。でも、この家にいたら、月に1万バーツくらいのお小遣いならあげてもいいよ。家賃はいらないわけだから、こんないい話はないだろ。そのかわり、二匹の犬の面倒はこれまでどおりだよ。それに、ここにいる人もね」

「そうね、アナタが75歳、いや80歳くらいになったら、ちゃんと面倒をみてあげますよ。それまでは、いくらでも好きなことをして遊んでいたいんでしょ。それがいいんでしょ?だって、離婚したんですから」

「いいや、まだ半分しか離婚してないんだよ・・・」

彼女とこんな会話をしていることを、人並み外れて第六感の働くTが知らないはずはなかったようだ。朝に続いて、夜になって再びLINE攻撃が始まったのだった。

(9月13日、午前7時)

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自由恋愛主義とポリアモリー

最近僕は「ポリアモリー」という言葉があることを知った。自分の行動が、いわゆる「自由恋愛主義」にあてはまる行為なのかどうかを調べているうちに出会った言葉だ。

「自由恋愛主義」には歴史的な背景がある。ネットで調べたところでは、19世紀にまずヨーロッパで発生した考え方だ。それまでの伝統的な結婚観を“社会の束縛”と捉え、「成人どうしの自由な結びつきは、恋愛感情でも性的な関係でも、すべて第三者が尊重すべきものだ」という新しい考え方だった。それには「性的快楽の権利」というものが含まれており、国家やキリスト教会の“男女関係への規制”からの解放をめざした一種の反権威主義的な社会運動だった。

さて、「ポリアモリー」という聞きなれない言葉は、「自由恋愛主義」の流れの中から出てきた概念だと思われるが、社会や法律、国家などの権力に対峙したものではない。簡単に言うと、ある種の人間が持っている「複数の人を好きになる性質」のことを指す言葉だ。「ポリ」は複数、「アモリー」は「アモール」すなわち愛という言葉と同義語だ。もし2人以上の相手を同時に愛することができるなら、その人は「ポリアモリー」の性質を持っている可能性がある。

ただし「ポリアモリー」は浮気とは別物だ。浮気は自分の配偶者や恋人に隠れてするものだが、「ポリアモリー」はパートナーの同意がなければ成立しない。コソコソとするものではなく、関係者周知のもとで行われるものだという点で、浮気と区別しなければならない。それと、もう一点、これは大事なことだが、相手が自分と同様に複数の人を愛することに合意できる人間でなければならない。

僕が単なる「浮気者」ではなく「ポリアモリー」であり、仮に僕を取り囲んでいる女性も「ポリアモリー」だとすると、具体的には次のような状況になるはずだ。

僕はこの6年間付き合ってきた元妻の31歳の女性を愛している。同時に、数か月前に出会った38歳のTも愛している。どちらかを選べと言われても、それはできない。なぜなら両方を愛しているから。そして元妻の彼女は、僕がTと付き合うことを認めている。一方のTも、僕が元妻を愛することを認めている。

このような状況であれば、3人とも「ポリアモリー」だと言えると思う。

「ポリアモリー」は精神的な愛だけでなく、実際に性的な関係を結ぶことを意味する。しかも、もし元妻に別の愛している男(女でもいい)がいて、それを彼女が隠さずに僕に対して明らかにしているなら、それを認めなければならない。もしTにも別の男(女でもいい)がいて、愛し合ってセックスしていても、僕は嫉妬に狂わずに合意を与えなければならない。それができないなら、僕は「ポリアモリー」ではない。

要するに「ポリアモリー」というのは、自分が複数の人を愛しているだけではなく、相手にも同等の権利を認めて愛し合うことのできる人間のことだ。フリーセックスや乱交とはまったく関係がない。セフレとも違う。相手に対する(永続的な)愛情がなければ「ポリアモリー」ではない。人間には所有欲や独占欲、そして嫉妬心があるのだが、「ポリアモリー」というのは、そういう人間の持っている厄介な性質を超越ないしは克服していなければ成立しない。


さて、元妻の彼女は、僕がTと付き合うことを認めているのだろうか?これまでは、認めているようでもあり、Tの存在を拒絶しているようでもあった。確かめるために昨日、「Tとまた付き合うつもりだけど・・・」とちょっと言ってみたら、彼女の顔色が変わった。「アナタは一体何人の女がいれば気が済むんですか!!!」と怒った。これは嫉妬と独占欲。しかも「ほかに女のいる人とはお勤めをしません!!!」と言うのだ。「ポリアモリー」からは相当距離がありそうに見えた。

