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軟着陸

「軟着陸」とは、宇宙船などの飛行物体が減速しながら安全に着陸することだ。男女間の問題にこの言葉をあて嵌めるとすれば、大したもめ事にならずに、双方が納得して解決に向かうことを意味するだろう。

そうでなくて、双方が喧嘩腰になって争い、最終的には裁判になったり、刃傷沙汰になる場合は「激突」と表現されるだろう。結論から言うと、僕たち夫婦の場合は「軟着陸」することで話し合いがついた。こんなにあっさりと結論が出るとは予想外だったと言わなければならない。

土曜日から月曜日にかけての3日間はタイでは3連休だった。この間、僕は殆どの時間をアパートで過ごし、Tとはいろんなことを話し合った。でも肝心の妻とは深い話し合いをする機会がなかった。僕が家に居ない間に妻はいろいろなことに思いをめぐらせていたようだ。そして昨日、朝からTの家族のお店を手伝っていると、妻から長いLINEが届き始めた。

「アナタが夜遅くに車で出かけて行ったのを知っています。夜は目が見えにくいと言っていたので、車の運転が大丈夫かと、とても心配でした。もしアナタに何かあったら、と思うと、心配でよく眠れませんでした。どこにいるのか、その場所すら知らないのですから・・・」

「アナタが幸せを感じているなら、それでいいです。自分が居たいと思う場所にいるのなら、それが一番いいことです。家に帰って来なくてもいいですよ。帰ってきても、また出て行くのですから、それがワタシにとっては一番つらいです。でも、いろいろなことを話し合いたいです・・・」

「ワタシは2匹の犬の世話をします。だからこのままこの家に住み続けたいです。アナタは自分の行きたいところへ行けばいいのです。誰でも幸せになる権利がありますし、ワタシはそれを邪魔するつもりはありません。犬のことは心配しなくても大丈夫です・・・」

彼女からのLINEにはいろいろなことが書いてあった。「戻って来てほしい」とか、「あなたに捨てられたら私はどうしていいかわからない」というような言葉は一切なかった。一貫して「あなたは自分の幸せを求めて好きなようにしていい」と書いてあった。でも、その行間に、彼女の言い知れぬ悲哀が込められていることを、僕ははっきりと感じ取ることができた。

はじめは、彼女はこれからの経済的なことを心配しているのだろうと思っていた。けれども、長い長い彼女の言葉を、何度も何度も読み返していくうちに、そこに僕に対する偽らぬ愛情が込められていることを明確に感じとった。一昨年の夏、結婚する前だったけれど、別の女性と付き合い始めたときに見せた彼女の狼狽ぶりと比べれば、まったく別人のようだった。僕は直観的に、彼女の言葉に打算を感じなかった。

僕は家に戻って彼女と話合いをはじめた。2人が向かい合っているテーブルの下には、チビとレックレックの2匹の犬が嬉しそうに尻尾を振りながら侍っていた。

「2匹がこんなに喜んでいるのは、アナタが帰ってきたからですよ。ワタシには犬の気持ちがわかります。でも、もうアナタは決心がついているのですか?それとも迷っているのですか?」

「今は決心がついているよ」

「だったら、ワタシはこの2匹の犬と一緒にこの家に住み続けます。アナタは自由にしてください」

「でも家賃はキミにとっては安くないよ。どうするつもりなの?」

「もうアナタのお金に頼りません。昼間働いて、夜も働いて頑張ります。頑張れば、何とでもなります。責任をもって2匹の犬を守ります」

「じゃあ、チビはキミに懐いているから、キミと一緒に。でも、レックレックは僕の方が好きみたいだから、僕が引き取るよ」

「いいえ、それはダメです。この2匹は兄弟みたいに仲良しですから、引き離すことはできません。それは可哀そうです。」

他人がこの話し合いの光景を見たとすれば、実に滑稽に見えたことだろう。犬の事ばかり話しているのだから。でも僕には、そうすることで、彼女がこみあげてくる悲しみを必死に抑えているようにも思われた。


午後の3時過ぎに始まった2人の話し合いは、まず5時ごろに第一ラウンドが終わった。2人が別々に暮らすことで合意はしたのだが、いつ正式に離婚するのか、その場合に経済的な問題をどうするのか、話し合いの中身はかなり曖昧なままだった。そして、僕が2階へ上がってPCを触っていたら、暫くして彼女も上がってきて、第2ラウンドが始まった。

今度はさっきとは少し違って、彼女は僕への未練を見せた。

「ずっとアナタと会えなくてもかまいません。でも、離婚届を出さなくてもいいのではないですか?結婚したまま、別々の人生を送っている人もタイにはたくさんいますよ。別におかしいことではありません。」

