FC2ブログ

ひょんなことから彼女は息子に会った

5月24日(木)

6年続いた前のブログでは、長いお休みがちょくちょくあった。去年の9月から始めたこのブログでも、ついに本格的な長期“休筆”の始まりかと自覚していた。ところが今朝、多分初めての方だと思うが「心配してます」と言うコメントをいただいてしまった。そこで、心配事を書いておこうと思って、今書き始めている。

実は先週、僕にとっては画期的な出来事が起きた。彼女がはじめて前妻の連れ子の一人に会ったのだ。「あら、まだ会ってなかったんだ」と思う人も中にはいるだろう。彼女には、前妻の3人の連れ子のことを事あるごとに話した。しかも問題がいろいろとあるという事実を割と正確に伝えていた。それもあって、彼女は連れ子にはできれば会いたくないと思っていただろう。とくに長女については、彼女の嫌う「移り気」という性質を持った“問題児”と認識したに違いない。半年前に僕たちが急に同居するようになったのも、実は長女のせいだと言うのが最も真実に近い。

僕は彼女にこう言っていた。

「そうは言っても、いずれは会う機会が必ずあるよ。いや、会わないで済ますことは不可能だ。女の子は2人とも成人しているし、二番目の子は家族を持っている。2人の女の子と僕は日本でもタイでも親子関係が存在しない。でも高校生の男の子は、日本の僕の戸籍に入れているから、養父としての責任が僕にはあるんだよ」

僕と彼女の暗黙の了解事項は、「前妻の1周忌(5月20日)が終わるまでは子どもに会わない」ということだった。ところが、その1周忌の前に、彼女は男の子と会うことになった。ちょっと長くなるが、その経緯を説明しておこう。

高校2年の男の子は2年生を修了できなかった。3月に学年が終わった時点で欠席日数があまりに多かったのだ。それで、4月中旬のソンクラーンの休みを除く3週間の間、「サマー」と呼ばれている有料の補習が行われるのだが、その補習もサボってしまったのだ。

僕は「明日からサマー」という連絡を彼から受けて、「ちゃんと行けよ」とだけ返事して放っておいた。そうしたら何を考えたのか、彼はたった3日しか行かなかった。3週間のうちの3日だけ。しかも、その3日も完全な遅刻。それは後で分かったのだが・・・

4月の下旬に「今日補習が終わったよ」という連絡を彼から受け取ったので、僕は「やれやれ」と思っていた。そして5月に入って久しぶりに会った彼は「高校を1年間休学にして仕事をしたい」と突然言い出した。理由を聞いてみると、「もっとお金が欲しいので自分で働いてみたい。仕事の目途もつけている」

そもそも高校を休学できるのかどうか、それに彼が考えている仕事と言うのもちょいと問題がありそうだった。そうこうしているうちにバイク事故が起こった。高校の新学期の始まりが迫っていた。本人はケガしたばかりで学校へ行くのも大儀だろうから、まず僕が学校へ行って聞いてみることにした。でも一人では不安があるので、彼女に一緒に行ってくれと頼んだら、案外快く引き受けてくれた。そうして先生と面談してはじめて彼が2年生を修了できていないことを知ったのだ。もう特別な補習を行うこともできない。

僕は迷った。もう一度高校2年をやり直すかどうか・・・でもそれは同級生が3年になっているのだから本人が辛いだろう。別の高校へ移って2年生からやり直すのはどうだろうか・・・なにしろ彼が通っていた高校はチェンマイでもピカ一の授業料を取る学校で、“ハイソ”の親の子どもが行く学校としてよく知られている。つまり金持ちの子弟の行く学校なのだ。

彼女も一緒に考えてくれた。彼女が受けた教育は幼稚園から高校、看護婦の専門学校まですべて公立だった。彼の通う高校の授業料の額を聞いて一種の反感を持っていたと思う。彼女の高校時代の授業料の何十倍だ。それはチェンマイの普通のタイ人の1年分の平均収入とあまり変わらないくらいの額だったのだ。それなのに、彼は自分の怠慢で1年分の授業料をパーにした。

本人と亡くなった前妻の希望で、僕もかなり無理して通わせていたのだ。彼女は学校を変えた方がいいと主張した。金持ちの行く学校に置いておいては「彼の将来のためにもならない」と言った。それに、「あなたはハイソなの?」と聞かれれば「ノー」と答えるよりほかない。休学して仕事することはもちろん却下。別の学校で勉学を続けるのが本人にとっても、お金を出す僕たちにとってもベストという結論になった。

彼女はチェンマイで先生をしている友達に相談してくれた。イサーンの親戚にも高校の先生をしている女性がいて、久しぶりに電話して意見を聞いてくれた。誰の意見も高校だけは卒業させなければ話にならないというものだった。もし休学して仕事でもしようものなら、絶対に復学なんてしないだろうという意見だった。それでいろいろ聞いてみると、もし大学に行く気がないのなら、この際、卒業後の就職に有利な職業専門高校がいいというのだ。ただし、そこは普通高校からの2年次編入はできない。

ということで、最後は本人の気持ちしだいとなった。そして2年もロスすることになるが、17歳の彼は職業専門高校の1年からやり直すことにした。そこで本人、僕、そして彼女の3人で、まず2年生を落第したハイソの高校へ行って退学の手続きをしたのが先週のことで、彼女と男の子の初めての出会いはその時だった。今週になって、職業専門高校の門を2回彼女も一緒にくぐった。

