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彼女は“母”になりたくないのだろうか

3月1日(木)

今日は万仏節(マーカブーチャー)。タイでは祝日になっている。レストランなど公共の場では禁酒で、お店でも酒類を売らない日だ。だから昨日、新しい酒を買っておいた。

昨日、彼女が犬たちの“お母さん”になっていることを書いた。いつものように筆が滑って、僕の父と母が昔駆け落ちして一緒になったことまで書いた。とっくに亡くなっている母のことは、長いこと思い出すことすらなかった。でも少し書いたら、急にもっと書きたくなった。このブログがなかったら、永久に文章にすることはなかったと思う。

母は7人兄弟の末娘だった。母の父親(つまり僕の祖父)は農業技術者で、京都府のある田舎の町(僕が生まれる前年に「市」になった)で農園を開いた人だった。その後、衆議院議員を6期務めている。農林政務次官だったころに農林省で部下だった人物(母は「父の秘書だった」と言っていたが、多分違う)は、後に参議院議員から京都府知事になった。

母の父親は昭和32年に亡くなっている。僕が小学校に入る前のこと。葬式には総理大臣が東京から駆けつけて来る予定だったが日程調整ができず、僕の記憶では代理しか来なかった。ちなみに当時の総理大臣は、安倍首相の祖父にあたる岸信介だった。

母は歌が得意だった。歌と言っても歌謡曲ではなく本格的な声楽で、オペラ「蝶々夫人」のアリアや、「宵待ち草」「からたちの花」などの日本の古い歌曲をよく歌っていた。家で歌を歌い出すと、“遠く離れた”近所の人たちがよく聞きに来たそうだ。それが母の自慢だった。

学校は田舎の高等女学校しか出ていない。母は女学校の音楽教師の勧めもあって、上野の音楽学校(現在の東京芸術大学)へ入りたかったようだ。しかし、父親は娘が東京に出ていくことに猛反対して実現しなかった。もし東京へ行っていたら、僕の父とも出会わなかったし、まったく別の人生を送っていたはずだ。

母の影響かもしれないが、僕も実はオペラが大好きだ。20歳くらいの頃から自分で楽譜を買ってきて何曲も歌った。世界的なテノール歌手のフランコ・コレルリやデ・ステファーノなどのレコードを買ってきてイタリア語の発音も覚えた。でも当時も今も、近所の人は誰も聞きに来たことはない。

それどころか、今の彼女は僕がイタリア語で歌い始めると、耳を塞いで「あっちへ行って」という仕草をする。狭い家に声が響くからだ。ちなみに、お隣の家にイタリア人の男性が住んでいて、聞こえているかもしれない。でも、会ってもお互いに挨拶するだけで、その反応は今のところない。

話しが更に逸れるが、僕が20代の半ばに最初に結婚した相手は、東京芸術大学声楽科出身のソプラノだった。当時の僕は、今と違って女性と付き合うのが大の苦手だったので、お見合い結婚だった。その女性は僕の歌を聞いて、「東京芸大出身の“下手な”テノールより、よほど上手ですよ」と褒めて?くれたことを覚えている。今僕の歌を聞いたら、何と言うだろうか・・・

さて母のこと。僕は日本人の女性と二度も離婚しているが、母は一度目しか知らない。最初の離婚のとき、父や他の親戚は心配した、というより反対した。一方母だけは、「親戚中を見渡しても、これまで誰一人として離婚した人はいないよ。あなたは一体誰に似たのかしらね」と言いつつも、最終的には僕の離婚に賛成した。それは何故か・・・

相手は一部上場会社の社長の娘さんで、実家に帰っていた本人は別れるのを嫌がった。でも父親がものすごく怒った。会社の顧問弁護士が東京に居て、僕は日比谷の事務所に呼び出されて一人で行った。そうしたら偉い弁護士先生が2人も出てきて27歳の僕に説教した。

