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吾輩はチビである(6)

4月29日(日)

お母さんがキャディーさん達の飲み会に出かけて帰りが遅くなり、お父さんと一触即発の瀬戸際に立ったのは火曜日のことだった。ところがそれも束の間、昨日の夜、再びお母さんは飲みに出かけた。今度はキャディーさんではない。一旦はお父さんに日本語の教えを請うておきながら、まだ1回しか授業を受けに来ないズボラな女性2人が相手だった。一人は幼稚園の先生で、もう一人は何を描く人なのかは知らないが、肩書としてはデザイナーというらしい。

土曜日の夜に飲み会を計画していたことは、何日か前にお父さんに話しているのを聞いたので知っていた。「今度は、お父さんも一緒に行ってください」と熱心に勧誘したものだから、お父さんも仕様がないから出かけるかという気になりかけていたところだった。ところが、その返事の仕方がいかにも“不承不承”で、お母さんとしても不愉快だったのだろう。昨日の午後になって、急に「お父さんは行かなくていいですよ。晩ご飯を作って一緒に食べますから、夜は大人しく家で待っていてください」と、まるで踵を返すように誘いを取り下げてしまった。

僕はお父さんが今度こそブチ切れるのではないかと身構えたけれども、流石は年の功だけあって極めて冷静だった。というより、もう諦めたのかもしれない。どう考えても嫌味としか思われないセリフを吐いて、微笑を無理やりにでも作ってお母さんに返した。

「キミはどうやらお父さんよりも飲む方が好きみたいだね。どうせ俺と一緒に行っても楽しくないだろうから、友達2人と行っておいで」

今度は何時に帰るつもりなのかとお父さんが聞くと、前回のことで懲りたのか、十分に余裕を織り込み、しかも曖昧にするところは曖昧にする気の遣いようで返事した。

「早ければ夜11時半くらいでしょうか・・・店が閉まるのが12時なので、その前後には帰れるでしょう」

「その前後」という表現は、仮に午前1時を過ぎてもタイ式に言えば十分通用するように思われるから用意周到だ。前回のキャディーさんとの7時間に及ぶ飲み会の前科がある。お母さんの返事に対して、お父さんはテンション低く「ふん」と呟いただけだった。僕には男同士としてお父さんの気持ちを読む特技があるので、1週のうちに2回目ともなる飲み会について、内心ではどんな風に考えているか手に取るように分かるのだ。

10年も20年も夫婦をやっているならば、妻の方が女友達と夜遊びに出かけて深夜に帰ってきたとしても、それほど違和感はないだろう。女同士だけでなく、男が仮に混じっていたとしても、夫婦としての新鮮味はとうに消え失せているであろうから、それほど焼餅を焼く事案にはならないだろう。しかし、その場合でも毎週というのは果たしてどうなのか、ましてや2回目ともなると・・・弁証法で知られるヘーゲルだったと思うが、「量が質に転化する」という哲学史上有名な定理を残している。つまり平たく言うと、頻繁に飲み会に行き始めると、はじめのうちは飲むのが楽しみだったのが、やがて別の目的に変質するということになる。もっと端的に言えば、飲んだり食べたりするだけでは済まなくなって、もっと別の刺激を求めるようになるということだ。男なら非常に分かりやすいことだが、女だって同じだと考えてもそれほど不自然ではない。

確かにお父さん自身は友達と飲みに行くことは稀で年に数回あるかないかだから、結婚してまだ数か月もたたない若い妻が夫を抜きに頻繁に夜遊びするなんて、想像したこともなかっただろう。もちろん夜遊びと言っても若者の集まる店に女同士で飲みに行き、生演奏を長時間ひたすら聞いたり、たまに踊ったりするわけだから、男がイメージするような危ない夜遊びではないのかもしれない。でも、それすらも何らの保証はない。すでに若者とは言えないにせよ、30前後の女が3人だけで夜の街へ出て行けばどんな誘惑があるとも限らない。普通はそのように考えるものではないだろうか。

僕だったらどうするか・・・残念ながら犬の僕としてはお父さんのように60歳を過ぎてから35歳以上も若い女と一緒に暮らすという芸当はできそうにないので、この歳の差というものがどういう意味を持つものなのかよく理解できない。あえて言えば、あまりその差を気にせずに、若い方に合わせて一緒に飲みに行けばいいんじゃないか、一緒に踊ればいいんじゃないかと考えるのだが、どうだろうか。犬として青年期から壮年期に差し掛かりつつあって、体力気力ともに充実した僕だからこそ、そんな風に思うのだろうか。

チェンマイの歓楽街にある飲み屋は、日本人の中年男や年寄りなどが連れ立って訪れて若い女の接客サービスを受けるタイプの店と、中年以上の人間の姿はまったく見当たらない若者向けの店の2種類がある。その中間も存在するが、客の圧倒的多数は若者という店が数でも圧倒している。もちろん、お母さんの行くような店に年寄りの姿を求めるのは宝くじに当たるのと似て極めて低い確率だろう。だから、そういう若者の店に4時間も5時間もいること自体がお父さんにとっては大変な苦痛の種に違いないのだ。それは犬の僕にも容易に想像できる。


さて、予期した通り、というか心配した通り、お母さんは時計の針が午前0時を回っても帰って来なかった。そしてお父さんは午前1時になって玄関のカギをかけ、ご丁寧に1階の電気を階段以外は全部消してから2階へ上がり、シャワーを浴びて寝る支度を始めた。いつまでも寝ないで待っているのはますます若い女を増長させることになると、ついに判断したのだろうか。お父さんの感情は火曜日のように再び沸点に達してしまったのかもしれない。

それから15分ほどたったとき、お母さんの友達の運転する車がスーっと入ってきて玄関の前に止まった。きっとお父さんはその様子を2階の窓から見ていたに違いない。しかし、お母さんが自分で玄関のカギをあけて家に入ってきてもお父さんは降りてこなかったし、お母さんはお母さんで、いつまでたっても2階へ上がって行かなかった。我が家では、明日からまたお二人の神経戦が始まるのだろうか?もういい加減に勘弁してもらいたいというのが忠実な飼い犬としての、僕の偽らざる心境である。

お母さんには日本人の男に扶養されている妻として、なるべくなら時間を守ってもらいたいし、お酒を飲むのを少し控えめにしてほしい。そしてお父さんには、もっと年齢相応の寛大な心を涵養してほしいと望むのは、犬として出過ぎたことだろうか?


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プロフィール

Niyom

Author:Niyom
身を削って過ごした30余年のサラリーマン生活にピリオド。ここチェンマイに移り住んでからも、楽しいこと辛いこと、いろいろとありました。でも、それは全部過去のこと。人生、どこまでリセットできるものなのか、自ら実験台になって生きています。

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