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吾輩はチビである(5)

4月28日(土)

かれこれ1か月くらいになるであろうか、毎朝のようにお父さんに連れられて住宅街の中を散歩する習慣が定着しつつある。もちろんチワワのレックレックも一緒で、だいたい20分から30分くらいの時間をかけて中を一周して帰ってくる。僕たちの目的はたくさん存在するコンクリート製の電信柱を中心に、犬独特の、とくに男の犬独特のやり方で用を足してスッキリすることであるが、お父さんは自分の健康のためだと心得て僕たちを文字通り道連れにしているのかもしれない。

僕たちの住んでいる住宅街は一応は守衛さんのいるゲートがあって、全体はコンクリートの塀で囲われているから、タイ語で言うところの「ムーバーン」である。標準的なムーバーンと違うところをいくつか列挙してみると、まず入り口のゲートがみすぼらしい。ふつうは見かけだけは立派な象などの装飾を施した門構えがあって、出入りする道のド真ん中に守衛さんのいるボックスが設置されている。そして其処にはたいがい赤白か白黒の2色に彩られた昇降式のバーが車の自由な進入を阻止している。なぜ白赤とか黒白と言わずに赤白、白黒と言うのか、そのあたりの日本語の不思議さは犬である僕には到底理解できない。

そういう面倒な議論は措(お)いておくとして、ふつうのムーバーンのゲートでは車がやってくるたびに守衛さんがボックスから顔を出し、そこの住人でない場合は免許証を預かったりすることは初心の旅行者でない限りは常識的に知っているであろう。もちろん僕たちの住むムーバーンでも、住人か出入り業者でない限りは身分を証するカードを取り上げるようであるが、残念ながら赤白か白黒のバーは存在せず、鉄で出来た、いかにも安物めいた衝立のようなものを守衛さんが人力で移動させるだけである。

もうひとつ、タイの一般的なムーバーンとの歴然とした違いを挙げるなら、中の道路がかなり狭いことである。出入り口のゲートから直線で伸びるメインの道路は、ふつうは幅が10メートル以上あるところ、僕たちのところは8メートルしかない。僅か2メートルの違いじゃないかと言う人がいるが、、それはタイでは8メートル道路がいかに見すぼらしいものであるかを呑み込んでいない人である。

そしてメインの道路から脇道へ入ると、すべての道路は6メートル幅である。実はこれはごくごく標準的で、特に不満は感じない。やはり問題は、繰り返しになるがメインロードの貧弱さである。そして道路以外では、大概の住宅が小さいということである。小さいと言っても、男子として劣等感を抱くような短小の類ではなく、最低でも建物が100平米以上はあるから、お父さんの出身国の都会の平均からすれば決して文句の出る狭さではないだろう。それに、無駄な経費をできる限り削ぎ落した設計思想に歩調を合わせるかのように、僕たちのムーバーンの値段はすこぶるお安くなっている。だからお父さんでも此処に住める道理なのだ。

さて何の話をしようとしていたのか、すっかり忘れてしまいそうになったが、その見すぼらしいムーバーンの中を散歩するうちに、知らず知らずに決まったルートが確立するようになった。散歩のルートというものは、僕たち2人、いや2匹、いや2頭の自由になるものではなく、偏(ひとえ)にリードを携えているお父さんの意思にかかわるものである。従って、散歩のルートが決まっているということは、お父さんの好みに依っていることは間違いない。では、その好みとはどのようなものかという話をしよう。

僕たちのムーバーンは全体で120戸の住宅で構成される予定である。予定ということはまだ建設途上ということであり、現在人が住んでいる住宅は僅かに30戸に満たない。その多くはタイ人というよりもどうやらファランで占められている風であり、その相方の女性の多くがタイ人であるようだ。僕のお父さんとお母さんのように、日本人とタイ人のカップルは今のところに限る話ではあるが、見かけたことがない。

さて、散歩を始めて1週間目くらいのことである。ムーバーンには僕たちのような可愛くて性格の良い犬を住まわせている家が30戸のうちの半分はある。僕たちの家はムーバーンのゲートの近くだが、そこから一番遠く離れた奥の家に、掌に乗るくらい小さくて見るからに愛らしい、まるで玩具のような白い犬が飼われていることを発見した。たまたまその家の前でその子犬が遊んでいて、そばに年の頃が40前くらいのタイ人の女が付き添っていたのである。

僕たちは女の方ではなく子犬に気を取られていたのであるが、何とその女の方からお父さんにタイ語で声を掛けてきたのだった。

「こちらに住んでらっしゃるんですか?」

「はい、ゲートの近くに」

「ひょっとして日本人ですか?」

「ええ、一応」

「一応」という言葉はお父さんから出た言葉ではなかったかもしれないが、概略このような会話が交わされた。たったそれだけである。そしてご両人の会話はこの時のただ一度限りであった。ところが、その日以来というもの、お父さんは散歩のルートとして必ずその家の前を通るようになった。そしてそのたびに、例の40前くらいの女が家の中か、庭の中にいて、しばしばお父さんと目を合わせるのだった。僕たちは、やはり家の中か庭に出ている白くて小さくて愛らしい子犬と目を合わせ、また一緒に道路で遊びたい気持ちになるのだった。