ところが一夜明けてみると、さきほど彼女は僕の寝ているベッドの脇に来てこう言った。昨日の彼女とは別人のようだった。

「アナタは誰を愛しても、何をしても自由です。ワタシは構いません。アナタのことを愛してますから」

一方のTはどうだろうか?嫉妬に狂うような女だと書いてきたが、こころの深いところで本当にそうなのだろうか?実は、Tは昨日の午後、予想を裏切るようなLINEを送ってきた。

Tの結論は、元妻の存在をまったく気にしないことにしたから、前のように僕と親密に付き合いたいというのだ。よくよく考えてみたら、自分の嫉妬心がすべての障害になっていることに気付いた。自分の嫉妬心と引き換えに僕を失うことがいかに馬鹿げたことかが分かったという。Tは冷静になって損得勘定をしたのかもしれない。そして驚くべきことに、自分の嫉妬心を自分でコントロールする方法を見つけたというのだ。

Tは何の根拠もなく出鱈目を言ってきたのだろうか・・・ひょっとして彼女は「ポリアモリー」の性質を持っていて、これまではそれに気づいていなかっただけかもしれない。もしそうだとすると、僕との関係は、これまでとは全く違った展開になるだろう。

実は僕が「ポリアモリー」という言葉に出会ったのは昨日のことだ。そして自分がもしかしたら、そうかもしれないと思い始めた。そうしたら、Tから画期的なLINEが入ってきた。元妻の彼女はいったんは僕の期待を裏切ったが、今朝になって見事に僕の望む答えをくれた。世の中には不思議なことがあるものだ。

(9月14日、8時)

ふたりの“愛人”

妻がいなくなって、愛人が2人できた。これを「ポリアモリー的生活」と呼ぶことにしよう。それを検証する初日が昨日の土曜日だった。

朝、元妻は6時に仕事に出かけた。彼女は家を出る前に、「アナタは何をしても自由。ワタシはアナタを愛している」という、夢の中にいるような言葉を残した。そして僕は、覚えたての「ポリアモリー」についてブログを書いたのだった。

朝10時、チェンマイ市内のデパートにあるフィットネスクラブでTと会った。水曜日の夜、空港まで迎えに行き、アパートで険悪な別れ方をした。ところが13日の金曜日、「自分の嫉妬心を自分でコントロールする方法を見つけた。アナタとやり直したい」とLINEで言ってきたのだった。

Tは晴れやかな笑顔を見せた。軽く手と手を触れ合った後、それぞれのエクササイスに赴いた。2時間後に合流して外に出た。行先は、Tの知っているステーキハウス。豚ステーキとサーモンステーキを注文して2人でシェアした。代金の600バーツは彼女が支払った。そしてアパートに行った。

2人でシャワーを浴びた。前に一度してくれたように、彼女が丁寧に僕の全身を洗ってくれた。とても上手だった。そして僕たちはベッドの上で全裸で長い時間を過ごした。彼女は「アナタとこうしていると、なぜこんなに幸せを感じるのでしょう」と何度も口にした。本当に全身を使ってその感激を表現してくる。「僕のどこがいいんだろう?」と内心思いながらも、自分自身も心が溶けそうだった。

夕方になって、Tは手料理を作ってくれた。料理の腕前は立派なものだ。何種類もの野菜をベースにした健康的なメニューだった。いつも思うのだが、Tの作る料理を食べるとタイにいる感じがしない。あるときは西洋料理的、あるときは日本料理的だ。塩分やスパイスが抑制的な料理だ。いつも僕はコショーをふりかけて辛さを調整する。ところが昨日のスープには、なぜかコショーがたくさん入っていた。

食事をする前に、僕は元妻にLINEした。「Tのところで食べる。終わったら家に帰る」・・・それだけ書いた。すぐに返事が来た。「どうぞ、ごゆっくり」・・・でも、不満そうな文言もくっついていた。

「二人の愛人ですか?アナタはどうしても選べないんですか?」・・・そして泣き顔のスタンプが付いていた。

Tはなかなか僕を帰してくれなかった。食事が終わると、「もう1回だけ」と言って、僕をベッドに引っ張っていった。今度は、最初は服を身に着けたまま戯れた。そして話をした。