僕はこれを聞いて少し身構えた。なぜなら、Tからいつも、このように言われていたからだった。

「もしアナタが本気なら、一刻も早く奥さんと離婚してください。それがアナタのワタシへの誠意です。そのあとワタシと暮らすかどうか、それはアナタが決めることです。一緒に暮らしても、もしアナタがいやなら結婚という形はとらなくてもいいです。もしこの先、仮にアナタが別の女の人を選ぶことになったとしても、それはそれでかまいません。アナタには自由があります。でも、アナタに奥さんのいる状態のままで、いつまでもお付き合いすることはできません。」

離婚のタイムリミットがいつなのか、僕は何度かTに訊ねた。しかしTもそれについては明確な答えを用意できないようだった。ただ、今借りているアパートの契約が7月中旬からの3か月なので、その間に何も答えが出ないようであれば、2人の関係にピリオドを打つかもしれないということをTは仄めかしていた。

「ワタシは、あと何年か経てば40歳になるんですよ。ずっと一緒に暮らせるかどうか分からない人と、いつまでもダラダラとお付き合いすることはできません。知り合ってからたったの1か月半ですから、アナタにとっては急ぎ過ぎと思えるんでしょうけど、ワタシにとっては、あまり時間を引き延ばす余裕はないんです。ワタシが求めているのは終生のパートナーです。愛人ではありません。だから曖昧にしたくありません。いくらワタシがアナタを好きになったと言っても、その点だけはハッキリ言っておきます」

Tはほとんどあらゆることに考え方が一貫している。時折“女心の揺れ”を見せることもあるが、自分の人生の基本方針を曲げてまで男と付き合っていくような女ではない。これまで何度か男で失敗していると自分で認めている。過去の教訓を忘れて目の前の男に溺れてしまうような女ではない。

話を妻に戻そう。

再び僕のところにやってきた彼女は、あくまでも落ち着いた表情のまま、自分が考えているこれからの生活のことを語り始めた。犬と一緒にこの家に居て、一生懸命仕事して、他の男とは付き合わず、40歳を過ぎたらイサーンの実家へ帰って家業の農業をするかもしれないこと・・・etc.

彼女の考えを聞いていた僕は、当面の経済的なことが心配になった。同時に、離婚しないまま別れてしまうという変則的な彼女の提案を受け入れることはできないということもハッキリと言った。

「離婚するなら一時金を払ってあげるけど、それをしないなら、お金は出せない。結婚していても、あなたは自分で仕事して収入があるのだから、自分の生活は自分のお金でしなければならない。でもあなたの収入でこの家に居続けることができるだろうか?」

僕は自分が一番言いたくないことを彼女に言っているような気がして、一種の自己嫌悪を覚えた。まるでお金で釣って、離婚を迫っているような図になっているからだ。しかも彼女はアッサリと僕の提案を呑んだ。

「アナタが離婚したいというなら、してあげます。それは単に紙切れの問題ですから。そして、もしお金をくれるというなら、それは喜んでいただきますけど、いくらでも構いません。アナタが決めればいいことです。」

僕は、それが本心なのかどうか、彼女の顔をしげしげと見つめた。彼女は微笑んでいるようにも見えた。思っていたような「お金、お金!」という強欲な女とはまるで違う、純真な女の素顔が僕の目の前にあった。

「ワタシはアナタに嘘をついたり、隠し事をしたことは本当にありません。でも、お金であなたに迷惑をかけていたことは事実ですし、アナタの世話をキチンとできませんでした。一緒にどこかへ遊びに行ったりしたこともめったになくて、最近はいつも友達とばかりご飯を食べていました。アナタはきっと淋しかったんですね。だから、全然いい奥さんではなかったというのは、自分でもわかります。でも本当にアナタを愛してます。だから、アナタには幸せになってほしいんです。それがワタシの本当の気持ちです。」

もし、この話し合いを今ではなく、1か月半前にしていたら・・・僕はTと会うこともなかっただろうし、離婚したいなどと思うこともなかっただろう。運命とは何と皮肉なものか。僕にTという女ができたばかりに、彼女は自分の妻としての非に気づいたのだ。そして僕に対する愛情にも気づいたのだろう。でも、それはもう遅すぎたのだ。

(8月14日、10時)

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No title

過去に冗談で言っていた離婚という言葉が、現実の事となっているので驚きの展開です。

こうなる前に無断で実家に送金をせず、了解を取ってからしておけば違う展開になったのかもしれないし、もっと旦那の世話をかいがいしくしていれば新しい女性に心が動く事も無かったと思いますが、時すでに遅しですか、、、、、、、。

