FC2ブログ

真夏の情事(5)

10月11日(水)

食事が終わると黒髪美人の顔から笑みが消えていた。急に無口になった。何かを警戒しているようにも見えたし、何かを期待して身構えているようにも見えた。僕は昨夜決心したことを実行することしか頭の中になかった。

車は行き先も決めずに走り出した。相変わらず彼女は無言だ。

「どうします?コーヒーでも飲みに行きますか?」

そう問いかけても返事がない。返事がないということは、コーヒーには全く興味がないことを意味していた。それに「コーヒでも・・・」という声に元気がなかった。きっと黒髪美人は、僕が本気で言っていないことを察したはずだ。

車が走り出してすぐだった。そうだ、はっきり言葉に出して確かめないといけないことが一つあった。それは今しかチャンスがないと思った。多分これから先は機会がないかもしれない。そう、もう明日はない。そう思うと、自分の心臓がバクバク鳴っているのが分かった。テーブルを挟んで向かい合っているときよりも、密室の車の中は言いやすかった。自分の声が少し震えているのがわかった。

「僕はあなたの・・・フェーンになりたい。いいですか?」

フェーンはタイ語で恋人、連れ合い、そして夫婦を意味する。僕の言葉に、黒髪美人はフロントガラスを向いたまま、表情をまったく変えずに低い声で即答した。

「ダイ カー」(いいですよ)

これで僕の緊張が一気に解けた、という訳ではなかった。答えは、前回会った時の彼女の態度で分かっていた。そうでなければ、自分から手を握ってくるはずがない。だが問題はこの次だった。僕の心臓はさらに高鳴った。清水の舞台から飛び降りるつもりで勇気を振り絞った。

「今日ホテルに行ってもいいですか?」

しばしの沈黙が彼女を包んだ。真剣交際をしようというのに、断りもせずにいきなりホテルに連れ込むわけにはいかない。彼女は、また僕の方を見ずに正面を見据えたまま、意を決したように言い放った。

「ホテルに行くのはかまいません。でも抱くのはダメです。」

今度は僕が沈黙した。これまでそんな風に言った女がいただろうか・・・。

抱くというのは、タイ語では「コート」と言う。「コート シャン マイダイ カ」・・・彼女ははっきりとそう言い切った。僕はこれまでの人生で女をホテルに誘ったことは何度もある。ほとんどは日本人だが、この日のように緊張したことはかつてなかった。3年前の、アラサーの彼女のときも全く緊張しなかった。多分、本気で付き合おうと思ってなかったからだ。つまり、遊び心だった。

ところが隣にいる黒髪美人とは、出会ったその日からその気になった。彼女も真剣勝負を挑んでいることがすぐに分かった。そう考えると僕は彼女の言葉が不思議ではなかった。納得した。この女は真面目な女なんだ。出会ってから3回目か4回目でセックスするような軽い女ではなかったんだ・・・・僕はそう考えようとした。でも、「抱くのはダメ」というのは彼女の本心なのだろうか・・・。僕は頭の中が真っ白になった。

湖から僕の知ってるホテルまでは10分くらいの距離だった。しばらく迷った。ホテルへ行って抱かないか、それとも抱けないのだったらホテルへ行かないか・・・・。正解がわからない。そう思いを巡らして運転していると、赤信号で停車を余儀なくされた。ふと我に返ると、その交差点を左折したすぐ先が、僕の知ってるホテルだった

タイの交差点は信号が赤でも大概は左折できる。少しの間で僕は決心した。今ハンドルを左に切らなければ、一生後悔することになるだろう。今日黒髪美人を抱けなかったら、もう永遠にそのチャンスはないだろう。抱くことができてもできなくても、左に行かなくてどうするんだ!もはや結果は僕の眼中になかった。とにかく行くしかなかった。

そのホテルは実はアラサーの彼女といつも行くホテルだった。しかも車は僕の意思にかかわらず、何故か彼女が一番気に入っている9番の部屋に入ってしまった。習慣というのは恐ろしい。ほかにもその種のホテルは何軒か知っているのに。そして、よりによって9番だ。なぜそんなことをするのか、自分でも分からなかった。

アラサーの彼女のことは、僕の脳裏から完全に消えていた。今この場面を彼女が目撃したらどうなるだろうか・・・そんなことは1ミリも思い浮かばなかった。

9番の部屋は、ドアを開けると左側にダブルベッドがある。そして正面にテレビあり、テレビの左に冷蔵庫がある。浴室は一番奥だ。薄暗い部屋に入ると、黒髪美人は奥のトイレで用をすませた。そして戻ってきてすぐテレビをつけた。それからベッドの隅に腰をおろしていた僕の左側に並んで座った。