「前の彼氏と付き合ってたときも、こんな感じだったの?」

「全然ちがいました。前の彼は週に1回、決まった曜日の決まった時間にしかワタシを抱いてくれませんでした。抱いて欲しいと思っても、彼を抱きたいと思っても、めったに取り合ってくれませんでした。一緒に寝ても、2人の間にはいつも距離がありました。でも、アナタは全く違います。アナタとこうして密着していると、どうしてこんなに幸せを感じるんでしょうか。感じるんですから、どうしようもありません」

Tは今日、アメリカ人の男友達とゴルフに行っている。3日前に、「ワタシ、失恋しちゃったの」とその人に言ったら、ゴルフに誘ってくれたのだという。「この際、アナタも一緒にどう?」と誘われたが、遠慮しておいた。

昨日の夜、9時前に家に帰ると、元妻は自分の部屋に引き籠っていた。どうやらご機嫌斜めの予感がした。リビングで一人で水割りを飲んでいると、しばらくして2階から降りてきた。でも彼女は一言も口をきかなかった。

「やっぱり彼女は無理か・・・彼女は僕に別の愛人がいるのを我慢できないようだな。彼女はポリアモリーではなさそうだな・・・」

そんなことを思いながら、僕は一人眠りに就いた。ところが今朝、まだ暗いうちに彼女は思い出したように寝室に入ってきて、パジャマ姿で僕の横にもぐりこんできた。

「僕のこと、愛しているの?」

「もちろんですよ」

夜は不機嫌だが、早朝に僕を求めてくる。それは僕も嬉しい。でも・・・

毎日、毎晩、毎朝、2人の女を、この体を使って愛さなければならないとすれば、とてもじゃないが身がもちそうにない。バイアグラでも飲まなければ、やってられそうにない。自分の心は自分でコントロールできるとしても、時間と体の配分は、これからよく考えて行かないといけないようだ。

「ポリアモリー的生活」は、初日から、過酷な予感がした。

(9月15日、11時30分)

しゃぶしゃぶをご馳走になった

昨日はまた10時にデパートのフィットネスクラブへ行った。いつものように6~7種類のマシンを使って筋トレをしたり、腹筋運動をしたあと、ランニングマシンでぴったり1時間、歩行運動をした。ときどき走ることもあるが、僕には歩く方が無難な気がする。速度は毎回時速5.5キロと決めている。途中少しスピードを緩めるので、大体5キロ歩くことになる。

マシンの上で走ったり歩行するなんて、最初はバカみたいと思っていた。ところがやり始めると、凸凹があったり車が来たりする道路よりも規則正しく歩けるので、運動としてはいいようだ。それにクラブのマシンは最上級グレードのものなので、消費カロリーや脈拍数が表示されるだけでなく、森の中や田舎の道、海岸べりなど、さまざまな風景の中から好きな画像を選んで、動画を見ながら運動できる。テレビや映画を見ながらでもよい(そっちに神経を取られると運動効果は落ちると思うが)。

さて、昨日は2時間ぴったり運動した後、Tと合流した。コスパのよいシズラーのサラダバー(140バーツくらい)を食べようと提案したところ、友達夫婦と一緒にしゃぶしゃぶを食べに行くという。昼間からしゃぶしゃぶというのはあまり乗らなかったが、一緒に行った。

しゃぶしゃぶと言っても、もちろんタイ式だ。肉は豚肉のスライス。質はなかなかのものだった。野菜は白菜と空心菜(パクブン)。それに白身の魚や各種の摺り身、イカ、豆腐、春雨、中華麺などがある。デザートには何種類かの果物とアイスクリームがある。付けタレがとくに美味しかった。食べ放題、制限時間なしで199バーツだから、コスパはよい。4人で腹いっぱい食べた。友達のご主人は午後取引先と会う仕事があったので先に出た。40歳くらいだろうか。

Tの友達というのは、フィットネスクラブで知り合った女性だ。いつもBMWに乗っている。Tと同年代だと思われる。子供がいて専業主婦だが、派手にお金を使うそうで、毎日フィットネスクラブに通っているだけでなく、デパートで高いものを買いまくっているらしい。クラブでは毎回専属トレーナーを付けている。トレーナーの料金は1時間で900バーツだから、それだけで1か月2万バーツ以上飛んでいくだろう。とても僕には真似できない。

