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真夏の情事(7)

10月13日(金)

8月に入り、黒髪美人と出会ってから3週間が経とうとしていた。彼女は1か月に一度週末に、バスで3時間ほどかかるチェンマイ県北部の実家に帰るのが常だった。そして8月最初の土曜日、母親に事の次第を報告していた。

「最近日本人の彼氏ができたんですよ。少し歳はとってますけど、見た目はまだまだ若くて、とても元気な人です。」

「それはよかったね。やっといい彼氏にめぐり会えたんだね。心配してたんだよ。もうすぐ40だものね。気候がよくなったら一度その人を連れておいで。」

そんな会話が母娘の間で交わされた。彼女はタイ人の男と5年ほど前に離婚していた。子供はいない。出会い系サイトに登録して真剣に相手を探していたが、これはという男にめぐり会えなかった。ファランとはデートしたことがあるが、みんな例外なく下腹の出た太っちょで、彼女の好みに合わなかった。

僕が黒髪美人の新しい住まい探しに奔走していた頃、アラサーの彼女からはいつになく頻繁にLINEが入ってくるようになった。彼女が変だと気付いたのは、「明日は暇だよ~」と会おうとしたのに、僕がそっけなく断ったときからだった。それまでは、都合が悪いときは必ず理由を具体的に言った。夜だったら、誰々さんと何処どこの店で飲む約束をしているとか、昼間だったら誰々さんと何処どこのゴルフ場に行ってくるとか・・・。そしてほとんど無言で食事した7月末の尋常でないデートは、彼女の不安を決定的なものにした。

8月6日、日曜日。この日は朝から晩まで断続的にLINEが入ってきた。黒髪美人の留守の間にアパート探しで飛びまわっていた僕は、最初はほとんど無視を決め込んだ。

夥しい数のLINEから、いくつかをピックアップするとこうなる。

「すごく愛してます。こんな風に隠れないで。心が傷みます。何かあるのなら、言ってください。ずっと待ってます。」

「ずっと不安です。気持ちが変ったんですか?とっても怖いです。」

「私を捨てるつもりなんですか? 愛する人、どうして私の心はこんなに辛いんでしょう。」

「ほかの女がいるのではないですか?本当のことを言ってください。ね、言って!私は何でも受け入れますから。」

朝の6時半に始まって、結局夜の9時過ぎまで続いた。何度も何度も彼女は切ない思いを伝えてきた。彼女の言葉を読むうちに、僕は心が揺さぶられていた。無視することができなくなっていた。それまで黙っていたのに、少しずつ返事をするようになった。

「起きてしまったことは仕方ないです。で私たち、これからも付き合えますか?私はできますよ。」

これに対して、

「今度話すから、待ってて。」

と書くのが精いっぱいだった。

「それはいいことですか、それとも悪いことですか?」

と聞いてくると、

「あなたにとっては、よくないことだよ。」

と正直に返事した。

彼女は辛い心のうちをぶつけてきた。女心をそのまま訴えかけてきた。

「やっぱり私たちのことですね。それなら受け入れられません。終わりにするんですか?私は終わりにできません。」

「私は心が折れそうです。私を捨てないで!お願いだから!もう私に会いたくないんですか?」

「可哀想とは思いませんか?私には誰もいないの。何でも受け入れますけど、捨てられるのだけは嫌です。お願いですから待ってください!」


彼女はバンコクで看護婦をしていた20代の前半は恋どころではなかった。大病院の救急で働いていたのでそんな時間は全くなかった。疲れ果てて普通の会社に移ってから同年代の男に出会った。はじめて恋に落ちた。でも例によって男の浮気が原因でそれは長く続かなかった。彼女は少しだけ心を痛めたけれど、すぐに忘れることができた。3年も付き合ったのは僕が初めてだった。

「こんな思いをするなら死んだ方がましです。ものすごく心が痛いんですよ。こんなに心を痛めているんですよ。こんな風になったことは、29年生きてきて一度もありません。」

「これまでご飯を一緒に食べて、いろんなことを話し合って、もう3年も付き合ってきたのに、それが全部なくなるんですか?家を買って一緒に暮らすことも、全部なくなるんですか?」

そして彼女は思いもしなかった言葉を書いてきた。

「毎日じゃなくてもいいです。時々でも会ってくれませんか?愛人でもいいです。私と会ってください!」

愛人でもいいという言葉に僕はドキッとした。僕が別の女と暮らしていてもかまわないということか。僕はこの言葉でハッと我に返った。もしかしたら、僕は彼女を今も愛しているのではないか?別れようとしたって、別れられないのではないか?そんな感情が湧いてきて、こう返事した。

「僕はまだキミを愛してるよ。会うことはできるよ。ご飯も一緒に食べられるよ。」

すると彼女は急に明るさを取り戻した。

「じゃあ、一緒に寝ることはできますか?ははははは・・・」

彼女はそれまでウサギさんが涙を流して泣いているスタンプを言葉の後ろに付けていたのに、この日はじめて笑い顔のスタンプを添えてきた。僕は思わず、「僕には新しい恋人がいるんだよ」と、ついに本当のことを書いた。でも彼女は間髪を入れずに返事した。

「恋人が何人いたって、関係ないわ。」


こんなやりとりが延々と続いた。本当に延々と。彼女の姿は見えなくても、LINEをしながら微笑んでいるように思われた。夜も9時を過ぎるころ、僕は「仕事、頑張ってね」と励ました。すると彼女は、

「仕事が終わったら一緒にご飯を食べに行きましょうね」

と書いてきた。

「で、ご飯のあとはどこへ行く?」

と僕。彼女の答えは・・・

「さあ、どこかしらね・・・レオテー!(お好きなように)」

ついに彼女から僕たちの合言葉の「レオテー」が出た。僕がまだ彼女を愛していることもはっきりした。けれども、その感情を自分の中で一生懸命押さえつけようとした。それは黒髪美人への当然の誠意でもあった。しかし、あまりに水圧が高まれば、どんな堤防でも決壊する。それは単に時間の問題だった。


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プロフィール

Niyom

Author:Niyom
2012年、60歳でチェンマイへ移住。2017年にタイ人の妻を病気で亡くした後、愛人だった若いタイ人女性と再婚、前妻が可愛がっていた小さな犬2匹も一緒に暮らしている。

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