アラサーの彼女と僕は部屋に入るとまずビールを1本注文する。それからビデオを視る。そのホテルはファラン、日本人、タイ人と3種類のビデオが用意されているが、僕たちはタイ人どうしのシーンを選ぶことが多かった。それが習慣になっていた。黒髪美人がつけたのはビデオではなく普通のテレビだった。でもどんな番組だったかは、まったく記憶にない。

僕は何も考えていなかった。ここで一体どうしたらいいのか、何もアイデアがなかった。すべての選択肢は、女の手に握られている。すぐ横にいる彼女と顔を合わせることもできない僕があった。一種の放心状態だったのかもしれない。すると彼女は僕の方を向いて突然こう言った。

「私を抱きたいですか?」

ビックリした。さっき「抱くのはダメ」と言ったばかりの同じ女が言うセリフとは思えなかった。そして彼女の顔を見た。すると黒い大きな瞳が潤んでいるのがはっきりとわかった。やっぱりそうだったのか・・・僕はやっと我に返った。この女も、オンナなのだ。そして僕はオトコだ。

「もちろん、抱きたい。」

僕が発したのはその一言だけだった。

すると、間をあけずに彼女は抱きついてきた。両手を僕の背中に回して密着してきたので柔らかい乳房の感触が僕の胸に伝ってくるように感じた。まるで飢えた動物のように激しく二人の唇が重なり合った。重なるだけでなく深く合わさった。しかし初めての口づけの甘さをかみしめる間もなく、彼女は自分の着ていた服をかなぐり捨てると、すぐに僕のシャツのボタンを外しにかかった。

黒髪美人は想像を裏切るほどセックスが好きだった。ほぼ完ぺきなまでに彼女のリードで事は進んでいった。これほど情熱的な女は久しぶりだった。いや、一番かもしれない。後で聞くと、彼女はその最中に4回も達していた。

ところが、僕はとり残されていた。先にシャワーを浴びていた黒髪美人の一糸纏わぬ姿にひかれて、僕は浴室をのぞいた。すると彼女は、僕がまだ鎮まっていないことに気づいて手招きした。そして一心不乱に彼女の口を使ってくれた。それでも終わらなかったので、とうとう浴槽に腰をかけて合体した。僕が出会ったタイ人女性は、例外なく男が果てるまでお勤めをやめることはなかった。黒髪美人は、そのなかでも一級の技をもっていた。その種の職業を経験したのではないかと思わせるくらい上手だった。

僕の計画は完遂した。多分、あの日の僕の計画は、後になって思えば彼女の計画と一致していたような気がする。食事が終わった頃、次に僕がどう出るか、彼女はじっと待っていたのだと思う。だから急に寡黙になった。何かを怖れたり期待したりするとき、人間は黙るか、それとも異常にお喋りになるかのどちらかだ。

「抱くのはダメ」と彼女が言ったのは、男の器量を試したのかもしれない。あきらめてホテルへ行くのをやめる男か、それとも無理やりでもやろうとする男か、それとも女に下駄を預けられる男か。そして僕は彼女のストライクゾーンに入ってしまった。僕は、彼女の予め思い描いていたとおりの行動をしたに違いない。黒髪美人はセックスが好きなだけの女ではなく、男を操る術を学んだ賢い女だった。

望んでいた通りの結果になっても、僕は喜んでいる場合ではなかった。翌日にアラサーの彼女との約束があったのだ。

僕の計画がもしも未遂に終わっていたら、悩むことなく彼女に会えただろう。そして何食わぬ顔でお勤めに励んだに違いない。しかし、こうなった以上は真実を彼女に告げなければならない。それぐらいの潔さは、僕はまだ持ち合わせていた。

夜は眠れなかった。そして、どう彼女に言うか決められないまま朝を迎えた。

このブログランキングに参加しています。よろしかったらクリックをどうぞ

タイ・ブログランキング

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

はじめまして。
いつの間に小説になってるんですね。
恋愛小説?それとも官能小説?
感想を言わせてもらえば主人公の「僕」さんは
60台とは思えません、スーパータフマンですね。
それかほんとは若い人?
これからどうなるのかしら?と思いましたけど
答えはもうとっくに書いてありました。

スーパータフマン

更年期さん、感想いただき恐縮です。ただし、僕は男なのでタフマンじゃなくて、タフ〇〇です。

それはさておき、日記でも小説でも好きなように書けますから、回数のことは読み流して下さいませ。

ところで、鋭い御指摘。前から読んでくだされば、答えは見え見えでしたね(笑)
プロフィール

Niyom

Author:Niyom
2012年、60歳でチェンマイへ移住。2017年にタイ人の妻を病気で亡くした後、愛人だった若いタイ人女性と再婚、前妻が可愛がっていた小さな犬2匹も一緒に暮らしている。

最新記事
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
検索フォーム
QRコード
QR