ご主人は浮気したことがあるらしいが、今は仲がよさそうだ。いつもバイアグラのタイ版(シデグラ)100ミリ錠を5~6箱Tがまとめ買いして女性に渡している。自分では恥ずかしくて買えないのだそうだ。ご主人もそうなのだろう。40歳そこそこでバイアグラ、しかも100ミリとは僕には信じられない。人それぞれだ。

ところで、友達の女性は子供の送迎以外は家事をめったにやらないそうだ。毎日フィットネスクラブに通いつめ、しかも決まった男性トレーナーを付けているので、今度はご主人の方が浮気を疑った。数か月前に私立探偵を雇い、奥さんの素行調査をしたのだそうだ。結果は白だった。タイ人は何でもお話しするから、そんな話もTは全部知っている。だから当然、僕とTの仲も筒抜けになっているだろう。

しゃぶしゃぶの代金およそ1000バーツは友達が払ってくれた。ほぼトレーナー1時間分だ。Tといると、僕はいつもタダ飯を食っているような気がする。

(9月17日、9時30分)

大体二人の目的が見えてきた?

一昨日から今日にかけての“女たらしぶり”を書き留めておこう。書いておかないと、すぐに忘れるから。

水曜日は例によってフィットネスクラブでTと会った。その日は夕方にヨガのクラスがあって、珍しくTも参加した。Tとヨガの先生は友達同士。その先生は30歳くらいで色白で色っぽくて、ズバリ僕のタイプだ。ところがフェースブックを調べたところ既に結婚していることが分かった。お相手のタイ人男性と相思相愛みたいだから横恋慕はやめておこうと思った。

もちろん、このあたりは7割がた冗談で流しているが、もし先生が独身だったら、割としつこく迫っていたかもしれない。それくらい平気で行動できなければ、愛人2人は無理だ。

さて、ヨガの先生は諦めるとして、水曜日はTのアパートに泊まった。最近はどうも調子がよろしくないので、その日に仕入れたシデグラ50mgを服用してみたところ、これが驚くべき効果を発揮した。

以前は使うとしても、カッターで錠剤を4分の1か3分の1に分割していた。心理的効果かもしれないが、飲まないよりも“持ちがいい”ような気がした。最近は半分の25mgにしてたまに使うが、50mgをそのまま飲むことは一度もなかった。要するに、硬さが全然違う。夜も、寝た後の夜中も、朝も効果が持続している。自分で驚いているんだから、相手はもっと喜んだかもしれない。あまりにもすごいのだが、体によくないかもしれない。次は使っても、やはり25mgにしておこうと思う。

要するに、Tは僕とのセックスが一番大切なようだ。それがないと、愛し合ってるという実感が持てないらしい。そして次に来るのが、アパートの部屋代など多少の金銭的援助をしていることだろう。この順番が逆なのかどうかはハッキリしないが、とにかく彼女は僕を本気で求めていることは分かった。よほど男に飢えていたのかもしれないが・・・

一方の元妻の目的は、ほとんどお金ということは前からハッキリしている。それでも、男と女として6年もの付き合いの積み重ねがある。同居している限りは、お互いに情というものは消し去れない。水曜日は、Tのアパートに泊まったのが今月に入ってから初めてのことだったこともあり、相当に気分を害したようだ。「Tのところに泊っていくから、朝、犬にご飯をやってね」と、夜になってLINEを送ったら、読んでいるのに返事がなかった。ノー・レスポンスということに彼女の抗議の声が込められていたようだ。

昨日午前中に家に帰ったら、元妻の彼女は家にいなかった。帰ってきたのは午後3時くらい。ものすごく機嫌が悪かった。部屋に入ってきて僕を問い詰める。いつまでたっても出て行かない。「浮気者!」と罵る。もう彼女は僕の妻ではないのに・・・

そのうち急に彼女は方向転換して、またお金の話になった。「残りの2万バーツ、今日ください!」

離婚のときにまとまったお金を彼女にあげたのだが、残りの2万バーツだけ、日本側の離婚が成立した後であげると約束していた。その2万を今すぐ欲しいと言うのだ。とにかくお金の事ばかり。それ以外に話すことはないのか、と言いたいぐらいだ。

頑として拒否。だって、まだ手続きに必要な戸籍謄本が日本から届いていない。でも彼女も諦めない。どうしてもダメと分かったら、今度は肉体攻撃だ。いつものように攻められると、瞬く間に臨戦態勢がととのってしまう男の性。ところが、彼女は・・・

