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世代の違う夫婦の実感

12月30日(日)

いよいよ年の瀬。あと2日となった。日本に現役でいるときは、今頃大慌てで年賀状書きに精を出し、「また今度も正月三が日に着かないな。何故もっと前もってやっとかなかったんだろう・・・」と、手を動かしながら反省している頃だ。今は日本の親戚にすら年賀状は出さない。

さて、今年を振り返って反省してみても生産的ではない。とは言え、やはりこの年の最大イベントは彼女との結婚であることは間違いない。歳の差は37歳。世の中には上には上があるもので、お隣のチェンライ県には50年以上の歳の差がある日本人とタイ人のご夫婦がいる。しかも結婚されたのは男性が70を過ぎてからなのに、成人になった実の子供もいる。

これは想像にすぎないが、自分たちの子供がいると歳の差はあまり気にならないと思う。お父さん、お母さんとしての役割で生きることが主で、子供が独立していなくなるまでは、夫と妻として毎日向き合うことは普通はあまりないだろう。

前妻との結婚生活では実の子ではない3人の子供がいた。やっぱり生活は子供たちを中心に回転していた。いろいろと親を悩ます問題も日々起きた。世の中、大体がそういうものだと割り切れれば大抵の問題は乗り越えていけるものだ。

ところが今度は違う。相手の女性は初婚だし子供もいない。前と違って日本語も全然通じない。単に男と女として付き合っていた3年間はタイ語での会話に何の不都合も感じたことがなかったのに、いざ一緒に暮らしてみると、かなり複雑なことも相手に伝えなければならない。相手の言うことも分からないと困る。早口のタイ語には全然ついていけない。

実は言葉自体はあまり問題ではない。ところが歳の差があまりに開いていると、当然だがお互いの人生ステージにズレがある。そのズレの方が大きい。彼女はまだまだこれから人生が長い。その長い人生をどうやって生きていくかに最大の関心がある。結婚したとはいえ、まだ人生設計の途上にあるのだ。結婚相手が相当の年上だと、そうなって当たり前だ。

先日の2人きりの“未来志向の忘年会”の時の会話・・・

「僕はせいぜい長くてもあと20年かな。父は85歳で死んでるからね。だからキミが住宅ローンを組むとしても、10年か、長くても15年までの返済にすべきだな」

「あと20年?そしたらワタシは50歳ですよ。とても再婚なんかできませんよね・・・」

僕がローンの話をしているのに、彼女の口をついて出てきた言葉は“再婚”。これは何を意味しているかと言うと、僕がいなくなれば別の男を見つけなければという意識が少なくとも潜在的にはあるということ。それは当然と言えば当然なので、僕が気分を害することはまったくなかった。

それよりも、持ち家へのこだわり方に僕と彼女の意識の違いがはっきりと出ている。僕は27歳の時に最初の結婚をして1年ちょっとで離婚した。そのあと37歳で再婚して子供が2人できた。会社の寮にいつまでも住むことは考えず、当然のように自分の家を持とうと思った。30代の頃は仕事のことを別にすれば、子育てとマイホームが大きな関心事という平均的な男だった。

でも今は彼女と違って、自分の家を欲しいとは全然思わない。6年前にチェンマイにかなり大きめの家を一軒建てたけれど、それは自分のためというより、乳癌を患っていた妻が残りの人生を3人の子供たちと幸せに暮らせるようにするためだった。

さほど家が欲しいとは思わなくても、僕は食べ物には今だ大いに関心がある。その反対に、若い彼女は食べ物へのこだわりはあまりない。ご飯と辛いおかずさえあれば何でもいいらしい。これは世代間の差と言うよりは、彼女がイサーンの貧乏家庭の育ちだからかもしれない。お姉さんが何を買って来ようがどうでもいいようだ。僕は毎日同じものは御免蒙りたいし、コメのご飯をほとんど食べないので、辛いものばかりのときは食べる気がしない。

