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真夏の情事(8)最終回

10月14日(土)

黒髪美人は日曜日の夜に実家から戻ってきた。翌朝はいつも通り会社に出勤した。女子寮から職場に向かう途中、彼女は綺麗な新しいアパートを見つけた。看板を見ると、家賃は5000バーツからとなっていた。部屋を見る時間がなかった彼女は、自分が仕事をしている間、僕に下見してくるよう頼んだ。

この日も、前日に引き続いてアラサーの彼女から頻繁にLINEが入ってきていた。でも見なかった。僕はアパートのことで無我夢中だったのだ。そのことだけに心を奪われていた。

昼を少し過ぎた頃、僕は黒髪美人が見つけたアパートにいた。路地の一番奥にある、間口の狭い地味な茶色のアパートだった。玄関から入ると、可愛らしい縫いぐるみの人形を置いた小さなロビーがあった。応対してくれた管理人の女性はオーナーの娘で、若かった。アラサーの彼女と少し似ている気がした。彼女は普通の部屋と、少し広めの部屋を見せてくれた。中はどちらも綺麗で、とくに広い方はシャワールームに十分なゆとりがあった。家賃は1か月6,500バーツだった。僕は広い方の部屋が気に入ったので彼女にLINEで報告した。

そのあと、ちょっとしたアクシデントが起きた。すぐ近くのもう1軒のアパートも見ておこうと思って車を出そうとした。車を切り返すためにバックした瞬間、ドーンという大きな音とともに衝撃が走った。何にぶつけたのか分からなかった。駐車場にコンクリートの柱が1本あったが僕はその存在を認識していた。それに、車にはバックセンサーが付いているのに全く鳴らなかった。ぶつかって出来た後部の凹みは、そのセンサーのすぐ横だった。僕は45年以上車に乗っているけれど、自分から何かにぶつけたことなど一度もなかった。キツネにつままれた気分だった。

実はこの日、もうひとつアクシデントが起きていた。銀行のキャッシュカードを失くしたのだ。これも初めてのことだった。朝、アパートの手付金を用意しようとATMで少し現金をおろした。どうやらその時にカードを取り忘れたらしい。数日後に、アラサーの彼女と一緒にいるときに初めて気がついた。そして二人ですぐ銀行に行って再発行してもらった。

同じ日に起きた二つのアクシデント。アラサーの彼女は言った。

「あの頃のあなたはどうかしてたのよ。普通じゃなかったのよ。自分を見失っていたから、そういうことが起きたのよ。」

それを否定するつもりは全くない。僕は出会い系サイトに登録してからの三週間、自分を見失っていたのかもしれない。

さて話を月曜日に戻そう。夕方の4時、僕は黒髪美人と待ち合わせして再びアパートに向かった。そして彼女に部屋を見せた。彼女も気に入ったのですぐに契約した。入居日はその週の土曜日にした。そして手付金として2000バーツを払った。彼女は女子寮の8月分の家賃2,500バーツを払っていたから月末に引っ越しするつもりでいた。

「そんなことは気にしなくていい」と僕が言うと、彼女は一瞬怪訝そうな表情を見せたが、結局同意した。

そのあと黒髪美人と僕は軽く食事をしてからまたホテルに行った。会うと必ずホテルに行くのは、アラサーの彼女のときと同じだった。黒髪美人もそうするのが好きだった。

床上手の黒髪美人とのひとときは、楽しいはずだった。この日も確かに2回のお勤めをこなしてはいたが、原因不明の違和感を覚えた。

事が終わって、二人は一糸纏わぬ姿のままベッドの上に横たわっていた。僕は彼女の背中を左腕で抱いていた。目の前にはスレンダーな美女の乳房があった。そのとき、なぜか僕は妙な気分になった。

「どうして僕はここでこうしているんだろう?僕はこの女性を愛しているのだろうか?」

アラサーの彼女と比較したのではなかった。そのときは彼女のことは全く忘れていた。それにもかかわらず、僕はこれが最後に違いないと直感した。

いつものように黒髪美人を車で女子寮まで送り届けた。そして自分の家に戻るとすぐにLINEを見た。この日も朝からアラサーの彼女はたくさん書いてきていた。前の日と同じようなことがたくさん書いてあった。


「どうして私はあなたをこんなにまで愛してしまったのでしょう。」

「死んだ方がましです。あなたなしでは生きられません。」

「どうして返事をくれないんですか?会いたいです」

・・・

しかし僕がちょうど家に入った頃だった。いつものような普通のLINEが入ってきていた。

「ご飯は食べましたか?もう家に帰ってますか?私の愛する人。」

「もう家に帰ってきてるよ。ご飯は食べたよ。少しお酒飲んでもいい?」

そう返事すると、

「飲んでいいですよ。でも2杯までにしなさいね。」

これもいつもの彼女だった。そして、

「今度一緒にビール飲むのはいつ?」

と聞いてきたので、僕は躊躇なく答えた。

「もちろん明日に決まってるじゃないか。」


8月8日、火曜日。次に黒髪美人と会う日まで待てなかった。直接会って話すのも怖かった。それで朝、LINEで彼女に告げた。

「今日は大事な用件であなたに言わなければならないことがあります。ものすごく言いにくいことですけど・・・」

僕の書いた言葉は英語だったが歯切れが悪かった。まわりくどく切り出した。彼女はすぐに反応した。

「なんだか悪い予感がしてきたわ。怖いわ・・・聞きたくないわ。」

僕は続けた。

「僕には実は3年付き合ってきた女がいます。その女は僕のことを忘れられないと言ってきました。」

すると彼女は、

「その人は何処の人ですか?いくつの人ですか?」

と畳みかけるように聞いた。

「チェンマイです。30歳くらいです。」


きっと彼女は凍りついたに違いない。でも落ち着き払ったように続けた。

「結論だけ簡潔に言ってください。あなたはその人を今も愛してるんですか?」

「はい。いま彼女を愛しています。」

黒髪美人との会話はそこで止まった。そして、真夏の情事は終わった。(完)


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プロフィール

Niyom

Author:Niyom
2012年、60歳でチェンマイへ移住。2017年にタイ人の妻を病気で亡くした後、愛人だった若いタイ人女性と再婚、前妻が可愛がっていた小さな犬2匹も一緒に暮らしている。

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