「今日、友達と一緒にお寺へタンブンに行ってきたの。3日間はお酒がダメ。豚肉がダメ。そしてセックスもダメです・・・」

あれっ、そんなことってあるんだろうか?・・・初めて聞く話だった。でも冗談ではなさそうで、今朝も部屋に入ってきたがギリギリのところで挿入は拒否された。その代わり、たっぷりと全身のマッサージをしてくれた。彼女の熱心さを見ていると、ついつい情にほだされて2万バーツあげた。どうせ、もうすぐあげるお金なんだから・・・

お金をあげたら、彼女はいつものように機嫌がよくなる。その前の日の態度とは打って変わって、ニコニコして家事をきちんとする。まるでよくできた奥さんだ。お金さえあげれば、僕の言うことは何でも聞くみたいだ。ただし3日間はセックスができない。もしそうでなければ、あっちでもこっちでも肉体を酷使することになるから、ちょうどよかった。

ところで、Tに一昨日質問してみた。

「もし3人目の女を作ったらどうする?」

「それは・・・絶対にダメです」

「じゃあ、元妻と完全に別れてから、もう一人女を作ってもいいよね?だって、2人までならいいんだろ?」

Tはさすがに絶句して、僕の顔をまじまじと見つめて叫んだ。「この浮気者!」・・・というようなことは全然なくて、Tはただあきれた表情を作って見せた。

二人の女は、徐々に徐々に「ポリアモリー」の僕に慣れてくるような気がしてきた。Tは会うたびにセックスさえすれば全然問題ない。「元妻と1回したら、ワタシにも1回。2回したらワタシも2回。それがアナタの義務です」とハッキリと言う。一方の元妻は、お金さえ手にすれば機嫌がよくなる。今後はゼロではダメだが、少しのお金で済むだろう。

“二人の愛人”にそのうち嫌気がさしてくるのは、彼女たちではなく僕の方かもしれない。“ポリアモリー”なんて珍しい言葉に魅力を感じたけれど、“普通の浮気”と五十歩百歩だということが、どうやら僕には分かってきたのだ(笑)。

(9月20日、20時30分)

タンブンに誘われたが・・・

昨日はタイの仏教では重要な日のひとつだった。何やら昔の偉いお坊さんの誕生日だったらしく、朝からお寺へタンブンに行く人が多かった。

木曜日に、Tのお母さんが僕にも一緒に行かないかと誘ってくれた。でも今回は遠慮しておいた。何しろ時間が早いので、もし行くとすればまだ暗いうちに家を出てTを迎えに行くことになる。さらにTの実家へ行って家族と合流。そしてトンボ返りで来た道をそのまま戻り、我が家のすぐ近くを通過してチョムトンというところにある目的のお寺へ行くことになる。走行距離は往復で軽く100キロを超えるだろう。

Tの一家は1台の車にTをのぞく5人が乗って遠くのお寺へ行った。タンブンの品が料理を含めてたくさんあったので、僕の車がないと全員は乗れなかったようだ。考えすぎかもしれないが、だからお母さんが僕を誘ったのかもしれない。いや、家族の一員になってほしいと思っているのかもしれない。

Tは車のスペースの問題というより、僕が行かないと決めたので行かなかったのかもしれない。きっとフィットネスクラブで僕とデートする方がいいと思ったのだろう。その後の楽しみもあるから・・・

ところで元妻は、木曜日に早々と友達と連れ立ってタンブンを済ませていた。お坊さんから「3日間はお酒を飲んだり豚肉を食べることは禁止。セックスも、してはいけません」と言われたそうだ。彼女が何かの願い事をしたのでそう言われたのにちがいない。

それが何だったのか?もしお金のことで願をかけたのだとすれば、早々と翌日にはそれが実現したことになる。彼女の執拗さに根負けして2万バーツあげたのだから。もしも僕と出直すことを願ったのだとすれば・・・ま、それはないだろうけど、いづれにしても、やっぱりお金ということになるわけだ(笑)。

(9月22日、10時30分)

画像流出?