そして最後に・・・歳の差があっても、ほとんど問題にならないのはお勤めだろうか。

性生活というものは、女性は年齢による差はあまりないと僕は思っている。20歳でも40歳でもそれほどの違いはないというのが僕の実感だ。ただし女も50近くになってくると、個人差が歴然と出てくるものらしい。相変わらずセックスが好きでやりたいというタイプと、そんなものは馬鹿らしいと、関心をよそに移すタイプに分かれるようだ。子育てという要因も大きいだろう。

一方の男性は、他人様のことは実はよく分からないが、聞くところによると個人差が非常に大きいようだ。もともと僕は相当に好きな方だと思っているが、30代、40代はいくらやりたくてもそんな暇はあまりなかった。それに相手は子育てに忙しくてあまり相手をしてくれなかったということもある。月に一度くらい、酒の勢いで風俗で遊ぶ程度だった。

50代になって、日本人の妻との関係が破綻し別居していた時に、22歳若いタイ人女性と日本で出会った。お勤めのことなど関係がないくらい、深く愛し合う経験をした。「女と心が通うとはこういうことなんだ」という、人生で初めての、そしておそらく一度きりの経験をした。それが乳癌で亡くなった前妻だ。

ところが60代、ふとした遊び心から20代の女と付き合い始めてしまった。週一のお勤めが身についてしまった。そして前妻の亡くなった後、去年一緒に暮らすようになってからは、週一どころかこの1年で150回!若い女の肉体に惹かれる自分を制御しようもない。相手が彼女じゃなくても、体の相性が合う若い女なら、同じようにしていたと思う。男の自然な振る舞いと言えばそれまでだ。

今の彼女から僕の心が離れそうになると、僕の心の中に生きている前妻がはっきりと言うのだ。

「ダメだよあなた。彼女のことを最後まで大切にしてあげなさい。もう他の女のところへ行ってはダメだよ。いいわね」

そして僕はこう答える。

「はいはい。来年も彼女を大切にして生きていきますよ。子供たちのこと、ちゃんと面倒見れなくてごめんね。でも、お前の育て方が悪かったんだよ!」

やっぱり、僕を見守ってくれているのは亡くなった妻だな。そういう思いを消し去ることは、いつまでもないだろう。


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ケセラセラ

Niyomさん、こんばんわ。我々は昭和に生まれ、平成で成就した世代だと思います。新しい元号はどうなるのかわかりませんが、あとは付け足りだと言えないのが、Niyomさんの置かれた状況だと思います。
しかし、奥さんと真摯に向き合っておられるのが、文章のはしばしから伝わってきます。昨日、ブログを読みましたが、こちらは雪のちらつく中のゴルフ後で、体が冷え切っている上に、どんなコメントをしたらいいのか、頭に浮かびませんでした。というか、激動の昭和史から、大波乱の平成史へと歩を進められたNiyomさんに、敬意を表しつつ前妻の天国からの声が、やはり本音なのだろうな、と想像します。本年終盤の突然のメールにもかかわらず、いつも返信下さり感謝しております。私は来年から「ケセラセラ」でいこうと思います。よいお年を。

Re: ケセラセラ

アンさん、こんばんわ

新年おめでとうございます。本年もよろしく。せっかちですが、この返信をご覧になるのは多分、新年になってからでしょうから・・・

> 奥さんと真摯に向き合って・・・

不満があっても目の前のパートナーと向き合って生きるのが大切だと、ようやく気が付きました。それにしても、自分はもう晩年に接近しているはずなのに、まるで青年のように生きている気もします。“老青年”もなかなかいいものだと思います。勝手な生き方だな、という気もしますが・・・

> 前妻の天国からの声が、やはり本音なのだろうな・・・

前妻が亡くなったとき「人は過去に生きてはいけない」と、ある人から諭されました。そうは言っても、なかなか過去と切り離して生きていくのは無理ですね。確かに、前妻の声=自分の本音です。
プロフィール

Niyom

Author:Niyom
2012年、60歳でチェンマイへ移住。2017年にタイ人の妻を病気で亡くした後、愛人だった若いタイ人女性と再婚、前妻が可愛がっていた小さな犬2匹も一緒に暮らしている。

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