あるときは、その女の人が家の中からわざわざ出てきてお父さんの方をじっと見つめていたことがある。そのときのお父さんは、たまたま女の人が朝起きてきたばかりのような、肝心の部分はもちろん隠してあったとは言え、かなり素肌を露出させた恰好であったからだろうか、すぐに目を逸らせて僕たちのリードを急いで引っ張ってその家の前から離れた。なぜそうするのか、僕たちにはまったく理解しがたい行動で、どうして挨拶のひとつぐらいしないのか、不思議でならなかった。お父さんが挨拶の言葉を交わしさえすれば、また僕たちにも白い子犬と遊ぶチャンスが生まれるのに、実に惜しいことだ。こういうお父さんのような性格を「奥ゆかしい」と形容する人がいるかもしれないし、あるいは「恥ずかしがり屋」とする人もいるだろうけど、僕に言わせれば、それはあまりに自意識過剰と言うべきではないかと考えるがどうだろうか。そのタイ人の女がその家に一人で暮らしているとは到底思えなかったが、いつそこを通っても出会うのはその女と可愛い小型犬の赤ちゃんだけであった。

ものはついでで、興味のある人もいるかもしれないのでその女の容貌に触れておくと、背格好はお父さんと同じくらいで、タイ人の女としてはかなり背の高いほうで、脚がスラリとしていて長い。肌の色はお母さんと同じように白く透き通るようで、太ってはいないが痩せてもいない。お母さんと違うところは、出るべきところがしっかりと出ている点だ。きっとお父さんもそのあたりは抜け目なく観察しているであろう。顔立ちは飛びきりの美人とはお世辞にも言えないが、一応“それなり美人”の範疇に入る点は、ひょっとしてお母さんと似たようなものかもしれない。違うのは年齢と、背の高さと、そして出ている部分のボリューム感である。

僕はお父さんの心を忖度することはできないが、毎朝の散歩の楽しみの一つが、その家の前を通過して女の姿を見ることではないかと思うようになったのは、つい10日ほど前のことである。それは何故かというと、その家の前に到達する直前は歩く速度がやけに速くなり、家の前に達するや否や今度はスピードが極端に遅くなるからである。それに加えて、お父さんの目は必ず家の中に向けられ、その女の存在を確認し、大概は目まで合わせてから再び歩行の速度を加速して立ち去っていくのである。このことの意味することは犬である僕でも容易に想像することができるのである。

ただ最後に、これでは将来的に問題が生じる惧れはないかと心を砕く読者がいるかもしれないので、今日の出来事を正直に書いておこう。

やはり今朝も7時半ごろに住宅街の中を散歩した。いつものルートを辿ってその一番奥の家に到達すると、我が家と同じくらいの小さな庭には犬の人形と言われてもそうかと思えるような小さな犬が遊んでいた。玄関は開けっ放しで、そこから丸見えのリビングに例の女がいたのであるが、庭の奥の方に目をやると、別の人間の存在を初めて認めためのである。ひと月近くもほぼ同じ時間帯に通っているのに、今日が初めてのことだった。

その別人の性別は明らかに男で、頭はつるっ禿、年の頃はファランなので割り引いて推測すると50代半ばといったところか。例によっていかにもファランらしい腹の出た太っちょで、図体のデカいことを別にすれば、全体的なカッコよさではとても僕のお父さんに太刀打ちできそうな器量は有していなかった。その女が、いつもお父さんに誤解を与えそうな色目を使っていたのも、さもありなんと想像するのは偏に僕の贔屓目の仕業だろうか。

しかし、よくよく考えてみれば、以前その女の方からお父さんに声を掛けたのは、僕とチワワのレックレックの2人、いや2匹、いや2頭を並べて連れていたという、只それだけの理由だということは、常識のある読者なら容易に理解するところであろう。その女がお父さんに対して色目を使っていたというのも、実は単なる誰かの妄想であることは明らかである。というより、お父さんのために真実を語っておくと、お父さんはそのタイ人の女ではなく、愛らしい白い子犬に格別の興味を持っているのかもしれぬ。

毎朝の散歩にせよ何にせよ、それを永続的に遂行するためには人間は何らかの動機づけを必要とする。散歩のルートに、妙齢と言うには少々トウがたっていても出るべきところの出ている美形の女が存在することは、高齢の域に達しているとはいえ未だ現役の男子への動機づけとしては格別なものである。もし仮にそうだとしても、それ自体を僕としてはとても批難する気にはならないのだが、道徳的に劣っているとは到底思えない読者諸兄は一体全体どのように思料されるであろうか?



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Niyom

Author:Niyom
身を削って過ごした30余年のサラリーマン生活にピリオド。ここチェンマイに移り住んでからも、楽しいこと辛いこと、いろいろとありました。でも、それは全部過去のこと。人生、どこまでリセットできるものなのか、自ら実験台になって生きています。

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