一昨日の話。

日曜日から月曜にかけて、3日ぶりにTのアパートに泊まった。月曜日は朝6時に市場へ行き、Tが果物や菓子類を仕入れたり、いつものようにお店に品物を並べるのを手伝った。そして同じ大学構内にある両親のお店で朝ご飯を食べたあと、一人でフィットネスクラブへ出掛けた。ここまでは、とくに何の異変もなかった。Tが市場で口走った一言を除いては。

「昨日の朝、どうしてあんな写真を送ってきたんですか?」

彼女に写真を送った心当たりが全くなかった。だから、ほとんど気にもかけずにTの言葉を聞き流していた。

日曜日の夕方はTの手料理を楽しんだ。鶏肉をカレーソースでじっくり煮込んだスパイシーな一品と、アボカドや何種類もの野菜の入った特製サラダで、いつものように美味しい食事だった。でも、夜はいつもと違ってお勤めはしなかった。彼女が強く望んだにもかかわらず。

そして月曜日は、仕事を終えたTと外で遅いお昼ご飯を一緒に食べた後、また元妻のところに戻るつもりでいた。ところが、Tは強く僕を引き留めた。アパートの部屋で少し休んでから帰れと言うのだ。僕の中に警戒心が湧いてきた。きっとセックスを求めてくるに違いない・・・そして予想は的中した。

僕はフィットネスクラブでシャワーを浴びていたので着衣のままベッドに横になっていると、Tは突然僕の服を脱がしにかかった。あっという間にズボンとパンツを一緒に引き摺り下ろした。あまりの速攻に唖然とした。そして彼女は自分の着ていたものも全て取り払って僕のカラダに密着してきた。でも僕は、「今日はその気がないからダメ」と冷たくあしらった。珍しくその気が起きなかったのだ。

Tは涙顔になった。「どうして?ワタシとセックスするのが嫌になったんですか?彼女の方がいいんでしょ?彼女となら、いつでもセックスできるんでしょ?」・・・そう言って、Tはその前の日の朝に、僕からLINEで送られきたという写真のことを話し始めた。

「びっくりして、すぐに消去したんですけど・・・アナタと彼女がベッドの上で抱き合っている写真だったんです。彼女はまだ子供のように可愛らしくて、服を身に着けていたけど、形の良いおっぱいが見えていて・・・色白で、スタイルもよくて、アナタは嬉しそうにカメラの方を向いていたの。どうして、何のために、あんな写真を送ったんですか?彼女の方を愛しているとワタシに知らせるためですか?」

送った覚えはまったくなかった。だからすぐに自分のケータイを取ってLINEを開いた。そうしたら、日曜日の朝、その写真をTに送ったことになっていた。すぐLINEから消去した。元の画像もあわてて消去した。でも、いったん送ったものは取り戻せない。

その写真は確かに日曜日の早朝に写したものだった。彼女が禁欲中だったのでセックスはしなかったが、ベッドに入ってきたので彼女のTシャツをめくって、珍しくケータイを手にして自撮りした。ただそれだけだった、はずだ。それがどうしてLINEでTに送られたのか?今だに謎だ。よりによって、なぜTのところに送られてしまったのか???

Tはそのあとも執拗に僕のカラダを求めてきたが、脱がされたものを自分で身に着けてアパートをあとにした。仮にTの気持ちに応えてあげようと思っても、カラダが反応しなければ、やりようがない。女から求められて拒否したことなど、自分の人生の中にはなかった。しかも相手は自分が愛しているはずの女2人のうちの1人だ。何が自分の中に起こっているのか?

昨日は元妻と愛し合った。今朝も長い時間愛し合った。クスリなどいらない。Tが言ったことは本当のように思えてきた。僕はきっとTよりも元妻の彼女を愛し始めているに違いない。その思いが強まれば強まるほど、Tへの愛情が後退していくような気がしてきた。Tが無理やり求めてきた月曜日の出来事は、僕の中で一種の忌まわしい記憶として鮮明に残っている。それがある限り、しばらくはTを抱くことができないような気がする。

昨夜、TはLINEで謝ってきた。例によって長い長い英語の文章を送ってきた。僕が率直に月曜日の出来事を不快に思っていることを書いたからだ。

「僕の長い人生の中で、女からセックスを迫られ拒否したことはありません。僕も男だから、セックスは自分がリードしてやりたいのです。無理やりなんて嫌です。できません・・・」

「あの写真を見た時、アナタの表情がとても幸せそうに見えたのです。そして彼女は若くて可愛かった。だから、彼女に嫉妬したのです。自分ではもう嫉妬することはないと思っていたのに、自分の感情を抑えることができなかったのです。すべてはワタシが悪いのです。もうこれからは、自分からセックスを求めることはしません。アナタがその気になったらしてください。とにかく、月曜日はゴメンなさい・・・」

Tの感情は僕にも理解できる。でも無理やりはありえない。僕自身、無理やり女としたことはないし、されるのも嫌だ。仮に夫婦だったとしても、それは最低限のマナーだと思っている。それにしても、どうしてあの写真がよりによってTのところに、しかも撮影してあまり時間が経っていないときに送られてしまったのだろうか?無意識に自分で送ってしまったのだろうか?それとも、(亡くなった妻を含めた)誰かのいたずらだろうか・・・???