「離婚なんかすると、将来の出世に影響するぞ。証拠は全部押さえてある。あんたが一方的に悪いから、父親はカンカンだ。でも本人が別れたくないと言ってるから、やり直すつもりなら、何とかしてやる。どうするね、お若いの・・・」

母にだけは電話で話した。そうしたら、「社長か何だか知らないけど、弁護士を使って相手を脅す父親なんて大嫌いだ」と言って、「さっさと別れなさい」と僕を励ました。よく考えれば、それもどうかと思う。でも母は自分の息子が悪いとは決して思わない人だった。それに、社長という権力を使って息子を脅した形なので、自分は政治家の娘だというプライドが許さなかったのかも知れない。

いま母が生きていて、僕がタイ人の女性とタイに住んでいることを知ったらどう思うだろうか?さらに、近い将来、荒野のような(ちょっと大袈裟か)イサーンの大地で一生を終えるかもしれないことを知ったら何と言うだろうか?

「母」とは、何があっても子を守る存在だ。今一緒に暮らしている彼女が「母」になる姿を、一度は見てみたい気もする。



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さすが

ただ者ではない、と常々そう思っていましたが、たいへんな名門のご出身なのですね。

罪と罰の新訳を借りてきました。読む本が山積しているのですが、少し頑張ってみます。

Re: さすが

P-takさん、こんばんは。

母は、まわりから特別な目で見られるお嬢様だったのでしょうね。さすがに気位だけは高かったです。
父は普通の「小市民」でした。

> 罪と罰の新訳を借りてきました。

カラマーゾフほどではないですが、いろんなロシア名の人物が登場するのでこんがらがって、読み易くはなかったような・・・

田舎に建てる家

彼女のやり方は少し強引ですね。住むところなので、サーミーの同意ぐらい事前に取って欲しいとは思いますよね。

じつは私も妻の田舎のイサーンに家を建てたのですが、
タイ人は一族の助け合いが強いので、田舎が安心なのでしょうね。
まずは自分の田舎に家を建てたがりますね。
でも、私の場合は事前に相談されました。
私の妻も年齢が離れているので、後々は私の面倒を見ると言っていますが、一応相談はしてくれました。【内容は結構強引でしたが。】

それで、いずれ彼女の世話になるので、なるべくは彼女の希望通りにするしか無いとは思うのですが、
田舎の問題点は、ご存じの様に、日本食が無いことでしょうね。
これがOKなら住めるかもしれません。

実は私は、住めそうに無いし、田舎だと、一族が日本人の金を当てにして群がってくる文化があるので、実際に常時住む家は、今はバンコクのコンドと日本です。

彼女の家は結局建てることになるでしょうから、住みにくそうなら、他の場所にコンドを持つとかの案もあるかもしれませんよ。

Re: 田舎に建てる家

ナイアンプアさん、おはようございます。

> 彼女のやり方は少し強引ですね。

強引と言うか、あまりに唐突な感じですね。びっくりしました。

> まずは自分の田舎に家を建てたがりますね。

そのようですね。亡くなった前の妻も、本当は実家のあるところに住みたかったようでした。

> 実際に常時住む家は、今はバンコクのコンドと日本です。

それで日本から書き込みされてるのですね。謎が解けました(笑)。

> 彼女の家は結局建てることになるでしょうから

いまだに改築なのか、新築なのか、あまり突っ込んで聞いてないので分かりません。
今後お金の話が出れば、真剣に話し合わねばならないと考えてます。
その前は「お好きにどうぞ」という事にしようと思います。
今のところ僕自身はイサーンに住むつもりはありません。面白がって書いてますけどね(笑)。
プロフィール

Niyom

Author:Niyom
身を削って過ごした30余年のサラリーマン生活にピリオド。ここチェンマイに移り住んでからも、楽しいこと辛いこと、いろいろとありました。でも、それは全部過去のこと。人生、どこまでリセットできるものなのか、自ら実験台になって生きています。

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