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吾輩はチビである(7)

4月30日(月)

(28日の第6話からの続き)

午前1時を過ぎてから、まるで泥棒が忍び込むように音もたてずに帰宅したお母さんは、案の定そのままソファーに寝そべったあとは少しも動かなくなった。これは夜遅くまで飲んだ時のお決まりの行動パターンで、すぐにシャワーを浴びて2階のベッドルームで眠るようなスマートな動きはできないのである。お父さんは寝室の窓からお母さんの帰宅を目撃したはずだが、敢えて不干渉を決め込んでいるものと見えて、いつまでたっても1階のお母さんのところには降りてこなかった。

今頃のチェンマイは真夏の盛りで、朝は6時には空が明るくなり、それより1時間も前には鶏の啼き声が其処かしこと聞こえてくるのが常である。いかに無視を装うお父さんも、1階のソファーに寝そべっている筈の愛人ならぬれっきとした妻の動静は気になるものとみえて、遠くに聞こえるコケコッコーの微かな音にも反応して目を覚ました。おそらく数時間しか眠っていないだろう。

一方のお母さんも、予定の時間を超えて帰宅したという負い目だけは自覚しているものと見えて、存外早くに起き出した。そして向かった先は2階の寝室だった。僕は少々遠慮気味にお母さんの後をつけて階段を上った。

「オトーサン!オトーサン!」

お母さんは寝室のドアの前に立って奇妙な猫撫で声を発した。その声はどうみても飲み過ぎのせいでハスキーな性質に変わっていて、未だにアルコール酔いの残ったような間抜けな音であった。

ここで一言注釈を加えておこう。お母さんがお父さんを呼ぶときは、まさに日本語の「オトーサン」がここ数か月の決まりとなっている。何故そうなったのかと言うと、以前お母さんが「前の奥さんの子どもたちはアナタのことを何て呼んでたの?」と聞いたことがあった。お父さんは事実の通りに「前の奥さんも含めて全員『おとうさん』と呼んでいた」と答えたのでお母さんもそれに倣っているのである。ただし、お母さんは前の奥さんの真似をしているのではなく、あくまでも3人の連れ子と歩調を合わせているにすぎない。年齢差を考慮すればそうするのが至当であろう。

さて、お父さんは既定の方針通りに、何らかの計略を腹蔵して寝室に現れたとしか思われないお母さんのアプローチを無視しようとした。それに構わずお母さんは、ベッドに仰向けで寝ているお父さんに突進して馬乗りになった。僕はその姿を目で見たのではない。あくまでもお得意の聞き耳を立て、音の変化によって寝室で起きている動きを把握したのであって、多少は勘違いも含まれるかもしれないことは断っておく。

お母さんはお父さんのパジャマのズボンを引きずり下ろしにかかった。目的はただひとつ。夫が毎晩のように使用し、昨夜は自分の帰宅が遅かったせいで使用できなかった一物を引っ張り出すことにあった。そのような直截的な行動は、これまでのお母さんには決して見られなかった積極的な愛撫の行為であったので、お父さんは最初は怯んだに違いない。

男とは実に扱い易いものであるらしい。もしその時、お母さんが何か言い訳したり、間違っても「どうして起きててくれなかったの?」などと自分の勘違いを口に出していたならば、僕の最も恐れる家庭内冷戦がすぐにでも勃発していたに違いない。ところが予想に反して若いお母さんは本能的にそれを回避する術をすでに身に着けており、そして絵に描いたようにお父さんはその術中に嵌ったのである。

これ以上のことについては、男の犬である僕にはあまりにも刺激が強すぎて敢えて語りたくないのであるが、飼い主の一人から“語り部”の役目を仰せつかった忠犬の義務を果たすために、もうすこし続けることにしよう。

お父さんは睡眠不足もあり、なおかつ昨夜の待ち疲れとお母さんに対する疑心暗鬼の病が再発したために、ご自慢の一物はお母さん曰く「ハハー、まるで親指ね」と笑ってしまうような、縮こまった形状を呈しているようであった。そもそもそのように短く細った姿を直に目にするのは初めてなのかもしれない。でもお母さんは笑っている場合ではなかった。和平工作あるいは対話路線とも言うべきこの作戦が失敗に終われば、間違いなく夫婦間の戦争が勃発するのだ。前回の経験から、お母さんはその危機感を失っていなかった。

一緒にシャワーを浴びる余裕はなかった。まさに一発勝負の胆力が必要であった。ところがうまい具合にお父さんは男の本能としてお母さんに協力する態勢を取り始めた。その機に乗じて一気に攻めに転じたお母さんは見事に第一関門を突破し、お父さんをまるで赤子をあしらうかの如くに手中に納めることに成功した。つまり・・・これまで見られなかったような絶妙な口技、舌技によって相手を陥落させたのである。あえて直接的な表現方法を採用するとすれば、いつでも挿入可能な、肥大化して硬直した一物を手にすることに成功した。

そのあと自分一人でシャワーを浴びてから出直す余裕を取戻したお母さんは、ベッドの上でゆうゆうと本格的な料理にとりかかった。そしてその手際はお父さんの予想を圧倒的に凌駕するものと見え、不思議にあらゆる憂いからお父さんの心まで解放してしまったのだ。恐るべきは女の肉体の能力である。いや、肉体だけではないだろう。その目的が何であれ、渾身の思いの籠った肉体攻撃に晒されては、男はただただ降参するより他に手がないのである。

僕は寝室で起こっている状況を目のあたりにはしなかったのであるが、明々白々な、二人の肉体のあまりに混然一体と展開する行為の数々に固唾を飲むというより、ドアの前に寝そべって聞き耳を立てている自分が馬鹿らしくなった。そして最後を聞き届けずに、1階に降りた。するとテレビ台の下に突っ込まれていた新しいトイレットペーパーが目に飛び込んできたので、そのビニールの袋を思いっきり噛んだ。そうしたら口慰みにはもってこいの真っ新のトイレットペーパーのロールが2個転がり落ちたので、夢中になってそれを齧(かじ)りまくった。するとリビングは、トイレットペーパーの白い細かな破片が散乱する奇観を呈した。それによって僕の溜まりに溜まっていたストレスを発散することができたのである。

それにしても、お母さんの男を料理する腕前は、このところ長足の進歩を遂げているように感じられる。つい先日は「一緒にシャワーを浴びましょう」であったし、今朝はベッドで寝ているふりをしていたお父さんの急所へ見事な奇襲口撃を仕掛けたのだ。そして、それらの性技を入り口にして完璧なまでのフィニッシュに導く手腕は、犬の僕でも感心せざるを得ない。男の身体と魂を鷲掴みにする魅力を備え始めているのである。それはすなわち、ここで言うのも憚られるのだが・・・男の持ち金を易々と鷲掴みにできることにも繋がるはずだ。

これで当分は冷戦の恐怖から解放されたと思われるだけでも、それはそれは幸運なことだ。このあとも僕は安んじで“語り部”としての責務を果たしていくことができる。それにしても、女は30にもなれば見事に進化していく。というより、化けていくと言った方が適切だろうか。一方の男は、犬も人間も相も変わらず単純な存在のままだ。それで世の中も家庭の中も平和になれば言うことはないのだが・・・


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プロフィール

Niyom

Author:Niyom
身を削って過ごした30余年のサラリーマン生活にピリオド。ここチェンマイに移り住んでからも、楽しいこと辛いこと、いろいろとありました。でも、それは全部過去のこと。人生、どこまでリセットできるものなのか、自ら実験台になって生きています。

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