17歳の息子と彼女が会って会話し、一緒に食事をしたのが昨日で3回になった。お互いにどう思っているのかハッキリとは分からないが、タイ語で会話している2人の様子を見ていると、これからも問題なく付き合っていけそうに見える。とくに彼女の対応は想像以上に大人らしいもので、息子を上手に励ます言葉は、前妻のような実の親子の感情むき出しの会話とは別世界の観がある。

僕は義理の父親だが、彼とは2歳の時からの関係なので、まるで肉親のような感情がある。彼が14~5歳になったころからは、お互いに感情をぶつけ合うので、話しているとたいてい喧嘩のようになる。彼女は感情ではなく、たくさんの言葉を使って相手が分かるように話すので、彼も一々納得するようだ。亡くなった前妻は子供に対して言葉で納得させることが大変不得手で、女の子にもすぐに怒鳴りつけて手を出した。30歳の彼女は子供を持った経験がないので、母親が子に対して持つ独特の感情を知らないのだろう。それが却ってよい結果を生むこともあるのかもしれない。

きっと彼女にもいろいろな思惑があるのだろう。僕に断りもなく、彼にこう言っていたのを耳にした。「もしこの先、あの家を売って、小さくても新しい家を建てたら、あなたも一緒に住んでいいですよ」・・・これはいろいろに解釈できるのだが・・・彼女は、男の子が思っていたほどには性格の悪い子ではないことが分かったのではないだろうか。「この子となら、まあやっていけそうだ」と。


にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ
にほんブログ村  
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

そうでしたか!

しばらくブログ掲載がないので、気にしてましたが、前のブログでも1ケ月位空いたことも時々あり、日々忙しいことだろうと推測してました。
息子さん、相談する人がいなくなり寂しかった事でしょう、一番大事な思春期ですから、彼女の心使いで良き相談相手となれば嬉しい事です、時々3人で会食してコミニュケーションを取りましょう。

よかったですね

前のブログからずっと読ませていただいてますが、コメントは初めてになります。
1年前に母親を亡くした息子さん、大変失礼ですが、それに追い打ちをかけるように御父様も家を出られたわけですよね。きっと心のなかにぽっかりと穴が開いたような状態だったのではないでしょうか。
若い奥様は母親替わりというより、よき相談相手として息子さんと接しられたら、きっと立ち直って自分で自分の未来を切り開いて行かれると思います。これからの経過も是非書いて行かれることを楽しみにしております。

Re: そうでしたか!

のり3さん、こんにちは。

> しばらくブログ掲載がないので・・・日々忙しいことだろうと推測してました。

いろいろですが、ほとんどは息子のことです。

> 相談する人がいなくなり寂しかった事でしょう、

4~5人とても仲の良い友達がいて、入れ替わり立ち替わり家にも泊まりに来ていますが、何せ同世代ですから、内容によりけりですが、相談相手としては物足りないでしょう。彼女は本物のお姉さん2人とは違って、しっかりと話をしてくれるお姉さんになるでしょう。

Re: よかったですね

マリさん、こんにちは。

> ・・・追い打ちをかけるように御父様も家を出られたわけですよね。

2人のお姉ちゃんが弟の面倒をまったく見ないので、生活面では困っているようです。自分で自分の分だけ洗濯したり・・・本当は僕のところに来たいのかもしれませんね。

> 若い奥様は母親替わりというより、よき相談相手として・・・

彼女は「もしお母さんと言われたら、さすがにイヤだわ」と言って笑っています。彼女は貧乏な家庭で苦労して育っていますから、「17歳だったら、もっとしっかりしなくっちゃ。欲しいものは何でも与えられて甘やかされて育った結果がこれですよ」と僕には言ってます。相手の問題点を見抜いているようですから、きっとよい相談相手になれるでしょう。

No title

お久しぶりです。
色々と大変ですね?やはり男の子は籍に入っていましたか。何となくは感じていました。
上の姉2人と生活していれば、なんか元の木阿弥になりそうな気がします。
その高校に寮でもあれば、入れるのがベストだと思います。
14,5歳から感情をぶつけるようになったという事は、完全な父親ですよ。義父だという意識が強ければそうはならないはずです。正直寂しくて仕方ないんじゃないかな?
何時も勝手な私見です。

Re: No title

alfaさん、おはようございます。

> その高校に寮でもあれば、入れるのがベストだと思います。

学校の近くに寄宿させようと考えてます。その学校は遠くからの子が多いのと、時間に厳しくて遅刻を許さないので、たくさんの生徒がそうしています。

> 14,5歳から感情をぶつけるようになったという事は、完全な父親ですよ。

前妻がよく怒ったのは、親に対してあまりにも馴れ馴れしいタメ口をたたくからでした。タイでは基本的に親に対しては、先生と話するときのようにきちんとした言葉使いでなければならないのです。私に対しても彼の言語が友達言葉なので、注意すると大体喧嘩になりますね。日本ならそれでいいのでしょうが。

プロフィール

Niyom

Author:Niyom
身を削って過ごした30余年のサラリーマン生活にピリオド。ここチェンマイに移り住んでからも、楽しいこと辛いこと、いろいろとありました。でも、それは全部過去のこと。人生、どこまでリセットできるものなのか、自ら実験台になって生きています。

最新記事
最新コメント
フリーエリア
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
QRコード
QR