私の日本人の友人もタイ人と結婚して現在別居中です。実家に無断で車を担保に借金して金を渡した事があり、返済は実家がする約束でしたが案の定返済が滞り、貸主から車を取り上げられそうになった事がありました。

驚いた友人は一括返済し、この次は知らないと言ったにも拘らずまた同様の事態になり怒った友人は返済の肩代わりを断った為車は無くなってしまいました。

その上大変なやきもち焼きで、友人の電話にかかってきた相手を浮気相手と疑って電話をかけるのです。出た女性が女性だと半狂乱になるそうですから友人は泣いていました。

よくも次々に出てくるものだと感心する位ですが、先日あったら別居していると言うではありませんか。国際結婚は本当に難しと思ったものです。

No title

奥さんは口ではきれい事を言っていますが、本心はお金が欲しいだけみたいですね!
Niyomさんも薄々感じていると思いますが、今の家に住み続けるということは、今付き合っているNiyomさんの知らない男と一緒に住むつもりだと思いますが・・・。
とにかく早く離婚した方が良いですよ!

No title

お盆なのに大型台風が日本に迫っていて、私の住む地域も被害が出そうです。

小説なら「怒涛の展開」というヤツでしょうが、これはノンフィクションなのですね。
奥さまに対するniyom様のお気持ちは決まっている様子なので、もう何も言えませんが。
ただ、余計な事を1行だけ。
「新しい女性との進展、早すぎません?」
…また拝読させていただきます。

Re: No title

AAAさん、こんばんは

> 時すでに遅しですか、、、、、、、

お金のこと、家事を手抜きすること、食事の質が著しく低下してきたことetc.・・・今年になってから何度も不満を述べて警告してきました。 急に反省されても、覆水盆に返らずです。

歳の差だけでなく、生活習慣や考え方の違いがありすぎると、国際結婚でなくてもなかなか難しいのかもしれません。

Re: No title

787さん、こんばんは

> 今の家に住み続けるということは・・・Niyomさんの知らない男と一緒に住むつもりだと思いますが・・・

その可能性はゼロではないでしょう。本人は否定していますが、将来的には誰か別の男が転がり込んでくるかもしれません。離婚していれば、私は何の関係もありませんし、文句も言えませんね。

Re: No title

MARINOさん、こんばんは

> これはノンフィクションなのですね。

あらかた現在進行形の実話です。でも、このあとの展開はフィクションになっていくかもしれません。面白い筋書きをいくつか思いついているので・・・騙されないようにお読みください。

> 「新しい女性との進展、早すぎません?」

早過ぎます。「付き合いが深まるのが早すぎると、別れも早く訪れる」とよく言われますね。それをTにもぶつけてみましたが、「自分は何をするにも速攻」と言ってます。実は私も速攻タイプなので、その点ではあまり違和感は感じていません。

No title

やはりそうなりましたか。
話し合い通り金銭要求なくいけばいいですね。
私の別れた彼女はかれこれ4年になりますが、未だにお金の心配をしてくれます。去年モタサイを買った時もお金出すよと言ってくれましたが、もちろん断りました。タイ人の中にはこんな女もいます。

Re: No title

alfaさん、おはようございます

> 私の別れた彼女はかれこれ4年になりますが、未だにお金の心配をしてくれます。

断ることを分かっていてそうするのかもしれませんが、仮にリップサービスだとしても悪くはないですね。

No title

善(離婚)?は急げ!
入籍してるなら私が嫁なら離婚しません。
年の離れた爺さんの遺族年金を待ちます。待ってる間に先に嫁の方が亡くなるかな?
冗談はともかく前妻が亡くなってから、再婚早すぎませんか?
前妻の子供たちも違和感を感じていたのでは?
のぼる食堂で御家族をお見掛けしてました。

Re: No title

kanさん、おはようございます

> 入籍してるなら・・・年の離れた爺さんの遺族年金を待ちます

遺族年金のことは彼女も知っているので、少しは頭を掠めたかもしれませんね。

> 前妻が亡くなってから、再婚早すぎませんか?

ほぼ1年後の結婚。何事も決めたら待たずにすぐ実行するという性分なのです。知人や友人はほとんど反対しました。結婚せずに同居するという選択もあったのですが、私はその中途半端さが嫌いだったのです。今は考え方が変わりましたが。


プロフィール

Niyom

Author:Niyom
2012年、60歳でチェンマイへ移住。2017年にタイ人の妻を病気で亡くした後、愛人だった若いタイ人女性と再婚、前妻が可愛がっていた小さな犬2匹も一緒に暮らしている。

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