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前の奥さんのことは、もう忘れられた?

3月25日(日)

妻が亡くなってから、あと2か月足らずで1年になろうとしている。でも、「もう忘れられた?」というような質問は誰もしない。

日本人もタイ人も、友達であれ、亡くなった妻の子どもであれ、誰一人として僕の目の前では話題にすることがない。敢えて避けているのかもしれないし、もうとっくに忘れたのかもしれない。高校生の男の子にお母さんの話をすると、「どうして死んだ人の話をするんだよ」と怒る。

僕自身は、彼女と一緒にいるときに思い出すことはまずない。でも、一人でいるときは別だ。とくに車を運転しているときは今でも頻繁に思い出す。楽しい思い出とは程遠くて、やはり胸が張り裂けるくらいに辛い思い出だ。

家にいる時でも、彼女が1階にいて僕が2階にいる時は、やはり亡くなった妻のことを思うことがある。

「どうしてあんなに早く死んでしまったの」

「病気にならなくて、ずっと一緒にいられたら、どんなに幸せだったか」

・・・どうしても、そういう思いになる。



ところで昨日、彼女が珍しくこんなことを言った。

「どこか、近いところでいいので、外国へ旅行に行きましょうか」

「日本は?」

「まだまだ。ラオスあたりは?」

「ラオスだったら、タイのきれいな海のある所の方がいいんじゃない?」

彼女とそんなやり取りをしながら、前妻との果たせなかった約束をいやでも思い出していた。

亡くなった妻は日本以外の外国へ行ったことがなかった。亡くなる1年ちょっとくらい前、フランスあたりへ旅行しようか、と提案したことがある。僕は仕事で何度か行ったことがあったので、一度くらいは妻の見たことのない世界へ連れて行ってあげたいと思ったのだ。

でも、そうこうしているうち妻は「お金がいっぱいかかるから、もういいです」と言い出した。その代わりに、「タイの中でいいから、クラビかどこか、海のきれいなところへ連れてって」と口にするようになった。でも、だんだんと病状が悪化し、それすらも果たせなかった。

死を迎える3週間くらい前、「結局、海も連れてってくれなかったわね」と、恨めしそうに僕を見つめた妻の顔をはっきりと覚えている。目には涙をためていた。


そして今朝・・・

彼女はいつものように5時に起きて、亡くなった妻が誰よりも可愛がっていた犬のチビと一緒に1階に降りた。僕はいつものように6時に起きた。そして30分くらいベッドの中で亡くなった妻に思いを寄せていると、ハッと気が付いた。まるで目から鱗が落ちるように。

彼女は生きている!僕の中でずっと生き続けている!いつも何かあると、僕は彼女に話しかけているではないか。

「これはどうしたらいいの?」

「あなたはどう思うの?」

そうすると、亡くなった妻はいつも答えてくれるのだ。僕の心の中で。

僕は自分が死んだら妻を探しに行こうと思っていた。でも、それは全く違うことに気が付いた。死んだら、何もない。それは無の世界。自分もなければ、愛する人もない。何もない世界だ。いや、世界もない。無。永遠の無。

そして、探しに行かなくても彼女はいま僕の中にいる。いつでも会っているし、いつでも会話している。そのことがやっと分かったのだ。


「あなたは、どうかしてるんじゃない?」と思う人もいるだろう。どうもしていない。愛する人を亡くした経験のある人なら、僕の言ってることが少しは分かるんじゃないかな。


僕は亡くなった妻のことを敢えて忘れようとはしていない。思い出そうともしていない。でも、今も一緒にいるという感覚が僕の中にある。そしてその感覚は、ごくごく自然なことのように思われるのだ。

辛い思い出も、きっといつか甘美な思い出に変わるはずだ。亡くなった妻は僕の中に一緒にいるんだと気が付いたときから、それが始まっているのかもしれない。


これから先の人生も、亡くなった妻と彼女の二人の女を愛し続けることができるような気がしてきた。彼女には内緒だけど。



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優しい

いくら悪ぶってみせても、心の優しい、「いいやつ」だということがよくわかります。

罪と罰、なんせ難しいので、再びツンドクの刑に処すことにします。

Re: 優しい

P-takさん、おはようございます。

> いくら悪ぶってみせても

そう?


> 罪と罰、なんせ難しいので、

やっぱりドストエフスキーは若いうちに読むべきです(笑)。でも、若いころは本に限らず理解できないことが多いですね。

僕は20歳くらいのとき、難解なキルケゴールとかニーチェとか、サルトルとか読みましたが、理解できませんでした。60代の今読んだら、ひょっとして理解できることがあるかもしれません。

人それぞれですね

初めてコメントしますが以前のブログから結構長い読者です。

亡くなられた奥様の事が今日のテーマでしたが
私も若い時に愛した人を亡くしました。
心の中で彼女と対話するくだりは気持ちがよく判ります。

私はあの日からずっと一人です。
他の女性を愛したことがありません。
好きにはなれますが愛するという心を震わせる感情は
一度も起きませんでした。

管理人さんが1年満たずに新しい恋?愛?を見つけて
再婚されたことには素直に祝福させていただきますが
やはり人それぞれなんだなって・・・・
国も違い置かれた立場も違いますから私には理解しがたい文面や
感情を拝見し以前のブログと違う不思議な観念を持って読ませていただいてます。

環境や人間関係がかなり大変なことがわかりますので
くれぐれも健康にはお気をつけください。
これからも拝読させていただきます。

Re: 人それぞれですね

勿忘草さん、こんばんは。

> 私はあの日からずっと一人です。
> 他の女性を愛したことがありません。
> 好きにはなれますが・・・

人を愛するのに理由なんてないのかもしれませんね。だから、別の人を愛するようになっても、それが何故だか分かりません。ほかの人を愛さないとすれば、それも理由がないかも。それこそ、人それぞれですね。


> 私には理解しがたい文面や感情を拝見し以前のブログと違う不思議な観念を持って・・・

18歳のときから日本に住んでいたタイ人と日本で知り合い一緒になったわけです。苦労に苦労を重ねた女性でした。そして日本でもタイでも、常に日本語で会話していました。その日常が去年のあるときから一変したわけです。今は、日本のことを何も知らなくて、タイ語でしか話のできない彼女と暮らしています。同じような思考、感情で接することはできません。自分がまったく別の世界に生きているような気もしています。自分自身は変わらなくても。
プロフィール

Niyom

Author:Niyom
身を削って過ごした30余年のサラリーマン生活にピリオド。ここチェンマイに移り住んでからも、楽しいこと辛いこと、いろいろとありました。でも、それは全部過去のこと。人生、どこまでリセットできるものなのか、自ら実験台になって生きています。

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