(9月25日、11時30分)

あなたのセックス頻度は?

Thaivisa.com Newsが最近行った調査を紹介しておこう。

タイに住む外国人を対象に、パートナーとの関係やセックスの頻度などについて尋ねたもの。今月の23日に実施された調査で、有効回答数は422人だった。国別や男女別のデータがあるのかどうかは分からない。

厳密に言うと、タイに住む外国人の総数がはっきりしない上に、調査相手の抽出方法も書いてないので、この400人余りの調査データが統計学的に信頼に値するものかどうかも分からない。ともあれ、そういう硬いことは脇へ措いて、数字を見てみよう。

〇セックスの頻度

この調査はパートナー(定義はむずかしい)との関係を調べているものだから、売春婦などを相手にするセックスの回数ではないことは留意する必要がある。

ほぼ毎日  ・・・7%
月20回~  ・・・8%
月10回~  ・・・13%
・・・・・・・・・・・・・・
月5回~   ・・・13%
週1回くらい ・・・21%
・・・・・・・・・・・・・・
たまに    ・・・23%
月1回くらい ・・・3%
・・・・・・・・・・・・・・
なし      ・・・12%

「月10回以上」~「ほぼ毎日」を合計すると28%となる。月10回以上というと、1週間に3回か4回以上だ。ちなみに僕は、週に2日はお休みすることが多いから、「月20回以上」に該当しそうだ。

次に「週1回くらい」と「月5回以上」を足すと34%。3人に1人はここに該当する。つまり週1回~2回という人が多数派ということになると思う。皆さんはいかがだろうか?

「たまに」というのはよく分からないが、週1回以下で、月1回よりは多いということか。「月1回くらい」を合わせると26%、4人に1人だ。「なし」の人は淋しい気もするが、人それぞれ事情は様々だろう。

ところで60歳以上の人に焦点を当ててみよう。

この調査では、60歳以上の外国人のセックス頻度は、月20回以上の人が10%だった。つまり、60歳以上の10人に1人が週に5回以上頑張っているということになる。日本人を含むアジア系であれば、10人に1人ということはないだろうが、西欧人のセックス頻度は概して高いので、こうなるのだと思う。


〇愛人を容認するか

全体で21%の外国人が愛人を認めると答えたそうだ。パートナーとの年齢差が15歳以上あるケースでは少し高めで、23%が容認派だった。逆に30代以下の若い層では、愛人を認める人は8%しかいなかった。全体的に、バンコク在住者は愛人容認派が高めで、26%だった。要するに、愛人の存在を認めると言う僕のような考え方をする人は少数派というわけだ。すくなくとも建前では・・・


〇相手との関係は?

ハッキリ言ってよく分からない項目だ。

真の愛情(true love)・・・50%

単なる付き合い(mere companionship)・・・27%

便利(convenient)・・・13%

性欲(passion)・・・5%

「便利」というのがよくわからない。「単なる付き合い」とまったく別なのかどうか。passionというのを僕は「性欲」と訳したが、「情熱」と訳す人も多いだろう。そうすると、「真の愛情」との違いがよくわからなくなりそうだ。とにかくこの項目は、調査としては?だ。「夫婦」とか「愛人関係」とか「友達」とか、「単なるセフレ」とかを尋ねる方がよかったのでは?

ちなみに、相手との関係を「性欲(passion)」と答えた人の中で、セックスの頻度が「月20回以上」だった人がなんと43%もいたそうだ。「真の愛情」と答えた人のセックス頻度も知りたいと思った。データを公表するなら、きちんと全体を公表してほしいものだ。

(9月27日、午後4時30分)

プロフィール

Niyom

Author:Niyom
2012年、60歳でチェンマイへ移住。2017年にタイ人の妻を病気で亡くした後、愛人だった若いタイ人女性と再婚、前妻が可愛がっていた小さな犬2匹も一緒に暮らしていたが・・・

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